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2015年4月の16件の記事

2015年4月30日 (木)

SFマガジン2015年6月号

「おれたちの飛行船は、ハイウェイを必要としないトラックであり、川を必要としない船であり、空港を必要としない航空機だ」
  ――ケン・リュウ 『輸送年報』より「長距離貨物輸送飛行船」
     (<パシフィック・マンスリー>誌2009年五月号掲載) 古沢嘉通訳

 隔月間化第二号も大増量376頁。特集は前回に続き「2000番到達記念特集 ハヤカワ文庫SF総解説PART2[501~1000]」。小説は酉島伝法「痕の祀り」,夢枕獏「小角の城」第32回,神林長平「絞首台の黙示録」第9回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第3回,川端裕人「青い海の宇宙港」第3回,円城塔「エピローグ<エピローグ>」,松永天馬「神待ち」,ケン・リュウ 『輸送年報』より「長距離貨物輸送飛行船」(<パシフィック・マンスリー>誌2009年五月号掲載) 古沢嘉通訳。

 ハヤカワ文庫SF総解説PART2[501~1000]。気のせいか、この頃の作品は原作じゃ続きが出てるのに翻訳は出てないのが多い。ハーラン・エリスン編「危険なヴィジョン」の2と3,ロバート・L・フォワードの「ロシュワールド」,スパイダー・ロビンスン&ジーン・ロビンスンの「スターダンス」。いずれも売り上げは問題ないと思うんだけどなあ。

 ジェイムズ・P・ホーガン「断絶への航海」の社会を、坂村健が「尊敬本位主義」と言い表してるのは見事。今のブログやSNSも、煮たような理屈で動いてるし。池澤春菜押しのグラント・キャリン「サターン・デッドヒート」は、オールタイム・ベスト旧の大傑作だったなあ。ジョージ・アレック・エフィンジャーの短編集なんて出てるのか。ってことは、「まったく、なんでも知ってるエイリアン」も…。コニー・ウイリス「わが愛しき娘たちよ」、この表題作は確かに衝撃的だった。当時は大騒ぎを巻き起こしたはず。

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第3回。二人の警官と共にパトカーに入ったブルーは、二人と交渉を始める。彼の能力が生み出す「カクテル」を使って。法務局が登録を認めた、09法案に従事する強化された存在としての能力だ。追いつめられたメレディス巡査部長は…

 今回は新しいエンハンサー(強化された存在)が続々と登場し物語が走り始める、序盤のお披露目回かな。ブルーの能力は、前回の仄めかしどおりの怖いシロモノ。続いて小男でキザな中年ダーウィン・ミラートーブ通称ミラー、コワモテの大男ウォーレン・レザードレイク通称レザー、大人しげなスティール。お話は更に物騒な方向へと向かい…

 松永天馬「神待ち」。カントクが頼んだラーメンには、変なものが入っていた。指だ。だが生体サイボーグ製のウェイトレスは慌てず答える。「近頃、女ノ子ノ間デ流行ッテルンデスヨ」

 タイトルの「神待ち」やリベンジポルノ、SNSや生中継など、リアルタイムの現在を感じさせるキーワードを散りばめつつ、相変わらずこの人らしいエキセントリックでマッドな世界が展開してゆく。

 円城塔「エピローグ<エピローグ>」。刑事クラビトと、朝戸&アラクネを交互に描いてきた物語も、ついに最終回。いつもの円城塔らしく、「書くこと」をテーマにお話を進めているようだが、やっぱりよく分からない。にしても「取調室でうなだれていた時間」って、なんなんだw

 神林長平「絞首台の黙示録」第9回。後上明生牧師に案内され、伊郷工(タクミ)が通されたのは、質素な部屋だった。牧師はここで寝起きしていると言う。死刑になったはずの邨江清治が、なぜ存在しているのか。なぜタクミと名乗るのか。牧師に相談したところ…

 冒頭から死刑の執行場面などという、禍々しさが漂うこの物語、終盤に来てお話は更に禍々しい様相を呈してくる。それぞれの登場人物が語る現実はいずれも食い違い、何が何やら…と思っていたら、(次回完結)。本当に完結剃るんだろうか。

 酉島伝法「痕の祀り」。《TSUBURAYA×HAYAKAWA UNIVERSE》シリーズ第6弾。万状顕現隊に向かう、加賀特掃隊の面々。斉一顕現体から漏れる絶対子の濃度が強まっている。生物組織には無害なはずだが、電子機器には影響を及ぼす。赤錆色の加功機<鳥居>を駆る降矢らは、検体採取のため同行する生物学の研究者の勝津と共に…

 いつのも酉島伝法らしい、ぐにゅぐにゅねちょねちょな場面描写と、「加賀特掃隊」など独特の言葉遣いが楽しめる作品。ちょっと映画「パシフィック・リム」の終盤、カイジュウの死体の場面を思い出した。加藤直之が描く<鳥居>のイラストが見者。私はガンパレード・マーチのウォードレス可憐通常型を想像したけど、全然違った。

 ケン・リュウ 『輸送年報』より「長距離貨物輸送飛行船」(<パシフィック・マンスリー>誌2009年五月号掲載) 古沢嘉通訳。<パシフィック・マンスリー>誌の取材で、私はバリー・アイクの長距離貨物輸送飛行船、東風飛毛腿(フェイマオトイ)に同乗し、蘭州からラスベガスへ太平洋を越えて飛ぶ。

 素晴らしい。何が素晴らしいといって、飛行船が舞台なのが素晴らしい。私は飛行船が大好きなのだ。しかも、ツェッペリン型の硬式飛行船である。全長92m、直径25mの堂々たる姿。気嚢にはヘリウム。現実だと飛行船は後天に弱く地上設備も大掛かりな物が必要で、メンテナンスも大変と採算が取りにくいのだが、そこはSF。幾つかのフェイクを混ぜつつも、飛行船ならではの用途を見つけ、航空機や貨物船に優るセールス・ポイントを見つけてくれるのが嬉しい。などのガジェットと共に、そこはケン・リュウ。アイクと葉玲の夫婦の、微妙なすれ違いをしっとりと描いている。

 川端裕人「青い海の宇宙港」第3回。秘密基地で騒ぎを起こしてしまった、天羽駆と本郷周太。急いで逃げたため大人には見つからずに済んだが、次の日の朝礼では千景先生が「テロに注意してください」などと言っている。どうやらとんでもない事になっているらしい。だが周太は…

 生物好きの駆と、ロケット好きの周太。その駆の目が、川と海から宇宙へと向かって行く場面が巧い。あくまでも子供の言葉で、科学や工学の法則を体で感じた時の感動を、鮮やかに伝えてくれる。ホント、あの瞬間は、意識が大きく広がっていくというか、独特の感動があるんだよなあ。

 椎名誠のニュートラル・コーナー「地球は不公平な惑星」、今回はアイスランドや内陸オーストラリアなど極端な環境に住む人が何を食べているか、と いう話で始まる。エスキモーが生肉を食べる理由が「肉を焼くための燃やす木材などの燃料がない」ってのは、盲点だった。日本のように木の家に住めるっての は、世界的に見ると恵まれてるのかも。

 『コングレス未来会議』アリ・フォルマン監督インタビュウ、柳下毅一郎。「コングレス未来会議」は、スタニスワフ・レム「泰平ヨンの未来会議」を原作にしたもの。「レムは東ヨーロッパにおけるフィリップ・K・ディックです」に妙に納得。そのレム、自作を映画化したのは全部嫌っていたってのは初耳。そこで「どんな作品を作ろうと、どうせレムの遺族からは文句を言われる」と開き直って好き放題とか。わははw

 鳴庭真人のNOVEL & SHORT STORY REVIEW、今回はミリタリーSFの話。ミリタリー・ファンタジーのアンソロジー「Operation Arcana」収録のジュヌヴィエーヴ・ヴァレンタインの「Blood, Ash, Braids」に期待。第二次世界大戦で活躍したソ連の女性だけの夜間爆撃隊、通称「夜の魔女」をテーマとした作品。つか今 Wikipedia の第46親衛夜間爆撃航空連隊を見たら、機体は Po-2 って複葉機じゃないか。いかにも魔女の二つ名に何相応しい。

 飯田一史「エンタメSF・ファンタジイの構造」第13回、今回のテーマはグレッグ・イーガン。「わからないけど面白い」と言われるイーガン作品が、なぜわからなくても面白いのかを分析してゆく。確かに彼の作品の「わからなさ」は説明できるけど、「面白さ」は説明しにくいんだよなあ。

 次号の藤崎慎吾には大きく期待してます。

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2015年4月28日 (火)

ロバート・ブートナー「孤児たちの軍隊3 銀河最果ての惑星へ」ハヤカワ文庫SF 月岡小穂訳

「今日、われわれは悪魔を地獄に送り返す! 進め!」

【どんな本?】

 合衆国陸軍情報士官の経歴を持つ著者による、ミリタリ・スペース・オペラのシリーズ第3弾。正体不明の異星人「ナメクジども」との戦闘中、成り行きで兵卒から一気に少将に昇格してしまった青年ジェイソン・ワンダーを主人公に、軍ヲタむけのくすぐりをタップリ含めて描く、宇宙冒険活劇シリーズ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原初は Orphan's Journey, by Robert Buettner, 2008。日本語版は2014年12月15日発行。文庫本で縦一段組み、本文約516頁。9ポイント41字×18行×516頁=約380,808字、400字詰め原稿用紙で約953枚。上下の2巻になってもおかしくない分量。

 文章はこなれている。私が慣れたのか訳者が馴染んだのか、巻を重ねるごとに文章がスムーズになっている気がする。SFとしても、あまり難しいガジェットは出てこない。というか、確かに変な仕掛けは出てくるんだが、昔の怪獣映画を見る感じで読もう。細かい部分にツッコミを入れてはいけない。

 それより大事なのは、軍事系の野次馬的な知識。今回のモデルはノルマンディー上陸作戦なので、その周辺の知識があると、より楽しめる。が、余り知らなくても大丈夫。基本的にノリが大事な娯楽作品なので、ノリが合うかどうかが好みの分かれ目。

【どんな話?】

 ガニメデの戦いから16年。太陽系からナメクジどもは一掃された。ジェイソン・ワンダー少将は、チベットでのヘマが元で月宙域の永久駐屯地、<ニュー・ムーン>へ飛ばされる。ここには様々な施設と共に、ナメクジどもから奪った戦利品、戦闘護衛艦ダイアウィッチがあった。ハワード・ヒブル大佐は、敵の宇宙航行技術の謎を解こうと研究を続けていたが…

【感想は?】

 「火星のプリンセス」+「アラビアのロレンス」+「史上最大の作戦」。

 ご難続きのジェイソン君も三十路を越え、多少は落ち着きも出てきた…はずが、各地に軍事顧問として派遣され大忙し。地球はナメクジどもを追い返し、やっと平和になると思ったが、前時代の対立が再び頭ももたげている。ジェイソン君も、冒頭では頼れるオード曹長と共にチベットに派遣され、中国軍相手に戦うチベットの反乱軍を支援している。

 と、時代は未来だが、世界情勢は現代みたいだ。兵器などが微妙に先祖返りしてるのも、このシリーズの特徴の一つ。出てくる自動小銃もM-60(→Wikipedia)だったりAK-47(→Wikipedia)だったり。使い込まれた7.62mm弾(→Wikipedia)が好きで、新しい5.56mm(→Wikipedia)はお気に召さないらしい。

 なぜ弾丸を小さくしたか。大きい弾丸の方が威力が大きいのは、そのとおり。その分、反動も大きくなり不正確になるし、マガジン(弾装)も重くなる。ただでさえ重たい荷物を沢山持って歩き回る歩兵にとっては、なるたけ軽くて沢山の弾丸を持てる方が嬉しいのだ。

 また7.62mmは、200mぐらいの距離で撃ち合う事を想定していた。が、ベトナム戦争などの経験で、実際には150m以下での戦闘が多い事がわかった。そこで近距離での戦闘に向く弾丸にしよう、って事で5.56mmになったようだ。

この辺、私の知識はアヤフヤで、かのよしのりの「銃の科学」によると、200m以上でも銃によっては5.56mmの方が初速が速いため命中精度は高いとか。

 そういう細かい問題はあるにせよ、現実問題として7.62mmを使うAK-47シリーズは世界に広く出回っていて、部品や弾薬を手に入れやすい。また部品が少なく、製造時にも高い精度は要らないので、工業技術が未熟な国でも量産できる利点があり、今後も暫くは自動小銃のベストセラーの地位を守り続けるだろう。

 当然ながら、弾丸が大きい方が威力も大きいわけで、こういった長所は物語後半で活きてくるのでお楽しみに。

 今回のジェイソン君、冒頭では異星にいる。どうやらガレー船団の大軍を率いて上陸作戦を企てているらしい。テクノロジー的には、ノルマンディーというよりカエサルのブリテン島上陸に近い印象を受けるが、後にわかる銃器の発達レベルを見ると、黒色火薬を使っているので、クリミア戦争ぐらいかな?

 こちらが物語の本筋で。いろいろあって異星に飛ばされたジェイソン君が出会ったのは、恐竜を乗りこなす人類(ブレン人)だったが、どういうワケが大軍を率いてナメクジどもと戦う羽目になってしまう。なぜ人類が異星にいるのか。なぜ恐竜と同じ時代に人類がいるのか。これについては、終盤でちゃんと説明がある。

 その異星にいるブレン人、これの性格が「アラビアのロレンス」的というか、アフガニスタン的というか。複数の部族に分かれていて、互いに心底憎みあい、争いあっている。これをどう統合し、連合軍にまとめあげるか。軍事顧問として各地に派遣された、ジェイソン君の経験が問われるところ。

 今までのシリーズを通し、ジェイソン君に付き添い頼れる仲間となった、お馴染みの方々も、もちろん活躍する。

 まずはズイムもといオード曹長。「お前はいつ寝るんだ」と思うぐらい常に用意周到な下士官。長い軍務経験のためか、上官である筈のジェイソン君の腹のうちも、いつだってお見通し。無茶な命令も光の速さで完璧にこなすと同時に、危機にあっては何かとヘタレがちなジェイソン君の尻を勢いよく蹴っ飛ばす気概もある鬼軍曹。

 今回も、オード曹長の頼もしさが全編を通して光っている。どんな作戦を考えても、彼の同意が得られれば成功間違い無しと思えるから不思議だ。

 対して、常に不確定要素なのが、ハワード・ヒブル大佐。情報部出身で、軍人と言うよりマッド・サイエンティスト。科学に関しちゃ頭脳の切れは文句なしなんだが、どこに興味が向くかが問題。気を惹かれた問題に深入りしちゃ大きな成果をあげるんだが、その分、目先の切羽詰った軍事・政治的な難問は頭から蒸発しちゃうのが困りもの。

 賢いんだか抜けてるんだかわからない部分もあって、常識じゃ考えられないポカもやらかす。今回のジェイソン君の災難も、ハワード大佐の非常識が招いた事態だったり。つか、そんな所でファイアウィッチを研究するなよw

 今回の仲間はもう一人、ジュードことジェイソン・ユーディ・メッツガー。ガニメデで大殊勲をあげたメッツーガーの遺した一人息子で、ジェイソンにとっても可愛い名づけ子だ。生意気盛りの16歳で、奇妙な才能を示す。父親代わりとして少しは窘めたいジェイソン君だが、自分も若い頃は無茶やってたわけで。

 お話は73章にわかれ、スピーディーに場面を切り替えながら心地よく転がってゆく。この構成は読んでいてなかなか気持ちがいい。また随所に挟んだ軽口や過去の軍人の名文句も、軍ヲタには楽しい所。

 危機また危機のスリリングな展開、キャラのたった登場人物、衝撃的なシーンの数々、迫力の戦闘場面、そして意外な真相と怒涛の終盤。ミリタリー物だけあってベタな軍隊賛美も多いが、それが気にならない人なら、気楽に楽しめる痛快娯楽冒険活劇だ。

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2015年4月26日 (日)

ダニエル・T・マックス「眠れない一族 食人の痕跡と殺人タンパクの謎」紀伊國屋書店 柴田裕之訳

 これはプリオン病についての本だ。それがどんな病気か、何が原因か、だれが罹るか、どうすれば治療の可能性があるか、現在の知見はどうやって得られたのか、ということを取り上げる。
  ――序章

【どんな本?】

 イタリアのある一族は、遺伝的な病気を伝えている。発病は中年期以降だ。首から上がこわばり、瞳孔が極端に収縮する。やがて震えがきて、多量に汗をかく。やがて眠れなくなり、不自然に活発になるが、疲れは取れぬまま。そして錯乱して動けなくなり、死に至る。この病気はFFI(致死性家族性不眠症)と名づけられた。

 1772年、イギリスのハンティントンシャー州の聖職者トマス・コンバーは不穏な話を聞く。羊に妙な病気が流行っている。猛烈なかゆみを感じているようで、尻や頭のてっぺんをたえずどこかにこすりつける。やがて羊はふらつき転び、倒れて死ぬ。やがてこの病気スクレイピー(→Wikipedia)はイングランドを席巻し、19世紀にはスコットランドにまで及ぶ。

 第一次世界大戦の戦勝国オーストラリアは、1918年にニューギニア島の東半分を委任統治領として得る。1947年、巡察官は内陸部でフォレ族と出会う。自給自足生活の彼らは、巡察官を歓迎した。だが暫くすると、妙なことに気がつく。未婚の男が不自然に多い。原因が分かったのは1950年代。女と子供に、奇妙な病気が流行っていたのだ。

 1970年代後半から、イギリスでは異変が始まっていた。おとなしい乳牛が人をけり、ふらつき、つまずき、震え、転び、倒れて死んでゆく。スタガーズと名づけられた牛の病気も、次第に拡大し…

 FFI、スクレイピー、クールー病、狂牛病。奇妙な症状を示すこれらの病気は、すべてプリオン(→Wikipedia)、すなわち変異したタンパク質が関係していた。

 プリオンとは何か。それはどう感染し、どうやって作用し、どんな症状をひき起こすのか。なぜ発見が遅れ、なぜ治療が難しいのか。プリオンが原因なのに、なぜFFIやBSEなど異なった症状があるのか。そして、いつ、誰が、どのようにして原因を特定し、発表したのか。

 話題の狂牛病を含むプリオン病の歴史を辿りながら、それを追う研究者たちの奮闘と、病気に振り回され立ち向かう人々の姿を描く、ミステリ仕立ての科学ドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Family That Couldn't Sleep - A Medical Mystery, by Daniel T. Max, 2006。日本語版は2007年12月22日第1刷発行。私が読んだのは2008年2月15日発行の第3刷。売れたんだなあ。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約312頁。9ポイント48字×18行×312頁=約269,568字、400字詰め原稿用紙で約674枚。長編小説なら少し長めの分量。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。実は難しい話もアチコチに出て来るんだが、大半は判らなくても問題なく楽しめる。「なんか専門的な事が書いてあるな」ぐらいに思っておこう。

 抑えるべきは、難しい名前の病気二つ。一つはFFI(致死性家族性不眠症、→Wikipedia)で、これは本書全体を通し少しずつ分かる仕掛けになっている。もう一つはBSE(狂牛病、→Wikipedia)で、「昔騒ぎになった牛肉に関係してるアレ」程度に知っていれば充分。

 贅沢を言うと、遺伝子座のホモ接合(→Wikipedia)とヘテロ接合の違い、アルツハイマー症(→Wikipedia)、タンパク質(→Wikipedia)を知っていると更にいい。

 全般的に、中学校卒業程度の理科の知識があれば充分に読みこなせる。狂牛病騒ぎを知っていれば更によし。

【構成は?】

 ミステリ仕掛けで話が展開するので、素直に頭から読むと楽しみが増す。

  • 本書に寄せられた書評/序章
  • 第一部 闇の中の孤独
    • 第1章 医師たちの苦悩 1765年、ヴェネツィア
    • 第2章 メリノ熱 1772年、ヴェネツィア
    • 第3章 ピエトロ 1943年、ヴェネト州
  • 第二部 闇を跳ね返す
    • 第4章 強力な呪縛 1947年、パプアニューギニア
    • 第5章 ドクタ・アメリカ 1957年、パプアニューギニア
    • 第6章 動物実験 1965年、メリーランド州ベセスダ
    • 第7章 「ボウ(お手上げだ)!」 1973年、ヴェネト州
    • 第8章 化学者にうってつけの問題 1970年代後半~80年代前半、サンフランシスコ
    • 第9章 収束 1983年、ヴェネト州
  • 第三部 自然の反撃
    • 第10章 地獄の黙牛録 1986年、イギリス
    • 第11章 おししい食品製品「オインキー」 1996年、イギリス
    • 第12章 プリオンで説明できる世界 70年代から今日まで、アメリカとイギリス
    • 第13章 ヒトはヒトを食べていたか 紀元前80万年、全世界
    • 第14章 ついにアメリカにも? 現在、アメリカ
  • 第四部 目覚めのときは来るのか?
    • 第15章 致死性家族性不眠症の犠牲者たちのために 現在、ヴェネト州
  • あとがき 筆者に関してひと言/訳者あとがき/原註

【感想は?】

 ミステリ仕立ての構成が巧みで、面白さを盛り上げると同時に、原因を調べる科学者たちの奮闘が伝わってくる。

 ミステリとして見ると、最初から犯人はわかっている。プリオンだ。この本の面白さはフーダニットでもハウダニットでもない…というか、実は発症の仕組みは最後までハッキリしない。面白いのは、犯人を突き止めようとする多数の捜査陣が、少しずつ証拠を集めて犯人像に迫ってゆく追跡劇にある。

 全体は、幾つかの縦糸から成る。最初に登場するのは、イタリアの一族だ。遺伝的な疾病を抱えていて、因子を持つ者は50歳代ぐらいで発症する。書名にもなっている、「眠れない一族」だ。眠れなくなるというのが、私には肌身に迫って恐ろしく感じる。

 分かっている限りで最も古い記録は、1765年に亡くなった男。彼の症状も恐ろしいが、原因不明の奇病に苦しむ彼に対し、医師が施す治療も怖い。なんたって18世紀である。感染症の原因を見つけたコッホ(→Wikipedia)より前の時代だ。医師に自信はあっても、近代の科学的な知識はない。アーサー・ヤングの言葉が真に迫る場面だ。

「良き医師と悪しき医師のあいだには天地の隔たりがあるが、良き医師と医師の不在のあいだにはほとんど差がないというのはだれの言葉だったか?」

 それでも医師って職業は成立し、洋の東西を問わず尊敬されていたのだから不思議だ。

 続く縦糸は、18世紀イギリスで家畜の品種改良に貢献したロバート・ベイクウェルから始まり、羊のスクレイピーへと続く。ベイクウェルの手法は近親交配である。優れた雄羊は娘や孫娘と交配させ、「遺伝関与率を95%にまで高めた」。これは極端にせよ、今でも優れた牛の冷凍精液は高価な資産となっている。

 彼の品種改良は大きな成果をあげたが、スクレイピーのオマケもついてきた。この病気に対処しようとした当事の人々の苦闘は、何らかのトラブル対策を仕事にしている人なら、きっとわが身の事のように感じるだろう。羊小屋の温度か? 餌の多寡か? 牧草か? 昆虫か? ダニか? 交尾のしすぎか、足りないのか?

 今の我々には、原因がプリオンだとわかっている。だが、当事の人々は、プリオンどころか病原菌の知識すらなかった。手当たり次第に考えられる対策を施すしかなく、その苦労は察して余りある。

 続いて登場するのが、パプアニューギニアのフォレ族である。峻険な地形のニューギニア、その中心部の高地に人が住んでいるとは誰も思わず、航空機が登場してやっと見つかったという伝説の土地だ。ここに住んでいたフォレ族との接触の様子も楽しいが、彼らの歪な人口構成に潜む謎に迫る部分は、この本の構造を圧縮した感がある。

 意外と好意的に巡察隊を受け入れたフォレ族だが、未婚の男がやたら多い。というか、女と子供が異様に少ない。ここで二転三転する病気の原因もいいが、活躍する医師カールトン・カイジュシェック(→Wikipedia)のキャラも際立っている。

 フィールドワークが大好きで、フォレ族の村を楽しげに次々と訪ねて回る。「ノーベル賞授賞式の際にスウェーデン人の友から贈られるまで、彼はスーツの類いは一着も持っていなかった」というから強烈だ。おまけに困った癖もあって…

 そんなカイジュシェックと対照的なのが、次に登場するスタンリー・プルジナー(→Wikipedia)。組織を率いるのに長け、研究費の調達に優れた手腕を発揮する。優れたリーダーではあるが、手柄を一人占めする傾向もある。何より彼の性格が現れているのは、「プリオン」という名前を考え出した事。

 問題のソレにはまだ名前がなく、例えばスクレイピーや狂牛病は「伝達性ウイルス性海綿状脳症」と呼んでいた。これを「単純でインパクトのある言葉」を選ぶように助言された彼は、「プリオン」という名前をひねり出す。確かにインパクトがあるし、何より憶えやすい。世間の話題をさらうにのにうってつけだ。そういう考え方をする人なのだ、プルジナー先生は。

 第10章で展開するイギリスでの狂牛病騒ぎは、お役所仕事の見本そのものの格好のサンプルだ。影響の重大さに恐れをなし、後手後手に回るイギリス政府。対して、迅速な対応を取ったペット業界。懸念のある飼料の禁止に五ヶ月の猶予を与えた政府に対し、ペット用飼料の業界団体は即刻の禁止令を出す。この結果…

つまりイギリスでは五ヶ月のあいだ、人間でいるより犬でいるほうが安全だったというわけだ。

 というから笑える。リバタリアンが喜びそうなネタだなあ。

 大騒ぎになった狂牛病だが、ヒトに感染して発症するクロイツフェルト・ヤコブ病で亡くなったのは、この本では150人(Wikipediaによるとイギリスで176人、世界全体で280人)。大げさなカラ騒ぎと見るべきか、押さえ込みが成功したと見るべきか。

 ジリジリと真相に迫ってゆくミステリの面白さを縦糸に、カイジュシェックやプルジナーなどの強烈な個性の登場人物、致死的な病を抱えながら生き抜こうとするイタリアの一族、杜撰なイギリスとアメリカの政府の対応、新素材として期待できそうなタンパク質、そして遺伝子構成の偏りが示す人類の歴史。

 科学・歴史・産業など広い範囲の話題を盛り込んだ、読んで楽しい一級品の科学ノンフィクションだった。

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2015年4月24日 (金)

結城充考「躯体上の翼」東京創元社

 員(イン)は自分のIDに付されたパスワードを破るのに、およそ百年の時間を費やした。
 法則性を考えることもなく、簡易情報処理言語(スクリプト)を使って、ただ文字と数字の組み合わせを小さな値から順に、少しずつ入力したせいだった。ひどく効率の悪い方法だったが、員は他にやり方を知らなかった。

【どんな本?】

 SF色の強いミステリで活躍中の新鋭作家による、遠未来の異様な世界を舞台とした緊迫感溢れるスタイリッシュな長編アクションSF小説。

 「大遷移」で大きく変容した世界。地には野生の炭素繊維躯体が生い茂り、巨木の森のように空たかく伸びている。共和国の航空船団は佐久間種苗の緑化露を撒き、炭素繊維を始末していたが、それは同時に炭素繊維躯体の森で生き延びていた人々も滅ぼしていた。

 対狗衛仕として作られた員(イン)は、手に入れたIDで互聯網(ネット)を漁るうちに、cyと名乗る者と出会い、交流を深めてゆくが、二人の出会いは、やがて大きな事件へと発展し…

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2015年版」のベストSF2014国内篇で16位にランクイン。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2013年11月29日初版。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約234頁。9ポイント43字×19行×234頁=約191,178字、400字詰め原稿用紙で約478枚。長編小説としては標準的な長さ。

 ズバリ、読みにくい。これは意図的なものだ。描かれる世界がとても異様であり、SF的なガジェットも続々と登場する上に、ハードボイルドな物語がハイテンポで展開する。独特の言葉遣いと切り詰めた文体は取っつきにくいが、この世界を描くには見事にフィットしている。SFの先端を行く作品であり、濃くてエッジなSFを読みたい人向け。

【どんな話?】

 員(イン)は、人狗を狩る対狗衛仕として佐久間種苗に作られた。世界は天高く茂る炭素繊維躯体が覆い、地に届く光は減ってゆく。だが炭素繊維の森にも、細々と人が集団で暮していた。そんな集団の一つに接触した員は、佐久間種苗に報告書を提出する。だが、集団は疫病で滅びてしまう。原因は、船団が付近に投下した緑化露らしい。

【感想は?】

 いびつに進んだテクノロジーが乱立する世界が、とっても魅力的。

 世界設定としては、「大遷移」という大きな災厄が人類を襲った事が冒頭で明かされる。それ以降、技術は進歩するどころか、昔の技術を苦労して維持するのがやっと、という事らしい。特に情報記録媒体は失われる一方で、世界的に貴重品となっている。

 反面、ナノテクやバイオ・テクノロジーは残っているようで、主人公の員(イン)も、戦闘を目的として人工的に作られた存在だ。

 情報記憶媒体が貴重という設定は、冒頭から見事なアイデアとなって読者を惹きつける。員とcyが、互聯網(ネット)の監視を盗んでコミュニケーションを取る場面だ。最近の大容量ハードディスクに慣れた人にはピンとこないかも知れないが、昔はディスク容量を倍に増やしてくれるソフトがあって、これに似た手口も使っていた。

 この手口のマニアックさもさることながら、一度に伝えられる文字数がたったの7文字と極めて少ないのも、物語作りとしては巧い仕掛け。伝えたい事柄を工夫して少ない文字数に切り詰めなきゃいけない、員とcyのもどかしさを伝えると同時に、漢字が多い字面が、この小説の独特のスタイルを成立させている。

 たぶん、著者は昔、パソコン通信をやってたんじゃないかな。嵩む電話料金を気にしながら、遅いモデムと細い回線で、なるべく多くの情報を伝えようと工夫していた頃の、懐かしい感覚が蘇ってくる場面だ。

 にも関わらず、物語世界そのものは、最近のSFのエッジな雰囲気バリバリなスタイリッシュな作品に仕上がっている。

 やはり大きな仕掛けの一つが、炭素繊維躯体。誰が何のために作ったのかは全くわからないが、この世界では邪魔者でもあり、生活環境でもあり。

 表紙の絵を見ると、高層ビルの骨組の鉄骨に似ている。特に説明はないが、暴走したナノテクの産物らしく、共和国はこれを歓迎していないようで、緑化露を撒いて駆逐しようとしている。が、共和国に属さず炭素繊維躯体の森で暮らす人々もいるらしい。文明レベルは狩猟採集生活っぽいが。

 と、ハイテクとローテクが妙に混在しているのが、この世界の大きな魅力。

 主人公の員も、この世界のテクノロジーのアンバランスさを体現している。正体不明の敵・人狗を狩るため、人工的に作られた存在である。戦闘用の生命体を人工的に作れるぐらいだから、バイオ・テクノロジーは大きく進歩しているらしいが、機械工学や冶金はそうでもないようで。

 戦闘用の人工生命が主人公なだけに、中盤以降のお話は激しいバトル・アクションの連続となる。

 ここで登場する敵役の「導仕」も、これまた実に憎たらしくできてる。私はスター・ウォーズの皇帝陛下を思い浮かべながら読んだ。戦闘に特化し、優れた戦闘能力と巧みな戦術を駆使する員。対する導仕は、航空船団全体を指揮し、冷酷ながらも合理的な作戦で、ジリジリと員を追い詰めて行く。

 強大な権限を振りかざし、情け容赦なく部下を捨石にする冷血ぶりもいいし、どうでもいい事に癇癪を起こして八つ当たりする身勝手さもドス黒さを際立たせる。その肉体の禍々しさもあり、こういう人間の持つ悪を煮しめたような悪役が出てくると、お話はグッと盛り上がるんだよなあ。

 終盤、バトルはあっと驚く逆転また逆転の連続で、娯楽アクションとしての緊張感は読者を掴んで離さない。

 そんな緊張感溢れる物語の中で、心地よい安らぎを与えてくれる清(四四九九一)が可愛らしい。いいなあ、清(四四九九一)。私も欲しいなあ、このシリーズ。可愛くて便利でいじらしい。

 語りはスタイリッシュで、ガジェットは盛りだくさん。お話は激しいアクション満載で、映像にしたらきっと映えるだろう。そして何より、世界設定が冷たい感触のグロテスクさに溢れていて、もっと浸っていたい気分にさせられるし、隠れた壮大な背景を暗示しているようで、長大なシリーズの一場面を切り取ったような印象がある。

 なんとかして、シリーズにして刊行を続けて欲しいなあ。

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2015年4月22日 (水)

ユージン・ローガン「アラブ500年史 オスマン帝国支配から[アラブ革命]まで 上・下」白水社 白須英子訳 5

ハリド・イスランブリ「おれはファラオを殺した」
  ――第13章 イスラーム勢力の台頭

 ユージン・ローガン「アラブ500年史 オスマン帝国支配から[アラブ革命]まで 上・下」白水社 白須英子訳 4 から続く。

【ムスリム同胞団の勃興】

 第四次中東戦争でアラブの地位を一気に引き上げたエジプト大統領アンワール・サダト。続く1979年3月にイスラエルと和平条約を締結、これによりエジプトはイスラエルの軍事的脅威より解放され、海外からの援助と投資を得ると同時に、再開したスエズ運河からは国庫に安定した収入を期待できるだろう。。

 しかし、地域最大の軍事力エジプトが脱落すれば、アラブはイスラエルと戦えない。これはアラブ諸国の反感を買い、エジプトは周辺国から関係を断絶され孤立してしまう。とは言うものの、オイルマネーで潤う湾岸国には出稼ぎに行っていたようで。

産油国で働くエジプト人労働者が送金した額は、1970年に1000万ドル、74年には1890万ドル、80年には20億ドルと増加し、この10年の間に200倍にも増えた。

 この経済的な関係は、アラブ諸国間の経済的な結びつきを強めて行く。

 だがイスラエルとの講和に対する反感はエジプト国民の一部も同じで、1981年10月6日にサダトは暗殺される。その時の暗殺者ハリド・イスランブリの台詞が、冒頭の引用だ。なんと、現代のエジプトでファラオは悪役だったのだ。少なくとも、過激なイスラーム主義者にとっては。

『コーラン』は『旧約聖書』と同様、エジプトのファラオたちにはたいへん批判的で、人間の作った法を神の戒律より重視する専制君主だとしている。『コーラン』にはファラオを非難している章句が79もある。

 つまり、ファラオとは、世俗的な独裁者を揶揄する表現らしい。とすると、現シリア大統領のバシャール・アサドも、そう言われてるんだろうか。いずれにせよ、独裁者の打倒を目論む勢力が、サイイド・クトゥブ'(→Wikipedia)を源流とする「ムスリム同胞団」などを中心に草の根で蔓延ってゆく。

 それに対し、徹底した摘発と残酷な刑罰で対応するエジプト警察。しかしムスリム同胞団はシリアなど周辺国へと浸透し…

【ムスリム同胞団の挫折】

 当事のムスリム同胞団は物騒ではあっても、アラブ諸国以外からは注目されなかった。それは彼らの目的が独裁者の打倒であって、欧米をどうこうしようとするものではないからだ。これがアルカイダとの大きな違いだ。が、それだけに、アラブ諸国の権力者にとっては煙たい存在となる。

 エジプトでは警察が対応したが、シリアでは軍が動く。バアス党のハーフィズ・アサド(→Wikipedia)が、レバノン内戦でマロン派キリスト教徒を支援するため介入するに及び、シリア国内で多数派を占めるスンナ派の反発は決起、1976年6月のアレッポ軍士官学校襲撃をきっかけに全面戦争が始まる。

 無関係の住民すら見境無く虐殺するアサドの弾圧は、1982年2月のハマの大虐殺(→Wikipedia)をひき起こす。

今日まで、1982年2月にどのくらいの人たちが死んだのかだれも知らない。ジャーナリストやアナリストは、死亡者数は一万から二万人と推定しているが、リーファアト・アサドは三万八千人を殺したと吹聴している。

 これによりシリアのムスリム同胞団は壊滅し、シリアは安定へと向かう。だがイスラーム主義者は他国に散り、別の戦略へと切り替え、9.11へと結実してゆく。今から思えば、この時の成功体験が、現バシャール・アサド政権の強硬な対応の動機になってるんだろうなあ。結果はだいぶ違うけど。

【ジハード】

 散った先の一つが、アフガニスタン。この辺は「倒壊する巨塔」ともだいぶカブるんだが、少し面白い記述がある。ソ連との戦いで、アフガニスタン人は個々の組織が連携せずバラバラに戦った。当初のアラブ義勇兵は、各自が希望する勢力に所属する形にしている。

 これが失望の原因となる。ソ連を追い出すと、今度はアフガニスタン人同士で戦い始めるのだ。義勇兵は共産主義者と戦うために来たのであって、ムスリムと戦うためじゃない。勝利の高揚と裏腹の失望、そして新しい組織と戦略の必要性を痛感しながら、彼らは帰国してゆく。

 もしかしたら、これがシリアで暴れてる山賊どもの原点なのかもしれない。

【冷戦終了】

多くのイスラーム主義者は、大国ソヴィエトの崩壊は無信仰者の共産主義の破綻の証拠であり、新しいイスラーム時代の到来を告げるさきがけであると解釈した。

 モノゴトを自分に都合よく解釈するのがヒトだ。我々は東欧とソ連の崩壊を、資本主義の勝利と見るが、イスラーム主義者は同じ事件を信仰の勝利と見る。ましてアグガニスタンで戦った者なら尚更だろう。そして、別の見地もある。シリア・イラク・リビア・アルジェリアなど、ソ連を後ろ盾とした国家だ。

チャウシェスクの死体の映像がアラブ世界に放送されると、いくつかのアラブの首都で深刻な社会的不安がかき立てられた。ルーマニアでそういったことが起こったのなら、バグダートやダマスカスで同じような事件が起こるのを防ぐにはどうしたらよいのか?

 防げませんでした、はい。

 そしてイラクのクウェート侵攻と、続く湾岸戦争である。原因はサダム・フセインが借金返済を迫られた末の逆ギレ。フセインは石油収入で返すつもりが、原油価格は値下がりする上に、クウェートは増産。なんで増産下のかというと、原因は二つ。

 ますクウェートは欧米の精油所に多額の投資をしていた。また欧州にQ8という給油所チェーンを展開していた。だから、石油価格が上がれば原油価格で儲け、下がれば販売価格で儲けが出る。いずれにせよ、流通量が増えれば儲けが増えるしくみを作り上げていたわけ。賢いなあ。

 冷戦終結はイスラエルにも影響を与える。ロシアからの移民が増えるに従い、新しい住宅地も必要になる。これはパレスチナ地域への入植活動を活発化させ、パレスチナ問題を更に悪化させてゆく。

 これらの動きは、アラブの権力者を板ばさみにする。唯一の超大国となったアメリカの機嫌を損ねれば、軍事・経済援助を打ち切られる。だがアメリカに追従すれば、国内の過激派が暴れるだろう。

今日のアラブ世界で自由かつ公正な選挙が行なわれれば、イスラーム主義者がきっと楽勝すると思う。
  ――はじめに

 なぜか。

チュニジア人やエジプト人のなかには、自分たちがイスラーム主義政党に投票したのは、宗教的信念からというよりも正直で腐敗していない政権を選びたかったからだと主張する人が多い。

 チュニジアの革命のきっかけとなったモハメド・ブアジンは26歳の青年だった。露天商として野菜を売り家族を養う彼は、地元の警官に袖の下を払わねば店を出せなかった。これじゃ警官じゃなくてしショバ代を取り立てるヤクザだ。ショバ代を払えなかった彼は警官に殴られた上に売り物を没収され、役場に異議申し立てに行くが、ここでも殴られ嘲笑される。

 ヤケになったモハメド青年は、知事公邸の前でシンナーをかぶり火をつけた。彼がきっかけで始まった市民運動は、各国に広がって行く。このデモのプラカードに掲げられたメッセージを、私は全面的に支持する。

「国民は政府を恐れてはいけない。政府が国民を恐れるべきだ」

【おわりに】

 書名は500年史ながら、頁の3/4は20世紀なので、実際にはアラブ現代史に近い内容だ。それでも冒頭の1/4は三国志さながらの疾風怒涛の歴史絵巻のド迫力で、以降の3/4は現代のアラブがいかにして成立したかの優れた解説となっている。

 ただ、本書は2013年の発行にも関わらず、エジプトでは再び軍が権力の座に返り咲き、シリアで暴れる山賊はイラクにまで進出するなど、情勢は既に新しいフェーズに入ってしまった。混沌としたアラブが激動し世界の注目を浴びる今、緻密な解像度でその成り立ちを描く本書は、現代アラブを読み解く格好の基礎となるだろう。

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2015年4月21日 (火)

ユージン・ローガン「アラブ500年史 オスマン帝国支配から[アラブ革命]まで 上・下」白水社 白須英子訳 4

「私を殺したい者は殺すがよい。私があなた方に誇りと名誉と自由を浸透させている限り、そんなことはどうでもよい。ガマル・アブドゥル・ナセルが万一死ぬようなことがあれば、あなた方一人ひとりがガマル・アブドゥル・ナセルになるでありましょう」
  ――第10章 アラブ・ナショナリズムの台頭

 ユージン・ローガン「アラブ500年史 オスマン帝国支配から[アラブ革命]まで 上・下」白水社 白須英子訳 3 から続く。

【ナセル登場】

 下巻前半の主役は、なんと言ってもナセル(→Wikipedia)。

 クーデターによりエジプトの実権を握って王を退位させ、第一次中東戦争の痛手に苦しむアラブに颯爽と登場し、大胆な社会改革でエジプトの社会に風穴をあけ、汎アラブの夢を描いた男。

 1952年の土地改革で個人の所有地を200エーカーに制限し、大地主の土地を小作人に配分する。一見、大きな改革のようだが、意外な事に当事のエジプトは農業国じゃなかった。1953年のGNPだと、サービス業52%、農業35%、工業13%。サービス業って、具体的には何だろ? 観光?

実際に利益を得たにのは、エジプトの農業人口のごく一部に当たる総計14,600世帯で、エジプトの人口2150万人の一部にすぎない

 1954年10月26日、演説中のナセルを数発の弾丸が襲う。ムスリム同胞団のメンバーが暗殺を謀ったのだ。銃声が絶えた後、ナセルはたじろぎもせず冒頭の言葉で演説を再開する。この演説と事件はエジプト国民のみならず、ラジオ中継を通じてアラブ世界全体に流れ、一躍ナセルはアラブの英雄となった。

 実権を掴んだナセルは、それまで協調してきたムスリム同胞団を切り捨て、厳しく摘発しはじめる。この政策は後のサダト・ムバラクへと受け継がれてゆく。

 スエズ運河の国有化は英仏イスラエルの反発を招き、第二次中東戦争(→Wikipedia)へと発展する。軍事的には負けたものの、米ソの介入で英仏イスラエルは撤退を余儀なくされ、外交的にはエジプトの勝利で終わる。敵の英仏イスラエルに加え、米ソまで手玉に取る鮮やかな手綱さばきが、ナセルの人気を更に高めてゆく。

  恐らく今でも、アラブ世界では20世紀以降の最も偉大と見なされる人物だろう。この本でも、最も多くの頁を独占している。人名索引を見ても、5行を閉めるのはナセルだけだ。

 そのナセルが目指したのは、世界的には米ソに対する第三極の確立であり、アラブ的には統一アラブであり、国内的には産業構造を現代化して財政を豊かにすることだ。これはエジプトやアラブの視点に限らず、世界の中のエジプトという視点でも順当な指針に思えるし、冷戦後の今でも充分に通用するんじゃないだろうか。

 今中東で流行ってるイスラーム主義とも、第三極と統一アラブは同じ所を目指している。違うのは現代化だ。欧米の立場で考えても、「独立国の矜持を保ちつつ産業を振興し地域のリーダーを目指す」って方向は、モロにインドや中国と同じなわけで、充分に容認できる方向性だろう。

 資本主義にドップリ浸かった日本人の目から見ると、イスラーム主義じゃ貧しくなる一方に思えるんだが、組織は充実してるし人気もあるんだよなあ。イスラーム主義に対抗して新ナセル主義を担ぎ出し、流行らせるのは無理なんだろうか。でも今のイスラーム主義の中心となっている若い人は、どれだけナセルを知っているんだろう?

【ナセルの嵐】

「シリア人の50%が自分を国家の指導者であると考え、25%が自分は預言者だと思い、10%は自分が神だと思い込んでいる」
  ――第11章 アラブ・ナショナリズムの衰退 より、元シリア大統領シュクリ・クーワトリー 

 そのナセル、極端な人気ゆえの自信過剰か、アラブの民の性急な要求のせいか、はたまたソ連の覇権主義にかぶれたのか、シリアとイエメンそしてイスラエルの勇み足でコケてしまう。 ナセルのカリスマがひき起こす嵐は、シリア・ヨルダン・イラクにも上陸し、大きな変化をもたらしてゆく。

 シリアとアラブ連合共和国を結成するが、エジプト指導部の性急で高圧的な姿勢が総スカンを食らい、早々に解消の憂き目を見る。イエメンへの軍事介入は「エジプトにとってのベトナム」となり、虚しく将兵を消耗してゆく。そして第三次中東戦争(→Wikipedia)の完敗である。著者は敗因の一つを、エジプト軍のイエメンでの消耗としている。

 この敗北はアラブの民衆の不満に火をつけ、各地に紛争を引き起こして行く。1968年にイラクはバアス党が主権を握り、リビアはムアンマル・カダフィが国王を倒す。1969年にはジャアファル・ヌメイリがスーダンで権力を奪い、1970年にはハーフィズ・アサドがシリアを掌握する。おお、だいぶ私が知っている中東に近くなってきた。

 そしてパレスチナでは、自らの手で独立を掴もうとPLO(パレスチナ人民解放機構、→Wikipedia)が活躍を始める。

 その頃、アルジェリアではFLN(民族解放戦線、→Wikipedia)がフランスを相手取って独立戦争を仕掛け、泥沼のすえに独立を勝ち取る。「独立戦争の最初の三年間に、FLNはその作戦行動中に,、フランス軍の六倍を超えるアルジェリア人を殺した」とあるから凄まじい。

【ファタハ、PLO、PFLP】

 傍から見ると区別がつかないこの三者について、整理して書いてあるのが嬉しい。

 ヤセル・アラファトとサラフ・ハラーフが1959年10月に結成したのが、ファタハ。対してアラブ諸国が勝手に作ったのがPLO。ところが幾つかのテロでアラファトは大人気を博し、PLOの議長に選ばれる。つまりはファタハがPLOを飲み込んだ形。

 PFLP(→Wikipedia)はジョージ・ハバシュが率いた組織だが、事実上はPLOの下部組織らしい。この本では、当時に頻発した航空機ハイジャック事件の大半をPFLPの手柄としている。しかし暴れすぎたPLOはヨルダン国王の怒りを買い、1970年の黒い九月(→Wikipedia)で大打撃を受ける。

 壊走したPLOはレバノンへと逃れるが、これはレバノン情勢を不安定にしてシリアの介入を招き、レバノンを事実上シリアの属国にしてしまう。

 と書くとなんかスッキリした流れのようだが、レバノン情勢がこれまた実にややこしい。それでも読んでるうちは、何かわかったような気になるから本の威力は凄い。

【第四次中東戦争】

 同時期、巨星ナセルは心臓発作で逝去。後を継いだアンワール・サダト(→Wikipedia)はシリアと組み、イスラエルへ攻め込む。第四次中東戦争(→Wikipedia)である。

 奇襲は鮮やかに決まった。充分に練られた戦術でスエズ運河を渡り、ソ連から導入した対空ミサイルはイスラエル空軍を撃ち落とす。救援に駆けつけたイスラエルの機甲部隊も、歩兵が対戦車ミサイルで次々と叩き潰して行く。だが戦いが長びくにつれ、ジリジリとイスラエルが優勢となり、北ではゴラン高原を取り戻し、南ではスエズ運河へと迫ってきた。

 ここでアラブが仕掛けた罠が世界を震撼させる。「これこそ長い間待っていた瞬間だった」と語るサウジの石油相アフマド・ヤマニ。石油価格の17%値上げを発表したのだ。翌日、アラブは更に追い討ちをかけてゆく。イスラエルが撤退するまで毎月5%ずつ石油の清算を減らす、と。

 これにより米ソは介入を余儀なくされ、停戦が成立する。軍事的にはどうあれ、政治的にはアラブの大勝利だ。エジプトはスエズ運河とシナイ半島を取り戻し、シリアもゴラン高原の一部を取り戻した。だが最大の受益者は、産油国だろう。原油価格の上昇で大きな利益を得ると共に、その強大な影響力を世界に誇示したのだから。

いわゆるオイルショック(→Wikipedia)です。これにより、日本ではなぜかトイレットペーパーが買い占められました(→Wikipedia)。いい加減、日本人は懲りただろうと思っていたら、東日本の震災で再びパニックが発生、米とパンが首都圏の店頭から消えました。保存食としてはパンよりジャガイモの方がいいと思うんですが、そっちは充分に店頭に出てました。

【おわりに】

 すんません、たぶん次の記事で終わります。

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2015年4月20日 (月)

ユージン・ローガン「アラブ500年史 オスマン帝国支配から[アラブ革命]まで 上・下」白水社 白須英子訳 3

「オスマン帝国が改革と、宗教的所属に関係なく臣民の間の平等を満たし始めるにつれて、礼儀知らずのキリスト教徒が行き過ぎた平等の解釈をし、小さいものは大きいものに服従する必要はない、身分の低い者は高い者を尊敬する必要はないと考えるようになった。実際彼らは身分の卑しいキリスト教徒と高貴なムスリムは同等であると考えたのだ」
  ――第4章 改革の危機 より ミハイル・ミシャカの言葉

 ユージン・ローガン「アラブ500年史 オスマン帝国支配から[アラブ革命]まで 上・下」白水社 白須英子訳 2 から続く。

【植民地化のはじまり】

 押し寄せるヨーロッパの対抗するため、オスマン帝国は改革を進めようとする。だが多民族国家ゆえか、多くの宗派が混在するシリア・レバノンでは大騒ぎになってしまう。それを象徴するのが、冒頭の引用だ。この本では、他にも幾つかアラブの気位の高さを示す言葉が出てくる。この無駄な気位の高さが、現代の中東の騒乱の大きな原因の一つだと思う。

 幸か不幸か、日本は聖徳太子の頃から中国に強い影響を受けてきた。江戸時代になっても、教養と言えば四書五経だった。もともと、他国から学ぶ事に抵抗を感じない国だったのだ。これが明治維新が巧くいった理由の一つだろう。学ぶ相手を、中国から西洋に変えただけだ。

 海を隔てているとはいえ、所詮は島国である。歴史も規模も大陸には敵わない。それを充分に自覚し、帝国の周辺国として巧く立ち回り、大国に飲まれず生き延びる術を心得ていたのだ。

 アラブには、コレができない。なんたって、かつてはイベリア半島まで席巻した帝国の末裔である。自分たちが一番優れていると思っている。だから、銃や砲などの小手先の技術は輸入しても、それを生み出す「科学」や、それを育てる「自由」や「平等」の概念は取り込めない。古い封建的な社会や風習がのさばり、自由競争による産業化が進まない。

 ナポレオンは軍事的に侵入した。19世紀にはいると、侵入の尖兵は投資家になる。アラブ側にしてみれば、産業化を進めて国力をつけたい。そのためには、鉄道などの社会基盤を整備せにゃならん。が、鉄道を敷くための金はない。そこで、利権を担保に外国の投資家に頼る。が、大半はベンチャー・ビジネスだ。失敗も多い。スエズ運河も大きな負債を残す。

その損失は、ヨーロッパの領事たちから自国民の投資が失敗したときの損失補填を求められるに及んで倍加した。

 英仏の資本家の出鱈目な投資の尻拭いを、アラブに押し付けたわけだ。やがて借金の利払いが国庫を圧迫し始め…って、ヴィクター・セバスチェンの「東欧革命」と同じパターンじゃないか。

【解放と植民地化】

  そしてついに1875年、オスマン帝国は破産する。これに1877年の露土戦争(→Wikipedia)が追い討ちをかけ、オスマン帝国はバルカン半島を失う。「領土の2/5と人口の1/5(その半分はムスリム)」である。

 オスマン帝国の弱体化は、アラブにとっては独立の格好の機会だ。これを象徴するのが、エジプトの騒動だろう。

 エジプトでは、軍がチュルケス(トルコ)系とエジプト系で対立している。英国の干渉でエジプト系の将兵が解雇されるに至り対立は表面化、副王イスマーイールの退位にまで発展する。先導したアフマド・ウラービーに、地主や都市部のエリートも同調し、「エジプト人のためのエジプト」という認識が生まれてくる。

 これを危険視したのが、新副王タウフィクと英仏だ。結局はイギリスが軍事介入・制圧し、エジプトは英国の支配化に入る。

 こんな感じに、各地の混乱に乗じて硬軟取り混ぜた手口で、英仏はオスマン帝国領を食い荒らして行く。

【第一次世界大戦】

 第一次世界大戦で、アラブはハッキリとオスマン帝国の敵となる。ドイツと組んだトルコに対し、アミール・ファイサルが率いるアラブの反乱(→Wikipedia)で大暴れする。ヒジャーズ(アラビア半島の西北部)からシリアに至る王国を夢見てパリ講和会議に出かけたファイサルだが…

「私はまもなく、欧米人はアラブ人についてはなはだしく無知で、彼らが得ている情報はすべて『千夜一夜物語』から得たものであることを実感した」「当然のことながら、彼らの無知のせいで、私は基本的な事実を説明するだけで多くの時間を使うことになった」

 が、結果は、レバノンとシリアをフランスが、エジプトとトランス・ヨルダンとイラクを英国が抑えることになる。英仏共に、第一次世界大戦で大量の将兵を消耗したのに、どこにそんな余力があったんだが。

 なお、イラクはファイサルが王位につく。その前、王座承認の国民選挙の前、英国はファイサルをドサ回りに出す。

イラク全土の町や部族を訪ねて回る大がかりな旅を企画した。ファイサルは国中を旅してイラクの多様なコミュニティの人々と顔を合わせ、彼らの忠誠心を獲得し、だれに聞いてもその役割をうまく果たしたという。

 このファイサルの姿は、「知恵の七柱」で、遠征中に野営地に地元部族の有力者を招き、彼らの歴史に耳を傾けるファイサルの姿と重なって見える。

 トランス・ヨルダンはその兄アブドゥッラーが王として納まり、名家ハーシム家は今もヨルダンに君臨している。はいいが、彼らの本拠地ヒジャーズはサウード家に奪われてしまう。ヨルダンとサウジアラビアには、そういう確執があるんだなあ。

【第二次世界大戦、そしてイスラエル】

 ヨーロッパで台頭するファシズムは、アラブにも浸透してゆく。ファシズムってのは極端なナショナリズムでもあり、ナショナリズムが芽生え始めたアラブじゃウケがいいんだろう。オマケにナチズムは反ユダヤだ。イスラエルを敵視するアラブ人には、甚だ気持ちよかろう。

 ロシアのポグロム(→Wikipedia)やナチのホロコーストから逃れたユダヤ人たちは、次々と土地を買い上げ住み着いてゆく。今まで小作人として生きてきたアラブ人を追い出して。これがアラブ人の反感を高めて行く。

私はここに、多少の疑問がある。なぜ非難の矛先が、金を受け取って小作人を見捨てた不在地主に向かわない?

 そんな民間の声を代表するのが、エルサレムの最高法官ハッジ・アミン・フサイニ(→Wikipedia)である。第二次世界大戦中はナチス・ドイツに亡命し、ヨーロッパからもアラブ各国からも胡散臭く見られていた。やはりドイツ亡命経験のあるファウズィ・カウクジも、非正規軍ALA(アラブ解放軍)を率い、イスラエルを潰そうと動き始める。

 ところが、アラブ各国の正規軍は、というと。

 まず、トランス・ヨルダンのアブドゥッラー国王。国連の分割決議案を、唯一支持したのが彼。ヨルダン川西岸を併合したいのだ。ハッジ・アミンはこれが気に食わない。エジプトのファルーク王とは強烈すぎるライバル意識がある。シリアは、アブドゥッラーがシリアを飲み込もうとしている、と思い込んでいる。ハーシム家とサウード家には根強い反目がある。

【第一次中東戦争】

 ってな状態で始まった第一次中東戦争は、イスラエルの勝利で終わる。ここで、戦力分析が日本語版 Wikipedia とはだいぶ違っている。アラブ側が兵力では劣勢だった、とあるのだ。

レバノン、シリア、イラク、トランスヨルダン、エジプトのアラブ五カ国が五月十五日に参戦したときの兵力総数は25,000人に満たなかったのに対し、イスラエル防衛軍(新国家の軍隊はこう呼ばれた)は35,000人にのぼった。

 日本語版 Wikipedia じゃ「アラブ側兵力は15万人」となっている。当事の公式発表と、後の調査で判明した事との違いや、開戦時と終戦時の違いなどはあるんだろうけど、うーん。

 いずれにせよ、この戦争は多くのパレスチナ難民を生み出し、またアラブ各国で鬱積した不満は諸国の政変をひき起こす。

 このあたり、かなりゴチャゴチャしちゃいるが、この本では物語的に綴っているので、読んでいる最中はスンナリと頭の中に入ってくる。後から聞かれたら答えられないけど←をい

【おわりに】

 やっと上巻が終わった。下巻は更に混沌の度を増し、また緊張感も高まってゆく。この本を読む限り、あの辺は第一次世界大戦以来、ずっと紛争続きだったような印象を受ける。今でこそシリア内戦がスポットを浴びているが、昔からそうだったんだなあ、などと変に感心しながら、次の記事へと続く。

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2015年4月19日 (日)

ユージン・ローガン「アラブ500年史 オスマン帝国支配から[アラブ革命]まで 上・下」白水社 白須英子訳 2

 オスマン帝国の北アフリカ征服は、伝統的な戦闘よりも海賊行為によって達成されたものが多い。当然のことながら、一方から見た海賊は他方の側では提督である。
  ――第1章 カイロからイスタンブールへ

ユージン・ローガン「アラブ500年史 オスマン帝国支配から[アラブ革命]まで 上・下」白水社 白須英子訳 1 から続く。

【拡張するオスマン帝国】

 1516年8月24日のマルジュ・ダービクの戦いから、この本は始まる。エジプトのカイロを本拠地とするマルムーク朝を、イスランブールを拠点とするオスマン帝国が破った戦いだ。以後、アラブ世界はオスマン帝国に飲み込まれてゆく。

 その併合のされ方は、地域によって違った。エジプトのマルムーク朝に変わり、北アフリカの地中海沿岸では、バルバロッサ(赤ひげ)ことハイレッディン(→Wikipedia)が主役を務める。

 1492年のグレナダ陥落でスペインを追い出されたムスリムにとって、スペインは憎き敵だ。トルコ沖エーゲ海のミティリーニ島に生まれたハイレッディン、地中海を舞台にスペイン船を襲いまくり、「ムスリムの奴隷を解放し、数十隻の敵の船舶を捕獲した」。彼にとっては、恨み積もったキリスト教徒の成敗である。これは聖戦なのだ。

 ここに宿敵が現れる。アンドレア・ドーレア(→Wikipedia)、当事の欧州じゃ有名な海軍司令官である。実はドーレアも海賊だった。自分の艦隊を率い、欧州の主君と契約して海軍として働く。今ならブラックウォーターみたいなPMC=民間軍事会社みたいな位置だが、平たく言えば傭兵である。当時は財政的に大きな常備軍は維持できなかったんだろう。

 ここで描かれる好敵手二人の戦いは、講談にしたらさぞかし盛り上がりそうなネタだ。特に1541年のアルジェ攻囲戦では、押し寄せる36,000の兵と400隻の大船団に対し、その1/4の兵力で守り通したハイレッディンの姿は、弘安の役で元を追い散らした御家人たちを思わせる。

 かような活躍がオスマン帝国に買われて…と言いたいが、実際には遠すぎるため、北アフリカには大幅な自治を認めてゆく。

【地方の勃興】

 様々な形で地域の自治を許したオスマン帝国。これが裏目に出て、次第に各地の勢力が伸張して行く様子を描くのが、「第2章 オスマン帝国支配へのアラブ人の挑戦」。

 時は1770年代。北パレスチナで勢力を伸ばしたザーヒル・ウマルと、エジプトのマルムーク出身の最高支配者アリ・ベイの反乱で話が始まる。これも野望の物語としてなかなかの迫力なんだが、次のワッハーブ派の勃興を描く部分は、モロに現代のペルシャ湾岸情勢とつながっていて興奮してしまう。

 ワッハーブ派の始祖ムハンマド・イブン・アブドゥルワッハーブは1703年にアラビア半島中央部のオアシス、ウヤイナに生まれる。青年期は広く旅をして宗教を学び、原初のイスラームへの回帰を求めるようになる。コーランの啓示後300年ぐらいまでのイスラームの姿を適切とし、それ以後の変化は有害と見なすのだ。

 徹底して偶像崇拝を排する教義は、ある意味、平等かもしれない。区別は神と人だけ。その間に代理人は認めない。全ての信徒に、神と直接向かい合う事を求める。なんかキリスト教のカトリックに対するプロテスタントに似ているような。

 する事も過激だ。聖人を祀った聖廟を壊し、聖人に由来する聖木を切り倒す。人は神に直接に向かい合うべきで、聖人を介してはならない。そういう理屈だ。聖人・聖廟・聖木を崇める人からすると、とんでもねえ過激派である。

 特にワッハーブ派が目の敵にしたのが、当事のオスマン帝国で流行っていた、神秘主義的な傾向を持つスーフィズム。あれはイスラームのフリをした多神教だ、と。

 そのアブドゥルワッハーブの後援者となるのが、ムハンマド・イブン・アル・サウード。今のサウジアラビアを支配する、サウード家のご先祖だ。

 当初、ワッハーブ派が暴れていたのはアラビア半島の砂漠である。オスマン帝国にとってはムカつく相手だが、何せ遠すぎる。成敗しようにも、補給が持たない。おまけにワッハーブ派は機動力を活かして動き回るから、捕まえるのも難しい。この構図は、まるきしローマ帝国の周辺で暴れる蛮族や、中国の王朝を脅かす匈奴だ。

 勢いづくワッハーブ派は、1802年にオスマン帝国内へと攻め込む。イラク南部のカルバラー(→Wikipedia)である。これがまた因縁深い所で、シーア派の聖地なのだ。

 第4代正統カリフのアリー(→Wikipedia)の子孫を、ムハンマドの後継者とするのがシーア派だ。アリーの子フサインは時のカリフのヤズィード1世に叛旗を翻すが、カルバラーの戦い(→Wikipedia)で破れ、命を絶たれる。この戦いで敗れた側が、シーア派として分離して行く。つまりカルバラーはシーア派発祥の地であり、悲劇の原点でもある。

 そこにワッハーブ派が攻め込み、フサインの霊廟を荒らし、虐殺と略奪の限りを尽くした。シーア派からすれば、ワッハーブ派は虐殺の恨み尽きぬ仇敵である。ワッハーブ派から見たら、シーア派はムスリムを騙るペテン師であり、滅ぼすべき相手だ。

 改めてアラビア半島周辺の地図を見よう。サウジアラビアは、いうまでもなくワッハーブ派の本拠地である。その北、イラク南部にはシーア派が多く住む。サウジからペルシャ湾の対岸、イランもシーア派が主流だ。サウジの南、イエメンもシーア派が4~5割を占める。まるでワッハーブ派をシーア派が包囲してるようだ。

実際には、アラビア半島のシーア派がワッハーブ派に追い出され、周囲に散ったんじゃないかな。

 そしてサウード家が保護するメッカとメディナは、シーア派にとっても聖地だ。

 しかも、サウジアラビアを支配するサウード家は、今も厚くワッハーブ派を保護している。これじゃ、周辺でドンパチが絶えないのも当然だろう。イラン・イラク南部・イエメンのシーア派と、サウジアラビアのワッハーブ派が、隣同士で睨みあってるんだから。

 そのワッハーブ派を支援しているのが、バチカンに叛旗を翻したプロテスタントの国アメリカ合衆国というのも、皮肉が効いてる。いずれも従来の権威に異議を唱え、神との直接対峙を唱える者たちなのだ。

【海は船でいっぱい】

 翳り行くオスマン帝国の栄光に対し、勃興するアラブの地元勢力、そこに忍び寄る西欧の影を描くのが、「第3章 ムハンマド・アリーのエジプト帝国」。

 ここは黒船を思わせるドタバタ劇で始まる。1798年6月。英国の艦船がアレクサンドリアを訪れ、警告と支援を申し出る。「すぐにフランス軍が来る、一種にやっつけようぜ」。アレクサンドリアの総督「だが断る」。われわれは偉大なるオスマン帝国である。新参のキリスト教徒ごときが何をできるというのだ。

 彼らの運命は7月最初の日に大きく変わる。ナポレオンの大船団がアレクサンドリアに押し寄せ、一気に征服してしまう。だが、軍事的に征服はできても、彼らの心を掴むことはできなかった。ここで気球やライデン瓶(→Wikipedia)のコケ脅しでエジプト人を敬服させようとするフランス軍のたくらみが笑える。

 それでも西欧の軍の強さはわかったようで、留学生を派遣したりしてる。エジプトの支配者となったムハンマド・アリーは、ナポレオン軍の退役軍人セベス大佐を任命し、地元の農民を徴集して三万人以上の軍を仕立てる。それまでのイェニチェリ制から、フランス式の国民皆兵制を取り入れるのである。これまた明治維新みたいだ。

 当初、兵役を嫌がる農民を厳しい罰則で無理やり兵に仕立てていたが、ギリシアとの戦争で大活躍を見せる。だがギリシアの支援に駆けつけた英仏両国に蹴散らされ、1932年のギリシア王国樹立へと続く。

 増長するムハンマド・アリーは、後にシリア支配へと乗り出すが、地元の総スカンを食らってしまう。このあたりの経緯は、短命に終わったアラブ連合共和国(→Wikipedia)を髣髴とさせる。この章で活躍するムハンマド・アリーが築く王朝は、やがて第一次中東戦争でイスラエルと激戦を繰り広げるのだ。

 などとエジプトではムハンマド・アリーが気勢をあげるが、オスマン帝国の本拠地イスタンブールは斜陽の時を迎えてゆく。外からは英仏の圧力に効しきれなくなり、内からはエジプトを初めとして地方を抑えられなくなる。増える軍事負担に臣民も根を上げ始め…

【おわりに】

 などと興奮して書いているとキリがない。ここまで書いてまだ全14章中の3章だ。次の記事からは少し巻いていきます。

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2015年4月17日 (金)

ユージン・ローガン「アラブ500年史 オスマン帝国支配から[アラブ革命]まで 上・下」白水社 白須英子訳 1

 アラブ人の歴史を、近代におけるその時々の優勢な支配勢力というプリズムを通してみると、オスマン帝国時代、ヨーロッパ植民地時代、冷戦時代、そして現在のアメリカ支配とグローバル化時代という四つのはっきりした時代に分けられる。
  ――はじめに

【どんな本?】

 中東戦争・パレスチナ問題・湾岸戦争・9.11・イラク戦争・アラブの春そしてシリア内戦と、アラブ世界は紛争が絶えない。しかもややこしい事に、いずれの紛争も多くの勢力が入り乱れ、誰がどのような思惑で何を目指して戦っているのか全く見えてこないし、何をどうすればいいのか判らない。

 現在のようなアラブ世界は、どのような経緯で出来上がったのか。それぞれの勢力はどんなルーツを持ち、どんな歴史を持っているのか。アラブの人びとは何に不満を持ち、何を怒り、どうなればいいと思っているのか。

 1516年8月24日シリアの砂漠におけるマルムーク朝とオスマン帝国のマルジュ・ダービクの戦い(→Wikipedia)から、2011年までのアラブの歴史を、主にアラブ側の視点から描き、現代のアラブが抱える問題のルーツを明らかにする、興奮に満ちた歴史書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Arabs : A History, by Eugene Rogan, 2009。日本語版は2013年11月5日発行。単行本ハードカバー縦一段組みで上下巻、本文約431頁+359頁=約790頁に加え、訳者あとがき5頁。9ポイント46字×20行×(431頁+359頁)=約726,800字、400字詰め原稿用紙で約1,817枚。文庫本の長編小説なら3~4冊分の大容量。

 翻訳物の歴史書だが、文章はこなれていて読みやすい。多くの国や地域が複雑に絡み合う内容だが、個々の事件はなるべく一人の人物を主人公として展開する形にしているので、思ったよりわかりやすい。また、事件に登場する勢力の背景事情も過不足なく説明しているので、あまり歴史を知らなくても読みこなせる。

 舞台は地中海沿岸、それも東地中海を中心に展開するので、Google Map が地図帳があると、より楽しめる。途中に幾つか地図が出てくるので、栞を4~5枚用意しておこう。贅沢を言うと、原注は上下巻の両方につけて欲しかった。

【構成は?】

 基本的に時系列順に進むので、素直に頭から読もう。

  •  上巻
  • はじめに
  • 第1章 カイロからイスタンブールへ
  • 第2章 オスマン帝国支配へのアラブ人の挑戦
  • 第3章 ムハンマド・アリーのエジプト帝国
  • 第4章 改革の危機
  • 第5章 植民地主義の第一波 北アフリカ
  • 第6章 分割統治 第一次大戦とその戦後処理
  • 第7章 中東の大英帝国
  • 第8章 中東のフランス帝国
  • 第9章 パレスチナの災難とその影響
  •  下巻
  • 第10章 アラブ・ナショナリズムの台頭
  • 第11章 アラブ・ナショナリズムの衰退
  • 第12章 石油の時代
  • 第13章 イスラーム勢力の台頭
  • 第14章 冷戦以後
  • エピローグ
  • 追記 「アラブの春」から一年
  • 謝辞/訳者あとがき/写真クレジット/原注/人名索引

【感想は?】

 波乱万丈、疾風怒濤。群雄割拠、栄枯盛衰。

 三国志のような歴史物語の面白さを無理やり二冊に詰め込むと同時に、諸勢力が入り乱れて紛争の絶えない現代のアラブ世界のルーツが見えてくる、興奮に満ちた本だ。

 物語は、マルジュ・ダービクの戦いから始まる。エジプトを拠点とするマルムーク朝(→Wikipedia)のスルタン、アシュラフ・カーンスーフ・ガウリーが、トルコを拠点とするオスマン帝国(→Wikipedia)に挑んだ戦いだ。実のところ、カーンスーフ・ガウリーは、戦闘を避けられると思っていた。

 というのも。当事のオスマン帝国はペルシアのサファービー帝国(→Wikipedia)と睨みあっていたからだ。二者と同時に戦争する気はないだろう、国境沿いに戦力を集め威嚇すれば、交渉に乗ってくるだろう、と。

 だがこの読みは外れる。カーンスーフが用意した兵は二万。しかしオスマン軍は三倍の六万の兵を集め、しかもマスケット銃を備えていた。戦闘法も異なり、マルムーク軍が個々の剣術を頼りにしたのに対し、オスマン軍は集団として統率の取れた動きをする。それに加え…

 などと、一つの王朝の終焉と、もう一つの帝国の勃興で物語は始まる。

 ここに登場するマルムーク朝の制度が、実に奇妙だ。マルムークとは奴隷を示す。ユーラシアやカフカスから連行したキリスト教徒を、イスラームに改宗させて武術を仕込む。そして成長した彼らがエリート軍人として支配階級になる。不思議な制度だが、優れた者が支配者になるわけで、当時としては安定したシステムだったんだろう。

 カーンスーフを破ったオスマン帝国スルタンの[冷酷者]セリム一世はカイロに入城、シリア・エジプト・アラビア半島の北西部ヒジャーズ地方を支配化に加える。

 領土は急激に拡大しても、統治は難しい。そこでオスマン人は無理しない事にした。当初はオスマン人の総督を派遣するが、地元の統治は既にそこにいるマルムークに任せたのだ。明を滅ぼした清と似ている。おかげで、同じオスマン帝国内でも、それぞれの地域は独自のお国柄を維持する事となる。

 この総督も、多くはマルムークに似た出自だから面白い。一部で有名なイェニチェリ(→Wikipedia)、またはデウシルメだ。

 主にバルカン半島のキリスト教徒の少年を攫ってイスタンブールに送り、イスラームに改宗させて教育や訓練を施す。見所のある者は行政官となり、帝国内の要職につく。世襲じゃないので、スルタンの権力は脅かさない。一見奇妙だが、実力と忠誠で出世できるわけで、それなりに巧くいきそうなシステムではある。

 などの驚きに満ちた社会と、ヨーロッパからイランまで広がる国際世界、そして壮麗なマルムーク朝の大軍が敗走する悲劇が怒涛のように展開するまで、まだ冒頭の50頁にも満たない。

 と共に、一歩惹いた目で見ると、また違った風景が見えてくる。

 遠い日本から見ると、トルコとアラブの違いはわかりにくい。どっちもイスラームだし、似たようなモンじゃね?と思う。が、この構図から、両者が互いに持つ確執が見えてくる。支配者として君臨したトルコと、帝国に組み込まれたアラブという構図だ。同じムスリムでも、立場は全く違うわけ。

 オスマン帝国の拡張と衰退、そしてオスマン帝国に代わり支配となるイギリスとフランス。それらの支配から抜け出そうと苦闘するアラブの姿が、上巻を通して描かれてゆく。

 興奮して書きたい事が沢山あるんで、続きは次の記事で。

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2015年4月15日 (水)

マデリン・アシュビー「vN」新☆ハヤカワSFシリーズ 大森望訳

シャーロットは vN だった。意思決定に影響するようなホルモンは体内に存在せず、ドーパミンやセロトニンの分泌量によって気分の浮き沈みのサイクルが生じることもない。腹痛や頭痛とは縁がなく、悪夢は見ないし二日酔いにもならない。

【どんな本?】

 カナダ在住の新鋭SF作家マデリン・アシュビーの第一長編で、シリーズ《機械王朝》(Machine Dynasty)の開幕編。舞台は近未来のアメリカ。自己複製能力を持ち、自立的に動く人間そっくりのロボット vN が、人間と混じって暮している世界。vN の母シャーロットと人間の父ジャックに育てられた vN の娘エイミーが、祖母ポーシャと出合った時から始まる大騒動を描く、娯楽SF小説。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は vN : The First Machine Dynasty, by Madeline Ashby, 2012。日本語版は2014年12月25日発行。新書版ソフトカバー縦二段組で本文約367頁に加え、訳者あとがき7頁。9ポイント24字×17行×2段×367頁=約299,472字、400字詰め原稿用紙で約749枚。長編小説としては少し長め。

 文章はこなれている。実は内容もそれほど難しくないのだが、最近のSFらしくソレっぽい用語が多いが、ハッキリ言ってハッタリなので「なんか響きがカッコいいな」程度に思っておけば充分。それより必要なのは、SF・アニメ・ゲームの素養。映画「ブレードランナー」,アニメ「新世紀エヴァンゲリオン」,SF小説「ニューロマンサー」などのネタが仕込んであるので、知っているとニヤリとする。

【どんな話?】

 エイミーは5歳の vN、自己複製する人間そっくりのロボット。vN の母シャーロットと、人間の父ジャックと暮している。ジャックはエイミーが人間と同じ早さで成長する事を望み、そのためエイミーの体は今も幼児のままだ。沢山食べれば、すぐに母シャーロットそっくりになれるのだが。

 シャーロットの姉妹(系列、クレード)は、アメリカ南西部で、国境を越え行き倒れた不法移民を助けている。vN は人間が傷つくのを見るのが耐えられず、また苦しんでいる人間を見たら助けずにいられない。これは人間と共存するために仕込まれたフェイルセイフ(安全機構)だ。

 平和な一家の生活は、エイミーの卒園式に打ち砕かれた。シャーロットの母でエイミーの祖母、ポーシャが現れたのだ。

【感想は?】

 日本のアニメの流れを汲む、美少女ロボットのお話。

 出だし、ジャック君の人生はオタクの理想そのものだ。妻のシャーロットは美しい vN(ロボット)で、可愛い娘エイミーにも恵まれている。今も多少の戸惑いはあるが、大方のところ、現在は楽しく幸せに暮らしている。娘の成長は楽しみだが、じっくり待つ計画性と辛抱強さも持っている。

 ただ、vN は、日本のアニメに出てくる美少女ロボットとは少し違う。まず、自己増殖する。自分の子供を作るのだ。これは食べる量で調整できるらしい。また、子どもは、赤ん坊の姿で生まれてくる。成長はある程度コントロールできて、沢山食べれば早く成長し、食べなければゆっくり成長する。

 そんなわけで、この世界には、ソックリのボディを持った vN が複数生きている。これを系列(クレード)と呼ぶ。そんなわけで、妻シャーロットにゾッコンなジャック君としては、エイミーの成長が楽しみだったり心配だったり。

 ちなみにタイトルの vN も、この性質を現すフォン・ノイマン・マシン(→Wikipedia)に由来する。プログラム記憶型コンピュータを表すノイマン型コンピュータ(→Wiikipedia)とは違うのが、ややこしい。

 ロボットは自己増殖し、その成長スピードは早い。そんなわけで、世界には vN が溢れていて、中にはゴミ箱を漁って生活する野良 vN までいたり。ちぃかよ。

 などとオタクの妄想を惹きつけつつ、ひだまりスケッチな空気で始まった物語は、祖母ポーシャの登場で急転直下、一気にアサッテの方向へスッ飛んで行く。私はこのあたり、読んでて何が起こったのか、一瞬よくわからなかったが、まあ、アレだ。あたしってバカ。

 そんなわけで、美女と美少女のロボットに囲まれウハウハ…な話だと思ってたら、とんでもなかった。こっちの思い込みを裏切る仕掛けは見事で。いやあ、登場間もないハビエルが苦しみはじめる場面は、考えてみれば当たり前なんだが、綺麗に背負い投げを食らわせてくれた。

 ある意味、ロボットと人間の共生を描いた物語とも言える。解説にもあるが、やはり先行作品のエイミー・トムソンの「ヴァーチャル・ガール」を意識している部分もあるし。何より、ロボットが自己増殖するのが新しい。しかも、その増殖ペースがやたらと早い。かなり無茶だ、これじゃ人類圧倒されてヤバいじゃん、何考えて設計したんだ、と思ったら。

 設計の無茶っぷりにも、ちゃんと説明をつけてあって、これがいかにも今のアメリカらしくクレイジーで楽しい。

 とあれ。全般を通して、この自己複製機能が、物語を通した大きなテーマとなっている。ヒトより優れた能力を持つだけじゃない。ヒトより早く成長・増殖し、しかも増殖する志向を持つモノ。これは既にモノではなく、新種の知的生命体と言えるだろう。

 このヤバいシロモノをヒトの支配下に置くために、ヒトは vN にフェイルセイフ(安全機構)を仕込んだ。ところが…

 パソコンが普及した今だから通じる、細かいネタでもニヤニヤさせてくれる。睡眠と書いてデフラグとルビがふってあったり。でもこのネタ、もう少ししたら若い人には通じなくなるんだろうなあ。やっぱり同じ懸念がある青画面とかも、最近はまず見ないし。

 はやりニヤニヤするのが、アニメやゲームのネタ。私はゲームはほとんどわからなかったけど、ユイとレイの母子はさすがにわかった。にしても、この扱いはヒドいw

 などの小ネタを随所に挟みつつ、ド派手なアクションと映像化したら映えそうな場面を次々と繰り出だし、お話はどんどんアサッテの方向に転がって行く。美少女ロボット物と思わせて、お話の流れは古典の某名作(アホ毛があるのとないのと)などを彷彿させる終わり方だが、果たしてシリーズ全体としてはどこに向かうのやら。

 これ単体でも一応の決着はついているので、長編として読んでも差し支えない。スピード感あふれる、娯楽SF長編。

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2015年4月13日 (月)

ジェームズ・R・チャイルズ「最悪の事故が起こるまで人は何をしていたのか」草思社 高橋健次訳

最近の研究によれば、マシン事故による惨事は、ほとんどの場合、複数の失敗とミスが重なってようやく発生するということが明らかになった。たったひとつの災難、たった一つの原因だけでは、なかなか大惨事にはいたらない。大惨事は、貧弱なメンテナンス、意思疎通の悪さ、手抜きといった要因が組みあわされることによって発生する。そうしたゆがみは徐々に形成されてゆく。
  ――序章 より巨大に、より高エネルギーに

大きな故障が発生した場合、実際にはその真因となる重大なミスはずっと以前に起きていて、本来は設計者や管理者――そうした人びとのつくりあげたシステムは、どこかで歯車が来るうと一般の人間に超人的行為を要求することがある――の責任だったのに、オペレーターや乗組員が非難される例があまりにも多い。
  ――第7章 人間の限界が起こした事故

【どんな本?】

 スリーマイル島原子力発電所は、なぜ暴走したのか。スペースシャトルのチャレンジャーの爆発墜落は、止められなかったのか。インドのボパール殺虫剤工場の毒ガス漏出事故の被害は、なぜ大きくなったのか。オートマチック車の暴走事故が多いのは、どんな状況か。

 人類が扱う機械やシステムは時代と共に巨大かつ複雑になり、また扱うエネルギーも大きくなってゆく。そのため、事故を起こした際の被害も桁違いに大きくなった。かといって、我々は今さら機械を捨てるのは無理だ。

 テクノロジーと社会の関連を中心に扱うジャーナリストの著者が、過去に起きた大事故の経過とその原因を探り、事故に至るまでの関係者の動きと、事故が起きてからの人の行動を分析すると共に、常に危険と隣り合わせの職業に従事する人びとに取材し、事故を防ぐ方法を探る、現代のルポルタージュ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は INVITING DISASTER : Lessons from the Edge of Technology, by James R. Chiles, 2001。日本語版は2006年10月26日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約418頁に加え、訳者あとがき3頁。9ポイント45字×18行×418頁=約338,580字、400字詰め原稿用紙で約847枚。文庫本の長編小説なら、上下巻に分けてもいい分量。

 日本語の文章は比較的にこなれている。内容も実はそれほど難しくないのだが、二つほど難がある。まず、複数の事例を並行して語る構成が多いため、落ち着いて読まないと混乱してしまう。せめて事例が切り替わる部分では、一行分の空白を開けるなどの工夫が欲しかった。また、「リム」や「ファンブレード」などのメカの部品を示す言葉が解説なしで出てくるのは、機械に詳しくない読者に不親切だろう。

 全般的に、メカ好きなら中学生でも読める。そうでないなら、詳しい事故の内要は飛ばして読もう。この本の最も価値がある所は、機械に関する部分ではなく、それを扱い管理する人間に関する所なのだから。

【構成は?】

 比較的に各章は独立している上に、重大なポイントは何回か繰り返して説明しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

  • 序章 より巨大に、より高エネルギーに
    われわれは巨大な機械のなかで生きている/巨大システムを手なずける人びと/「マーフィーの法則」はほんとうか/マシンフロンティアの物語を聞け
  • 第1章 信じがたいほどの不具合の連鎖
    嵐のなかで沈没した洋上石油掘削基地/最新技術に不つりあいな乗組員たち/その夜、なにが起きたのか/だれもポンプの秘密を知らなかった
  • 第2章 スリーマイルアイランド原発事故
    現実を見ず、飛躍した結論を出す/蒸気機関としてのスリーマイルアイランド原発/出口をふさがれ、大量の熱がこもる/蒸気が漏れつつある圧力釜/「巨大で意味のない恐怖」にとりつかれる/事態を見抜き、解決した男/ノーマルアクシデントと高信頼性について
  • 第3章 「早くしろ」という圧力に屈する
    チャレンジャー墜落直前に警告を発した男/警告はなぜ黙殺されるのか/巨大飛行船への過大な期待と開発競争/「ソリッドな燃料、ソリッドな技術」/あらゆる面で宇宙定期便は不可能だった/止められなかった悲劇/漠然とした不安を現実化させたものはなにか/宇宙飛行の危険を認めるべき
  • 第4章 テストなしで本番にのぞむ
    まったく役に立たない最新式魚雷/もったいなくてテストできない/あらゆるものを疑った原潜の父/テストで壊すこととタイプライターほ発明/ハップル望遠鏡の最悪かつ予測可能な問題/ワッシャーをかませてごまかした/あらゆる不具合の徴候を無視しつづける/火星探査のあいつぐ失敗/危険すぎる極限状況のテストを避ける/上昇中のシャトルに異常が起きた場合の操作
  • 第5章 最悪の事故から生還する能力
    穴があいたジャンボ機を着陸させた男/生存可能領域を広げる努力/貴重はいかに危険を予見し、危機に備えたか/貨物室の外開きドアの問題点は報告ずみだった/手負いのジャンボ機を着陸させた離れ業/緊急事態から脱出するために乗客がすべきこと/自分だけはうまくやれる、という幻想/危機が起こる確率をどう評価するか/4000トンのロケット燃料が燃えた火事
  • 第6章 大事故をまねく物質の組みあわせ
    水と電気の事故の親密度/あまり知られていない酸素と事故の関係/純酸素のもとで起きたアポロ1号の火災/飛行機に積みこまれた危険な酸素/危険物質の存在を感知させるしくみ/安全装置がはずされていた核ミサイル
  • 第7章 人間の限界が起した事故
    作業員のパニックとチェルノブイリ原発事故/睡眠不足がもたらす危険な能力低下/午前三時の作業でボルトサイズをまちがえる/潜水艦内の二酸化炭素中毒が事態を悪化させた/感情の暴走がもたらす人間の限界/パニック状態をさらに超えたとき起きること
  • 第8章 事故の徴候を感じ取る能力
    前兆のない事故はない/しのびよる障害を止めるくふう/アポロ13号の酸素タンク内で起きたこと/徴候を敏感に感じとる能力を磨け/5時間ずれたら大惨事だった屋根の崩落/二階観客席崩落の危険に気づいた技師/倒壊の危険にあった摩天楼/「屋根にできた水たまり」をどうするか
  • 第9章 危険にたいする健全な恐怖
    爆発事故が起こることを前提に作られた工場/危険な事業をおこなう者は恐怖を直視する/ニトログリセリンとのつきあいかた/数百人もの死者を出した「肥料」の大爆発/ヘリで高圧線のメンテナンスをする人びと/ヘリによる架線作業の現場/あえて危険を冒さざるをえない場合
  • 第10章 あまりにも人間的な事故
    「あっ、しまった!」の一言で失われるもの/パレード見物客の列に突っ込んだ警察車両/オートマ車のペダル踏みまちがいを防ぐ装置/警察車両は暴走事故を起こしやすい?/米国では毎年10万人が医療事故で死ぬ/洋上石油掘削施設を爆発させた連絡ミス/成功と失敗を確実に共有していくシステム/いつでもどこでもミスは起こっている/権威が正しい行為をさまたげるとき/判断を正しくおこなうための時間をつくれ/退屈しのぎに危険を求める作業員
  • 第11章 少しずつ安全マージンを削る人たち
    インドの殺虫剤工場が起した悲惨な事故/有毒ガスはなぜ撒き散らされたか/企業側が主張する「破壊活動説」/北軍将兵2000人を乗せて沈んだ蒸気船
  • 第12章 最悪の事故を食い止める人間
    危険な荷積みを強要された船長の一計/マシンが反乱を起こす条件とはなにか/リーダーが自分の決定に責任をもつ方法/事故の原因は企画・設計の段階で生じる/つねにもう一つの案を用意しておく/原潜の父リコーバーの七つのルール/長時間のうちには確率の低い事故も起こる/上司に警告メモを渡すだけでは不十分/コンピュータを使えば状況把握は完全か/最後の最後まであきらめないことが大切/情報を封印するなかれ/マシンとの共生
  • 訳者あとがき

【感想は?】

 事故を恐れる人全てにお勧めの本。ただし安全管理の専門家にとっては、食い足りないかも。

 恐らく現在の日本人にとって、最も興味がある事故、すなわち福島の原発事故は扱っていない。が、原発推進であれ反対であれ、日本の原子力政策に興味があるなら、是非読むべきだ。

 勤め先のQC活動などで安全管理を多少知っている人にとっては、常識的な事も幾つか出てくる。この記事の冒頭の引用がそうだ。大抵の大事故は、複数のミスが重なった時に起きる。大規模な機械や工場は、複数の安全装置がついている。または、複数の安全確保手順が決まっている。その全てをすり抜けたときに、事故が起きるのだ。

 人は問題が起きた時、原因を一つ見つければ安心してしまう。これは間違いだ。大きな事故には、複数の原因があるのだ。その全てを解明し、対策を施さない限り、事故は再発する。ベテランのプログラマは身に染みている。「一つバグを見つけて安心してはいけない」。

 他にも大切な事がある。事故が起きるのは、事故が起きやすい状態になっているからだ。状態には天候や時刻などの自然のものもあるが、人間的なものもある。厳しい締め切り・無茶な費用削減・教育の不備・現場の声が上層部に届かない組織体質などだ。

 大抵の場合、大事故は起きる前に、いつ事故が起きても不思議じゃない状況になっている。石油掘削基地オーシャンレンジャー号の例では、救命スーツの不足・荒天時に救命ボートを下ろす訓練・バラスト制御用電源の共用・バラスト制御室の窓の閉め忘れ・危機管理訓練の不足・緊急時のマニュアルなど、多くの問題点を指摘している。

 氷山と衝突して沈没したタイタニックの例も出てくる。原因の一つは、近くの船から受けた氷山の警告を無視した事だ。なぜ無視したか。電信オペレーターのジョン・フィリップスが忙殺されていたからだ。乗客の電報の処理にてんてこまいな上に、数時間無線装置が動かなくなり、未処理の電報が溜まっていた。そのため、氷山の警告をあとまわしにしたのだ。

 それでも、船体のリベットが設計どおりの品質のものを使っていれば、氷山にぶつかっても大きな穴はあかなかった。大西洋横断のスピード競争に加わっていなければ、慎重に航海しただろう。おまけに救命ボートも足りず…

 事故が起きる時、現場にいる人は切羽詰っている事が多い。先のジョン・フィリップスは、他の船からの警告に対し、こう答えている。「うるさい、黙れ。忙しいのがわからないのか」。溜まった仕事を消化するのに集中しすぎて、警告の意味すら考えられない状態になっていたのだ。これを、著者はこう言っている。

 非常事態になると極度に集中する傾向は、認知ロック〔認知の固着〕と呼ばれることもある。その副作用のひとつとしては、産業事故の現場に居合わせた人びとが、事故の初期の段階での原因解釈にしがみつくあまり、あとからさまざまな証拠が出てきても解釈を変えない、ということがある。

 うんうん、あるある。切羽詰ってる人に、横から口出ししても、大抵は怒鳴られるだけでロクな事にならないんだよな…などとヒトゴトのように思っちゃいるが。

 ゲームで何回やっても難しいステージをクリアできずにアツくなってる時って、きっとこの〔認知の固着〕を起こしてるんだろうなあ、と思う。「ゲームは一日一時間」ってのは、ソレナリに理にかなってるのだ。コントローラーから離れて頭を冷やせば、〔認知の固着〕が解けるのだから。

 大事故の怖い所は、他にもある。問題が起きたとき、既に普通の状況ではなくなっている、という事だ。先の石油掘削基地オーシャンレンジャーは、嵐のなかで危機に陥った。救命ボートはあったし、訓練もしていた…ただし、海が凪いでいる時に。おまけに、母船であるオーシャンレンジャーが、事故時には傾いていて、これがボートを下ろす邪魔になった。

 事故を防ぐ手立てや、事故が起きたときの避難訓練などは、悪条件を想定しておかないと意味ないのである。

 逆に、事故時に冷静に対応した例も出てくる。いきなり感心したのが、旅客機DC-10の尾部が吹っ飛んだ際の機長ブライス・マコーミックの対応。予め「こんなこともあろうかと」エンジンだけで姿勢制御する訓練をシミュレーターでしていたのも凄いが、この時の乗客アナウンスも半端じゃない機転の効き具合だ。

「機械的な問題が生じた」のでアメリカン航空は、旅行をつづける皆様のためにデトロイトで代替機を用意します

 尾部が吹っ飛ぶという危機的な状況にありながら、「代替機を用意します」だ。「お客様はこの先も旅行を続けられますよ」と、乗客の気持ちを目先の危機から巧く逸らしている。ズルいとも言えるが、パニックを抑えるには効果的だろう。機長としての円熟した精神をうかがわせる。

 が、しかし。現実には、事故を防いだケースでも、マコーミック機長のように分かりやすい事例は少ない。そもそも事故が起きないので、マスコミが報道する事もない。事故を防ぐ案や方法は、現場の作業員や技術者から出る場合が大半だ。往々にして、そういった提案は、上司に歓迎されない。アメリカン・モーターズの元会長ジェラルド・C・メイヤーズ曰く。

一般的にいって事業管理者は、不測の事態に対応するための計画を立てることを避ける。そんなのは敗北者や悲観主義者のすることだ。事業管理者は製品の成功と、たえまない市場拡大を画策することが自分の任務だと考えるのだ

 そう、経営者はイケイケの管理職を好むのである。

 現代のシステムは巨大化している。ブンブンと音を立てる機械ばかりではない。コンピュータも高速化・大容量化し、短時間に大量のデータを処理できるようになった。昔ならバグがあっても手計算でリカバリできただろうが、今じゃ無理だろう。あらゆる所に大規模なシステムが浸透した現在、この本は全ての人に関係のある内容となっている。

 事故を恐れる全ての人に。原発問題に興味がある全ての人に。そして、組織を率いる全ての人に読んで欲しい。

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2015年4月10日 (金)

柴田勝家「ニルヤの島」ハヤカワSFシリーズJコレクション

「俺は死んだら、そこへ行くんだよ」俺よりもっと浅黒い肌をして、灰色の鬚を散らしながらじいさんは言う。
「いつか、お前の父さんも母さんも、そしてお前も行くところだ」

【どんな本?】

 2014年の第二回ハヤカワSFコンテスト大賞受賞作であり、特異な風貌とキャラクターで注目を集める新人SF作家・柴田勝家のデビュー作。

 人生そのものをリアルタイムで記録し、いつでも再生できる技術、生体受像が普及した未来。この技術により故人の人生はいつでも再生可能になり、そのため死後の世界という概念は不要になった。ECM(ミクロネシア経済連合体)は、大環橋で接続され一体化が進み、従来のカヌーは無意味となりつつある。

 文化や生活スタイル、そして人生観が激変するミクロネシアを舞台に、自らの帰属や生き方を模索する人々を描く、長編SF小説。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2014年11月25日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約320頁に加え、東浩紀・神林長平・小島秀夫・塩澤快浩による第二回ハヤカワSFコンテスト選評10頁。9ポイント45字×19行×320頁=約273,600字、400字詰め原稿用紙で約684枚。長編小説なら少し長め。

 新人らしく、小説としては文章がやや硬い。お話も少し取っ付きにくい。主な理由は二つ。まず、最近のSFによくあるスタイルで、説明なしにガジェットが出てくる。ただし、この作品では、後になってキチンと仕掛けや効果の説明があるので、わからなくても気にせず読み続けよう。もうひとつはお話の構成で、複数のストーリーが時系列をシャッフルして進む。最初は戸惑うが、互いの関係が見えてくる中盤以降は盛り上がるので、期待して待とう。

【どんな話?】

 2069年。文化人類学者のイリアス。ノヴァクは、再びECM(ミクロネシア経済連合体)のパラオ行政地区を訪れる。ガイドのヒロヤの祖父は、浜辺でカヌーを作っている。大型のシングル・アウトリガー・カヌーだ。既に海上道路網の大環橋が完成した今、遠洋航海カヌーは儀礼的な意味しかない。

 模倣子行動学者のヨハンナ・マルムクヴィストは、現地ガイドのトリーと食事している。ここで大環橋を伝って侵入したカニクイザルが繁殖し、今では島の人口より多い。外をモデカイト=統集派の葬列が行く。元はパラオ発祥の新興宗教だったが、今は世界唯一、そして最後の宗教となってしまった。

 タヤの体には、黒い三角形の模様がたくさんついている。私はこの模様が大好きだった。タヤは海に潜って、コバルトを掘る船を直す。私はここ、橋の街が好きだけど、タヤは嫌っていて、いつか出て行こうと言う。

【感想は?】

 色々な仕掛けが沢山詰まってる。中でも、私がいちばん気に入ったのは、大環橋。

 読み終えてから落ち着いて考えると、大環橋は物語のテーマを象徴する構造物なのかも。地図を見ると、ミクロネシアは日本の真南にある。赤道近辺に広がる多くの島々を結ぶ橋だ。

 これにより、ミクロネシアの社会は大きく変わって行く。今までは島ごとに独自の文化・風習があったのに、統一国家ECM=ミクロネシア経済連合体として、ひとつの社会へと溶け合ってゆく。その意味では、カニクイザルがヒトより一歩先を進んでいる。

 新しい社会の象徴がカニクイザルなら、消えてゆく古い社会の象徴がカヌーだろうか。かつては島々を結ぶ交通手段として、重要な役割を負っていたカヌーだが、大環橋に役割を奪われてしまう。

 その両者の過渡期に生まれた「橋の街」の風景も、ミクロネシア風サイバーパンクというか、私は大きく惹かれてしまう。特にワクワクするのが、マーケットの風景。迷宮のような大環橋の奥で、様々な島から来た得体の知れない連中が、様々な品物を売り買いする風景。品物が芋(たぶんタロイモ)やコプラ(→Wikipedia)や魚と、ご当地っぽいのが嬉しい。

 島と島がつながった、じゃまずは商売という生活力溢れるたくましさが、いかにも人間臭くて心地いい。

 そんな地(というより海)に足のついた生活はあるにせよ、その中でも人は生まれ死んでゆく。ただし、この世界での人の死は、我々の感覚と大きく違ってしまった。

 そのキーとなる技術が、生体受像。人の生活そのものを記録し、編集し、再生する技術だ。肉体が死んでも、記録を再生すれば、いつでも会える。今の我々が持っている「死」の概念そのものを、大きく変えてしまう技術だ。これにより、人々の価値観や宗教観は激変の時を迎えてゆく。

 ここで、この物語の仕掛けが生きてくる。大環橋も凄い技術だが、生体受像も革命的な技術だ。この技術が展開する舞台として、ミクロネシアを選ぶ発想が楽しい。多くの島の文化がぶつかり合うミクロネシアだからこその、独特の使い方が斬新だ。

 携帯電話が出始めた頃、日本で普及の先駆けとなったのは農家だった。畑に出かけた人を捕まえるのに便利だったからだ。世界的にも、携帯電話は、紛争地帯などのインフラの整っていない地域でシェアを伸ばしている。既存のインフラがない(そして整えても維持できない)ため、新しい技術が浸透しやすいのだ。

 コンピュータにしても、銀行などの金融機関は、古い COBOL のプログラムを継承するのに四苦八苦している。多くのエンジニアを抱えていても、既存のシステムを保守・維持するのに手一杯で、新しいサービスに手を出す余裕はない。新参の企業ほど、ネット系のサービスに積極的だったりする。

 などと考えると、新興国家のECMが生体受像を大胆に使うのも、なんか納得できちゃったり。

 は、いいが。最初に問題に突き当たるのも、先端を行くものだ。ヒトの価値観の中から、「死後の世界」が消える、この大変化に対し、世界では様々な軋轢が生まれ、時として暴力的な衝突にまで発展する。それは、この物語の舞台、ミクロネシアでも同じ。

 「死後の世界」の消失という激変に対し、人々はどう対応するのか。ヒトは、そこに何を見て、どう乗り越えようとするのか。テクノロジーは、ヒトをどう変えてゆくのか。新しい世界の中で、ヒトはどうやって生きてゆくのか。

 伊藤計劃以降のフレッシュな感覚と、諸星大二郎の土着的でイナタい手触りを見事に融合させ、新人らしいユニークさと職人的な構成のうまさが光る、今もっとも美味しい日本のSFだろう。

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2015年4月 8日 (水)

ジェフリー・サックス「貧困の終焉 2025年までに世界を変える」ハヤカワ文庫NF 鈴木主税・野中邦子訳

 これは、私たちが生きているあいだに世界の貧困をなくすことについて書かれた本である。何が起こるのかを予想するのではなく、何ができるかを説明しているだけだ。現在、世界で毎年、八百万人以上の人びとが、生きていけないほどの貧困の中で死んでいる。私たちの世代は2025年までにこのような極貧をなくすことができる。
  ――イントロダクション

 最も基本的なレベルで、極度の貧困をなくすための鍵は、最も貧しい人びとが開発の梯子のいちばん下の段に足をかけられるようにすることである。開発の梯子が高いところにあって手が届かなければ、貧しい人びとはずっとその下にいるしかない。
  ――13 貧困をなくすために必要な投資

【どんな本?】

 国連ミレニアム・プロジェクトのディレクターを務める経済学者の著者が、超インフレに苦しんだボリビアや東欧崩壊前後のポーランドでのアドバイザー経験を元に、主にアフリカを中心として今なお多くの人が苦しんでいる極度の貧困の現状と原因を探ると共に、実際に実現可能な処方箋を示す。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The End of Poverty - How We Can Make Happen in Our Lifetime, by Jeffrey D. Sachs, 2005。日本語版は2006年4月に早川書房から単行本で刊行。私が読んだのはハヤカワ文庫NFで2014年4月15日発行。

 文庫本縦一段組みで本文約560頁に加え訳者あとがき4頁+アジア経済研究所上席主任調査研究員の平野克己による解説「人類のもつ潜在力を信じるサックスの挑戦」6頁。9ポイント41字×18行×560頁=約413,280字、400字詰め原稿用紙で約1034枚。長編小説なら文庫本2冊分ぐらいの大容量。

 経済学の本だが、文章は意外なほどこなれている。内容も特に難しくないが、最近の国際ニュースを知っていると親しみが増す。また、アフリカの例が多いので、世界地図か Google Map があると便利だろう。第二次世界大戦後にアメリカが欧州復興を支援したマーシャル・プラン(→Wikipedia)について、「名前を聞いた事がある」程度に知っていれば充分。

【構成は?】

 原則的に前の章を受けて後の章が展開する構成なので、できれば素直に頭から読もう。

  • 謝辞/序文(ボノ)
  • イントロダクション
  • 1 地球家族のさまざまな肖像
  • 2 経済的な繁栄の広がり
  • 3 なぜ繁栄を享受できない国があるのか
  • 4 臨床経済学
  • 5 ボリビアの高海抜ハイパーインフレーション
  • 6 ポーランドがEUに復帰するまで
  • 7 ロシアが普通の国になるための闘い
  • 8 五百年の遅れを取り戻す――中国の場合
  • 9 インドのマーケット再編成――恐怖を乗り越えた希望の勝利
  • 10 声なき死――アフリカと病
  • 11 ミレニアム、9.11、そして国連
  • 12 貧困をなすくすための地に足のついた解決策
  • 13 貧困をなくすために必要な投資
  • 14 貧困をなくすためのグローバルな協約
  • 15 豊かな社会は貧しい人びとを助けることができるか?
  • 16 まちがった神話、効かない万能薬
  • 17 なぜ私たちがそれをすべきなのか
  • 18 私たちの世代の挑戦
  •  訳者あとがき/解説:平野克己/原注
  •  読書ガイド/引用一覧/索引

【感想は?】

 極論すると、国連ミレニアム・プロジェクト(→はてなキーワード)の広告本だ。

 国連ミレニアム・プロジェクトには、8個のミレニアム開発目標(→Wikipedia)がある。その中でも、「目標1.極度の貧困と飢餓の撲滅」を中心に、それが起こる原因と、対処法を示す本である。

 書名は「貧困の終焉」とある。貧しさにもいろいろあるが、この本が対象とするのは「極度の貧困」だ。ミレニアム開発目標の定義だと、「1日1ドル未満で生活する人」となる。それ以上の生活レベルなら、「極度の貧困」とは見なさない。

 「1日1ドル未満」の定義を、もう少し掘り下げよう。われわれ日本人は、貨幣経済に慣れているので、1ドルと言われると現金収入の事だと思いがちだが、この本の定義は違う。この本では、自給自足で食っているトウモロコシ農家の例で説明している。この農家は、自分の畑で取れたトウモロコシを食べて暮している。市場に売りに出す余裕はない。

 それでも、収穫したトウモロコシを、市場価格で計算して、一家の収入と見なす。仮に4トン収穫があり、市場価格が1トン150ドルなら、150ドル×4トン=600ドルの収入になる。家族が夫婦と4人の子どもなら、1人あたりは、600ドル÷6人=100ドルという計算だ。これを元に、国家はGNPをはじき出す。自給自足でも、GNPには貢献している計算になる。

 そのための措置は、結論だけ聞くとムカつくシロモノである。大雑把に言うと三つだ。まず、途上国の借金を棒引きにしろ。次に、先進国はGNPの0.7%を、、少なくとも10年間継続して確実に途上国へのODAにあてろ。最後に、カネは二国間ではなく国連を通せ。

 借金の踏み倒しを認めろって、そりゃ泥棒に追い銭じゃねえかと私は思った。でも、過去にそれで成功した例がある。ドイツだ。第一次世界大戦後、ドイツは莫大な賠償金を背負った。これの逆ギレが第二次世界大戦だ。その反省で生まれたのがマーシャル・プランであり、やがてEUへと発展してゆく。

 マーシャル・プランの果実は、EUだけじゃない。1989年の東欧崩壊後、ポーランドの財政は借金で火の車だった。これに手を差し伸べたのがドイツだ。「債務の50%、およそ1550億ドル」の踏み倒しを、ドイツのコール首相は認めた(本書の書き方だと、著者が認めさせた、となっている)。つかドイツ、東ドイツに加え、ポーランドの借金まで背負い込んでたのか。

 まあいい。お陰で、ポーランドはEUとNATOに加入と相成った。宿敵ロシアに対し、一歩前進できたわけだ。ウクライナはどうなるんだろう?

これとは逆の失敗例が、湾岸戦争の先立つイラクのクウェート侵攻(→Wikipedia)だ。なぜサダム・フセインはクウェートに攻め込んだか?イラクはイラン・イラク戦争の費用を賄うため、クウェートに多額の借金をしていた。その返済を迫られ、逆ギレしたのである。他にもイラク・クウェート国境をまたぐ油田やOPECでの不協和があるんだけど。

 次のGNP0.7%云々だが、納得できる部分はある。この本が主に扱っているのはアフリカ、それもサハラ以南だ。産業の中心は農業である。それも多くは灌漑ではなく、天水である。旱魃があればそれまでだ。何年か続けなければ意味ないのだ。しかも、気まぐれに額を増減されたら、計画が立てられない。

 その象徴が、「建物はあるが医者もいなけりゃ薬もない」病院である。建物を作った所で資金が尽き、医者に払う給料も薬を買う金もないのだ。

 国連を通せというのも、都合が良すぎる気がする。が、必要な(または適切な)援助は国や地域によって違う。現地の状況を良く知り、現地政府と話し合い、何に使うかを適切に分配・監視する必要がある。また、支援は計画的・総合的に行なう必要がある。肥料で収穫が増えても、運べる道路がなければ、現金収入には結びつかない。

 これらを適切にアレンジできるのは国連だよね、と著者は主張している。

 繰り返すが、本書が扱っているのは「極度の貧困」だ。それに焦点を絞っている。経済発展が目覚しい中国は既に脱していて、もう自力で発展できるし、インドも脱しつつある、というのが著者の判断だ。

 ここで何度も繰り返されるのが、「貧困の罠」である。貧乏スパイラルとでもいうか。今日食うのに精一杯で、明日の為に残せる金がない、そういう状態である。

 水道がないので、毎日数時間かけて水場から水を汲んでこなきゃいけない。電気がないから、子どもは夜に勉強できない。道路がないから、カネになる生鮮物を栽培しても新鮮なうちに市場に出せない。カネがないから、肥料を買えない。

 スパイラルの典型が、作物の品種改良だ。品種改良したって、アフリカの貧乏人には買えない。だから、企業はアフリカに向く作物の品種改良なんかしない。貧乏であるが故に、品種改良という科学技術の恩恵を受けられないのである。

 この状態を、著者は「貧困の罠」と呼ぶ。逆に言えば、市場を形成しうる状態になれば、企業はアフリカ向けの品種改良に取り組むだろうし、農家もその恩恵を受ける。これを著者は「開発の梯子のいちばん下の段に足をかけられる」と呼ぶ。そうすれば、後は自力で這い上がれるのだ、と。這い上がった例が、中国とインドだ。

 正直、私としては幾つか異論もある。ちょっと外務省のODAの実績を見て欲しい。日本のODAは、アジア中心である。そして、貧困の罠を脱しつつあるのは、中国・インドなどアジアばかりだ。この調子だと、次はベトナムが発展するだろう。

 アジアが発展する原因を、著者は「人口密度が高く海が近いから」としているし、それも納得できる。人口密度が高ければ、道路や水道などのインフラ投資の効果が大きいし、海が近ければ貿易しやすい。けど、日本の貢献も少しは認めてくれたっていいじゃないか。なんたって、途上国を引きあげた実績があるんだから。

 が、「2025年までに極度の貧困を撲滅できる」という予想と、それを実現するための具体的な計画を示してくれたのには、心が沸き立つ。水や電力など生存に必須のものは一定量まで無料とする、ライフライン割引価格などの案は、なかなか魅力的だ。

 経済の話は、人により意見が百出する。全てに同意できる人は少ないだろうが、全てに反対する人も少ないだろう。「国家の発展」やODAを考えるには、なかなか役に立つ本だと思う。

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2015年4月 6日 (月)

シドニー・ファウラー・ライト「時を克えて」川村哲郎訳

「毒殺に失敗した者のほうが捕まっても、寛大に扱われるというのですか」彼女の思考が質問をさしはさんだ。「そうです、われわれの法律はつねに無能力を奨励するのです」

【どんな本?】

 イギリス人作家シドニー・ファウラー・ライトが1925年に第一部を発表した、社会風刺を中心とする思弁的なSF小説。H・G・ウェルズの「タイムマシン」を思わせる内容であり、50万年後の世界に飛び込んだ男が見聞きする異様な世界と、そこに棲む者たちとの冒険を描く。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 三部作の予定だったが、発表されたのは第二部まで。第一部は The Amphibians : A Romance of 500,000 Years Hence, 1925, by Sydney Fowler Write として出版。1930年に第一部と第二部を合わせ、The World Below として発表している。日本語版は1969年5月31日初版発行の早川書房の「世界SF全集 5」で、ワイリーの「闘士」を併録している。

 単行本ハードカバー縦二段組で本文約297頁に加え、野田宏一郎(野田昌宏)の解説「S・ファウラー・ライト その人と作品」5頁。8ポイント26字×21行×2段×297頁=約324,324字、400字詰め原稿用紙で約811枚。長編小説としては長い方。

 正直、かなり読みにくい。理由は四つ。まず、文章の多くが「人類ではない者」との会話のため、堅苦しい文体になっている上に、人間とは異なる価値観を基本とした内容になっている。次に、基本的に古い小説である。文体も価値観も、今とは違うのだ。そして、イギリス人らしく皮肉を効かせた表現が多い。最後に、訳文が悪い。誤訳っぽい所がアチコチにある。

 SF的には特に難しい事はない。ただ、やはり古さのためか、今だと却って分かりにくいガジェットが出てきたり。例えば「揺れる光源」とかは、今の電球ではなく、ガス灯のイメージから類推したんじゃないだろうか。

【どんな話?】

 ハリィ・ブレットは戻ってこない。テンプルトンは一度戻ってきたが、再び出かけたまま。そこで三人目の私が出かける羽目になった。期間は一年間。ただし帰ってくるのは二分後だ。

 たどり着いたのは夜。夜が明けると、目の前には8フィートほどのキャベツの化け物みたいのが群生している。空は青い。だが、不気味なほど静まり返っている。崖の側面にある洞穴に入っていくと…

【感想は?】

 劣化版「タイムマシン」。

 サイエンス・フィクションというより、社会風刺を主とした思弁小説を目指した作品だろう。ただし、中途半端に娯楽要素を混ぜ込んだためか、間延びした感がある。

 主人公は遠い未来に出かけ、幾つかの知的種族と出会う。ある種族には敵視され、ある種族には動物扱いされ、別の種族とはコミュニケーションが成立する。様々な知的種族との出会いや会話を通じ、現在の人類社会を皮肉る、そんな内容だ。つまりジョナサン・スウィフトの「ガリバー旅行記」やウェルズの「タイムマシン」と同じパターン。

 幾つかの知的種族と出会うが、どいつもこいつも基本的に人類を劣等種扱いである。比較的に好意的なのは水棲の種族で、ケモナー大喜びの姿形だ。なんたって、最初から最後まで素っ裸だし。「そんなみっともない体してるんじゃ、服で隠したくもなるよね」と、最初から最後まで上から目線である。ひでえ。

 ムカつく連中ではあるが、改めて考えると、われわれ人類も似たようなもんだしなあ。他の種どころか、他国民・他民族も、自分たちの都合や価値観で判断しちゃうし。

 現代の我々が考える未来は、メカが発達した世界だ。だが、この世界に機械っぽいものはほとんど出てこない。いや建物や橋などの建築物は、お約束どおり謎の素材で出来ているのだが、それぐらいだ。出てくる知的種族はみな裸だし。そして、移動は常に徒歩。自動車も航空機も廃れてしまったらしい。

 バトルの場面もあるが、大半は素手での格闘戦だ。武器らしきものも出てくるが、ケッタイな投げ縄や、投げ槍・弓矢ぐらい。これは物理的な様々な事情で闘争が減った世界だからなんだろうが、どうもSFという感じではない。とまれ、これも今落ち着いて考えると、悪くないかも。

 確かに裸は野蛮に見える。しかし、服の中に爆弾を隠して無関係の人びとをテロでブチ殺すのと、裸だけど物理攻撃は素手での格闘に限るのと、どっちが野蛮なんだろう。

 などとメカは出てこない分、ケッタイな生物は色々と出てくる。最初のキャベツの化け物も、読者のご期待どおりの困った生態を見せる。基本ですね。ケモナー&触手とか、高度だなあ←違うと思う。こういうホラー風味を目指したのか、主人公は次々と危機に陥ってゆく。

 解説では gloomy と表現していて、確かにそんな感じだ。気色悪いというか、不気味というか。しかも出てくる生物の大半が、妙に悪知恵が働くのも気色悪さを際立たせる。私は地面から飛び出すヒルが怖かった。どうも長くてクネクネしたモノは苦手だ。にも関わらず、この著者は長くてクネクネしたのが好きらしく、他にも幾つか出てくる。

 というような感じで、未来の世界の異様な風景と、主人公の冒険の旅を描いてゆく。この辺は「アクション場面を入れて娯楽的な要素を増やそう」という意図で入れたんだと思うが、むしろテーマをぼやけさせた上に、水増しで間延びした雰囲気になっちゃっている。

 今となっては手に入れるのが難しい上に、文章もこなれいなくて読みにくい。内容もあまり面白くない上に、完結編の第三部は結局出なかった。もしかしたら映画の原案になるかもしれないが、その時は大幅に書き換えられるだろう。資料として調べるならともかく、娯楽として楽しめる作品ではなかった。

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2015年4月 5日 (日)

フィリップ・ワイリー「闘士」早川書房 矢野徹訳

「うん。ぼくはつまり、肉の代わりに鉄で作られた人間みたいなものなんだね」

【どんな本?】

 当事のベストセラー作家フィリップ・ワイーリーの処女長編。アメリカン・コミックのヒーローの筆頭、スーパーマンの元ネタにもなった小説である。実験により優れた筋力と鋼鉄の肉体を持って生まれた男、ヒューゴー・ダナーが、人を超えた力を持つが故に苦悩する姿を描く。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Gladiator, by Philip Wylie, 1930。私が読んだのは早川書房の「世界SF全集 5」で、収録作はワイリーの「闘士」とリライトの「時を克えて」。この本は1969年5月31日初版発行。単行本ハードカバー縦二段組で本文約201頁に加え、伊藤典夫の解説「フィリップ・ワイリー その人と作品」10頁。8ポイント26字×21行×2段×201頁=約219,492字、400字詰め原稿用紙で約549枚。文庫本の長編小説なら標準的な長さ。ハヤカワ文庫SFから文庫本が出たが、今は入手困難な模様。

 確かに今読むと表現が少し古臭いが、不思議なくらいスラスラ読める。さすが矢野徹。SFといっても皆さんお馴染みのネタなので、読みこなすもの特に難しくない。敢えて言えば、舞台が第一次世界大戦あたりのアメリカなので、時代感覚があった方がいいかも。

【どんな話?】

 ヒューゴー・ダナーは、コロラドの小さな町に生まれ、育つ。ハンサムな顔立ちの大人しい優等生の彼には、人に言えない秘密があった。その力は大きな岩を軽々と持ち上げ、皮膚は鞭で打たれてもほとんど痛みを感じない。彼は超人なのだ。両親の諌めや幼い頃の経験から、力を見せ付けてもロクな事にならないと学んでいた。

 青年となり、親元から巣立つ頃には、その力が彼の大きな悩みとなってゆく。「この力を、どう使えばいいんだろう?」

【感想は?】

 おお、これぞまさしくスーパーマン。それも昔のじゃない、「マン・オブ・スティール」だ。

 最近のアメコミ映画は、主人公がやたらと悩む。スーパーマンをリブートした「マン・オブ・スティール」も、クラーク・ケントは不貞て漁船に乗ってた。あれは思い付きじゃない。この作品へのオマージュなのだ。

 幸か不幸か、「マン・オブ・スティール」の世界には、地球に害なそうとする悪役ゾッド将軍がいた。だが、この物語の主人公ヒューゴー・ダナーには、戦うべき相手がいない。圧倒的な力がありながら、戦うべき相手がいない時、スーパーヒーローはどうなるのか。それを描くのが、この小説だ。

 アメコミの世界の中で、スーパーマンの役割は「優等生」だ。常に人間を守る立場に立ち、出来る限り有益な事をしようとする。この作品のヒューゴー・ダナーも、クラーク・ケントの造型に近い。というか、実際にはクラーク・ケントがヒューゴー・ダナーに近いんだけど。

 幾つかの違いは、ある。ヒューゴー・ダナーは人間の子供で、母の胎内にいた時、化学薬品で超人に改造された。クリプトン星人じゃないし、実の父母の元で育つ。だが、両親の愛を浴びて育ったのは同じ。ダナーの超能力は筋力と鋼鉄の皮膚だけで、空を飛んだり透視したりはできない。あくまで、「ものすごく強いプロレスラー」みたいな位置づけだ。

 それを除くと、ケントとダナーはとてもよく似ている。いずれもアメリカの田舎で育った一人っ子。幼い頃から自分の妙な力に気づいていて、両親の諌めでそれを隠している。ハンサムな顔立ちとムキムキな体。そして、真面目で優等生な性格。性格の違いを敢えて言うと、ヒューゴーは青年らしく普通に恋をして、まあ、アレだ。若い男だし。

 両者とも、根は優しくて真面目なのだ。だから、深く考え込んでしまう。「この力を、世のため人のために役立てたい」と。真面目で優等生な青年が抱く、善意に溢れた望みと、その望みには意外と役に立たない超人性、それがこの物語の大きな柱の一つ。

 ヒューゴーのオツムはそこそこ良く、名門大学ウェブスター大学へと進む。これは生まれと直接の関係はなく、勉強した成果だ。当時としてはエリート候補生だろう。

 頭か性格、どちらかが悪ければ、特に悩まなかっただろう。頭が悪ければ、力を見せびらかしてスポーツ選手にでもなればいい。または軍に入って大暴れしてもいい。実際、小説では、そういう場面も出てくる。が、ダナーはそれじゃ満足しない。戦場で暴れたって、所詮は兵器の一つでしかない。人類の歴史を変えるほどの影響は、及ぼせない。

 性格が悪ければ、ギャングになって…

 ダナーには、どっちもできない。この優れた力を、人類を進歩させるために役立てたい、そう願ってしまう。しかし…

「おまえは、ひとりの人間が何百万もの意思に反対できるというような自惚れを持っているのか?」

 スーパーマンとのもう一つの共通点は、彼の超人的な能力を、他の人がどう見るか、という事。クラーク・ケントも能力を隠した。石油採掘プラットフォームの事故で人を助けた後、姿を消してしまう。騒ぎになっても、彼には何もいい事がない。妬まれるだけなのだ。映画の中で、ケントは手錠をかけられてしまう。あの場面も、この作品へのオマージュだろう。

 強靭な肉体と、それに見合う崇高な精神。だが、頭脳は明晰とはいえ、極端に優れているわけではない。努力して成績を上げた、秀才タイプ。望みは大きく、人類を進歩させること。

 では、力を見せびらかして独裁者になり、強力な指導力を発揮したら? 彼に近寄るのは、おべっか使いのクズばかりだろう。まっとうな人々は、団結するかもしれない…ヒューゴー・ダナーを倒すために。では、その力を他の者にも分け与えたら? 世の中には悪人もいる。それが理解できるぐらいの頭脳を、不幸にも彼は持ってしまった。

 そう、もう一つ共通点があった。父親との関係だ。クラーク・ケントの養父は、命がけで息子の能力を隠す。これが冒頭でケントが漁船に乗っている理由である。ダナーの父は、その力を人類に役立てろ、と期待する。いかに肉体が優れていようと、これはあまりにも大きすぎる望みだ。

 ダナーもケントも、父の言葉に縛られ悩むのだ。

 一見、人類の運命すら左右できそうな大きな力。それを、誠実な人柄と聡明な頭脳を持つ者が持ったら、どうなるか。結末こそ少々アレなものの、それまでの物語はヒーロー物のダークな部分を凝集した感がある。ベストセラー作家の語りの巧さと、矢野徹の職人芸が味わえる、意外な収穫だった。

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2015年4月 2日 (木)

アニー・ジェイコブセン「エリア51 世界でもっとも有名な秘密基地の真実」太田出版 田口俊樹訳

 本書は、ノンフィクションである。ここに書かれているのはすべて実話であり、本書に登場するのもすべて実在の人物だ。本書を書くにあたってインタヴューした74人はいずれもエリア51に関する希少な情報――すべて自らの体験に基づいた情報――を持っており、そのうち32人は実際にこの秘密基地内に住み、そこで働いた経験を持つ人々である。
  ――プロローグ 秘密基地

【どんな本?】

 アメリカ合衆国ネヴァダ州ネリス試験訓練場(→GoogleMap)、12,140平方kmを占める合衆国最大の政府管理区域。そこには、米本土唯一の核実験場ネヴァダ核実験場と、謎の区画エリア51(→Wikipedia)が存在する。

 合衆国政府はエリア51の存在を認めていない。だが、1998年および2007年に公開の資料では、多くが黒塗りされている中で、おそらく誤まって見落としたのであろう、2箇所にエリア51の名が出てきた。

 ここはロズウェル事件(→Wikipedia)との関係もとり沙汰され、エイリアンの体やUFOも隠しているとも噂されている。

 なぜ合衆国政府はエリア51の存在を隠すのか。そこには、何があるのか。誰が、何をやっているのか。ロズウェル事件とエリア51は関係あるのか。本当にUFOとエイリアンを隠しているのか。

 調査報道ジャーナリストの著者が、多くの取材と膨大な文書の調査を元に、冷戦時代に合衆国が行なった秘密兵器開発とその作戦投入を暴く、衝撃のノンフィクション。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は AREA51 : An Uncensored History of America's Top Secret Military Base, by Annie Jacobsen, 2011。日本語版は2012年4月17日第1版第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約500頁に加え訳者あとがき4頁。9ポイント47字×19行×500頁=約446,500字、400字詰め原稿用紙で約1,117枚。文庫本の長編小説なら2冊分ちょいの分量。

 日本語の文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくないが、第二次世界大戦後の、米ソ対立を中心とした国際情勢を知っていると、迫力が増す。また、当事の軍用機に詳しいと更に楽しめる。軍用機の名前は F-4 や F-101 などの型番しか出ないのが、素人には辛いところ。できれば F-4ファントム や F-104スターファイター などと、愛称も入れて欲しかった。

 出てくるのは F-4ファントム, F-5タイガー、F-86セイバー、F-101ヴードゥー、F-104スターファイター、F-117ナイトホーク、C-54スカイマスター、U-2ドランゴンレディ、A-12オックスカート、Mig-17フレスコ、Mig-19ファーマー、Mig21フィッシュベッドなど。つまり、そういう時代の話です。

【構成は?】

 全般的に時系列順に進むので、素直に頭から読もう。

  • プロローグ 秘密基地
  • 第1章 エリア51の謎
  • 第2章 架空の宇宙戦争
  • 第3章 秘密基地
  • 第4章 陰謀の種子
  • 第5章 情報適格性
  • 第6章 原子力事故
  • 第7章 ゴーストタウンからブームタウンへ
  • 第8章 転落するネコとネズミ
  • 第9章 基地の再構築
  • 第10章 科学、テクノロジー、仲介の達人たち
  • 第11章 どんな飛行機?
  • 第12章 さらなる隠蔽
  • 第13章 汚くて退屈で危険な任務は無人偵察機に
  • 第14章 砂漠のドラマ
  • 第15章 究極の男社会
  • 第16章 ブラック・シールド作戦と、プエプロ号事件の知られざる歴史
  • 第17章 エリア51のミグ
  • 第18章 メルトダウン
  • 第19章 月面着陸捏造説と、エリア51にまつわるその他の伝説
  • 第20章 空軍の支配 カメラ室から爆弾倉まで
  • 第21章 驚くべき真実
  • エピローグ
  •  訳者あとがき/取材協力者と参考文献

【感想は?】

 残念ながら、エイリアンは出てこない。未確認飛行物体は出てくるが、異星人の乗り物ではない。

 この本を楽しめるのは、大きく分けて二種類の人だ。片方は、軍用機の開発に興味のある人。中盤では U-2 偵察機と A-12 偵察機が主役を務め、成功と引退のドラマを綴る。もう片方は、核兵器開発に興味を持つ人。特に核を否定する人は、大きな衝撃を受けるだろう。書名はエリア51だが、内容の半分近くはネヴァダ核実験場に割いている。

 いずれも、その背景には、第二次世界大戦後の米ソの冷戦がある。時は1950年代。互いに軍事力を競い合い、対立の懸念は朝鮮戦争で明らかとなった時代。今と違いインターネットも偵察衛星もなく、東側の状況は鉄のカーテンに閉ざされていた頃。

 核兵器や地対空ミサイルを充実させつつあるソ連に対し、合衆国は懸念を募らせる。空軍を率いるカーティス・ルメイは爆撃機の充実を訴えるが、CIAが横槍を入れる。「地対空ミサイルが届かない超高空を、迎撃機が追いつけない高速で飛ぶ偵察機こそ必須」と。

 敵を叩く役割を担う空軍と、情報の収集・分析が仕事のCIA。それぞれの目的に沿った主張だが、対立は収まらない。かくして、U-2偵察機は難産となるが、エリア51にて秘密裏に開発は続く。おり悪く合衆国内ではUFO騒ぎが流行る。空軍もCIAも騒ぎが収まる事を願い無関心を装うが…

「UFOの調査におけるCIAの役割」と題されたCIA文書によると、1957年の時点では、アメリカ本土でのUFO目撃例の半数以上はU-2に起因するものだった。

 エリア51やU-2の存在がソ連に知られるとマズい。だから「それはオカルト」という事にしたい。だが、ありえない速さでありえない高さを飛ぶ航空機は、本当にあった。そこで、表向きは無関心を装いつつ、コッソリUFO目撃例を調べていたわけだ。

 そこに、1960年5月1日のU-2撃墜事件(→Wikipedia)が起きる。合衆国の軍用機が、ソ連上空を、コッソリ飛んでいたのがバレたのだ。これじゃ困るという事で、次世代の偵察機A-12オックスカートの開発に弾みがつく。やがてA-12は空軍のSR-71ブラックバード(→Wikipedia)へと発展してゆく。

 この開発過程の技術的な話が、なかなかワクワクする。SR-71命名のいきさつ、ロッキード社職員の作業服のデザイン変更、素材調達の苦労、特別製の燃料、エンジン停止の恐怖…。これらを通し、終盤ではステルス攻撃機F-117ナイトホーク(→Wikipedia)や、無人機RQ-1プレデター(→Wikipedia)へと広がってゆく。

 これらは明るい話題だが、同じぐらいの分量で、恐ろしい話題も飛び出してくる。ネヴァダ核実験場を中心とした、合衆国の核開発の実際だ。

 先のU-2撃墜事件にしても、アメリカの軍用機がソ連上空を無断で飛ぶという、かなり無謀な真似をやらかしている。この無謀さは核開発でも存分に発揮しているから怖い。

 1958年8月1日。ハワイの西1200km、ジョンストン環礁。ここで二つの核爆弾が炸裂する。威力はいずれも3.8メガトン、片方は高度80km、もう一方は45km。目的は「ソ連が高高度で核爆弾を使った場合、どう探知すればいいかを調べるため」。残念ながら、計画者のジェームズ・キリアンは、オゾン層への影響を全く心配していなかった。

 しかも、一方の爆弾は、掲載したロケットが進路を外れ、観測者の真上で炸裂する。サンダルに短パンの男たちの頭上で。

 他にも、キノコ雲の真ん中を、観測用の航空機が突っ切る場面や、何の仕切りもない荒野でダーティー・ボムを炸裂させる話、水爆を載せた輸送機が墜落する話など、背筋の凍るネタが次々と飛び出してくる。そのくせ、能天気に「平和利用」と称し、パナマ運河の拡張に使おうなんて考えてるから救えない。

 中でも馬鹿極まりないのが、プロジェクト・オライオン(→Wikipedia)。地球と火星を124日で往復しようとする計画だ。16階建ての建物ぐらいの巨大な宇宙船に、2000発の核爆弾を積む。これを爆発させて船体を飛ばそう、という発想である。これが撒き散らす放射性物質の事は、何も考えていなかったらしい。

 肝心のロズウェル事件の真相は、ちと信じられない。が、合衆国がそれを隠そうとした動機(の推測)は、身の毛がよだつものだ。これについては根拠があるようなので、相当に闇は深い。

 読み終えてか考えると、著者はエリア51で読者の気を惹いて、実は合衆国の核開発の記録を暴露したかったんじゃないか、とも思う。そのいずれもが驚きのエピソードに満ちた、怪しげに見えるが中身は誠実なルポルタージュになっている。軍用機や核兵器に興味がある人なら、とても楽しく(または怖く)読める、迫真のドキュメンタリーだ。

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