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2015年4月17日 (金)

ユージン・ローガン「アラブ500年史 オスマン帝国支配から[アラブ革命]まで 上・下」白水社 白須英子訳 1

 アラブ人の歴史を、近代におけるその時々の優勢な支配勢力というプリズムを通してみると、オスマン帝国時代、ヨーロッパ植民地時代、冷戦時代、そして現在のアメリカ支配とグローバル化時代という四つのはっきりした時代に分けられる。
  ――はじめに

【どんな本?】

 中東戦争・パレスチナ問題・湾岸戦争・9.11・イラク戦争・アラブの春そしてシリア内戦と、アラブ世界は紛争が絶えない。しかもややこしい事に、いずれの紛争も多くの勢力が入り乱れ、誰がどのような思惑で何を目指して戦っているのか全く見えてこないし、何をどうすればいいのか判らない。

 現在のようなアラブ世界は、どのような経緯で出来上がったのか。それぞれの勢力はどんなルーツを持ち、どんな歴史を持っているのか。アラブの人びとは何に不満を持ち、何を怒り、どうなればいいと思っているのか。

 1516年8月24日シリアの砂漠におけるマルムーク朝とオスマン帝国のマルジュ・ダービクの戦い(→Wikipedia)から、2011年までのアラブの歴史を、主にアラブ側の視点から描き、現代のアラブが抱える問題のルーツを明らかにする、興奮に満ちた歴史書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Arabs : A History, by Eugene Rogan, 2009。日本語版は2013年11月5日発行。単行本ハードカバー縦一段組みで上下巻、本文約431頁+359頁=約790頁に加え、訳者あとがき5頁。9ポイント46字×20行×(431頁+359頁)=約726,800字、400字詰め原稿用紙で約1,817枚。文庫本の長編小説なら3~4冊分の大容量。

 翻訳物の歴史書だが、文章はこなれていて読みやすい。多くの国や地域が複雑に絡み合う内容だが、個々の事件はなるべく一人の人物を主人公として展開する形にしているので、思ったよりわかりやすい。また、事件に登場する勢力の背景事情も過不足なく説明しているので、あまり歴史を知らなくても読みこなせる。

 舞台は地中海沿岸、それも東地中海を中心に展開するので、Google Map が地図帳があると、より楽しめる。途中に幾つか地図が出てくるので、栞を4~5枚用意しておこう。贅沢を言うと、原注は上下巻の両方につけて欲しかった。

【構成は?】

 基本的に時系列順に進むので、素直に頭から読もう。

  •  上巻
  • はじめに
  • 第1章 カイロからイスタンブールへ
  • 第2章 オスマン帝国支配へのアラブ人の挑戦
  • 第3章 ムハンマド・アリーのエジプト帝国
  • 第4章 改革の危機
  • 第5章 植民地主義の第一波 北アフリカ
  • 第6章 分割統治 第一次大戦とその戦後処理
  • 第7章 中東の大英帝国
  • 第8章 中東のフランス帝国
  • 第9章 パレスチナの災難とその影響
  •  下巻
  • 第10章 アラブ・ナショナリズムの台頭
  • 第11章 アラブ・ナショナリズムの衰退
  • 第12章 石油の時代
  • 第13章 イスラーム勢力の台頭
  • 第14章 冷戦以後
  • エピローグ
  • 追記 「アラブの春」から一年
  • 謝辞/訳者あとがき/写真クレジット/原注/人名索引

【感想は?】

 波乱万丈、疾風怒濤。群雄割拠、栄枯盛衰。

 三国志のような歴史物語の面白さを無理やり二冊に詰め込むと同時に、諸勢力が入り乱れて紛争の絶えない現代のアラブ世界のルーツが見えてくる、興奮に満ちた本だ。

 物語は、マルジュ・ダービクの戦いから始まる。エジプトを拠点とするマルムーク朝(→Wikipedia)のスルタン、アシュラフ・カーンスーフ・ガウリーが、トルコを拠点とするオスマン帝国(→Wikipedia)に挑んだ戦いだ。実のところ、カーンスーフ・ガウリーは、戦闘を避けられると思っていた。

 というのも。当事のオスマン帝国はペルシアのサファービー帝国(→Wikipedia)と睨みあっていたからだ。二者と同時に戦争する気はないだろう、国境沿いに戦力を集め威嚇すれば、交渉に乗ってくるだろう、と。

 だがこの読みは外れる。カーンスーフが用意した兵は二万。しかしオスマン軍は三倍の六万の兵を集め、しかもマスケット銃を備えていた。戦闘法も異なり、マルムーク軍が個々の剣術を頼りにしたのに対し、オスマン軍は集団として統率の取れた動きをする。それに加え…

 などと、一つの王朝の終焉と、もう一つの帝国の勃興で物語は始まる。

 ここに登場するマルムーク朝の制度が、実に奇妙だ。マルムークとは奴隷を示す。ユーラシアやカフカスから連行したキリスト教徒を、イスラームに改宗させて武術を仕込む。そして成長した彼らがエリート軍人として支配階級になる。不思議な制度だが、優れた者が支配者になるわけで、当時としては安定したシステムだったんだろう。

 カーンスーフを破ったオスマン帝国スルタンの[冷酷者]セリム一世はカイロに入城、シリア・エジプト・アラビア半島の北西部ヒジャーズ地方を支配化に加える。

 領土は急激に拡大しても、統治は難しい。そこでオスマン人は無理しない事にした。当初はオスマン人の総督を派遣するが、地元の統治は既にそこにいるマルムークに任せたのだ。明を滅ぼした清と似ている。おかげで、同じオスマン帝国内でも、それぞれの地域は独自のお国柄を維持する事となる。

 この総督も、多くはマルムークに似た出自だから面白い。一部で有名なイェニチェリ(→Wikipedia)、またはデウシルメだ。

 主にバルカン半島のキリスト教徒の少年を攫ってイスタンブールに送り、イスラームに改宗させて教育や訓練を施す。見所のある者は行政官となり、帝国内の要職につく。世襲じゃないので、スルタンの権力は脅かさない。一見奇妙だが、実力と忠誠で出世できるわけで、それなりに巧くいきそうなシステムではある。

 などの驚きに満ちた社会と、ヨーロッパからイランまで広がる国際世界、そして壮麗なマルムーク朝の大軍が敗走する悲劇が怒涛のように展開するまで、まだ冒頭の50頁にも満たない。

 と共に、一歩惹いた目で見ると、また違った風景が見えてくる。

 遠い日本から見ると、トルコとアラブの違いはわかりにくい。どっちもイスラームだし、似たようなモンじゃね?と思う。が、この構図から、両者が互いに持つ確執が見えてくる。支配者として君臨したトルコと、帝国に組み込まれたアラブという構図だ。同じムスリムでも、立場は全く違うわけ。

 オスマン帝国の拡張と衰退、そしてオスマン帝国に代わり支配となるイギリスとフランス。それらの支配から抜け出そうと苦闘するアラブの姿が、上巻を通して描かれてゆく。

 興奮して書きたい事が沢山あるんで、続きは次の記事で。

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