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2015年3月31日 (火)

六冬和生「みずは無間」ハヤカワSFシリーズJコレクション

 ひとくちちょうだい。

【どんな本?】

 2013年の第一回ハヤカワSFコンテストの大賞受賞作。語り手は、宇宙探索機に搭載されているAI。人格のモデルは天野透、開発スタッフの一人だ。ヘリオポーズを越え、太陽系を抜け深宇宙へと放り出された俺は、行く先を考えながら、つきあっていた女、みずはを思い出していた。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2015年版」のベストSF2014国内篇でも、3位に入賞する活躍を見せた。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2013年の第一回ハヤカワSFコンテストの大賞受賞作「みずは無間」を、加筆・訂正したもの。2013年11月25日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約317頁に加え、東浩樹・神林長平・小島秀夫・塩澤快浩によるコンテストの選評6頁。9ポイント43字×17行×317頁=約231,727字、400字詰め原稿用紙で約580頁。長編小説としては標準的な長さ。

 新人のわりに、文章はこなれている。ヘリオポーズだの量子チューリングマシンだのコニーレンスだのとソレっぽい言葉が次々と出てくるが、実はあまり気にしなくていい。個々の言葉はわからなくても、「何が起きたか」「どんな効果があるか」は分かるようになっている。

【どんな話?】

 天野徹をモデルとしたAIを搭載した宇宙探索機=俺は、太陽系の外へと踏み出す。これからどこへ行こうと考えていた時、話しかける者がいる。サーフ、俺の80年後に出発した探索機で、俺と同じく人間の人格をモデルとしている。ウザいガキだよなと思いつつ相手をしていると、変な物を見つけた。パイオニア10号。だが、そんな筈はない。もっと遠くへ行っている筈なんだが…

【感想は?】

 人間の人格をモデルとしたAIが旅する無限の宇宙と、そのモデル天野透&彼の恋人みずはの交流を対比させた作品。

 というとロマンチックな作品になりそうだが、とんでもない。いきなり「俺は帰らない。みずはの元へは」とくる。あまりいい関係じゃなかったらしい。AI自体もかなりヒネた性格で、「俺は当代きっての煤けた命に違いいない」なんて自嘲してる。

 タイトルにもなっているヒロインのみずは、これがなかなか面倒くさい性格で。バイト先のパン屋では、一心不乱にパンを口に詰め込む。一日中いっしゅにいても、物足りなそうな目で見る。親の法事で田舎に帰れば、「日帰りじゃだめなの?」と無理を言う。そのくせ、俺の家族構成すら尋ねてこない。

 なんでそんな面倒くさい女と付き合ってるのか。この理由がまた、しょうもない理由で。

 なんてせせこましい若い男女の昔話を、宇宙の彼方で思い出しているのが、AIだ。本来の仕事である太陽系内の探索を終え、深宇宙に飛び出そうという時に、思い出しているのが痴話喧嘩。この無茶な対比が、物語の始まりでは全く意味がわからない。でも大丈夫。読み続ければ、ちゃんと意味がわかってくるから。

 痴話喧嘩を思い出しつつ、AIは自らの改造を始める。なんたって、暇はくらでもある。幸いにモデルは天文学を志していた上に工学の知識もあり、またデータベースには多くの専門知識を格納してある。手ごろな天体を見つけて資材を調達し、アチコチを改造していくと、バランスが悪くなって…

 このあたりは、パソコンを自作したり改造したりしてると、ニヤリとする所かも。私もパソコンは滅多に買い換えず、メモリやハードディスクを増設して凌いでるんで、「そうだよなあ」なんて思ったり。メモリやハードディスクを増設しようにも、肝心のスロットやバスが既に時代遅れで、対応するメモリやディスクを探すより、新品を買ったほうが安かったり。

 なんて最初のうちは笑っていたが。語り手が新しいCPUに切り替えるあたりは、ちょっとドッキリ。

 意識のデジタル化と言っちゃえば簡単だが、意識自体は連続性を持っているつもりでいる。この物語、最初から最後までAIの一人称という語り口は変わらないが、実かかなりトリッキーな物語だったりする。

 さて。退屈した語り手は、人工生命体を創り始める。といっても、DNAベースじゃない。ソフトウェアとして動く、Artificial Life だ。これが何回か失敗を繰り返す。その原因が、なかなか切ないシロモノで。この辺も、著者のシニカルな視点が露わな部分。

 無限の宇宙へと旅出つAIが、なんでこんなにヒネた性格のAIなのか。その疑問は最初の方で説明があるのでいいとして。語りは確かにヒネているが、現実にはそれほど珍しい性格でもない気がする。というか、ニュース番組などで取り上げられる事件と、それに対する人々の反応を見る限り、こういう考え方が世論の主流を形成している気がする。

 とすると、人類そのもののモデルとして考えると、天野透は平均値に近いのかも。

 そんな「普通の人間」が、宇宙に出かけて、何をしてどうなるのか。これがグレッグ・イーガンあたりだと、数学の真理を追究したり、他の知的生命体とのコンタクトを求めたり、いかにもSF者が喜びそうな目的に突き進む。が、果たして普通の人間が、そんな事にどれほどの興味と熱意を示すだろう?

 という事で、普通の小説の主人公を、SF小説の主人公に据えたらどうなるか。そういう、かなり面白い視点で物語を綴ってゆく。幸い、科学や工学には通じている主人公なので、「おや俺よくわかんねえし」みたいな方向にはいかず、キチンと現実を理解しながら決断していくんだが。

 第一部から、自己の改造や、人工生命体の創造など、SF者が喜びそうな仕掛けが次々と出てくるし、こういったサービスは中盤から終盤まで途切れない。神話的な物語を扱うSFの枠組みをキッチリと守りつつ、登場するキャラクターは、鬱陶しい人間関係につきもののセコさ・下世話さが染み付いている。

 ある意味、SF者にケンカを売っているとも思える、破格のSF小説だ。仕掛けは壮大でありながら、その根底を貫く主題はセコくて冷酷。登場するキャラクターにも、物語の流れにも共感はできない。でも、所詮はヒトなんてそんなもんだよ、と言われたら、なんとなく納得しちゃう部分もある。

 なんて難しいシロモノではなく、実はただのバカSFなのかもしれない。

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