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2015年3月25日 (水)

ジェフ・カールソン「凍りついた空 エウロパ2113」創元SF文庫 中原尚哉訳

 木星第六衛星は、球形の深い海からなる天体だ。太陽から遠いので表面に液体の水は存在できない。なにしろ摂氏マイナス162度。エウロパは氷におおわれている。この硬い殻は場所によって厚さ20kmにも達する。事実上一個の大陸ともいえる。

【どんな本?】

 アメリカの新鋭SF作家ジェフ・カールソンによる、長編SF小説。舞台は、木星の衛星で氷に閉ざされたエウロパ。ここに住む生命体<サンフィッシュ>との悲劇的な遭遇から、主人公のボニーは彼らが知性を持つと確信する。だが、チームの中には懐疑的な者もおり、また地球上の政治的な確執や、性急に利益を求める企業の思惑が絡み合い…

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2015年版」のベストSF2014海外篇で14位。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Frozen Sky, by Jeff Carlson, 2012。日本語版は2014年10月31日初版。文庫本で縦一段組み、本文約431頁+訳者あとがき5頁。8.5ポイント42字×18行×431頁=約325,836字、400字詰め原稿用紙で約815枚。長編小説としては長い方。

 文章はやや硬い。内要も、かなりSF度が高い。エウロパの異様な環境も美味しいし、高度に進んだセンサー・情報・医療技術など、ガジェットも盛りだくさん。

【どんな話?】

 国際科学探索チーム三人のメンバーとして、エウロパを訪れたアレクシス・フォンデラハ、通称ボニー。彼女ら三人は、エウロパの氷の溝に、規則的な模様のある刻印を見つける。明らかに知性による創造物だ。そこで溝の奥へと探索に出る。既にエウロパは、太陽系の水の供給源として利用が始まっている。知的生命体の発見は、大きな騒ぎをまき起すだろう。

 溝の奥には、氷で作ったエアロックらしきものがあった。それを越え奥へと向かう三人を、氷と岩の噴射が襲う。

【感想は?】

 「凍りついた空」。悲劇を予感させるタイトルだ。実際、物語は悲劇で始まる。

 が、途中まで読んで、どうやら違うと気づいた。これは、舞台となっているエウロパを示すタイトルだろう。奇妙な天体エウロパという世界そのものが、とても魅力的なのだ。

 エウロパ(→Wikipedia)。木星の第六衛星。大きさは月と同じぐらい。表面は水の氷で覆われている。それだけなら、資源として有望ってだけだ。だが、他にも面白い性質がある。中央には岩石の核があり、これが木星の潮汐力などで熱を持ち、火山活動があるらしい。

 火山からは熱いマグマが出てくる。これが氷を溶かし、水の海をつくる。だが表面は氷に覆われている。表面の氷は約20kmの厚さで、その下に液体の水の海があり、その下に岩塊がある、そんな感じだ。

 火山は盛り上がる。富士山がいい例だ。重力が小さいと、より急峻になる。火星のオリンポス山(→Wikipedia)は高さ25,000m、エベレストの約三倍だ。エウロパでは、更に急峻になるだろう。この作品では、ちょっと面白い仮説を導入している。大きな火山は、水の海を越え、表層の氷に食い込んでいるだろう、と。

 更に楽しいのが、自転周期。エウロパの自転周期は公転周期と一致している。だから常に同じ面を木星にくけている。ここで、もう一つ仮説を導入する。一致しているのは表層の氷だけで、その下の岩塊は違うとしたら?赤道付近は、そりゃもう毎日が大嵐だろう。

 おまけに、氷に食い込んだ火山は、所々ポッキリ折れて、氷の中にカケラ、岩石の「島」を残してゆく。この島が、この物語で大きな役割を果たす。

 もう一つの大きな仕掛けは、熱水噴出孔(→Wikipedia)。これは地球の海でもアチコチに見付かっている。地熱で温められた、時として摂氏数百度にも達する熱水が、主に深海で噴出している所。熱水は、生命活動に必要な熱と同時に、金属塩などの豊かな栄養を含む。ここでは、嫌気性細菌を底辺とした、独特の生態系を形成している。

 エウロパにも火山活動があるなら、熱水噴出孔もあるだろう。なら、エウロパの海で生命が発生してもいいじゃないか。

 とはいえ、奇妙な世界だ。地球の海は、比較的に浅い所で豊かに生命が育つ。だが、エウロパでは、表面が氷に閉ざされている。おまけに木星からの放射線や電磁波が激しく降り注ぐ。太陽からはるかに離れているので、光は届かない。なら、どんな生態系になるのか?

 残念ながら、この作品では、生態系の一端を垣間見せるだけだ。それでも、私の世界観を見事にひっくり返してくれた。続編 Frozen Sky 2 Betrayed が既に出ているという事なので、期待して待っている。

 物語は、主人公ボニーと、エウロパの生命体サンフィッシュとのファースト・コンタクトから始まる。群れで行動し、凶暴な攻撃性を示すサンフィッシュ。その優れた戦術や行動に知性を感じたボニーは、彼らの知性を照明しようとする。だが、既にエウロパは貴重な水資源の供給源として開発が進みつつあった。サンフィッシュは、開発の邪魔となるのだ。

 政治的な問題もある。ミッションの有力勢力は四つ。EUによる欧州宇宙機関。アメリカのNASA。ブラジル国立宇宙探索チーム。そして中華人民最高社会国。地球ではEU&NASA と ブラジル&中国という図式だが、連携はあまり堅くない。また、遺伝子資源を求める営利企業の思惑もある。サンフィッシュの生態には、使えそうな性質もあって…

 という事で、探索チームの中でも、様々な対立が設定されていて、ボニーの調査は一筋縄じゃいかない。おまけにサンフィッシュも、とんでもなく好戦的かつ凶暴な連中で、ボニーは彼らとのコンタクトに散々苦労する。ロボットを介してコミュミニケーションを試みても、攻撃されるばかり。おまけに、その攻撃方法が、極めて狡猾で…

 と、異星人ともバトル、人間同士もバトルという構図。実にややこしい状況だが、その分、人間描写は類型的だったり。主人公のボニーはグリーンピース風のリベラル派で、サンフィッシュをネイティブ・アメリカンや鯨に例えたりしてる。この辺、人によっては不愉快に感じるだろう。正直、私もボニーはあまり好きになれなかった。

 が、んな事はどうでもいい。こりゃSFなんだから。それより、肝心のサンフィッシュの生態が、とっても魅力的なのだ。どう接触しても攻撃してくるばかりなのだが、その攻撃方法が、実に巧く統制が取れていて、かつ地の利を生かした卓越した戦術家たち。死を恐れず、迷わず集団で飽和攻撃を仕掛ける。逃げても逃げても、しつこく追いかけてきて…

 全般的にアクション場面が多く、ボニーの危機の連続で話が進む。娯楽作品としての緊張感を維持しつつ、エウロパの異様な世界を堪能できる本格的なファースト・コンタクトSF作品。やっぱりファースト・コンタクト物は燃えるなあ。

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