仁木稔「ミーチャ・ベリャーエフの子狐たち」ハヤカワSFシリーズJコレクション
「暴力の原因は、突き詰めれば自尊心の欠如なわけよ。だけど人間はお互い平等で、最も優れた被造物(クリーチャー)だから、他人やほかの種や無生物を傷つけても、得られる自信は一時的なものでしかない。だから遺伝子管理局は、亜人(サブヒューマン)を造り出した」
――The Show Must Go ON!
【どんな本?】
長編「グアルディア」で2004年にデビューしたSF作家・仁木稔による、「グアルディア」「ラ・イストリア」「ミカイールの階梯」と同じ<HISTORIA>シリーズに属する連作短編集。
現代とは少し違う歴史を歩んだ近過去のアメリカ合衆国らしき場所から始まり、<HISTORIA>史の成立にかかわる謎を、事の始まりから解き明かしてゆく。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2014年4月25日初版発行。ソフトカバー縦一段組みで本文約334頁に加え、岡和田晃の解説「自らの示すべき場所を心得た世界文学、<科学批判学>SFの傑作集」9頁。9ポイント43字×17行×334頁=約244,154字、400字詰め原稿用紙で約611枚。長編小説なら標準的な分量。
小説としては、文章がやや硬い。SFガジェットがアチコチに出てくるし、あまり説明もない。が、大半はハッタリなので、深く考え込まないこと。「ソレで何ができるのか」だけ分かればいい。「なぜそうなるのか」を追求してはいけない。大事なのは、ソレがヒトの心や社会に与える影響であり、それこそがこの作品のテーマだろう。
【収録作は?】
/ 以降は初出。収録作は全て同じ世界史に属するもの。The Show Must Go On! を含む後半の三作は、登場人物や舞台など共通する部分が多いので、一つの中編小説の前編・中編・後編といった関係になっている。
- ミーチャ・ベリャーエフの子狐たち / SFマガジン2012年6月号
- 八年前から、あの島の双子の塔は何度もテロリストに狙われたが、偉大な祖国は常にテロを撃退し続けた。その祖国が危機に瀕している。危機の象徴が、奴らだ。丸ぽちゃの子供みたいな体形、人種も性別もわからない、愛嬌のある顔、少し舌足らずの声で愛想よく挨拶する奴ら、「妖精」。遺伝子操作技術で作られ、厳しい労働に従事する怪物。みんなわかってない。心理操作で騙されてるんだ。奴らはこの国を腐らせているのに。
- ツインタワーが健在である由でわかるように、今とは少し違った世界の、アメリカを思わせる国を舞台として、典型的な貧乏白人ケイシーを主人公とした作品。改めて読むと、「偏見に満ち愚かで狂信的なアメリカの貧乏白人」ケイシーの人物設定が、悪趣味なまでに作りこまれているのに笑ってしまう。
- 進化論を忌み嫌う創造論者で、狂信的な教団に属している。遺伝子改変技術を恐れ、有機食品を愛用する…が、サプリメントも併用する。をい、サプリメントはいいのか? 白人優位主義で、遺伝子工学の産物である「妖精」は、何者かの陰謀だと思い込んでいる。
- などと笑っていられるのは序盤だけで、この著者お得意の凄惨な暴力場面が後に控えていたり。これが単なるハッタリではなく、この作品集全体を通して示される重要なテーマだったりする。
- タイトルにもあるドミトリ・ベリャーエフ(→Wikipedia)により改造された狐たちは、この動画(→Youtube)をどうぞ。もう、ヤバいぐらいに可愛い。
- はじまりと終わりの世界樹 / SFマガジン2012年8月号
- アマゾンの樹海の奥へ、二人は訪ねてきた。ガイドに雇った先住民の若者たちは、彼を畏れて近寄ろうとしない。荷担ぎの亜人も、彼は嫌う。小屋に彼はいなかった。その向う、巨大な樹の幹にもたれている。多くの人種が交じり合った風貌に、柔らかな微笑みは、27歳のわりに老成した印象を与える。
- 多くの人種の血を受け継いだ女と、金髪碧眼の男が、ブラジルで結ばれた。そこで生まれたのは、男女の双子。男の子は混血らしい顔立ちなのに対し、女の子は完全な白人で…
- これまたヒトの狂信と、際限のない暴力をテーマとした作品。南米に隠れ潜むナチスの末裔の陰謀という、一昔前のB級映画のネタを巧く使っている。
- 特定の政治信条に入れ込んじゃった人が、子供をダシにするってのはよくある話で。ルイ・セローの「ヘンテコピープルUSA」には、狂信的な白人優位主義者が、可愛い金髪の女の子をアイドルに仕立てる話が載ってたり。今 "Lamb and Lynx" で検索すると、宗旨を変えたみたいだけど、その原因がマリファナってのが、うーん。しかも、別の方向でやっぱし極端だったり。
- The Show Must Go On! / SFマガジン2013年6月号
The Show Must Go On, and … / 書き下ろし
… 'STORY' Never Ends! / 書き下ろし - 亜人が普及し、その設計技術も進歩した未来。アキラは、亜人の設計助手だ。多くの亜人を使って作られる、戦争映画。いや、映画ではない。本当に、亜人は戦争している。何人かの名前のある個性(キャラクター)と、その他大勢であるモブ。だが聴衆にウケたモブはリサイクルされ、巧くいけばキャラクターに[出世する。
- 前二つの作品を受け、亜人が普及した未来を舞台にした作品。ヒトの持つ暴力衝動と、それが生み出すツケを、テクノロジーにより亜人に押し付け、平和と繁栄を享受する世界を、アニメなどのオタク文化で色付けして描いてゆく。なんか嬉しいようだが、微妙に尻がムズムズして居心地が悪いのは、著者の意図的なものだろうか。
- 世の中の変化は、確かに生み出す創作物にも影響を与えている。今の日本で「カワイイ」がウケるのは、平和で治安がいい現代の日本の社会と大きな関係がある、と私は思う。世の中が物騒だったら、「強い」がウケる。競争社会じゃ、「成功する」がウケる。「カワイイ」がウケるのは、今の日本がユルくても生きていける社会だからだ、と思う。
- とまれ、この作品世界で創られる創作物が、戦争物ばかりなのは、どういう事なんだろう? ニワカ軍オタの私が言うのも変だけど、人が好む物語は、もっと様々だと思うんだが。これは意図的な仕掛けなのか、単なる思い付きなのか。うーん。
全体を通して読むと、よく分からなかった「グアルディア」の仕掛けが見えてくるのも、この作品集の美味しい所。改めて思い出すと、「「グアルディア」って、「世界終末戦争」と同じく、カヌードスの反乱をネタにしてたんだなあ。色々と引き出しの多い人だ。
それはそうと。この作品集の全体を通して伝わってくるテーマは二つ。ひとつは、個々のヒトが抱く世界観は、それがどんなにイカれたものであろうとも、いやイカれていればいるほど、変えるのが難しい、という事。これは白人優位主義という形で何度も繰り返されるが、それ以外の狂信でも、信じている人は頑固にしがみつくのは同じ。
もうひとつは、ヒトの持つ暴力嗜好。これも嫌になるほど繰り返される。その向うに、何があるのか。シリーズ全体を通して読みたくなる連作だった。
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