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2015年2月 8日 (日)

レベッカ・L・スパング「レストランの誕生 パリと現代グルメ文化」青土社 小林正巳訳

レストラン(RESTAURANT):病気や疲労により減退した体力を回復(restaurer レストレ)させる食物あるいは薬。シャコのコンソメやエキスは優れたレストランであり、ワインやブランデー、その他の気付けの飲み物も、精神が疲弊した者にはみな好ましいレストランである。(略)  フュルティエール「大辞典」(1708年)

デュボワとピイスの宣言で強調されている治安維持の対象から「快楽」を除外することこそ、統領政府、すなわちナポレオン・ポナパルトが共和暦八年ブリュメール18日(1799年11月)に軍事クーデタで政権を奪取した後、新体制が打ち出した戦略的政治手法だった。
  ――第6章 美食狂から美食学へ

【どんな本?】

 現在、レストランという言葉は、食事のできるお洒落な店、といった印象がある。特にパリのレストランともなれば、バラエティー豊かな美味しい食事が楽しめる店が沢山あると想像するだろう。しかし、元来、レストランは「元気を回復させるだし汁」を示す言葉だった。

 18世紀から19世紀のフランス、パリ。絶対王政・スランス革命・第一共和制・ナポレオンの第一帝政・復古王政・七月帝政へと目まぐるしく変わってゆくフランスの権力構造の中で、元は一種の滋養強壮剤だった「レストラン」が、現在のような「食事を摂る店」に変わってゆく過程を追いかけ、美食文化の誕生を追う学術書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Invention of the Restaurant - Paris and Modern Gastronomic Culture, by Rebecca L. Spang, 2000。日本語版は2001年12月20日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約370頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント47字×19行×370頁=約330,410字、400字詰め原稿用紙で約827枚。長めの長編小説の分量。

 日本語そのものはこなれているが、幾つかの理由で、結構読みにくい。まず、著者が8世紀から現代までのフランス史の専門家のためか、背景となる社会情勢の説明が足りない。フランスの近代。・現代史に詳しい人なら分かるだろうが、私のような素人にはピンとこない。次にユーモアのセンスがヒネていて、じっくり読まないと意味が分からない。

 最後に、文章の構造が不親切。一つの論を展開する際、主題の提示から結論まで多くの文を費やすので、結論に達する頃には主題が分からなくなっている。主題→結論→根拠1→根拠2…再度主題→結論、として欲しかった。

 巻末の注が72頁に及ぶ事でわかるように、かなり専門的で真面目な本である。フランス革命前後のフランス史に詳しい人向けだろう。

【構成は?】

  • 序章 レストランを作るとは
  • 第1章 万人の友
  • 第2章 ルソー的感性の<新料理(ヌーヴェル・キュイジーヌ)>
  • 第3章 公共の空間における私的な食欲
  • 第4章 道徳、平等、もてなし!
  • 第5章 定価――大食とフランス革命
  • 第6章 美食狂から美食学へ
  • 第7章 パリをメニューに載せる
  • 第8章 レストランに隠れる
  • 終章 レストランと夢想
  • 謝辞/訳者あとがき/注

 多少の前後はあるが、原則として時系列順に話が進む。素直に頭から読もう。

【感想は?】

 レストランを扱いながらも、レシピがほとんど出てこない。これが本書の大きな特徴だろう。

 レストランは食べる所だ。そう我々は思っている。だが、この本は、食べ物についてはあまり扱わない。扱っているのは、「誰がレストランを利用するか」「どんな風に利用するか」「レストランは客の要求にどう応えたか」「世間はソレをどう受け取ったか」、そして「激動するスランスの社会は、レストランをどう扱ったか」である。

 フランスと書いたが、本書の視点は大半がパリを見ていて、他の地域はほとんど出てこない、。これまた、フランスの事情を伺わせる。現代の旅行案内でも、よく言われる。「フランスとは、パリとそれ以外だ」と。

 話は18世紀のフランスに始まる。「初期のレストラトゥールは固形の食べ物はほとんど扱わず、体調からちゃんとした夕食を取れない人をターゲットとした店として売り出した」。今ならサプリメント専門店みたいな感じかな? 始めたのはマチュラン・ローズ・ド・シャントワゾー。

 この背景事情は、外食文化が発達した現代からじゃ、ちと想像しにくい。当時のパリの外食事情は悲惨だったようで。食事といえば、自宅で食べるか、個人の晩餐会に呼ばれるか。旅人は宿のメシか、仕出し屋のテーブルにつくかだ。仕出し屋というのがクセ者で。

 仕出し屋は常連客を相手にする商売で、今の日本だと定食屋が近いかも。ただしメニューは店が決めたものだけ。各人に取り分けて出すのではなく、大皿のままドンとテーブルに置き、客が各自で切り取るスタイルだったらしい。これだと、大食いの奴の隣に座ったら、料理の大半を奪われてしまう。

 営業時間も店の都合で決まるんで、その時間に食いっぱぐれると、すきっ腹を抱えて寝る羽目になる。しかも、常連相手の商売なんで、皿が無くなったりすると、真っ先にヨソ者が疑われる。横並びのテーブルで食べるんで、外国人でも、地元の人を相手に「会話」しなきゃいけない。料金も不明だ。

パリぐらいの都会なら、様々な屋台もあったと思うんだが、そういう所に出入りするのは庶民であって、相応の身分の者には相応しくない、みたいな縛りがあったんだろうか?

 これらを改善したのが、レストタトゥール。何時でもいらっしゃい。お一人様大歓迎。最初はブイヨンだけだったメニューも、ライスクリームなどから段々と増えてくる。何より、食べる前に代金が分かるのが嬉しい。この明朗会計tってのが、当時としては画期的だったらしい。「メニュー」の変転も、なかなか。

レストランの出現以前は、メニューと言えば、特定の食事で(例えばその日の宴会で)出てくるすべての食べ物のリストのことと決まっていた。

 今でも披露宴などの形式ばった食事の席では、この方式が残っているね。

 やがてフランス革命を経てナポレオンの第一帝政へと時代は移る。彼の卓越した統治手腕は、この記事冒頭の引用にあるように、ある意味リベラルなものだった。検閲はあったが、娯楽は奨励する。検閲官ルモンティーは…

もし、怒れる群集と不満を抱えた市民たちが、ライバル女優の才能の比較や、イタリア音楽とフランス音楽ではどちらが優れているかという議論の蒸し返しに没頭するのをやめでもしたら、彼らはきっと街路に集結するだろう

 と、皮肉な警告をしている。「パンとサーカス」の、サーカスを充実させろ、って事かな。この後押しもあってか、やがて「美食」という新しい思想が生まれ、従来の階級制にかわる価値観を作り出してゆく。とまれ、レストランも個室サービスが発生し、ソコに男女がシケ込むようになり、反発する動きもあって。ジョゼフ・フランソワ・ニコラ・デュゾルショワ曰く…

「この上なく低俗な食欲とこの上なく下劣な情熱」の称賛に、賭博、盗み、口にするのも憚られる他の悪徳が続くのは間違いない。

 と、懸念を呈している。これも現代の表現規制に繋がるものがあるような。

 やがてレストランはメニューやサービスを充実させ、書籍や年鑑などで海外にも知れ渡って行く。少し前の「ぴあ」みたいな情報誌は、当時から多かった模様。はいいが、メニューに記される料理の名前は次第に意味不明になり…と、気取ったフランス料理への嫌味も忘れない。

 「レストラン」という独特の場所を通し、絶対王政・革命・帝政・立憲君主制と変転するフランス社会と価値観を覗き見る、独特の視点の歴史書。親しみやすい署名とは裏腹に、かなり専門的な本だ。じっくり腰をすえて読もう。

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