高野秀行「謎の独立国家ソマリランド そして海賊国家プントランドと戦国南部ソマリア」本の雑誌社
彼らはなぜ差別されるのかとアブティに訊いた。「人間が平等だということを連中はわかってないからだ」とか「俺たちのことを汚いと決めつけている」といった答えを予想していたが、意外にも「数が少ないからだ」という答えが返ってきた。「こっちの数が少ないから、何かやられても相手にやりかえせない」
――第3章 大飢饉フィーバーの裏
【どんな本?】
無政府状態が続き、首都モガディショではイスラム過激派アル・シャバーブが跳梁跋扈し、周辺海域には海賊が出没するため各国の海軍が協力して対処に当たっているソマリア。だが、その北部は話し合いで内戦を終結させ、事実上の国家が成立・機能しているという。その名もソマリランド。
にも関わらず、未だ他国には国家として承認されていない。そこはどんな所なのか。どんな人がいて、どんな暮らしをしているのか。なぜ内戦を終わらせられたのか。プントランドや南ソマリアとの関係はどうなのか?そもそも、ソマリアとはどんな国で、なぜ内戦に突入し、なぜ今も続いているのか。
「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをやり、誰も知らないものを探す。それをおもしろおかしく書く」をモットーとする突撃ジャーナリスト高野秀行が、体当たり取材で暴き出した、ソマリアおよびソマリランドの驚愕レポート。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2013年2月20日初版第一刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約491頁。9ポイント45字×18行×491頁=約397,710字、400字詰め原稿用紙で約995枚。長編小説なら文庫本2冊ぐらいの分量。
日本人、それもジャーナリストの作品だけあって、文章は親しみやすく読みやすい。内容も特に難しくない。最もややこしいのは、ソマリア内の氏族構成なのだが、これを分かりやすくするため見事な工夫をしている。142頁の氏族構成図はyく整理され、かつわかりやすいので、栞を挟んでおこう。
【構成は?】
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気になる所だけ拾い読みしてもいいが、原則として時系列順に話が進むので、できれば頭から順番に読もう。
【感想は?】
奇想天外、抱腹絶倒。笑いながら、中東やアフリカで戦乱が絶えない理由を実感できる、おトクな一冊。
高野秀行。名前こそ出てこないが、実はレドモンド・オハンロンの「コンゴ・ジャーニー」にも出没している。レドモンドが訪ねたコンゴの奥地に、幻の怪獣ムベンベを探し訪ねたのが、彼の一行だ。
ソマリランド。ちゃんと国家のWebサイトもある。何年ながら TLD は .com だが(http://somalilandgov.com/)。内戦続きのソマリアで、なぜソマリランドだけが平穏を保っていられるのか。平穏は本当なのか。不思議に思った高野氏が、持ち前の突撃精神で現地に向かい、自らの目で見聞きしたレポートが本書である。
その実態は、まさしく奇想天外。私が今まで持っていたアラブ・アフリカそしてイスラム教の印象を根底から覆すと同時に、「実際に現地に行かないと分からないことは沢山あるんだなあ」と感心させられる一冊となった。
まず驚いたのが、彼らの仕事の速さ。何事も「インシャラー」で先延ばしする連中だと思っていたんだが、著者が最初に接触した現地の VIP サイード氏、大統領のスポークスマンで御年70歳過ぎにも関わらず、電話したら「今すぐ行く」。そして実際に十分後に出現する。国家の要人に電話一本で10分で合えるのも凄いが、この後の展開も目まぐるしい。
有能な人はトコトン有能なのだ、あーいう所は。とはいえ、決断と実行の速さは格別で、これはソマリ人の生活習慣が育てた文化的なものらしい。
など国家の要人や、そこから紹介された現地のジャーナリストなどのツテを辿り、また著者ならではの方法で取材対象を広げていく手口にも舌を巻く。つまりはカート(→Wikipedia)だ。これを現地の人と共に楽しみながら、ヨッパライ同士の親睦を深め、その場でホンネを聞き出すのである。とまれ、中盤以降は仕事のためというより、明らかに好きでやってる感じになってるがw
そういった体当たり取材で解明したソマリランドおよびソマリア内戦の実態は、意外性に満ちている。ソマリランドが平和で、南部で戦乱が絶えない理由を、カート宴会で聞き出した場面も、ブッ飛び物の展開だ。原因の一つは、元イギリス領と元イタリア領の違い。イギリスは間接統治で現地の社会を温存したが、イタリアは氏族社会を壊した。そしてもう一つ。
「理由はもう一つある。ソマリランドの人間は戦争が好きなんだよ」
へ? いやソマリランドは平和で、南部ソマリアは北斗の拳状態なんだが?と思って聞き返すと…
「戦争好きなのはソマリランドの人間。南部のやつらは戦争をしない。だから戦争のやめ方もわからない」
すんげえ納得。確かに戦争で最も難しいのは、それを止めることだ。慣れていれば、終戦工作も手馴れているだろう。実際、かつて内戦状態だったソマリランドの終戦工作も、実に手馴れていて見事な手際だった。このあたりは、ぜひ本書をお読みいただきたい。氏族関係が少々ややこしいが、じっくり読む価値がある。
ここで見えてくるソマリ人の社会は、弱肉強食でありながら、本音をあけすけに語る、ある意味まっとうな社会である。いや現実には生き馬の目を抜く油断ならない世界なんだけど。冒頭の引用は、被差別種族のボヤキだが、差別の実態をあからさまに表している。要は、弱いから差別されるのだ。これは先進国ぶっている日本も、実態は変わらない。
聴覚障害者は差別される。だが、私のような極度の近視でも、差別は社会問題にならない。なぜって、この国には近視や老眼の者が沢山いるからだ。眼鏡やコンタクト・レンズという手軽な補助器具も普及しているし。
発想の違いも凄い。ソマリ人は「正義」に拘らない。重要なのは利害である。離婚を巡る議論でも、利害が議論の主題になる。ある意味、功利主義者なのだ。しかも、離婚そのものは責められない。お堅いイスラム社会だと思ったが、意外とサバけてる…と思いきや、ちゃんと現実的な利害勘定があるのだ。
というのも。結婚・離婚を繰り返せば、婚姻を通じたコネが広がるからだ。別の氏族の者と結婚すれば、別の氏族にコネができる。これを通じ、個人では仕事の世話など、氏族全体では休戦の調停などができるのである。
などのソマリランドの実体も意外な事だらけだが、隣の海賊国家プントランドも驚きの連続。著者が海賊稼業を始めようとして見積もり書を作るあたりは、感心しながらも笑いが止まらない。
私も中央アジアやアラブの戦争について、それなりに本を読んで分かったつもりになっていたが、実は全然わかっちゃいなかったことを思い知らされた。ソコがそうなっているには、ちゃんとそうなるだけの歴史と文化と構造と経緯があるのだ。それは、現地に密着して取材しないと、ハッキリ見えてこないのである。
と同時に、アメリカの派兵や自衛隊の海外派遣に対する考え方も、少し変わった。「アメリカは慎重に、自衛隊は積極的に」である。ナニやら矛盾するようだが、詳しくは述べない。是非この本を読んで、あなた自身の頭で考えて欲しい。たぶん私とは違う結論になるだろうが、考え方に影響を与えるのは確実だ。
などと難しい事を考えなくても、著者の破天荒なキャラクターと無謀な冒険だけでも、充分に楽しめるエピソードが沢山つまっている。面白くて考えさせられる、現代日本ジャーナリズムが生み出した傑作。
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