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2015年2月20日 (金)

オラフ・ステープルドン「シリウス」早川書房 中村能三訳

「でも、ちがえばちがうほど、愛する人が美しくなるのですよ」

【どんな本?】

 イギリスのSF作家ウイリアム・オラフ・ステープルドンによる、オールタイム・ベスト級の傑作SF長編小説。人為的に知能を強化されて生まれた犬シリウスと、彼と双子の兄弟同様に育った女性プラクシーを中心に、優れた知性と豊かな心を持つ犬シリウスの生き様を描きながら、彼の目を通した人類の姿を浮き彫りにしてゆく。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は SIRIUS, by Olaf Stapledon, 1944。私が読んだのは早川書房の「世界SF全集 8」で、収録作はステープルドンの「シリウス」とリュイスの「沈黙の惑星より」。この本は1970年4月30日発行。ハードカバー縦二段組で本文約237頁、8ポイント26字×19行×2行×237頁=約234,156字、400字詰め原稿用紙で約586枚。長編小説としては標準的な長さ。今は文庫本が出ているが、入手困難。

 文章はゴツゴツして堅い感じだし、時代が時代なので言い回しも古臭いが、不思議なことに意外と読みやすい。たぶん原文も簡潔明瞭で素直な文章なんだろう。SFといっても仕掛けは「賢い犬を人為的に作る」だけ。「どうやって賢くするか」の部分で科学っぽい理屈が出てくるが、気にしなくていい。むしろ重要なのは犬の習性で、飼った経験のある人ならニンマリする記述が沢山ある。

【どんな話?】

 トマス・トレローンは哺乳類の知能を高める研究の中で、知能の高い牧羊犬を作り出す。トマスはその実験のためにウェールズに家族と共に居を構え、地元の農家に超牧羊犬を売り出し、使ってもらう。当初はケッタイな犬に戸惑った農家だが、トマスの牧羊犬は優れた能力を発揮し、喜ばれる。

 その中の一頭、牡のシリウスは成長が遅く、同じ時期に生まれたトマスの娘プラクシーと、家族同様に育てられる。やがてシリウスは単なる超牧羊犬を超えた能力と意欲を示すが…

【感想は?】

 まさしくオールタイム・ベスト級の傑作。

 さすがに1970年の訳なので文章の言い回しこそ時代がかっているが、その内容は全く古びていない。冒頭で少し出てくる「哺乳類を賢くする方法」はさすがにアレだが、それは仕方がない。この本の真髄は、そうやって生み出された天才犬シリウスの、葛藤に満ちた生き様にこそあるのだから。

 シリウス。本書の主人公である天才犬。ボーダー・コリーとアルザシアン(シェパード)の混血。トマスの実験により、人間並みの知能(と寿命)を持って生まれた犬。

 物語は、彼がトマスの娘プラクシーと共に住み始める冒頭から、自然豊かなウェールズの中で静かに動き出す。普通の犬の寿命は短いが、シリウスは人為的に成長を遅くしてあるので、肉体・精神ともにシリウスはプラクシーと双子同様に育ってゆく。

 この描写の目線は、あくまでも客観的に観察する科学者の目でありながら、シリウスとプラクシーの幼いながらも複雑な心の動きが、細やかに伝わってくる。

 一緒に育つので、両者は互いに強い絆で結ばれながらも、ライバル意識を持っている。犬とヒトの体の構造の違いから、それぞれ違った形で競い合う。トマスの妻でプラクシーの母エリザベスの愛情を巡り、両者がやきもち合戦を繰り広げるあたりは、犬好きなら「うわあ、可愛い!」と悶絶するだろう。

 やがて成長するにつれ、自分の能力と、その孤独を思い知ってゆくシリウス。この世にたった一人の、知性を持った犬。その孤独感は、本書を通してずっと漂っている。

 にも関わらず、この人間が支配する世界の中で、なんとか自分なりの役割を果たしたい、その知性とユニークな立場に相応しい仕事をしたい、そう願い苦悩する彼の姿には、大きく心を動かされる。中でも印象に残るのは、彼が図書館の蔵書に圧倒される場面。

この何百万という印刷物のほとんどに眼をとおすまでは、知識といえるほどのものを得ることはできないのだという素朴な考えに、彼は絶望をおぼえた。

 幸いなことに、知性と愛情豊かなトマス一家に囲まれて育つシリウスは、彼ら同様に強い知識欲と細やかな感情を備えてゆく。と同時に、高い知能を持ったが故の、多くの問題を抱えてしまう。シリウスが思春期から青年期へと成長してゆく中盤は、まんま青春物語として通用しそうな希望と苦悩の物語に仕上がっている。

 シリウスの目を通して描かれる、様々な人々の姿も、人間社会の多様な側面を次々と暴き出してゆく。あまり教養のない農夫でありながら、柔軟な気持ちで優れた管理者の資質を見せるピュー。研究者としての下心を見透かされるマクベイン。貧民街で献身的に人々に尽くす牧師ジェフリー。そして忍び寄る第二次世界大戦。

 当然ながら最も多くの文章はシリウスに割かれているが、彼に関わる人々が抱える葛藤も、この小説の奥行きを深くしている。

 私は牧師ジェフリーが好きだな。深い信仰を持ち、貧しい人々のため懸命に尽くすジェフリー。そのためジェフリー自信は多くの人から敬愛されるが、肝心の布教の成果はいまひとつ。目の前にいて、自分たちの為に頑張ってくれるジェフリーと、いるのかいないのかわからん神様と、どっちを信じる? なまじ「いい人」なのか災いしちゃってるのが可笑しい。

 徹底的に書き込まれた牧羊犬の生活は鮮やかなリアリティを生み出し、愛情を巡る嫉妬や本能と理性の争いなどの細やかな情感と共に、人間社会のどうしようもない矛盾を抉り出し、高い知性を持つが故の喜びと苦しみを存分に描き出した、文句なしの傑作SF小説だ。特に犬好きならハマること間違いなし。

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