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2015年2月22日 (日)

C・S・ルイス「沈黙の惑星より」早川書房 中村能三訳

「セーロニなら、きっとわたしがいま言っているより、うまく言いえるだろう。わたしが詩のなかで言えるよりは、うまくは言えないが」

【どんな本?】

 「ナルニア国ものがたり」で有名なイギリスの作家C.S.ルイスによる、SF風ファンタジイの初期の長編小説であり、三部作の第一部。実業家ディヴァイン・物理学者ウェストンと共に火星に降り立った言語学者ニルウェン・ランサムの冒険を通して、著者のギリスト教的な世界観・価値観を基盤にしたユートピアを描き出す。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Out of the Silent Planet, by Clive Staples Lewis, 1938。私が読んだのは早川書房の「世界SF全集 8」で、収録作はステープルドンの「シリウス」とリュイスの「沈黙の惑星より」(注)。この本は1970年4月30日発行。今はちくま文庫から文庫版で「マラカンドラ 沈黙の惑星を離れて 別世界物語」の書名で出ている。ハードカバー縦二段組で本文約182 頁、8ポイント26字×19行×2段×182頁=約179,816字、400字詰め原稿用紙で約450枚。長編小説としては標準的な長さ。

 さすがに1970年の翻訳なので文体は少し古臭いが、読みにくくはない。SFっぽい仕掛けを使ってはいるが、実質的には異世界ファンタジイなので、特に前提知識も要らない。敢えていえば、キリスト教に詳しければニンマリする場面が多いだろう。

 注:本書では著者名が「リュイス」となっているが、この記事では日本でよく使われている「ルイス」にした。

【どんな話?】

 一人の徒歩旅行を楽しむ言語学者ニルウェン・ランサムは、日暮れ時に宿を求め街道を歩く。やっと見つけた館には、昔なじみのディヴァインと、物理学者のウェストンがいた。ランサムは二人に拉致され、マラカンドラ=火星へと連行される。両名は、「ソーン」なる連中と取引し、ランサムと引き換えに何かを得るつもりらしい。やがて辿りついたマラカンドラ=火星は…

【感想は?】

 ルイスのキリスト教的世界観・価値観が強く出た作品だ。だから、思想的に合わない人も多いだろう。私もその一人だ。よって、この書評は、「そういうバイアスがかかっている」由を明言しておく。

 キリスト教といっても正教・カトリック・プロテスタントと様々だ。私は素人で「どう違うか」は知らない。だから「キリスト教的世界観・価値観」にも色々あるんだろうと思う。ルイスの場合、だいたい三つからなっている。まず、神の実在を信じていること。次に、創造論を信じていること。最後に、科学・工学の進歩や大量生産に反発すること。この三つが当てはまる人には、心地よい作品だろうと思う。

 ロケットで火星に行く話なので、一応はSFの形をしているが、実質的にはファンタジイだ。

 はっきり言って、この人はSFに向かない。作家としての長所を殺し短所を目立たせてしまう。序盤では火星まで宇宙船(らしきもの)で旅する場面が続くが、いくら1930年代の作品とはいえ、かなり描写はお粗末である。素直にファンタジイらしくクローゼットの奥を火星につなげちゃえばいいのに、と思う。

 なまじロケットなんぞを使うものだから、マラカンドラ=火星の描写も、最初は「1930年代とはいえ、いくらなんでも…」と感じる場面が続く。これは火星だと思うから違和感があるんで、話が進むにしたがいマラカンドラ=異世界と感じられるようになり、彼が生み出した風景をじっくりと楽しめるようになってくる。

 この辺がSFとファンタジイの違いの一つで。SFは、「どんな原理でそうなるのか」が重要で、「そうなる」までの過程をじっくり書かなきゃいけな い。ファンタジイだと、「なぜそうなるのか」は脇において、「それでどんな効果があるのか」から物語が始まる。こういう違いが発見できたのが、この作品の 収穫の一つ。

 そう、この人、機械が多い場面を描くのは下手なのだ。反面、天井のない広い風景を描かせると、優れた想像力を発揮する。

 SF云々を抜きにして、小説家としての腕を見ると。初期の作品とはいえ、この作品でも光る場面が多い。冒頭近く、ランサムにウィスキーを出す場面では、悪役の一人で実業家ディヴァインの人物像を、見事に印象付けている。いるよね、そういう困った性癖の奴。かと言ってせかすと、もっと困った事になるんだよなあ、この手の輩は。

 やはり著者の言語学の素養が生きているのが、ファースト・コンタクトの場面。当然、両者共に意思疎通はできないわけで、ランサムが「彼ら」の言語を解析し、学んでゆく所から、物語は俄然面白くなってくる。

 物語全般を通して旅のシーンが多い。始まりもランサムの一人旅だし。マラカンドラにたどり着いてからも、ランサム博士はアチコチを旅して回る。そこで描かれる風景が、この作品の大きな魅力の一つ。全般的に急峻な山に囲まれた谷の描写が多いかな?

 とまれ、やはり作品の主題は、マラカンドラに住む「彼ら」に強く現れている。私としてはプフィフルトリギの出番が少ないのが寂しい。彼らを評して曰く…

「それが彼らの意欲をそそるくらい難しいものだったら、つくってくれます。やさしいものだと、それがどんなに役にたつものであってもつくりたがりませんね」

 うはは。なんか気持ちはわかってしまうw 自分の腕を磨くのが好きなんだ、この連中。

 などを通し、マラカンドラの世界観が読者に伝わった後に来る、物理学者ウィリアム vs 著者の代弁者ランサムの場面は、まさしく圧巻。

 ここでは、ウィリアムの主張を、ランサムが解釈する形で進んでゆく。つまりは唯物論者ウィリアム vs 創造論者ランサムという構図だ。私の考えはウィリアムに近く、著者はランサムに近い。この物語ではウィリアムが悪役だから、そういう味付けがされていて、それが多少気に入らなくはあるが、ここでの会話は、両者の認識の違いを鮮やかに描き出してゆく。

 悪役を割り振られる不満はあるにせよ。それでも「唯物論者が語る言葉を、創造論者はこう解釈するのか!」という発見、ある意味センス・オブ・ワンダーに満ちあふれる緊迫したシーンであり、両者の考え方の絶望的なまでに大きな隔たりを実感させる一幕でもある。

 つまりは根本に、「この世界はどういうものなのか」という、世界認識の違いがあるのだ。論理ってのは、前提があって推論があって結果がある。その前提が完全に違っちゃっているわけで、こりゃもう「半端な話し合いで解決するのは無理だなあ」と、しみじみ思い知らされた。

 キリスト教的な思想が色濃く出ている作品だ。それが好き、または気にならないなら、楽しく読めるだろう。

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