ジュノ・ディアス「オスカー・ワオの短く凄まじい人生」新潮社 都甲幸治・久保尚美訳
どのドミニカ人の家庭にも狂気の愛の物語がある。度を過ぎた愛についての物語だ。オスカーの家も例外ではなかった。
【どんな本?】
ドミニカに生まれ幼い頃に家族で渡米した著者ジュノ・ディアスによる、ドミニカとオタク趣味が詰まった長編小説。ドミニカの血を引きアメリカで育ち、オタク趣味にどっぷりとハマたモジャモジャ頭のデブ男オスカー・ワオの、モテない苦しみに満ちた人生と、彼を取り巻くドミニカ人家族の壮絶な生き様を描く。
2008年ピュリツァー賞小説部門、2007年全米批評家協会賞小説部門受賞。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は The Brief Wondrous Life of Oscar Wao, by Junor Diaz, 2007。日本語版は2011年2月25日発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約395頁に加え訳者あとがき8頁。9ポイント44字×19行×395頁=約330,220字、400字詰め原稿用紙で約826枚。長編小説としては長め。
文章は少々読みにくい。原文を読んでいないので断言はできないが、たぶん原文はもっと読みにくい。理由は四つ。
- 脚注がやたらと多く、かつ長い。主にドミニカの歴史・政治・社会情勢を語っている。単なる補足だと思って読み逃すのはもったいない、というか、この小説のテーマに深く関わっている。
- アメリカの特定世代のオタクにしか通じない固有名詞がうじゃうじゃ出てくる。ロール・プレイング・ゲーム、コミックス、SF映画、ファンタジイ小説などのネタが大半。
- この作家のクセだと思うのだが、章の出だしは暫く誰が主人公かわからない。また、語り手も暫く登場しない。気の短い人は少しイライラするかも。
- ルビが多い。恐らく原文はドミニカ訛りのスペイン語だろう。
つまり、元はもっと読みにくい文章を、訳者が工夫して意味が通じる程度にわかりやすくしたわけ。それにより味が少々変わったのは事実だが、元のテイストをそのまま出したら、ほとんど意味不明になっていたと思う。
【どんな話?】
オスカー・ワオ。筋金入りのオタク。ブクブク太り、メガネをかけて、モジャモジャ頭。彼のモテ季は7歳で終わり、二度と訪れなかった。だが、そこらのオタクとは少し違う。なんたって、ドミニカの男なんだから。現実の女に恋をして、果敢にアタックするのだ…まず巧くいかないが。
【感想は?】
アメリカのオタクの生活を書いた小説だと思ったが、それだけじゃない。
当然ながら、アメリカのオタクが置かれた悲惨な状況は、これでもかというぐらい繰り返し描かれる。日本にもスクール・カーストはあるが、アメリカはもっとあからさまだ。スポーツマンやイケメンが上位に居座り、オタクは最下位に沈みっぱなし。
しかも、ドミニカの血が更に彼を苦しめる。ドミニカの男が童貞のまま死ぬなんてありえないのだ。彼の周囲もソレを期待するし、彼も熱意マンマンである…ただ、どうしたって巧くいかないだけで。
オスカーはあるセクシーな黒人娘(セレナ)に言った。もし一緒にゲームに参加してくれたらカリスマポイントを18あげるんだけど!
うおお、耳が痛い。にも関わらず、このしょうもないオスカーに、友人の種馬男がアドバイスするが…
僕はありのままでいくよ。
そのありのままが最悪なんだろうが。
これも耳が痛い。とはいえ、不器用ながらも、オスカーは果敢なアタックを繰り返す。この根性だけは見習いたい。フラれる度に落ち込み鬱陶しい姿を晒すが、それでも暫くしたら立ち上がって下手なアタックを繰り返すあたりは、不屈のヒーローを見ている気分になる…ほんの、少しだけ。
彼の家族も、なかなかに強烈な人ばかり。姉のロラは気が強い男勝り。背は高く足が速い。リーダーシップにも溢れていて、大学じゃアチコチのグループの頭を務めている。ドミニカ娘らしくスタイルもよく脚も綺麗なんだが、胸だけは残念。
彼の母ベリも、気の強さは相当なもの。働き者で、いくつもの仕事を掛け持ちしている。肌は黒いが、胸は娘と異なり立派なもの。この肌の色、ドミニカでは大きな意味を持っているし、ベリの運命にも大きく関わってくる。ベリとロラ、母と娘が衝突する第2章「原始林」は、なかなかの迫力。
完璧なドミニカ人の娘とは、単に完璧なドミニカ人の奴隷というのをよく言いかえたにすぎない。
であると同時に、序盤では単なるオタクの話と思われてきたストーリーに、次第にドミニカの歴史と風俗が忍び寄るのも、第2章から。やたらと頑固な母ベリが育ったドミニカとは、どんな土地だったのか。この物語の影の主役、またはゲームマスターであるラファエル・レオニダス・トルヒーヨ・モリナ(→Wikipedia)の気配が、次第に漂ってくる。
そして物語は、オスカーの祖父母の代へと遡ってゆく。それまでは気配だけだったトルヒーヨが存在感を増し、ニンジャよろしく静かに忍び寄ってくる。当事のドミニカの息詰まる暮らしを描く本文もいいが、307頁の脚注も凄い。
マリオ・バルガス・リョサの「チボの狂宴」に触発されて書かれた作品でもあるこの小説、確かに「チボの狂宴」とは違う視点でドミニカを描いている。「チボの狂宴」がトルヒーヨなど支配者の目線で描くのに対し、この物語は支配される者の目線で、当事の、そして現在まで続くドミニカ社会を描くのである。
厳しい弱肉強食のアメリカ社会、更に激しく血が飛び散り欲望が渦巻くドミニカの社会と歴史。それを受け継ぐ若い世代の移民二世たち。現代を象徴するオタクを主演にしながら、移民の国アメリカが持つもう一つの側面に光をあてた、現代アメリカならではの長編小説。
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