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2015年1月18日 (日)

マシュー・ハート「ダイヤモンド 輝きへの欲望と挑戦」早川書房 鬼澤忍訳

「ときには、石を扱う際の判断の自由が大きいほどその価値が増す。全世界の人々が原石の価格を知っているとしたら、それは研磨された石の売り主にとって必ずしも有益な状況ではない」
  ――ウェイク・ウォーカー

「私はデビアスが嫌いだ。だが、彼らが事業をやめてしまったら、突然デビアスがなくなってしまったら、このオフィス全体を、ここにあるすべてのものを私はあなたに譲るだろう」
  ――アントワープのあるディヤマンテール

 デビアスは、次のようなやり方でカルテルを運営していた。原石の価格が低いときは、市場に出す原石の量を抑える。そして、市場の在庫がはけて商品がどうしても必要になると、再び原石を放出する。

「ダイヤモンドは永遠の輝き」
  ――1948年、広告代理店N.W.エアのコピーライター、フランシス・ゲレティー

【どんな本?】

 多くの人を魅了するダイヤモンド。それは、どんな風に地中で生成され、どのように地上に現れるのか。どこでどのように採掘され、誰がどのように仲介し、どう加工され、どう市場に現れるのか。ダイヤモンド鉱床を、どうやって見つけるのか。有名なデビアスは、いつ、どこで、どのように成立し、今はどんな役割を果たしているのか。悪名高い「戦争ダイヤモンド」とは何か。

 華麗な輝きに隠されたダイヤモンド業界の歴史と、その中で支配者として振舞うデビアス社、それに対抗する様々な勢力、そして市場と技術と世論がもたらしつつある業界の大きな変化を、ニューヨークのダイヤモンド専門誌《ラパポート・レター》の記者が、現場で活躍する人々への取材を通して描く、エネルギッシュなドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は DIAMOND - The History of a Cold-Blooded Love Affair, by Mathew Hart, 2001。日本語版は2002年8月31日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約321頁に加え、鉱物科学研究所理学博士の堀秀道による解説5頁。9ポイント45字×19行×321頁=約274,455字、400字詰め原稿用紙で約687枚。長編小説なら少し長めの分量。

 日本語は比較的にこなれている。内容も特に前提知識は要らない。敢えていえば、世界各地の地名が出てくるので、世界地図か Google Map が使えると便利だろう。本書の冒頭に世界地図があるけど、一部の地名は載ってないので。

【構成は?】

  • 1 ラージ・ピンク
  • 2 ダイヤモンドの海
  • 3 中王国
  • 4 長い追跡
  • 5 バレンランズのダイヤモンド・ラッシュ
  • 6 古いカルテルの終焉
  • 7 欲望の製造
  • 8 盗品
  • 9 ダイヤモンド戦争
  • 10 カット師
  • 11 ロージー・ブルー
  • 12 ドグリブ族の土地
  •  謝辞/解説/参考文献

 全般的に前の章を受けて次の章が展開する構成だが、内容的は比較的に各章は独立しているので、興味のある部分だけを拾い読みしても、大まかな話は掴める。

【感想は?】

 いわゆるギョーカイ物だ。全般的に、ダイヤモンド業界に好意的な内容だと思う。

 同じ早川書房のハヤカワ文庫NFでエドワード・J・エプスタイン「ダイヤモンドは永遠か?」という本が出ていたが、あれに比べると、語り口はかなりソフトだが、暴露的な内容も沢山含んでいる。あ、もちろん、消費者がダイヤモンドを買う際の参考には、あまりならないので、そのつもりで。

 流通面としては、鉱床の発見・開発・採掘から始まり、原石の分類・仲買い・カットまでを扱っている。小売店から消費者までの流れは、ほとんど書いていない。科学的には、ダイヤモンドの生成から分布、地表に出てくるまでの地質学的な知識から、鉱床を見つける方法や、それに群がる者たちの話まで。

 歴史的な話も多く、有名なホープ・ダイヤモンド(→Wikipedia)の由来はもちろん、デビアス創立の経緯も詳しく書いてある。やはり巨人デビアス社は本書を通じて大きな存在感を示し、あらゆる章でなんらかの形で関わってくる。

 なんたって宝石だ。見てくれが命である。考えてみれば当たり前なのだが、価格は結構人為的にようだ。なにせ「それぞれが二つとないものだからだ」。という事で、本書の登場人物の大半は駆け引きのツワモノばかりである。

 色と重さが重要なのは当たり前だが、かなり博打なビジネスでもある。「カットしたときに色が消えてしまう可能性があることだ」。石の中には細かいひび割れある。カットする際は、ひび割れが目立たないようにしなきゃいけない。水が入った気泡もあり、下手に研磨すると熱で水が膨張し爆発してしまう。

 という事で、大きく質のよい原石の場合は、どうカットするかで会議になったりする。「10 カット師」は、ギリギリの状況でカット師が慎重に仕事を進めるスリリングな場面が味わえる。

 対してダイナミックな山師の活躍が楽しめるのが、「4 長い追跡」「5 バレンランズのダイヤモンド・ラッシュ」。あの華麗な輝きとは対照的に、こちらは一発当てようとするベンチャー企業の凄まじい資金調達法から、技術を駆使した鉱床の探索、そして極寒の地で繰り広げられる陣取り合戦と、ワイルドな場面がいっぱい。

 スキャンダラスな話は沢山あるが、最もおぞましいのが「8 盗品」と「9 ダイヤモンド戦争」だろう。あの手この手でダイヤモンドを盗もうとする鉱夫と警備のいたちごっこは可愛らしいが、ロシア産ダイヤモンドの横領の話は「大統領ボリス・エリツィンにまでおよんでいた」というから呆れる。

 どうでもいいが、この汚職を追うロシアの刑事ヴィクトル・ジロフ少佐は、月村了衛の「機龍警察 暗黒市場」を読んでいると、実に感慨深い。まさしく痩せた猟犬なのだ、ジロフ少佐は。横領用にサンフランシスコで作った企業ゴールデンADA。F共同で捜査する事になったジロフを、FBIのジョー・デイヴィッドは信用しない。ロシア警察は汚職で有名だからだ。

そのロシア人を知るにつれ、誠実な男だと確信するようになった。一例をあげると、ジロフは毎日同じスーツを着ていた。それしか持っていないようだった。また、昼と夜に金のかからない簡単な食事をとり、FBIから出る毎日の食事代をポケットに入れていた。

 と、バディ物の刑事映画そのこのけのストーリーが展開してゆく。映画化したら映えるだろうなあ。

 続く「9 ダイヤモンド戦争」は、ゲリラの暗躍より、その流通にテーマを絞っている。有名なのはシエラレオネだが、この本の主な舞台はアンゴラ。ここでの焦点は、血にまみれた原石を、いかに洗浄するか。

1996年、合衆国地質調査部によれば、リベリア国内の鉱山で産出された原石の総量は、15万カラットだった。ところがその年、リベリアはベルギーに1230万カラットの原石を出荷したのだ。

 周辺国から進まれたり、非合法に採掘されたダイヤモンドが、リベリアでロンダリングされてたわけ。他にも、ダイヤモンド業界特有の特殊な取引き方法を使ったロンダリング手段も幾つか紹介している。デビアスはロゴの刻印などで対応しているが、ロシアやカナダの鉱山の開発により業界内のシェアでは劣勢になりつつあって…

 丁々発止な仲買人たちの取引、博打の面が強いダイヤモンド原石の価格、傲慢なデビアスの取引方法、原石を盗もうとする鉱夫の知恵、既存の業界のスキを突いて急成長するインドのダイヤモンド・ビジネス、そして戦争ダイヤモンドの流通経路など、読み所は多い。

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