ポール・ジョンソン「アメリカ人の歴史 Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ」共同通信社 別宮貞徳訳 5
アメリカの(ヴェトナムへの)介入は七代の大統領にわたっており、一連の判断が、よかれと思って下されながらすべて誤っていたというたぐいまれな事例だった。
――第八部 「いかなる犠牲をも払い、いかなる重荷をも担う」1968年4月3日、メンフィスで過酷なごみ収集に携わる人たちのストライキに参加して、予言めいた最後の演説を行なう。「われわれの前には困難な日々が待ち受けている。しかしそんなことは私にはどうでもいい。なぜなら私は山の頂にいるからだ」。翌日、(マーティン・ルーサー・)キングは暗殺された。
――第八部 「いかなる犠牲をも払い、いかなる重荷をも担う」
ポール・ジョンソン「アメリカ人の歴史 Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ」共同通信社 別宮貞徳訳 4 から続く。この記事はⅢ巻の後半、第二次世界大戦から1997年までが中心。
【全般】
今までは小さな政府で成長を続けたアメリカは、福祉政策の重視や軍事費の拡大などで、次第に大きな政府へと変わってゆく。マッカーシーの赤狩りなどの騒動を抱えながらも、公民権運動などで建国以来の棘を抜き、元気いっぱいの青年が思慮深さを期待される壮年に成長するのである。
歴史に疎い私にはイマイチ分かりにくかった著者の保守的な姿勢が、この巻では実にあからさまになってゆく。わかりやすいのが大統領の評価だ。貶しているのが民主党のケネディ,ジョンソン,カーター,クリントン。同情的なのが共和党のフォードとブッシュ,ベタ誉めしてるのがニクソンとレーガン。
つまりリベラルが嫌いで伝統主義者が好きなのだ、この著者は。
これは政治姿勢ばかりでなく、宗教も同じで。「アメリカで犯罪が増えたのは宗教、特にプロテスタントが衰退したためだ」と臆面もなく主張している。現代日本の犯罪率を知らないんだろうなあ。
今までは合衆国国内の話ばかりだったのが、朝鮮・キューバ・ベトナム・イラクと、現代の世界情勢そのものになっているのも、この巻の特徴。それだけ、アメリカの存在感が増したということだろう。
初心者には向かないのは相変わらず。例えばJFKは普通「ジョン・F・ケネディ」で弟はロバート・ケネディ」と表記するが、本書では「ジャック」「ボビー」で通している。
【第7部 「恐れるものは恐れのみ」 1929―60年】 続き
まずは第二次世界大戦の補足から。ここで示されるアメリカとソビエトの体制の違いが対照的。合衆国軍を率いたのはジョージ・C・マーシャル、欧州戦線を指揮したのはドワイト・D・アイゼンハワー。
ふたりとも戦略家で、組織する人、訓練する人、調整する人だった。意思決定という政治的手続きと、政策に応じた軍事行動との間に明瞭確固たる区別を設け、しかもそれを守りとおすことができた
と、政治家と軍人が互いの役割をハッキリと区別し、相手の領分に口を出さず出させずを貫いたわけ。対するソビエトはすべてを支配したがるスターリンが、優れた野戦指揮官ジューコフとコーネフを操った。アイゼンハワーはベルリンへの突撃を断念したが、赤軍はポーランドなどの東欧を蹂躙する。どっちがよかったんだか。
戦後はヨーロッパ復興のマーシャル・プランに「およそ130億ドル」を費やすが、「1947年第二四半期にはアメリカの対外黒字が年間125億ドルに達する勢いとなった」。日本の復興には全く触れてないのが悔しい。
NATO調印に先立ち、1948年にイスラエル独立・第一次中東戦争が勃発。このあたりは「おおエルサレム!」に精しいが、アメリカの支援がなければイスラエル建国はなかっただろう。米国内でも激しい議論があったようで、「石油業界からも激しい反対の声があがった」。当然だろうなあ。
そして「コールデスト・ウィンター」朝鮮戦争。「この戦争は高くついた」。
アメリカの犠牲者は、戦死者が33,629人、非戦闘での死者が20,617人、負傷者が103,284人(略)韓国軍の死者は415,000人、北朝鮮軍の死者はおよそ52万人を数えている(中国軍の死者数は一度も公表されていないが、25万人を超えると信じられている)。
数字をみる限り、主戦力は韓国軍だよなあ。でも韓国視点の朝鮮戦争の資料は手に入りにくいのが辛い。
保守的な著者もさすがにマッカーシーは庇えぬらしく、「自分に注意を集めようとした政治屋」とバッサリ。
【第八部 「いかなる犠牲をも払い、いかなる重荷をも担う」】
ついに着ました激動の60年代。ここでは、まずラジオ・テレビ・新聞などメディアが政治に強い影響を与え始めた事を強調している。しかも、「かつては刊行物の政治的方向性をかなり詳しく決めていた社主の面々が退場し、かわって、実際に仕事をするジャーナリストがその権限を手にしたのである」。
特にその利用に長けていたのがケネディで、大統領選でのニクソンとのテレビ討論の様子は、ケネディへの嫌味タップリに描いている。そのケネディ暗殺については王道の解釈で、オズワルド単独犯説。
デイヴィッド・ハルバースタムの「ベスト&ブライテスト」では合意形成型と評されたリンドン・ジョンソン、ここでも「こんなに議会を思いどおりに操作するのがうまい大統領はほかにひとりとしていない」と、話し合って協調を作り出す能力は認めている。他は罵倒ばかりだけど。
ベトナム戦争のせいで、他国からは散々な評価のジョンソンだが、内政じゃいい仕事してると思う。二期目には貧困の撲滅を目指し、1964年の公民権法・1965年の投票権法の他に、老齢者医療保険制度・国民医療保険制度・老人法・包括住宅法・公共輸送法…と、貧しい者に厚い政策を次々と実現している。それに対し著者は嫌味ネチネチだが。
ヴェトナム戦争への著者の姿勢は、一言で言えば「手緩い」。「参戦してしまったからにはその立場の論理に従って、北を占領することで攻撃に応えるべきだった」。まあ、政治家の余計な口出しで前線が苦労した戦争だし。
先にケネディの大統領選で大きな役割を果たしたテレビが、ヴェトナムでも国内世論を変える。テト攻勢(→Wikipedia)だ。軍事的には北の惨敗だが、テレビの報道がアメリカの世論を厭戦に傾く。世論に敏感な議会は次第に力を増し、アメリカは逐次の撤退を余儀なくされる。
ヴェトナムで発揮されたメディアは、次の大統領ニクソンも退陣へ追い込む。ウォーターゲート事件(→Wikipedia)だ。著者曰く「この件について何も知らなかったニクソン」。第四次中東戦争で危機に瀕したイスラエルをなんとか救うが、オツリが大きかった。石油ショック(→Wikipedia)である。
石油輸出国機構OPEC)は原油を1バレルあたり11.65ドルに値上げする。戦争前より387%高い価格である。
…って、安い!少し前は1バレル90~100ドル、2014年末から値下がりしてもバレル50~60ドル前後。そりゃ日本の景気も悪くなるよ。
ニクソンを持ち上げる著者、次のカーターには辛らつ。イスラエルとエジプトを仲介したが「例外中の例外」。いや東欧諸国にラジオを配り東欧崩壊のお膳立てもしてるんだけど。
次のレーガンには好意的。「最高税率を50%に引き下げ、(略)キャピタルゲイン税、相続税、贈与税の引き下げ」って、典型的な富裕層優遇じゃん。結果…
理論では1986年までに予算を280億ドルの黒字にするはずだったが、実際には五年間で1兆1930億ドルの累積赤字が発生する。
でも防衛費は増額。「1979年には1193億ドル(略)83年には2099億ドル、86年には2734億ドル」。そして政権はジョージ・ブッシュに引きつがれ、イラク戦争へ。ここでは第二次世界大戦と同様に、分を弁えた軍人が鮮やかな(だが見地によっては詰めの甘い)決着を見せる。
アメリカ軍司令官ノーマン・K・シュワルツコフ将軍と統合参謀本部議長コリン・L・パウエル将軍の勝利だった。しかしふたりとも、バグダッドに侵攻してフセインの軍国主義的独裁国を無理やり民主主義に変えたいとは望まなかった。それでは、国連から承認された完全に軍事的な作戦を、「政治」にまで拡大することになると考えたからである。
まあ、もともと、クウェート奪回が多国籍軍の目標だったし。
この本の最後の大統領ビル・クリントンも罵倒の嵐。でも「赤字がGDPの4%から2.4%(1993年の2550ドルから94年の1670億ドル)に圧縮」。
文化面では、宗教の衰えに危機感を募らせている。
アメリカの主立ったプロテスタント教会、いわゆる「セヴン・シスターズ」――アメリカ・パブティスト教会、クリスチャン・チャーチ(キリストの使徒教会)、聖公会、アメリカ福音ルーテル教会、アメリカ長老派教会、合同キリストの教会、合同メソディスト教会――がとりわけ影響を受けている。
いすれも歴史ある会派で、世俗化で社会に溶け込むつもりが逆効果。
「セヴン・シスターズ」全体では、1960年から90年までの30年間に、信徒の1/5ないし1/3が教会を離れた(略)。対照的に、1890年以来ずっとアメリカ最大の宗派だったローマ・カトリック信徒は、1990年代半ばには6000万人をこえ…
とあるけど、カトリックはヒスパニック系の移民が増えたためでは? プロテスタントは平均年齢も「1983年には50歳だったのが、1990年代には約60歳となり、子どもたちを信徒にできなかった」。が…
宗教財団や宗教目的に対する無条件の寄付は相変わらず莫大で、1994年には588億7千万ドル(略)これに比べると、教育への寄付167億1千万ドルははるかに少ない。
著者は犯罪の増加の原因を、宗教の衰えと家庭の崩壊にしてるけど、教会に寄付するより児童福祉にあてろよ、と思っちゃうなあ。
【終わりに】
通して読むと、著者の保守的な姿勢が強く出た本だったなあ、と思う。その分、思想的・政治的な偏りがわかりやすいので、読者は著者のバイアスを意識しながら読むことになる。歴史教科書というより歴史・政治評論書とするべきかも。繰り返すが、初心者には向かんです。保守系の人は、特にⅢ巻が読んでて気分がいいかも。
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