ジョー・ウォルトン「図書室の魔法 上・下」創元SF文庫 茂木健訳
わたしには図書室があり、図書館があり、そして読書クラブがあった。これだけあれば、ほかのすべては我慢できるだろう。
【どんな本?】
「ファージング」シリーズで大人気を博したイギリス出身でカナダ在住のSF・ファンタジイ作家、ジョー・ウォルトンによる、青春長編ファンタジイ小説。ウェールズの田舎からイングランドの全寮制女子校に放り込まれた少女モリが、故郷で身につけた魔法と大好きな本に支えされて過ごす学園生活を綴った日記形式の小説。
ヒューゴー賞・ネビュラ賞・英国幻想文学大賞受賞。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は Among Others, by Jo Walton, 2011。日本語版は2014年4月30日初版。文庫本で縦一段組み、上下巻で本文約289頁+261頁に加え、堺三保の解説7頁+「本書で言及される作品一覧」なんと11頁。8.5ポイント41字×17行×(289頁+261頁)=約383,350字、400字詰め原稿用紙で約959枚。上下巻の長編小説としては標準的な分量。
文章はこなれている。内容も特に難しくない。堺三保の解説はネタバレもなく、この小説の背景として知っておいた方がいい事情を親切に解説しているので、できれば先に読んでおくと役に立つ。
【どんな話?】
ウェールズで生まれ育った少女モリ。事故で最愛の双子の妹を失い、自らも足に障害を負った。悪意に満ちた母を逃れ、一度も会ったことのない実父を頼ったが、三人の伯母に全寮制のアーリングハースト校へ追いやられてしまう。慣れぬイングランド、しかも全寮制学校への途中入学。だが幸いにも安息できる場所を見つけた。図書室だ。
【感想は?】
憧れの女子高生活。
などとけしからん考えを抱いて読み始めると、そういう意味では全く男性読者に媚びてない。が、別の意味で、多くの読者の共感を呼び覚ます作品。
なにせ主人公のモリが、大変な読書家。下巻の末尾にある「本書で言及される作品一覧」だけで11頁におよぶ。その多くが、当時(1979年~80年)に有名だったSF・ファンタジイ作品なので、嬉しいったらありゃしない。いやもう、あの頃はSFを読んでる人なんて滅多にいなくて、どれほど寂しい思いをしたことか。
そういう人にとっては、「そうだ、そうなんんだよっ!」と叫びだしたくなるような台詞や記述がてんこもり。日本だって今でこそ円城塔や伊藤計劃が人気を博しているが、昔はSFが数段下に見られてて、「士農工商犬SF」などと自嘲してたり。若い人も大変で…
「うちの親父なんか、SFは子供の読み物だと決め付けてる」
ああ、そうだ、そんなんだよ。ヴォネガットもハインラインも読んでないくせに、「んなもんくだらない」と決め付けてるんだ。うがあ~~! …などといいう想いを、ぴったり見事に言い当ててくれるし。
SFを読んでいると、今まで想像すらしていなかったような視点を提示されることで、新たな考えが広がってゆく。
これは別に大人だけの話ではなく、同じ世代の同級生も似たようなもので。おまけに、お上品なイングランドの学校に田舎のウェールズから来たお上りさんだし、既に派閥が出来ている学園に後から来た新入りでもある。かくして、学園でのモリは孤立へと追い込まれてゆく。その支えとなるのが、故郷ウェールズで覚えた魔法と、大好きな本。
となれば、可憐な文学少女を思い浮かべるかもしれないが、意外とモリは図太い。冷静に派閥を見極め、またイングランド女学生の社会構造の力学まで分析している。このあたりは、「ファージング」でも見られた、著者のイングランドに対して抱く愛憎半ばの想いが伝わってくる。
ここはディアドリを、もちっと贔屓してあげて欲しかったなあ。センスいいじゃないか、「銀河ヒッチハイク・ガイド」なんて。なによりアイリッシュだし(私はアイルランド贔屓なのだ)。
が、しかし。幸いにして、モリには同志が見付かった。図書室と図書館をきっかけとして、すこしずつ彼女の世界が広がって行く。ここで描かれる、当事のSF・ファンタジイ読みの世界・会話が、これまた悶絶物の楽しさ。ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアが最初に登場する所で「彼」とされてるあたりで、「おお!」と思ったり。
ハインラインについて、彼の思想を云々するあたりとかは、「うんうん、そうだよなあ」と思わず頷く場面。「宇宙の戦士」しか知らないと、そう思っちゃうよなあ。かと思ったら、「異星の客」なんかを書いちゃう人だし。こういう話が出てくると、思わず一席ぶちあげたくなるから困るw
見慣れぬ街に来て、まず本屋・古本屋を探したり、人の部屋に入ったらまず書棚を見たり。本好きには当たり前の行動だけど、世間的にはアレだろうなあw まあ、そんなもんです。図書館に行って、すぐに図書館相互貸借制度を見出すあたりも、なかなか。
この制度は日本にもあって、私も時おり便利に使わせてもらっている。実にありがたい制度です、はい。要は地元の図書館に置いていない本を、他の図書館から融通して貰う制度で、大抵の本なら見付かる。
などの手段を駆使して、主人公のモリはひたすら本を読み漁り、仲間と討論しまくる。出てくる書名だけで、おなか一杯。マイクル・コーニイの「カリスマ」とかロバート・シルヴァーバーグの「内死」とか、読み逃した本が出てくると、もう悔しくてね。主人公の危機を救うのが、読みかけの「バベル-17」だったり。わはは。
と同時に、年頃の女の子らしい悩みも色々と出てきて。本を沢山読んでいるだけあって、耳年増にはなっているものの、いざわが身に降りかかってくると…。こういったあたり、腐女子ならもっと共感できるんだろうなあ。あ、ちなみに、著者も少し腐ってます。
どちらかと言うとSFよりファンタジイ寄りの作品が多く、「指輪物語」が大きな影響を持っているのも、この時代ならでは。フェアリーが見えたり、魔法が使えると主張するあたりは、痛い子なのか幻想なのか。彼女の母親との関係を考えると、これはこれでなかなか重要な要素だと思うのだけど、結局私は巧く読み解けなかった。
でもまあ、いいじゃないですか。私の好きなSF作品が次々と出てきて、あの年頃らしい辛らつな評がされるだけで、なんかこう切ない痛みが沸きあがってくる。かつて孤独だったSF・ファンタジイ好きには、文句なしにお勧めの作品。
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