種村季弘「贋作者列伝」青土社
私は贋作者でもなければ詐欺師でもない。私は模写したことは一度もない。常に再建していただけだ!
――映画化された贋作過程 アルチェオ・ドッセナ「馬鹿者どもが!」
取調中を通してエゴセントリックなまでに強情な表情を崩さなかったファン・メーヘレンは、口を開くとほとんど傲岸不遜に高飛車な口調になった。
「馬鹿者どもが! 私があの国家的美術財を敵に売っただと! とんでもない、あれは私が描いたのだ」
――愛国者 v.s. 贋作者 ハン・ファン・メーヘレンⅠ
【どんな本?】
オットー・ヴァッカーの贋ゴッホ事件、聖マリア教会の壁画、サイタファルネス王の王冠、古の巨匠の新作を創りだす男、ヘルマン・ゲーリングをコケにした肖像画家。主にドイツを中心として、世を騒がせた有名な贋作事件中から、皮肉な顛末を辿ったものを取り上る、愉快な西洋美術エッセイ。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
初版は1986年。その後、「模作と贋作の対話」を加えて1992年5月20日に青土社版から第一刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約269頁+あとがき6頁。9ポイント47字×17行×269頁=約214,931字、400字詰め原稿用紙で約534枚。長編小説なら標準的な分量。
やや文体は古いが、特に読みにくいほどではない。西洋美術の話ではなるが、読みこなすのに特に前提知識も不要。必要な事柄は、すべて本文中に書いてある。リラックスして楽しみながら読もう。ただし、基本的に詐欺の話なので、少々込み入っている部分はある。
【構成は?】
終盤のハン・ファン・メーヘレン以外は全て独立しているので、面白そうな所だけを拾い読みしてもいい。
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【感想は?】
やっぱり詐欺の話は面白い。
特に、この本に収録した話は、偉そうな立場の人が一杯食わされる話が中心だ。それがまた、私のように無名な貧乏人にとっては、ウサ晴らしになって気分がいい。ええ、ひがんでます、はい。
「贋作者列伝」という書名だが、心底からの贋作者は少ない。むしろ、「自分の作品」を作っているつもりが、気がついたら贋作者になっていたパターンが多いのも楽しい所。特に好感を持っちゃうのが、「贋作を作らなかった贋作者」のベッピ・リフェッサー。南チロルに住む彫刻家である。
先祖から伝わった手法で彫刻を生業としていたリフェッサー、たまたまドイツ旅行でミュンヘンに来たときにニュースを見かける。そこで「14世紀ブルグント王国のさる彫刻家」として話題になっている作品は、どうみても、ついこの間、自分が作ったマドンナ彫刻だ。どうなってんだ?
リフェッサーは画商ヨーゼフ・アウアーに350マルクで売った。それが何人かの手を渡り歩き、今はウィーンの国立オークション・ハウスのドロテーウムで、落札価格6万マルクに膨れ上がっている。
ちなみに1マルク約58円ぐらいらしい(→教えて!Goo)
これは訴訟にまで発展したが、リフェッサーの証言でアッサリ決着がつく。「14世紀のゴシック彫像ならヒマラヤ杉を使っているはずで、彼の自作がそうであるようにカスターニエンを使っていないはずだ」。をーい、材質ぐらい調べておけよw
これを仕掛けたのは、ヨーゼフ・アウアー。だが彼は、あまり儲けていない。転売時の金額は5千シリング(約5千マルク)。ウィーン警察に逮捕連行されたアウアーは、あっさり容疑を認め全てを白状する。曰く「ウィーンの専門家たちを笑い物にしたかった」。
かつてイタリアでセリ落とした高価な彫像二体にドローテウムの鑑定家たちから「コピー乃至贋作」のレッテルを貼られて、莫大な損害を蒙ったのを根に持っていたのだ。
捕まらなきゃ丸儲け、捕まったところで連中の面子は潰せる。なかなかしたたかな奴だ。この手口のキモは、ドローテウムのお墨付きが価格に反映している点。一流のオークション・ハウスともなれば、カタログに載っただけでハクがつくのである。これを巧く使ったのが、フェルナン・ルグロ。
手持ちの贋作をパーク・バーネットのオークションに出す。売れりゃ丸儲けだが、売れなきゃ自分で買い戻す。一割の手数料を取られるが、カタログには載る。これが鑑定書代わりとなり、ハクがつく。1963年・34年には日本にも来て、国立西洋美術館他で9千万円以上も荒稼ぎしてる。
連中の手口はあくどい。古本屋から美術の稀覯を仕入れる。収録の作品写真が取り外しできるよう軽く糊付けしてあれば、作品のコピーを作って写真を取り、本の写真と差し替える。これで来歴ができるから、カモに見せればいい。
「映画化された贋作過程」のアルチェオ・ドッセナも、なかなか皮肉。イタリアの小都市クレモナで生まれ育った石工。仕事を求めイタリア各地を渡り歩き、同時に各地の残るホンモノを見て回り、古の巨匠の芸を身につける。これに目をつけたのがアルフレド・ファソーリ&ロマーノ・パラッツィ。ソレっぽい来歴をデッチあげ、荒稼ぎする。
この事件が特異なのは、ドッセナは模造してない点。古の巨匠の芸を真似た、新作を作ったのだ。ジミヘンのフォロワーで有名なロビン・トロワーみたいなモンか←わかんねーよ。 だが、取り分の少なさ(なんと1%前後)に不満を抱き、弁護士事務所に駆け込み、告発する。
彼の告白は大騒ぎを巻き起こし、美術界では激論が交わされる。ドッセナの芸の見事な所は、幾つもの多様なな年代・芸風をモノにしている事。中には強情な人もいて…
イタリアには数百年来贋作者を養成する秘密の学校があり、「ドッセナはその頭目だったのだ」
虎の穴かいw 最終的に、ドッセナの制作過程が映画化されるに至り、美術界は彼の言い分を認めざるを得なくなる。以後、ドッセナはイタリア美術界の巨匠となり、国内外からひっきりなしに仕事が舞い込み大繁盛しましたとさ。そりゃなあ。今、ジミヘンそっくりに弾けるギタリストがいれば、大人気間違いなしだろうなあ←しつこい
冒頭の2番目の引用、ハン・ファン・メーヘレンも浮き沈みが激しい。第二次世界大戦後、オーストリアの塩抗からゲーリングのコレクションが見付かる。中の一つはオランダの画家フェルメールの作品だ。売買記録から浮きあがったのが、オランダの美術商メーヘレン。ナチに蹂躙されたオランダで、メーヘレンは国家の財産をナチに売った売国奴として裁かれる。
そこで冒頭の台詞だ。一転、メーヘレンは国民的英雄になる。ゲーリングのクソ野郎に一杯食わせた愛国者というわけだ。ところが、話はこれだけじゃ終わらず…
美術品は何かの役に立つわけじゃない。だから、機能は問題にならない。「オリジナルである事」に特別な価値がある。贋作者や詐欺師はそこにつけこみ、様々な策を弄する。ある者は金のために、またある者は復讐のために。かと思えば、ベッピ・リフェッサーのように、単に自分の技能に従って作品を生み出しているだけの人もいる。
一見、近寄りがたい教養本のように見えて、実は人の情念とコン・ゲームが詰まった、楽しい読み物だった。
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