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2014年12月21日 (日)

ピーター・J・ベントリー「家庭の科学」新潮文庫 三枝小夜子訳

 科学に背を向けることは、好奇心の扉を閉ざし、「なぜ?」と問いかけるのをやめることを意味する。科学は、私たちが周囲の世界を理解する最善の方法である。科学とは、機械でも技術でもなく、「私は、十分な証拠によってその正しさが裏付けられたことしか信じない」と主張する人間が用いる、単純でシニカルな方法にすぎない。

長い髪にチューインガムの塊がついてしまった場合には、氷で冷やして割るのが最も簡単である。頭皮に近いところについてしまった場合、後頭部についてしまって手が届かない場合、あるいは、ガムの上に座ってしまい、衣服の繊維の間に入り込んでしまった場合には、油か、油を含む製品を使ってガムを溶かせば、すぐに取り除くことができる。
  ――9:30 べとべと チューインガムが髪にくっつく

【どんな本?】

 なぜシャンプーや石鹸はすべりやすいんだろう? なぜ禿げるんだろう? 牛乳を長く放置しておくと腐る。だがチーズやヨーグルトも牛乳を発酵させたものだ。何が違うんだろう? 瓶の口から指が抜けなくなったら、どうすればいい? 火傷のあとにできる水ぶくれはほっとくべきか、やぶるべきか?

 私たちの生活の中で、よくあるトラブルを発端に、その原理や仕組みを科学の目でわかりやすく説明すると共に、髪にこびりついたガムの取り方や、ミツバチに刺された時の適切な対応など、ちょっとした生活の知恵も身につく、一般向けの楽しくわかりやすく役に立つ、科学化解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Undercover Scientist : Investigating the Mishaps of Everyday Life, by Peter J. Bentley, 2008。日本語版は2010年5月に新潮社より「不運の方程式」で単行本を発行。2014年2月1日、新潮文庫より改題して文庫化。文庫本縦一段組みで本文約423頁+訳者あとがき5頁。9ポイント38字×16行×423頁=約257,184字、400字詰め原稿用紙で約643枚。標準的な長編小説の分量。

翻訳物のノンフィクションの中では、文章はかなりこなれている。科学といっても数式や分子式も出てこないので、特に身構える必要もない。中学校卒業程度の理科の素養があれば、充分に読みこなせる。

【構成は?】

 「ある独身男性月給取りのツイてない一日」という一応のストーリーはあるが、特に気にする必要はない。それぞれの章は独立しているので、気になった部分だけを拾い読みしても充分に楽しめる。

  •  プロローグ
  • 7:00 夢かうつつか 目覚まし時計が鳴ったのに寝過ごす
  • 7:10 水と油の仲をとりもつ シャンプーですべって転ぶ
  • 7:20 切れ味鋭く カミソリで頬を傷つける
  • 7:45 黒い煙 トースターで焼いたパンを焦がす
  • 8:00 過熱 電子レンジで過熱した水が爆発
  • 8:10 発酵と腐敗の間 牛乳が傷んでいた
  • 8:20 水に落ちたらおしまい? MP3プレーヤーを水浸しにする
  • 8:30 鳥が落としていったもの 鳥の糞に直撃される
  • 8:45 思い出せない! かばんを置き忘れる
  • 8:55 空転 車がスリップする
  • 9:10 ちゃんぽんは危険 ガソリンと間違えて軽油を入れる
  • 9:20 七転び八起き 全力疾走をしてつまずく
  • 9:30 べとべと チューインガムが髪にくっつく
  • 9:40 雨に濡れても にわか雨に降られて濡れねずみになる
  • 9:50 ここはどこ? 道に迷う
  • 10:05 ハチの一刺し ミツバチに刺される
  • 10:15 接着 瞬間接着剤で指をくっつける
  • 10:45 ショックをやわらげる エア入りスニーカーがパンク
  • 10:55 剣よりも強く ボールペンのインクが漏れる
  • 11:05 視れども見えず 人違いをする
  • 11:15 組織の力 ワイシャツの袖を破く
  • 11:35 スパム、スパム、スパム! ウイルスメールを開く
  • 13:00 進退きわまる 瓶の口に入れた指が抜けなくなる
  • 13:30 失われた記憶 ハードディスクが故障する
  • 14:40 骨折り損 指の骨を折る
  • 17:50 腑に落ちない 鍵を溝に落とす
  • 18:10 筋を違える 重いものを持ち上げようとして筋肉を傷める
  • 18:20 火花を散らす 電子レンジに入れた食器から火花が出る
  • 18:30 とどめの一撃 グラスを割る
  • 18:40 消えないしみ 敷物にワインをこぼす
  • 19:00 激辛 トウガラシを刻んだ手で目に触れてしまう
  • 19:15 食べても大丈夫? 床に落として汚れた食べ物を食べてしまう
  • 19:40 雷に打たれたような 落雷でテレビが壊れる
  • 20:15 お熱いのがお好き ホットチョコレートをこぼしてやけどする
  • 20:45 とぎれとぎれの言葉 CDに傷をつける
  • 21:00 歯が立たない 歯が折れる
  • 21:45 あとから痛くなる 爪先をぶつけて痛い思いをする
  • 22:00 ユリーカ! 浴槽の水をあふれさせる
  •  謝辞/訳者あとがき

【感想は?】

 書名どおり、身近な事柄を取り上げた本なので、親しみやすさは抜群。

 目次を見ればわかるように、主人公は次から次へと不幸に見舞われる。目覚まし時計が鳴ったのに寝過ごし、シャンプーにすべって転び、ヒゲを剃れば傷がつき、朝メシのトーストは焦げ…

 色々と大変だが、出てくる事柄は、多くの人にも経験のある事柄だ。それだけに身近で親近感が湧き、本の内容に入っていきやすい。「科学は難しい理屈ばかり出てきて頭が痛くなる」というタイプの人にも、とっつきやすい仕掛けだろう。

 最初の方で感心したのは、「8:00 過熱 電子レンジで過熱した水が爆発」。主人公は、暖かい紅茶を淹れようと、マグカップに水を注いで電子レンジに入れ沸騰させる。アラームが鳴ってカップを取り出し、ティーバッグを入れたら、突然ボコボコとカップの中の湯が泡を噴き出し…。「突沸」と呼ばれる現象だ。

 やかんや鍋でお湯を沸かす時は、中で対流が起きるし、鍋の底などで泡ができる。だが電子レンジはカップ内の水をまんべんなく加熱するので、対流が起きない。またカップの壁がなめらかだと、泡が作れない。そのためカップ内の熱湯全体が、沸点以上の温度になりながら、液体のまま熱くなってゆく。

 そこにデコボコの多いデイーバッグを入れると、沸騰できなかったお湯が、デコボコの付近で一気に気化して泡を作り、ドカンとなる。私も似たような失敗を何度も仕出かしているので、この章は興味深かった。そういえば、中学校の理科の実験で沸騰石(→Wikipedia)というのを習ったような。

 電子レンジは科学者にとっても興味深いガジェットのようで、「18:20 火花を散らす 電子レンジに入れた食器から火花が出る」でも再登場し、こちらでは電子レンジの原理から歴史に至るまで、精しい説明がある。

 ここで意外なのが、実は軍用のレーダーと同じ理屈だってこと。つまりはマイクロ波を出す装置マグネトロンが元なのだ。マイクロ波を空に撒いて反射を拾えば航空監視レーダー、箱の中に閉じ込めれば電子レンジになる。しかも、電子レンジ発明のきっかけが、偶然なのが楽しい。

 時は第二次世界大戦。防空レーダーの開発は急務だ。英国からマグネトロンの設計を譲られた米国は、MITにを通し企業レイセオンに、マグネトロンの電力増幅管の大量生産方法を開発委託する。その主任技術者の一人、パーシー・スペンサー(→Wikpedia)は、作業中にポケットの中のキャンディーが溶けているのに気づく。

これがマグネトロンから発生するマイクロ波のしわざであることを突き止めた彼は、ビームを直接あてることでポップコーンをつくれることを確認した。さらに、このビームを容器中に導くことで、卵を料理できることも発見した。

 戦争中にナニやっとんじゃw

 などのトリビアと同時に、役に立つ生活の知恵も拾えるから便利だ。あなた、電子レンジで冷凍食品を解凍して、マダラに解凍しちゃう事がありませんか。私はあります。右端は熱くなってるのに、左の方は凍ったまま、とか。これにはちゃんと原因があって。

 なんと、電子レンジは水を温めるけど、氷は温めないのだ。知らなかった。だから凍ってる所は溶けない。けど、氷の中に少し水が混じってると、その水が温まって、周囲の氷を溶かす。そんなわけで、この問題には、ちゃんと解決法がある。しかも、とても単純で簡単な方法が。

 この問題を解決するためには、断続的に過熱すればよい。少し過熱したらスイッチを切って数秒待ち、温まってきた部分が高温になりすぎないうちに周囲に熱を分け与えるようにしていくのだ。

 …と思ったら、最近の電子レンジは賢くて「解凍モード」もあるのね。日本の家電は侮れない。

 他にも「禿げてしまった人でも、毛包は完全に残っている。ただ、うまく働かないのである」なんて希望に溢れたネタもあったりして、オジサンは嬉しいぞ。まだ希望はあるんだ。

 ちなみに火傷跡の水ぶくれは藪かない方がいいとか。あれは免疫細胞により細菌から身を守ると同時に、下にある基底層の増殖を促して回復を早める働きがあるそうです。

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