フローラ・ルイス「ヨーロッパ 統合への道 改訂増補 上・下」河出書房新社 友田錫訳 1
この本の意図するところは、現代のヨーロッパがおかえれている状況を網羅的に説明することにある。若干の論理的な連関に従って地理的・政治的な地図を逍遥し、また個々の問題についても手軽に理解が得られるようにした。
【どんな本?】
ヨーロッパは世界史の主な舞台であり、現代においても EEC→EC→EUと、統合の度合いを増すたびに国際社会での存在感を増してきた。かつては EU 統合で「巨大な経済圏と市場が生まれる」と希望に満ちた予想の声が大きかったが、今はトルコの参加拒否やギリシャの経済危機など暗い面も見えてきた。
それぞれの国はどんな歴史を辿り、どのような政治体制で、どんな人びとが住み、どんな事を考えているのか。近隣の国との関係はどんな風で、自分の国をどう捉えているのか。どんな長所があり、どんな問題を抱えているのか。
アメリカ人ながら欧州に長く住んだ著者が、ヨーロッパの各国について、基本的な歴史・地理的な事情を織り込みながらも、肩肘張らないコラム風のエピソードを交えて語る、一般向けお国紹介の解説書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は Europe - Road to Unity, 1987 1992 2001, by Flora Lewis。日本語版は1990年8月31日初版発行、2002年3月30日改訂増補版初版発行。単行本ハードカバー縦2段組で上下巻、本文約439頁+356頁=795頁に加え訳者あとがき8頁。9ポイント24字×20行×2段×(439頁+356頁)=約763,200字、400字詰め原稿用紙で約1908枚。文庫本の長編小説なら4冊分の大容量。
ジャーナリストの著作だけあって、文章は比較的にこなれている。河出書房新社の本の割りに、中身も意外と堅苦しくない。アメリカ人向けに書かれているためか、普通の日本人より少しだけ西洋史に詳しい人向けの感があるが、重要な事柄は本書内でおさらいしているので、特に前提知識も要らない。
地理的な話も多いので、地図帳や Google Map などを身ながら読むと、更に楽しめる。また、ヨーロッパ旅行の経験者や、近く旅行を予定している人なら、知っている国の章は更に楽しめるだろう。
【構成は?】
原則として各章は独立しているので、気になった章だけを拾い読みしてもいい。特に欧州旅行を予定している人は、行き先の国をしっかり読んでおこう。旅行が更に楽しめる。
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【感想は?】
今は下巻の冒頭ぐらいしか読んでいないので、そこまでの感想だが。
繰り返しになるが、ヨーロッパ旅行の予定がある人は、是非読んでおこう。いわゆるガイドブックとは一味違う、各国の人のホンネや、文化の底にある背景事情がよくわかる。
なお、各国の政治情勢にも触れているので、多少は政治的な内容にも踏み込んでいる。著者はジャーナリストらしく中立的な立場を維持しながらも、チラホラ見える本音は、穏健なリベラルな雰囲気がある。つまり共産主義もファシズムもダメ、安定した経済成長と文化と軍備を維持しつつ、人権に配慮しましょうという、常識的な立場だ。
私はアイルランド贔屓だ。それは一度アイルランドを自転車で旅行した経験も影響している。共和国(南)の東部は、穏やかな丘が続き適度な上り下りがあって、サイクリングには最高にいい所なのだ。緑の大地が続き、風は心地よい。少し森の中に入ると、グリムの童話に出てきそうなファンシーな家が建っている。民宿のオバチャンと少し話をした。
オバチャン「アイルランドはどう?」
私「サイクリング、最高。緑、沢山。郊外、緑。町の中心、また緑」(私は英語が壊滅的に駄目なのだ)
オバチャン(誇らしげに)「そうでしょうとも! 私たちは緑が大好きですから!」
後に私はアイルランドの別名を知った。曰く「エメラルド・アイランド」。緑の島だ。ロックバンド Thin Lizzy も、ズバリ「Emerald(→Youtue)」なんて曲をやってる。「奴ら(イングランド人)はエメラルドを奪いにきやがった」という歌である。オバチャンが誇らしげに胸を張るのも当然だろう。お陰で私はオバチャン手製の美味しいケーキにありつけた。
女子大生とも話をした。彼女が知っていた日本の都市は、広島だけだった。原爆で知っていたのだ。なぜか。
外務省のアイルランドの二国間関係の項を見よう。
- (1)日アイルランド関係
- 伝統的な友好国(第二次世界大戦中、アイルランドは英連邦の一員であったが中立政策を維持)。東日本大震災に際し、アイルランド政府は、日本赤十字に100万ユーロを拠出するとともに、EUを通じて緊急援助物資の提供を申し出た。
二次大戦中、アイルランドは中立を維持した。イギリスへの反感もあったし、IRAの一部はドイツに協力した。それ以上に、「他人のために戦争をすることはしない、と決めたのである」。それが、どれほど高くついたか。世界的に孤立に追い込まれ…
パン、紅茶、砂糖、ガソリンは配給制になった。(略)経済そのものは、必需品の輸入もできなければ輸出しようにも市場がなくなったため、行き詰る一方だった。
それでも中立を守り通したのである。参戦すれば、朝鮮戦争当事の日本のように、戦時の好景気にありつけただろうに。当事のドイツ空軍じゃ、アイルランドまで往復できないから、空襲を受ける心配もないし。よく言えば誇り高い、悪くいえば意地っ張りな人びとなのだ。
だが、社会は面白い。「どこの国からであろうと、作家がアイルランドに来て住みつくと、税金を免除される」。ジェイムズ・ジョイスなど、文学を誇りとする国なのである。
複雑に絡まった北アイルランド問題も、現代の問題として見る著者の視点は、実にわかりやすい。南(アイルランド共和国)は、カトリックの国だ。それも、かなり保守的なのである。「この国には小学校が全部で3500あるが、そのうち3300はカトリック教会の直接の経営かその系統のものだ」。そこで、EU統合がフェミニストに新たな武器を与えた。
欧州共同体加盟国はの市民は、人権の侵害については自国の政府に対する不満を欧州議会や欧州裁判所に訴えることができる。
でも社会制度は、どちらかというと社会主義的なのが不思議。まあいい。対して北アイルランド(「アルスター地方」はイギリスの言い方)は、「カトリック教徒が全150万人の中の少数派(35%)」である。しかもカトリックは壁と鉄条網で隔離され、いちいち検問を受ける。カトリックは公務員にもなれない。つまり、警官は全てプロテスタントである。
更に、かつては北アイルランドの方が景気がよかった。そのため、北側は南と合併したくない。UK政府は、いい加減手放したいのだが…。だが、アイルランド・イギリス両国民ともテロにはうんざりし、今は雪解けムードが漂っている。
…などという事情を、旅行した時の私は全く知らなかった。予め知っていれば、もっと楽しめたと思う。また行きたいなあ、アイルランド。北は知らないけど、南はホントいい所です、物価は安いし。メシはちょっとアレだけど。いや朝食はイギリス以上に充実してて美味しいんだけど、昼と夜はチャイニーズかイタリアンで済ませるのが無難w
すんません、アイルランドが好きなんで、つい長くなってしまった。ってんで、次の記事に続く。
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