ロバート・ブートナー「孤児たちの軍隊 ガニメデへの飛翔」ハヤカワ文庫SF 月岡小穂訳
「わたしは叱咤激励はしない。聞きあきたからな。われわれはみな、重要な任務を負っている。これから行なうのは、かつて人類が経験したことがないほど困難な仕事だ。任務をまっとうするために、ほとんどの者が命を落とすだろう。わたしが約束できるのは、きみたちを生きて帰還させるために、この命をかけるといういうことだけだ。だが、きみたちか地球のどちらかしか救えない事態になったとき、わたしの選択ははっきりしている。わたしの選択は、きみたちがする選択と同じだ」
【どんな本?】
合衆国陸軍士官の経歴を持つ著者による、デビューSF長編。舞台は2040年の地球と、木星の衛星ガニメデ。正体も目的もわからない異星人からの攻撃により、絶滅の危機に瀕した人類。最後の希望として、敵の基地があるガニメデへ攻撃をかける軍の戦いを、歩兵として従軍した青年ジェイソン・ワンダー四級特技下士官の視点で描く、ミリタリーSF。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は ORPHANAGE, by Robert Buettner, 2004。日本語版は2013年10月15日発行。文庫本で縦一段組み、本文約411頁+著者インタビュー7頁+軍事評論家の岡部いさくによる解説「リアルなほどの苦戦ぶり」5頁。9ポイント41字×18行×411頁=約303,318字、400字詰め原稿用紙で約759枚。長編小説としては長め。
文章は比較的にこなれている。内容もSFとしては特に難しくない。映画「宇宙の戦士」や「インデペンデンス・デイ」を楽しめる程度にSFに馴染んでいれば充分だろう。現代米軍の装備・兵装や軍事史を知っていると、更に味わいが増える。
【どんな話?】
2040年、異星人の攻撃により、人類は存亡の淵にあった。敵の武器は、巨大な質量弾。ビルほどもある巨大な質量が、大都市を狙って落ちてくるのである。舞い上がる粉塵は太陽光を遮り、農業は壊滅状態に追い込まれる。
敵の基地は木製の衛星ガニメデ。平和が続いたため軍備は縮小し、地球軌道以外の宇宙開発も下火となっている。起死回生をかけ、人類は合衆国軍を中心として、古びた軍備・装備を引っ張り出し軍備を整え、ガニメデへ必死の攻撃を仕掛ける。
【感想は?】
歩兵版ID4(インデペンデンス・デイ)。
ID4は、ロバート・エメリッヒ監督による、単純明快なSF戦争映画だ。突然現れた巨大UFOの攻撃で人類はピンチ、しかし合衆国軍を中心に反攻を画策。「エイアン悪い、エイリアン強い、でも合衆国軍もっと強い」という、たいへん頭が悪い映画だが、私はその単純さ・お馬鹿さが大好きだ。
「シリアスな語り口で物語る、お馬鹿娯楽SF戦争物語」という点が、この作品との共有点だ。SFとしても、物語としても、いろいろ無茶している。無茶はあるが、私は許す。無茶は全て、著者が書きたいモノを書くためであり、ソコが巧く書けているからだ。
「パシフィック・リム」や「燃えよドラゴン」の脚本の整合性にケチをつけても、意味あるまい? 大事なのは巨大ロボットと巨大怪獣のプロレスの迫力であり、ブルース・リーのカンフーのカッコよさだ。プロレスやカンフーを引き立たせるためなら、整合性は犠牲にしていい。
じゃ、この作品で、著者は何を書きたいのか。それは、「現代の歩兵って、こんなんですよ」だ。なんでSFにしたのかは不明だが、たぶん著者はSFも好きなんだろう。色々と無茶はあるが、例えば舞台が2040年なのに、装備や兵器が現代とあまり違わない、どころかモノによっては20紀の遺物を引っ張り出している点だ。
この作品だと、歩兵の主力兵器はM-16自動小銃(→Wikipedia)である。現代の米軍が制式採用している小銃だ。たぶん改良はされてるんだろうが、大きな変化はない。分隊支援火器もM-60機関銃(→Wikipedia)とある。2017年式というのが少し未来的だが。
この理由について、「世界が平和になって兵器の進歩が止まっちゃった」と言い訳してるが、たぶんホンネは違う。現代の米軍の歩兵の姿を、できるだけリアルに描きたかったのだ。
これはシリーズ物らしく、この巻では新兵時代を描いている。そのため、描写の多くは新兵訓練に割かれる。質素で粗末な生活用品、寝る閑もない厳しい訓練、イチャモンをつけては無理難題をふっかける鬼軍曹、雲の上の中隊指揮官殿、巧くいかない隊内のコミュニケーション。
アチコチで映画「愛と青春の旅立ち」や「フルメタル。ジャケット」を思わせる描写がいっぱいだ。
出てくるガジェットも楽しい。C-130ハーキュリーズ輸送機、ボーイング767旅客機は今でも現役だが、宇宙へ飛び出す段になると、懐かしいシロモノが次々と飛び出してくる。
敵と接触してからは、「20世紀の米軍の闘い」を髣髴させる場面が次々と出てくる。ここで描かれる敵の姿は、良くも悪くも、米軍が戦ってきた敵の姿そのものだからだ。人類は、異星人の目的も行動原理も知らずに戦っている。つまり、現代の米軍もそうなのだ。敵国の気持ちなんぞ、何もわかっちゃいないのである。
質量弾で都市を壊滅させる戦術は、911を思わせる。質量弾の正体が判明する場面では、太平洋戦争だ。ガニメデに着陸する場面は、第二次世界大戦のマーケット・ガーデン作戦(→Wikipedia)だろうか。その後、最初に交戦する場面の恐怖は、ベトナム戦争で米兵が味わった恐怖そのものである。
そして、朝鮮戦争での中国の人民解放軍を相手にした地獄またはモガディシオの悪夢(ブラックーホークダウンのアレ、→Wikipedia)へと続いてゆく。気分はゲームの地球防衛軍である。
マーケット・ガーデン作戦を除けば、いずれも米国は敵国の考え方がわかっていなかった。ベトナムでは局地戦であり、共産主義の脅威を防ぐ防波堤のつもりだった。しかし北ベトナム軍にとっては全面戦争であり、また民族の独立を賭けた戦いだった。米軍は明確な前線があると思い込んでいたが、敵は静かに浸透する作戦を取った。
この辺のお話の進め方も、無茶と言えば無茶である。いきなり歩兵を投入するより、別の方法もあっただろう。でも、それじゃ歩兵の戦いが書けない。お話の筋より、書きたい場面を優先したんだろうし、そのお陰で小説としては面白くなった。いやコールデスト・ウインターを読んでいたためかも知れないけど。
同時に、現代の米国の傲慢さ、他国への無理解さも、否応なしに鼻につく。これもID4と同じだ。ID4では、米国が人類の代表ヅラをしていた。「ハリウッドじゃ仕方がない」と割り切れば楽しめるが、割り切れない人もいるだろう。
この物語でも、軍は合衆国軍を核として編成される。その理由が、「世界がパックス・アメリカーナで平和で、各国は軍備を縮小しているから」である。アメリカ人には気分がいいだろうが、他国人にはイマイチ面白くない。しかも、敵の異星人には、日本人・ベトナム人・中国人(またはソマリア人)が投影されている。
などと悪口ばかりを書いたが、その辺が気にならないなら、物語としては間違いなく面白い。娯楽風味の軍隊物らしく登場人物の心情はわかりやすいし、アクション場面も多く、話もコロコロ転がっていく。終盤の戦闘場面は恐怖とピンチの連続で、娯楽物語の定石をキッチリ踏んでいる。映画にしたら、きっと映えるだろう。
一見シリアスだが、実はお馬鹿な娯楽作品。20世紀の米軍の戦いを知っている人向け。
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