酉島伝法「皆勤の徒」東京創元社
経虫たちは落ちるやいなや蝓布(ゆふ)の針痕に潜り込み、尻から銀糸を吐き出しながら一面を縦横に掘り進み、表皮に次々と畝を浮き上がらせてゆく。やがて経虫が断裁面から等間隔に出てくると、従業者が一匹ずつ焼け火箸を押し当ててゆく。脆い音をたてて甲殻が割れ、ジュジジと体液が蒸発する。
――皆勤の徒
【どんな本?】
新人SF作家・酉島伝法による。第二回創元SF短編集受賞作「皆勤の徒」を収録した連作SF短編集。第34回(2013年)日本SF大賞に輝いたほか、SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2014年版」のベストSF2013国内篇でも、堂々のトップを飾った。
いつとも知れぬ時、どことも知れぬ土地。海上100mにそそり立つ塔で働く、従業者グョヴレウウンの異様な勤務風景を描く表題作ほか、隔絶したイマネジネーションで綴るうにょうにょな年代記。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2013年8月30日初版。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約322頁+大森望の解説8頁。9ポイント42字×20行×322頁=約270,480字、400字詰め原稿用紙で約677枚。長編小説なら少し長めの分量。
ハッキリ言って、凄まじく読みにくい.。これは意図的なもので、思いっきり濃いSFが読みたい人向け。
日本語としての文章の構造は普通なのだ。だが、出てくる言葉が独特の造語だらけの上に、描かれる情景も想像を絶する異様さなので、どんな風景で何が起きているのか、理解するのに時間がかかる。私は一つの段落ごとに、常に2~3回は読み返さなければならなかった。
背景となる設定も込み入っていて、私は最初に読んだ時はナニがナニやらサッパリ見当がつかず、解説を読んで少しだけわかった気になった。
【収録作】
序章 / 書き下ろし
断章 拿獲 / 書き下ろし
皆勤の徒 / 創元SF文庫「結晶銀河」2011年7月
断章 宝玉 / 書き下ろし
洞(うつお)の街 / 創元SF文庫「原色の想像力2」2012年3月
断章 開闢 / 書き下ろし
泥海(なずみ)の浮き城 書き下ろし
断章 流刑 / 書き下ろし
百々似(ももんじ)隊商 / 東京創元社「ミステリーズ!」vol.57 2013年2月
終章 / 書き下ろし
解説/大森望
【感想は?】
大抵の人は、一回読んだだけじゃ理解できない怪作。
同じ設定に基づく連作短編だ。作品の並びは時系列をシャッフルしている。正直、この並びはクロウト向けというか、センス・オブ・ワンダーに飢えた重度のSFジャンキー向けだ。解説では、こうある。
表題作を途中まで読んで挫折しそうになり、なんらかの助けを求めてこの解説ページを開いた人には、四話目の「百々似(ももんじ)隊商」を先に読むことをお薦めする。
それでも私はぼんやりとしか全体像が掴めなかった。解説の後半で詳しく世界設定を設定しているので、常識的なオツムの人は解説を先に読んでおく方がいい。むしろ最後の解説から前に向かって読み進むと、わかりやすいかもしれない。しかし、これほど「解説」という言葉が適切な解説も珍しい。ホント、解説がないとナニがナンやら。
実際、私も最初の「皆勤の徒」の途中で息切れした。なにせ出てくる言葉が、凄まじい当て字だらけだ。隷重類:れいちょうるい,沓水:ようすい、體細胞:たいさいぼう、発聲器官:はっせいきかん、製臓物:せいぞうぶつ、蒸留里:じょうるり、念菌:ねんきん、反故者:ほごしゃ、巳針:みしん、醫師:いし…
もちろん、誤字じゃない。全部、意図があってやっている。こういった「なんとなく意味が伝わってくる」造語を駆使して描かれる風景が、これまた異様な世界で。
最初の「皆勤の徒」が、もうドロドログニョグニョな風景だし。舞台は海上100mにそびえ立つ鉄塔の頂上。無花果の実みたいなのに包まれて眠る従業者の目覚めで話が始まる。が、彼も自分が誰で、なぜこんな所で働いているのか、よくわかっていない。どうも記憶が混乱しているらしい。
続いて登場するのは、社長。といっても、どうも人間じゃない様子。「目鼻立ちのない顔」「骨片や鱗や気泡が浮遊する内部では、枝わかれしてうねる血管や神経」って、不定形の透明人間なのかゼリー状の生物なのか。仕事の風景も冒頭の引用のように、得体の知れない虫を使った得体の知れない職人仕事である。
かと思えば、ミミズみたく這いまわる虫や、キチン質に包まれた甲虫や、うにょうにゅ蠢くヒルみたいな寄生虫が、次々と出てきては、体を嘗め回すどころか体内に潜りこんでくる。グロ耐性・虫耐性がないと、相当にキツい。吾妻ひでおの漫画か映画ファンタスティック・プラネットのような、不定形で不安定で不条理な情景が延々と続く。
従業者や社長といった言葉から、どこかのブラック企業みたいだな、と思ったら、「SFが読みたい!2014年版」によると、著者の実体験だとか。ホンマかいなw
続く「洞(うつお)の街」は、教室の風景で始まる。が、やはり我々が馴染んだ世界ではない。主人公の土師部(はにしべ)は、学生らしい。だが黒板のかわりは膚板(ふばん)であり、これを引っかくと蚯蚓腫れになって版書が浮かび上がる仕掛け。この風景だけでも、デリケートな人は引くかも。
どうやら、土師部が生きている風景と、何か別の風景が二重写しになっているらしく、どこからか雑音のように世界が漏れてきている様子。そもそも、土師部たちヒトのフリしている登場人?物たちも、われわれ人類とは姿形が違っているっぽい。ばかりか、「天降り(あまくだり)」では…
「泥海(なずみ)の浮き城」は、私立探偵またはなんでも屋らしき螺導(ラドー)・紋々土(モンモンド)を主人公とした、ハードボイルド風の話…だが、このシリーズの作品である。螺導からして、甲虫みたいな姿らしい。四頭身で、丸みのある体節があって、触覚を持ち、甲皮に包まれている。
ってな主人公も異様だが、世界も異様。彼は城内にすんでいる。その城は、惑星の7割を覆う広大な泥海(なずみ)を渡る巨大な乗り物らしい。惑星には幾つかの城があって、城同士が結婚することもある。調べを進める螺導は、やがて城の異変を通じて大掛かりな話へと巻き込まれ…
最後の「百々似(ももんじ)隊商」は、この連作短編集の設定を明かす作品…といっても、やっぱりよくわからないw
いずれの作品も、SFとして解釈すると、微妙に機械文明が退行した反面、変なバイオ技術が発達している模様。そう捉えてもいいけど、今の世界とはまったく異なった因果・法則によって成立している異世界と考えてもいい。
描かれる世界は、ひたすら異様でグロテスクで、ニッチを見つけては無理矢理にでも食い込んで生き延びようとする、盲目的な生命に溢れた世界だ。だからと言って決して明るい生命賛歌とはならず、どの作品にも絶望的な滅びの予兆が根底に流れている。
並みのSFじゃ満足できない、すれっからしなSF者むけの、思いっきり濃くて異様な作品集。
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