リデル・ハート「第一次世界大戦 上・下」中央公論新社 上村達雄訳
争いの根本原因は三つの言葉に要約できる。それは“恐怖” “飢え” “誇り”である。これに比べれば、1871年から1914年の間に生じた国際的“事件”はその症状にすぎない。
――第一章 戦争の原因
【どんな本?】
1914年に始まった第一次世界大戦は、だれもが「すぐに終わる」と思っていたにも関わらず、1918年まで続き、ヨーロッパ全体を巻き込む大戦争となった。機関銃・塹壕・鉄条網などの新兵器は戦線の膠着を招き、鉄道と自動車の発達は迅速かつ大量の兵員と物資の輸送を可能とした反面、前線では膨大な人の命を失わせる原因となった。
どのような外交経緯で戦争に発展し、政治家や将軍は何を計画して作戦をたて、どんな形で実際の戦闘が行なわれ、どのように決着したのか。政治家や将軍たちはなぜ誤まったのか。そしてどうすればよかったのか。
第一次世界大戦で従軍し、その後は戦史家・軍事思想家として名を馳せた著者による、第一次世界大戦の研究書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は History of the First World War, by B. H. Liddell Hart, 1970。日本語版は、まず1976年フジ出版社から刊行。次に中央公論新社から復活して2001年1月10日初版発行。単行本ハードカバー上下巻で縦一段組み、本文約488頁+265頁=753頁に加え訳者あとがき4頁他。9ポイント45字×20行×(488頁+265頁)=約677,700字、400字詰め原稿用紙で約1695枚。長編小説なら3冊分の大容量。
文章は比較的にこなれている。が、かなり歯ごたえがある。時代的なものか、まだるっこしい表現が多い上に、内要はかなり高度かつ詳細だ。ある程度は軍事について知っていて、かつ第一次世界大戦の概要を掴んでいる人向け。
また、随所に戦場の地図を収録している。栞を沢山用意しておこう。ただし、地形までは書いていないので、より細かく作戦の経緯を知りたい人は、Google Map などで補うといいだろう。節の中盤ぐらいに戦場地図を収録していたりするので、数頁先をめくって地図を探してみよう。
注を見開きの左頁に置いてあるのは嬉しい配慮。ただし距離の単位はマイルのまま。1マイル=約1.6kmです。
【構成は?】
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原則として時系列順に話が進む。素直に頭から読もう。
【感想は?】
先に書いたように、そこそこ詳しい人向け。
当事の軍事技術を多少は知っていて、かつ第一次世界大戦の戦いの推移を知っている人に向けて書かれている。この本で第一次世界大戦を学ぼうとすると、かなり苦しむ羽目になる。というか、苦しみました、はい。
軍事に疎い人は、下の【関連記事】に挙げた「歴史群像アーカイブ2 ミリタリー基礎講座 戦術入門WW2」「歴史群像アーカイブ3 ミリタリー基礎講座Ⅱ 現代戦術への道」「戦闘技術の歴史 3 近世編 AD1500~AD1763」を読んでおくと、少しは役に立つ。いずれも豊富にイラストを収録していて、戦場での部隊の動きの基本がイラストを見れば分かるようになっている。
本の成立経緯が、この本の性質をよく著している。元は「真実の戦闘」と題した研究論文集なのだ。もちろん、専門家向けの。だから、読者は相応の知識を持っていると想定して書かれている。幸い、詳しい訳注がついていて、これが大きな助けになった。
実際の戦闘を描くのが、第4章以降。この各節で有名な作戦・戦闘を描いている。で、この書き方がとても初心者には不親切。最初に著者の考察がきて、次に作戦・戦闘のまとめ、そして戦闘の詳細がきて、最後に〆となる。初心者は作戦・戦闘の全体像を把握しないまま著者の考察を読む形になるので、何を言っているのかわからない。
私は下巻に入る頃に、この構成に気づいた。もっと早く気づいて読み方を工夫すればよかった。まず全体像を読み、節の頭に戻って考察を読み、興味が湧けば詳細を読む形が楽だと思う。
著者の視点は高所に立ったもので、登場する人も、いわゆる大臣や将軍ばかり。将軍も、「総司令官」「軍司令官」レベルが中心で、師団レベルの話は滅多に出てこない。つまりは、政治と軍の全体像を描くのを目的とした本である。
その描き方は、かなり辛口。後知恵で先人を批判するのが歴史家の仕事だから、仕方のない事ではあるんだが。
これを読む限り、フランス軍の司令官ジョゼフ・ジャック・ジョッフル(→Wikipedia)とフェルディナント・フォッシュ(→Wikipedia)は頭の固い頑固爺ィだし、はじめに英国遠征軍を指揮したジョーン・フレンチ(→Wikipedia)は意志薄弱な風見鶏、パウル・フォン・ヒンデンブルク(→Wikipedia)はエーリヒ・ルーデンドルフ(→Wikipedia)の神輿。
「八月の砲声」でもジョッフルの頑迷ぶりはよく描かれていた。鉄条網と塹壕と機関銃に守られたドイツ軍の陣地に対し、ひたすら歩兵を突撃させるしか能のない旧態依然とした老害、そんな人物像だ。これは本書でも同じで、最後まで攻撃以外の発想を全く持たない頑固者として書かれている。
そのジョッフルも、英遠征軍を指揮したフレンチと並べると、その頑迷さも頼もしく思えてくるから不思議だ。フレンチは部下のヘイグと相方のジョッフルの板ばさみになり、右往左往するばかり。
戦場じゃ情報は混乱する。遅れた的確な判断より、間違っていても迅速な指揮がよいとされる。正確かつ客観的に情報を判断すれば、どうしても判断は遅れる。それより、強い思い込みに基づいて迅速に判断・指揮する指揮官の方が頼もしい。軍で高官にまで出世する人は、どうしても思い込みの強い人が多くなるんじゃじなかろか。
こういった背反する事柄は戦車にも言えて。この本では、戦車の開発に対し、英国陸軍が示した強烈な反発を詳しく書いている。戦車は集団で使うべき、小出しにしちゃいけない。でも最初に使ったのは1916年のソンムの攻勢で、指揮官ヘイグが要求したのはたった60台。しかも実際に使えたのは数台という情けなさ。
今日の我々は戦車の威力を知っているから、彼らの愚かさがわかるが、使う側の不安も少し分かる。なんであれ、実際に使ってみなきゃ、使い勝手はわからないから。これについては、工業製品開発の優れた教訓がある。開発の早いうちから実際に使う人を参加させよう、ということだ。戦車も、前線指揮官が無線機の搭載を要求している。
また、軍の組織上の問題点を指摘しているのも興味深い。軍で出世するには上官の機嫌を損ねちゃいけない。そして一般に上官は年配者で、考えが古い。だから軍は新しいものを嫌う性質になる。戦車の場合、その誕生を救ったのは、建造責任を負うアルバート・スターン少佐。英国陸軍が戦車1000台の発注を取り消そうとした時…
彼はロンドン旧市街地に定職をもっていたことから、失職の心配もなく、臨時の上司たちの不興を平然と忍ぶことができた。
ってなわけで、彼は参謀総長ウィリアム・ロバートソン卿に直訴して戦車建造を続けましたとさ。
戦車に関しイカれた将軍のエピソードはもう一つあって。某将軍は、戦車を列車に乗せ某路線経由で前線に送る指令を出す。技術者が答える。「無理です。積載容量の問題で、路線中の二つのトンネルが通れません」。将軍曰く「それなら、トンネルを広げさせたまえ」。当事の輜重の感覚って、こんなもんだったのかなあ。
後半の西部戦線は、両軍共にパターンが同じ。大攻勢をかけて敵を後退させ、前線に穴をあけるが、そこで穴を広げる予備軍がなく、モタモタしている間に敵が穴を塞いでしまう。これで数万~数十万の兵の命が消えてゆくんだから、読んでいて気分が悪くなる。
やや古めかしい表現も多く、同時代の人向けに書かれた本なので、今の我々には通じない表現も多い。後方の司令官の心中を推測する部分も多く、当事の軍事研究者の視点を感じさせる。第一次世界大戦について、相応に知っている人向けの、歯ごたえのある本だった。
どうでもいいが、砲の新戦術を編み出したブルフミュラー大佐の二つ名には笑った。曰く「突破(ドゥルヒブルフ)ミュラー」。あの人は彼をもじったのか。
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