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2014年11月の18件の記事

2014年11月30日 (日)

ダニエル・L・エヴェレット「ピダハン 『言語本能』を超える文化と世界観」みすず書房 屋代道子訳

 これが積極的な材料になるというのは、ピダハンがその文化的価値で文法を縛っているからだ。繰り返しになるが、ピダハン語にリカージョンが欠けているのはたんなる偶然ではない。ピダハン語はリカージョンを求めない。文化の原則によって、リカージョンを認めないのだ。
  ――第十五章 再帰(リカージョン)――言語の入れ子人形(マトリョーシカ)

【どんな本?】

 プロテスタント福音派の伝道師で言語人類学者のアメリカ人ダニエルは、キリスト教の伝道を目的に、ピダハン族が住むアマゾンの密林へと向かう。福音派の伝道は聖書の翻訳から始まる。だが、ピダハン語以外を話すピダハン族はいない。そのため、ダニエルは独学でピダハン語を身につけなければならない。

 家族を連れピダハンの村に移り住んだダニエルを、ピダハン族は暖かく迎え入れてくれた。彼らと共に暮らしながらピダハン語を学び始めたダニエル。だが、やがて彼が見出したピダハン語の構造は、奇想天外なものであり、それはピダハンの文化と密接に結びつくものだった。

 ダニエルの説は、言語学界の大御所ノーム・チョムスキーの生成文法規則を大きく揺るがせ、大論争を巻き起こす。と同時に、ピダハン語を通じてピダハンの文化を深く理解したダニエルの世界観も、大きく変えてゆく。

 アマゾン奥地の冒険譚であり、半狩猟民ピダハン族の文化人類学報告であり、言語学的な考察であり、また人の生き方・価値観を考えさせられる、奇想天外で抱腹絶倒で少しシンミリする、傑作ドキュメンタリー。 

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は FOn't Sleep, There Are Snakes : Life and Language in the Amazonian Jungle, by Daniel Everette, 2008。日本語版は2012年3月22日発行。単行本で縦一段組み、本文約385頁+訳者あとがき5頁。9ポイント46字×19行×385頁=約336,490字、400字詰め原稿用紙で約842枚。長めの長編小説の分量。

 お堅い本の多いみすず書房だが、この本は意外と日本語はこなれていて読みやすい。後半の言語学的な考察は一見近寄りがたいが、「英語と日本語って全然違うよな」ぐらいに判っている人なら、なんとかついていけると思う。加えて複数のプログラム言語を使える人なら、著者の主張に同意する部分も多いだろう。

【構成は?】

 第一部は主にピダハンの生活レポート、後半は言語学的な考察が多い。

  • はじめに/プロローグ
  • 第一部 生活
    • 第一章 ピダハンの世界を発見
    • 第二章 アマゾン
    • 第三章 伝道の代償
    • 第四章 ときには間違いを犯す
    • 第五章 物質文化と儀式の欠如
    • 第六章 家族と集団
    • 第七章 自然と直接体験
    • 第八章 10代のトゥーカアガ――殺人と社会
    • 第九章 自由に生きる土地
    • 第一〇章 カボクロ――ブラジル、アマゾン地方の暮らしの構図
  • 第二部 言語
    • 第十一章 ピダハン語の音
    • 第十二章 ピダハンの単語
    • 第十三章 文法はどれだけ必要か
    • 第十四章 価値と語り――言語と文化の協調
    • 第十五章 再帰(リカージョン)――言語の入れ子人形(マトリョーシカ)
    • 第十六章 曲がった頭と真っすぐな頭――言語と真実を見る視点
  • 第三部 結び
    • 第十七章 伝道師を無神論に導く
  • エピローグ 文化と言語を気遣う理由
  • 訳者あとがき/事項索引/人名索引

【感想は?】

 これは傑作。ただし一部の人には不愉快な本。

 というのも。「第十七章 伝道師を無神論に導く」があるからだ。タイトル通りの内容なので、信心深いキリスト教徒は不愉快に感じるかも。また、極端な科学技術信奉者にも、ちょっと面白くない本だ。というのも、著者のダニエルが、半狩猟民ピダハンの生活に、ゾッコン惚れこんでいるから。

 逆に狂喜乱舞して喜ぶのが、ファースト・コンタクト物のSFが好きな人。特に後半は小難しい理屈が出てくるが、頑張って読み解く甲斐がある。サミュエル・R・ディレイニーの「バベル-17」や、チャイナ・ミエヴィルの「言語都市」に並ぶセンス・オブ・ワンダーが味わえる。しかも、これがルポルタージュなんだから、世界は面白い。

 例えば、著者が「鼻」を意味するピダハン語を学ぶ場面。

「これは何と言う?」自分の鼻を指しながらわたしは尋ねた。
(コーホイ)「イタウーイー」
「イタウーイー」自分ではそっくりなつもりで反復した。
「アイオー、イタウパイー」とコーホイ。
あれれ。おしまいにくっついたパイーは何なんだ?
そこでわたしは素人臭く訊いた。「鼻をあらわすのにどうしてふたつ言葉があるんだ?」
「言葉はひとつ、イタウパイーだ」と癪にさわる返事が返ってきた。
「イタウパイーだけ?」
「そい、イタウーイーだ」

 エイリアンとのファースト・コンタクト物が好きな人なら、ゾクゾクするでしょ、こういう場面。解はこの記事の最後。

 プロローグから、彼らとの生活のワイルドぶりが伝わってくる。朝起きたら、短パンを拾う。この際、タランチュラ・サソリ・ムカデが潜りこんでないか調べる。ゴキブリもデカく、「7、8センチ」ある。潔癖な人には到底耐えられない生活だ。

 ある意味、ピダハンの文化は冷たい。出産で苦しむ若い母親を、誰も助けない。赤ん坊が刃物で遊んでいても、誰も注意しない。「子どもも一個の人間であり、成人した大人と同等に尊重される価値がある」。だから「赤ちゃんことば」もない。「おはよう」「こんにちは」など、あいさつに該当する言葉もない。

 著者は「適者生存のダーウィニズム」と書いているが、ある意味、究極のリバタリアニズムでもある。個人の自由を徹底して尊重しているのだ。それでも、子どもは親から学ぶ。「いろいろやってみて、結局親の言うことを少しくらい聞いておくのが一番だと学んでいくようだ」。子育て悩む親は少ないだろうなあ。

 しかも、誇り高い。ポルトガル語を覚えないのは、自分たち以外は卑しいと思っているからだ。著者が村に来た理由を、村人がどう考えているか尋ねた際の返事は「ここが美しい土地だからだ。水はきれいで、うまいものがある。ピダハンはいい人間だ」。自分たちの生活に満足しているのだ。

 やはり興味深いのが、右と左に関する言葉がない点。彼らの村は基本的に川沿いにある。そこで、方向を指示する際は、上流か下流かで示すのである。これは他の土地に行った時も同じで、見知らぬ土地に行くと、まず川の位置を知ろうとする。彼らの地図は、川を原点にして出来ている。

 世界観も独特だ。創世神話がない。「人々は経験していない出来事については語らない」。完璧な経験主義者なのだ。これが後に著者の世界観を大きく揺さぶってゆく。ある意味、科学的なのだが、ここにもう一つの制限がある。役に立たない事は考えない。ローマ的なのだ。

 彼らは農耕もしている。ったって、マニオク(キャッサバ、→Wikipedia)だけど。地中にあるかぎり成長し続けるんで、「二年前から放棄されている畑でも、1m近いマニオクの塊茎が採れることもありうる」。賢い。

 ピダハン語の奇妙さは沢山あって、「どの動詞も接尾語を最大16もとることがある」。そのくせ、「受動態という構造はない」。すげえ。ピダハン語でマニュアルを書いたら、さぞかし簡潔で判りやすいマニュアルになるだろう。

素人にマニュアルを書かせると、やたら受動態を使いたがる。たいてい、そういうマニュアルは、無駄に文章が長いだけで、「どうすれば何が起きるのか」が判らない。

 こういったピダハン語の特異な特徴を、著者はピダハンが生きている環境と、そこで生きていくために彼らが育てたピダハン文化に求めてゆく。文化は言語と重大な関わりがある、そう主張するのである。

 この辺、複数の言語を操るマルチリンガルな人はどう思うんだろう? 

私は日本語しか話せないが(英語の成績は壊滅的だった)、プログラミングの経験から全面的に肯定する。c言語で考えている時と、SQLで考えているときは、全く思考過程が違う。一時期 Prolog を齧ったが、考え方が全く違うのに苦労した。ある程度 Prolog を使えるようになったら、今度はc言語を使えなくなった。頭が述語論理になってしまったのだ。それ程ではないにせよ、c言語で書く時は、実行速度やメモリ効率を同時に考えている。perl で書くときは、「いかに手っ取り早く片付けるか」を主に考える。言語によって、頭の使い方が違うのだ。

 やがて著者は、言語学の御大チョムスキーが唱える、生成文法への反例を見つけだす。ピダハン語には再帰がない!これは言語学を揺るがす大論争を引き起こす。そして、ピダハン文化は著者の信仰すら脅かし…

 我々とは全く異なる世界に、我々とは全く異なる世界観で生きているピダハンの人々。短命ではあるが、彼らはその生き様に満足している。彼らの生き方・考え方も面白いが、それ以上に、著者が彼らの世界観を解き明かして行く過程も、ファースト・コンタクト物としてめっぽう面白かった。SF者には文句なしにお勧めの一冊。

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【謎の解】

 語尾の「-pai」は「自分のもの」を示すらしい。

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2014年11月27日 (木)

ロバート・ブートナー「孤児たちの軍隊2 月軌道上の決戦」ハヤカワ文庫SF 月岡小穂訳

 残り時間がゼロになtったとき、人類が生き残るか絶滅するかが決まる。どっちにしても、ぼくは死ぬ。ぼくはジェイソン・ワンダー。今の所は、史上最年少で最低の少将だ。しばらくは24歳の少尉だったが、階級にかかわらず、歩兵であることに変わりはない。

【どんな本?】

 合衆国陸軍情報士官の経歴を持つ著者による、ミリタリ・スペース・オペラのシリーズ第2弾。近未来、正体も目的も生態も不明な異星人からの攻撃で人類は危機に瀕していた。米軍を中心に編成した派遣軍は、孤児を中心とした一万の兵を敵の本拠地ガニメデへ送り、からくも防衛に成功したが…

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Orphan's Destiny, by Robert Buetner, 2005。日本語版は2014年6月15日発行。文庫本で縦一段組み本文約419頁。9ポイント41字×18行×419頁=約309,222字、400字詰め原稿用紙で約774枚。長編小説としては少し長め。

 文章は比較的にこなれている。SFだけど、あまし難しい理屈は出てこない。いや一部に出てくるんだけど、ハッキリ言ってハッタリだから気にしなくていい。特撮ヒーロー物の必殺技の名前ぐらいに思っていれば充分。

 シリーズ物ではあるが、この巻から読み始めても問題いなく話についていける。というのも、著者が気を利かせて、必要な時はしつこいぐらいに前巻で明かされた背景を説明しているから。「売れる作品の書き方」を心得てる。

【どんな話?】

 近未来。質量弾を大都市に落下させ「核の冬」を引き起こす異星人に対し、人類は敵の本拠地ガニメデに一万名の兵を送り込む。着地点の選択ミス、洞窟への浸透作戦、そして兵の消耗を顧みない人海戦術と厳しい戦いが続いたが、破れかぶれの作戦でからくも人類は勝利をおさめる。だが、生き残ったのは、一万のうち七百名足らずだった。

 生き延びはしたものの、地球に帰還する手段は無い。ジェイソン・ワンダーは、戦時昇進で少将となり、ガニメデに残る生存兵の指揮をとる羽目になった。生き延びるため必死で隊をまとめるジェイソンだが、情報部のハワード・ヒブル少佐はマイペースでナメクジどもが残した遺物を漁っていた。

【感想は?】

 前作は歩兵版ID4だった。今回は特攻野郎Aチームがナヴァロンの要塞に挑むって雰囲気。

 そう、Aチームだ。バリバリのB級アクションである。それもテレビドラマの。決して真面目な作品を期待してはいけない。語り口は真面目だけど、ノリは軽いし、筋書きも相当に無茶してる。読んでて「これマズいんじゃね、罠だろ」と思ったら、ソレはやっぱり罠で、ちゃんと罠が発動する。しかも、最悪の形で。

 その分、お話の語り口は巧い。全体は51の小さい章に分かれ、各章は読者の興味を惹きつける形で次の章へと続いてゆく。「ぼくの予想は間違っていた」とか、何か予想外の事が起こる由を読者に予告し、「こ、この後、どうなるんだ?」と思わせる手法だ。目まぐるしくカットが変わるテレビの手法に似ている。

 お話は、ガニメデでサバイバルを続ける派遣軍と、それを率いるジェイソン・ワンダーの苦闘から始まる。こんな状態だってのに、下士官と兵は気楽なものでw

 やはりこの作品の味は、こういったニワカ軍ヲタが喜びそうな、微妙にマニアックなクスグリにある。まず登場するのが、なんとロッキード=マーティンのベンチャースター(→Wikipedia)。スカンクワークス(→Wikipedia)とか、ツボを抑えているのが小憎らしい。

 やはり見事にツボを押さえているのが、パイロットの訛り。「鼻にかかったテキサス訛り」である。

 ID4をご覧になった方は、最後の出撃の前の大統領の演説を覚えているだろうか? それまで東海岸風のハキハキした口調だった大統領が、最後の演説ではいきなりズーズー弁になるのだ。出鱈目に見えるあの作品だが、あれは泣かせる演出だった。彼が政治家の衣を脱ぎ捨て、一パイロットに戻る姿を、一瞬で分からせる場面である。なぜズーズー弁か。

 恐らくはチャック・イエーガー(→Wikipedia)の影響だ。今調べたら彼はウエスト・ヴァージニア出身でテキサスじゃないけど、なぜか合衆国空軍のパイロットは南部訛りで喋る事になっている。のんびりした口調なので、いかにもリラックスした雰囲気が出る。冷静さが大事なパイロットでは、自らの落ち着き(と肝の太さ)を伝えるために、わざとゆっくり話すのだ。

 「ガニメデへの飛翔」でも、ハインラインの「宇宙の戦士」を思わせる部分が多々あった。ジェイソンを教えるオード曹長は、ズイム軍曹を連想させる。この巻でも、最後にオマージュがドーンと出てくる。

でも前の巻の戦闘シーンは、ハインライン版というよりバーホーベンの映画版だけどw

 この巻では、帰還の際に乗り込む<エクスカリバー>艦長のアトウォーター・ブレイス准将が、なかなかのクセモノ。秩序第一のカタブツで、思い出したのがハーマン。ウォークの「ケイン号の叛乱」に出てくるフィリップ・F・クイーグ少佐。この作品でもちょっとだけ語られる、古参の仕官と新参兵のすれ違いが、少しだけケイン号のテーマと似ているような。

 こういった「気持ち」の面で軍を語る部分は、やはり帰還の場面でもよく出ていて。戦友を失った将兵の悩みへの対処は、第二次世界大戦→ベトナム戦争を通じて、米軍が学んだ事柄。ジュディス・L・ハーマンの「心的外傷と回復」だったかな? 第二次世界大戦では大きく出なかったPTSDが、ベトナム戦争では大きな問題になった。なぜか。

 第二次世界大戦では、船で復員した。そのため、帰郷する前に戦場での心の傷を癒す時間があった。だがベトナム戦争では、航空機で慌しく帰国した。そのため、気持ちを戦場から平時に戻す余裕がなかった。もちろん、勝った戦争で英雄として帰還した二次大戦と、厭戦気分で撤退したベトナム戦争の違いもあるけど。

 この本に戻ろう。英雄として帰還したジェイソンを、政治家などが徹底的に利用しようとする。カイロの場面とかは、いかにもアメリカのB級作品らしい能天気な描き方。

 やはり日本人としてはムカつく場面が、決戦に向かうシーン。ミッドウェイ海戦…うああ、思い出したくない。でも、まあ、仮にこのシリーズが太平洋戦争を模しているなら、この巻は逆転への転換点を示しているって事で。

 ここで活躍する<マーキュリー>マーク=20とかも、ニワカ軍ヲタへの嬉しいクスグリ。どう見てもファランクス(→Wikipedia)じゃないかw んなモン宇宙船に積んでどうするw

 情報士官出身でありながら、情報部をドジ役に選んでいるのも皮肉が効いている所。最初からマイペースなハワード・ヒプル少佐、あまりのマイペースさに客寄せパンダもクビになり、変な小屋に閉じ込められ、決戦の土壇場でも自らのペースを守りぬく。いやあ、楽しい人だ。

 口調はシリアスだが、中身は能天気なアクション。コロコロと進む話と、続きに興味を持たせる語り口。油断してるとマニア向けのクスグリがあったり、B級娯楽作らしい楽しめる作品だ。

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2014年11月26日 (水)

Andy Oram, Greg Wilson編 Brian Kerninghan, Jon Bentry, まつもとゆきひろ他著「ビューティフルコード」オライリージャパン 久野禎子,久野靖訳 5

 Andy Oram, Greg Wilson編 Brian Kerninghan, Jon Bentry, まつもとゆきひろ他著「ビューティフルコード」オライリージャパン 久野子,久野靖訳 1 から続く。

25章 構文の抽象化:syntax-caseマクロ(ケント・ディヴィグ)

 scheme のマクロ機能である syntax-case の話。scheme は LISP の軽量版みたいなプログラム言語で、手軽に LISP の雰囲気を味わいたい人にはお薦め。言語の要求仕様がコンパクトかつキッチリ決まってる上に、なんたって処理系が手に入りやすく動かしやすいのがいい。

 反面、利用者はやたらと頭よさげな人が多くて、半端な気持ちで質問すると素人にはハナモゲラな文章で回答が帰ってくるのが困り者。私も、この章は、ほとんど意味が分からなかった。

 ここで言うマクロとは、c言語で言う #define みたいなシロモノで、S式からS式を作り出す。ただし単純にシンボルを置き換えるだけじゃ巧くいかない。というのも、マクロの中で(一時的に)使っているシンボルと、マクロを呼び出す側が使っているシンボルが、たまたま一致しちゃうと、悲惨な事になるから。

 これに LISP 独自の構文 quote とかが絡むと、問題は更に複雑に。

26章 労力節約のアーキテクチャ:ネットワークソフトウェアのためのオブジェクト指向フレームワーク(ウィリアム・R・オッテ、ダグラス・C・シュミット)

 多様なプラットフォームやプロトコルの違いを、c++ のテンプレート機能で吸収しましょう、という話を、ログ記録サーバを例に語ってゆく。

 とくれば大体想像がつくように、基本的な動作はテンプレートで記述して、プラットフォームごとのAPIの違いはサブクラスで実装する、かなり王道の手法。ただし、こういう手法で「使える」テンプレートを作るには、サブクラスとなり得るプラットフォームのAPIについて、ある程度は分かってないとマズいんだよなあ。

 というのを実感するのが、子プロセスを作るAPIの違い。昔のサーバは、リクエストを受けると子プロセスを fork() して、仕事は子プロセスに任せ、親プロセスは再びリクエストを待つ形が多かった。問題は、子プロセスを fork() した後で起こる。POSIX準拠だと入出力ハンドルもコピーするけど、Windows じゃ子プロセスは入出力ハンドルにアクセス出来ない。

 けど、今だと、プロセスじゃなくてスレッドで処理するんじゃなかろか。いや良く知らないけど。

27章 ビジネスパートナーをRESTfulにまとめ上げる(アンドリュー・パッツァー)

 IBMのオフィス・コンピュータAS/400 で動くRPGで作ったサービス(の一部)を、Java の Servlet+XML+Rosettant を使ってWeb 経由で使えるようにする話。ちなみにここで言う RPG は Roll Playing Game でも Ruchnoj Protivotankovyj Granatomjot でもなく、Report Program Generator(→Wikipedia)の事。事務系じゃ便利な言語です。

 Servlet なんで、面倒くさい通信関係は考えなくていい。基本的には XML でリクエストを受け取り、AS/400 のサービスを呼び出し、XML を書き出す、それだけ。つまりは一種の Wrapper ですな。

 今、受注している仕事はハッキリと仕様と利用者が決まってるけど、将来は仕様も利用者も増えるだろう、ってのが前提にある。そういう場合に、「とりあえず骨組みを作っといて、細かい所はコメントだけ書いとく」のは巧い方法。私もよくやった。というか、ある程度の経験のあるプログラマは、みんなやってるんじゃなかろか。

 リクエストの種類、つまり使いたい AS/400 のサービスによって異なるオブジェクトを生成する部分は、意外とベタな switch~case でやってる。プラグインにして、実行時にロードする方法もあるけど、それやると却って管理が難しくなるから、これでいいのかも。

 XML はデータ構造としちゃ柔軟で表現力も大きい反面、プログラムで扱うとなるとパースと生成が面倒くさい。ここじゃパースは XPath、生成は単純に文字列の連結で済ましてる。今なら JSON が楽かも。

28章 美しいデバッグ(アンドレアス・ツェラー)

 gdb の便利ツール、データ表示デバッガ(ddd、data Dislay Debugger)のデバッグから始まる、楽しいデバッグの話。

 「GDB4.16 じゃ巧く動くけど、GDB4.17 じゃ巧く動かないんだ」。このバグ報告が、騒ぎの始まり。まずGDB4.16と4.17の違いを調べようと diff を取ると、8,721箇所以上178,200行。「どこがマイナーリリースじゃい!」と怒ってもしょうがない。

 8721箇所のどれがが原因なのは分かってる。じゃ、どこが原因なのか。修正箇所を1個づつ適用して、GDB をビルドしてテストすれば…と思ったが、複数個所を同時に適用しないとビルドできない場合もある。でもとにかくビルドする方法を考えて自動ビルド&テストする道具を作り…

 というわけで、ツェラー君のマシンはスクリプトに従って3日間ひたすら gdb をビルドし続けるのでした。

 などの経験から、プログラムの状態を可視化する道具を作ってしまう発想と実行力はさすが。

29章 エッセイのごときプログラム(まつもとゆきひろ)

 プログラム言語 ruby の設計を通し、「どんなプログラム言語が好きか」を語るコラム。

 利用者が覚えやすく、ややこしい処理を簡単に書けて、高速で動き、保守しやすく、かつ拡張しやすいのが良い言語。でも、幾つかの要素は同時に成立しにくい。

 Forth や PostScript の文法は単純で憶え易いけど、使うのはちとシンドい。特に他人が書いたプログラムを読むのは地獄になる。c言語の ++ とかは、ぶっちゃけ構文糖だけど、お陰で読むのも書くのもグッと楽になった。その辺のバランスが、言語を作る人のセンスを問われる所。

 読んでいて気がつくのが、全て使う人の目線で描いている事。例えば「簡潔さ」では、処理系の簡潔さではなく、「同じ処理をいかに簡潔に書けるか」というテーマで語ってたり。

 ちょっとややこしいのが、「保守性」。これは「プログラムのメンテしやすさ」ではなく、新しく ruby を憶えようとする人のとっつきやすさで語っている。既に憶えている言語に似た言語は、とっつき易い。極端に文法が違うと、近寄りがたい。LISP がイマイチ流行らない理由の一つがコレだと思う。

 そこを巧く誤魔化したのが JavaScript。「なんか LISP だよなあ」と思ってたら、やっぱし「1.7 で let を追加」とか言い出したw

 もう一つ、ruby の強力な機能が、メタプログラミング機能。perl もそうだけど、クラスやメソッドの一覧など、(現在生きている)処理系が管理している様々な辞書にアクセスできる点。これを巧く使うことで、自動ロードやプラグイン管理が楽になるし、デバッガなどのサポート・ツールも開発しやすくなる。

 今は利用者のコミュニティが積極的に道具を使いやすく育てる事ができる時代。そこまで見越して設計したのなら、なかなか優れた社会的ハックだと思う。

30章 世界につながる手段がボタンだけだったら(アラン・メータ)

「スティーブン・ホーキング教授ができるのはボタンを押すことだけだ」

 ALS(筋萎縮性側索硬化症)を患うスティーブン・ホーキング教授が、便利に使えるエディタ eLocutor を Visual Basic6 で開発する話。

 やはりネックとなるのは、語句を入力する部分。ここで巧く候補リストを工夫し、なるべく操作数を少なくしよう、というのがお話の中心部分。そこで必要なのが単語の補完であり、使うのは単語の出現頻度予測。そのために辞書・キャッシュ・マクロを駆使し、出来る限り使う人の負担を減らそうとしている。

 という事で、単なるユーザ・インタフェースの話だと思ったら、言語学的な話も出てきた。最近は word2vec なんてのもあって、v(東京)-v(日本)+v(フランス)=パリ、なんて真似も出来るらしい。

 こういう利用者に密着して開発する話は、「意外な落とし穴」的なネタが楽しくて、このコラムだとマクロの話。

 人気者のホーキング教授、講演する機会も多いんだけど、その際には光の加減で画面が読みにくい場合がある。ってんで、読み上げ機能を追加するついでに、マクロを実装しちゃう。読む限りはマクロと言うよりシナリオ実行に近くて、条件分岐とかはなく、実行と一時停止ぐらいらしい。パワーポイントの自動再生みたいな?

 私はド近眼で、眼鏡なしじゃ生活できない。たまたま眼鏡ってテクノロジーがあるから不自由なく生きていけてる…航空機のパイロットにはなれないけど。そんな風に、テクノロジーの助けがあれば自立できる人は沢山いるわけで、そういう人を巧く支援する技術が出来れば、世界はより豊かになるんだと私は思う。

31章 Emacspeak:完全に音声のみのデスクトップ環境(T.V.ラマン)

 前のコラムと少し関係ある話で、Emacs の音声デスクトップ環境 Emacspeak の話。音声出力サーバは TCL で、Emacspeak 本体は EmacsLisp。

 今はGUI花盛りだけど、視覚障害者にとっちゃ、あまし有り難いシロモノじゃない。でもコンピュータが声を出して読み上げてくれれば、使える。ってんで、音声デスクトップ環境の登場となる。

関係ないけど lynx なんて web ブラウザもあって、これを音声デスクトップと組み合わせると視覚障害者でも web を使えるとか。このブログも、一応 lynx 利用に配慮してます。誰も使ってないみたいだけどw いや便利なのよ lynx、巧く色を変えれば変なサイト見ててもボスにバレないし←をい

 とまれ、単に文字を読むだけじゃ話は終わらなくて。長いテキストを読み始めたら、途中でキャンセルしたい場合だってある。てんで、最初は音声出力サーバに一気にメッセージを送ってたのを、1フレーズづつ送って、キャンセル要求の有無を確認するようにしたり。

 改行の処理も、ちと面倒で。普通の英文テキストなら、改行はただの空白文字。でも python のプログラムだと、改行は文の区切りになる。こいういった部分は、扱うテキストの種類によって違ってくる。

 やはり面白いのが、音声アイコン。ファイルの保存・ウエブサイトを開く・何かを消すなどの動作を、短い音で知らせる機能。考えてみれば、操作に対し何らかのフィードバックがあるからコンピュータは使いやすいんで、例えばファイルをゴミ箱に入れてもアイコンが残ってたら、不安になるよね。

 ってな事柄を、EmacsLisp で実装していくんだが、ここで活躍するのがアドバイス機能。任意の関数を実行する前・実行後に何かを実行する、または関数本体を置き換える機能。年寄りはMS-DOSの割り込みベクタの書き換えを思い出そう…って、通じにくい例えだな。いわゆる「フック」。今なら JavaScript のイベントリスナが通じるかな?

 なお、先に lynx の話を出したけど、Emacs 上の web ブラウザ w3m もあります。というか、テキスト・ブラウザとしては w3m の方が有名かも。

32章 働くコード(ローラ・ウィンガード、クリストファー・セイワルド)

 DiffMerge という10年以上も使われたソフトウェアを例に、コーディング規約の話。言語はc。曰く、以下7か条。

  1. 「本のよう」であること
  2. 似たものは似て見えるようにすること
  3. 字下げを克服すること
  4. コードをもつれさせないこと
  5. コードにコメントをつけること
  6. ごちゃごちゃにしないこと
  7. 既存のスタイルに解け込むこと

 「最もバグになる傾向が高いのは、入れ子になった条件文である」ま納得。条件文に限らず、入れ子が深いのは危険な兆候だと思う。というか、私のオツムじゃ三重になると理解できない。

 短い変数名を使うってのも同意。どっかで聞いた事があるんだが、構造体やメンバ変数の名前が、単語2個以上だったら、何かマズい事が起きている予兆だとか。キチンと構造化していれば、単語一つで済むはず。それとループの制御変数で i, j, k, l, m, n を使い果たしてるのも、マズい兆候。プログラムが長すぎるって事。

関係ないけど昔、凶悪なプログラムを見た。文字列定数の定義で、一つの空白は space, 連続した二つの空白を spaace, 三つの空白に spaaace と名前をつけていた。凶悪だと思いませんか?

33章 「本」のためにプログラムを書く(ブライアン・ヘイズ)

 この本の最後を飾るに相応しい、美しいコードが拝める章。いやホント、この解決法には感激した。

 問題は、「平面上の3つの点が与えられたとき、その3点が同一直線上にあるか」を調べるプログラム。言語は LISP。といっても、長くてせいぜい7行だし、小難しいマクロなどは使っていないので警戒無用。

 3点の座標が px, py, qx, qy, rx, ry で与えられた時、どんな解法を考えるだろう? 私が考えたのは著者と同じ、2つの点から一次方程式 y=mx+b を導き出し、3点目がこの方程式に当てはまるか否かを調べる方法。でも、この方法には問題がある。仮に点pとqを選んだとき、px=pyだったら、つまり 方程式が x=b の形の時は、ゼロ除算の例外が起きる。

 実はもう一つ、問題があって。点p と点q が全く同じ座標だと、っこれまた面倒くさい事が起きてしまう。これらを例外事項として、予め条件分岐で除外してもいいけど、なんか美しくない。なんとかならんの?

 ってな悩みをブログに書いたところ、実にエレガントな解が見付かった。「3点でを頂点とした三角形の面積を計算すりゃいいじゃん」。一直線上にあるなら、面積はゼロになる。ってんで、出来たプログラムはたった3行。計算は引き算が4回に乗算2回、それに比較が一回だけ。ホント、感激モノの美しさ。

『ビューティフルコード』日本語版発刊記念対談
久野靖×まつもとゆきひろ「コンピュータサイエンスをなめるな!」

最初、久野さんも変なこと引き受けたなあと思ったけど、感動しました。
  ――まつもとゆきひろ

 ニュースグループ fj.comp とか雑誌 bit の連載とか、懐かしい話で始まる対談。言語仕様の話も面白いけど、大学の授業でプログラミングを教える話も面白い。やっぱり初心者には、早く結果が見える道具がいいよね。Hello, world をどれだけ楽に出せるか、とか。ただ、ソコで楽するのを憶えると、後でcとかを始めると死ぬんだよなあ。

 授業だと開発環境が整ってるから選択の幅も広いけど、そうでない場合は開発環境の入手・設定から始める必要があって、この辺が LISP系の弱みだと思う。まあ、今なら JavaScript が中身ほとんど LISP だったりするし。

 「初心者ならではの視点」がわかるのも、教える立場の醍醐味。なぜ浮動小数点でお金の計算をしちゃいけないか、とか。でも「アルゴリズムが違うと計算時間が格段に違うことを知って驚いた」ってのは、さすがに。そんなモンなのかなあ。

おわりに

 やっぱり泥臭いコードの話は楽しい。世の中、特に産業界だと、なんか上流工程の方が偉いみたいな雰囲気があって、コードの話は今でも「オタクっぽい」みたく思われちゃうんだよなあ。または API を知ってる人ほど偉い、みたいな。そういうのを、コラムというかエッセイというか、気軽な雰囲気で語る本ってのは、やっぱし貴重だと思う。

 さすがに体系的に学ぶには向かないけど、そこは各章についてる参考文献で補うということで。つか、巻末に参考文献一覧があったら良かったなあ。

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2014年11月25日 (火)

Andy Oram, Greg Wilson編 Brian Kerninghan, Jon Bentry, まつもとゆきひろ他著「ビューティフルコード」オライリージャパン 久野禎子,久野靖訳 4

 Andy Oram, Greg Wilson編 Brian Kerninghan, Jon Bentry, まつもとゆきひろ他著「ビューティフルコード」オライリージャパン 久野子,久野靖訳 1 から続く。

17章 もう一段階の間接参照(ディオミディス・スピリネス)

コンピュータサイエンスにおける問題のすべては、もう一段の間接参照によって解決できる
  ――バトラー・ランプソン(Butler Lampson)

 FreeBSDで、NTFS や ext35fs や ISO-9660 などの様々なファイルシステムを、統一的に扱う話。言語はもちろんc。まずは関数ではなく、関数へのポインタにする。ここまでは思いつくけど、次が凄い。デバイスによって、引数の数も型も違う。これを解決するために、引数も引数のポインタにしちゃった。

 やはり感激するのが、ロックの所得と解放を扱う部分。ドメイン固有言語(Domain Specific Language, DSL)なる専用言語を作り、awk でcのコードを生成しちゃう、という手口。確かに lex と yacc も似た手口を使ってるけど、うーん…と思ったら、私も似た手口を使った事があったw いや言語と言うよりプリプロセサとかフィルタとか言うのが妥当なレベルだけど。

 改めて考えると、Unixのファイルの仮想化ぶりは相当なもので。私は初めてソケット通信を使った時、普通のファイルと同じようにreadで読めるのに感激したなあ。これもチャンと考えれば、パイプで fgets() が使えてるんだから、理屈は同じようなモンなんだよね。

 しかしコレ、「間接参照」ってのはデータ構造から見た発想で、設計的には「もい一段の抽象化」となるのかな。そう考えると、昔作ったシロモノで直したいモノが沢山あって、それを思い出すとなかなか読み進めないのだった。

 なお、先の引用にはオチがついていて。

しかしそうすることで、たいてい、新たな問題が作り出されるのだ
  ――デビッド・ウィーラー(David Wheeler)

 うん、旧MacOS のハンドルにはトコトン苦しみました、はい。

18章 Pythonの辞書実装:すべての人々にすべてのものであること(アンドリュー・クッヒリン)

 Python の辞書(連想配列)をc言語で実装する話。ちなみにデータ構造はハッシュ表。

 辞書は様々な使い方がされて。大きいデータを扱う場合があるのはもちろんだけど、小さい辞書も頻繁に使う。処理系を作るにも使ってて、ここでは関数のキーワード引数を例に挙げてる。こういうのは実行速度に大きな影響を与えるんで、小さい辞書はなるたけ軽くしとかにゃならん。ってんで…

PyDictObject 本体には8スロットのハッシュ表のための領域があります。要素数が5以下の小さな辞書はこの表に格納することができ、余分な malloc() を呼び出す時間コストを節約できます。これは同時にCPUキャッシュの局所性も改善します。

 という事で、関数のキーワード引数は5個以下にしましょう。ちなみに表の拡張は、2/3が埋まった時だとか。キー値が衝突した時の処理とか、結構泥臭い話が出て来て、これも楽しかった。また、辞書のメモリ領域は単純に malloc()/free() してるワケじゃなくて、独自に管理して巧くリサイクルしてるとか。まあ、当然か。

19章 NumPyの多次元イテレータ(トラビス・E・オリファント)

 Python の多次元配列のイテレータを、c言語で実装する話。

 単純な配列のイテレータならそんなに難しくないけど、Python の場合は配列のスライスとかがあって。スライスってのは、例えばビットマップ画像の配列から一部分の矩形領域を抜き出したとか、RGBのフルカラー画像からRだけを抜き出したとか、そんな風に配列の一部分を抽出したシロモノのこと。これを配列と同じように扱いたいわけ。

 私はあまりイテレータを使った経験がない(というかプログラムをバリバリ作ってた頃はイテレータって手法を知らなかった)んだけど、今から思えばイテレータを使えばスマートに書けたプログラムが沢山あるんだよなあ。何より、扱うデータの構造から、プログラムの構造が解放されるのが大きい。

 大昔の事務処理でよく有った、複数の整列済み順編成ファイルの突き合わせとか←若者にはわかりません

20章 NASAの火星探索機計画のための高信頼エンタープライズシステム(ロナルド・マック)

 NASA の火星探索機(MER, Mars Exploration Rover)ミッションでの、主に地球側のサービス・システムを Java Beans で作る話。ここでは、主に地球にデータが伝送されてからの話が中心。つまりMERが送ってきたデータを、どう全世界に配信し、また全世界からデータを受け取るか、という問題。

 いきなり宇宙を感じさせるのが、時刻管理。地球じゃ世界中の人が関係してる上に、探索機は火星の2箇所にあるんで、世界中のタイムゾーンに加え火星の二つのタイムゾーンが必要になってくる。SFファンとしてはワクワクする話もあって。

火星の1日は地球より約40分長いため、ミッション関係者たちは、地球時間で生活している家族や同僚たちと比べて、毎日その時間だけ時刻を遅らせていくことになりました。

 多くの Bean が同時に稼動するシステムなんで、デバッグも大変。そこで講じた対策が、こまめにログを取ること。これはデバッグを楽にするだけでなく、「クライアントアプリケーションがそのサービスをどのように使っていたかの情報も、提供してくれたのです」。これ見ればチューニングが必要な部分もわかるわけ。

 ログをどれぐらいの頻度で取るかは設計する際のちょっと悩ましい問題で、あまし取りすぎるとディスクがすぐにパンクしちゃうし、しないとデバッグが難しくなる。マメに取るようにして、煩すぎるようなら後で調整する方が大抵の場合はいいのかも。

21章 ERP5:最高水準の適応性に向けた設計(ロジェリオ・アテム・デ・カルバルホ、ラファエル・モネラ)

 Python ベースのフレームワーク Zope を使い、ERP(Enterprise Resource Planning)システムを作る話…って、よくわかんなかった。興味を惹かれたのが、「関係マネージャ」。よくあるでしょ、単方向リストで充分だと思ってたら、実は双方向リストが必要だった、とか。その辺を巧く処理してくれるんなら、嬉しいなあ。笑ったのが、以下のくだり。

ERP5 Project の最初の利用は、ERP のインスタンス生成プロジェクトをサポートする「内部的な」プロジェクト管理のためでした。

 うんうん、やっぱり、最初の試運転は自分が乗らないと。

22章 スプーン一杯の汚水で(ブライアン・キャントリル)

 Solaris のカーネルのロック機構で見付かった、しつこいバグを退治する話。当然、サンプルはc言語。

 元々の問題は、資源のロックとスレッドの優先順位の話で、優先度逆転という状況。スレッドA・B・Cがあって、優先順位は高い順にA→B→Cとする。高優先のAが欲しい資源を、低優先のCが掴んでる。この時、Cは優先順位が低いから順番が回ってこず、AはCが放さないから待たされる。結果、中優先のBがズンズン進んでしまう。

 これを解決するのが、優先度継承。Cが終わらないからAが待たされる。なら、Aを待たせているCにも、Aと同じ優先順位を(一時的に)与えよう、という発想。ところが、これが難しくて、しまいにゃコアダンプする始末。OSがコアダンプしちゃ話にならん、しかも納期は迫るという極限状態で…

 スレッドなんて言葉が出てきたんで分かるように、ここでは並列処理の面倒くさい話が次々と出てくる。しかもマルチCPUだったりするんで、話は更にややこしい。

 ちょっと以外だったのが、ロック処理の重さ。私は滅多に使わないからシンドイ処理だと思ってたけど、少なくとも Solaris では軽い処理らしい、曰く、小さい単位で頻繁に同期され頻繁に解放される、結果として競合は滅多に起きない、だから競合がない場合に向けて最適化した、とか。

 コアダンプの原因を特定し、再現するあたりは、多くのプログラマが頷いてしまう場面。そして解決法も、ちょっと意外で拍子抜け。やっぱり、人って、疲れてくると発想パターンが一つに収斂しちゃうんだよなあ。

23章 MapReduceでの分散プログラミング(ジェフ・ディーン、サンジェイ・ゲマワト)

 Google で大規模な並列処理を実現している MapReduce の話。プログラム言語は c++ っぽい。

 やはり日頃から自分が使っているシロモノの話は興味深い。一般の人には Google って検索とかのサービスの便利さで印象深いけど、そのサービスを支える並列処理技術こそが Google のキモだったりする。

 そのキモが、ここで紹介する MapReduce。お題としては「4章 ものの見つけ方」にちょっと似てる。つまり、数十億個の文書から、キーとなる単語が何回出てくるかを数える、という問題。モロに Google 検索の仕事そのもの。

 これを一つのマシンでやってたらキリないんで、大量のマシンに分担させて解くのが Google 流。MapReduce は二つのモノ、つまり多くのマシンに仕事を分担する Map と、その結果を収集する Reduce からなってる。

 後半はスケジューリングの話が中心で、これもなかなか面白い。個々の仕事をする部分をワーカと呼んでて、つまり労働者だね。各マシンは複数のワーカを抱えてる。ワーカが仕事を終えると、マスタ(労務管理者)がワーカ(を抱えるマシン)に仕事を割り振る。単にこれだけで、性能の違う複数のマシンにバランスよく仕事を割り振れてしまう。

 護送船団方式で問題になるのが、「のろまなカメ」問題。大半のワーカが仕事を終えてるのに、小数のトロいワーカが仕事を終えず、全体の処理がなかなか終わらない。じゃ、どうするか。残った仕事が2~3個ぐらいになったら、別のワーカに同じ仕事を割り振ってしまう。これで、トロいマシンに待たされずに済むわけ。

 他にも死んでるマシンの見つけ方とか、クラッシュするデータの扱いとか、Google 独自のファイル・フォーマットの話とか、楽しいネタが一杯。全般的に荒っぽい手法が多いのも、Google の文化を感じさせてくれる。

24章 美しきかな、並列(サイモン・ベントン・ジョーンズ)

 リレーショナル・データベースじゃありがちな銀行口座のお金の振込み処理を例に、Haskell のソフトウェア・トランザクショナル・メモリSTM(Software Transactional Memory)を解説する。

 ここでは肝心のトランザクションの話より、Haskell 言語そのものが面白かった。いや使った事ないし。文法が特異なので、ちょっと慣れるまでは大変そうだけど。関数の宣言で、関数内で引数の中味が変わるか否かを示すのが、ちょっと昔風。またセミコロンが文の終わりではなく、文の区切りを示すのは Pascal の影響かな?

 「アクションが第1級の値」って、よくわからん表現だなあ、と思ったら、どうも「文のカタマリを値として扱える」という事らしい。つまりは LISP の lambda 式や JavaScript の無名関数みたいな。きっとスコープはサキシカル・スコープなんだろうなあ。ところで似た問題の解決法としてイテレータがあるけど、アクションとイテレータ、どう場合分けしたらいいんだろう?

 あと、関数を呼び出す際にパターンマッチして、同名の関数が複数あった時は適切な関数を選んじゃうあたりが卑怯。これじゃまるで Prolog ではないか。

おわりに

 次の記事に続く。

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2014年11月24日 (月)

Andy Oram, Greg Wilson編 Brian Kerninghan, Jon Bentry, まつもとゆきひろ他著「ビューティフルコード」オライリージャパン 久野禎子,久野靖訳 3

 Andy Oram, Greg Wilson編 Brian Kerninghan, Jon Bentry, まつもとゆきひろ他著「ビューティフルコード」オライリージャパン 久野子,久野靖訳 1 から続く。

9章 下向き演算子順位解析(ダグラス・クロックフォード)

 JavaScript による、プログラム言語の構文解析の話。特にややこしいのが、演算子に鬱陶しい優先順位がある事。つまり、乗算の * や 除算の / は加算の + や減算の - より強い、とか。また - は引き算を示すと共に、負の値も示したり。私は左辺値と右辺値の扱いで苦労したなあ。だからパーサは面白い。

 「だからS式使え」「逆ポーランド記法こそ至高」とか言い出すと嫌われるので要注意←お前だけだ

10章 高速ビットカウントを求めて(ヘンリー・S・ウォーレン,Jr)

 コンピュータの1ワードの中に、1が立っているビットの数を数える、という問題。例えば32ビットだと、1ビットづつ調べてシフトする、を32回ループすればいいよね、とか思うけど、これをどう高速化するか、というお話。全処理を終えるまでに実行する、命令の数を計算して処理時間を予測するあたりが、いかにもで楽しい。

 昔のCPUにはシフト&テストなんて命令があったような気も…。

 たかがビットカウントで、ここまで多くの方法がある事に驚き。予め256要素の表を作っておく手は、私でもスグに思いついた。でも分割統治法は、最初に読んだ時はよく分からなかったなあ。ビット列を櫛の歯で想像したら、なんとなく分かったような気が…。いや説明はできないけど←をい

11章 安全な通信:自由のための技術(アシシ・グルハッチ)

 PGPを使った安全なMUAを作ろう、というお話。今は例えば Thunderbird だと、プラグインを使えばPGPに対応できるけど当時は「アプリケーションをプラグインで拡張する」って発想が、あましなかった。ってんで、一から作る羽目に。元はMacOS9+FikeMaker+Frontierとか、懐かしい。

 使っているのは perl。こうやって見ると、やっぱり perl は毛深いなあ。いや便利だよね、バッククォート。移植性はないけどw 処理タイミングによるバグを潰すために数ミリ秒寝るとか、あるがち。

 こういうセキュリティが重要な仕事だと、一時ファイルもセキュリティ・ホールになりがちとか、ちょっと勉強になったり。しかしプログラマには人気あるんだな、ヴァーナー・ヴィンジ。

12章 BioPerlにおける美しいコードの成長(リンカーン・シュタイン)

 遺伝子解析を支援する perl モジュール BioPerl 内の Bio::Graphics のお話。遺伝子解析で問題となるのは、その情報量の膨大さ。基本はAGCTなんで2ビットで表現できるんだけど、それが31億対もあるんで、全体で「3ギガバイトほど」。それに解釈(アノーテーション)を加えると「現時点で何テラバイト」にもなる。

 ここで扱うのは、それをグラフにして視覚化する Bio::Graphics モジュール。デスクトップでも、CGIとしても使えるシロモノで、利用者は Webブラウザ経由で使えば perl のインストールとかも考えなくていい。今となっては当たり前だけど、プラットフォームの縛りから開放するには、なかなか賢い解決法。

 基本的にお絵かきソフトなわけで、やっぱり出ましたオブジェクト指向。ここでは perl ならではの柔軟性を徹底的に利用し、「ファクトリオブジェクトの列を作る」とか「コールバックを設定する」とか、無茶しまくり。ある意味、こういう「その場しのぎ」な解決法が取れるのが、perl の良さではあるんだけど、基本設計が酷いと悲惨な事にw

 出来上がってからわかる設計ミスというのも、往々にしてよくある話で。私も昔作ったプログラムを思い出して、つい直したくなったり。今思えば辞書クラスを作っておくべきだったなあ←意味不明

13章 遺伝子ソータの設計(ジム・ケント)

 「DNA中の××に関係ある領域にある遺伝子で既に知られているものの全部を、候補遺伝子として集める」機能を持つCGI。プログラム言語はc。

 改めて考えると、「××病に関係ある遺伝子」を特定するって、問題としちゃかなり難しい気がする。「病気持ちの人と、そうでない人のDNA配列を比べりゃいい」とか思ったけど、一人当たりのデータが膨大な上に、DNA配列は人により違う。多人数のデータで統計的に特定していくとしても、やっぱりデータ量は膨大になる。

 ってのは置いて。この章のミソは、c言語でポリモフィズムを実現する部分。と言っても実に素直な方法で、struct の中に関数ポインタを持ち、クラスに応じて適切な関数を設定する、という方法。昔覗いた X Window System も似たような事をやってたなあ。キャストだらけだったがw

 膨大な量のデータを扱うだけに、やはり問題は実行速度。ここではディスクのIOがネックになるとして、予めメモリに読み込む方法を使っている。

 終盤では、オブジェクト指向も問題点も指摘していて、これが実に納得できたり。

オブジェクトのメソッド中に役に立つコードを埋め込んでしまったら、そのコードを使うにはオブジェクトを作らなければなりません。

 うんうん、まったくだ。お前だよお前、VBScript。なんでシェル・オブジェクトだのファイルシステム・オブジェクトなんぞを作らにゃならんのだ。複数インスタンスを使う場合なんて…あ、シェル・オブジェクトはあり得るか。 

14章 エレガントなコードはハードウェアに合わせて進化する:ガウス消去法の場合(ジャック・ドンガーラ、ピョートル・ラスツゼック)

 数値計算ライブラリ LINPACK・LAPACK・ScaLAPACKを例に、行列計算のLU分解処理(ガウス消去法)が、CPUアーキテクチャの変転と共に、どう変わってきたかを辿るお話。プログラム言語は Fortran とc。私はガウス消去法なんか全く知らないけど、なかなか面白かった。

 関わってくるCPUアーキテクチャは、IBM360→ベクトルマシン→RISC→分散メモリの並列システム→マルチコア。ここでは、やっぱり実行速度が問題で。ただし、そのネックとなっているのは、CPUとメモリ間のデータ転送。

 一般に飛び飛びにメモリを処理するより、連続した領域を続けて処理するほうが速いんですね。大抵のOSじゃメモリはページング(→Wikipedia)してるんで、同じページのデータを連続して処理すりゃ、ページ切り替えの手間が減って速くなる。これは今も同じで、例えばCPUキャッシュはページ単位で管理してたり。

 ってんで、最初に出てきたのが、二次元配列の場合に、どっちの添字を内側で回すか、という問題。これがcとFortranじゃ、配列のメモリ割り当ての方法が逆で、cだと外→内と回すほうが速いけど、Fortranだと内→外と回す方が速かったり。

 と最初はループの回し方だけだったのが、ベクトルマシンが出たりRISCになってCPUキャッシュが重大な要素になったりマルチコア向けにスレッドセーフにしたり…と、ハードウェアの進歩にあわせて色々とチューニングしていくあたりが、なかなか楽しいコラム。

15章 美しいデザインの長期にわたる恩恵(アダム・コラワ)

 再びLAPACKの話。プロフラムはFortran。大文字ばかりのソースコードが、年寄りにはちょっと懐かしい。プログラミング・スタイイルも、ちょっと懐かしい流儀で。

 まず最初に「おお!」と思うのが、サブルーチンに渡した(配列の)引数に中身が、戻って来た時には変わっていること。

 今は値呼び出しが基本で、処理系によっては構造体までスタックに積んじゃうけど、やっぱ私は参照呼出しの方が好きだなあ。だって、紛らわしいじゃん。「文字列や構造体は値が変わるけど、整数は変わらない」とか。参照呼出しなら、「基本的になんでも変わる可能性がある」で分かりやすい。

 もう一つは、例外処理。今は「try~catch~throw で例外投げればいいじゃん」な風潮だけど、それやるとイベントのチェインが次々と遡っていって、最終的にはコアダンプになる。で、このサンプルは、ステータス・コードを返すという懐かしい仕様。「とにかく俺のプログラムの中じゃ止まらない」という、ある意味、自己防衛本能の極みな仕様。

 いやだって、止まったルーチンを作った奴が呼び出されるでしょ、普通。それを使った奴じゃなくて。だから異常を示すステータス・コードを返して、意地でも自分のルーチン内じゃ止めない。例え使い方が間違ってても。ステータス・コードを見ない方が悪い←をい

 など懐かしい流儀もあるけど、新しい流儀もある。「CERN ライブラリの多くのルーチンが簡単なテストとサンプルプログラムを提供していることです」。そう、テスト環境も重要な資源で、それに気づいてからは、自分用のテスト環境パッケージをコッソリ作ったっけ。コッソリってトコが姑息w

16章 Linuxカーネルのドライバモデル:一緒に働くことの恩恵(グレッグ・クローハートマン)

 Linux のデバイス・ドライバを作る話。プログラム言語はc。

 やっぱり仕様ってのは実装してみないとわからないモンで。それぞれのデバイス・ドライバは独立しているように見えて、実は互いの情報を必要としてる、そいう最初の例が身に染みる。

 ここでは、USBディスクの電源を、どうやって切るかという話。USBディスクは本体のUSBコントローラに繋がってて、USBコントローラはPCIコントローラカードに繋がってる、この時、電源を切る順番が PCIコントローラ→USBディスクだと、怖い事になる。USBディスク→PCIコントローラの順じゃないと拙い。

 つまり、カーネルまたはデバイスドライバが、互いの繋がり方を認識してないとマズいわけ。

 などから始まって、Linux のデバイスドライバの礼儀正しい作り方の話が色々と。メモリリークが起こる原因が、これまた切実で。いや良くやっちゃうんだよね、ドキュメントをシッカリ読むのが面倒で、「とりあえずデフォルトでいんじゃね?」みたいな。特にメモリリークのバグは、簡単なテストだと見付からないから、気づかぬままリリースしちゃったり。

 一般にデバイス・ドライバなんて小さいモンで、組み込みだとメモリが少ないから重大かも知れないけど、今のパソコンなら大きさはあまし問題にならない。なら大型コンピュータならもっと関係ないだろう

 …と思ってたら、IBMのS390で問題が起きた、というから笑っちゃう。ナニが問題かと言うと、「このコンピュータは最大で1024個までの仮想パーティションで同時にLinuxを起動でき」って所。仮想マシンが1000個、同時に走るわけ。だもんで、デバイス・ドライバが占める資源も千倍になって、問題も一気に千倍になってしまったw

おわりに

 次の記事に続く。

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2014年11月23日 (日)

Andy Oram, Greg Wilson編 Brian Kerninghan, Jon Bentry, まつもとゆきひろ他著「ビューティフルコード」オライリージャパン 久野禎子,久野靖訳 2

 Andy Oram, Greg Wilson編 Brian Kerninghan, Jon Bentry, まつもとゆきひろ他著「ビューティフルコード」オライリージャパン 久野子,久野靖訳 1 から続く。

1章 正規表現マッチャ(ブライアン・カーニハン)

 がむしゃらにプログラムを作り始めた頃、「動けばいいってモンじゃないんだぜ」と教えてくれたのが、この人の著作「プリログラム書法」。そんなわけで、私にとっては導師でもあるお方。じっくり読ませていただきました、はい。

 今回取り上げたのは、「ソフトウェア作法」で取り上げたのと同じ、正規表現。ちなみにかの本では正則表現と訳していた気がする。メタ文字は4つ。任意の1文字を示すピリオド,先頭を示すキャレット、末尾を示すドル、0個以上の繰り返しのアスタリスク。プログラム言語はもちろんc。

 unicodeに対応してない等の不満はあれど、サンプルのシンプルさは見事。と同時に、文字列をバイト列で表現すれば充分だった当事の環境が羨ましいし、また ++ や -- などの演算子をc言語に持たせた設計センスの巧みさを、改めて思い知ったり。ホント便利だよね、インクリメントとデクリメント演算子。また式の中で関数を呼び出せるのも嬉しい。

2章 Subversionの差分エディタ:存在論としてのインターフェース(カール・フォーゲル)

 実は Subversion は使った事がなくて、よくわかんなかったりするけど←をい

よい設計の出どころについて多くの人が薄々気づいている点を裏付けるように、差分エディタは1人の人物によって、ほんの数時間の間に作り出されたものなのです(ただしその人は、対象とする問題やコードについて熟知していました)。

  うんうん、まったく。解くべき問題を良く知っている人が、優れた設計者になる。これは当たり前だけど、大事なのは次。多くの人が民主的に設計するより、一人の人が独裁的に設計する方がいい。これは特にインタフェースに関して言えて。

 インタフェースは全体を通しての一貫性が重要で、それには強烈な個性を持つ一人が独裁するのがいい。クセが強ければ、使う側も「このシステムはそういうクセがある」とクセを飲み込みやすい。インタフェースに限れば、下手に妥協しない方が良かったりする。

3章 私が決して書かなかった、一番美しいコード(ジョン・ベントリー)

 古くて新しい課題、整列の問題。クイックソートについて、c言語で説明してゆく。「珠玉のプログラミング」の著者らしく、所々に著名人の警句を散りばめた文章が楽しい。また、クイックソート誕生のエピソードも、なかなか意外。

 私が初めて書いた整列プログラムはN!の処理時間がかかるシロモノで、中身は、まあ、ご想像の通り。上手に作れば平均NlogNで動くクイックソートを、どうチューニングしていくかだけでなく、どう速度を予測するかに重点を置いている。

4章 ものの見つけ方(ティム・ブレイ)

 HTTPサーバ(たぶんApache)の大量のログから、統計データを取り出す話。最も人気のある記事は何か、最も混む時間帯はいつか。当初 ruby で作り、次に perl で最適化する…というとプログラム言語の実行速度の問題っぽいけど、実はデータ構造と設計がキモだよ、みたいなオチなのが楽しい。しかしこの本の著者、皆さん二分探索が好きだなあw

 この本は最適化の話がアチコチに出てくるんだけど、サラリと重要な事をやってるのが、この章。大抵の人が最適化する前に、ちゃんとその効果を予測してる事。この章では、「どこで処理時間を食っているか」を測り、結局は最適化を諦めてたり。

5章 正しく、美しく、速く(この順番で):XML検証ソフトの設計から(エリオット・ラスティ・ハロルド)

 Java でXMLパーサを作り、最適化してゆく話。パーサはテキストを1文字づつ見ていくので、文字ごとの処理にかかる時間が性能に大きな影響を与える。ここでは、「Unicode文字が数字か否か」を調べる関数を例に考察してゆく。処理系の最適化機能を見越すあたりはさすが。でも結局は予め用意した表と、その場で作るキャッシュなのねw

 どうせここまでやるなら、いっそYAML(→Wikipedia)かJSON(→Wikipedia)で属性表を…いや、やっぱXMLでやるのが王道…と思ったけど、それを読み込むためにはXMLパーサが必要なのであった。意味ねえじゃんw

6章 テストのための統合的フレームワーク:脆さから垣間見る美しさ(ミカエル・フェザーズ)

 Javaのテストを支援する、FIT(Framework for Integrated Test)の話。言語はJava。HTMLパーサのシンプルさにちょっと感激。目的を絞れば、これでもいいんだよね。

 肝心のデータ部分は TABLE タグで受け渡ししてるんだけど、著者が強調しているのが、そこでコレクションを使っていない点。二つの参照 parts(最初の下要素)とmore(次要素)だけで、HTMLのツリーを表現しちゃってる。うんうん、とりあえず最初は線形リストだよね。

 この手の芋蔓式リストを作る際、いつも悩むのが、単方向リストか双方向リストかって点。単方向リストの方が実装は楽なんだけど、後で「あの変数はグローバルにしときゃ良かった」的な状態になった時に、双方向だと「リスト手繰ってちょ」をお願いすれば済む、という利点が←そりゃ設計がいい加減すぎ

7章 ビューティフル・テスト(アルベルト・サボイア)

 また出てきた二分探索。単純かつ強力でありながら、意外とバグのないプログラムを作るのが難しい二分探索を例に、JUnitでテスト方法を語ってゆく。

 興味を惹かれたのが、テストしやすさを目的にプログラムを改造している点。昔もデバッグのために printf や perror をアチコチに入れては後でコメントアウトしてたわけで、なら最初から入れときゃいいじゃん、と今になって思ったり。

 なお、ここで披露されるバグは有名なものらしい。再帰的に探索する際、新しい境界値を計算する int mid = (low +
high) / 2
がソレ。high が、int で表現できる最大値近辺だと、オーバーフロー例外を起こす。ここでは姑息な解決法  int mid = (low + high) >>> 1 を紹介してる。しかし、よくこんなバグを見つけたなあ。そしてよく解決法を思いついたなあ。

 ここでは、どんなテストをするか、も読みどころ。よく引っかかるのが境界値テスト。配列や文字列の先頭をゼロで表す言語と1で表す言語を行き来してると、頭が混乱してきたり。ってんで、私は境界値ー1・境界値・境界値+1の三つの値をテストに加える事にしてる。

8章 画像処理のためのその場コード生成(チャールズ・ペゾルド)

 かつての BASIC小僧として、ここは読んでて楽しかった。扱う問題は Microsoft Windows 上の画像処理。一般に画像処理は、各ピクセルに対し××するって感じだ。そのプログラムは、X方向とY方向の二重のループに囲まれてて、こんな感じの処理になる。

for( y=0 ; y<cy ; y++ ) { for( x=0; x<cx ; x++ ) {
if     ( operator==AND ) { ... }
else if( operator==OR  ) { ... }
else if( operator==XOR ) { ... }
} }

 コレのナニが問題かというと、二重ループの中で演算命令 operator を判断する条件分岐がある事。大抵の場合、operator は二重ループの外で値が決まってるんで、ループの中で条件分岐するのは時間の無駄。じゃ、どうするか。

LISP屋「予めループの外でLAMBDA式を変数にして」
チャールズ「うるさい黙れ」
JavaScript青年「予めループの外で無名の関数を…」
チャールズ「うるさい黙れ」
BASIC小僧「予めループの外でPOKEでループ内のマシン語命令を作っとく」
チャールズ「それだ!」

 姑息なw

 だが、Windows が進歩してチャールズ君はピンチに立たされる。かつてはx86系のコードだけを考えればよかったのだが、.NET となりマルチCPUに対応するため、コンパイラは中間コードを吐くようになったのだ。

 だがチャールズ君はめげない。「なら中間コードを作ればいいじゃん」。相変わらず姑息なw

 実際、こういう処理をやってると、「ソコのコンテキストにおける文のカタマリを変数に設定する」みたいな構文が欲しくなったり。いやLISPのLAMBDAやJavaScriptの無名関数って、なんか処理が重そうで、なんか嫌。コンテキストのプシュ・ポップとかやってそうだし。

 と同時に、最近のCPUだと、命令キャッシュの列やパイプラインを乱すんじゃないかなあ、とか余計な心配もあったり。どうなんだろ?

おわりに

 という事で、次の記事に続く。

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2014年11月21日 (金)

Andy Oram, Greg Wilson編 Brian Kerninghan, Jon Bentry, まつもとゆきひろ他著「ビューティフルコード」オライリージャパン 久野禎子,久野靖訳 1

多くの場面において、正しい問題を解こうとすることが、美しいプログラムを作り出す上での大きな一歩となるものです。
  ――1章 正規表現マッチャ(ブライアン・カーニハン)

【どんな本?】

 C言語で有名なブライアン・カーニハン、「珠玉のプログラミング」のジョン・ベントリー、rubyのまつもとゆきひろなどのプログラマたちが、「美しいコード」というテーマで綴った、ソースコードたっぷりのエッセイ集。

 それぞれがテーマを一つに絞り、どんな問題があるのか・最初はどう解決したか・どう改良していったかを、各段階のソースプログラムを示しながら解説する、プログラマ向けの教養書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Beautiful Code, Edited by Andy Oram and Greg Wilson, 2007。日本語版は2008年4月22日初版第1刷発行。単行本ソフトカバー横一段組みで本文約612頁。8ポイント49字×38行×612頁=約1,139,544字、400字詰め原稿用紙で約2,849枚。文庫本の長編小説なら7冊分の巨大容量で、しかもソースコードがたっぷり。

 日本語は、まあ、O’Reillyならこんなもん。問題は中身、というか、たっぷり詰まっているソースコード。当たり前だが、そもそも「何をやっているか」、つまり「正規表現とは何か」「Subversionとは何か」が分からないと、何を言っているのかわからない。

 出てくるプログラミング言語は、c・c++・ruby・perl・Java・Fortran・Python・Haskell・VisualBasic・Sheme・(Emacs)Lispなど。全てを読み書きできる人は滅多にいないだろうけど、とりあえずcがJavaかJavaScriptが分かれば他の言語は何とかなります、たぶん。というか、「知らない言語でも一応は読んでみよう」という気になる人向け。

Scheme と LISP は文法が異様なので一見とっつきにくく感じるけど、意外と中身は素直と言うか構造的と言うか、普通に構造的なプログラミングを心がけている人には受け入れやすい言語でしょう。難しいのは Haskell。アレは「プログラミング」という言葉の意味そのものが違うというか、思考法が全く違うというか、そんな気がする。いやわかってないで書いてるけど←をい

【構成は?】

 各章は独立しているので、興味がある所だけを拾い読みしてもいい。

  • 序/推薦のことば/訳者まえがき/序文
  • はじめに
  • 1章 正規表現マッチャ(ブライアン・カーニハン)
    プログラミング作法/実装/議論/代替案/発展/結論
  • 2章 Subversionの差分エディタ:存在論としてのインターフェース(カール・フォーゲル)
    バージョン管理とツリーの変換/ツリーの差分を表現する/差分エディタのインターフェース/これは芸術だろうか?/監視点としての抽象化/結論
  • 3章 私が決して書かなかった、一番美しいコード(ジョン・ベントリー)
    私が書いたことのある、一番美しいコード/より少ない行でより多くのことを/展望/プログラムを「書くこと」とは?/結論/謝辞
  • 4章 ものの見つけ方(ティム・ブレイ)
    時間について/問題:ブログのデータ/問題:誰が、何を、いつ取り出したか?/大規模な探索/結論
  • 5章 正しく、美しく、速く(この順番で):XML検証ソフトの設計から(エリオット・ラスティ・ハロルド)
    XML検証の役割/問題/第1版:素朴な実装/第2版:BNF文法を真似て、O(N)で/第3版:最初の最適化で、O(logN)に/第4版:2回目の最適化で、重複チェックを省略/第5版:3回目の最適化で、O(I)に/第6版:4回目の最適化で、キャッシングする/教訓
  • 6章 テストのための統合的フレームワーク:脆さから垣間見る美しさ(ミカエル・フェザーズ)
    3つのクラスからなるソフトウェア受理テストのフレームワーク/フレームワーク設計の挑戦/オープンなフレームワーク/HTML解析器はどれくらいシンプルか?/結論
  • 7章 ビューティフル・テスト(アルベルト・サボイア)
    やっかいな2分探索/JUnit入門/2分探索を暴く/結論
  • 8章 画像処理のためのその場コード生成(チャールズ・ペゾルド)
  • 9章 下向き演算子順位解析(ダグラス・クロックフォード)
    JavaScript/記号表/トークン/優先順位/式/中置演算子/前置演算子/代入演算子/定数/スコープ/文/関数/配列リテラルとオブジェクトリテラル/発展と考察
  • 10章 高速ビットカウントを求めて(ヘンリー・S・ウォーレン,Jr)
    基本的な方法/分轄統治法/その他の方法/2語のビットカウントの和と差/2語のビットカウントの比較/応用分野
  • 11章 安全な通信:自由のための技術(アシシ・グルハッチ)
    はじまりの心意気/セキュアなメッセージ送信の複雑さを解決する/大事なのはユーザビリティ/基盤/テスト群/動作するプロトタイプ/整理し、つなぎ変え、動かす/ヒマラヤ山脈でハックする/見えざる手が動く/速度が実際に問題である/個人の権利のための通信プライバシー/文明をハックする
  • 12章 BioPerlにおける美しいコードの成長(リンカーン・シュタイン)
    BioPerlとBio::Graphicsモジュール/この章のコードを読むために/Bio::Graphicsの設計プロセス/Bio::Graphicsを拡張する/結論と教訓
  • 13章 遺伝子ソータの設計(ジム・ケント)
    遺伝子ソータのユーザインタフェース/ウェブ上でのユーザとの対話管理/少しのポリモフィズムを使いたおす/フィルタで関連する遺伝子のみに絞る/大き目のコードにおける美しさ/結論
  • 14章 エレガントなコードはハードウェアに合わせて進化する:ガウス消去法の場合(ジャック・ドンガーラ、ピョートル・ラスツゼック)
    コンピュータアーキテクチャが行列アルゴリズムに及ぼす影響/行列分解/単純版/LINPACKのDGEFAサブルーチン/LAPACKのDGETRF/再帰的LU分解/ScaLAPACK PDGETRF/マルチコアシステムのためのマルチスレッド化/誤差解析と操作数について/研究の将来動向/参考文献
  • 15章 美しいデザインの長期にわたる恩恵(アダム・コラワ)
    私の考える美しいコード/CERNライブラリの紹介/外側の美しさ/内側の美しさ/結論
  • 16章 Linuxカーネルのドライバモデル:一緒に働くことの恩恵(グレッグ・クローハートマン)
    控え目なはじまり/さらに小さくする/数千個のデバイスへの規模拡大/ゆるく結合された小さなオブジェクト
  • 17章 もう一段階の間接参照(ディオミディス・スピリネス)
    コードからポインタへ/関数の引数から引数ポインタへ/ファイルシステムからファイルシステムレイヤーへ/コードからドメイン特化言語へ/混合と分離/レイヤーは永遠か?
  • 18章 Pythonの辞書実装:すべての人々にすべてのものであること(アンドリュー・クッヒリン)
    辞書の内部/特別扱い/衝突/大きさ変更/繰り返しとダイナミックな変更/結論/謝辞
  • 19章 NumPyの多次元イテレータ(トラビス・E・オリファント)
    N次元配列操作における鍵となるチャレンジ/N次元配列のためのメモリモデル/NumPyのイテレータの由来/イテレータの設計/イテレータのインタフェース/イテレータの利用/結論
  • 20章 NASAの火星探索機計画のための高信頼エンタープライズシステム(ロナルド・マック)
    ミッションとCIP(協調的情報ポータル)/ミッションのニーズ/システムアーキテクチャ/事例研究:ストリーマサービス/信頼性/頑丈さ/結論
  • 21章 ERP5:最高水準の適応性に向けた設計(ロジェリオ・アテム・デ・カルバルホ、ラファエル・モネラ)
    一般的なERPの目標/ERP5/Zopeプラットフォーム基盤/ERP5 Projectのコンセプト/ERP5 Projectのコーディング/結論/謝辞
  • 22章 スプーン一杯の汚水で(ブライアン・キャントリル)
  • 23章 MapReduceでの分散プログラミング(ジェフ・ディーン、サンジェイ・ゲマワト)
    単語検索の例題/MapReduceのプログラミングモデル/MapReduceを使った別の例/分散MapReduceの実装/モデルの拡張/結論/参考文献/謝辞/付録:単語計数問題の解法
  • 24章 美しきかな、並列(サイモン・ベントン・ジョーンズ)
    簡単な例:銀行口座問題/ソフトウェア・トランザクション・メモリ/サンタクロース問題/Haskellにおけるリフレクション/結論/謝辞
  • 25章 構文の抽象化:syntax-caseマクロ(ケント・ディヴィグ)
    syntax-caseの簡単な紹介/展開アルゴリズム/例題/結論
  • 26章 労力節約のアーキテクチャ:ネットワークソフトウェアのためのオブジェクト指向フレームワーク(ウィリアム・R・オッテ、ダグラス・C・シュミット)
    簡単なアプリケーション:ログ記録サービス/ログ記録サーバ用フレームワークのオブジェクト指向設計/逐次的なログ記録サーバの実装/並列ログ記録サーバ実装/結論
  • 27章 ビジネスパートナーをRESTfulにまとめ上げる(アンドリュー・パッツァー)
    プロジェクトの背景/外部の顧客にサービスを提供する/ファクトリパターンを使ってサービスを振り分ける/e-ビジネスプロトコルでデータを交換する/結論
  • 28章 美しいデバッグ(アンドレアス・ツェラー)
    デバッガをデバッグする/系統だった方法/探索問題/失敗の原因を自動的に見つける/差分デバッグ/入力の最小化/欠陥を狩り込む/プロトタイプの問題/結論/謝辞/もっと学びたい方へ
  • 29章 エッセイのごときプログラム(まつもとゆきひろ)
    簡潔さ/保守性/シンプルさ/柔軟性/バランス
  • 30章 世界につながる手段がボタンだけだったら(アラン・メータ)
    基本設計モデル/入力インターフェース/ユーザインタフェースの効率/ダウンロード/将来に向けて
  • 31章 Emacspeak:完全に音声のみのデスクトップ環境(T.V.ラマン)
    音声出力の生成/音声版Emacs/オンラインの情報へのスムーズなアクセス/要約/謝辞
  • 32章 働くコード(ローラ・ウィンガード、クリストファー・セイワルド)
    「本のよう」であること/似たものは似て見えるようにすること/字下げの危険性/コードをナビゲートする/私たちの使うツール/DiffMergeの波乱万丈の過去/結論/謝辞/参考文献
  • 33章 「本」のためにプログラムを書く(ブライアン・ヘイズ)
    非王道を行く/括弧嫌いの人に警告/3人の非線性/あぶない傾き/三角形の不等性/「紆余曲折」をする/「ダァー!」これがアハ!体験だあ/結論/参考文献
  • 『ビューティフルコード』日本語版発刊記念対談
    久野靖×まつもとゆきひろ「コンピュータサイエンスをなめるな!」
  • おわりに
  • 著者・訳者紹介/索引/著者あとがきに代えて――日本のみなさんへのメッセージ/訳者あとがき

【感想は?】

 長くなりそうなので、感想は次の記事から。

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2014年11月19日 (水)

小川一水「天冥の標Ⅷ 新世界ハーブC」ハヤカワ文庫JA

「艦砲やミサイルのような大型兵器は使われていないようですが、セレス周回軌道上の多くの宇宙船が、ありあわせの火砲や小型ロケットをぶつけあっています。先ほどからの閃光はその光なのです」

【どんな本?】

 気鋭のSF作家・小川一水が全10部の予定で送る、壮大な未来史シリーズ第七弾。

 「天冥の標Ⅵ 宿恩 PART3」から直接に続く巻。時は26世紀初頭。小惑星帯にまで版図を広げた人類は、各地に多様な社会を作り上げ、それぞれが望み必要とする範囲で交易・交流しながら版図を広げていた…強制的に隔離された<救世群>を除いて。だが救世軍のテロにより、各地の人類は冥王斑に感染、滅亡へと向かってゆく。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2013年12月25日発行。文庫本の縦一段組みで本文約398頁に加え、著者による《天冥の標》年表4頁+人物・用語集27頁。9ポイント40字×17行×398頁=約270,640字、400字詰め原稿用紙で約677枚。長編小説としてはやや長め。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。私が少し混乱したのは、セレス・シティとブラックチェンバーの位置。小惑星セレスの北極にシティがあって、その地下にブラックチェンバーがある…で、いいのかなあ?

【どんな話?】

 <救世群>のテロにより、人類の多くが冥王斑に感染した。恒星船ジニ号も崩壊したが、アイネイア・セアキ,ミゲラ・マーカス,そして船長のオラニエ・アウレーリアは生き延びた。この絶望的な状況にあって、オラニエはアイネイアとミゲラに釘をさす。「絶対に外部に救助を求めるな」

【感想は?】

 シリーズ全体の転回点となる、重要な事件を描く回。

 前巻の「宿恩」は、太陽系内に広がった人類の、様々な社会を描いてきた。<救世群>、ノイジーラント、ロイズ非分極保険社団、ラバーズ。いずれも不思議な成り立ちの不思議な社会だったが、すでに成立している社会だ。

 この巻では、ひとつの社会が誕生する過程を描いてゆく。

 命からがらジニ号で生き延びたアイネイアとミゲラとオラニエ、そしてラゴスら。物資は充分にあるものの、船は大破。アイネイアとオオラニエとラゴスらは負傷。助けを呼ぼうにも、人類世界は未曾有の大混乱。この状態で、どうやって生き延びるか。

 そう、この巻は、最初から最後まで、このテーマで貫かれている。「どうやって生き延びるか」。

 かつて栄えていたセレス・シティは、凶悪な冥王斑原種に汚染され壊滅状態である。やがて彼らは、セレス・シティの地下に築かれた居留地ブラックチェンバーに辿りつく。保養地のように豪華だったブラックチェンバーだが、今は多数の難民で溢れている。しかも、難民は子供ばかり。

 この仕掛けが見事だ。これまでの作品では「お仕事作家」的な側面を見せてきた著者、様々な職業という立場に立ち、自分の理念と義務を果たそうとする人々を描いてきた。そこには、「どうやって目的を果たすか」「現実と理念をどうやって両立させるか」「目的の違う相手とどう交渉するか」という面白さがあった。

 この巻では、それが一気に原点の追求となる。「社会を成立させるには、どんな役割が必要なのか?」

 なんと壮大な目論見だろうか。人類が社会を構築していく様子を、高速再生で再現しようという小説なのだから。

 未来の物語だ。だから、それなりのテクノロジーはある。足りないながらもある程度のエネルギーは供給されているし、食糧や日用品の貯えもある。だが、それはいずれ尽きる。冥王斑の蔓延で、外部に助けを求める事はできない。など、SF者としては、物資やエネルギーに頭が行ってしまう。

 が、人類が多く集まれば社会になる。多いなんてモンじゃない。この作品では、数万人がブラックチェンバーに取り残されている。しかも、子供ばかり。

 「子供ばかり」というのが、この本の仕掛けのミソだ。

 オトナなら、それなりに社会の仕組みを知っている。集団を仕切る経験もある。だが、ここにいるのは若者と子供ばかり。自分たちで秩序を築き、自分たちで社会を組み立て、自分たちで統治する仕組みを作らなきゃいけない。何もかもが不足している状況で、一体、どうやって?

 仕掛けで面白いのが、ブラックチェンバーの構造だ。幾つかの区画に分かれている。だから、それぞれの区画で、様々な社会が試されるのだ。中には弱肉強食のサル山的な社会もあって…

 そんなわけで、前半では、ボーイスカウトの最年長者ハン・ロウイー君を中心に、最低限の衣食住を確保し、配分するための苦闘が続く。そう、SF者は確保だけを考えちゃうけど、配分も重要なのだ。でないと、弱い者が飢えて死んでしまう。ばかりでなく、他にも問題があって…

 こう、次から次へと問題を発生させ、若い彼らを徹底的に追い込むあたりは、なかなか人が悪いというか何というか。当初は生き延びるのに必死で後回しにしていた問題が、後半になって一気に噴き出してきた所から、物語は大きな転回点を迎えてゆく。

 じっくりと書き込まれた、もう一つの人類の歴史。読者を唖然とさせた開幕の「メニー・メニー・シープ」への道のりが、うっすらと見えてきたこの巻。どこに向かってゆくのか、楽しみで仕方がない。

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2014年11月17日 (月)

ジョナサン・ハイト「社会はなぜ左と右にわかれるのか」紀伊國屋書店 高橋洋訳 2

…道徳基盤理論の観点からすると、地方や労働者階級の有権者は、自らの道徳的な関心に従って投票している。
  ――第8章 保守主義者の優位

 本章では、「道徳は人を結びつけると同時に盲目にする」という道徳心理学の第三原理の探求を続ける。多くの科学者が宗教を誤解している理由は、この原理を無視して表面しか見ずに、集団とそれがもたらす結束ではなく、個人と迷信に焦点を絞ろうとするからだ。
  ――第11章 宗教はチームスポーツだ

 ジョナサン・ハイト「社会はなぜ左と右にわかれるのか」紀伊國屋書店 高橋洋訳 1 から続く。

【どんな本?】

 人はそれぞれ、怒りのツボっが違う。小動物の虐待、国旗の侮辱、嘘。いずれも多くの人が嫌な気分になるが、どれが最も嫌かは人により違うし、事情により許せる人もいれば許せない人もいる。ヒトはどうやって善と悪を区別するんだろう? 善と悪は、どんなモノサシで決まるんだろう?

 一般に保守系の政党は、福祉を軽視する。にもかかわらず、福祉の恩恵を最も大きく受けるはずの労働者階級は、保守系を支持する場合が多い。なぜリベラルの政策が労働者階級に受け入れられず、保守系が受けるんだろう?

 ヒトの道徳判断の原理を明らかにして、それが現代の選挙政治に与える影響を見据え、リベラル系が支持を増やす方法を提案すると同時に、ヒトが道徳を持つに至った経緯と、道徳が何の役に立つのかを考察し、人々の対立を減らす方法を探る、一般向けの啓蒙書。

【感想は?】

 自称「リベラルな無神論者」が書いた本だ。その影響は前の記事に書いた。

 第1部では、ショッキングな事実を明らかにする。ヒトは直感で善悪を判断し、その後で理由を考える、と。だが、この仮説には奇妙な点がある。ではなぜ、人により同じ事柄の善悪判断が違うんだろう?私と違う意見の者は、悪人なのか?

 これを考えるのが、第2部だ。著者はこれを味覚に例える。「善悪の判断基準は一つではない、少なくとも六つの基準がある」と。

 コーヒーは苦く、レモンは酸っぱい。人には甘味・塩味・苦味・苦味・うま味の五つの味覚がある。その混じり具合で、人は千差万別の味を見分け、楽しむ。もちろん舌触りや臭いも美味しさに大きな影響を与えるが、ここでは単純化するために省く。

味覚の舌触りや臭いに当たるものは、道徳判断にもある由を、第1章で示している事に、今気がついた。感想を書くって、意外な効果があるなあ。

 では、道徳の基準は何か。様々なアンケートを分析して、著者はまず5個の要素を見出し、後にもう一つ加えて6個とした。曰く、ケア/危害、公正/欺瞞、忠誠/背信、権威/転覆、神聖/堕落、自由/抑圧。ヒトはこの6つのアンテナを持つ。ただ、それぞれの感度のバランスが、人により違うのだ。

 ケア/危機。消毒済みの注射針がある。誰だって無意味に針を刺されたくない。だが、自分が刺されるのと、見知らぬ子供が刺されるのと、あなたはどっちが嫌だろうか? 多くの人は、子供が刺されるほうが嫌だろう。交代できるのなら、交代したいと思う。みんな、傷ついた者・子供・弱い者を守りたいのだ。これがケア/危機基盤だ。

 公正/欺瞞。より多くの苦労を引き受ける者が、より多くの報酬を得る。多くの人が、それは正しいと感じる。人に助けられたら、お礼をしたいと思う。カネであれ気持ちであれ、相応しい行為には相応しい応酬があって欲しい。恩を仇で返す奴は、みんな嫌いだ。これが公正/欺瞞である。

 忠誠/背信。分かりやすいのが、「売国奴」「裏切り者」という言葉だ。みんな、何かの集団に属している。そして、集団に利益をもたらす者が好きで、裏切る奴は嫌いだ。これは仲間の結束を強める反面、他の集団との対立をもたらす場合もある。巨人ファンと阪神ファンが仲良く野球の話をするのは難しい。野球なら喧嘩で済むが、国となると…

 権威/転覆。社会には多かれ少なかれ上下関係がある。一般に若い者は年配者を敬う。組織には役職の階層がある。多くの若者は年配者に対し自然と敬語を使う。少なくとも丁寧に話そうと努力する。人は序列に従う者を好ましく感じ、逆らう者を嫌う。これが権威/転覆だ。

 神聖/堕落。キリスト教徒は聖書を大事にする。ニューエイジ系はデトックス(→Wikipedia)などで「毒素」を排出しようとする。思えば「宿便」なんて言葉もコレだ。多くの日本人は食べ物を粗末にするのを嫌う。人肉食は忌み嫌われる。尊厳死には様々な意見がある。「理屈じゃ巧く言えないが、世の中には汚しちゃいけないモノがあるんだ」、そういう感覚が神聖/堕落である。

 自由/抑圧。これを最重要視するのが、リバタリアンだ。「誰だって、自分の人生を自分で決める権利がある」、そういう感覚である。この言葉に違和感があるなら、別の言い方をしよう。「人をモノみたく支配しちゃいけない、奴隷になんかしちゃいけない」。

 誰だって、多かれ少なかれ、先の6つのアンテナを持っている。ただ、人により、アンテナの感度が違うのだ。一般にリベラルはケアと公正の感度が高く、保守はリベラルに比べ忠誠と権威と神聖に敏感で、自由を最も大事と考えるのがリバタリアンだ。

リバタリアンは米国に多く、日本と欧州は少ない。インドは更に少ないだろうし、北朝鮮では殺されるだろう。とすると、もしかすると、基盤は6つより多いかもしれない。リバタリアンが多いアメリカだから自由/抑圧基盤が見付かったんで、中国やコンゴでは別の基盤があるかも知れない。

 また、基盤がたった6つというと単純そうに思えるが、逆だ。数学的には座標系が6次元の空間になる。1次元の直線を中央で区切ると、右と左の二つの領域に分かれる。二次元の正方形を、十字の二本の線で分けると、四つの領域が出来る。三次元の立方体だと8個…となり、6次元だと64の領域に分かれる。

 「二つに分ける」とは、モノゴトを「いい/悪い」のたった二つに分ける考え方だ。だが人間はアナログだ。もっと繊細に識別している。大雑把に「いい/少しいい/少し悪い/悪い」の四つに分けただけでも、6次元では4096個に分かれる。5段階では15625、6段階では46656、7段階では117,649と爆発的に増えてゆく。

 私は無神論者だが、聖書を粗末にしたらキリスト教徒は不愉快だろうなあ、ぐらいはわかる。こういう、なんとなく感じている事柄が、キチンと整理されて言葉になってゆくのは心地よい。話が合わない知人の気持ちも、なんとなく判った気分になる。彼らは、彼らの正義感に従って生きている。愚かでも無神経でもないのだ。

 などとリベラルな無神論者の私は感心しながら読んだのだが、熱心な宗教信者にとっては、こう分析的に記述されるのは、どんな気分なんだろう?

 というのは置いて。保守が強い理由を、著者は上の基盤で説明してゆく。リベラルはケアと公正に訴えるが、保守は全ての基盤に訴える。それ故に保守が強くリベラルが弱いのだ、と。そう考えると、ジョン・F・毛ケネディの演説の巧みさが光ってくる。

「国家があなたのために何ができるかではなく、あなたが国家に何ができるのかを問うて欲しい」

 リベラルな民主党候補でありながら、保守の忠誠や権威にも訴えかける、巧みな言葉だ。

 最後の第3部は、随所にE・O・ウィルソンの社会生物学を引き合いに出しながら、なぜ6つの基盤が発達したのかを進化論的に考察してゆく。ここは考察であって、直接的な実験の結果は少ない。ある意味、最も哲学的とも言えるが、実証がないだけに、やや暴走気味の感もあるが、理屈としては面白い。

 つまるところ人間は社会的動物で、社会の中の個体の行動としてみた場合、それぞれの道徳基盤はどう個体に有利に働くか、そういう考察だ。ゲーム理論と組み合わせている部分もあって、囚人のジレンマの様々なバリエーションも出てくる。宗教に関しても、私がおぼろげに感じている「働き」を補強する部分もあって、そこは読んでいて気分が良かった。

 現代のアメリカ人向けの本のため、日本人にはピンとこない例もあるが、そこを割り引いても、色々と考え込んでしまう内容が多い。秋の夜長には適した本だろう。

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2014年11月16日 (日)

ジョナサン・ハイト「社会はなぜ左と右にわかれるのか」紀伊國屋書店 高橋洋訳 1

 本書は、皆で仲良くやっていくことが、なぜかくも困難なのかを考える本だ。実際に私たちは、ここでしばらく生きていかなきゃいけない。だから、なぜ私たちはすぐに敵対するグループに分裂し、おのおのが自分たちの正義を盲目的に信じ込んでしまうのかを理解するために、少なくとも、まずはできることから始めなければならない。
  ――はじめに

私たちは、「なぜ自分がある特定の判断に至ったのか」を説明する、現実的な理由を再構成するために道徳的な思考を働かせるのではない。そうではなく、「なぜ他の人たちも自分の判断に賛成すべきか」を説明する、考え得るもっとも有力な理由を見つけ出すために道徳的思考を働かせるのだ。
  ――第2章 理性の尻尾を振る直感的な犬

【どんな本?】

 世の中には様々な人がいる。福祉を重視するリベラルは、保守を「冷酷なファシスト」と罵る。秩序を重んじる保守派は、自由を求める者を「混乱をもたらす売国奴」と蔑む。無神論者は宗教信者を「迷信に惑う愚か者」と見下し、宗教信者は無神論者を「道徳を持たぬ不届き者」と貶す。

 なぜ、こんなに考え方が違うのだろう? なぜ、様々な考え方が出てきたのだろう? なぜ政治や宗教の議論はアツくなり合意に達しないのだろう? なぜ福祉を重視するリベラルが貧しい者の支持を得られないのだろう?

 社会心理学者の著者が、「道徳」や「正義」を、その構成要素にまで分解し、それぞれの発生理由を考察しつつ、それが社会に与える利益と損害を見つけ出し、「仲良くやってゆく」方法を探る、一般向けの啓蒙書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Righteous Mind - Why Good People Are Divided by Politics and Religion, by Jonathan Haidt, 2012。日本語版は2014年4月30日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約475頁。9ポイント43字×17行×475頁=約347,225字、400字詰め原稿用紙で約869枚。長編小説なら厚い文庫本一冊ぐらいの量。

 訳文は比較的にこなれている。特に前提知識が必要な内容でもない。一部に哲学的で面倒くさい文章があるが、じっくり読めば中学生でも理解できるだろう。ただ、アメリカ人向けに書かれた本なので、出てくる例もアメリカ人が多い。共和党は保守っぽく、民主党はリベラルっぽい、ぐらいに思っていれば充分。

【構成は?】

  •  はじめに
    • <正義心>とは何か/本書の概要
  • 第1部 まず直感、それから戦略的な思考
    心は<乗り手>と<象>に分かれる。<乗り手>の仕事は<象>に仕えることだ
    • 第1章 道徳の起源
      道徳の起源/リベラルのコンセンサス/もっと簡単なテスト/非西欧社会では……/大きな議論/嫌悪と不敬/犠牲者をでっちあげる/まとめ
    • 第2章 理性の尻尾を振る直感的な犬
      ウィルソンの予言/情動の90年代/なぜ無神論者は自分の魂を売らないのか/「見ること」と、「理由を考えること」/<象>と<乗り手>/議論に勝つ方法/まとめ
    • 第3章 <象>の支配
      脳はただちに、そして絶えず評価する/社会、政治的な判断はとりわけ直感的である/身体が判断を導く/サイコパスは理性的に思考するが感じない/乳児は感じるが思考しない/感情反応は脳のしかるべきときに起こる/<象>は理性に耳を貸す場合もある/まとめ
    • 第4章 私に清き一票を
      人は皆、直感的な政治家だ/私たちは投票に取りつかれている/専属の報道官がすべてを自動に正当化してくれる/私たちはうまくうそをつき、正当化するので、自分が正直だと信じ込む/合理的な思考(とグーグル)は自分の行きたいところに連れて行ってくれる/私たちは自分のグループを支持するものならほとんど何でも信じる/合理主義者の妄想/まとめ
  • 第2部 道徳は危害と公正だけではない
    <正義心>は、六種類の味覚センサーを持つ舌だ
    • 第5章 奇妙<WEIRD>な道徳を超えて
      三つの倫理/私が多元論者になったわけ/マトリックスからの脱出/まとめ
    • 第6章 <正義心>の味覚受容器
      道徳科学の誕生/システム主義者の攻撃/ベンサムと功利主義グリル/カントと義務論ディナー/元に戻る/味覚を拡張する/道徳基盤理論/まとめ
    • 第7章 政治の道徳的基盤
      先天性について/<ケア/危害>基盤/<公正/欺瞞>基盤/<忠誠/背信>基盤/<権威/転覆>基盤/<神聖/堕落>基盤/まとめ
    • 第8章 保守主義者の優位
      道徳を測定する/何が人を共和党に投票させるのか?/私が見落としていたこと/<自由/抑圧>基盤/比例配分としての公正/三対六/まとめ
  • 第3部 道徳は人々を結びつけると同時に盲目にする
    私たちの90%はチンパンジーで、10%はミツバチだ
    • 第9章 私たちはなぜ集団を志向するのか?
      勝利者の種族?/足の速いシカの群れ?/証拠A 進化における「主要な移行」/証拠B 意図の共有/証拠C 遺伝子と文化の共進化/証拠D 迅速な進化/戦争がすべてではない/まとめ
    • 第10章 ミツバチスイッチ
      ミツバチ仮説/集合的な情動/スイッチを切り替える方法(自然に対する畏敬の念/デュルケーム剤/レイプ)/ミツバチスイッチの生物学/ミツバチスイッチの働き/ミツバチの政治/まとめ
    • 第11章 宗教はチームスポーツだ
      宗教的な信念/新無神論者のストーリー 副産物、そして寄生虫/新無神論者より説得力のあるストーリー 副産物、そしてメイポール/神は善の力か、それとも悪の力なのか?/チンパンジー、ミツバチ、神々/道徳の定義/まとめ
    • 第12章 もっと建設的な議論ができないものか?
      政治的多様性について/遺伝子から道徳的マトリックスへ(ステップ1 遺伝子が脳を形作る/ステップ2 さまざまな特徴が子どもを異なる経路へと導く/ステップ3 人は自分の人生の物語をつむぎだす)/リベラリズムと保守主義の大きな物語/リベラルの盲点 道徳資本/一つの陰と二つの陽/陰 リベラルの知恵(ポイント1 政治は企業という超個体を抑制可能であり、実際にそうすべきである/ポイント2 規制によって解決できる問題もある)/陽1 リバタリアンの知恵(カウンターポイント1 市場は奇跡だ)/陽2 社会保守主義の知恵(カウンターポイント2 コロニーの破壊ではミツバチを手助けできない)/よりよい社会のために/まとめ
  • 結論
  • 謝辞/訳者あとがき
  • 参考文献/原注/索引

 全体は3部だ。著者は「はじめに」で「とりあえずこれらを三冊のの別の本と見なしてもよいだろう」と書いているが、できれば素直に頭から読んだほうがいい。

【感想は?】

 自称「リベラルな無神論者」が書いた、政治・宗教・道徳をテーマとした本だ。だから、立場や考え方によっては不愉快に感じる人もいる。

 この手の本は、評者の立場で評価が大きく違う。だから、私の立場を示しておく。私は著者同様、リベラルで無神論者だ。自分じゃ極端なリベラルだと思っていたが、この本は面白く読めたんで、実は穏健派だったらしい。ちょいリバタリアンも入っているが、経済政策は福祉重視だ。無神論者としてもヌルい。葬式じゃ素直に様式に従う。

 本書を受け入れやすいのは、「穏健派」と呼ばれる人だ。保守でもリベラルでも構わない。「矛盾を抱えた人」と言い変えてもいい。保守なのに、差別が嫌いな人。リベラルなのに、家族の絆を大事に思う人。宗教信者なのに、科学や工学が好きな人。無神論者なのに、寺や神社や教会では居住まいを正す人。

 そして何より、異なった立場の人の考え方を理解したいと思っている人。ただし、重要な前提がある。進化論を受け入れる人である事だ。ヒトは遺伝子やホルモンに思考や行動を振り回される部分がある、と納得している事。ヒトを「タンパク質でできた機械」と見なしても、「そういう部分もある」ぐらいには受け入れる余地のある人向けだ。

 本書を不愉快に感じるのは、どんな立場であれドップリとハマっている人だ。世間から見たら原理主義に見える人。それは保守でもリベラルでも宗教でも無神論でもいい。または、どんな理由であれ、進化論を忌み嫌う人も、本書を不愉快に感じるだろう。

 結論から言うと。「保守もリベラルも、理屈で考えてそうなるんじゃない。ほとんど直感的にそうなるんだ」「宗教や保守的な道徳には利も害もある。全般として利の方が大きく、必須でもある。ヒトは直感的にそういうモノを求めるんだ」である。

 保守的な道徳に利を認めのはリベラルとして不愉快だし、宗教を必須とまで言うのは無神論者として認めがたい。それ以上に、保守や宗教信者は道徳や信心を利害で語る点に、不遜な印象を受けるんじゃないだろうか。

 なお、本書はアメリカ人向けに書いているため、保守とリベラルを対立軸に置いていて、共産主義は入らない。

 第1章から、結構ショッキングな現実を明らかにする。我々は理屈で考えて保守やリベラルの立場を決めていると思い込んでいたが、どうも違うらしい。この記事の冒頭の引用がソレだ。人は直感で善悪を決め、理屈で裏づけする。だから、政治や宗教の議論は堂々巡りになるのだ。お互いに、最初から結論が決まってるんだから。

 問題は「直感」という言葉だ。まるで遺伝子で決まっているように聞こえるが、少し違う。育った社会や、その時の環境、質問の方法などで違ってくるのだ。リバタリアンはアメリカに多く、日本と欧州に少なく、インドじゃ滅多にいない。これは文化的背景の影響だ。もっと怖いのは、質問時の影響である。

トロント大学のチェンボ・ゾンは、質問票に記入する前にせっけんで手を洗わせると、被験者は(ポルノや麻薬などについての)道徳的な潔癖さに関する問いに答える際、より厳しい判断を下すようになったと報告している。

 だが理屈も無力ではない。議論にも効果はある…かも、しれない。本書では、成人の兄妹の一度きりの情事の是非を、ハーバード大学の学生に尋ねた実験を例に出している。もちろん、充分な避妊をし、双方の合意がある前提だ。

 速攻で返答を求めた場合、または出来の悪い議論を聞かせた後で返答を求めた場合、返答は議論の影響を受けない。つまり、議論は無駄だ。だが、質の高い議論を聞かせた上で、二分間ほど意見表明を待たせた場合、寛容になる傾向があった。

 高度な教育を受けた者に対し、質の高い議論を示し、判断する時間を二分ほど与えた場合は、理屈が影響を与えるらしい、ただし、この傾向を示した「研究は一つしか知らない」。いずれにせよ、2ちゃんの議論はあまし影響力ないみたいだ。

 などと、第1部では、ヒトの持つ理性の無力さ、または直感の強力さを、イヤと言うほど見せ付けられる。それが、どう保守やリベラルと関わってくるのか、宗教はどんな影響があるのかを描くのが、第2部と第3部。長くなったので、次の記事に続く。

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2014年11月14日 (金)

Windows7の付箋の「付箋の削除」ダイアログに異議あり

 すんません。今回はただの愚痴です。何の役にも立ちません。

 Windows7 の付箋で、付箋を削除しようと右上の「×」ボタンをクリックすると、こんなダイアログが出る。

A1
 このダイアログを見るたびに、いつも迷う。
「はい」ボタンを押すと、どうなるんだ? どの問いに対する「はい」なんだ?
よく見ると、候補が二つある。

  • この付箋を削除しますか?
  • 今後、このメッセージを表示しない

 だが、「今後、このメッセージを表示しない」には、チェックボックスがある。なら、違うだろう。とすると、「この付箋を削除しますか?」に対する「はい」「いいえ」なんだろう。そう判断して、「はい」を押す。

 デフォルトのボタンは「いいえ」なので、間違っても付箋は残る。間違って「いいえ」を押しても、何も起こらない。間違って操作しても「せっかく書いたメモが消えてしまう」なんて悲劇は避けられる。これは慎重で優れた設計だと思う。でも、ボタンの位置が不適切なため、先に書いたような迷いが起きる。なんで、こうしなかったんだろう?

A2
 ボタンの位置なんて、どうでもいいような気もしてたけど、こうして見ると、使いやすさに大きな影響があるんだなあ。逆に考えると、日頃から便利に使ってお世話になっているソフトウェアは、こういう所にまで気を配っているんだろうなあ。

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2014年11月13日 (木)

アントニイ・バージェス「時計じかけのオレンジ[完全版]」ハヤカワepi文庫 乾信一郎訳

「善良になるということはそれほどすてきなことではあるまいよ、6655321君。善良になるということは、ぞっとするようないやなことかもしれない」

【どんな本?】

 1917年生まれのイギリスの作家アントニイ・バージェスが、1962年に発表した問題作。後にスタンリー・キューブリックにより映画化され、不良少年たちの暴力がスタイリッシュに描かれ、過激な描写が話題を呼び社会問題となった。

 近未来を舞台に、薬物乱用・強盗・強姦・乱闘・暴走はては殺人など次々と犯罪を犯す荒れ狂う若者と、彼らを更正させる手法を巡る自由と道徳の葛藤を描き、若者と大人・善と悪と自由の問題を読者に突きつける作品。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は A Clockwork Orange, by Anthony Burgess, 1962。日本語版は1980年3月に早川書房より単行本が刊行。私が読んだのは文庫版で、2008年9月15日発行。ちと発行の経緯がややこしいんで、後で説明する。

 文庫本縦一段組みで本文約304頁+柳下毅一郎の解説「時計じかけのオレンジみたいに不思議(ストレンジ)」8頁。9.5ポイント39字×17行×304頁=約201,552字。400字詰め原稿用紙で約504枚。長編小説としては標準的な長さ。

 文章は読みにくい。これは意図的なものだ。そもそも原書も読みにくい文章だし。

 物語は、未来の不良少年が語る形で進む。昔も今も、日本でもアメリカでもイギリスでも、不良は独特の言葉づかいをする。そこで、著者は未来の不良少年の言葉を創作したのである。訳文は原書の未来の不良言葉の臭いを、なるべく日本語に残そうとした。その結果、訳文も、ケッタイで頭が悪そうな文章になっている。

 内要は特に難しくない。舞台は未来の割に、出てくるガジェットはやや古めかしいが、そこはご愛嬌。重要なガジェットはひとつだけ、主人公アレックスが刑務所で受ける更正措置、ルドビコ法だけ。

【発行の経緯】

 この版は完全版で、第3部の第7章、つまり最終章を復活させた版である。従来の文庫本は、最終章を割愛したものだ。キューブリックの映画は、最終章を割愛した従来版を基にしている。最終章の有無で作品の印象が大きく違ってくるので、できれば完全版を読もう。

  • 1962年 イギリスで完全版を出版。
  • 1962年 アメリカで従来版を出版。
  • 1971年 日本で従来版の単行本を出版。
  • 不明  日本で従来版の文庫本を出版。
  • 1980年 日本で早川書房が<アントニイ・バージェス選集>として完全版を出版。
  • 1986年 米国で完全版を出版。
  • 2008年 日本で完全版の文庫本を出版。

【どんな話?】

 アレックス・ピート・ジョージー・ディムの四人は、コロバ・ミルクバーに集まり、今夜の予定を話し合う。ミルクバーだから酒はないけど、ミルクに別の何かを入れても構わないだろ?ファッションもバッチリ決めて通りに出る。おあつらえ向きに、老校長タイプが来た。俺たちは奴を囲んで、楽しくボコった後で、みぐるみ剥いでやったのさ。

【感想:要注意、ネタバレあり】

 いつもは出来るだけネタバレを避けるんだが、今回はご容赦いただきたい。この作品のテーマに大きく関わっているので、どうしてもネタに触れたいのだ。

 全体は三部構成だ。第一部は、不良少年アレックスが暴れまわり、警察に捕まるまで。第二部はアレックスが刑務所で、更正のためにルドビコ療法を受け釈放されるまで。第三部は娑婆に出たアレックスを描く。

 第一部では、これでもかというぐらいに、アレックスと仲間たちのクズっぷりを描いてゆく。日本の不良漫画は不良なりの仁義や友情があるが、この作品にそんなものはない。冒頭から老紳士にイチャモンつけて四人でいたぶり、血を流す彼の姿を面白がって笑う。人をいたぶるのが楽しくて仕方がない連中なのだ。

 これはホンの序の口。賄賂で証人を買収した上で商店を襲って金を巻き上げ、敵のチームと乱闘し、住宅に押し込んで強盗した上に家を破壊し、車を盗んで暴走した挙句にひき逃げし…。おまけに仲間内で「誰がボスか」を巡って争い、ヤバくなったら仲間を売って自分の罪を軽くしようとする。

 誰が見ても悪の権化としか思えない、救いようのない極悪人だ。そのくせ、捕まると「このくそ野郎どもにかかっちゃ、公正な扱いなんてありっこねえ」である。ナニサマのつもりだ。ここまで読者に嫌われる主人公も珍しい。

 しかも、物語はアレックスの語りで進むのが、更に気分を悪くする。彼の心中が描かれるからだ。徹底した悪党のクセに、なんとか自分を正当化しようとするセコい奴。自分の利益しか考えない、甘ったれたクソガキ。作者は、アレックスに嫌悪感を抱かせるように描いているのである。

 作品のテーマが現れるのは、第二部に入ってから。刑務所でも、アレックスは全く反省していない。「刑務所は彼に作り笑いすることを教え、両手をもみ合わせる偽善を教え、卑屈でおせじたらたらのへつらいを教えたのです」。韜晦師に取り入って快適な地位を手に入れるが、その手口はアレックスのクズっぷりが更に酷くなっている事を示している。

 そこで新しく導入されるのが、ルドビコ法。これが物語のキモとなる仕掛けだ。

 医学的な措置により、アレックスの行動を変えようとするものだ。この措置の詳細はわからなくてもいい。というか、作者も適当に誤魔化している。重要なのは効果だ。措置を受けたアレックスは、暴力や破壊行為に対し、吐き気と恐怖を感じるようになる。アレックスの意思とは無関係に、無害な人間にさせられるのである。

 彼が無害になる過程は、気分がよかった。処置により暴力が苦手になった彼は、暴力的な映像を見て苦しむ。アレックスを観察する研究者たちは、苦しむ彼を見て喜ぶ。私も喜んだ。「ざまあみろ」と。

 正直言って、私はこれを読んで「おお、こんな技術があったらいいな」と思った。今でもそう思っている。だが、作者は、この手法に疑問を呈してゆく。

「…善というものは、心の中から来るものなんだよ、6655321君。善というのは、選ばれるべきものなんだ。人が、選ぶことができなくなった時、その人は人であることをやめたのだ」

 これを語るのは、韜晦師である。つまり、キリスト教的な考え方だ。

 強制的に強いられた善行は、善ではない。善は、本人の自由意志によるものでなければならない。だから、人には自由が必要なのである。そういう思想なんだろう。一見、宗教と自由は相性が悪いようだが、キリスト教が浸透した欧州で自由主義が発展したのは、このためなんだろうか。

 第三部では、出所したアレックスを描いてゆく。ルドビコ法の最初の被験者として有名になったアレックスは、様々な事件に巻き込まれてゆく。かつてカモにした老人たちにはブチのめされ、家族からは家を叩きだされる。そんな彼に救いの手を圧し伸べたのは、ルドビコ法に反対する政治勢力だった…

 ルドビコ法に対する賛否を示す立場は、現在の日本の死刑に対する対立を思わせる。

 世に害をなさずにはおれぬ者たち。心底ゲスな連中ども。そんな連中の行動を、強制的に変える方法があったら、我々はそれを使うべきなのだろうか。

 実のところ、私は功利主義で、善悪をあまり考えない立場だ。善悪の基準は人によって違うから、考えたってしょうがない。それより利害だけを考え、人に迷惑をかけない限り好きにさせればいい、そういう立場である。そういう立場だと、この物語のテーマ「善悪と自由」は、違った様相を示す。「損益と自由」で考えてしまうのだ。

 損得勘定で考えるので、心の中は重要じゃない。アレックスの本性は処置を受けても変わらなかった。でも無害にはなった。それでいいじゃないか。私はそう考えるのである。

 だが、この本はもう一つの懸念を示している。全体主義の脅威だ。人の自由を尊重しない社会は、やがて全体主義へと陥る可能性が高い。それはそれで、功利主義としても都合が悪い。

 が、それ以前に、善悪を重要視する人もいる。そういう人は、この物語をどう受け取るんだろう? たぶん話し合っても私とは合意に達しないだろうが、話を聞いてみたい、とも思う。善悪と共に自由を重視する人は、どう感じるんだろうか。韜晦師の言葉に頷く立場の人は、どう思うんだろうか。

 暴力的かつ退廃的な描写が多いので辟易する人も多いだろうが、読者の倫理的な立場を自覚させる、リトマス試験紙的な作品だ。

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2014年11月11日 (火)

オリヴァー・サックス「火星の人類学者 脳神経科医と7人の奇妙な患者」早川書房 吉田利子訳

「もし、ぱちりと指をならしたら、自閉症が消えるとしても、わたしはそうはしないでしょう――なぜなら、そうしたら、わたしがわたしでなくなってしまうからです。自閉症はわたしの一部なのです」
  ――火星の人類学者

【どんな本?】

 「妻を帽子とまちがえた男」や、映画化された「レナードの朝」で有名な、脳神経科医の著者による、一風変わった患者たちを題材とした医学エッセイ集。

 事故で色覚を失い灰色の世界に投げ込まれた画家、1970年以降の記憶を失ったデッドヘッズ、45年ぶりに視覚を取り戻した男、故郷の村の過去の風景ばかりを描く画家、自閉症の動物学博士。彼らの症状の不思議さからヒトの世界認識の方法を垣間見ると同時に、様々な生き様は人生の機微を感じさせる。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は An Anthropologist on Mars, by Oliver Sacks, 1995。日本語版は1997年3月15日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約298頁+訳者あとがき5頁。今はハヤカワ文庫SFから文庫版が出ている。9ポイント45字×20行×298頁=約268,200字、400字詰め原稿用紙で約671頁。長編小説なら少し長めの分量。

 日本語訳は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。敢えて言えば病因の説明で脳神経科の話が出てくる程度。これも、わからなかったら飛ばして構わない。重要なのは「どんな症状か」であり、ソレさえ分かれば登場人物たちが感じている世界が伝わってくる。中学生でも理解できるだろう。

【構成は?】

 謝辞
 はじめに
色覚異常の画家
最後のヒッピー
トゥレット症候群の外科医
「見えて」いても「見えない」
夢の風景
神童たち
火星の人類学者
 訳者あとがき

【感想は?】

 病気とは、何かの機能を失う事だと思っていた。しかし、この本の登場人物たちを、「失っている」と表すのは、何か違う気がする。彼らは、別の形で世界を認識しているのだ。

 最初の「色覚異常の画家」から、それが明らかになる。65歳の画家ジョナサンは、事故で色覚を失う。世界がモノクロに見えるのだ。画家として繊細な色覚を持っていた彼はうちのめされる。「かつては豊かな連想と感情と意味をたたえていた自分の絵が、見たこともない支離滅裂なものに変わっていた」。

 ヒトが色を感じるのは、目に三種の錐体細胞(→Wikipedia)があるからだ。だが、ジョナサンの目には異常がないらしい。どころか、視力はむしろ良くなって「一ブロック先を這っている毛虫が見える」。

 ヒトは色をどう識別しているのか。単に光の波長だけで判断しているわけではなさそうだ。「リンゴが反射する光の波長は、照明によって大きく変化するが、いつも赤だと感じる」。つまり、色は「脳の中で組み立てられるもの」らしい。コンピュータだと目はカメラで、脳がキャプチャ・ボードみたいな?

 どうやらジョナサンは色を識別する脳の機構を失ったらしい。しばらくは色を失った事に苦しんだ彼だが、「一年あまりの実験と模索のすえに、I氏(ジョナサン)はそれまでの芸術家としての経歴に勝るとも劣らない力強い生産的な段階を迎えた」。彼を変えたのは、車内から見た日の出だ。

 「太陽はまるで爆弾のように昇ってきた。巨大な核爆発のようだった」。その時に見た風景の感動が、彼をキャンバスに向かわせ、新しい作風に挑戦させた。

 仮に同じ風景を私が見たら、どう感じただろう。たぶん、「すげえ」の一言で終わったと思う。「巨大な核爆発のようだった」とまで感じるのは、それだけ「見える」世界に感覚を研ぎ澄まし、心が大きく揺れ動くからだと思う。ジョナサンは色覚を失っても、芸術家としての感性は失っていなかった、そういう事だろう。

 次の「最後のヒッピー」は、グレイトフル・デッド(→Wikipedia)が好きな私にはとても切ない話。

 激動の60年代に青春を迎えたグレッグは、ドロップアウトしてヒッピー文化に染まってデッドヘッズとなり、クリシュナ教団に辿りつく。だが脳腫瘍で盲目となった上に、「新しい出来事を記憶できなくなった」。60年代の事は憶えていても、70年代の事は知らない。

 この症状が奇妙で。新しいモノゴトは憶えられないのだが、ギターを始めると「レパートリーを増やすことも、コニー(音楽療法士)に教わった新しいテクニックや指使いを覚えることもできる」。「運動的な熟練や作業手順といった手続き記憶も損なわれていない」。いわゆる「体で覚える」類の事は、できるらしい。

 著者は、そんな彼と共に、グレイトフル・デッドのコンサートを見に、マディソン・スクウェア・ガーデンへ出かける。60年代で時間が止まったグレッグだが、ここに集まった連中ときたら「1960年代に逆戻りしたような、あるいは一度もそこから離れなかったような感じだった」。わはは。やたらフケた奴ばっかしだけどねw

 コンサートの前半は60年代の曲が中心のため、グレッグは大ノリ。だが後半になると、PIcasso Moon(→Youtube)など彼が知らない70年代以降の曲が中心となる。グレッグ曰く「未来的な音…未来の音楽なのかもしれない」。

 ジェリー・ガルシア亡き今、グレイトフル・デッドの新曲はもう出ない。だがグレッグにとっては、デッドの新曲が沢山ある。グレッグの症状はとても悲しいものだが、デッドの新曲を新鮮な気持ちで楽しめるのは、少しだけ羨ましい気がする。

 最後の「火星の人類学者」は、自閉症でありながら動物学博士となり、また事業を経営する女性、テンプルの話。人の気持ちがわからない、などと言われる事もある自閉症だが、彼女は明らかに豊かな感情を持っている、どころか家畜の気持ちには人一倍敏感だ。子牛と引き離された雌牛を見た彼女は…

「あれは不孝で悲しく、おろおろしている雌牛です。子供を求めているのです。子供を求めて鳴いて、探している。しばらくすればまた忘れて、やり直すでしょう。ちょうど、誰かを亡くして、悲しむようなものです。そういうことはあまり書かれていないけれど。ひとは、家畜にも思考や感情があるとは認めたがらないのです。スキナー(アメリカの心理学者、行動分析学の創始者→Wikipedia)は、認めないでしょう」

 もしかしたら感情が伝わらないのではなく、受け取り方が違うのかもしれない。信号を受け取りそこなっているのか、信号に対し誤まった処理をしているのか。

 この本に登場する人々は、我々と違う形で世界を認識している。そんな彼らの視点を通すことで、我々が世界をどう認識し把握しているのかが、少しだけ見えてくる。と同時に、世の中に適応しようとする彼らの姿は、ヒトの持つ豊かな可能性を感じさせる。

 爆発的に進歩している脳科学の分野だけに、1995年の作品では医学的な部分が少し古くなっていて、鵜呑みには出来ない。素人の私でも、自閉症に関しては遺伝学的に大きな進展があった事ぐらいは知っている。だが、人間を描く部分は、当時も今も変わらない感銘を伝えてくる。ヒトに興味がある全ての人にお薦め。

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2014年11月10日 (月)

榊涼介「ガンパレード・マーチ2K 未来へ 2」電撃文庫

「むろん。じゃっどん、大量の肉、魚、野菜を貯蔵する業務用冷蔵庫とプロ仕様のキッチンも要求する。俺の当面の目標は、この地をグルメ天国にするこつバイ。ラーメン、蕎麦、うどん。麺類もメーカーを指定して、支給してもらう」

【どんな本?】

 元は2000年9月28日に発売された SONY Playstation 用ゲーム「高機動幻想ガンパレード・マーチ」。難航した開発が宣伝費を食いつぶしながらも、野心的なシステム・過酷な世界設定・魅力的なキャラクターなどが、熱心なファンを惹きつけてロングセラーとなり、第32回(2001年)には星雲賞メディア部門を受賞、2010年にはPSP用のアーカイブで復活した。

 そのノベライズとして2001年12月15日発売の短編集「5121小隊の日常」から始まったのが、榊涼介の小説シリーズ。ゲームに沿ったストーリーは「九州撤退戦」で一段落し、その後「山口撤退戦」より榊氏がオリジナルのストーリーを発展させ、この巻へと続いている。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2014年11月8日初版発行。文庫本当て一段組みで本文約264頁。8ポイント42字×17行×264頁=約188,496字、400字詰め原稿用紙で約472枚。長編小説としては標準的な分量。

 文章は読みやすい。内要は前巻の「未来へ 1」から続くお話。

 この巻に限れば、お話は難しくないのだが、なにせ長く続いたシリーズだけに、登場人物も設定も膨大になっている。理想を言えば最初の短編集「5121小隊の日常」または時系列順に最初となる「episode ONE」から読んで欲しい。が、さすがにこの巻で42巻目なので、ゲッソリする人も多いだろう。その場合は、ちょうど前の「未来へ 1」から新しい舞台に移ったので、「未来へ 1」から読んでみよう。

【どんな話?】

 1945年。月と地球の間に黒い月、地上にはヒトを狩る幻獣が現れ、第二次世界大戦は唐突に終わる。幻獣は圧倒的な数で人類を圧倒、1999年には南北アメリカ大陸・アフリカ南部そして日本列島に押し込められた。

 1998年に幻獣は九州に上陸、自衛軍は戦力の8割を失いながら勝利を得た。1999年、日本政府は熊本要塞の増強と、14歳~17歳の少年兵の強制召集を決める。少年兵を盾に自衛軍を立て直す計画だった。持て余し者の学兵を集めた5121独立駆逐戦車小隊は、使いにくさで廃棄が決まっていた人型戦車の士魂号を使いこなし、大きな戦果を挙げる。

 だが5月6日から始まった幻獣の大攻勢に自衛軍は壊走、九州を失う。5121小隊は撤退戦で殿を務め多くの兵を救うが、10万人ほど召集された学兵の半分以上が本州に戻れなかった。一度は山口から本州に攻め込まれた自衛軍だが、岩国要塞などで盛り返し、九州への逆上陸を果たす。

 日本政府は、敵の内紛も利用し幻獣の一部と休戦を実現、青森・北海道も防衛に成功する。

 北米にはワシントンとシアトル、二つの政府がにらみ合っていた。ワシントン政府の強引な招聘に応じた5121小隊は、幻獣に包囲されたレイクサイドヒルの市民を、ワシントン政府軍と協力して救い、市民の人気者となるが、同時に政界を揺るがす醜聞を明らかにしてしまう。

 日本政府とは国交のないシアトルへも親善使節として立ち寄った5121小隊は、ここでも派手な戦闘を繰り広げた上に軍と政界に嵐を巻き起こし、帰国を命じられた。

 デリケートな外交問題で騒ぎを起こした5121小隊は、日本政府の頭痛の種となったが、国民の人気はある。彼らに下された処分は、かつての戦場である熊本での遺骨収集だった。懐かしい熊本に帰ってはきたが、そこには共に戦った数万の学兵が白骨となって眠っていた。ばかりでなく、正体不明の生存者の影もあり…

【感想は?】

 今までずっと読んできたファンにとっては、懐かしい場面を思い出させる描写がいっぱい。

 なにせ熊本だ。久しぶりに帰ってきたゲームの舞台。だが、賑やかだった新市外も今は人通りが途絶え、夏草が生い茂る廃墟。もちろん、滝川や新井木が楽しみにしていた屋台も姿を消している。あの傑作「憧れの Panzer Lady」(「episode ONE」収録)を思わせる場面が、私にはひたすら嬉しかった。

 季節は夏。蒸し暑い熊本で、夏草を刈りながら遺骨を収集し、身元を確認する毎日。今までの戦闘続きとは違い、規則正しい生活は送れるが、色濃い死の匂いは、若い彼らの気持ちを沈ませてゆく。

 ってな中で、明るく気分を盛り上げるのは、なんと中村。ヨーコさん・祭ちゃん・新井木と共に5121スローフード連盟を立ちあげ、食生活の改善を画策する。ゲームでも炊き出しなんてイベントがあったんだよなあ。なぜかジャガイモだけは豊富にある5121小隊。今まではコミック担当だった中村が、意外な面を見せるのも、この巻のお楽しみ。

 中村のコミック担当は意図してのものだが、意図せずにコミック担当となってしまうのが茜。どう考えても体力じゃ小隊についていけない茜、やはり真夏の日差しの下での作業は堪える模様。にしても、夏真っ盛りに草むらで半ズボンじゃ、自慢の脚も蚊に食われてボロボロになるぞ。

 とまれ、館山の士官学校で身につけた意外な特技を活かし、予想外の活躍を見せてくれる。仮に戦争が終わったら、滝川と組んで土建会社を立ち上げるといい線いくかも。経理は祭ちゃんにお願いして。

 寄生虫だのイルカだのと、人間以外を相手にする趣味ばかりだった舞も、5121小隊に毒されてか、独特のユーモアのセンスを身につけた様子。さすがに素子さんの域には達しないまでも、予備部品ぐらいは軽くあしらえるまでに成長したらしく。いるよね、真顔で冗談とばす人。

 などとモソモソしていると、やってきました増援が、これまた懐かしい方々で。そっかあ、一見クールに見えるけど、そういうのが好きなのかあ。

 などの楽しい場面ばかりでなく、ちゃんとお話も少しだが進んでゆく。無人のはずの熊本に、いつの間にか住み着いた共生派らしき者たち。それも一つに組織されでいるわけではなく、様々な性質の者が入り込んでいる。5121小隊へ攻撃を仕掛ける者たち、ひたすら逃げ隠れるだけの者たち。

 そういえば前に読んだ「物乞う仏陀」にも、戦場だった故郷の村に戻ってきた人の話しが載っていた。片腕を失いながらも、無人となった故郷の村に妻と共に戻り、住み着きながら元いた村人たちが帰ってくるのを待ったトンディーさん。特に農民は土地に愛着を持つから、やっぱり生まれ育った村で生きたいんだろうなあ。

 「未来へ」という副題ながら、舞台は懐かしい熊本。彼らが出会い、戦った場所。そこで共に戦い、だが帰れなかった戦友たちの遺骨を拾いながら、若い彼らは何を考えるのか。

 様々な経験を積み、徴兵され戦わされた仕組みの裏側を知り、また置き去りにされた学兵たちを救うために最後まで戦った5121小隊。それでも救いきれなかった戦友たちの、無残な末路と否応無しに対峙しながら、彼らはどんな未来を思い描くのか。

 他にも懐かしい方の、いかにもあの人らしい派手な登場もあり、お話は波乱の予兆を含みつつ次の巻へ続いてゆく。また大手柄をモノにしそうだなあ。でもスキャンダルには気をつけ…いや、きっと開き直り喜色満面で売り込むチャンスと踏み台にして、更なる注目を集めそうだなあ。

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2014年11月 9日 (日)

リデル・ハート「第一次世界大戦 上・下」中央公論新社 上村達雄訳

争いの根本原因は三つの言葉に要約できる。それは“恐怖” “飢え” “誇り”である。これに比べれば、1871年から1914年の間に生じた国際的“事件”はその症状にすぎない。
  ――第一章 戦争の原因

【どんな本?】

 1914年に始まった第一次世界大戦は、だれもが「すぐに終わる」と思っていたにも関わらず、1918年まで続き、ヨーロッパ全体を巻き込む大戦争となった。機関銃・塹壕・鉄条網などの新兵器は戦線の膠着を招き、鉄道と自動車の発達は迅速かつ大量の兵員と物資の輸送を可能とした反面、前線では膨大な人の命を失わせる原因となった。

 どのような外交経緯で戦争に発展し、政治家や将軍は何を計画して作戦をたて、どんな形で実際の戦闘が行なわれ、どのように決着したのか。政治家や将軍たちはなぜ誤まったのか。そしてどうすればよかったのか。

 第一次世界大戦で従軍し、その後は戦史家・軍事思想家として名を馳せた著者による、第一次世界大戦の研究書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は History of the First World War, by B. H. Liddell Hart, 1970。日本語版は、まず1976年フジ出版社から刊行。次に中央公論新社から復活して2001年1月10日初版発行。単行本ハードカバー上下巻で縦一段組み、本文約488頁+265頁=753頁に加え訳者あとがき4頁他。9ポイント45字×20行×(488頁+265頁)=約677,700字、400字詰め原稿用紙で約1695枚。長編小説なら3冊分の大容量。

 文章は比較的にこなれている。が、かなり歯ごたえがある。時代的なものか、まだるっこしい表現が多い上に、内要はかなり高度かつ詳細だ。ある程度は軍事について知っていて、かつ第一次世界大戦の概要を掴んでいる人向け。

 また、随所に戦場の地図を収録している。栞を沢山用意しておこう。ただし、地形までは書いていないので、より細かく作戦の経緯を知りたい人は、Google Map などで補うといいだろう。節の中盤ぐらいに戦場地図を収録していたりするので、数頁先をめくって地図を探してみよう。

 注を見開きの左頁に置いてあるのは嬉しい配慮。ただし距離の単位はマイルのまま。1マイル=約1.6kmです。

【構成は?】

  •  上巻
  • 原書『真実の戦争』への序文
  • 『第一次世界大戦』への原序文
  • 第1章 戦争の原因
  • 第2章 両陣営の兵力
  • 第3章 両陣営の作戦計画
  • 第4章 クリンチ 1914年
    • 1 実在しなかったが、形勢を変えた“マルヌ川の戦い”
    • 2 伝説の戦場 タンネンベルク
    • 3 軍隊を操りそこねた男 レンベルク会戦
    • 4 現実の戦いと夢の戦い 《第一次イープル戦》
  • 第5章 行詰り 1915年
    • 1 『作戦』の誕生 ダーダネルス海峡
    • 2 水泡に帰した努力 ガリポリ上陸(1915年4月25日)
    • 3 イーブルのガスの霧 1915年4月22日
    • 4 望まぬ戦闘 ロース(1915年9月15日)
  • 第6章 “相打ち” 1916年
    • 1 肉ひき機 ヴェルダン
    • 2 ブルシーロフ攻勢
    • 3 ソンム攻勢
    • 4 高まる戦車の恐怖
    • 5 ルーマニア壊滅
    • 6 バグダット占領
    • 7 目隠し遊びの戦闘 《ユトランド沖海戦》
  •  下巻
  • 第7章 緊張 1917年
    • 1 偏った攻勢 アラス(1917年4月)
    • 2 攻囲戦の傑作 メッシーネ
    • 3 パーサンダーラへの“道” 《第三次イープル戦》
    • 4 カンブレーにおける戦車奇襲
    • 5 カポレット
    • 6 パノラマ 空の戦い
  • 第8章 急転回 1918年
    • 1 最初の突破
    • 2 フランダース突破
    • 3 マルヌへの突撃
    • 4 《第二次マルヌ戦》 1918年7月
    • 5 ドイツ陸軍“暗黒の日” 1918年8月8日
    • 6 メギド トルコ軍の壊滅
    • 7 夢の戦闘 サン・ミエル
    • 8 悪夢の戦闘 ムーズ=アンゴルヌ
  • エピローグ 総括
  • 訳者あとがき/欧州戦争研究資料/参考文献
  • 年表/第一次世界大戦資料/索引

 原則として時系列順に話が進む。素直に頭から読もう。

【感想は?】

 先に書いたように、そこそこ詳しい人向け。

 当事の軍事技術を多少は知っていて、かつ第一次世界大戦の戦いの推移を知っている人に向けて書かれている。この本で第一次世界大戦を学ぼうとすると、かなり苦しむ羽目になる。というか、苦しみました、はい。

 軍事に疎い人は、下の【関連記事】に挙げた「歴史群像アーカイブ2 ミリタリー基礎講座 戦術入門WW2」「歴史群像アーカイブ3 ミリタリー基礎講座Ⅱ 現代戦術への道」「戦闘技術の歴史 3 近世編 AD1500~AD1763」を読んでおくと、少しは役に立つ。いずれも豊富にイラストを収録していて、戦場での部隊の動きの基本がイラストを見れば分かるようになっている。

 本の成立経緯が、この本の性質をよく著している。元は「真実の戦闘」と題した研究論文集なのだ。もちろん、専門家向けの。だから、読者は相応の知識を持っていると想定して書かれている。幸い、詳しい訳注がついていて、これが大きな助けになった。

 実際の戦闘を描くのが、第4章以降。この各節で有名な作戦・戦闘を描いている。で、この書き方がとても初心者には不親切。最初に著者の考察がきて、次に作戦・戦闘のまとめ、そして戦闘の詳細がきて、最後に〆となる。初心者は作戦・戦闘の全体像を把握しないまま著者の考察を読む形になるので、何を言っているのかわからない。

 私は下巻に入る頃に、この構成に気づいた。もっと早く気づいて読み方を工夫すればよかった。まず全体像を読み、節の頭に戻って考察を読み、興味が湧けば詳細を読む形が楽だと思う。

 著者の視点は高所に立ったもので、登場する人も、いわゆる大臣や将軍ばかり。将軍も、「総司令官」「軍司令官」レベルが中心で、師団レベルの話は滅多に出てこない。つまりは、政治と軍の全体像を描くのを目的とした本である。

 その描き方は、かなり辛口。後知恵で先人を批判するのが歴史家の仕事だから、仕方のない事ではあるんだが。

 これを読む限り、フランス軍の司令官ジョゼフ・ジャック・ジョッフル(→Wikipedia)とフェルディナント・フォッシュ(→Wikipedia)は頭の固い頑固爺ィだし、はじめに英国遠征軍を指揮したジョーン・フレンチ(→Wikipedia)は意志薄弱な風見鶏、パウル・フォン・ヒンデンブルク(→Wikipedia)はエーリヒ・ルーデンドルフ(→Wikipedia)の神輿。

 「八月の砲声」でもジョッフルの頑迷ぶりはよく描かれていた。鉄条網と塹壕と機関銃に守られたドイツ軍の陣地に対し、ひたすら歩兵を突撃させるしか能のない旧態依然とした老害、そんな人物像だ。これは本書でも同じで、最後まで攻撃以外の発想を全く持たない頑固者として書かれている。

 そのジョッフルも、英遠征軍を指揮したフレンチと並べると、その頑迷さも頼もしく思えてくるから不思議だ。フレンチは部下のヘイグと相方のジョッフルの板ばさみになり、右往左往するばかり。

 戦場じゃ情報は混乱する。遅れた的確な判断より、間違っていても迅速な指揮がよいとされる。正確かつ客観的に情報を判断すれば、どうしても判断は遅れる。それより、強い思い込みに基づいて迅速に判断・指揮する指揮官の方が頼もしい。軍で高官にまで出世する人は、どうしても思い込みの強い人が多くなるんじゃじなかろか。

 こういった背反する事柄は戦車にも言えて。この本では、戦車の開発に対し、英国陸軍が示した強烈な反発を詳しく書いている。戦車は集団で使うべき、小出しにしちゃいけない。でも最初に使ったのは1916年のソンムの攻勢で、指揮官ヘイグが要求したのはたった60台。しかも実際に使えたのは数台という情けなさ。

 今日の我々は戦車の威力を知っているから、彼らの愚かさがわかるが、使う側の不安も少し分かる。なんであれ、実際に使ってみなきゃ、使い勝手はわからないから。これについては、工業製品開発の優れた教訓がある。開発の早いうちから実際に使う人を参加させよう、ということだ。戦車も、前線指揮官が無線機の搭載を要求している。

 また、軍の組織上の問題点を指摘しているのも興味深い。軍で出世するには上官の機嫌を損ねちゃいけない。そして一般に上官は年配者で、考えが古い。だから軍は新しいものを嫌う性質になる。戦車の場合、その誕生を救ったのは、建造責任を負うアルバート・スターン少佐。英国陸軍が戦車1000台の発注を取り消そうとした時…

彼はロンドン旧市街地に定職をもっていたことから、失職の心配もなく、臨時の上司たちの不興を平然と忍ぶことができた。

 ってなわけで、彼は参謀総長ウィリアム・ロバートソン卿に直訴して戦車建造を続けましたとさ。

 戦車に関しイカれた将軍のエピソードはもう一つあって。某将軍は、戦車を列車に乗せ某路線経由で前線に送る指令を出す。技術者が答える。「無理です。積載容量の問題で、路線中の二つのトンネルが通れません」。将軍曰く「それなら、トンネルを広げさせたまえ」。当事の輜重の感覚って、こんなもんだったのかなあ。

 後半の西部戦線は、両軍共にパターンが同じ。大攻勢をかけて敵を後退させ、前線に穴をあけるが、そこで穴を広げる予備軍がなく、モタモタしている間に敵が穴を塞いでしまう。これで数万~数十万の兵の命が消えてゆくんだから、読んでいて気分が悪くなる。

 やや古めかしい表現も多く、同時代の人向けに書かれた本なので、今の我々には通じない表現も多い。後方の司令官の心中を推測する部分も多く、当事の軍事研究者の視点を感じさせる。第一次世界大戦について、相応に知っている人向けの、歯ごたえのある本だった。

 どうでもいいが、砲の新戦術を編み出したブルフミュラー大佐の二つ名には笑った。曰く「突破(ドゥルヒブルフ)ミュラー」。あの人は彼をもじったのか。

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2014年11月 5日 (水)

ロバート・ブートナー「孤児たちの軍隊 ガニメデへの飛翔」ハヤカワ文庫SF 月岡小穂訳

「わたしは叱咤激励はしない。聞きあきたからな。われわれはみな、重要な任務を負っている。これから行なうのは、かつて人類が経験したことがないほど困難な仕事だ。任務をまっとうするために、ほとんどの者が命を落とすだろう。わたしが約束できるのは、きみたちを生きて帰還させるために、この命をかけるといういうことだけだ。だが、きみたちか地球のどちらかしか救えない事態になったとき、わたしの選択ははっきりしている。わたしの選択は、きみたちがする選択と同じだ」

【どんな本?】

 合衆国陸軍士官の経歴を持つ著者による、デビューSF長編。舞台は2040年の地球と、木星の衛星ガニメデ。正体も目的もわからない異星人からの攻撃により、絶滅の危機に瀕した人類。最後の希望として、敵の基地があるガニメデへ攻撃をかける軍の戦いを、歩兵として従軍した青年ジェイソン・ワンダー四級特技下士官の視点で描く、ミリタリーSF。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は ORPHANAGE, by Robert Buettner, 2004。日本語版は2013年10月15日発行。文庫本で縦一段組み、本文約411頁+著者インタビュー7頁+軍事評論家の岡部いさくによる解説「リアルなほどの苦戦ぶり」5頁。9ポイント41字×18行×411頁=約303,318字、400字詰め原稿用紙で約759枚。長編小説としては長め。

 文章は比較的にこなれている。内容もSFとしては特に難しくない。映画「宇宙の戦士」や「インデペンデンス・デイ」を楽しめる程度にSFに馴染んでいれば充分だろう。現代米軍の装備・兵装や軍事史を知っていると、更に味わいが増える。

【どんな話?】

 2040年、異星人の攻撃により、人類は存亡の淵にあった。敵の武器は、巨大な質量弾。ビルほどもある巨大な質量が、大都市を狙って落ちてくるのである。舞い上がる粉塵は太陽光を遮り、農業は壊滅状態に追い込まれる。

 敵の基地は木製の衛星ガニメデ。平和が続いたため軍備は縮小し、地球軌道以外の宇宙開発も下火となっている。起死回生をかけ、人類は合衆国軍を中心として、古びた軍備・装備を引っ張り出し軍備を整え、ガニメデへ必死の攻撃を仕掛ける。

【感想は?】

 歩兵版ID4(インデペンデンス・デイ)。

 ID4は、ロバート・エメリッヒ監督による、単純明快なSF戦争映画だ。突然現れた巨大UFOの攻撃で人類はピンチ、しかし合衆国軍を中心に反攻を画策。「エイアン悪い、エイリアン強い、でも合衆国軍もっと強い」という、たいへん頭が悪い映画だが、私はその単純さ・お馬鹿さが大好きだ。

 「シリアスな語り口で物語る、お馬鹿娯楽SF戦争物語」という点が、この作品との共有点だ。SFとしても、物語としても、いろいろ無茶している。無茶はあるが、私は許す。無茶は全て、著者が書きたいモノを書くためであり、ソコが巧く書けているからだ。

 「パシフィック・リム」や「燃えよドラゴン」の脚本の整合性にケチをつけても、意味あるまい? 大事なのは巨大ロボットと巨大怪獣のプロレスの迫力であり、ブルース・リーのカンフーのカッコよさだ。プロレスやカンフーを引き立たせるためなら、整合性は犠牲にしていい。

 じゃ、この作品で、著者は何を書きたいのか。それは、「現代の歩兵って、こんなんですよ」だ。なんでSFにしたのかは不明だが、たぶん著者はSFも好きなんだろう。色々と無茶はあるが、例えば舞台が2040年なのに、装備や兵器が現代とあまり違わない、どころかモノによっては20紀の遺物を引っ張り出している点だ。

 この作品だと、歩兵の主力兵器はM-16自動小銃(→Wikipedia)である。現代の米軍が制式採用している小銃だ。たぶん改良はされてるんだろうが、大きな変化はない。分隊支援火器もM-60機関銃(→Wikipedia)とある。2017年式というのが少し未来的だが。

 この理由について、「世界が平和になって兵器の進歩が止まっちゃった」と言い訳してるが、たぶんホンネは違う。現代の米軍の歩兵の姿を、できるだけリアルに描きたかったのだ。

 これはシリーズ物らしく、この巻では新兵時代を描いている。そのため、描写の多くは新兵訓練に割かれる。質素で粗末な生活用品、寝る閑もない厳しい訓練、イチャモンをつけては無理難題をふっかける鬼軍曹、雲の上の中隊指揮官殿、巧くいかない隊内のコミュニケーション。

 アチコチで映画「愛と青春の旅立ち」や「フルメタル。ジャケット」を思わせる描写がいっぱいだ。

 出てくるガジェットも楽しい。C-130ハーキュリーズ輸送機、ボーイング767旅客機は今でも現役だが、宇宙へ飛び出す段になると、懐かしいシロモノが次々と飛び出してくる。

 敵と接触してからは、「20世紀の米軍の闘い」を髣髴させる場面が次々と出てくる。ここで描かれる敵の姿は、良くも悪くも、米軍が戦ってきた敵の姿そのものだからだ。人類は、異星人の目的も行動原理も知らずに戦っている。つまり、現代の米軍もそうなのだ。敵国の気持ちなんぞ、何もわかっちゃいないのである。

 質量弾で都市を壊滅させる戦術は、911を思わせる。質量弾の正体が判明する場面では、太平洋戦争だ。ガニメデに着陸する場面は、第二次世界大戦のマーケット・ガーデン作戦(→Wikipedia)だろうか。その後、最初に交戦する場面の恐怖は、ベトナム戦争で米兵が味わった恐怖そのものである。

 そして、朝鮮戦争での中国の人民解放軍を相手にした地獄またはモガディシオの悪夢(ブラックーホークダウンのアレ、→Wikipedia)へと続いてゆく。気分はゲームの地球防衛軍である。

 マーケット・ガーデン作戦を除けば、いずれも米国は敵国の考え方がわかっていなかった。ベトナムでは局地戦であり、共産主義の脅威を防ぐ防波堤のつもりだった。しかし北ベトナム軍にとっては全面戦争であり、また民族の独立を賭けた戦いだった。米軍は明確な前線があると思い込んでいたが、敵は静かに浸透する作戦を取った。

 この辺のお話の進め方も、無茶と言えば無茶である。いきなり歩兵を投入するより、別の方法もあっただろう。でも、それじゃ歩兵の戦いが書けない。お話の筋より、書きたい場面を優先したんだろうし、そのお陰で小説としては面白くなった。いやコールデスト・ウインターを読んでいたためかも知れないけど。

 同時に、現代の米国の傲慢さ、他国への無理解さも、否応なしに鼻につく。これもID4と同じだ。ID4では、米国が人類の代表ヅラをしていた。「ハリウッドじゃ仕方がない」と割り切れば楽しめるが、割り切れない人もいるだろう。

 この物語でも、軍は合衆国軍を核として編成される。その理由が、「世界がパックス・アメリカーナで平和で、各国は軍備を縮小しているから」である。アメリカ人には気分がいいだろうが、他国人にはイマイチ面白くない。しかも、敵の異星人には、日本人・ベトナム人・中国人(またはソマリア人)が投影されている。

 などと悪口ばかりを書いたが、その辺が気にならないなら、物語としては間違いなく面白い。娯楽風味の軍隊物らしく登場人物の心情はわかりやすいし、アクション場面も多く、話もコロコロ転がっていく。終盤の戦闘場面は恐怖とピンチの連続で、娯楽物語の定石をキッチリ踏んでいる。映画にしたら、きっと映えるだろう。

 一見シリアスだが、実はお馬鹿な娯楽作品。20世紀の米軍の戦いを知っている人向け。

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2014年11月 3日 (月)

石井光太「物乞う仏陀」文藝春秋

「暇をつぶすのって大変じゃないですか」
 たった二分で草むしりに飽きたらしく、彼は土の上にすわりこんで笑いながらこう答えた。
「暇じゃなかったらザグリじゃないよ」
「じゃあ、仕事はしたくないんですか?」と私は訊いた。
「暇が仕事だから大好きだ」
  ――第七章 ネパール ヒマラヤ~麻薬と呪術師 氷山の祈る人々

【どんな本?】

 テレビ番組の猿岩石の旅に触発された若き日の著者は、アフガニスタンとパキスタン国境へ旅に出る。彼がそこで見たのは、障害を抱えた人が渦巻く難民キャンプの厳しい現実だった。両足の脛から下を切断された人、水泡だらけの皮膚、顔全体を覆うケロイド、眼球のない顔。

 帰国後、彼は現実を見据えるために再び旅に出る。主に東南アジアを中心に、物乞いとして生きる障害者たちの生き方を取材するために。カンボジア・ラオス・タイ・ベトナム・ミャンマー・スルランカ・ネパール・インドを回り、彼らが障害を負った原因や、今の生活を聞き出してゆく。

 福祉の行き届かない発展途上国で生きる障害者たちの生活を生々しく綴った、衝撃のノンフィクションにして、作家・石井光太のデビュー作。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2005年10月15日第1刷。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約250頁+あとがき7頁。読みやすい10ポイントの字で43字×19行×250頁=約204,250字、400字詰め原稿用紙で約511枚。標準的な長編小説の分量。今は文春文庫から文庫本が出ている。

 デビュー作とは思えぬほど文章はこなれていて、読みやすい。読みこなすのに、特に前提知識は要らない。せいぜい、「かつてベトナム・ラオス・カンボジアは戦場だった」ぐらいに知っていれば充分。それより深い事情は本文中に説明がある。中学生でも読みこなせるだろう。少々、刺激が強すぎるので、あまり若い人にはお薦めできないけど。

【構成は?】

 関連地図
第一章 カンボジア 生き方~買春と殺人  クメールの虜/父と子の人殺し
第二章 ラオス 村~不発弾と少数民族  死神の村にて/悲しみのモン族
第三章 タイ 都会~自立と束縛  村を離れて/奴隷のソナタ
第四章 ベトナム 見守る人々~産婆と家族  仏のような人/星降る晩餐
第五章 ミャンマー キリスト~信者  イエスの使徒
第六章 スリランカ 仏陀~業と悪霊  業によりて/哀しき悪霊
第七章 ネパール ヒマラヤ~麻薬と呪術師  幻覚の都/氷山の祈る人々
第八章 インド 犠牲者~悪の町と城  魑魅魍魎/人喰い
 あとがき――その後の物乞う仏陀
 主要参考文献

 各章は比較的に独立しているので、気になる章だけを拾い読みしてもいい。ただし、第八章だけは最後にとっておこう。本書のクライマックスだから。

【感想は?】

 どうにも居心地が悪い。

 「ちょっと変わったアジア旅行記」だと思ってたんだが、全く違った。かなり話題になった本だし、少し調べれば分かるだろうに、迂闊な話だ。確かに旅行して書いた本だが、取材を目的とした旅行である。つまり旅行記ではなく、ルポルタージュなのだった。

 取材先は、カンボジア・ラオス・タイ・ベトナム・ミャンマー・スルランカ・ネパール・インド。いずれも発展途上国で、福祉は行き届かない。どうしても弱者は切り捨てられる。そこで職に就けない重度の障害者は、どうやって生きてゆくのか。

 カンボジア・ラオス・ベトナムには、戦争で負傷した人が沢山いる。おまけにカンボジアでは、ポル・ポトを筆頭としたクメール・ルージュが、狂った独裁を敷いた。手始めは知識人の皆殺しだ。国民の大半を占める農民は、強制的に集団農場に移住させる。

 結果はご想像のとおり、深刻な飢餓である。その後、ベトナム軍が攻め込みクメール・ルージュの支配は終わったものの、幾つのも勢力が入り乱れた戦争でバラ撒かれた地雷は、今でも農地や観光地にウジャウジャ残っている。

 今でもカンボジアは復興に苦労している。本書によれば、乞食の一日の稼ぎは「二ドルか三ドル」。それでも生きていけるのは、物価が安いからだ。為替レートのトリックで、1ドルの使いでが日本やアメリカの10倍ぐらい違う…国産品に限れば。だから、外国人観光客は美味しいカモになる。

 ここで生きる若者リンは、意外と明るい。まとまった金が入ると、奥さんを放置して「今日は女を買いに行く」。「暖かい南国では、家がなくても生きていける」とはいえ、暢気なものだ。

 などと明るい話で始まったと思ったら、次の「父と子の人殺し」では、ズシンと重い話になる。全く油断できない。

 ラオスは我々にあまり馴染みのない国だ。「死神の村にて」では、ベトナム戦争中に大量の爆弾が落ち、今も不発弾が沢山埋まっている村が舞台となる。たった一つの不発弾が見付かっただけで、周囲の住民を退去させ列車が止まり、自衛隊が出動する日本とは大違いである。彼らは不発弾を鉄屑として売っているのだ。

 禍々しいタイトルの説だが、登場するトンディーさんは明るく逞しい。「朝から晩まで働いても食べていけるかいけないか」と言いつつ、村人たちと笑顔で冗談を言い合う。自分の力で稼ぎ、家族や村人などの仲間がいるからだろうか。

 構成の妙か、重い話と明るい話が交互に出てくる感じになっている。ネパール編もそうで、「幻覚の都」はヤク中の売人の話で始まる。ちなみにガンジャ=マリファナは葉っぱ、チャラス=ハッシシは樹脂だそうです(→Wikipedia)。登場するラジュは、ハッシシから始まり重いドラッグにハマった男。この節は、ドラッグの恐ろしさがヒシヒシと伝わってくる。

 これまで私はいくつもの国で多くの乞食と話をしてきた。彼らの中には、臭う者と臭わない者がいる。
 一概にはいえないが、臭う者は乞食への道を自ら選んだ者、臭わない者は仕方なく乞食にならざるをえなかった者であることが多い。

 ラジャがどちらかは、見当がつくと思う。

 続く「氷山の祈る人々」は、呪術師ザグリと、両足が萎えた16歳の女の子サヌミアの話。峻険な山道ばかりのヒマラヤでは、足の障害は致命的となる。心配した父親は、呪術師ザグリの元にサヌミアを連れてくる。このザグリ、呪術師としての評判は高いが、毎日昼寝ばかりのノラクラ親父で、著者との会話もエロ噺ばかり。果たしてサヌミアは…

 そしてクライマックスは、インドのムンバイ。南アジアや東南アジアの大都市では、乞食は珍しくない。外国人観光客と見れば、集団で寄ってくる。障害者も多い。だが、インドでは妙に不自然な点があって…

 明るい話もあれば、悲惨な話もある。悲惨な話で居心地が悪いのは当たり前だが、著者の独白が居心地の悪さを増幅している感がある。これは好みが分かれるところだろうが、私はドライに事実だけを記述するスタイルの方が好きだ。そんな記述スタイルの好みはともかく、内要は文句なしに衝撃的な話が多い。

 かなり精神的にキツいので、心身の状態がいい時に読もう。感受性の高い人は、不調な時に読んではいけない。

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2014年11月 2日 (日)

酉島伝法「皆勤の徒」東京創元社

 経虫たちは落ちるやいなや蝓布(ゆふ)の針痕に潜り込み、尻から銀糸を吐き出しながら一面を縦横に掘り進み、表皮に次々と畝を浮き上がらせてゆく。やがて経虫が断裁面から等間隔に出てくると、従業者が一匹ずつ焼け火箸を押し当ててゆく。脆い音をたてて甲殻が割れ、ジュジジと体液が蒸発する。
  ――皆勤の徒

【どんな本?】

 新人SF作家・酉島伝法による。第二回創元SF短編集受賞作「皆勤の徒」を収録した連作SF短編集。第34回(2013年)日本SF大賞に輝いたほか、SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2014年版」のベストSF2013国内篇でも、堂々のトップを飾った。

 いつとも知れぬ時、どことも知れぬ土地。海上100mにそそり立つ塔で働く、従業者グョヴレウウンの異様な勤務風景を描く表題作ほか、隔絶したイマネジネーションで綴るうにょうにょな年代記。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2013年8月30日初版。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約322頁+大森望の解説8頁。9ポイント42字×20行×322頁=約270,480字、400字詰め原稿用紙で約677枚。長編小説なら少し長めの分量。

 ハッキリ言って、凄まじく読みにくい.。これは意図的なもので、思いっきり濃いSFが読みたい人向け。

 日本語としての文章の構造は普通なのだ。だが、出てくる言葉が独特の造語だらけの上に、描かれる情景も想像を絶する異様さなので、どんな風景で何が起きているのか、理解するのに時間がかかる。私は一つの段落ごとに、常に2~3回は読み返さなければならなかった。

 背景となる設定も込み入っていて、私は最初に読んだ時はナニがナニやらサッパリ見当がつかず、解説を読んで少しだけわかった気になった。

【収録作】

 序章 / 書き下ろし
 断章 拿獲 / 書き下ろし
皆勤の徒 / 創元SF文庫「結晶銀河」2011年7月
 断章 宝玉 / 書き下ろし
洞(うつお)の街 / 創元SF文庫「原色の想像力2」2012年3月
 断章 開闢 / 書き下ろし
泥海(なずみ)の浮き城 書き下ろし
 断章 流刑 / 書き下ろし
百々似(ももんじ)隊商 / 東京創元社「ミステリーズ!」vol.57 2013年2月
 終章 / 書き下ろし
  解説/大森望

【感想は?】

 大抵の人は、一回読んだだけじゃ理解できない怪作。

 同じ設定に基づく連作短編だ。作品の並びは時系列をシャッフルしている。正直、この並びはクロウト向けというか、センス・オブ・ワンダーに飢えた重度のSFジャンキー向けだ。解説では、こうある。

表題作を途中まで読んで挫折しそうになり、なんらかの助けを求めてこの解説ページを開いた人には、四話目の「百々似(ももんじ)隊商」を先に読むことをお薦めする。

 それでも私はぼんやりとしか全体像が掴めなかった。解説の後半で詳しく世界設定を設定しているので、常識的なオツムの人は解説を先に読んでおく方がいい。むしろ最後の解説から前に向かって読み進むと、わかりやすいかもしれない。しかし、これほど「解説」という言葉が適切な解説も珍しい。ホント、解説がないとナニがナンやら。

 実際、私も最初の「皆勤の徒」の途中で息切れした。なにせ出てくる言葉が、凄まじい当て字だらけだ。隷重類:れいちょうるい,沓水:ようすい、體細胞:たいさいぼう、発聲器官:はっせいきかん、製臓物:せいぞうぶつ、蒸留里:じょうるり、念菌:ねんきん、反故者:ほごしゃ、巳針:みしん、醫師:いし…

 もちろん、誤字じゃない。全部、意図があってやっている。こういった「なんとなく意味が伝わってくる」造語を駆使して描かれる風景が、これまた異様な世界で。

 最初の「皆勤の徒」が、もうドロドログニョグニョな風景だし。舞台は海上100mにそびえ立つ鉄塔の頂上。無花果の実みたいなのに包まれて眠る従業者の目覚めで話が始まる。が、彼も自分が誰で、なぜこんな所で働いているのか、よくわかっていない。どうも記憶が混乱しているらしい。

 続いて登場するのは、社長。といっても、どうも人間じゃない様子。「目鼻立ちのない顔」「骨片や鱗や気泡が浮遊する内部では、枝わかれしてうねる血管や神経」って、不定形の透明人間なのかゼリー状の生物なのか。仕事の風景も冒頭の引用のように、得体の知れない虫を使った得体の知れない職人仕事である。

 かと思えば、ミミズみたく這いまわる虫や、キチン質に包まれた甲虫や、うにょうにゅ蠢くヒルみたいな寄生虫が、次々と出てきては、体を嘗め回すどころか体内に潜りこんでくる。グロ耐性・虫耐性がないと、相当にキツい。吾妻ひでおの漫画か映画ファンタスティック・プラネットのような、不定形で不安定で不条理な情景が延々と続く。

 従業者や社長といった言葉から、どこかのブラック企業みたいだな、と思ったら、「SFが読みたい!2014年版」によると、著者の実体験だとか。ホンマかいなw

 続く「洞(うつお)の街」は、教室の風景で始まる。が、やはり我々が馴染んだ世界ではない。主人公の土師部(はにしべ)は、学生らしい。だが黒板のかわりは膚板(ふばん)であり、これを引っかくと蚯蚓腫れになって版書が浮かび上がる仕掛け。この風景だけでも、デリケートな人は引くかも。

 どうやら、土師部が生きている風景と、何か別の風景が二重写しになっているらしく、どこからか雑音のように世界が漏れてきている様子。そもそも、土師部たちヒトのフリしている登場人?物たちも、われわれ人類とは姿形が違っているっぽい。ばかりか、「天降り(あまくだり)」では…

 「泥海(なずみ)の浮き城」は、私立探偵またはなんでも屋らしき螺導(ラドー)・紋々土(モンモンド)を主人公とした、ハードボイルド風の話…だが、このシリーズの作品である。螺導からして、甲虫みたいな姿らしい。四頭身で、丸みのある体節があって、触覚を持ち、甲皮に包まれている。

 ってな主人公も異様だが、世界も異様。彼は城内にすんでいる。その城は、惑星の7割を覆う広大な泥海(なずみ)を渡る巨大な乗り物らしい。惑星には幾つかの城があって、城同士が結婚することもある。調べを進める螺導は、やがて城の異変を通じて大掛かりな話へと巻き込まれ…

 最後の「百々似(ももんじ)隊商」は、この連作短編集の設定を明かす作品…といっても、やっぱりよくわからないw

 いずれの作品も、SFとして解釈すると、微妙に機械文明が退行した反面、変なバイオ技術が発達している模様。そう捉えてもいいけど、今の世界とはまったく異なった因果・法則によって成立している異世界と考えてもいい。

 描かれる世界は、ひたすら異様でグロテスクで、ニッチを見つけては無理矢理にでも食い込んで生き延びようとする、盲目的な生命に溢れた世界だ。だからと言って決して明るい生命賛歌とはならず、どの作品にも絶望的な滅びの予兆が根底に流れている。

 並みのSFじゃ満足できない、すれっからしなSF者むけの、思いっきり濃くて異様な作品集。

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