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2014年11月19日 (水)

小川一水「天冥の標Ⅷ 新世界ハーブC」ハヤカワ文庫JA

「艦砲やミサイルのような大型兵器は使われていないようですが、セレス周回軌道上の多くの宇宙船が、ありあわせの火砲や小型ロケットをぶつけあっています。先ほどからの閃光はその光なのです」

【どんな本?】

 気鋭のSF作家・小川一水が全10部の予定で送る、壮大な未来史シリーズ第七弾。

 「天冥の標Ⅵ 宿恩 PART3」から直接に続く巻。時は26世紀初頭。小惑星帯にまで版図を広げた人類は、各地に多様な社会を作り上げ、それぞれが望み必要とする範囲で交易・交流しながら版図を広げていた…強制的に隔離された<救世群>を除いて。だが救世軍のテロにより、各地の人類は冥王斑に感染、滅亡へと向かってゆく。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2013年12月25日発行。文庫本の縦一段組みで本文約398頁に加え、著者による《天冥の標》年表4頁+人物・用語集27頁。9ポイント40字×17行×398頁=約270,640字、400字詰め原稿用紙で約677枚。長編小説としてはやや長め。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。私が少し混乱したのは、セレス・シティとブラックチェンバーの位置。小惑星セレスの北極にシティがあって、その地下にブラックチェンバーがある…で、いいのかなあ?

【どんな話?】

 <救世群>のテロにより、人類の多くが冥王斑に感染した。恒星船ジニ号も崩壊したが、アイネイア・セアキ,ミゲラ・マーカス,そして船長のオラニエ・アウレーリアは生き延びた。この絶望的な状況にあって、オラニエはアイネイアとミゲラに釘をさす。「絶対に外部に救助を求めるな」

【感想は?】

 シリーズ全体の転回点となる、重要な事件を描く回。

 前巻の「宿恩」は、太陽系内に広がった人類の、様々な社会を描いてきた。<救世群>、ノイジーラント、ロイズ非分極保険社団、ラバーズ。いずれも不思議な成り立ちの不思議な社会だったが、すでに成立している社会だ。

 この巻では、ひとつの社会が誕生する過程を描いてゆく。

 命からがらジニ号で生き延びたアイネイアとミゲラとオラニエ、そしてラゴスら。物資は充分にあるものの、船は大破。アイネイアとオオラニエとラゴスらは負傷。助けを呼ぼうにも、人類世界は未曾有の大混乱。この状態で、どうやって生き延びるか。

 そう、この巻は、最初から最後まで、このテーマで貫かれている。「どうやって生き延びるか」。

 かつて栄えていたセレス・シティは、凶悪な冥王斑原種に汚染され壊滅状態である。やがて彼らは、セレス・シティの地下に築かれた居留地ブラックチェンバーに辿りつく。保養地のように豪華だったブラックチェンバーだが、今は多数の難民で溢れている。しかも、難民は子供ばかり。

 この仕掛けが見事だ。これまでの作品では「お仕事作家」的な側面を見せてきた著者、様々な職業という立場に立ち、自分の理念と義務を果たそうとする人々を描いてきた。そこには、「どうやって目的を果たすか」「現実と理念をどうやって両立させるか」「目的の違う相手とどう交渉するか」という面白さがあった。

 この巻では、それが一気に原点の追求となる。「社会を成立させるには、どんな役割が必要なのか?」

 なんと壮大な目論見だろうか。人類が社会を構築していく様子を、高速再生で再現しようという小説なのだから。

 未来の物語だ。だから、それなりのテクノロジーはある。足りないながらもある程度のエネルギーは供給されているし、食糧や日用品の貯えもある。だが、それはいずれ尽きる。冥王斑の蔓延で、外部に助けを求める事はできない。など、SF者としては、物資やエネルギーに頭が行ってしまう。

 が、人類が多く集まれば社会になる。多いなんてモンじゃない。この作品では、数万人がブラックチェンバーに取り残されている。しかも、子供ばかり。

 「子供ばかり」というのが、この本の仕掛けのミソだ。

 オトナなら、それなりに社会の仕組みを知っている。集団を仕切る経験もある。だが、ここにいるのは若者と子供ばかり。自分たちで秩序を築き、自分たちで社会を組み立て、自分たちで統治する仕組みを作らなきゃいけない。何もかもが不足している状況で、一体、どうやって?

 仕掛けで面白いのが、ブラックチェンバーの構造だ。幾つかの区画に分かれている。だから、それぞれの区画で、様々な社会が試されるのだ。中には弱肉強食のサル山的な社会もあって…

 そんなわけで、前半では、ボーイスカウトの最年長者ハン・ロウイー君を中心に、最低限の衣食住を確保し、配分するための苦闘が続く。そう、SF者は確保だけを考えちゃうけど、配分も重要なのだ。でないと、弱い者が飢えて死んでしまう。ばかりでなく、他にも問題があって…

 こう、次から次へと問題を発生させ、若い彼らを徹底的に追い込むあたりは、なかなか人が悪いというか何というか。当初は生き延びるのに必死で後回しにしていた問題が、後半になって一気に噴き出してきた所から、物語は大きな転回点を迎えてゆく。

 じっくりと書き込まれた、もう一つの人類の歴史。読者を唖然とさせた開幕の「メニー・メニー・シープ」への道のりが、うっすらと見えてきたこの巻。どこに向かってゆくのか、楽しみで仕方がない。

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