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2014年10月 2日 (木)

ネイサン・ローウェル「大航宙時代 星界への旅立ち」ハヤカワ文庫SF 中原尚哉訳

「言っておくけど、わたしの船にはきびしい規律がある。なまけ者は許さない。きみの階級は最底辺よ。これから二年間は働きづめに働いてもらう。仕事は退屈で困難で過酷。船員仲間のいじめもあるはず。快適な惑星の自分の部屋で暮していた者にとっては劣悪な生活環境でしょう。それでも契約満了あるいは解雇通知まで、きみはわたしn支配下におかれる。耐える覚悟はどう、陸上(おか)のネズミ?」

【どんな本?】

 合衆国沿岸警備隊の勤務経験を持つ作家による、オーディオブック向けに書かれた作品から出版にこぎつけた、異色の経歴の長編SF小説。既にシリーズ<太陽風帆船の黄金時代>として、六冊が発売されている。

 人類が恒星間に進出し、民間の商船である太陽風帆船が貿易を支えている遠未来。家族を失い天涯孤独となった18歳の少年イシュメール・ホレイショウ・ワンが、食っていくため連合貨物船ロイス・マッケンドリック号に船員として乗り込み、宇宙へと旅立つ姿を描いた青春スペース・オペラ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は QUATER SHARE, by Nathan Lowell, 2007。日本語版は2014年4月15日発行。文庫本縦一段組みで本文約372頁+訳者あとがき5頁。9ポイント41字×18行×372頁=約274,536字、400字詰め原稿用紙で約687枚。長編小説としてはちょい長め。

 文章はこなれていて読みやすい。SF、それもスペースオペラだが、読みこなすのに科学やロケットの素養もいらない。ちゃんと読めば充分に練りこまれた設定なのだが、気にしなくても楽しめる。せいぜいワープって言葉を知っていれば充分。それより、重要なのは営利企業の仕組みの基本。「株式会社」の仕組みについて、常識程度に分かっているといい。

【どんな話?】

 18歳の時、イシュメール・ホレイショウ・ワンは、事故で大学教授の母を失った。特に進路も決めておらず、なんとなく大学に進学する予定だったが、全てを失ってしまった。企業惑星ネリス星では、家すら会社のもので、従業員でない彼は出て行くしかない。他の惑星に行く切符代すらないイシュメールは、船員として貨物船に乗り込むことにするが…

【感想は?】

 ほとんど事件らしい事は起こらないのに、なんでこんなに面白いんだろう。

 恒星間宇宙を、太陽風帆船が行き交う時代。なんで太陽風帆船なのかというと、本文中にソレナリに理屈はついているけど、たぶんソレは言い訳。むしろ大航海時代の帆船をイメージさせたかったからだろう。

 という事で、この本でこと細かに書き込まれるのは、恒星間航行時代の貨物船の乗組員の生活である。それも、船長などの上級職ではなく、ペエペエの平船員の。

 SFっぽいガジェットも出てくるが、それ以上に船員である主人公イシュメールの生活そのものが面白い。それ以上に、貨物船の社会的な仕組みが楽しいのだ。これは、原題の「QUATER SHARE」によく現れている。訳では「四半株」。

「四半株とはどういう意味ですか?」
「航路で利益が出たときの臨時給与の分配比率よ。船主、船長、上級船員たちの取り分が大きいけど、下っ端にもそれなりの分け前があるということ」

 つまりはボーナスだ。そのボーナスが、航海ごとに出る。当然、航海で出た利益に応じて。船員たちの働く意欲を掻き立てる方法としては、理にかなっている。しかも、それが標準的な制度として成立しているのが面白い。恐らく、大航海時代も似たようなシステムだったんじゃないだろうか。

 元々、株式会社の制度は大航海時代に生まれた。当事の遠洋航海は沈没などのリスクが大きかった。出資者は、船が沈没すればすべてがパーになる。反面、成功した時の儲けも大きい。このリスクと儲けを平均化するために、多くの人から少しづつ資金を集める仕組みができた。金を出す方は複数の船に分けて投資すればリスクを分散できる。

 航海を企画する方も、一人の出資者から全資金を引き出すより、多くの人から少しづつ資金を集めたほうが、金を集めやすい。大金持ちは少ししかいないが、小金持ちは沢山いる。一人の大金持ちから全額引き出すより、十人の小金持ちから1/10づつ集める方がいい。今だって、募金で金を集める仕組みが沢山ある。

 そんなわけで、最初は一航海づつ株を発行しては配当を払っていたが、やがて恒常的に会社組織として云々…って、Wikipediaの受け売りですが。

 これを船員にまで拡張したのが、この本の四半株制度。確か今でも、遠洋漁業の漁船は似たシステムを取っていると思う。船の乗務員は全員が航海の利益を共有しているわけで、今の日本の会社のボーナスと目指す所は似ている。それを明文化し、配当も具体的に数字で示したのが、この本の面白い所。

 などが冒頭、イシュメールが船に乗り込む前に説明される。今までは大学教授の一人息子として、知識層に囲まれて育ったお坊ちゃんのイシュメール君、荒っぽい船員生活に慣れることが出来るだろうか…などと心配しつつ読み進めると。

 実際、不安になるのだ。冒頭の引用は、船長のキゴーンの台詞。なかなか厳しい。次に会う同僚のピップは、明るく親しみやすい若者で安心していたら、一等航海士のミスター・マクスウェルは「元特殊部隊員」と噂されるコワモテで愛想どころか表情すらない堅物。イシュメール曰く「怖くてチビりそうだったよ」。

 と、鳴れない船員生活にいきなり飛び込んだイシュメール君、見るもの全てが珍しく、好奇心に任せ勤務の合間を縫ってはアチコチに顔を出し、様々なモノゴトを見聞きしていく。しかも、幸か不幸か、最初に親しくなったピップがなかなかのクセ者で…

 狭苦しくプライバシーもない船員生活、厳しい階級性が敷かれた船内、資格により求人状況が異なる船員の社会。幾つかの星系に立ち寄る度に見えてくる、この恒星間宇宙の世界と、終盤で明らかになる歪み、そしてロイス・マッケンドリック号の秘密。

 大きな事件も、ハラハラする危機もないけど、読み始めたら楽しくてたまらず、気がつけば残り少ない頁数が恨めしくなってくる、そんな小説だった。ハインラインのジュブナイルに似た、心地よい読後感に浸れる作品だ。

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