« 筒井康隆「虚航船団」新潮社 | トップページ | 宮本正興+松田素二編「新書アフリカ史」講談社現代新書1366 »

2014年10月22日 (水)

ブルース・キャットン「南北戦争記」バベルプレス 益田育彦訳 中島順監訳

合衆国軍隊は、南部連合に役に立っている資産を接収するよう指示されていたが、実際にわかったのは、南部で最も有用な財産は黒人奴隷である、ということだった。
  ――十二章 奴隷制度の崩壊

【どんな本?】

 1861年~1865年、アメリカ合衆国が真っ二つに分かえれて戦った南北戦争。それは、どんな原因で始まったのか。南北両軍は何を主張したのか。それぞれ、どんな目的で戦ったのか。両政府の人口・産業状況・国家形態・戦力はどうだったのか。そして戦争はどのように推移し、どう決着したのか。

 ジャーナリストである著者が、アメリカの歴史の重大な曲がり角である南北戦争を、一般読者向けにわかりやすくまとめた戦史。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The American Heritage Short History Of The Civil War, by Bruce Catton, 1960 の第一版。日本語版は2011年4月30日発行。単行本ソフトカバー縦二段組で本文約262頁。10.5ポイントの見やすい文字で23字×18行×2段×262頁=約216,936字、400字詰め原稿用紙で約543枚。長編小説なら一冊分ぐらいの分量。

 文章は比較的にこなれている。内容も初心者向けで、あまり知識のない読者を対象にしており、米国史に馴染みのない日本の読者にはとっつきやすい。ヤード・ポンド法の数字を、訳者が()でメートル法で補っているのが嬉しい。戦争物だけに、アチコチに戦場地図があるので、沢山の栞を用意しておこう。

【構成は?】

  • 一章 分かれ争う家
  • 二章 砲撃開始
  • 三章 素人軍隊の衝突
  • 四章 本格的戦争
  • 五章 海軍
  • 六章 南軍の絶頂期
  • 七章 同盟への模索
  • 八章 東部、西部における戦況の膠着
  • 九章 南部連合最後の好機
  • 十章 軍隊
  • 十一章 戦時における二つの経済
  • 十二章 奴隷制度の崩壊
  • 十三章 合衆国の締めつけ強化
  • 十四章 戦争と政治
  • 十五章 全面戦争
  • 十六章 遠ざかる希望
  • 十七章 勝利
  • 十八章 終わりと始まり
  • 十九章 はるかなる太鼓の響き
  • 訳者あとがき/人名索引

 時系列順に話が進むので、素直に頭から読もう。

【感想は?】

 ズバリ、初心者向け。頁数が少なく、視点も古典的で、初歩的な事柄から丁寧に解説している。

 政治的な背景や南北双方の経済状況・他国の反応などを満遍なく、かつ初歩的な前提から丁寧に解説していて、私のような初心者が概況を掴むには最適だろう。

 1960年の作品だけに、今から見ると視点はやや保守的な印象を受ける。時おり聖書からの引用があるなど、表現も上品なので、アメリカの中学生向け教科書といった雰囲気がある。その分、各部隊の編成などの細かい部分は省いているので、詳しい人には物足りないかも。

 初心者に優しい例としては、例えば軍の統率の重要さを、行軍の隊形と戦闘の隊形との違いから説明している。行軍は四列縦隊だが、戦闘になると逆に横に大きく伸びた形に変わる。この変更を素早く出来れば優れた戦闘能力を発揮出るんだが、実際の戦場じゃ沼や茂みなどの邪魔物があるし、砲声が煩くて指揮官の声も聞こえない。

 ここで興味深いのが、次のエピソード。

ゲティスバーグの戦場で、北軍軍需品部将校たちは、数発から10発もの弾丸を銃身に詰め込んだままの、数千挺ものマスケット銃を回収していた。

 デーヴ・グロスマンの「戦争における人殺しの心理学」だと、「ヒトはヒトを殺す事に強い抵抗を感じる」と解釈しているんだが、この本では、兵の訓練不足のため、と解釈していること。

 「平均的な連隊は、標的を想定した射撃訓練を行なっていなかった」「シャイローの戦いで、未熟な軍隊が銃にどうやって弾丸を装填するのか知らないまま、実際の戦闘に狩り出された」など、ロクな教練も受けずいきなり戦場に立たされる、悲惨な兵の姿を描いている。今でもアメリカが銃を規制しない理由の一つは、コレかもしれない。

 もう一つ、戦場で大きな犠牲を払って学んだのが、兵器と戦術の変化。先込め式の無施条銃から、施条銃へと変わる時代。射程も90mから800mへと大きく増え、また兵は塹壕に篭る事を覚え始める。

 やはり今のアメリカの性質に繋がるのが、海上封鎖の効果。当事の合衆国軍(北軍)の艦艇は、海洋上での戦闘向きなので、浅瀬に長く泊まって急発進する海上封鎖には向かない。それでも、綿花の輸出に頼る南軍に対し、海上封鎖は大きな効果を挙げ、南部の体力を奪ってゆく。この成功体験が、今の合衆国の政策に影響しているのかも。

 戦争の原因と両軍の目的も、冒頭でわかりやすく説明している。原因は奴隷制度。南部は綿花=奴隷労働に頼っている。合衆国の綿の輸出は、1800年の500万ドルから1860年には1億9100万ドルに跳ね上がる。ところが北部じゃ工業化が進み奴隷解放運動が盛り上がる。「この議論になると人々は感情的になり譲歩」しない。

 南部は後ろめたいから顔を真っ赤にして怒るんじゃねーの、などと思いつつ。

 ややこしくしてるのが、互いの目的と戦力。目的を見ると、実は南部に有利なのだ。南部の目的は独立である。守る側なのだ。だから補給線は短いし、戦場にも土地勘がある。敵の政府を倒す必要もない。独立を守りさえすればいいのだ。北部は侵略者で、敵の政府を倒さなきゃいけない。目的から見ると、北部の方がシンドイ。

 ただし国力は反対。北部は人口1800万人以上で、南部の900万人(うち1/3は黒人)の倍以上。工業が発達し、経済力も海軍力も鉄道網も優っている。兵の質は南部の方が優れていたようで、銃にも慣れている上に、なんといっても馬の扱いが上手く、騎兵の機動力を充分に発揮できた。

 という事で、当初は南部が有利に展開するが、やがて数に優る北部に押され始め…と、まるで太平洋戦争みたいだ。

 死者数も膨大で、北部36万、南部26万。うち病死が北部22万、南部14万ってのが凄まじい。スーエレン・ホイの「清潔文化の誕生」にもあったが、衛生観念が皆無だったのだ。クリミア戦争(1854年~57年、→Wikipedia)の教訓も活かされず、負傷した兵は感染症で亡くなってゆく。

 膨大な兵の損失には両軍共に頭を抱え、北軍は「遂に白人士官が統率する黒人連隊が組織化」される。これが人種偏見を減らしていくのが面白い。ベトナム戦争でもあったように、戦場で一緒に戦っていれば戦友になるのだ。白人の兵が「黒人連隊に転籍すると士官」になれる、ってのもあったんだけど。

 合衆国大統領エイブラハム・リンカーン,連合国大統領ジェファソン・デイビス,北軍の将ユリシーズ・S・グラント,ウィリアム・T・シャーマン,南軍の将ロバート・E・リー,ネイサン・B・フォレスト,ジェームズ・ロングストリート,トマス・J・(スト-ンウォール)・ジャクソンなど、アメリカ文学には欠かせない有名人を覚えられるのも嬉しいところ。

 日本の戊辰戦争(→Wikipedia)と、ほぼ同じ時代に起きた戦争。150年も前だってのに、今でも Lynyrd Skynyrd のコンサートじゃ南軍のサザン・クロスの旗を振りかざす奴がいる。合衆国の歴史上、最も凄惨なトピックを、総合的な視点で冷静かつ簡潔にまとめた、初心者には最適な本だった。

【関連記事】

|

« 筒井康隆「虚航船団」新潮社 | トップページ | 宮本正興+松田素二編「新書アフリカ史」講談社現代新書1366 »

書評:軍事/外交」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/201750/60523005

この記事へのトラックバック一覧です: ブルース・キャットン「南北戦争記」バベルプレス 益田育彦訳 中島順監訳:

« 筒井康隆「虚航船団」新潮社 | トップページ | 宮本正興+松田素二編「新書アフリカ史」講談社現代新書1366 »