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2014年10月12日 (日)

ピエール・ラスロー「柑橘類(シトラス)の文化誌 歴史と人の関わり」一灯社 寺町朋子

DNA解析の結果は、称すの基本的な種が柑橘類のあらゆる種の起源であることを示している。もしかすると、真の種はシトロンとザボン(ブンタン)とマンダリンの三つだけかもしれない。栽培品種のほとんどは雑種だ。たとえば、タンジェリンともいわれるマンダリンは、多くの種を生み出している。
  ――はじめに 柑橘類の定義を含めて

 柑橘類のあらゆる種類の樹木は、アジアから西の国々に移入されたものだ。それらはまず中東にもたらされ、その後、北アフリカや西ヨーロッパに伝えられた。十六世紀以降には、西インド諸島や南北両アメリカ大陸に移植された。柑橘類の樹木は寒さに弱い。新しい環境に馴らしても、寒さに強くはならなかったのだ。
  ――第14章 希少品にする?

【どんな本?】

 おこたで食べるミカンは美味しい。食べ始めると止まらなくなる。お茶と煎餅とドテラが似合う、庶民的な味だ。炭酸水やカクテルにレモンのスライスを添えると、途端にお洒落で大人っぽい雰囲気になる。焼き魚や吸い物の柚は上品な香りを漂わせ、料理の腕が一段上がった気分に浸れる。オレンジのマーマレードは、アットホームな感じがする。子供はレモンのキャンディーが大好きだ。

 庶民的で生活感がありながら、上品で高級な雰囲気も演出でき、また家庭的な味でもある柑橘類。それはどこから来て、どう広まり、どう愛されたのか。今はどこで栽培され、どう流通しているのか。世の中にはどんな柑橘類があり、どう使われているのか。柑橘類の独特の味と香りは、どこから来るのか。そして、世界各国では、どんなレシピがあるのか。

 フランスで生まれブラジルで育ち、今はアメリカに住む有機化学者の著者が、主にヨーロッパと南北アメリカの柑橘類の歴史と現状を、栽培・流通から文化への影響に至るまで調べ、同時に各地の柑橘類を使ったカクテルやお菓子を味わい、そのレシピを明かす、甘酸っぱく爽やかな一般向け教養書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Citrus : A History, by Pierre Laszlo, 2007。日本語版は2010年9月23日発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約387頁+訳者あとがき5頁。9ポイント45字×17行×387頁=約296,055字、400字詰め原稿用紙で約741頁、長めの長編小説の分量。

 文章は比較的にこなれている。多少は化学や歴史の話も出てくるが、特に前提知識は要らない。特に訳註が親切で、日本人に馴染みのない事がらを丁寧に補足している。しかも、各頁の左側にあるので、頁をめくらずに済むのが嬉しい。ヨーロッパと南北アメリカの地名が沢山出てくるので、地図帳か Google Map があると便利。もちろん、様々な柑橘類が出てくるので、料理やカクテルやお菓子に詳しいと、更に楽しめる…体重が気になる料理が多いけど。

【構成は?】

  • 謝辞/日本の皆さんへのメッセージ
  • プロローグ:先輩作家への手紙
  • 第Ⅰ部 外来種の栽培
    第1章 はじめに 柑橘類の定義を含めて
    第2章 ヨーロッパへの移植
    第3章 新世界への順応
    第4章 柑橘栽培の育成
  • 第Ⅱ部 柑橘類から価値を発掘ア
    第5章 夢のカリフォルニア
    第6章 酸っぱいレモンから甘いレモネードを作ろう
    第7章 オレンジを飲む
    第8章 果皮からエッセンスを抽出
  • 第Ⅲ部 象徴的な抽出
    第9章 柑橘類の象徴的意味
    第10章 散文における柑橘類のイメージ
    第11章 詩における柑橘類のイメージ
    第12章 イメージとしての果実
    第13章 本来の性質の保存か変換か?
    第14章 希少品にする?
  • エピローグ:先輩作家からの返事
  • 訳者あとがき
  • 原注/索引

 全般的に章ごとに記事が独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

【感想は?】

 改めて考えると、一言で柑橘類と言っても、意外と多くの品種がある事に驚く。

 冒頭の引用にあるように、これがたった三種に遡れるというのも驚きだ。シトロン(→Wikipedia)の代表はレモン。香りが強く長細い。ブンタン(→Wikipedia)の代表はグレープフルーツ。大きい実が特徴。マンダリン(→Wikipedia)の代表は、なんといっても温州みかん。皮が剥きやすく甘い。

 日本でミカンと言えば静岡と紀州だろう。暖かく日当たりのよい土地、という印象がある。実際、柑橘類の栽培には寒さが大敵だとか。-2.2℃以下の気温が4時間続けば実が駄目になり、もっと長時間続くと木自体が死んでしまう。これを防ぐ方法の一つは温室だが、もっと荒っぽい方法もある。水をかけるのだ。水が流れていれば温度は零度以上に保たれる。

 そのため、ヨーロッパへの柑橘類の導入も、イタリアやスペインなど南から始まった。第Ⅲ部では文化の話が中心となるが、中でもオランダの絵画の話は意外。オランダは西欧でも比較的に北にあり、オレンジの到来は遅れた。そのため、「17世紀に制作されたオランダの静物画では、まだ珍しかった柑橘類の果実は貴重品として表現された」。

 商売で儲けた成金どもが、己の富を見せびらかすために静物画を描かせ、そのテーマとして当事の贅沢品の柑橘類を選んだ、というわけ。我々の目には庶民的なオレンジに見えても、当事の人には贅沢なご馳走に見える。意味が全く違うわけで、絵画を鑑賞するにも、制作当事の文化・生活背景の知識が必要なんだなあ。

 アメリカでも代表的な産地はフロリダと南カリフォルニアだ。ロサンゼルスの発展の歴史も、様々な紆余曲折を経ている。冷害にやられカイガラムシ(→Wikipedia)に食われ、豊作の時にも安値に泣かされ…。そのカイガラムシ退治の話は賢い。

イセリヤカイガラムシの被害は、D.W.コクィレットがオーストラリアから天敵のベダリアテントウ(Vedalia Cardinalis[現在は Rodalia Cardinalis])というテントウムシを輸入した1880年代になって、ようやく食い止められるようになった。

 19世紀に生物農薬ですぜ…と思って感心してたら、Wikipedia のイセリヤカイガラムシベダリアテントウの項に詳しい説明があった。テントウムシさんありがとう。

 柑橘類は体にいい。ビタミンCを補って壊血病を防ぐのは有名な話。この本には、現代の偏った食生活の少年が壊血病と診断される話が出てくる。オレンジジュースがカルシウムを豊富に含むというのも、意外だった。ただしカルシウムを摂りすぎると「肝臓に負担がかかる」とか。必要量は大人で1日1000mg、子供1300mg。2500mg以上は摂りすぎ。

 ちなみにオレンジジュースはコップ一杯250mlで約27mg、カルシウム強化版で500mg。摂りすぎるには強化版でも1日5杯以上飲まなきゃいけない。まあ、普通の食生活してれば摂りすぎの心配は要らないね。

 これもお国柄か、と感心するのが、色の話。オレンジ色を表すポルトガル語はラランジャ(Laranja)。ブラジルだとコル・デ・ラランジャ(Cor-de-Laranja または cor de laranja)。これポルトガル語が示すのはいわゆるオレンジ色だが、ブラジルだと…

おそらくニンジン――ポルトガル語で「セノウラ(cenoura)」――の色にたとえる色の名前である。

 なぜか。柑橘類が鮮やかなオレンジ色になるのは、紅葉と同じカロチノイド類の色素のためだ。季節が変わると、実が熟すにつれ色素が5倍に増える。だが「季節の移り変わりがあまりない熱帯性・亜熱帯性気候では、柑橘類の果実はえてしてライムグリーンのままなのだ。それは、正確にいえば葉緑素の色である」。ブラジルじゃオレンジはライム色なのか。

 そのブラジル、「柑橘類の世界で主役級の役割を演じている。ブラジル一国だけで、世界の濃縮オレンジジュースの50%以上を生産している」。なお、壊血病の治療法としてイギリス人がライムジュースを使ったのが有名だけど、この本は別の仮説を示している。実はその前にポルトガルが発見してたけど、戦略上の秘密にしていたんじゃないか、と。

 というのも、当事のポルトガルは南米の東岸を支配していた。そして「ポルトガル人は16世紀のはじめから、ブラジルの沿岸地方に柑橘類を植えていたのだ」。リスボンを出航し西に向かった船は、南米沿岸でオレンジを補給すれば壊血病を防げる。長期航海における乗務員の健康は、当事の重要な戦略問題だ。うーむ。

 などの小難しい話ばかりでなく「柑橘類の砂糖漬け」や「マーマレード」などのお菓子や、「オレンジワイン」「カイピリーニャ」などのカクテルのレシピも豊富に収録している。ここでは「アボガドとライムのデザート」を紹介して終わりにしよう。

材料:熟したアボガド2~3個、ライム果汁75ml、グラニュー糖190g

  • フォークでアボガドの果肉をつぶす。
  • ライム果汁を少しずつ加える。
  • 蓋をして、冷蔵庫で半時間ほど冷やす。そうすると、ライムの酸性成分によってアボガドの繊維が軟らかくなり、なめらかでとろっとしたクリーム状になる。
  • 好みに応じてグラニュー糖を加える。最高においしいデザートのできあがり。

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