ブライアン・クリスチャン「機械より人間らしくなれるか? AIとの対話が、人間でいることの意味を教えてくれる」草思社 吉田晋治訳
ある意味で、本書は人工知能やその歴史、そしてその歴史に僕自身が自分なりの方法でほんの少し関わった経緯を記したものだ。だが本質的には、本書は人生について記したものである。
――第一章 《最も人間らしい人間》賞への挑戦人間は人間自身を「機械」に置き換えようとしているのでも、「コンピュータ」と置き換えようとしているのでもなく、「メソッド」と置き換えようとしているのだ。
――第四章 ロボットは人間の仕事をどう奪う?
【どんな本?】
チューリング・テスト(→Wikipedia)とは、コンピュータの能力を計るために、数学者のアラン・チューリングが考えた方法だ。コンピュータが人間と会話し、人間が相手をコンピュータだと見破れなければ合格とする。
これに挑むコンピュータ・プログラムが沢山ある。日本では人口無脳(→Wikipedia)と呼ぶ人もいる。年に一度、人口無脳のコンテストが開かれる。ローブナー賞だ。審判は二人?の相手と、それぞれ5分間計10分間キーボード越しに会話する。片方はサクラつまり人間で、もう片方がプログラムだ。審判は、どちらが人間かを判断する。より多くの審判を騙したプログラムが優勝だ。
ローブナー賞には、もう一つ、奇妙な賞がある。《最も人間らしい人間》賞だ。受賞者は、サクラを務めた人から選ばれる。より多くの審判がより強い確信を持って「コイツは人間に違いない」と感じたサクラに与えられる。
著者は、この《最も人間らしい人間》賞に興味を持ち、賞を勝ち取ろうと決意した。
そのためには、どうすればいいんだろう? 「人間らしい会話」とは、どんなものなんだ? コンピュータにはどんな会話ができて、どんな会話ができないんだ? 会話ロボットは、どんな仕組みで動いている? 会話には、どんな形式やパターンがあって、どんな効果がある? そもそも、ヒトは何のために会話するんだ? ヒトとコンピュータは、何が違うんだ?
コンッピュータ・サイエンスと哲学と詩学を学んだ著者が、自らの挑戦の中で学んだ事柄や知り合った人々を通じ、「人間とは何か」「芸術とは何か」「人生とは何か」を考え綴る、一般向けのちょっと変わった科学・芸術・哲学の解説書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は The Most Human Human - What Talking with Computers Teaches Us About What It Means to Be Alive, by Brian Christian, 2011。日本語版は2012年6月4日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約359頁+訳者あとがき4頁。9ポイント47字×19行×359頁=約320,587字、400字詰め原稿用紙で約802枚。長めの長編小説の分量。今は文庫版が出ている。
日本語は比較的にこなれている。内要はコンピュータ・哲学・芸術・ナンパと様々な分野に及ぶが、いずれも素人向けに書いてあるので、特に前提知識は要らない。敢えていうと、私には哲学の話がややこしく感じた。まあ、もともと、我々が「当たり前じゃん」で済ましている事柄を、ワザとややこしく考えるのが哲学なんだろうけど。
逆にコンピュータ関連は、少々まだるっこしかったりする。例えばキャッシュ(→IT用語辞典)を「メモ化」と表現してたり。まあ、コンピュータ屋にはキャッシュの方が通じるけど、そうでない人には通じないから、「メモ化」は妥当だろう。こういう現象、つまり相手によって適切な表現が違うという現象も、本書が扱っているテーマの一つでもある。
【構成は?】
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各章は比較的に独立しているが、できれば頭から読んだほうが楽しめる。
【感想は?】
「人間って、なんだろう?」なんて問題を、オトナは滅多に考えない。少なくとも、考えないフリをしている。だからといって、興味がないワケじゃない。下手にそんな話をしたら、厨二病と笑われる。だから、あまり言わないのだ。
そんな青臭いテーマを、真面目に考えたのが、この本だ。ただし、少々、切り口が違う。延々と難しい理屈を考えるのではなく、著者は実際に試してみるのだ。自らを実験台に、ローブナー賞の《最も人間らしい人間》賞を目指して。だが、そこで考え込む。「どうすれば僕が人間だと分かってもらえるんだ?」
P.K.ディックのファンなら「うおお!」と小躍りする状況に、著者は立たされる。これだけで、私には楽しくて仕方がない。
と思って読み始めたら、いきなり「どひゃ~」と仰け反った。《最も人間らしい人間》賞の最初の受賞者は、なんとチャールズ・プラット。あの狂気ゴタマゼ怪作「フリーゾーン大混戦」の。本書では「『ワイアード』誌のコラムニスト」と紹介されてるが、そんな事もやってたのか、あの怪人←誉めてます。ちなみに受賞のコツは…
「不機嫌でイライラしてけんか腰」にしていたからだ
わはは。この時点で、私の中じゃこの本は傑作と決まった。そりゃけんか腰の人口無脳なんか、まず作らないよなあ。第二章では、人工無能を作る様々な手法を紹介しているんだが、これも実に楽しい。例えば《クレバーボット》は、過去の会話の記録から、適切な返答を選び出す。使われれば使われるほど、「人間らしく」なっていくのだ。おかげで、こんな会話が出来たりする。
ユーザー「スカラムーシュ、スカラムーシュ」
クレバーボット「ファンダンゴを踊るかい?」
そう、Queen の名曲「ボヘミアン・ラプソディ」の一節だ。こういう、使えば使うほど賢くなる手口は、最近じゃ当たり前になってきて、Google の検索キーも、勝手に補足してくれたりする。
昔から日本語入力のプロは辞書を鍛えていたが、Windows 7 の IME だと、自分が登録した単語を Microsoft にも送れたり。実はつい昨日、知ったばかりなんだけどw 昔から欲しかったんだよね、こういう機能。いや本音は送りたいんじゃなくて、小まめに単語登録している某氏の充実した辞書をパクりたいだけなんです、はい。
などのコンピュータ側から迫っていく話と並行して、人間側から迫っていく話も進んでゆく。つまる所、コンピュータは辞書などのテンプレート(定型)と計算の組み合わせで会話を進めてゆくのに対し、人間はどうだろう?
実は結構、定型にハマってたりする。最もわかりやすいのが、手紙だ。拝啓で始まり、挨拶があって、敬具で終わる。そのため、ビジネス文書を自動生成してくれる「直子の代筆」(→テグレット社)なんて傑作ソフトもあったり。腹が立つ例では、サポートセンターなどのテレフォン・サービスがある。相手はマニュアル通りに応対しているんだけど、何度も同じ質問されてムカついた事がありませんか?私はあります。
やはりロボットっぽい会話になっちゃうのが、海外旅行したとき。
言葉は通じなくても意外となんとかなるモンで、それは状況が限られてるから。例えばロンドンで、大きな荷物を抱えた東洋人がホテルのフロントに来たら、フロント係は「泊まりに来たんだな」と思う。とすりゃ、続く会話は「何人部屋か」「何泊か」「UCカードは使えるか」「タバコを吸うか」など、かなり限られてくる。
こういう状況で、私はかなり事務的に話を進めるタイプなんだが、無駄噺をダラダラ続ける人もいる。尋ねてもいない自分語りを始めちゃったり。でも、これ、人間関係を円滑にするには、意外と役に立つテクニックなのだ。なぜかと言うと…
などと、人と楽しく会話を続けるテクニックを紹介するかと思えば、帽子にソナーを埋め込んだ教授の話や、脳卒中で「脳のなかで感情をつかさどる部分が損傷した」人の話など、学術的な側面から迫る所も楽しい。
と、コンピュータとヒト、双方からヒトの実体へと迫っていく本書の中で、全体を象徴しているのが、IBM のコンピュータ《ディープブルー》と、チャンピオンのガルリ・カスパロフのエピソード。将棋同様、チェスには定跡がある。定跡は大きく分けて二つ、序盤の定跡と終盤の定跡からなる。
初心者が手っ取り早く強くなるには、定跡を暗記すればいい。それだけで、ソコソコは強くなれるそうだ。だが、世界上位を狙うなら、中盤を支配しなきゃいけない。コンピュータはモノを憶えるのが得意だから、定跡は沢山覚えている。問題は中盤で、そこでカスパロフのレベルに達するか否かが勝負の分かれ目。
この序盤と終盤が、次第に中盤の域を狭めていく構図が、まさしくこの本の全体像を凝縮しているように感じてしまう。片や数学者たちがプログラムを作り、人間に近いモノを作ろうとしている。もう一方では神経学者などが、ヒトの脳の仕組みを解き明かそうと研究している。両者が手を結ぶのは、いつ頃なんだろう?
幾つかの点で、私は著者と違う意見を持っているが、だからこそ、この本はとても面白かった。著者が意見を述べることで、私の意見も形のないモヤモヤから、明確な形に変わったからだ。楽しく会話を続けるコツ、アンケートで使われるトリック、最初の人工無脳《イライザ》の衝撃など、楽しいエピソードがギッシリ詰まっている。
特にP.K.ディックが好きな人には、文句なしにお勧めの一冊。
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