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2014年10月27日 (月)

シェイクスピア全集8「テンペスト」ちくま文庫 松岡和子訳

ゴンザーロー 訪れる悲しみをその都度もてなしておりますと、もてなすものは――
セバスチャン 身銭を切る

【どんな本?】

 イギリスの演劇・文学史上の頂点ウイリアム・シェイクスピアの作品を、松岡和子が読みやすい現代文に訳したシリーズの一冊。既に絶大な人気を得て英国演劇界に君臨したシェイクスピアが、自らの最終作のつもりで創り、事実、彼単独の作品としては最後となった最晩年の作品。

 かつて弟の裏切りにより王座を簒奪され、絶海の孤島に流されたミラノ大公プロスペローと、幼い娘ミランダ。十二年の歳月で大魔術師となったプロスペローは、王座を奪った弟アントーニオへの復讐を始める。

 大魔術師プロスペローと、彼が使役する空気の精エアリエルが生み出す、派手で幻想的な場面が印象的な、シェイクスピアには珍しく超自然的な色彩の強い豪華絢爛な作品。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 解説によれば1610年に構想が始まり、WIkipedia によれば初演は1612年ごろ。松岡和子訳の日本語版は2000年6月7日第一刷発行。文庫本縦一段組みで本文約155頁+訳者あとがき7頁+河合祥一郎の解説「嵐の後の静けさ」7頁。9ポイント29字×17行×155頁=76,415字、400字詰め原稿用紙で約192枚。小説なら中篇~短い長編の分量。2時間あれば充分に読み終えられる。

 文章そのものは読みやすい。ただ、戯曲なので、ほとんど台詞だけで構成されており、登場人物の生い立ち・性格などは特に明示されないので、冒頭の人物一覧は必須。栞をはさんでおこう。訳者あとがきと解説は、登場人物の関係や物語の解釈に大きな示唆を与える。なまじ説得力のある説を示しているだけに、人に影響されやすいタイプなら、後回しにした方が無難。

【どんな話?】

 ミラノ大公プロスペローは、弟アントーニオとナポリ王アロンゾーの策謀により王座を奪われ、幼い娘ミランダと共に孤島に流される。

 そして12年、プロスペローは魔術を身につけると共に、空気の精エアリエル・魔女の息子キャリバンを従える。幼かったミランダは、素直で美しい娘に育った。

 簒奪王アントーニオ・老いた忠臣ゴンザーロー・ナポリ王アロンゾー・その弟セバスチャン・ナポリ王の息子ファーディナンドを乗せた船は、海上で嵐にあい、難破の危機に瀕していた。

【感想は?】

 人気絶頂のシェイクスピアだから書けた作品。

 舞台にかけるには贅沢な仕掛けが必要で、駆け出しの若手じゃまず許可が出ない。「シェイクスピア」の看板だけで客が呼べる彼だからこそ、こんなゴージャスな作品が作れる。

 私はシェイクスピアを読む際は、なるべく脳内で映像化して読んでいる。この作品は、特にその効果が大きい。冒頭から嵐で難破しそうな船の場面で、雷鳴轟く中、荒くれ男の水兵たちが駆け回り大声を張り上げる。緊張感溢れるアクション・シーンだ。「開演5分以内にクライマックスを持ってこい」というハリウッドの鉄則に沿った構成である。

 # いや、もちろん、ハリウッドがシェイクスピアを見習ったんだけど。

 この場面で、アントーニオ一味のキャラがだいたい把握できる仕掛けも巧い。威張りちらし愚痴をこぼし絶望の声をあげ、奮闘する水夫たちの邪魔にしかならない簒奪者アントーニオ・ナポリ王アロンゾー・その弟セバスチャン。なんとか水夫たちとお偉方の間を取り持とうとする苦労人のゴンザーロ。

 絶体絶命の危機に、人はその本性を現す。それが本当かどうかは分からないけど、多くの人はそう思っている。いきなり主要な人物を危機に追い込み、その本音を吐き出させ、短い場面で観客にキャラを把握させてしまう。これぞ熟練の技だろう。

 やがてプロスペローが登場し、物語の背景を明かすと共に、彼の復讐の幕が上がる。この背景が、やたらとややこしくて、同じ手下でもエアリエルは助手的な扱いなのに、魔女の息子キャリバンは奴隷扱い。この差は色々と議論のネタになっている様子。

 どうでもいいが、この訳だとエアリエルは男の子なんだが、女の子とする場合も多いとか。確かに読んでると、小柄で活発でイタズラっぽい女の子が似合いそうな役柄。物語中じゃプロスペローは煩く命じるだけで、ほとんど自分じゃ何もせず、大半の仕事はエアリエルが忙しく立ち働いてこなしてゆく。けなげなやっちゃ。

 超自然な描写が多いこの作品で、最も特殊効果がモノを言うのが第四幕。エアリエルと妖精たちが、明るく軽やかに歌い、踊り、あでやかな劇中劇を繰り広げる。今の特殊撮影技術で再現したら、さぞかし見ごたえがある場面だろう。

 ってな真面目な感想とは別に、この作品はSF者にとって特異な位置を占める作品でもあったりする。

 というのも、この作品を下敷きにしたSF小説が多いからだ。解説では「猿の惑星」を挙げていたが、ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの「輝くもの天より墜ち」がそうだし、あからさまなものではフィリス・ゴットリーブの「オー・マスター・キャリバン!」なんてのもある。

 なんたって、これはファースト・コンタクト物と相性がいいのだ。例えば、こんな設定を考えてみよう。

12年前。その惑星の調査に降り立ったプロスペロー率いる第一次探検隊は、消息を絶った。アロンゾーが率いる第二次探検隊は原因不明の不調により、不時着を余儀なくされる。幸いに大気は呼吸可能であり、土着生物のアミノ酸も地球人が消化可能だった。着陸船の近くにキャンプを設営し、長期の生存に向け計画を立てる一行。しかしクルーは奇妙な幻影に悩まされ、偵察に出たファーディナンドは行方をくらまし…

 エアリエルとキャリバンは、奇妙な生態を持つ土着の生物の「人類に都合がいい面」と「都合が悪い面」を担わせる。または、最初に遭遇する知的生物をエアリアル、次に遭遇する種族をキャリバンとする。

 第二次探検隊のメンバーも、テンペストになぞらえると、なかなか複雑な人間関係と種族間のドラマを構築できる。一方的な植民地主義に立つアロンゾー、エアリアルとキャリバンの争いに介入して金儲けを目論む下級船員のステファノーとトリンキュロー、現地人との友好関係締結を望むファーディナント。そして消息を絶った第一次探検隊の生き残りプスペロー。

 これにちょいとヒネりを入れると、バリエーションは幾らでも増えてゆく。例えば立場を逆にして、魔女シコラスクを地球人にすると、地球侵略を目論む悪い宇宙人プロスペローに立ち向かう、キャリバン一党の絶望的な闘いの物語になる。当然、人類には裏切り者のエアリエル一党もいたり…って、もしかしてレイズナー?

 現地人にエアリエルとキャリバンの二派があり、訪問者にも先着のプロスペロー・政敵のアントーニオ&アロンゾー・宥和派のファーディナント・反乱を目論み勝手に現地人と取引するステファノー&トリンキュローと様々な派閥があって、それぞれ秘密を抱え陰謀を企むわけで、物語作りの素材としては充分に配慮されている。

 おまけにパクリと誹られる心配もない。著作権なんかとっくの昔に消えている上に、「シェイクスピアのテンペストを土台にしたんです」と言っちゃえば、なんだか高尚な作品っぽく聞こえる。実に便利だ。

 しかも、「覇権主義への批判も込めました」的な雰囲気も出せる。もともと、孤島にはシコラスク&キャリバンが君臨し、エアリエルを苛めていた。そこにプロスペローがやってきて、エアリエルを従えキャリバンを虐待する。同じ構図は、欧州の植民地となった地域でお馴染みだ。

 例えばルワンダだと、多数派のフツ族と少数派のツチ族がいた。ベルギーがツチ族を優遇し、フツ族を支配する。やがてベルギーは引き上げ、ルワンダは独立するが…。シリアも同じ構図で、ソ連/ロシアが少数派のアラウィ派を支援し、傀儡政権を打ち立てる。だがアラブの春が波及し、民衆が立ち上がったドサクサに ISIS が乱入して…

 とか考えると、実に応用範囲が広い。それも、それまでのシェイクスピアの作品とは異なり、登場人物の立ち位置や背景設定が複雑でありながら、舞台を孤島に限定する事で整理しやすくした構成の妙のため。辣腕プロデューサーでもあったシェイクスピアの、円熟の技を凝縮した作品。物語作りを志すなら、ネタ本として読んでおいて損はない。

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