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2014年9月 4日 (木)

宮内悠介「ヨハネスブルグの天使たち」ハヤカワSFシリーズJコレクション

 団地の麓には、かつて頻繁にブルーシートが敷かれていた。そのシートを探すのが、誠や璃乃の小さな冒険だった。運がよければ、一回に二つか三つは見つかる。シートが隠すのは、そこで起きた投身の痕跡だ。めくると、下には飛び散った血や脳漿が隠されている。
  ――北東京の子供たち

【どんな本?】

 短編「盤上の夜」で創元SF短編賞・山田正紀賞を受賞し、同作を収録した連作短編集「盤上の夜」は日本SF大賞を受賞のほかSFマガジン編集部編「SFが読みたい!2013年版」でもベストSF2012国内篇の2位に輝き、鮮烈のデビューを飾った宮内悠介の連作短編集。

 当作品も第34回日本SF大賞特別賞に加え、SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2014年版」のベストSF2013国内篇の2位に食い込んだ。

 近未来、日本の企業がホビー用として作ったヒト型ロボット DX9 を狂言回しとして、南アフリカのヨハネスブルグ・アメリカのニューヨーク・アフガニスタンのジャララバード・イエメンのハドラマウト・日本の高島平を巡り、死と隣り合って生きる人々を描く。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2013年5月25日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約254頁。9ポイント43字×17行×254頁=約185,674字、400字詰め原稿用紙で約465頁。長編小説なら標準的な分量。

 若手の割に、文章はこなれている。SFとしても、使われるガジェットは比較的にわかりやすい方だろう。なお、DX9のモデルは、決してダヨーさんだとは思わないこと。

【収録作は?】

 / 以降は初出。

ヨハネスブルグの天使たち / SFマガジン2012年2月号
 南アフリカの北部はズールー族を中心に連合した。それに対抗し、南部も連合して衝突する。終わりの見えない内戦に市民はうんざりしつつ、自らも武装して自警団を結成し、身を守って暮している。ヨハネスブルグのスラムに住む戦災孤児のスティーブは、軍の車を盗んでは売り払って生活している。ねぐらはマディバ・タワー、中心部でもひときわ高い円筒形のビルで、10歳のときから同じ戦災孤児でアフリカーナーのシェリルと住んでいる。
 マディバ・タワーのモデルはポンテシティアパート(→Wikipedia)。高級マンションにする予定がスラム化し、再開発計画もあったが、今はどうなんだろう。白人 vs 黒人の人種差別政策で有名な南アフリカだが、歴史や人種構成はかなり複雑だったりする(→Wikipedia)。主人公の名前スティーブは、夭折した活動家スティーブ・ピコ(→Wikipedia)から取ったのかな? 現在のところ、アフリカ大陸の中では比較的に発展している国なので、周辺国からの移民が大量に雪崩れ込み、スラムの人口が膨れ上がっている模様。
ロワーサイドの幽霊たち / SFマガジン2012年8月号
 ビンツは、五歳でウクライナからニューヨークに移住した。永住権を獲得したのは10歳の時。世界貿易センターで、母はビンツに謎々を出した。「二つのタワーの間には何があると思う?」 それが家族が揃う最後となった。両親は離婚し、ビンツは父親に引き取られた。
 サラダボウルと言われる、移民の国アメリカを象徴する都市、ニューヨーク。ウクライナからやってきたビンツが住むアパートも、通う学校も人種は様々。そして、ツインタワーに旅客機で突っ込んだモハメド・アタらテロリストも多国籍だ。ツインタワーを設計したミノル・ヤマサキなど実在・架空のインタビューを取り混ぜ、911の悲劇を再現してゆく。
ジャララバードの兵士たち / SFマガジン2012年11月号
 タリバンは崩壊したが、未だ四分五裂の内戦が続くアフガニスタン。取材に訪れたルイは、護衛のアカリーと共に、ダフマ/沈黙の塔に追い込まれた。ゾロアスター教徒が鳥葬に使った建物だ。その時、パラシュートから少女が降下してきた。顔が削り取られている。パシュトゥン人が改造したDX9、パシュトゥン以外の全てを殺す殺人兵器だ。
 イラク戦争では連合軍の兵が iPod を使ってたり、民生用の機械を軍が使う例は多い。ダグ・スタントンの「ホース・ソルジャー」では、急にアフガニスタン派兵が決まった米陸軍特殊部隊の面々が、米国内で民生用のGPSを買い漁る場面がある。チャド内戦ではトヨタのハイラックスを改造し、荷台に重機関銃を載せ戦闘車両として使い、トヨタ戦争と言われた(→Wikipedia)。現在の無人攻撃機は規定の空域から外れたら自動的に帰還するなどのセキュリティを施しているが、民生用のオモチャにそんな機能はない点を考えると、殺人DX9の危険はハンパなモンじゃない。
ハドラマウトの道化たち / SFマガジン2013年2月号
 無政府状態のイエメン、ハドラマウト・シバーム(→Wikipedia)。米軍の舞台を率いるアキトは、涸れ川の向こう側の旧市街を見ていた。高層建築群が、摩天楼のように聳え立っている。ただし建材は泥煉瓦で脆く、世界遺産に指定されている。ミッションは難しい。地元のイスラム系ゲリラ組織マディナと協力し、この町に勃興しつつある新興宗教を叩くこと。ただし条件がある。建物を傷つけてはならない。条件がなければ火力で圧倒できるが、今回は地道に歩兵で掃討する必要がある。
 アラビア海と紅海に面したイエメンは、かつて海上貿易の要所として栄え、様々な人種が混在していたらしく、ジャリア・ウンム・サイードの作り上げた町は、先祖返りかもしれない。けどかつてコーヒー貿易で栄えたモカ港は土砂が溜まって遠浅となり、港としては美味しくなくなった。
 一般に港湾都市など貿易の要所は、同時に多くの国や地域から人々がやってくる。そこでは商人が力を持つ。ある地域ではありふれた安いものが、別の地域では高く貴重なものとなる。安い所で買い、輸送して高い所で売る。需要と供給、生産と消費の多様性こそが商人の力の源泉であり、よって商人は多様性を容認する傾向が強い。イスラム教の教祖ムハンマドも優れた商人だったし、寛容を唱えた。当時としては、過激なほど自由主義的な思想だったようだ。
北東京の子供たち / 書き下ろし
 五歳のとき、誠は璃乃(リノ)と出会った。以来、二人はずっと一緒にいる。かつて住民がギッシリ詰まっていた団地も今は寂れ、学校も学年あたり15人しかいない。しかもクラスメートの半数は外国人だ。翻訳ソフトが普及したため、教室には様々な言語が行き交う。家に帰っても、父と妹の口論に巻き込まれるだけ。優秀だった兄の隆一が海外に旅に出てから、母は精神病院への入退院を繰り返し…
 かつて投身自殺の名所だった高島平団地(→Wikipedia)を舞台として、そこに住む中学生の誠と璃乃にスポットをあてた作品。隆一と璃乃の年齢は、「ヨハネスブルグの天使たち」のスティーブ&シェリルと同じだし、DX9の使い方も似ているから、対比させた作品だろう。戦争で親を失ったスティーブたちと、崩壊した家庭に親と共に閉じ込められた隆一たち。いずれにせよ、子供たちの逃げ場は未来にある…そこまで、逃げ切れれば。

 人種差別政策が撤廃されたとはいえ、周辺のスラム化は進むヨハネスブルグ。アルカイダの壊滅どころかシリア内戦のドサクサで台頭するISISなど活発化するイスラム原理主義組織。宗教・部族ごとどころか、下手すると村ごとに対立しているアフガニスタン。やはり内戦の混乱が収まりそうにないイエメン。そして高齢化・少子化で空室が増える高島平団地。

 今、そこにある社会問題をエスカレートさせ、狂ったように行動するヒトを、感情がない(はずの)ロボットDX9を狂言回しとして描いた、ズッシリと想い連作短編集だ。

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