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2014年9月23日 (火)

月村了衛「機龍警察 未亡旅団」早川書房

「偉そうなことを言っているけど、君がその目で見た通り、俺の中には今も昔の俺が――<白鬼>がいる。そいつは隙さえあれば俺の中から顔を出そうといつだって狙ってる。俺を昔の俺にしようとしてるんだ。俺は昔の俺が大嫌いだ。もう二度と見たくない。あんな奴を見なくて済む社会を作るために働けるなら、これほど幸せなことはないと思ってる」

【どんな本?】

 アニメの脚本などで活躍した著者による、近未来長編SFシリーズ第四弾。ハインラインの「宇宙の戦士」に出てくるパワードスーツを思わせる二足歩行兵器・龍機兵を擁して凶悪犯罪に立ち向かう警視庁特捜部 SIPD を中心に、彼らに襲い掛かるテロリストたちや、SIPD が巻き起こす警察内部の軋轢をハードボイルド・タッチで描く、至近未来のSF警察小説。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2014年1月25日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約394頁。9ポイント45字×22行×394頁=約390,060字、400字詰め原稿用紙で約976枚。文庫本なら2冊分ぐらいかな?

 警察物らしくやや堅い文体だが、意外と読みやすい。SFとはいっても、ソレっぽい仕掛けはパワードスーツの龍機兵/機甲兵装ぐらいで、あまり突飛なモノは出てこないため、SFが苦手な人でもとっつきやすいだろう。それより、銃器などの兵器と、チェチェン紛争などの世界情勢の知識があると、描写や物語の迫力が増す。

 シリーズの一作だが、登場人物や背景事情についても、最低限の説明は入っているので、この巻から読み始めても充分に楽しめるだろう。

【どんな話?】

 ゴールデンウィーク直前の4月28日、相模原市にある解体予定の低層集合住宅。カンボジア人グループと不法入国者集団の取引があると情報を得た神奈川県警は、現場を包囲して急襲、全員を現行犯逮捕する。不法入国者集団は全員が女性で、中には明らかな未成年も混じっている。カンボジア人グループを護送車に乗せ終わった時、女の一人が護送車に突進し…

【感想は?】

 由紀谷主任、ロリコン疑惑←違います

 今回の敵は、<黒い未亡人>。チェチェン紛争(→Wikipedia)で家族を失った女性だけで結成されたテロ組織。という事で、前の「暗黒市場」に続き、再びロシアの暗黒面にスポットをあてた作品となった。

 NATO の後押しを得て比較的に独立がスムーズにいったバルト三国と違い、カフカス地方の情勢はイマイチ日本人には馴染みがなく、その実態もわかりにくい。チェチェンといえばマフィアと続きがちなように、物騒な印象ばかりが先立っている。

 一般に海沿いの国はアメリカ/NATO も海軍力を用いて軍事介入しやすいのだが、内陸国には及び腰になりがち。チェチェンを含むカフカス地方は、黒海を使うにしてもロシア海軍のシマであり、ちょっとした事で全面対決に発展しかねない。イスラムが浸透した地域でもあり、アメリカが民衆の支持を得られる可能性は少ない。

 しかも、紛争の原因には油田が絡んでいて、これまたロシアとの正面衝突の火種だ。そんなわけで、チェチェンについては「世界に見捨てられた紛争」といった状況になっている。きっかけとなった1999年の高層アパート連続爆破事件(→Wikipedia)はFSB(旧KGB)による自作自演の噂があり、剣呑な想像をするとキリがない。

 そんなチェチェン紛争に、少年兵の問題を絡め、相変わらずのドSな著者の趣味が満開の一編となった。

 嫌われ者の特捜部、前回はマル暴と組んだ。今回タッグを組むのは、公安部外事三課。「公安は誰をマークしているか」によると、アルカイダなど海外のテロ組織に対応する部隊。ただでさえ特捜部は警察の中で浮いてる上に、警察内部じゃ公安と刑事警察の反目もあり、最も相性の悪い組み合わせだろう。

 外事三課の面々では、やはり課長の曽我部課長が食えないキャラを演じてくれる。コワモテ揃いのマル暴に対し、底が見えないのが外事三課連中。曽我部課長は馬面で一見気のいいオッチャンなのだが…。やはり軽薄で空気の読めない剽軽者を演じている姿俊之との絡みは、スパイ物っぽいハードボイルドな味。いやお汁粉なんだけど。

 傭兵稼業で感情をすり減らし、飄々とした態度の中に、何事にも動じない頼もしさを感じさせた姿俊之が、少しだけ感情の動きを見せるのも、この巻の読みどころ。しかし缶コーヒーだと、極端に趣味が変わるんだなあ。

 やはり感情が死んでいるように見えるライザ・ラードナーが、静かに燃える場面が見えるのも、この巻の美味しいところ。滅多に喋らないライザが、取調室で語る短い言葉の中に込められた想い。

 などのフロント陣ばかりでなく、捜査陣も擁しているのが特捜部。今回スポットがあたるのが、問題の由紀谷警部補。明るい体育会系の夏川警部補と並ぶ、特捜部捜査班の両輪の一人。色白で優しげな風貌の中に、少し暗い影がある…が、実は実戦慣れしたヤバい奴。

 映像化されたら女性の人気を攫うのは間違いなしの由紀谷主任、この巻で彼が警察を志した理由が語りつつ、今回の捜査では彼だけが果たせる役割を担ってゆく。

 もう一人、特捜部で重要な役割を担うのが、理事官の城木警視。沖津部長の下で、しち面倒くさい他部署との折衝にあたったりする、役職の割にはあまし目立たない役どころ。まあ、キャリア組だし。

 現場は目先の仕事だけ考えてりゃいいが、キャリア組は上との調整も重要な役割。同期や先輩とのコネを通し、警察以外の別組織も視野に入れて動かにゃならん立場の人。警察内部じゃはねっかえりでもある沖津部長にとっては、煩い監視役でもあり他部署との潤滑油でもある彼が、掴んでしまった秘密に煩悶しつつ、出す答えは…

 といった心理劇の末に、終盤で展開するバトルは、フィアボルグ・バンシー・バーゲストの三体それぞれに見所を用意した、火薬爆発しまくりのド派手なアクションが用意されてる。今までは売り物の速さを活かす場面の少なかった、鋼鉄の猟犬バーゲストに、やっと見せ場がきた。いやあめでたい。

 巻を重ね由紀谷や城木などの登場人物にも厚みが増し、警察ドラマとしての臨場感を得た上で、現代の世界情勢の暗部を容赦なく照射し、最後にはSFならではのド迫力バトルで〆る。一見、堅い文体ではあるものの、読み始めたら一気に引き込まれる吸引力を持つ、社会派でありながら娯楽性満載の作品だった。

 しかし、このシリーズ、どうしても関連記事にはノンフィクションを選びたくなってしまう。困った。

【関連記事】

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書評:SF:日本」カテゴリの記事

コメント

「狼の紋章」の原作は平井和正で間違いないです、はい。エイトマンの原作で有名な人です。平井氏の暗~い情念が滾る、アクション物の傑作でした。私はこのシリーズを読んで大藪春彦を知りハマりました。当事の平井氏の作品では、「死霊狩り」も嫌~な感じの衝撃作でした。若い頃は、こういう厭世的な作品を読んでも平気だったんですが、最近はちとキツいです。と言いつつ、死人がワンサカ出る軍事物も読んでたりしますがw

投稿: ちくわぶ | 2014年9月25日 (木) 23時05分

この記事を読んで思い出しましたが、私が中学生の頃だから40年前、8歳上の兄貴が、「ウルフガイシリーズ、狼の紋章」というのの映画に連れて行ってくれました。主役は、志垣太郎さん、悪役が、デビューしたばかりの松田優作さんでした。バンパイアの話でした。バンパイアは、テレビで水谷豊さんもやってらっしゃいましたよね。作者は平井和正さんでしたか?違ったらごめんなさい。

投稿: 金田拓三 | 2014年9月24日 (水) 22時02分

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