コニー・ウィリス「マーブル・アーチの風」早川書房 大森望編訳
チャネリングで接触する“霊体”は、どうしてみんな英国風のアクセントで、欽定聖書の英語をしゃべるんだろう。
――インサイダー疑惑
【どんな本?】
ヒューゴー賞やローカス賞を荒らしまわるSF界の女王コニー・ウィリスの中短編を、日本独自で編集した本邦三番目の短編集。
彼女お得意のクリスマス・ストーリー「ニュースレター」「ひいらぎ飾ろう@クリスマス」や、大長編「ブラックアウト/オールクリア」への予感を感じさせる「マーブル・アーチの風」、皮肉が効いたコメディ「インサイダー疑惑」など、比較的にSF色が薄く親しみやすい作品が多い。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2008年9月25日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約338頁。9ポイント45字×20行×338頁=約304,200字、400字詰め原稿用紙で約761頁。長編なら少し長めの分量。
日本語はかなりこなれている。短編のわりに登場人物が多い作品が中心なので、時おり前の頁を見返しながら読む羽目になる。カテゴリは一応SFとしたが、「ひいらぎ飾ろう@クリスマス」が近未来を舞台としている他は、現代を舞台とした作品が多く、あまり小難しい理屈は出てこないので、SFが苦手な人でも親しみやすいだろう。
【収録作は?】
それぞれ 日本語作品名 / 原題 / 雑誌初出 / 日本初紹介 の順。
- 白亜紀後記にて / In the Late Cretaceous / アシモフ誌1991年12月中旬号 / SFマガジン2004年5月号
- 古生物学科は、今日もいつも通り。オスニエル博士は黒板の下の方1/3だけを使い白亜紀後記の講義をしている。ロバート・ウォーカー博士は違反切符を切られたと駐車管理部におかんむり。院生助手のチャックはトゥインキーをかじり、アルバートスン博士は映画にカブれて学生に教科書を破かせている。そしてサラには封筒が届いた。ひとつは学部長から、ジェリー・キング博士の歓迎パーティーの案内、もうひとつは飛行学校のパンフレット。『なにもかも捨てて飛び出したい、そう思ったことはありませんか?』
- ほとんどSF色のない、ドタバタ・コメディ。この不景気のなか、ジリジリと厳しくなる一方の予算と戦いつつ、十年一日の如く変わらない職場で働いている人には、なかなかコタえる作品。登場人物たちが人の話なんか全く聞かず、忙しくしゃべりまくるのは、テレビのソープオペラの影響かな? 口を開けば駐車違反の切符の話ばかりのロバート博士、いつも何かを食べているチャック、映画を見るたびにカブれて奇矯な真似をやらかすアルバートスン博士など、短い作品の中でなかなか強烈にキャラが立っている。
- ニュースレター / Newsletter / アシモフ誌1997年12月号 / アシモフ誌1997年21月号 / SFマガジン2007年12月号
- 1998年ローカス賞ノヴェレット部門受賞。うちの一族は、みんな熱心にクリスマス・ニュースレターを書く。びっしりと一年にあった事を書いた分厚い労作を封筒に入れ、家族・同僚・旧友・旅先で知り合った人に送りつける。でもわたしは、書くネタがない。いつもと同じ一年、いつもと同じ繰り返し。同僚のゲアリーは別れた奥さんに今も未練たっぷりで、妹のスーアンはロクでもない男ばかりを連れてくる。
- 苔の生えたSFファンや、侵略パニック物の映画が好きな人には、懐かしさがあふれる作品。「13日の金曜日」とかのホラー物でもいいかも。私もあまり自分の事を書くのは得意じゃなくて、このブログにしても本の事ばっかり書いている。友だちと会っても、あまし自分の事は話さなかったり。いやホント、ネタがないのよ。晩飯のメニューやゴーヤチャンプルーのレシピの話なんかしても、面白くないだろうし。
- ひいらぎ飾ろう@クリスマス / deck.halls@boughs/hlly / アシモフ誌2001年12月号 / SFマガジン2006年4月号
- クリスマス・デザイナーのリニーは、感謝祭の今日も大忙し。秘書のインゲはデートで半休だし、ノーウォールは設営で不在。幸い、気の変わりやすい顧客のパンドラ・フリーは「ハイスクールの思い出」テーマにつけるイチャモンを、まだ思いついていない様子。このスキに、新規顧客のミセス・シールズをネットでチェックしたが、プロフィールが何も出てこない。なら、直接に出向いたほうが早い。
- プログラマなら、パンドラ・フリーに殺意が湧く作品。仕様変更する度に追加料金を取ってこい、と営業に言いたいんだが、こういう時に営業は全く役に立たずブツブツ…。アメリカじゃ感謝祭はちょっとした行事らしく、五連休にする州もあるとか(→Wikipedia)。羨ましい。「ひいらき飾ろう」は有名な賛美歌(→Youtube)。何をやるにしても、行事はどんどん派手に商業的になっていくアメリカの風潮を皮肉りつつ、コニー・ウィリスお得意の味付けで料理したコメディ。
- マーブル・アーチの風 / The Winds of Marble Arch / アシモフ誌1999年10/11月号 / 初訳
- 2000年ヒューゴー賞ノヴェラ部門受賞。わたしとキャスは、カンファレンスでロンドンを訪れた。20年前、二人できた時は、安いB&Bに泊まった。地下鉄で移動し、自分たちでスーツケースを抱え、3階まで階段を昇った。でも今回はコノート・ホテルだ。エレベーターがあるし、荷物はベルボーイが運んでくれる。ロンドンは地下鉄が発達してるから、どこにだって行ける。20年前のB&Bも、マーブル・アーチ駅にあった。エリオットとサラに会うのも一年ぶりだ。いつもケッタイなツアーに連れ出してくれる長老とは五年ぶり。
- コニー・ウィリスのロンドンおたくぶりが存分に発揮された作品という意味では、「ブラックアウト/オールクリア」の予告編みたいな位置づけかな? いやお話も登場人物も、ほとんど関係ないけど。複雑に入り組んだ地下鉄が発達しているのは東京も同じで、軽く小さい荷物を運ぶのはバイク便が有名だけど、中には地下鉄を使う業者もいるとか。テーマは、老いと過ぎ去る時間。若い頃にバックパックひとつで歩き回り、ロクにシャワーもない安宿に泊まった経験のあるオッサン・オバハンには身につまされる作品。確かに今はもう、あんな無茶はできないなあ。
- インサイダー疑惑 / Inside Job / アシモフ誌2005年12月号 / 初訳
- 2005年ヒューゴー賞ノヴェラ部門受賞。トンデモ系のペテン師を槍玉にあげる貧乏雑誌<ジョーンディスト・アイ>を出版している、ロブ。ここハリウッドじゃ、ネタにはこと欠かない。今日も敏腕記者のキルディから、電話がかかってきた。今回のネタは女のチャネラーだ。イシスって霊体を呼び出すらしい。キルディも物好きで、人気女優のキャリアをあっさり捨てて、この貧乏雑誌に飛び込んできた。約束の土曜日に、問題のチャネラーのセミナーに出かけたが…
- 「トンデモ本の世界」が好きな人向けの作品。この手の商売は昔から大繁盛で、次から次へと新手が出てきちゃ話題をさらっていく。連中の手口を暴く方法を、色々と詳しく具体的に書いてあるのが嬉しい。スコープス裁判(→Wikipedia)は、合衆国の公立学校で進化論を教える事の是非を巡る裁判で、1925年の事件。今でも相変わらずインテリジェント・デザインみたいなのが復活していて、こういう人々はなかなかしぶとい。ラーメン。それに対し科学者や奇術師が真っ向から噛み付くのも、アメリカを感じさせる。日本じゃ大槻教授がコメディアン扱いだもんなあ。ああ情けない。まあ、今じゃ教授を支持する層は地上波を見なくなってるのかも。
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