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2014年9月の15件の記事

2014年9月29日 (月)

SFマガジン2014年11月号

「……何ていうか」未來がため息を吐いた。「弥生が男だったら、ぞっとするわね」
「――どういう意味?」
  ――吉上亮 PSYCHO-PASS LEGEND「About a Girl」前編

 280頁の標準サイズ。今月はなんと梶尾真治「恩讐星域」が最終回。もっと大きい字で宣伝してもいいと思う。

 特集は「30年目のサイバーパンク」。ウィリアム・ギブスンの「ニューロマンサー」刊行30年を記念して、同時のサイバーパンクの衝撃と、それが与えた様々な影響を振り返ると共に、初訳の短編3作、ウォルター・ジョン・ウィリアムズ「パパの楽園」,ラメズ・ナム「水」,キース・ブルック「戦争3.01」を収録。

 小説は他に吉上亮の PSYCHO-PASS LEGEND「About a Girl」前編,夢枕獏の「小角の城」,神林長平の「絞首台の黙示録」。

 ウォルター・ジョン・ウィリアムズ「パパの楽園」。ジェイミーは家族と一緒に引っ越した。楽しい場所だった。旋回人はくるくる回り、激しく回りすぎると地面にめり込んでしまう。それを見てジェイミーも、妹のベッキーも、ゲラゲラ笑った。家に戻れば、屋根に座っていたミスター・ジーバーズが宙を飛んで迎えてくれる。「ジェイミーが帰ってきた。ジェイミーが帰ってきたよ」

 「え?あのハードワイヤードのウォルター・ジョン・ウィリアムズ?芸風変えたの?つか、どこがサイバーパンク?」と驚く、メルヘンっぽい出だし。が、しかし、当然、そんな事はないわけで。親ってのは子供に汚いモノを見せたがらないけど、果たしてそれがいいのかどうか。スポンサーがアレってのも、いかにもありそうで怖い。

 ラメズ・ナム「水」。インプラントが普及した未来。ただし費用は高い。でも安くあげる方法がある。広告を受け入れればいい。あらゆる商品は、インプラントに囁きかける。「ピュラビータのミネラルウォーターは素敵」と。そして快楽中枢を刺激し、ドーパミンが放出され、依存傾向を強めてゆく…

 今のインターネットでも、広告がウザいと感じる人は多いだろう。昔は固定の広告を貼るだけだったけど、今はクッキーなどで読者を追跡し、読者の好みにあった広告を出すようにまでなった。単にウザいだけならブロックすりゃいいが、脳内に機械を埋め込んで、そこに広告を流されたら、たまったモンじゃない。無料ブログのサービスもあるけど、大抵は広告とバーターだったり。

 キース・ブルック「戦争3.01」。ケヴィン・オファレルが街にいたとき、唐突に戦争が始まり、終わった。金曜の夜だ。給料は二日前に出たばかり。いい具合に酔ったが、ここじゃアイルランド系移民労働者はいいカモだ。特に守備隊の兵隊はヤバい。連中の目を避けながら、ケヴィンは歩き出したが…

 「水」同様に、現実世界に仮想現実を重ね合わせる技術が普及した世界。アイリッシュと英国兵の睨みあいは、昔ながらの定型なのかな。でもアイリッシュを主人公にしてるのは珍しい。6頁の短い作品ながら、現在 ISIL が盛んに Youtube や Facebook を使いこなしている状況を見ると、目の付け所はいいと思う。

 鷲巣義明「洋画に見るサイバーパンク」。ディズニー映画の「トロン」に触れてて、ちょっと嬉しい。あの映画で私が一番印象に残っているのが、社長さんの大きな机が、そのまんまデカいタッチスクリーンになってる場面。スクリーンが地面と平行なのはどうなの?と思ったが、とにかく広いモニタが羨ましかった。

 ジェームズ怒々山+マリ子さん+ススム君とゆー懐かしい顔ぶれで送る、「帰ってきた!ジェームズ怒々山のSF集中講座~サイバーパンクってなあに?」色々あるけど、私にとってサーバーパンクは黒丸尚氏のルビを多用したスタイリッシュな文体だったりする。すんません、カッコか入るタチなんです。

 ついに最終回の梶尾真治「恩讐星域」。子供たちへの教育課程<エデン正史>の一環として、自らの体験を語る事になったトーマス老。あの時、ニューエデンの人々は憎しみに凝り固まっていた。自分たちを見捨て、宇宙船ノアズ・アークで脱出したアジソンと、その一党たちへの憎しみに。

 <約束の地>を目前にして、崩壊したノアズ・アーク号を、ギリギリで脱出した人たち。アンデルス・ワルツィンゲン首長の強力な指導力の元に、彼らへの憎しみで一体となったニュー・エデン住民。前回までジリジリと描かれた接近の様子。その出会いと結末は、果たしてどうなったのか。単行本で一気に読むと、また違う感想になるんだろうなあ。

 神林長平の「絞首台の黙示録」。どうやら、おれは死刑囚の邨江清治らしい。確認する手がかりはある。執行前に会話した、教誨師がいる。彼にあって確認すればいい。工(たくみ)がPCで調べた。後上明生は見付かった。牧師であり、保育園の院長だ。取材を装って、二人で会いに行こう。

 前回のグロテスクな謎の推察から、やっと手がかりが掴めた今回。邨江清?が、意外とマメに料理を作るのに笑ってしまう。キッチリと煮干しで出汁をとってたり。刑務所暮らしじゃ料理を身につけられそうにないから、その前の独身生活で憶えたのかな?

 吉上亮の PSYCHO-PASS LEGEND「About a Girl」前編。九歳のとき、六合塚弥生はギターと出合った。父の書斎にあったレコード。クラッシュが好きだった。セックス・ピストルズには衝撃を受けた。16歳でシビュラ公認芸術家として公認され、彼女に出会った。

 時系列的には第一部の後。素直な黒髪で表情の少ない六合塚執行官が主人公。得物はテレキャスターかあ。ゴージャスな音が魅力のレスポールでも、器用にこなせるストラトでもなくて、乾いた音のテレキャスターってのが、一見クールだけど、あんまし器用じゃない六合塚さんに合ってるかも。禁欲的な彼女に対し、エロエロな志恩さんを当てる対照がたまりませんわ、ハァッハァ。シド・ヴィシャスのマイ・ウェイはこちら(→Youtube)。とかバカな事を言ってると、終盤では大変な事に。

 若島正の「乱視読者の小説千一夜」。ロンドンの<サ・ガーディアン>紙2014年1月31日号の記事「翻訳できない日本語はあるか?」のトップが tsundoku だとかw やっぱし似たような傾向の奴は、世界中にいるんだろうなあ。素敵かどうかはわかんないけどw

 飯田一史「エンタメSF・ファンタジイの構造」。前回の山田悠介でも不思議に思ったのは、彼がどうやって読者に作品をアピールしたか。今回はホラー系のライトノベルを題材に、販売路線をどうやって確保するか、というお話。レーベルで選んだり、判型で選んだり。そういえば「B-29操縦マニュアル」は、軍事ではなく航空機の棚にあって、あやうく見逃すところだった。行きつけの本屋だと、巡回コースが決まってて、興味のない棚は見なかったりするし、「書店のどの棚に置かれるか」は確かに大事だよなあ。

 大野典宏「サイバーカルチャートレンド」。今回は「プログラミング言語って、やたら沢山あるよね」というお話。Wyvern(カーネギー・メロン大学Wyvern の項) は知らなかったなあ。CSS+HTML+JavaScript+Java的なシロモノらしいけど、ならS式でいいじゃん。scheme じゃダメ?←しつこい

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2014年9月25日 (木)

ジョゼフ・ギース/フランシス・ギース「大聖堂・製鉄・水車 中世ヨーロッパのテクノロジー」講談社学術文庫 栗原泉訳

 グーテンベルク以後何世紀にもわたって、印刷術の発明は数々の誉め言葉で称えられてきたが、そのなかでも最も核心をついたものを紹介しよう――「この発明は、その後に続くすべての技術進歩を速めた技術進歩だった」(T.K.デリー、T.I.ウィリアムズ共著)。

【どんな本?】

 ヨーロッパの中世は暗黒時代とも言われ、ギボンは「ローマ帝国衰亡史」の中で「野蛮と宗教の勝利」と描いている。しかし、近年の研究により、歴史家の認識は変わってきた。

 産業革命ほど劇的ではないにせよ、犂・ハーネス・造船・水車・製鉄・建築・紡績などの各分野で、少しづつテクノロジーは小さな改良を続けてきた。初期にはローマ帝国から受け継いだものや、中国やアラビアから学んだものが多かったが、やがてヨーロッパが独自でテクノロジーを発明・発見し、東方を追い越していったのだ。

 それぞれのテクノロジーは、いつ・だれが発明したのか。それは、社会にどう広がり、どんな影響を与え、どう改良されていったのか。われわれの持つ「暗黒時代」の印象を覆しつつ、技術の進歩と社会の変容、そして思想の変転を描く、一般向けの歴史教養書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Cathedral, Forge, and Waterwheel - 2Technology and Invention in the Middle Ages, by Joseph Gies & Frances Gies, 1994。日本語版は2012年12月10日第1刷発行。文庫本縦一段組みで本文約361頁+訳者あとがき6頁。8.5ポイント41字×17行×361頁=約251,617字、400字詰め原稿用紙で約630枚。長編小説ならちょい長めの分量。

 文章は比較的にこなれている。扱っているのはヨーロッパの歴史なので、西洋史に詳しい人ほど楽しめるが、重要な時代背景などは本文中に説明があるので、特に気にする必要はない。「ローマ帝国が衰えてナニやらゴチャゴチャしてルネサンスがあって産業革命があって現代」ぐらいで充分に味わえる。

【構成は?】

  • 第一章 バベルの塔・ノアの箱舟 キリスト教とテクノロジー
  • 第二章 古代のテクノロジー 功績と限界
    ヨーロッパ――西暦500年
  • 第三章 それほど暗くはなかった暗黒時代 西暦500~900年
    農業革命/布作り――女性の仕事/「鉄の人」/剣と犂の刃/ロマネスク様式の教会/河川、道路、橋/航海――大三角帆とロングシップ/「自然に秘められた原因」の探求/ヨーロッパ――西暦900年
  • 第四章 アジアとのつながり
    伝播のルート/公共事業としてのテクノロジー/中国の技術輸出/インド、ペルシャの技術/アラブ人――伝搬者、発明家
  • 第五章 商業革命の技術 西暦900~1200年
    解放耕地制と水力/都市の工芸、村の工芸/ガラスや石に描かれた聖書/城、投石器、石弓/橋の兄弟団/コグ船、羅針盤、方向舵/12世紀ルネッサンス/ヨーロッパ――西暦1200年
  • 第六章 中世盛期 西暦1200~1400年
    農村――荘園経営と黒死病/布、紙、金融/中世の都市/ゴシック建築の技術者――ヴィラール・ド・オヌクール/冶金――水力高炉/「最も有害な技術」――中国から伝わった火器/「すばらしい時計」/旅の発展、商業の発展/航海――羅針盤の発達/「原因の追究」――科学的態度/ヨーロッパ――西暦1400年
  • 第七章 レオナルドとコロンブス 中世の終わり
    「見事な活版印刷の技術」/銃と国家/芸術家-工学者――レオナルド・ダ・ヴィンチと仲間たち/15世紀のテクノロジー――斬新的進歩/大洋へ漕ぎ出す船/西暦1500年以降――「西洋文明」
  • 訳者あとがき

 原則として時系列順なので、素直に頭から読もう。

【感想は?】

 技術ってのは、生物の進化に似ている。一足飛びに進むわけじゃなくて、一歩一歩進んでいく物なんだなあ。

 ヨーロッパの中世の技術史を網羅した本だ。単に技術について述べるだけでなく、それが発明されたきっかけや思想的な背景、社会に与えた影響などもあわせて書いている。

 ちなみに、この本では、中世を西暦500年ごろ~1500年ごろ、としている。

 なんとなく教会が悪役になっているヨーロッパの中世だが、この本ではむしろ知識・技術の庇護者として描いているのが意外。 鴇田文三郎「チーズのきた道 世界のチーズと乳文化探訪」でも教会はチーズ作りの技術を保全したとあったし、日本でも仏教と技術の伝来は一緒だった。昔は宗教組織=学問の庇護者、だったのかも。

 とまれ、この変転も皮肉が効いてて。最初、修道院は労働を重視した。聖ヒロエニムス(347頃~420)曰く…

「職種を同じくする修道士たちが親方のもとで一つ屋根の下に住んでいた。たとえば、亜麻布を織る人たちは何人かで集まっていたし、敷物職人は一つの家族とみなされていた。仕立て職人、馬車作り、縮絨職人、靴屋らはすべて、それぞれの親方のもとで働いていた」

 6世紀の「ベネディクトゥスの戒律」に端を発するベネディクト会も、当初は修道士自ら働いていたが、やがて豊かになると、「手を使う仕事は小作人や召使いに託された」。

 これじゃイカン原点に立ち戻れと、11世紀にシトー修道会が立ち上がる。が、やがて、中で貴族階級の修道士と下層階級の助修士に分かれ、労働は助修士に任されることになる。こういったパターンは、アメリカのプロテスタントの宗派の歴史と似てるなあ、と思ったり。

 馬具じゃ鐙が有名だけど、ハーネスも大きいとか。従来のものは首をつないでるんで、馬が張り切ると喉を締める。これを馬の胸に当てるようにしたので、「馬は少なくとも従来の三倍の牽引力を発揮できるようになった」。これに畑を掘り返す犂が加わり、「北西ヨーロッパの肥沃な森林地帯を切り開く大仕事が進んだ」。

 比較的に川が多いヨーロッパ北西部は水車を普及させ、ここで発達した歯車などの機械工学が産業革命の土台を整えてゆく。こういうドミノ倒し的な影響の波及が、技術史の楽しい所。

 紙幣より為替手形の方が先、ってのも意外。9世紀はじめの中国の飛銭(→Wikipedia)が原型だが、「812年に政府が引き受けるようになり、やがて本物の紙幣へと進化していった」。つまり、最初は商人が信用を引き受けていたわけ。

 シルクロードの名でわかるように、絹は東西の重要な交易品で、「教会は大口の顧客だった」。はいいが、「ときおり不適切なアラビア語が生地に書き記されていた」。

ダラム大聖堂に祀られた聖カスバート(→Wikipedia)の遺体を包んだ帷子には「アッラーのほかに神なし」と、ブルターニュの聖ジョゼの帷子には「アブ・マヌ・ハイドル司令官に栄光と幸運あれ、アッラーが長命の恵みを授けたまわんことを」と書かれていた。

 大らかなもんです。まあ、でも、「アッラーのほかに神なし」は、意味的にキリスト教でも間違ってない気がする。

 当時に流行ったニセ科学と言えば錬金術と占星術。錬金術は蒸留などの技術を発展させ、やがて化学や蒸留酒に繋がってゆく。もう一つの占星術は、というと、これまた機械工学の粋である時計を生み出すから面白い。「機械時計は星や惑星の動きを追跡するための精密機械の必要性から生まれたのである」。しかも…

 中世の時計の最も注目すべき点は、それがもっぱら金属だけでできた初めての機械だということだ。以前の機械はすべて主に木でできていた。精密な仕事を重んじる金属細工師の伝統はここに確立されて18世紀まで維持され、産業革命においては紡績機械の製造で重要な役割を担った。

 こういった金属加工の技術は、やがてグーテンベルクの活版印刷にも活かされ、冒頭の引用にあるように、技術の爆発的な普及・進展へと繋がってゆく。そこには、ワイン絞り機で培ったプレス機の技術や、10世紀のカロリング朝の小文字体から発展したゴシック体、イタリアの画家が開発した染料と亜麻仁油を混ぜる技術などが基礎となっている。ああ、もちろん、亜麻布のボロを使った製紙技術や、その原動力になった水車利用の機械工学も。

 ごく初期には巡回印刷業を営む人もいた。機械や装置を荷車に積み込み、あちこちに移動しながら仕事をするのだ。

 というから、アチコチの修道院を訪ねて仕事をしてたんだろうか。ただ、版を作るのは大変らしく、「グーテンベルク聖書の一ページの植字には、おそらく一人の職人が丸一日かかったと思われる」とか。

 それでも、活字そのものは「一つの活字書体は合わせ文字や記号や大文字小文字を含め、およそ150字が必要」ってのが、欧州の幸運な所。中国や日本より必要な文字が1~2桁少ないからなあ。

 などと、印刷一つをとっても、製紙・金属加工・油製インクなどの基礎技術の他に、文字数や書体などの文化的背景、そして出せば売れる聖書という世界一のベストセラーの存在が、誕生の鍵を握っていたりする。

 やはり造船ではバルト海と地中海が互いにアイデアを交換しつつ発展して行ったり、航海術じゃ中国生まれの羅針盤が基礎になってたりと、技術史は風土や気候に加え、多様性と伝播とアレンジと合流が、多くの意外性を含めながらダイナミックに絡まりあうから楽しい。

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2014年9月23日 (火)

月村了衛「機龍警察 未亡旅団」早川書房

「偉そうなことを言っているけど、君がその目で見た通り、俺の中には今も昔の俺が――<白鬼>がいる。そいつは隙さえあれば俺の中から顔を出そうといつだって狙ってる。俺を昔の俺にしようとしてるんだ。俺は昔の俺が大嫌いだ。もう二度と見たくない。あんな奴を見なくて済む社会を作るために働けるなら、これほど幸せなことはないと思ってる」

【どんな本?】

 アニメの脚本などで活躍した著者による、近未来長編SFシリーズ第四弾。ハインラインの「宇宙の戦士」に出てくるパワードスーツを思わせる二足歩行兵器・龍機兵を擁して凶悪犯罪に立ち向かう警視庁特捜部 SIPD を中心に、彼らに襲い掛かるテロリストたちや、SIPD が巻き起こす警察内部の軋轢をハードボイルド・タッチで描く、至近未来のSF警察小説。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2014年1月25日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約394頁。9ポイント45字×22行×394頁=約390,060字、400字詰め原稿用紙で約976枚。文庫本なら2冊分ぐらいかな?

 警察物らしくやや堅い文体だが、意外と読みやすい。SFとはいっても、ソレっぽい仕掛けはパワードスーツの龍機兵/機甲兵装ぐらいで、あまり突飛なモノは出てこないため、SFが苦手な人でもとっつきやすいだろう。それより、銃器などの兵器と、チェチェン紛争などの世界情勢の知識があると、描写や物語の迫力が増す。

 シリーズの一作だが、登場人物や背景事情についても、最低限の説明は入っているので、この巻から読み始めても充分に楽しめるだろう。

【どんな話?】

 ゴールデンウィーク直前の4月28日、相模原市にある解体予定の低層集合住宅。カンボジア人グループと不法入国者集団の取引があると情報を得た神奈川県警は、現場を包囲して急襲、全員を現行犯逮捕する。不法入国者集団は全員が女性で、中には明らかな未成年も混じっている。カンボジア人グループを護送車に乗せ終わった時、女の一人が護送車に突進し…

【感想は?】

 由紀谷主任、ロリコン疑惑←違います

 今回の敵は、<黒い未亡人>。チェチェン紛争(→Wikipedia)で家族を失った女性だけで結成されたテロ組織。という事で、前の「暗黒市場」に続き、再びロシアの暗黒面にスポットをあてた作品となった。

 NATO の後押しを得て比較的に独立がスムーズにいったバルト三国と違い、カフカス地方の情勢はイマイチ日本人には馴染みがなく、その実態もわかりにくい。チェチェンといえばマフィアと続きがちなように、物騒な印象ばかりが先立っている。

 一般に海沿いの国はアメリカ/NATO も海軍力を用いて軍事介入しやすいのだが、内陸国には及び腰になりがち。チェチェンを含むカフカス地方は、黒海を使うにしてもロシア海軍のシマであり、ちょっとした事で全面対決に発展しかねない。イスラムが浸透した地域でもあり、アメリカが民衆の支持を得られる可能性は少ない。

 しかも、紛争の原因には油田が絡んでいて、これまたロシアとの正面衝突の火種だ。そんなわけで、チェチェンについては「世界に見捨てられた紛争」といった状況になっている。きっかけとなった1999年の高層アパート連続爆破事件(→Wikipedia)はFSB(旧KGB)による自作自演の噂があり、剣呑な想像をするとキリがない。

 そんなチェチェン紛争に、少年兵の問題を絡め、相変わらずのドSな著者の趣味が満開の一編となった。

 嫌われ者の特捜部、前回はマル暴と組んだ。今回タッグを組むのは、公安部外事三課。「公安は誰をマークしているか」によると、アルカイダなど海外のテロ組織に対応する部隊。ただでさえ特捜部は警察の中で浮いてる上に、警察内部じゃ公安と刑事警察の反目もあり、最も相性の悪い組み合わせだろう。

 外事三課の面々では、やはり課長の曽我部課長が食えないキャラを演じてくれる。コワモテ揃いのマル暴に対し、底が見えないのが外事三課連中。曽我部課長は馬面で一見気のいいオッチャンなのだが…。やはり軽薄で空気の読めない剽軽者を演じている姿俊之との絡みは、スパイ物っぽいハードボイルドな味。いやお汁粉なんだけど。

 傭兵稼業で感情をすり減らし、飄々とした態度の中に、何事にも動じない頼もしさを感じさせた姿俊之が、少しだけ感情の動きを見せるのも、この巻の読みどころ。しかし缶コーヒーだと、極端に趣味が変わるんだなあ。

 やはり感情が死んでいるように見えるライザ・ラードナーが、静かに燃える場面が見えるのも、この巻の美味しいところ。滅多に喋らないライザが、取調室で語る短い言葉の中に込められた想い。

 などのフロント陣ばかりでなく、捜査陣も擁しているのが特捜部。今回スポットがあたるのが、問題の由紀谷警部補。明るい体育会系の夏川警部補と並ぶ、特捜部捜査班の両輪の一人。色白で優しげな風貌の中に、少し暗い影がある…が、実は実戦慣れしたヤバい奴。

 映像化されたら女性の人気を攫うのは間違いなしの由紀谷主任、この巻で彼が警察を志した理由が語りつつ、今回の捜査では彼だけが果たせる役割を担ってゆく。

 もう一人、特捜部で重要な役割を担うのが、理事官の城木警視。沖津部長の下で、しち面倒くさい他部署との折衝にあたったりする、役職の割にはあまし目立たない役どころ。まあ、キャリア組だし。

 現場は目先の仕事だけ考えてりゃいいが、キャリア組は上との調整も重要な役割。同期や先輩とのコネを通し、警察以外の別組織も視野に入れて動かにゃならん立場の人。警察内部じゃはねっかえりでもある沖津部長にとっては、煩い監視役でもあり他部署との潤滑油でもある彼が、掴んでしまった秘密に煩悶しつつ、出す答えは…

 といった心理劇の末に、終盤で展開するバトルは、フィアボルグ・バンシー・バーゲストの三体それぞれに見所を用意した、火薬爆発しまくりのド派手なアクションが用意されてる。今までは売り物の速さを活かす場面の少なかった、鋼鉄の猟犬バーゲストに、やっと見せ場がきた。いやあめでたい。

 巻を重ね由紀谷や城木などの登場人物にも厚みが増し、警察ドラマとしての臨場感を得た上で、現代の世界情勢の暗部を容赦なく照射し、最後にはSFならではのド迫力バトルで〆る。一見、堅い文体ではあるものの、読み始めたら一気に引き込まれる吸引力を持つ、社会派でありながら娯楽性満載の作品だった。

 しかし、このシリーズ、どうしても関連記事にはノンフィクションを選びたくなってしまう。困った。

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2014年9月21日 (日)

坂井洲二「水車・風車・機関車 機械文明発生の歴史」法政大学出版局

 東洋人は米を主食とし、西洋人は麦を主食としてきた。
 こんななんでもんささそうなことが、実は大変な文化の分かれ目だったのである。けれどその大変さをわたしが悟るまでには、かなり幸運な体験に何度か恵まれなければならなかった。
  ――製粉水車 米と麦の違い

【どんな本?】

 ドイツで民俗学を学ぶついでに、シュヴァルツシルトの農村を訪れた著者は、村の水車小屋を見学する。「コトコトコットン」とのどかな水車を想像したが、実際は全く違った。「ガタガタガタガタ」と、操業中の工場のような騒音をたてる、大掛かりで高度に自動化されたマシーンだったのだ。

 以後、著者は、水力で小麦を粉に挽く水車、風力で揚水する風車など、ドイツ・オーストリア・オランダなどの村や博物館を訪ね、その構造としくみと共に発展の歴史を辿り、また水力を応用した製材・製鉄・精油、畜力を使う農具、振り子時計や水車式のオルゴールなど、産業革命前の西欧の自動機械や、蒸気式耕運機など産業革命直後の機械も紹介し、産業革命を可能にした西欧の機械文明を語る。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2006年2月2日初版第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約341頁。9ポイント47字×18行×341頁=約288,486字、400字詰め原稿用紙で約722枚だが、写真や図版を豊富に収録しているので、文字の分量は6割ほど。

 日本人の著者だけに、比較的に文章はこなれている。内容も特に難しくない。中学生レベルの機械工学、具体的には歯車の理屈が分かっていれば充分に読みこなせる。機械の動作を図版で説明していて、これが本書の美味しい所でもあり、読み解くのに時間がかかる部分でもある。

【構成は?】

  • 製粉水車
    • 米と麦の違い
    • 石臼と篩
    • 製粉水車の構造(1)
    • 製粉水車の構造(2)
    • 製粉水車の構造(3)
    • 製粉装置のいろいろとその後の歴史
  • 風車
    • 風で粉をひく
    • 風車はペルシアから
    • 風車王国オランダ
    • 屋根だけ動く「塔風車」
    • 究極の風車――バラ飾り
  • 製材水車
    • 上下運動による製材水車
    • クランク式製材水車
    • コッツンのこぎり
  • 水力による工業化
    • 鍛冶屋
    • ルール工業地帯ができた理由
    • 精油、製紙、針金工場
    • 機関車が畑を耕す
  • 畜力
    • 日本人の特徴は農耕民族ということだけか
    • 畜力で引く農具
    • 畜力で回転する機械
    • 馬車と牛車
    • 回転力利用の技術
    • 回転力を利用した日常の道具
    • ろくろ
    • 木の時計
    • 水車で動かすからくり
  • おわりに/主要参考文献

 比較的に単純なものから始まり、次第に複雑なものに移る構成なので、素直に頭から読もう。

【感想は?】

 どうにも納得できなかった俗説がある。蒸気機関の発明の話だ。

 俗説では、沸騰した薬缶のフタが上下するのを見て、蒸気機関を思いついたことになっている。だが、それはあまりに飛躍しすぎじゃないか。薬缶から、あの力強く精密な蒸気機関車を思いつくのは、ちと無茶じゃなかろうか。

 無茶なのだ。そもそも、俗説自体、私の思い込みによる勘違いが相当を占めている。それが、この本を読んで分かった。

 まず、蒸気機関の使い道だが、最初は機関車じゃない。揚水機だ。地下の水を汲み上げる機械である。で、揚水機は、蒸気機関が出来る前に、既に機械化されていたのだ。有名なオランダの風車である。風力でポンプを動かし、水を汲み上げて干拓して土地を広げた。または臼を回して小麦粉を挽いていた。

 「風力で小麦粉を挽く」と一言で言えば簡単だが、実際には多くの工学上の工夫がなされている。風車の回転を臼の回転に変えるには、歯車を使う。他にも間断なく小麦を補給する工夫や、挽いた粉を篩で分ける工夫、空挽きを防ぐ安全装置など、カムや滑車を使った細かい工夫に溢れている。

 風も、時間によって吹く向きが違う。だから風車自体の向きを変えなきゃいけない。ってんで、建物自体を回転させる機構が組み込まれている。当初は台風車として建物自体を回していたが、やがて屋根(+風車)だけを動かす塔風車、そして風向きに応じて自動で風車を動かすバラ風車へと発展していく。バラ風車なんて、可動部に転がり軸受けを使ってたり。

 先の俗説の、もう一つの勘違いが、これだ。つまり、蒸気機関が登場する前に、既に機械工学が充分に発達していたのだ。

 機械工学というと偉そうだが。つまりは「他から力を得て機械を動かし、役に立つ仕事をさせる」しくみだ。そのために、歯車・カム・クランク・弁・ねじ・てこなどの、動きや力を変換する技術・ノウハウが、産業革命前に、充分に発達していたわけだ。

 揚水の例が分かりやすいだろう。既に、風力で揚水する技術はできている。でも風は気まぐれで、常に吹くわけじゃない。じゃ、風の代わりに蒸気の力を使おう。それだけだ。なんのことはない、風から蒸気に、動力源が変わっただけの話なのである。

 実際、製材所などは、水力から電気モーターに変えただけで、製材機械そのものは、今も同じ物を使っている所も出てくる。

 などという大きな流れは、読みながら私が考えたことで、本書の中身の大半は、もっと具体的な事に費やされている。水車による製粉装置や、風車による揚水装置、振り子時計の構造などである。

 最初の水車による製粉装置からして見事なもので。基本的には臼を動かして麦を粉にするんだが、この臼が「直径が1メートル、厚さは上石が50センチ、下石が25センチ程度」と馬鹿でかい。

水車の回転を二つの歯車で90度変え、臼を回す。挽いた粉は篩にかかるんだが、この篩も自動で揺する仕掛けがある。麦の注ぎ口は、カムのような仕掛けで自動で揺すり、一定のペースで臼に入っていく仕掛けになっている。

 などと、この本は、麦を挽く仕組みを、豊富な図版で部品ひとつひとつについて、その仕組みと役割を解説していく形で進んでいく。水車は麦を挽くだけじゃない。クランクを使って回転を上下運動に変え、のこぎりを動かし製材する。ハンマーを上下させて鉄製品を作る。杵をついて紙を作る。そういった機械を、写真とイラストで紹介し、細かく解説してゆく。

 そういった機械工学の発達の原因が、食べ物であるのも面白い所。米は簡単に籾から実が取れるが、麦は違う。実が薄皮を被っていて、しかも実に一本入ったスジに食い込んでいる。だから米は炊けば美味しく食べられるが、麦は美味しくない。そこで潰して粉にする。この時、薄皮は「細かいボロ切れ状になる」ので、篩にかければ粉だけを取り出せる。

 ただし、この製粉の手間が大変だった。エジプトやメソポタミアじゃほとんど水が流れないが、欧州は比較的に川の流量が安定している。そこで水車で粉を挽こうという事になり…

 と、欧州は機械工学の発展に都合のいい気候と風土だったわけだ。水力は欠かせないわけで、ルール工業地帯発展の理由も、豊かで安定したルール川の水量、豊富な鉄鉱石、そして製鉄の燃料としての木材が理由だとか。「現在のドイツの豊かな森林は、みなその後の植林によるものである」。

 後半では馬車が登場し、これがやがて乗り合い馬車から乗り合い機関車へと進歩してゆく。ここでも、技術は一足飛びに進んだわけではなく、馬車(とトロッコ)を足がかりとして蒸気機関車へと発展していったわけだ。

 終盤の水車仕掛けの自動オルガンに至っては、「ここまでやるか」と驚くやら呆れるやら。要はオルゴールとオルガンを合わせたシロモノだが、クランクを使ってふいごを動かし、ドラムに音符を設定して鍵盤を弾き、多数のパイプで風を送り…と、作った人の凝り具合がしのばれる。

 「美味いメシを楽して食べたい」から始まった機械工学が、やがて産業革命の土台を整えてゆく。基本的には機械の仕組みを解説した本だが、その向うには文明の進歩の原則が見えてくる。細かい所に拘るからこそ、大きな流れを感じさせる本だった。

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2014年9月19日 (金)

コニー・ウィリス「マーブル・アーチの風」早川書房 大森望編訳

チャネリングで接触する“霊体”は、どうしてみんな英国風のアクセントで、欽定聖書の英語をしゃべるんだろう。
  ――インサイダー疑惑

【どんな本?】

 ヒューゴー賞やローカス賞を荒らしまわるSF界の女王コニー・ウィリスの中短編を、日本独自で編集した本邦三番目の短編集。

 彼女お得意のクリスマス・ストーリー「ニュースレター」「ひいらぎ飾ろう@クリスマス」や、大長編「ブラックアウト/オールクリア」への予感を感じさせる「マーブル・アーチの風」、皮肉が効いたコメディ「インサイダー疑惑」など、比較的にSF色が薄く親しみやすい作品が多い。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2008年9月25日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約338頁。9ポイント45字×20行×338頁=約304,200字、400字詰め原稿用紙で約761頁。長編なら少し長めの分量。

 日本語はかなりこなれている。短編のわりに登場人物が多い作品が中心なので、時おり前の頁を見返しながら読む羽目になる。カテゴリは一応SFとしたが、「ひいらぎ飾ろう@クリスマス」が近未来を舞台としている他は、現代を舞台とした作品が多く、あまり小難しい理屈は出てこないので、SFが苦手な人でも親しみやすいだろう。

【収録作は?】

 それぞれ 日本語作品名 / 原題 / 雑誌初出 / 日本初紹介 の順。

白亜紀後記にて / In the Late Cretaceous / アシモフ誌1991年12月中旬号 / SFマガジン2004年5月号
 古生物学科は、今日もいつも通り。オスニエル博士は黒板の下の方1/3だけを使い白亜紀後記の講義をしている。ロバート・ウォーカー博士は違反切符を切られたと駐車管理部におかんむり。院生助手のチャックはトゥインキーをかじり、アルバートスン博士は映画にカブれて学生に教科書を破かせている。そしてサラには封筒が届いた。ひとつは学部長から、ジェリー・キング博士の歓迎パーティーの案内、もうひとつは飛行学校のパンフレット。『なにもかも捨てて飛び出したい、そう思ったことはありませんか?』
 ほとんどSF色のない、ドタバタ・コメディ。この不景気のなか、ジリジリと厳しくなる一方の予算と戦いつつ、十年一日の如く変わらない職場で働いている人には、なかなかコタえる作品。登場人物たちが人の話なんか全く聞かず、忙しくしゃべりまくるのは、テレビのソープオペラの影響かな? 口を開けば駐車違反の切符の話ばかりのロバート博士、いつも何かを食べているチャック、映画を見るたびにカブれて奇矯な真似をやらかすアルバートスン博士など、短い作品の中でなかなか強烈にキャラが立っている。
ニュースレター / Newsletter / アシモフ誌1997年12月号 / アシモフ誌1997年21月号 / SFマガジン2007年12月号
 1998年ローカス賞ノヴェレット部門受賞。うちの一族は、みんな熱心にクリスマス・ニュースレターを書く。びっしりと一年にあった事を書いた分厚い労作を封筒に入れ、家族・同僚・旧友・旅先で知り合った人に送りつける。でもわたしは、書くネタがない。いつもと同じ一年、いつもと同じ繰り返し。同僚のゲアリーは別れた奥さんに今も未練たっぷりで、妹のスーアンはロクでもない男ばかりを連れてくる。
 苔の生えたSFファンや、侵略パニック物の映画が好きな人には、懐かしさがあふれる作品。「13日の金曜日」とかのホラー物でもいいかも。私もあまり自分の事を書くのは得意じゃなくて、このブログにしても本の事ばっかり書いている。友だちと会っても、あまし自分の事は話さなかったり。いやホント、ネタがないのよ。晩飯のメニューやゴーヤチャンプルーのレシピの話なんかしても、面白くないだろうし。
ひいらぎ飾ろう@クリスマス / deck.halls@boughs/hlly / アシモフ誌2001年12月号 / SFマガジン2006年4月号
 クリスマス・デザイナーのリニーは、感謝祭の今日も大忙し。秘書のインゲはデートで半休だし、ノーウォールは設営で不在。幸い、気の変わりやすい顧客のパンドラ・フリーは「ハイスクールの思い出」テーマにつけるイチャモンを、まだ思いついていない様子。このスキに、新規顧客のミセス・シールズをネットでチェックしたが、プロフィールが何も出てこない。なら、直接に出向いたほうが早い。
 プログラマなら、パンドラ・フリーに殺意が湧く作品。仕様変更する度に追加料金を取ってこい、と営業に言いたいんだが、こういう時に営業は全く役に立たずブツブツ…。アメリカじゃ感謝祭はちょっとした行事らしく、五連休にする州もあるとか(→Wikipedia)。羨ましい。「ひいらき飾ろう」は有名な賛美歌(→Youtube)。何をやるにしても、行事はどんどん派手に商業的になっていくアメリカの風潮を皮肉りつつ、コニー・ウィリスお得意の味付けで料理したコメディ。
マーブル・アーチの風 / The Winds of Marble Arch / アシモフ誌1999年10/11月号 / 初訳
 2000年ヒューゴー賞ノヴェラ部門受賞。わたしとキャスは、カンファレンスでロンドンを訪れた。20年前、二人できた時は、安いB&Bに泊まった。地下鉄で移動し、自分たちでスーツケースを抱え、3階まで階段を昇った。でも今回はコノート・ホテルだ。エレベーターがあるし、荷物はベルボーイが運んでくれる。ロンドンは地下鉄が発達してるから、どこにだって行ける。20年前のB&Bも、マーブル・アーチ駅にあった。エリオットとサラに会うのも一年ぶりだ。いつもケッタイなツアーに連れ出してくれる長老とは五年ぶり。
 コニー・ウィリスのロンドンおたくぶりが存分に発揮された作品という意味では、「ブラックアウト/オールクリア」の予告編みたいな位置づけかな? いやお話も登場人物も、ほとんど関係ないけど。複雑に入り組んだ地下鉄が発達しているのは東京も同じで、軽く小さい荷物を運ぶのはバイク便が有名だけど、中には地下鉄を使う業者もいるとか。テーマは、老いと過ぎ去る時間。若い頃にバックパックひとつで歩き回り、ロクにシャワーもない安宿に泊まった経験のあるオッサン・オバハンには身につまされる作品。確かに今はもう、あんな無茶はできないなあ。
インサイダー疑惑 / Inside Job / アシモフ誌2005年12月号 / 初訳
 2005年ヒューゴー賞ノヴェラ部門受賞。トンデモ系のペテン師を槍玉にあげる貧乏雑誌<ジョーンディスト・アイ>を出版している、ロブ。ここハリウッドじゃ、ネタにはこと欠かない。今日も敏腕記者のキルディから、電話がかかってきた。今回のネタは女のチャネラーだ。イシスって霊体を呼び出すらしい。キルディも物好きで、人気女優のキャリアをあっさり捨てて、この貧乏雑誌に飛び込んできた。約束の土曜日に、問題のチャネラーのセミナーに出かけたが…
 「トンデモ本の世界」が好きな人向けの作品。この手の商売は昔から大繁盛で、次から次へと新手が出てきちゃ話題をさらっていく。連中の手口を暴く方法を、色々と詳しく具体的に書いてあるのが嬉しい。スコープス裁判(→Wikipedia)は、合衆国の公立学校で進化論を教える事の是非を巡る裁判で、1925年の事件。今でも相変わらずインテリジェント・デザインみたいなのが復活していて、こういう人々はなかなかしぶとい。ラーメン。それに対し科学者や奇術師が真っ向から噛み付くのも、アメリカを感じさせる。日本じゃ大槻教授がコメディアン扱いだもんなあ。ああ情けない。まあ、今じゃ教授を支持する層は地上波を見なくなってるのかも。

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2014年9月18日 (木)

旅行と胃袋

 金田さん、上手く出来ていますよ。こちらにはちゃんと金田さんのトラックバックが届いています。前日の記事「トラックバックとか」の最後に、金田さんの記事「朝顔ちゃん」へのリンクが張られています。

トラックバックの使い方には様々な流派があるようで、「トラックバックをめぐる4つの文化圏」という記事が参考になります。長い記事なので、時間に余裕がある時にでも見てください。

 ブログですから、時刻や時間はお気になさらずに。都合がつく時にお相手して頂ければ結構です。昔はメールも「手が空いた時に読み書きすればいい」モノだったんですが、最近はすぐに返事を出さないと怒られるようになって、なんだかなあ。私は風呂上りに記事やコメントを書いています。アイスコーヒーを飲みながらカチャカチャと。酒が飲めないので。

 日ごろは酒が飲めなくても特に気にしないのですが、旅行に行った時だけは違います。旅先の地酒を楽しめないのは少し悔しいですね。やはり旅に出たら、地元の美味しいものを味わいたいですから。その分、食べまくりますけど。旅に出ると、牛が羨ましくなります。私も四つぐらい胃袋が欲しい。札幌の魚は美味しかったなあ。

 話は変わりますが。

 月間の雑誌「SFマガジン」には「エト セトラ」というコーナーがあります。SF関係の催しやファンの集いなどを紹介する欄です。もし梶尾真治の作品を朗読の題材にお使いになるのでしたら、この欄で告知する手もあります。締め切りは月末で、掲載されるのは次の月です。9月18日に葉書を出すと、10月25日発売の12月号掲載となるでしょう。

  • あて先:〒101-0046 東京都千代田区神田多町2-2 株式会社早川書房 SFマガジン編集部 エト セトラ係
  • 字数は400字以内
  • 項目:イベント名/日付/時間/場所/入場料/出演者・内容・売り込み文句・連絡先など

 最近は記事が立て込んで頁が不足しつつあるようなので、掲載は保障できませんが、ご参考までに。

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2014年9月17日 (水)

トラックバックとか

 ブログにコメントを頂けるのはとても嬉しいもので、つい長い文章を書きたくなります。お題が「好きな小説」ともなれば尚更。

 ところがブログのコメント欄は狭苦しいし、たいした編集機能もありません。文字色を変えたり、強調したりもできないし、リンクも張れません。

 幸いにしてブログにはトラックバックなんて機能もあって、他の人の記事に、自分の記事で返事を出すことも出来ます。互いにトラックバックを送りあえば、ブログの記事で会話もできます。

 例えばこの記事は、金田拓三さんのブログの記事「朝顔ちゃん」にトラックバックを送っています。金田拓三さんのブログがトラックバックを受け取ってくれれば、「朝顔ちゃん」の「トラックバックされた記事」の項に、この記事が表示されるでしょう。そうすることで、金田さんの記事を読む人は、関係ある記事が他にある事がわかります。

 そうやって互いにトラックバックを送りあうことで、ブログの記事で会話ができます。互いがブログを持ち、長い文章で会話する時に便利な機能です。

 と思ったんですが、実際にトラックバックを使ってみると、あましいい案じゃない気がしてきました。

 というのも、キャラが違うというか、場違いというか。日頃の私の記事は「だ・である」調で書いているので、「です・ます」調で書くと、なんか調子が出なかったり。そもそも金田さんのブログのURLを勝手に公開しちゃうのも、無作法な気がするし。迷惑でしたら記事ごと消しますので、お知らせ下さい。

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ローレンス・ライト「倒壊する巨塔 アルカイダと『9.11』への道 上・下」白水社 平賀秀明訳 2

 イブラヒムは1970年代、エジプトの政治犯の研究をおこなったことがある。彼の研究によれば、イスラム主義運動にリクルートされたものの大半は、田舎で生まれ、神学のため都会に出てきた若者たちだという。大多数を占めるのは、中級官吏の息子たちだ。彼らは向学心に燃えており、最も優秀な学生のみが入れる、“理科系”分野に引きつけられる傾向が強かった。
  ――第2章 スポーツクラブ

【どんな本?】

 ローレンス・ライト「倒壊する巨塔 アルカイダと『9.11』への道 上・下」白水社 平賀秀明訳 1 から続く。

 2001年9月11日のアメリカ同時多発テロを引き起こしたアルカイダ。その中心人物であるウサマ・ビンラディンとアイマン・ザワヒリ、そして彼らを追っていたFBI特別捜査官のジョン・オニールを軸に、今も猛威をふるうイスラム原理主義運動の誕生と成長を描き、アラブの若者に流布する反アメリカの潮流を探るとともに、アルカイダの正体の捉えどころのなさや、テロを許したアメリカの捜査体制を明らかにする、重量級のドキュメンタリー。

【構成は?】

 上巻
プロローグ
第1章 殉教者
第2章 スポーツクラブ
第3章 創業経営者
第4章 胎動
第5章 奇跡
第6章 土台/基地(カーイダ)
第7章 ヒーローの帰還
第8章 楽園
第9章 シリコンバレー
第10章 失楽園
 主要登場人物

 下巻
第11章 暗黒の王子
第12章 少年スパイ
第13章 逃亡/聖遷(ヒジュラ)
第14章 事件の現場へ
第15章 パンと水
第16章 「とうとう始まったぞ」
第17章 新たな千年紀(ミレニアム)
第18章 同時多発テロへの道
第19章 大いなる結婚式
第20章 暴かれた事実/啓示(レヴェレーションズ)
 謝辞および情報源にかんする注記
 主要登場人物
 訳者あとがき
 著者によるインタビュー相手一覧
 参考文献/索引

【前回のあらすじ】

 第二次世界大戦までのエジプトでは、英軍の駐留を許す国王への不満が高まり、ムスリム同胞団が支持を集めていた。そこにキリスト教伝道団やナチスが反ユダヤ思想を持ち込む。中東戦争の敗戦が、彼らの怒りに油を注ぎ、ナセルによる軍事クーデターへと発展する。

 政権を取ったナセルは当初ムスリム同胞団と手を結ぶが、世俗化を目指す軍とイスラム原理主義を志向するムスリム同胞団は決裂し、政府は原理主義者を強硬に弾圧する。別個に活動していたアイマン・ザワヒリたちは、皮肉な事に刑務所の中で知り合い運動の輪を広げると同時に、過酷な拷問は彼らを暴力的な活動へと駆り立ててゆく。

【感想は?】

 今回はウサマ・ビンラディンの物語。ウサマの父ムハンマドは、イエメンからサウジアラビアに出てきて、煉瓦積み職人から身を起こす。油田が発見され沸き立つサウジ経済の中、着実に実績をあげ王家のご贔屓となってゆく。若い頃から生真面目だったウサマは、偉大な父の背中を眺めつつ、エジプトから流れ込んできた過激組織ムスリム同胞団に接近する。

 戒律の厳しいワッハーブ派を標榜しながらも成金の堕落した生活を送るサウド王家に、臣民は反感を募らせる。1980年、原理主義者によるモスク占領事件(→Wikipedia)を機に危機感を募らせるサウド王家だが、都合よく起きたソ連のアフガニスタン侵攻に活路を見出す。「急進派はヤバい」「煩い連中はアフガンに追っ払っちまえ」

 かくして国内では宗教警察が目を光らせる。と同時に、巡礼で訪れた若者や、国内に紛れ込んだシリア/エジプトの賞金首をスカウトし、小遣いを渡しアフガニスタンへ送り出す。ウサマも情熱に燃え現地へと向かうが…

実際の戦争は、アフガン人自身の手でほぼ戦われていた。(略)この戦争で彼らよそ者――“アラブ・アフガンズ”――の数が3000人を超えたことは一度もなく、大半のものはペシャワールから出たことさえなかった。

 血の気が多いだけで、実質的な戦闘経験はゼロ。土地勘と実際的な思考が要求されるゲリラ戦に、線香臭い屁理屈を並べるよそ者は邪魔でしかなかった様子。そこにソ連の撤退で、アラブ・アフガンズは目的を見失う。その中、ウサマはビジョンに辿りつく。「この調子で若者を鍛え組織していけば、世界規模でのイスラム革命が出来るんじゃね?」

 今から思えば、オウムの麻原彰晃に金を与え戦闘訓練所を運営させるような真似だったわけ。

 アラブ諸国は厄介払いのつもりで過激派をアフガンに追いやった。だから連中の帰還を歓迎するはずもない。そこで受け皿となったのがスーダン。イスラム主義者ハッサン・トラビがクーデターで政権を握ったのだ。トラビはウサマを迎え入れ、同時にウサマの企業に道路建設などの仕事を提供する。破綻国家のスーダンに投資する海外企業もなかったし。

 かくしてアルカイダはスーダンに拠点を移すと同時に、ゲリラ戦からテロへと戦闘方法を変えてゆく。このあたりで、「アルカイダ系」の正体の掴みにくさの原因が、わかってくる。

 ウサマはパキスタン・アフガニスタン・スーダンなどで、各国の多くの者に訓練を施すと共に、多くの原理主義組織とのコネができた。だから訓練校の卒業生や関係者は、すべてアルカイダ系に見えてしまうのだ。

 中には合衆国陸軍に潜り込んで講師役を務めた猛者もいる。彼は陸軍の地図や訓練マニュアルを持ち出し、これがアルカイダの指南書になる。海兵隊の緊急展開部隊創設の危機想定からテロの手口を思いつくあたりは、泣いていいのか笑っていいのか。

 特にショッキングだったのは、終盤近く。ツインタワーの崩壊をウサマが計算していたことだ。

私の職業と仕事(建設業)の性質上、機内の燃料によって鉄骨が赤く焼け、建物がもはや構造的に支えられなくなる点まで、温度が上昇すると考えたのだ。

 燃料がもたらす火災で鉄筋コンクリートの鉄骨が溶け、もろくなる点まで配慮していたとは。

 そのウサマ、一時期はドン底に落ち込む。スーダンに逃れたが、やがてサウジ王家の不興を買って国籍を剥奪され、スーダン政府からも厄介払いされる。請け負った事業のツケもスーダン政府に踏み倒され、踏んだり蹴ったりでアフガニスタンへ舞い戻る。このあたりは、少しウサマに同情したくなったり。

 その頃、サウド王家はあり余るオイル・マネーで、各国にワッハーブ派のモスクを続々と建ててゆく。これがイスラム国から移民して心細い気持ちを抱く若者を惹きつけ、原理主義者へと変えてアフガニスタンへと向かわせる。待ち受けるはアルカイダの訓練組織。

 最近、シリアやイラクで暴れまわってる ISIS も、こういった流れが生み出したものだろう。アラブ諸国の自国政府に不満を抱く若者が、原理主義者グループに近づきアルカイダの訓練校で研鑽を積む。または他国に移民した若者が、サウド王家出資によるワッハーブ派のモスクで過激思想に染まってゆくのだ。

 ってなテロリスト側の描写に加え、これを防ぐはずの合衆国側の記述は、FBI特別捜査官ジョン・オニールを中心としたもの。強烈な上昇志向のヤリ手捜査官で、熱血刑事を想像してもらえればいい。ただし下半身も元気すぎ、この本ではお盛んな女性関係も容赦なく暴き出している。

 テロを防げなかった原因は、大きく分けて二つ。ひとつはFBIの体質で、もう一つはCIAやNSAなどとの縄張り争いだ。

 元来、FBIの天敵は国内のマフィアだ。そのためか、国際色にとぼしい。

ニューヨーク支局ひろしと言えど、実際にアラビア語を話せるFBI職員はこの男、アリ・スーファンただひとりだった(アメリカ全体でも八人)。

 という体たらく。わが国の公安はどうなんだろう?東京オリンピックを控え、人材育成に励んでいるんだろうか。

 もう一つの縄張り争いも、CIAとの歴史的な反目がある上に、情報の使い方が両者は全く違う。CIAが持つ情報は、原則として軍事情報だ。だから滅多に表に出ない。けどFBIは警察組織であり、犯人を逮捕するのが組織の目的だ。当然、逮捕の次は起訴・裁判である。「公開の法廷で証拠として提出してしまう」。CIAとしちゃ面白くない。

 この本はジョン・オニールを軸に据えているため、FBIを擁護してCIAを悪者に仕立てる論調で書いてある。犯罪と軍事行動、国内事件と国際問題が絡む事件だけに、切り分けは難しい所だが、今はどんな体制になってるんだろう?

 全般的に、私はウサマ・ビンラディンとアイマン・ザワヒリを中心とした部分が面白く、刺激的だった。特に原理主義がイスラム諸国にはびこる理由と、「アルカイダ系」という曖昧なシロモノの正体が見えたのが嬉しい。既にウサマ・ビンラディンは絶命しているが、訓練校の卒業者はウジャウジャいるし、卒業生同士のコネも残っている。

 2007年ピュリツァー賞受賞に相応しい、刺激的な大作ドキュメンタリーだった。

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2014年9月16日 (火)

ローレンス・ライト「倒壊する巨塔 アルカイダと『9.11』への道 上・下」白水社 平賀秀明訳 1

この運動は一体どこからやって来たのだろう? 彼らはなぜ、アメリカを攻撃対象に選んだのだろう? そして、その動きを阻止するため、いったい何ができるだろう?
  ――プロローグ

「会議は8/20/1988土曜日に終わった」と書記は記録した。「アルカイダの活動は、15人の兄弟たちとともに、9/10/1988に開始された」と。さらにページの末尾に、書記は次の一文を加えている。「アブー・ウバイダ司令官が到着し、9/20までにアルカイダには30人の兄弟たちが存在し、要件を満たしたと教えてくれる。神に感謝を」
  ――第6章 土台/基地(カーイダ)

【どんな本?】

 2001年9月11日、ニューヨークの世界貿易センタービルに2機のジェット旅客機が突っ込んだ。アメリカ同時多発テロ事件である(→Wikipedia)。世界中の人々が事件に注目し、合衆国は一気に緊張が高まると同時に、聞きなれない組織が突然脚光を浴びる。アルカイダ。

 その正体は何か。中心人物と言われるウサマ・ビンラディンとアイマン・ザワヒリとは何者か。彼らはなぜアメリカを憎むのか。アルカイダはどこで生まれ、どう育ってきたのか。そうやって組織を拡大したのか。誰が、なぜアルカイダを支持しているのか。その資金源は何か。なぜアルカイダの組織は掴みにくいのか。そして、FBI・CIA・NSAなど多くの捜査・諜報機関を持つアメリカが、なぜテロを防げなかったのか。

 アルカイダの創設者と思われるウサマ・ビンラディン、その片腕と目されるアイマン・ザワヒリの二人を軸として、イスラム原理主義運動の誕生から911までの歴史を辿るとともに、彼らを捕獲しようと奔走したFBIの特別捜査官ジョン・オニールを絡め、膨大な取材を元にアメリカとアラブの対立の源流と現在を浮き彫りにしたドキュメンタリーの力作。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Looming Tower - Al-Qaeda and the Road to 9/11, by Lawrence Write, 2006。日本語版は2009年8月20日発行。単行本ハードカバー上下巻で縦一段組み、本文約356頁+約299頁=約655頁に加え、訳者あとがき6頁。9ポイント45字×20行×(約356頁+約299頁)=約589,500字、400字詰め原稿用紙で約1474枚。長編小説なら文庫本3冊ぐらいの分量。

 翻訳物だが、日本語はかなり素直で読みやすい。内容を理解するのにも、特に前提知識は要らない。911の事件当時、あのニュース映像をテレビで見た記憶があれば、充分に読みこなせる。敢えていえば、サウジアラビア・イエメン・エジプト・スーダンあたりのペルシャ湾・紅海沿岸の国について、中学校の地理レベルの知識があると便利だが、なくても重要な事は本文中に書いてあるので大丈夫。

【構成は?】

 上巻
プロローグ
第1章 殉教者
第2章 スポーツクラブ
第3章 創業経営者
第4章 胎動
第5章 奇跡
第6章 土台/基地(カーイダ)
第7章 ヒーローの帰還
第8章 楽園
第9章 シリコンバレー
第10章 失楽園
 主要登場人物

 下巻
第11章 暗黒の王子
第12章 少年スパイ
第13章 逃亡/聖遷(ヒジュラ)
第14章 事件の現場へ
第15章 パンと水
第16章 「とうとう始まったぞ」
第17章 新たな千年紀(ミレニアム)
第18章 同時多発テロへの道
第19章 大いなる結婚式
第20章 暴かれた事実/啓示(レヴェレーションズ)
 謝辞および情報源にかんする注記
 主要登場人物
 訳者あとがき
 著者によるインタビュー相手一覧
 参考文献/索引

 基本的に時系列で話が進むので、素直に頭から読もう。

【感想は?】

 堅いテーマの長大な本だが、読み始めると一気に引き込まれて最後まで読まされる、物語としての面白さがある。

 綿密な取材に基づくドキュメンタリーだ。だから、書籍としては細かい事実の断片から成っている。そのままでは散漫になる所を、アルカイダのウサマ・ビンラディン&アイマン・ザワヒリの二人と、FBI特別捜査官ジョン・オニールを軸に据え、三人を中心に語ることで、お話としての流れを生み出した。

 ウサマ・ビンラディンとアイマン・ザワヒリは、アルカイダが誕生し911に達するまでの物語である。この二人に人生を辿ることで、現代のムスリムがアメリカを憎む原因をわかりやすく描き出している。

 なぜイスラム原理主義者はアメリカを憎むのか。考えてみれば変な話だ。

 バチカンはムスリムもユダヤ教徒も仏教徒も観光できるし、来たからといってキリスト教徒は怒らない。ブッダガヤなど仏教の聖地の多くはヒンズー教徒の支配下にあるけど、多くの仏教徒は「インドだから」で納得するし、ヒンズー教徒も巡礼や観光の邪魔はしない。

まあ、仏教とヒンズー教は兄弟みたいなもんだし、仏教の聖地は同時にヒンズー教の聖地でもあるから、お互い粗末には扱わないって現状もあったり。とあるヒンズー教徒曰く「お釈迦様はヒンディーの神でもある」そうな。もっと下世話な理由で、観光収入ってのもあるけど。いや日本人観光客って、気前がいい人が多いから。

 話が逸れた。とりあえず、何も知らない外野から見ると、アラブ系のムスリムが一方的にアメリカを憎んでいるように見える。それはなぜか。

 上巻では、この原因を、エジプト人でムスリム同胞団の指導者、サイイド・クトゥブ(→Wikipedia)から探ってゆく。豊かな教養を持つ作家のクトゥブは、第一次中東戦争の終戦間もない1948年に42歳でアメリカに留学する。学生仲間には温和な態度で接しながらも、帰国する時は強烈な反アメリカ思想に凝り固まっていた。

現在中東地域の政治・社会を歪めている「反ユダヤ」の風潮は、じつは第二次世界大戦が終わるまで、イスラムの側にはほとんど存在しなかった。 

 1930年代、キリスト教伝道団がユダヤ差別を持ち込み、エジプト軍に協力するナチスが拍車をかける。そこに第一次中東戦争(→Wikipedia)の敗戦だ。大兵力と優れた装備を持つ正規軍が連合したアラブ軍が、貧弱な装備の民兵が集まったイスラエルに負けた。アラブのプライドはズタズタになってしまう。

 元々、エジプトにはイギリス支配に抵抗するムスリム同胞団もいた。彼らは腐敗した国王の支配にも抵抗したが、ナイル両岸に狭い地域だけに人が住むエジプトでは、ゲリラ戦が難しい。この困難な機に立ち上がったのが、ヨッル・ナセル(→Wikipedia)。軍事クーデターで不人気な国王ファルークを追い出し、政権を握る。

 ムスリム同胞団とナセル、両者は当初、手を結ぶが、思想が違いすぎた。原始への回帰を目指すムスリム同胞団と、世俗化・産業化による富国強兵を目指すナセル。やがて両者は対立し、ナセルがムスリム同胞団を摘発、激しい拷問にかけた。

 この拷問の怒りが、クトゥブやアイマン・ザワヒリに火をつける。小さな組織で細々と運動していた連中が、刑務所内で語り合い、互いの思想を研ぎ澄ましてゆく。当初、彼らの目標は打倒エジプト政府だったのが、しだいにイスラムによる世界革命を目指す流れが脈打ち始める。

 つまりは八つ当たりなんじゃねーか、と私は思ってしまう。第一次中東戦争の敗戦は、アラブ側の不和と腐敗が原因だし、軍事政権による弾圧も、アメリカは関係ない。けど、思い込んじゃった人を振り返らせるのは難しい。

 …などは、この本の序盤に過ぎない。以後、ウサマの父ちゃんで稀代の政商ムハンマド・ビンラディンから始まるビンラディン一家の物語から、アフガニスタン内戦を経てのアルカイダ結成、恐るべき彼らの戦略・戦術など、この本の魅力は尽きない。まだまだ語りたい事は沢山あるので、続きは次回に。

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2014年9月12日 (金)

榊涼介「ガンパレード・マーチ2K 未来へ 1」電撃文庫

「ぬほほー、自衛軍も贅沢じゃのー。温泉もあるんかの?」

【どんな本?】

 はじまりは2000年9月28日に発売された SONY Playstation 用ゲーム「高機動幻想ガンパレード・マーチ」。当事のハードウェアの限界を超えた野心的なシステムに開発は難航して宣伝費を食い潰し、宣伝費ゼロというゲーム・コンテンツにあるまじき状態での発売となる。

 だがその過酷な世界設定・斬新なシステム・魅力的なキャラクターは、特定の嗜好を持つファンを惹きつけてロングセラーとなり、第32回(2001年)には星雲賞メディア部門を受賞、2010年にはPSP用のアーカイブで復活して今なお新しいファンを獲得し続けている。

 榊涼介の小説シリーズは、そのノベライズとして2001年12月15日発売の短編集「5121小隊の日常」から始まる。ゲームに沿ったストーリーは「九州撤退戦」で一段落するが、その後「山口撤退戦」より榊氏がオリジナルのストーリーを発展させ、この巻へと続いている。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2014年9月10日初版発行。文庫本縦一段組みで本文約280頁、8ポイント42字×17行×280頁=約199,920字、400字詰め原稿用紙で約500枚。標準的な長編小説の分量。安定してます。

 文章は素直で読みやすい。素直に前の「5121小隊帰還」から続く内容。

 ゲームの内容や設定は複雑なので、贅沢を言えば刊行順に「5121小隊の日常」または時系列順に「episode ONE」から読み始めるのが理想。しかしさすがに41巻目ともなると追いつくのも大変だ。舞台も変わり新たなストーリーが始まる、この巻から入ってもいいだろう。

 そういう人の為にも、再録でいいから5121小隊や登場人物紹介のイラストが欲しかった。

【どんな話?】

 1945年、唐突に第二次世界大戦が終わる。黒い月が月と地球の間に出現、地上にはヒトを狩る幻獣が現れた。圧倒的な数の幻獣に人類は敗走を続け、1999年現在、人類は南北アメリカ大陸・アフリカ南部そして日本列島に押し込められる。

 1998年に幻獣は九州に上陸、自衛軍は勝利するが戦力の8割を失う。1999年、日本政府は熊本要塞の増強と、14歳~17歳の少年兵の強制召集を決める。持て余し者を集めた5121独立駆逐戦車小隊は、使いにくさで廃棄が決まっていた人型戦車の士魂号を使いこなし、大きな戦果を挙げる。

 だが5月6日から始まった幻獣の大攻勢に自衛軍は壊走、九州を失う。5121小隊は撤退戦で殿を務め多くの兵を救うが、10万人ほど召集された学兵の半分以上が本州に戻れなかった。一度は山口から本州に攻め込まれた自衛軍だが、岩国要塞などで盛り返し、九州への逆上陸を果たす。

 日本政府は、敵の内紛も利用し幻獣の一部と連合を実現、青森・北海道も防衛に成功する。

 士魂号の活躍に目をつけた北米のワシントン政府は5121小隊を強引に招聘、海を渡った5121小隊は鳴れぬ環境に戸惑いながらも、東北部から押し寄せた幻獣に対しワシントン政府軍と協力して防衛に当たり、包囲されたレイクサイドヒル市民の救出に成功、東海岸でも一躍ヒーローとなった。

 北米の西海岸を支配するシアトル政府と日本政府は正式な国交がないが、経済協力を望む財界の希望で5121小隊はシアトルにも立ち寄った。親善使節のはずが、少年たちの銀行強盗事件に巻き込まれ、サンディエゴ戦線での暴走や補助兵制度の暴露などに加え、政権転覆にまで関わってしまい、シアトル・日本双方の政府から睨まれ、急遽の帰国を命じられる。

 立ち寄る先々で騒ぎを起こし時限爆弾を発火させる5121小隊に、日本政府はどんなおしおきを用意しているのであろうか。

【感想は?】

 奴らが、帰ってきた!

 西海岸から船での帰還だ。せめてハワイに寄れば少しは素姐さんの気も晴れ(そして善行の財布は軽くな)るだろうに、横須賀に直帰らしい。いけず。

 前線では果敢な決断を見せた舞だが、今更ながらアメリカでのおイタは気になっているようで、色々と取り越し苦労をしている様子。「わたしにできる仕事はあるだろうか」と、しおらしい。どうなんだろう? 大半の民間企業なら、彼女を雇えば業績アップは間違いないんだが、ウカウカしてると経営陣が一掃される危険も。

 …と思ったけど、なら起業しちゃえばいいじゃん。あ、でも、業界そのもの再編どころかひっくり返りかねない。ここはひとつ、無難なところで寄生虫学者にでもなってもらって…

 やはり青い顔してるのが、善行と狩谷。何をやろうと、最後にツケを払う立場になる善行さんは、山ほどの宿題に囲まれている様子。なっちゃんは…まあ、どんな時にも心配の種を見つけだす役割だし。何であれ不調を許せない性格は、理想的な整備兵かも。

 対して能天気なのが、茜。本人は天才参謀のつもりなんだろうけど、あの性格に機密へのアクセスを許すのは、情報セキュリティ上、とんでもなく危険な話で。

 やはり気楽なのが、食欲優先の連中。ゲームでも若宮は不思議な能力を持っていて、腐った弁当や腐ったサンドイッチを難なく消化できる強靭な胃袋を持っている。この巻でも、彼の胃袋は容赦なく相手を殲滅してゆく。にしても、よく付き合えるな、新井木。私は塩が好きです。いや味噌も捨てがたいけど。

 同様に、粉モノに拘っているのが滝川。付き合わされる森さんも大変だろうけど、これはこれで、いい気分転換になってるのかも。ほっとくと閉じこもってばかりだろうし、巧く連れまわしてやれ、滝川。

 などの5121小隊の面々に加え、懐かしい顔ぶれが続々と登場するのが、この巻の嬉しいところ。今までの新大陸編・西海岸編でも「下品の王様小隊」が顔を出したけど、野郎臭い面子ばっかしで華やかさがない。その点、この巻では、横須賀まで迎えに来た彼女とか、市ヶ谷で任務に励む彼女とか、情に厚い彼女とか。

 などのほっこりした雰囲気の前半から、中盤以降は驚きの舞台へと場面は変わってゆく。

 「未来へ」のサブタイトル、これは5121小隊を示したのかと思ったけど、違うのかも。ゲームとは全く異なった歴史へと流れてきた小説版が、どんな方向へ向かうのか。ゲームの冒頭から登場しながら、ゲーム・小説ともに謎の存在のままだった「黒い月」は、話に絡んでくるのか。幻獣と人類は、共生できるのか。

 予定通りに2014年11月10日に2巻が発売されることを祈ろう。

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2014年9月11日 (木)

ブルース・カミングス「戦争とテレビ」みすず書房 渡辺将人訳

CNN に出演する中国専門家は、「責任ある、信頼できる」とされている(どのようにしてそう分類されるのかまったく不明だが)プールされた一群の人びとから寸分違わずに選出された。この場合の信頼というのは、中国について信頼度の高い発言をするという意味ではなく、暗黙の共通認識となっているアメリカ人の中国観をくつがえすような真似はけっしてしないことへの信頼である。

【どんな本?】

 ヴェトナム戦争では、テト攻勢の報道が合衆国の世論を厭戦へと変え、最終的には米軍の撤退へと動かしたと言われる。それは事実なのだろうか? 湾岸戦争では、現地から大量の映像が届いたが、そこには合衆国政府の作為はあったのか? ニュース番組には政治姿勢の偏りがあると思われているが、どれぐらいバリエーションに富んでいるのか。

 シカゴ大学教授であり近代朝鮮史を専門とする著者が、現代アメリカの戦争テレビ放送の偏り具合とその原因を分析すると共に、著者が朝鮮戦争のドキュメンタリー番組の制作に関わり、北朝鮮への取材を行なった経験を元に、ドキュメンタリー番組が放送されるまでの過程を日記風に綴り、番組制作の裏側を報告する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は War and Television, by Bruce Cumings, 1992。日本語版は2004年5月10日発行。単行本ハードカバー縦一段組で本文約302頁+訳者あとがき・解説12頁。9ポイント45字×18行×302頁=約244,620字、400字詰め原稿用紙で約612枚。少し長めの長編小説の分量。

 学者さんの著作だけに、文章は少し硬い。朝鮮戦争・ヴェトナム戦争・湾岸戦争の報道を中心に取り扱っており、当時から現代までのアメリカの有名な政治家・軍人そしてニュースキャスターや論客の名前が頻繁に出てくる。そのため、上三つの戦争の大まかな流れと有名な事件や、アメリカの政治・軍事・マスコミの有名人を知っていると、内容が掴みやすい。

 政治や軍事は軍オタならわかるが、マスコミ関係は日本人には馴染みがない。私がわかったのはマイケル・チミノ(→Wikipedia)とマイケル・ムーア(→Wikipedia)ぐらいだった。あとはウォルター・クロンカイト(→Wikipedia)の名前を聞いた事がある程度。

【構成は?】

 日本の読者へ/謝辞/序論

 第一章 テレビとはなにか?
 第二章 ドキュメンタリーとドキュドラマ
 第三章 ヴェトナム戦争 はたして「テレビ戦争」だったのか
 第四章 「ノーモア・ヴェトナム」 湾岸戦争

 第五章 始動 テレビ以前――知られざる戦争 
 第六章 準備段階 「他者」への接近
 第七章 本番 最後の共産主義者を撮る
 第八章 放送まで 「知られざる戦争」をめぐる駆け引き
 エピローグ 
  訳者あとがき・解説/原注/索引

 全体は大きく2部に分かれる。両者はほぼ独立しているので、片方だけを読んでもいい。

 Ⅰ部はヴェトナム戦争と湾岸戦争を対比させて、テレビが戦争の報道で果たした役割を検証すると共に、現代アメリカのドキュメンタリー映像の制作状況や政策手法を紹介・検証してゆく。

 Ⅱ部は、著者自身がドキュメンタリー番組の制作に関わった際の体験談だ。主題は朝鮮戦争で、北朝鮮へも取材で訪れている。;企画会議からシナリオ作成・取材・放送までの経緯を描き、ドキュメンタリー番組がどう作られるかの内幕物としても読めるし、北朝鮮取材の貴重な体験談としても興味深い。

【感想は?】

 本書が取り上げているのはアメリカのテレビだが、だいたいの所で日本のテレビも変わらない気がする。

 アメリカはテレビのチャンネル数が多い。著者は39のチャンネルを選べる環境にいるそうだ。どんな局や番組でも、何らかの立場に立って番組を作る。「第一に、テレビとはビジネスである」。どうしたって、片よりはでる。なら、多くの幅広い番組を見れば、中立な視点を得られる…んだろうか?

 残念ながら、そういうワケにはいかないようだ。確かに様々な立場での報道はあるが、大半の局や番組は共通した偏りを持っている。アメリカの番組は、アメリカ人が見る。だから、視聴者の期待を裏切るモノは放送しない。ヴェトナム戦争でも湾岸戦争でも、視聴者が持つヴェトナム人やサダム・フセインの印象を覆すような視点は、提供しない。

 ヤラセを好む体質も、日本と共通している。NBCから北朝鮮に関するインタビューを受けた著者の体験談だ。取材に来た記者は北朝鮮について何も知らず、番組の趣旨も知らない。それで45分のインタビューをしたが、放送されたのは10秒の音声だけ。これはCNNも同じで、30分のインタビューから放送されたのは6秒。悲惨だ。

 私は昔からテレビのニュース番組、特に海外の紛争報道には大きな不満を持っている。「何が起きたか」は報道するが、「どんな歴史的な経緯で事件に至ったか」は、ほとんど触れない。軍事・外交系の本を読むようになったのも、ソレが知りたいためだ。が、これを読んで諦めがついた。無理なのだ、現状では。だって、作ってる人が知らないんだから。

 テレビだけでなく、映画も槍玉にあげているが、マイケル・ムーアのロジャー&ミーには好意的だ。マイケル・ムーアは、その独特のスタイルを「ユーモアと知性と大胆さ」、そして左翼主義をはっきり示す点が好きらしい。つまり、「偏るのは仕方がない。どう偏っているのかを予め明らかにしろ」というわけだ。

 対して、一時期は流行ったベトナム戦争をテーマにした映画はバッサリ切っている。フランシス・コッポラの「地獄の黙示録」、オリヴァー・ストーンの「プラトーン」、マイケル・チミノの「ディアハンター」。共通点は、というと。

ヴェトナム人は空白で無色透明の「他者」としてしか出てこない。これら三作品に共通して底辺に流れている感情は、「恐怖、とにかく訳のわからない恐怖」である。

 米兵はそれぞれに顔があるけど、ヴェトナム人はみんな同じ顔をして、何を考えているのか全くわからない、誰が味方で誰が敵なのか、どこから撃たれるのか見当もつかない、そういう怖さだ。

 ヴェトナムについで、豊富に映像が提供された湾岸戦争へと話は進む。ここでは、米軍の徹底した検閲を次々と暴くと同時に、あの戦争がヴェトナム撤退の屈辱を晴らすリベンジだったと述べる。たしかに、合衆国市民にとっては、そんな気分があったんだろうなあ。

 などに続くⅡ部は、朝鮮戦争のドキュメンタリー制作に関わった著者が、番組制作の実態を綴った体験記。ここでは、テレビ番組制作の内幕と、取材で訪れた北朝鮮の報告が楽しい。制作陣には、けっこう毒舌。いきなり…

調査スタッフたちの文書史料の軽視と、目撃者の記憶に過度に信頼を置く傾向には驚かされた。また、目撃証言者の社会的地位が高ければ、それだけ信頼性も高いと思い込んでいた。

 とカマす。完成した番組はそれなりに評価するものの、やはり不満タラタラの模様だけど、読んでいくにつれ、「しゃーないな」とも、他のテレビ番組が無難な姿勢ばっかりなのも、なんとなくわかってくる。

 原因は、文書と映像の制作体制の違いだ。文書は、基本的に一人の人人間が作る。スタッフの協力を得る場合もあるが、結局は著者の独裁で方向性や内容が決まる。だから、極端な立場での作品も出てくる。

 対して、映像は、多くの人による共同作業で作る。著者ばかりでなく、プロデューサーやディレクターや局の意向も番組に反映する。その結果、あまり極端な偏りは出にくい。著者は不満タラタラだが、自分の言い分で全部を仕切れた学者が本業の人にとっては、不満が残るのも当たり前って気がする。

 と同時に、Ⅱ部で興味深いのは、やはり北朝鮮の描写だ。この時点では金日成の時代だけど、今でも大きくは変わらない…んじゃ、ないかなあ。

 ビザ発行に手間取った挙句に北京から入るのだが、ここで早速トラブル。なんと、ビザが盗まれるのだ。再発行を求め北朝鮮の大使館に訪れるが、ひたすら待たされるばかり。これには裏があって、取材を終え平壌をたつ際に…

北朝鮮側の担当者のひとりが私に朝鮮語でこういった。「北京でのやりとりを憶えていると思うが、あなた方を受け入れる用意があのときはまだできていなかったのだ」。そう、つまり、連中が私のビザを盗んだのだった。

 平壌では「見張り役がしっかりとついて、どこへ行くにも付き添う」。北朝鮮は戦争当事の米軍の残酷な行いを印象付けようとし、「北朝鮮人に会うとかならず空爆で亡くなった人の関係者に出会ってしまう」が、平壌では「老人と障害者が隠されており、見当たらない」。被害を訴えるなら、戦傷者を目立たせたほうが効果的だろうに。

 どこにでもある指導者様の肖像、正体不明な「甘い肉」、円高の意外な影響、やっぱりな選挙の実態、平壌の外国人、平壌のテレビ事情、なかなか進まない取材の交渉など、北朝鮮事情は下世話な読み方をしても楽しかった。

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2014年9月 7日 (日)

ゲイブリエル・ウォーカー「命がけで南極に住んでみた」柏書房 仙名紀訳

 南極のように特異な場所は、地球上には他に例がない。野生の状態が原始のままに保たれている地域はほかにもあるが、人類が常駐したことのない大陸は、南極だけだ。この大陸の内部には、人間が生きていける素材は何一つない。食料はなく、身を隠す場所はなく、衣類の原料はなく、燃料はなく、飲み水もない。あるのは、氷だけだ。
  ――はじめに

【どんな本?】

 究極の辺境、南極大陸。夏には太陽が沈まず、冬はひたすら夜が続く極寒の地。人懐っこいアデリーペンギンの楽園であると同時に、隊長40cmの巨大なウミグモも住んでいる。延々と続く氷原にはサスツルギ(→Weblio辞書)が聳え立つが、ドライヴァレーは荒涼とした火星のような風景が広がる。

 荒れる海と厳しい環境は人を阻むが、多くの国が基地を建設し、様々な観測や研究を行なっている。氷床を掘り太古の大気成分を調べる。岩石を割りバクテリアを観察する。零下の海に潜り奇矯な生物を拾い上げる。ペンギンにタグをつけ、その生涯を辿る。氷の下数百メートルに観測網を張り、ニュートリノを見つけだす。

 南極大陸とは、どんな所か。そこには、どんな生き物がどのように生きているのか。南極大陸を調べることで、何が分かり何の役に立つのか。人はどのように南極に挑んできたのか。今は、どんな人がどんな風に暮しているのか。厳しく閉鎖された環境は、人をどう変えるのか。

 イギリスのノンフィクション・ライターが、数度にわたる南極への取材を通じて書き上げた、冒険と科学のルポルタージュ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は ANTARCTICA - An Intimate Portrait of a Mysterious Continent, by Gabrielle Walker, 2012。日本語版は2013年10月10日第1刷発行。単行本ハードカバーで縦一段組み、本文約421頁+訳者あとがき2頁。9.5ポイントの年寄りには優しい字で43字×20行×421頁=約362,060字、400字詰め原稿用紙で約906字。文庫本の長編小説なら2冊に少し足りないぐらい。

 一般向けの科学系の本の中では、文章はかなり読みやすい方。内容もわかりやすく、数式なども出てこないので、中学生でも読みこなせるだろう。要所にあるいずもり・よう氏のイラストは、輪郭がクッキリしてユーモラスで親しみやすい上に、ややこしい仕組みをイラスト一発でわからせてくれる。

【構成は?】

 日本の読者のみなさんへ/はじめに/プロローグ
第Ⅰ部 見知らぬ惑星――南極東部沿岸
 第一章 マクマード基地へようこそ
 第二章 ペンギンの行進
 第三章 地球の中の火星
第Ⅱ部 どまんなかの南極点――中央高原
 第四章 暗い冬の天体観測
 第五章 コンコーディア基地で地球史を探る
第Ⅲ部 南極半島は観光地――南極西部
 第六章 人間が残した指紋
 第七章 だれも知らない南極西部
  訳者あとがき/南極の歩み

 冒頭に南極大陸全体の地図、各章の最初に舞台近辺の地図があるので、地理が気になる人は3個以上の栞を用意しよう。

【感想は?】

 ペンギンが可愛い。アデリーペンギンも、エンペラー(皇帝)ペンギンも。

 幼い頃、「ながいながいペンギンの話」という本を読んだ。児童文学だからペンギンの生態は適当に創ったんだろうと思ったが、とんでもない。作品発表後も、調査によりわかった事を元に書き直しているとか(→Yahoo!知恵袋)。

 皇帝ペンギンは冬の初めに卵を一つ産む。気温は-20℃、地面に置けば凍るので、父ちゃんの脚の上に置く。出産で失った体力を取り戻すため、母ちゃんは海まで歩いて戻り、餌を食べまくる。その間約二ヶ月、父ちゃんたちは身を寄せ合い、飲まず食わずでジッと卵を抱き続けるのだ。

 そして2ヶ月して戻ってきた母ちゃんは、鳴き声で父ちゃんを呼ぶ。父ちゃんも答え、「脚に卵かヒナを乗せたまま、にじりよる。二羽は、文字通りハグし合う。人間と同じだ。胸を合わせ、相手の頭を軽く叩きあう」。

 ってな可愛い奴もいるが、不気味な生き物もいる。長さ3メートルのヒモムシ(→Wikipedia)とか、人間の掌ほどの長さ2メートルほどのマットみたく粘液で繋がったシアノバクテリアとか、勘弁して欲しい。中でも怖いのが有孔虫(→Wikipedia)。単細胞のクセに、甲殻類に取り付いて食べちゃうのだ。

 ニセ足で吸い付き、粘着力で張り付き、「侵入できそうな箇所を捜」して潜りこみ、むさぼり食らう。うへえ。

 などと生物相が豊かな所もあるが、乾燥した所もある。ドライヴァレーだ。火星のような風景のここにも、生命は忍び込んでいた。砂岩をハンマーで砕くと、中にエメラルド色のスジがある。繊維状のシアノバクテリアが、岩の中に侵入しているのだ。

 人に荒らされていない土地だから、隕石も沢山見つかる。大半は小惑星帯からの飛来物だが、中には月や火星から来た物もある。中でもALH84001(→Wikipedia)はエキサイティング。火星から来たものらしいが、「母岩のなかに、バクテリアに似た極小の虫のような形をしたものが見つかった」。

 そんな所に、人間も生きている。夏の間は多くの研究者などで賑わうが、越冬する人もいる。閉じた環境で同じ顔ぶれと数ヶ月も過ごすと、おかしくなる人もいる。どんな人が向いているか、というと…

「内向的な人が選ばれがちなのは、彼らが他人の性癖に対して寛容なため、根っから外交的な人たちが好まれないのは、彼らが注目と愛情と安心感を求めたがる性格のためだ」

 アメリカ人が、南極で働く契約労働者を皮肉って曰く。

「まず、彼らは冒険を求めてここにやってくる。次に、カネが目的だ。そして最後には、どこにも適合できずに、ここへやってくる」

 火星への有人宇宙飛行を考えてか、NASAも注目して、「南極での越冬に関する生物学や心理学的なあらゆる要素を考察してきた」。長く暮していると、食堂の灯りを沢山つけて明るくするか、暗く落ち着いた雰囲気にするかで、ケンカになったりする。

「南極はあなたに本来の姿を知らしめる鏡のようなもので、あなたをノックダウンすることだってある」

 ってな厳しい環境の中で、頼りになるのが航空機。活躍するのはツインオッター(→Wikipedia)と、ハーキュリーズ(→Wikipedia)。ツインオッターの正式名はデ・ハビランド・カナダDHC-6。ターボフロップ双発の旅客機。STOLが自慢で、約366mで離着陸可能(Viking Air社の Twin Otter Series 400 より)。

 もう一つのハーキュリーズは、合衆国海軍ご用達のベストセラー機ロッキードC-130。ターボフロップ四発の大型輸送機。ツインオッター・ハーキュリーズのいずれも、離着陸時には車輪でなく橇を使うのが、いかにも南極らしい。

 他にも、南極の氷床をボーリングする事で何がわかるか、各国の基地によるお国柄の違い、氷床の下になぜ湖ができるのか、氷河が動く仕組み、そして南極の気候の変化と、それが生物相に与える影響などに加え、アムンゼン・スコット・シャクルトンなどの冒険家の逸話も交えた、「南極スペシャル」みたいなバラエティ豊かで楽しい本だった。

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2014年9月 4日 (木)

宮内悠介「ヨハネスブルグの天使たち」ハヤカワSFシリーズJコレクション

 団地の麓には、かつて頻繁にブルーシートが敷かれていた。そのシートを探すのが、誠や璃乃の小さな冒険だった。運がよければ、一回に二つか三つは見つかる。シートが隠すのは、そこで起きた投身の痕跡だ。めくると、下には飛び散った血や脳漿が隠されている。
  ――北東京の子供たち

【どんな本?】

 短編「盤上の夜」で創元SF短編賞・山田正紀賞を受賞し、同作を収録した連作短編集「盤上の夜」は日本SF大賞を受賞のほかSFマガジン編集部編「SFが読みたい!2013年版」でもベストSF2012国内篇の2位に輝き、鮮烈のデビューを飾った宮内悠介の連作短編集。

 当作品も第34回日本SF大賞特別賞に加え、SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2014年版」のベストSF2013国内篇の2位に食い込んだ。

 近未来、日本の企業がホビー用として作ったヒト型ロボット DX9 を狂言回しとして、南アフリカのヨハネスブルグ・アメリカのニューヨーク・アフガニスタンのジャララバード・イエメンのハドラマウト・日本の高島平を巡り、死と隣り合って生きる人々を描く。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2013年5月25日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約254頁。9ポイント43字×17行×254頁=約185,674字、400字詰め原稿用紙で約465頁。長編小説なら標準的な分量。

 若手の割に、文章はこなれている。SFとしても、使われるガジェットは比較的にわかりやすい方だろう。なお、DX9のモデルは、決してダヨーさんだとは思わないこと。

【収録作は?】

 / 以降は初出。

ヨハネスブルグの天使たち / SFマガジン2012年2月号
 南アフリカの北部はズールー族を中心に連合した。それに対抗し、南部も連合して衝突する。終わりの見えない内戦に市民はうんざりしつつ、自らも武装して自警団を結成し、身を守って暮している。ヨハネスブルグのスラムに住む戦災孤児のスティーブは、軍の車を盗んでは売り払って生活している。ねぐらはマディバ・タワー、中心部でもひときわ高い円筒形のビルで、10歳のときから同じ戦災孤児でアフリカーナーのシェリルと住んでいる。
 マディバ・タワーのモデルはポンテシティアパート(→Wikipedia)。高級マンションにする予定がスラム化し、再開発計画もあったが、今はどうなんだろう。白人 vs 黒人の人種差別政策で有名な南アフリカだが、歴史や人種構成はかなり複雑だったりする(→Wikipedia)。主人公の名前スティーブは、夭折した活動家スティーブ・ピコ(→Wikipedia)から取ったのかな? 現在のところ、アフリカ大陸の中では比較的に発展している国なので、周辺国からの移民が大量に雪崩れ込み、スラムの人口が膨れ上がっている模様。
ロワーサイドの幽霊たち / SFマガジン2012年8月号
 ビンツは、五歳でウクライナからニューヨークに移住した。永住権を獲得したのは10歳の時。世界貿易センターで、母はビンツに謎々を出した。「二つのタワーの間には何があると思う?」 それが家族が揃う最後となった。両親は離婚し、ビンツは父親に引き取られた。
 サラダボウルと言われる、移民の国アメリカを象徴する都市、ニューヨーク。ウクライナからやってきたビンツが住むアパートも、通う学校も人種は様々。そして、ツインタワーに旅客機で突っ込んだモハメド・アタらテロリストも多国籍だ。ツインタワーを設計したミノル・ヤマサキなど実在・架空のインタビューを取り混ぜ、911の悲劇を再現してゆく。
ジャララバードの兵士たち / SFマガジン2012年11月号
 タリバンは崩壊したが、未だ四分五裂の内戦が続くアフガニスタン。取材に訪れたルイは、護衛のアカリーと共に、ダフマ/沈黙の塔に追い込まれた。ゾロアスター教徒が鳥葬に使った建物だ。その時、パラシュートから少女が降下してきた。顔が削り取られている。パシュトゥン人が改造したDX9、パシュトゥン以外の全てを殺す殺人兵器だ。
 イラク戦争では連合軍の兵が iPod を使ってたり、民生用の機械を軍が使う例は多い。ダグ・スタントンの「ホース・ソルジャー」では、急にアフガニスタン派兵が決まった米陸軍特殊部隊の面々が、米国内で民生用のGPSを買い漁る場面がある。チャド内戦ではトヨタのハイラックスを改造し、荷台に重機関銃を載せ戦闘車両として使い、トヨタ戦争と言われた(→Wikipedia)。現在の無人攻撃機は規定の空域から外れたら自動的に帰還するなどのセキュリティを施しているが、民生用のオモチャにそんな機能はない点を考えると、殺人DX9の危険はハンパなモンじゃない。
ハドラマウトの道化たち / SFマガジン2013年2月号
 無政府状態のイエメン、ハドラマウト・シバーム(→Wikipedia)。米軍の舞台を率いるアキトは、涸れ川の向こう側の旧市街を見ていた。高層建築群が、摩天楼のように聳え立っている。ただし建材は泥煉瓦で脆く、世界遺産に指定されている。ミッションは難しい。地元のイスラム系ゲリラ組織マディナと協力し、この町に勃興しつつある新興宗教を叩くこと。ただし条件がある。建物を傷つけてはならない。条件がなければ火力で圧倒できるが、今回は地道に歩兵で掃討する必要がある。
 アラビア海と紅海に面したイエメンは、かつて海上貿易の要所として栄え、様々な人種が混在していたらしく、ジャリア・ウンム・サイードの作り上げた町は、先祖返りかもしれない。けどかつてコーヒー貿易で栄えたモカ港は土砂が溜まって遠浅となり、港としては美味しくなくなった。
 一般に港湾都市など貿易の要所は、同時に多くの国や地域から人々がやってくる。そこでは商人が力を持つ。ある地域ではありふれた安いものが、別の地域では高く貴重なものとなる。安い所で買い、輸送して高い所で売る。需要と供給、生産と消費の多様性こそが商人の力の源泉であり、よって商人は多様性を容認する傾向が強い。イスラム教の教祖ムハンマドも優れた商人だったし、寛容を唱えた。当時としては、過激なほど自由主義的な思想だったようだ。
北東京の子供たち / 書き下ろし
 五歳のとき、誠は璃乃(リノ)と出会った。以来、二人はずっと一緒にいる。かつて住民がギッシリ詰まっていた団地も今は寂れ、学校も学年あたり15人しかいない。しかもクラスメートの半数は外国人だ。翻訳ソフトが普及したため、教室には様々な言語が行き交う。家に帰っても、父と妹の口論に巻き込まれるだけ。優秀だった兄の隆一が海外に旅に出てから、母は精神病院への入退院を繰り返し…
 かつて投身自殺の名所だった高島平団地(→Wikipedia)を舞台として、そこに住む中学生の誠と璃乃にスポットをあてた作品。隆一と璃乃の年齢は、「ヨハネスブルグの天使たち」のスティーブ&シェリルと同じだし、DX9の使い方も似ているから、対比させた作品だろう。戦争で親を失ったスティーブたちと、崩壊した家庭に親と共に閉じ込められた隆一たち。いずれにせよ、子供たちの逃げ場は未来にある…そこまで、逃げ切れれば。

 人種差別政策が撤廃されたとはいえ、周辺のスラム化は進むヨハネスブルグ。アルカイダの壊滅どころかシリア内戦のドサクサで台頭するISISなど活発化するイスラム原理主義組織。宗教・部族ごとどころか、下手すると村ごとに対立しているアフガニスタン。やはり内戦の混乱が収まりそうにないイエメン。そして高齢化・少子化で空室が増える高島平団地。

 今、そこにある社会問題をエスカレートさせ、狂ったように行動するヒトを、感情がない(はずの)ロボットDX9を狂言回しとして描いた、ズッシリと想い連作短編集だ。

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2014年9月 3日 (水)

ジョエル・G・ブレナー「チョコレートの帝国」みすず書房 笙玲子訳

あれは年増女を乙女にして
肉体は生き生きと動き出す
みんなが欲しがる例のあれ
チョコレートを一口飲めば
  ――ジェームズ・ウォッズワース

ミルトン・ハーシーは産業ユートピアの建設を夢見たのだ。働きたい者には仕事があり、子供は香しく爽やかな空気を吸って育ち、幸福は永遠に続き、住宅ローンは減ってゆく、そんな本物のチョコレートタウンだ。澄んだ水に澄んだ心。これがミルトンの思い描く、懐かしき我が家だった。

【どんな本?】

 キスチョコで有名なハーシー社。創設者ミルトン・ハーシーは手作りのキャラメルから始め、大企業へと育て上げた後は、新製品開発の傍ら、ユートピア建設を夢みてハーシータウンを建設し、信託基金を設立して孤児院を作る。勤勉で職人肌のミルトンが育てたハーシー社は、保守的・家族的な社風を誇り、アメリカを中心にビジネスを展開している。

 M&Mやスニッカーズでお馴染みのマーズ社を設立したのはフランク・マーズだが、社風はその子で攻撃的なビジネスマンのフォレスト・マーズの性格を反映している。給与は他社より優遇する反面、役員や従業員の勤務にも製品の品質にも完璧を求め、製品開発にも海外市場にも積極的に挑む。

 一見、対照的な両社だが、共通点もある、極端な秘密主義だ。

 ハーシー社とマーズ社、全米のチョコレート市場でしのぎを削る両社の歴史を軸に、アメリカの発展と共に変転してきた菓子産業の過去と現在や、人々を惹きつけるチョコレートの謎を絡め、ビジネス帝国アメリカの誕生と成長を描き出す傑作ノンフィクション。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Emperors of Chocolate : Inside the Secret World of Hershey and Mars, by Joël Glenn Brenner, 1999。日本語版は2012年5月22日発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約381頁+訳者あとがき6頁。9ポイント48字×19行×381頁=約347,472字、400字詰め原稿用紙で約869枚。小説なら長めの長編の分量。

 文章は比較的にこなれている。内容もわかりやすく、読みこなすのに特に前提知識は要らない。強いていえば、両社のチョコレートを食べた経験ぐらい。

 日本の菓子メーカーのチョコレートの多くは市場に合わせたのかマイルドな舌触りにアレンジされてるけど、他国の製品は甘みが強かったりザラつく舌触りだったり香りにクセがあったり、たかがチョコレートと言ってもバラエティは豊かで、人により好みが大きく違うことを知っていれば充分。

【構成は?】

  • まえがき
  • 第1章 チョコレート戦争
  • 第2章 菓子会社は戦う
  • 第3章 惑星マーズ
  • 第4章 お口でとろけて
  • 第5章 ミルキーウェイへ、そしてその先へ
  • 第6章 キャンディマン
  • 第7章 甘い夢
  • 第8章 カカオ豆から板チョコへ
  • 第9章 住所は「アメリカ、チョコレートタウン」でオーケー
  • 第10章 ほろ苦さ
  • 第11章 M&M、二つのMの秘密
  • 第12章 お菓子の国、シカゴ
  • 第13章 型を壊す
  • 第14章 ハーシー社の助っ人たち
  • 第15章 ミルトンの息子
  • 第16章 偉大なアメリカのチョコレートバー
  • 第17章 カカオ豆狂騒
  • 第18章 マーズの攻撃
  • 第19章 失われた遺産
  • 第20章 ちゃんとした人はチョコレートを食べない
  • 第21章 チョコレートに包まれた世界
  • 第22章 バーを上げてゆく
  • 第23章 お菓子の裏に戦略あり
  • 原註/謝辞/訳者あとがき/索引

 基本的に時系列順に話が進むので、素直に頭から読もう。

【感想は?】

 マーズ社の代表製品m&mは、「お口でとろけて、手にとけない」のキャッチフレーズで有名だ。最初のmはマーズのm。では二番目のmは?

 Murrie のm。R・ブルース・ムリーのmだ。ブルースの父はウィリアム・ムリー、ハーシー社の元社長で、ミルトン・ハーシーの片腕だった男。

 「第1章 チョコレート戦争」は、物騒な状況で始まる。1990年7月31日、イラク軍のクウェート侵攻直前に、マーズ社の中東担当マネージャーのオマール・シャリールが、拠点のクウェートシティのホテルから姿を消す。酷暑のアラビア半島では、チョコレートが溶ける。店頭のチョコレートを冷やすマーズ社特製のフリーザーで、湾岸の小売店の店頭を占拠するのがシャリールの任務だ。

 さすがに「ギブミーチョコレート」とGIに叫んだ読者は少ないだろうが、チョコレートと軍の関係は深い。どうも進駐軍が配ったチョコレートはハーシー社製らしい。当事の「軍への売上実績のトップはもちろんハーシー」。手軽で高カロリーだから、軍用食品としては理屈にあってる。

 というとミルトン・ハーシーは物騒な人のように思えるが、実は「誰もが豊かに暮せる町」を夢見て私財をはたいてハーシータウンを作り、孤児や貧しい子供たちを受け入れるミルトンハーシースクールを開設している。経営はハーシートラスト、ハーシー社の最大株主だ。元CEOのリチャード・ジマーマン曰く「最大株主が孤児院なんて会社、どこにありますか?」

 子供はできなかったが、両親と奥さんを深く愛し、勤勉に働いて社会に奉仕する事で尊敬されようとする、古きよきアメリカ人の典型みたいな人だったりする。勤勉さと質素な生活スタイルは母親譲りだが、父親譲りのヤマッ気も多く、新製品開発には率先して取り組む。

 これに対比するのがマーズ社。大きく飛躍させたのは二代目のフォレスト・マーズ。イェールの学生時代から、処分品のネクタイを仕入れて学友に売り商売を始める。欧州へ渡り工場で働き、チョコレート作りの技術を見よう見真似で学ぶ。

 チョコレート進化の表舞台に立つヨーロッパでは、スパイがはびこったせいで、メーカー側が探偵を雇って従業員を調べるようになった。

 これが現在の秘密主義の源流らしい。企業家精神旺盛で完璧主義のフォレストは、イギリスでチョコレート・バーを作り売り出す。従業員には高給を支払う見返りに、完全な献身を求める。

品質維持のためチェックアンドバランスの複雑なシステムを作り、不具合に気づいたら製造ラインを止める権限を従業員全員に与えた。その権限を行使しない者は激しく叱責された。

 市場開拓に熱心なマーズ社を象徴するのが、ロシアおよび東欧市場。ソビエト崩壊から間もない1990年1月4日、モスクワに臨時だが店舗を開き、開店を待つ人々は400m以上の列を作った。キャンペーンは1989年11月17日から始めている。「マーズはロシアの菓子売上の40%以上を占める、国内最大の菓子メーカーだ」。

今はウクライナを巡ってアメリカとロシアが睨みあってるけど、この辺を読むと「オオゴトにはならないんじゃないか」って気がしてくる。マーズ社以外にもロシア市場に進出している欧米企業は多いし、それらは衝突を避けるべく熱心にロビー活動するだろうから。

 ハッカー精神旺盛な食品肌で謹言実直なミルトン・ハーシー、機会を逃がさぬ鋭い目とビジネス拡大の熱意に燃える起業家フォレスト・マーズ。両者を対照させる人間ドラマも面白いが、これは同時にアメリカの産業界の歴史でもある。手作りで菓子を作り売っていた19世紀末から、大規模な機械化が進んだ現代までの変転は、グローバル化の流れそのもの。

 かつて手作りの零細・小企業が中心だった菓子業界も、吸収合併が進んでいる様子。日本はどうなんだろ。和菓子屋はまだ残ってるけど、最近は羊羹もメーカー品がビニールに入ってスーパーで売ってるし。でもたい焼き屋はアチコチにあるなあ。

 当然、私たちを魅了してやまないチョコレートの歴史と製法も、ちゃんと扱っている。と言っても実際のレシピは秘密なんだけど。チョコレートの歴史は古くて、「考古学の世界では、なんと紀元前一千年の昔にメソアメリカの古代人たちが楽しんでいた証拠がある」。征服者エルナン・コルテス(→Wikipedia)がスペインにカカオ豆を持ち帰る。

 カルロス一世はチョコラトルに魅了され、東洋から運ばれた蔗糖で甘味を加えて楽しむ一方、チョコラトルのレシピを守って改良を加えるよう修道院に命じる。

 次第に上流階級にも広がってゆく。チョコーレートが持つ高級感は伊達じゃないのだ。ただし当事のチョコレートは飲料。以後、オランダ人科学者コンラッド・バンホーテンやスイスのダニエル・ペーターとアンリ・ネスレなど、どっかで聞いた名前の人が様々な改良を施し…と、これだけでもワクワクしてくる物語だ。

 製品の広報に熱心なマーズ社に対し、広告には及び腰のハーシー社が、初めて映画とタイアップした話も楽しい。直前に作った映画が大コケした監督の新作で、グロテスクなエイリアンと9歳の少年が出てくる作品。少年が撒いたハーシー社のリーセスピーセスに、エイリアンがおびき寄せられる。あなたなら、このタイアップの話、受けます?

 ちなみにコケた映画は1941(→Wikipedia)。ジョン・ベルーシが暴れまわるドタバタ・ギャグの怪作で私は大好きなんだけど、今は黒歴史扱いされてる。監督の名はスティーブン・スピルバーグ、新作はE.T.。

 謎が多く調整が困難なレシピと、市場競争力のために強いられる大規模工業化の板ばさみ。原材料のカカオは価格変動が激しい上に品種による違いも大きく、児童労働が問題になっているなどの企業側の話も面白い。同時に、チョコレートが含む化学物質は未だ分析し切れておらず、チョコレートが人にもたらす幸福感も原因が分かっていない。

 世界の覇者として勃興してくるアメリカを象徴するハーシー社・マーズ社の歴史を辿りつつ、不思議な、でも皆を虜にするチョコレートの秘密に迫った力作。人間ドラマとして、企業の成長物語として、美味しいお菓子の来歴として。複雑な味を絶妙に絡めたノンフィクションの傑作だ。

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2014年9月 2日 (火)

舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日 上・中・下」新潮文庫

 物語にはコンテキストがある。それは事実だ。コンテキスト→共通のテキスト。俺たちは揃って何を読んでるんだろう?似たような経験?経験とは過去にあった物語だ。俺はあまりにも物語的な人生を生きてきて、物語的文脈を信頼しすぎてしまっている。

【どんな本?】

 2001年に「煙か土か食い物」でメフィスト賞を受賞しデビューした舞城王太郎による、なんとも分類不能な長編小説。

 6歳の少女・山岸梢と同居する、迷子専門の探偵ディスコ・ウェンズデイが、連続女子中学生昏睡事件やパンダの双子誘拐事件などを追い、円柱状の館で名探偵たちと推理合戦を繰り広げ…

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2008年7月、新潮社より単行本が上下巻で出版。2011年2月1日、新潮文庫より文庫本の上中下巻で発行。9ポイント39字×17行×(361頁+475頁+595頁)=約948,753字、400字詰め原稿用紙で約2372枚。普通の文庫本なら4~5冊分の大長編。

 文章はクセが強く、好みが分かれるだろう。俗っぽく饒舌なハードボイルドを今風に軽薄にいた雰囲気の文体だ。内要はミステリ風味だが、明らかに掟破りでオカルトともSFとも微妙に違う。最近の日本のミステリに詳しく、シャレが通じる人にはニヤリとする場面が多々ある。文体も内容もアクが強いので、読者によって好き嫌いが大きく分かれるだろう。

【どんな話?】

 ディスコ・ウェンズデイ、職業は探偵。迷子探し専門だ。同居人は山岸梢、6歳の少女。両親の依頼でウェンズデェイが梢を発見したが、依頼人が梢を引き取りたがらず、何の因果がウェンズデイが梢を引き取る羽目になった。ところがその梢、突然ティーンエイジャーに成長し、すぐ元に戻る。何が起きた?幻覚か?

【感想は?】

 正直に言おう。私はあまり楽しめなかった。そういう人の評だと思って読んで欲しい。

 ニコニコ大百科によると、舞城王太郎の評価は「極端に二分されている」。高く評価しているのが筒井康隆・池澤夏樹・山田詠美・豊崎由美・大森望。評価しないのが石原慎太郎・宮本輝。

 読んでみて納得。文体はザッと読んだ漢字じゃ軽薄で悪趣味ぶっているし、描写もエグい場面が多い。何よりお話が荒唐無稽というか大風呂敷を広げていくので、どんどん出鱈目さがエスカレートしていく。これが関門の一つで、異能バトル系の漫画を読み慣れていないと、ついて行くのに骨が折れるだろう。

 タイトルに「探偵」が入っているだけあって、お話は謎ときを軸に進んでゆく。最初の謎は、6歳の梢が突然にティーンエイジに変化し、元に戻る奇妙な現象だ。幻覚ではない。この時点で、まっとうなミステリではないと宣言している。現実的な解がありえる事件ではないのだ。

 梢の変身事件はキッカケに過ぎず、連続女子中学生昏睡事件やパンダの双子誘拐事件など意味不明な事件へと繋がり、パインハウス名探偵密室殺人事件へと向かってゆく。

 パインハウス名探偵密室殺人事件のあたりは、島田荘司以降の日本の推理小説を読み込んでいる人には、楽しめそうな悪ふざけが一杯詰まっていると同時に、ミステリの面白さを濃縮したような展開が続く。なんたって、日本中から名探偵が集まり、一つの事件に対し、それぞれの探偵が自分の推理を披露してゆくのだから。

 それも、人の気持ちから動機を模索するホワイダニットではなく、「誰が/どうやって」と、犯人とトリックを模索する、フーダニット/ハウダニット型のミステリが、何回も連続して続いてゆく。その舞台は変な形の建物で、雰囲気はたっぷりだし、ハッタリを効かせる「見立て」もケレン味が効いている。

 が、どうにもシリアスになりきらないのが、この作品の味というか。何せ探偵の名前が変なのばっかりで。「八極幸有(はっきょくさちあり)「蝶空寺快楽/嬉遊(きゆう)」「豆源」は、なんとなく探偵っぽいけど、「本郷タケシタケシ」「大爆笑カレー」「出逗海スタイル」「猫猫にゃんにゃん」あたりは、コメディアンの芸名みたいだ。

 特にコメディ色が強いのが、出逗海スタイル。大見得をきって登場したのはいいが、いきなり蹴飛ばされてすぐ退場。「お前は何しに出てきたんだ」と思ったけど、実はちゃんと重要な出番があったり。もしかしたら、名探偵の名前や彼らが披露する推理も、有名なミステリ作品を下敷きにしたのかもしれない。

 と、ミステリとコメディとオカルトとスプラッタがゴッチャになり、読者の頭がほどよくシェイクされたところで、物語は更にSFっぽい仕掛けを繰りだし、死生観や宇宙論まで巻き込んでアサッテの方向にすっ飛んでゆく。

 オツムのシェイク感も、この作品ならではの味だろう。文中のアチコチでは、文脈に言及しつつ、「ジャスト・ファクツ(事実のみ)」と繰り返し強調する。これまた読者を混乱させる仕掛けだ。舞城王太郎を初めて読む人は、作風がわからない。ミステリなのか、オカルトなんか、SFなのか。どれかは文脈から判断するんだが、その文脈が随所で入れ替わる。

 冒頭では梢の変身事件で「オカルトかSF?」と思わせて、パンダ双子誘拐事件で「ギャグ?」と迷わせ、パインハウスで「もしかしてミステリ?」と惑わす。だが実態はそんな分かりやすいシロモノじゃない。

 後半のスッ飛び方は半端なくて、これでもかと奇想を続々と投げ込みつつ物語は暴走し、読者の想像力は極限まで試される。

 こういう暴走する物語についていくのに重要なのは、ノリみたいなもんだと思う。つまりは舞城王太郎のリズムにノれるかどうか。エロあり、グロあり、謎解きあり、アクションあり、奇想あり、主張あり、愛も感動もあり。全てを過剰に投げ込み濃縮して大風呂敷を広げ、あらゆる手管を尽くして広げた風呂敷を畳んでゆく。

 漫画の影響を強く受けつつ、小説のジャンルの垣根を力任せに破壊しまくる異形の怪作だった。

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