ローレンス・ライト「倒壊する巨塔 アルカイダと『9.11』への道 上・下」白水社 平賀秀明訳 2
イブラヒムは1970年代、エジプトの政治犯の研究をおこなったことがある。彼の研究によれば、イスラム主義運動にリクルートされたものの大半は、田舎で生まれ、神学のため都会に出てきた若者たちだという。大多数を占めるのは、中級官吏の息子たちだ。彼らは向学心に燃えており、最も優秀な学生のみが入れる、“理科系”分野に引きつけられる傾向が強かった。
――第2章 スポーツクラブ
【どんな本?】
ローレンス・ライト「倒壊する巨塔 アルカイダと『9.11』への道 上・下」白水社 平賀秀明訳 1 から続く。
2001年9月11日のアメリカ同時多発テロを引き起こしたアルカイダ。その中心人物であるウサマ・ビンラディンとアイマン・ザワヒリ、そして彼らを追っていたFBI特別捜査官のジョン・オニールを軸に、今も猛威をふるうイスラム原理主義運動の誕生と成長を描き、アラブの若者に流布する反アメリカの潮流を探るとともに、アルカイダの正体の捉えどころのなさや、テロを許したアメリカの捜査体制を明らかにする、重量級のドキュメンタリー。
【構成は?】
上巻 |
下巻 |
【前回のあらすじ】
第二次世界大戦までのエジプトでは、英軍の駐留を許す国王への不満が高まり、ムスリム同胞団が支持を集めていた。そこにキリスト教伝道団やナチスが反ユダヤ思想を持ち込む。中東戦争の敗戦が、彼らの怒りに油を注ぎ、ナセルによる軍事クーデターへと発展する。
政権を取ったナセルは当初ムスリム同胞団と手を結ぶが、世俗化を目指す軍とイスラム原理主義を志向するムスリム同胞団は決裂し、政府は原理主義者を強硬に弾圧する。別個に活動していたアイマン・ザワヒリたちは、皮肉な事に刑務所の中で知り合い運動の輪を広げると同時に、過酷な拷問は彼らを暴力的な活動へと駆り立ててゆく。
【感想は?】
今回はウサマ・ビンラディンの物語。ウサマの父ムハンマドは、イエメンからサウジアラビアに出てきて、煉瓦積み職人から身を起こす。油田が発見され沸き立つサウジ経済の中、着実に実績をあげ王家のご贔屓となってゆく。若い頃から生真面目だったウサマは、偉大な父の背中を眺めつつ、エジプトから流れ込んできた過激組織ムスリム同胞団に接近する。
戒律の厳しいワッハーブ派を標榜しながらも成金の堕落した生活を送るサウド王家に、臣民は反感を募らせる。1980年、原理主義者によるモスク占領事件(→Wikipedia)を機に危機感を募らせるサウド王家だが、都合よく起きたソ連のアフガニスタン侵攻に活路を見出す。「急進派はヤバい」「煩い連中はアフガンに追っ払っちまえ」
かくして国内では宗教警察が目を光らせる。と同時に、巡礼で訪れた若者や、国内に紛れ込んだシリア/エジプトの賞金首をスカウトし、小遣いを渡しアフガニスタンへ送り出す。ウサマも情熱に燃え現地へと向かうが…
実際の戦争は、アフガン人自身の手でほぼ戦われていた。(略)この戦争で彼らよそ者――“アラブ・アフガンズ”――の数が3000人を超えたことは一度もなく、大半のものはペシャワールから出たことさえなかった。
血の気が多いだけで、実質的な戦闘経験はゼロ。土地勘と実際的な思考が要求されるゲリラ戦に、線香臭い屁理屈を並べるよそ者は邪魔でしかなかった様子。そこにソ連の撤退で、アラブ・アフガンズは目的を見失う。その中、ウサマはビジョンに辿りつく。「この調子で若者を鍛え組織していけば、世界規模でのイスラム革命が出来るんじゃね?」
今から思えば、オウムの麻原彰晃に金を与え戦闘訓練所を運営させるような真似だったわけ。
アラブ諸国は厄介払いのつもりで過激派をアフガンに追いやった。だから連中の帰還を歓迎するはずもない。そこで受け皿となったのがスーダン。イスラム主義者ハッサン・トラビがクーデターで政権を握ったのだ。トラビはウサマを迎え入れ、同時にウサマの企業に道路建設などの仕事を提供する。破綻国家のスーダンに投資する海外企業もなかったし。
かくしてアルカイダはスーダンに拠点を移すと同時に、ゲリラ戦からテロへと戦闘方法を変えてゆく。このあたりで、「アルカイダ系」の正体の掴みにくさの原因が、わかってくる。
ウサマはパキスタン・アフガニスタン・スーダンなどで、各国の多くの者に訓練を施すと共に、多くの原理主義組織とのコネができた。だから訓練校の卒業生や関係者は、すべてアルカイダ系に見えてしまうのだ。
中には合衆国陸軍に潜り込んで講師役を務めた猛者もいる。彼は陸軍の地図や訓練マニュアルを持ち出し、これがアルカイダの指南書になる。海兵隊の緊急展開部隊創設の危機想定からテロの手口を思いつくあたりは、泣いていいのか笑っていいのか。
特にショッキングだったのは、終盤近く。ツインタワーの崩壊をウサマが計算していたことだ。
私の職業と仕事(建設業)の性質上、機内の燃料によって鉄骨が赤く焼け、建物がもはや構造的に支えられなくなる点まで、温度が上昇すると考えたのだ。
燃料がもたらす火災で鉄筋コンクリートの鉄骨が溶け、もろくなる点まで配慮していたとは。
そのウサマ、一時期はドン底に落ち込む。スーダンに逃れたが、やがてサウジ王家の不興を買って国籍を剥奪され、スーダン政府からも厄介払いされる。請け負った事業のツケもスーダン政府に踏み倒され、踏んだり蹴ったりでアフガニスタンへ舞い戻る。このあたりは、少しウサマに同情したくなったり。
その頃、サウド王家はあり余るオイル・マネーで、各国にワッハーブ派のモスクを続々と建ててゆく。これがイスラム国から移民して心細い気持ちを抱く若者を惹きつけ、原理主義者へと変えてアフガニスタンへと向かわせる。待ち受けるはアルカイダの訓練組織。
最近、シリアやイラクで暴れまわってる ISIS も、こういった流れが生み出したものだろう。アラブ諸国の自国政府に不満を抱く若者が、原理主義者グループに近づきアルカイダの訓練校で研鑽を積む。または他国に移民した若者が、サウド王家出資によるワッハーブ派のモスクで過激思想に染まってゆくのだ。
ってなテロリスト側の描写に加え、これを防ぐはずの合衆国側の記述は、FBI特別捜査官ジョン・オニールを中心としたもの。強烈な上昇志向のヤリ手捜査官で、熱血刑事を想像してもらえればいい。ただし下半身も元気すぎ、この本ではお盛んな女性関係も容赦なく暴き出している。
テロを防げなかった原因は、大きく分けて二つ。ひとつはFBIの体質で、もう一つはCIAやNSAなどとの縄張り争いだ。
元来、FBIの天敵は国内のマフィアだ。そのためか、国際色にとぼしい。
ニューヨーク支局ひろしと言えど、実際にアラビア語を話せるFBI職員はこの男、アリ・スーファンただひとりだった(アメリカ全体でも八人)。
という体たらく。わが国の公安はどうなんだろう?東京オリンピックを控え、人材育成に励んでいるんだろうか。
もう一つの縄張り争いも、CIAとの歴史的な反目がある上に、情報の使い方が両者は全く違う。CIAが持つ情報は、原則として軍事情報だ。だから滅多に表に出ない。けどFBIは警察組織であり、犯人を逮捕するのが組織の目的だ。当然、逮捕の次は起訴・裁判である。「公開の法廷で証拠として提出してしまう」。CIAとしちゃ面白くない。
この本はジョン・オニールを軸に据えているため、FBIを擁護してCIAを悪者に仕立てる論調で書いてある。犯罪と軍事行動、国内事件と国際問題が絡む事件だけに、切り分けは難しい所だが、今はどんな体制になってるんだろう?
全般的に、私はウサマ・ビンラディンとアイマン・ザワヒリを中心とした部分が面白く、刺激的だった。特に原理主義がイスラム諸国にはびこる理由と、「アルカイダ系」という曖昧なシロモノの正体が見えたのが嬉しい。既にウサマ・ビンラディンは絶命しているが、訓練校の卒業者はウジャウジャいるし、卒業生同士のコネも残っている。
2007年ピュリツァー賞受賞に相応しい、刺激的な大作ドキュメンタリーだった。
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