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2014年9月16日 (火)

ローレンス・ライト「倒壊する巨塔 アルカイダと『9.11』への道 上・下」白水社 平賀秀明訳 1

この運動は一体どこからやって来たのだろう? 彼らはなぜ、アメリカを攻撃対象に選んだのだろう? そして、その動きを阻止するため、いったい何ができるだろう?
  ――プロローグ

「会議は8/20/1988土曜日に終わった」と書記は記録した。「アルカイダの活動は、15人の兄弟たちとともに、9/10/1988に開始された」と。さらにページの末尾に、書記は次の一文を加えている。「アブー・ウバイダ司令官が到着し、9/20までにアルカイダには30人の兄弟たちが存在し、要件を満たしたと教えてくれる。神に感謝を」
  ――第6章 土台/基地(カーイダ)

【どんな本?】

 2001年9月11日、ニューヨークの世界貿易センタービルに2機のジェット旅客機が突っ込んだ。アメリカ同時多発テロ事件である(→Wikipedia)。世界中の人々が事件に注目し、合衆国は一気に緊張が高まると同時に、聞きなれない組織が突然脚光を浴びる。アルカイダ。

 その正体は何か。中心人物と言われるウサマ・ビンラディンとアイマン・ザワヒリとは何者か。彼らはなぜアメリカを憎むのか。アルカイダはどこで生まれ、どう育ってきたのか。そうやって組織を拡大したのか。誰が、なぜアルカイダを支持しているのか。その資金源は何か。なぜアルカイダの組織は掴みにくいのか。そして、FBI・CIA・NSAなど多くの捜査・諜報機関を持つアメリカが、なぜテロを防げなかったのか。

 アルカイダの創設者と思われるウサマ・ビンラディン、その片腕と目されるアイマン・ザワヒリの二人を軸として、イスラム原理主義運動の誕生から911までの歴史を辿るとともに、彼らを捕獲しようと奔走したFBIの特別捜査官ジョン・オニールを絡め、膨大な取材を元にアメリカとアラブの対立の源流と現在を浮き彫りにしたドキュメンタリーの力作。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Looming Tower - Al-Qaeda and the Road to 9/11, by Lawrence Write, 2006。日本語版は2009年8月20日発行。単行本ハードカバー上下巻で縦一段組み、本文約356頁+約299頁=約655頁に加え、訳者あとがき6頁。9ポイント45字×20行×(約356頁+約299頁)=約589,500字、400字詰め原稿用紙で約1474枚。長編小説なら文庫本3冊ぐらいの分量。

 翻訳物だが、日本語はかなり素直で読みやすい。内容を理解するのにも、特に前提知識は要らない。911の事件当時、あのニュース映像をテレビで見た記憶があれば、充分に読みこなせる。敢えていえば、サウジアラビア・イエメン・エジプト・スーダンあたりのペルシャ湾・紅海沿岸の国について、中学校の地理レベルの知識があると便利だが、なくても重要な事は本文中に書いてあるので大丈夫。

【構成は?】

 上巻
プロローグ
第1章 殉教者
第2章 スポーツクラブ
第3章 創業経営者
第4章 胎動
第5章 奇跡
第6章 土台/基地(カーイダ)
第7章 ヒーローの帰還
第8章 楽園
第9章 シリコンバレー
第10章 失楽園
 主要登場人物

 下巻
第11章 暗黒の王子
第12章 少年スパイ
第13章 逃亡/聖遷(ヒジュラ)
第14章 事件の現場へ
第15章 パンと水
第16章 「とうとう始まったぞ」
第17章 新たな千年紀(ミレニアム)
第18章 同時多発テロへの道
第19章 大いなる結婚式
第20章 暴かれた事実/啓示(レヴェレーションズ)
 謝辞および情報源にかんする注記
 主要登場人物
 訳者あとがき
 著者によるインタビュー相手一覧
 参考文献/索引

 基本的に時系列で話が進むので、素直に頭から読もう。

【感想は?】

 堅いテーマの長大な本だが、読み始めると一気に引き込まれて最後まで読まされる、物語としての面白さがある。

 綿密な取材に基づくドキュメンタリーだ。だから、書籍としては細かい事実の断片から成っている。そのままでは散漫になる所を、アルカイダのウサマ・ビンラディン&アイマン・ザワヒリの二人と、FBI特別捜査官ジョン・オニールを軸に据え、三人を中心に語ることで、お話としての流れを生み出した。

 ウサマ・ビンラディンとアイマン・ザワヒリは、アルカイダが誕生し911に達するまでの物語である。この二人に人生を辿ることで、現代のムスリムがアメリカを憎む原因をわかりやすく描き出している。

 なぜイスラム原理主義者はアメリカを憎むのか。考えてみれば変な話だ。

 バチカンはムスリムもユダヤ教徒も仏教徒も観光できるし、来たからといってキリスト教徒は怒らない。ブッダガヤなど仏教の聖地の多くはヒンズー教徒の支配下にあるけど、多くの仏教徒は「インドだから」で納得するし、ヒンズー教徒も巡礼や観光の邪魔はしない。

まあ、仏教とヒンズー教は兄弟みたいなもんだし、仏教の聖地は同時にヒンズー教の聖地でもあるから、お互い粗末には扱わないって現状もあったり。とあるヒンズー教徒曰く「お釈迦様はヒンディーの神でもある」そうな。もっと下世話な理由で、観光収入ってのもあるけど。いや日本人観光客って、気前がいい人が多いから。

 話が逸れた。とりあえず、何も知らない外野から見ると、アラブ系のムスリムが一方的にアメリカを憎んでいるように見える。それはなぜか。

 上巻では、この原因を、エジプト人でムスリム同胞団の指導者、サイイド・クトゥブ(→Wikipedia)から探ってゆく。豊かな教養を持つ作家のクトゥブは、第一次中東戦争の終戦間もない1948年に42歳でアメリカに留学する。学生仲間には温和な態度で接しながらも、帰国する時は強烈な反アメリカ思想に凝り固まっていた。

現在中東地域の政治・社会を歪めている「反ユダヤ」の風潮は、じつは第二次世界大戦が終わるまで、イスラムの側にはほとんど存在しなかった。 

 1930年代、キリスト教伝道団がユダヤ差別を持ち込み、エジプト軍に協力するナチスが拍車をかける。そこに第一次中東戦争(→Wikipedia)の敗戦だ。大兵力と優れた装備を持つ正規軍が連合したアラブ軍が、貧弱な装備の民兵が集まったイスラエルに負けた。アラブのプライドはズタズタになってしまう。

 元々、エジプトにはイギリス支配に抵抗するムスリム同胞団もいた。彼らは腐敗した国王の支配にも抵抗したが、ナイル両岸に狭い地域だけに人が住むエジプトでは、ゲリラ戦が難しい。この困難な機に立ち上がったのが、ヨッル・ナセル(→Wikipedia)。軍事クーデターで不人気な国王ファルークを追い出し、政権を握る。

 ムスリム同胞団とナセル、両者は当初、手を結ぶが、思想が違いすぎた。原始への回帰を目指すムスリム同胞団と、世俗化・産業化による富国強兵を目指すナセル。やがて両者は対立し、ナセルがムスリム同胞団を摘発、激しい拷問にかけた。

 この拷問の怒りが、クトゥブやアイマン・ザワヒリに火をつける。小さな組織で細々と運動していた連中が、刑務所内で語り合い、互いの思想を研ぎ澄ましてゆく。当初、彼らの目標は打倒エジプト政府だったのが、しだいにイスラムによる世界革命を目指す流れが脈打ち始める。

 つまりは八つ当たりなんじゃねーか、と私は思ってしまう。第一次中東戦争の敗戦は、アラブ側の不和と腐敗が原因だし、軍事政権による弾圧も、アメリカは関係ない。けど、思い込んじゃった人を振り返らせるのは難しい。

 …などは、この本の序盤に過ぎない。以後、ウサマの父ちゃんで稀代の政商ムハンマド・ビンラディンから始まるビンラディン一家の物語から、アフガニスタン内戦を経てのアルカイダ結成、恐るべき彼らの戦略・戦術など、この本の魅力は尽きない。まだまだ語りたい事は沢山あるので、続きは次回に。

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