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2014年8月12日 (火)

T.E.ロレンス「完全版 知恵の七柱 1~5」東洋文庫 J.ウィルソン編 田隅恒生訳 5

一度に大量のものをたべ、二日、三日、ときには四日も食べものなしで過ごし、あとで多量に食べることを学んだ。食物に関するルールを設けないこと、自分の 生活を時刻や呼び鈴で規制しないこと、定時の食事や回数を定めた食事はしないことをルールとした。このような異例づくめの行動は、私を無習慣というものに 習慣づけたのである。
  ――第九十一章 わが親衛隊 より

「犬ども(イスラームでは犬は不浄とされ、罵倒語に使われる)、アウダを知らぬのか?」
  ――第r九十三章 タフィーラ より

 T.E.ロレンス「完全版 知恵の七柱 1~5」東洋文庫 J.ウィルソン編 田隅恒生訳 4 から続く。

【感想は?】

 この記事は、第4巻の感想。

 第四巻はシリア作戦の準備段階で、主な舞台がアカバ~アンマン~ダマスカスあたりに移る。現在のイスラエルとヨルダンの国境線近辺を中心として、時おりシリア南部が顔を出す感じ。

 文章は今までとだいぶ印象が変わり、内省的・哲学的・抽象的な内容が多くなる。主な理由は二つ。まずサイクス・ピコ協定(→Wikipedia)のように、イギリスのアラブに対する裏切りがロレンスの気持ちを蝕んでいること。もうひとつは、この巻の執筆時のロレンスが、精神的に不安定な状況にあったこと。

 相変わらず精力的に動きまわるロレンスなのだが、上の理由と、次巻のクライマックスに向けた準備が内容の多くを占めるため、印象はだいぶ大人しい巻となった。

 アラビア半島の紅海沿岸の西北部、ヒジャーズ地方のトルコ軍は、ロレンスの思惑通りにほぼ動きが取れなくなった。地中海沿岸を北上する英軍に合わせ、ロレンスも更に北上し、アカバ以北で暴れまわる。それまでの駱駝に加え、機動力として自動車(装甲車)を得たのが力強い…ガソリンと修理部品があれば。

 それまでの活躍は噂を呼び、トルコ軍はロレンスに賞金までかけてくる。仕方なしにロレンスは護衛として親衛隊を組織するんだが、メンツがヒドい。頭目は二人いて、片方のザアギは「典型的な士官クラスの堅い男」とあり、実際に中盤~後半ではロレンスの片腕に相応しい働きを見せる。問題は、もう一人のアブドゥッラー、またの名をアン-ナハビー、盗人。

 成人前に女出入りで問題を何回か引き起こし、アチコチで働いてはボスと喧嘩しちゃブチ込まれてはズラかる。駱駝騎乗警官の職にありつき伍長になったはいいが…

短刀を振り回して喧嘩する癖と、人間のあらゆる悪行を知り尽くし、アラビアのあらゆる都でスラム街の汚濁を食べてきて物言いのけがらわしいその口のために、彼の分隊は人の注意を惹きすぎた。(略)

世界で最も経験豊富なウカイルで、アラビア中のあらゆるプリンスに仕え、雇われるごとに鞭打ちと投獄のあと、あまりにも過激な個人的行動の咎で例外なく放逐されている。

 と、まあ、しょうもないチンピラなんだが、「駱駝の目利きとしては断然一位の達人」。彼をロレンスは巧く使いこなしたらしく、「彼を懲らしめることは一度もなかった」。こんなのが頭目なんだから、他も似たようなもんで「大抵が無法者、凶悪罪を犯した者」「その多くは宿怨の仇敵同志」「彼ら内部で連日人殺しをやりかねない連中」とか、もう無茶苦茶。

 この巻の前半のヤマ場は、タフィーラの戦い。訳者前書きに曰く「ロレンスの『唯一の非ゲリラ作戦』」で、トルコ軍との正面対決だ。ここではムハンマド・ブン・ガースィブがヒーローで、「ウカイルの緋色の旗を高く掲げ、駱駝の上で日にきらめく長衣を風にはためかせて」先陣を切って突っ走る。

 兵力はアラブ600:トルコ1000で戦闘は完全勝利に近いにも関わらず、アラブ側に20~30人の死者が出た事を「私が敵襲を避けて兵を移動させていたなら、全部でもおそらく五、六人の損失で敵を破滅に追いやることもできた」ってのは、やたらと自分に厳しいとも思えるけど、その底には計り知れない自信も窺わせる。

 この巻では自動車も登場し、優れた機動力を発揮するんだが、これに乗ったアラブ人ムトルグの態度が、実に遊牧民らしい。山ほど荷物を積んだ荷台に乗ったムトルグ、車がスピンした拍子に振り落とされてしまう。運転ミスを謝ろうとするドライバーに対し、ムトルグは…

「怒らないでください、まだこういったものの乗り方を知らないもので」

 馬や駱駝から振り落とされたら、それは乗り手が下手なわけで、同じ理屈を自動車にも適用してるらしい。その名残なのか、サウジアラビアの暴走族は凄まじく、少し前にはサウジドリフトなんて言葉も一部で流布したり(→Youtube)。そりゃ事故も増えるわ。

 中盤では、珍しい砂漠の冬の行軍となる。なんと雪も降り、道を覆い隠してしまう。んな所でも駱駝で通るんだから、駱駝も大変だ。おまけに欧州戦線の不利がこっちにも影響して、兵力を吸い取られてしまう。ばかりか、フィアサルと彼の父フサイン王の亀裂が大きくなり、事態は暗雲を漂わせる。その為かロレンスもウジウジと悩み…

 いまや私は、このような演技に対する賞賛という報いを受け取らねばならなくなった。真実に基づいて異を唱えると、すべて謙遜、卑下といわれ、むしろゆかしいものとされる。人は、いつもロマンチックな物語を信ずるものなのだ。
  ――第百十八章 誕生日

 などと考え込んでいる。

 旅程ではローマ時代の道路の名残や、さまざまな遺跡が出てきたり、この地方の歴史の古さを思わせる記述の多い第四巻だった。記事は最終の第五巻へと続く。

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