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2014年8月10日 (日)

T.E.ロレンス「完全版 知恵の七柱 1~5」東洋文庫 J.ウィルソン編 田隅恒生訳 4

 ヒジャーズとシリアの違いは、荒野と耕地の違いである。われわれの直面するのは性格の問題なのだ。遊牧民から町の住民への移行にはとどまらない。文明化するための知識ということだ。ワーディー・ムーサー村は、最初の農民新兵補充地だったが、こちらも農民にならないかぎり、われっわれの運動もそれ以上に進むのは無理と分かった。
  ――第r六十二章 シリアの入り口で より

「ここは私のテントのあったところで、あそこにはハムダーン・アッ・サイフがいました。私が寝るのに使ったあの乾いた石と、隣のタルファのをご覧ください。アッラーの慈悲があの女に恵まれんことを――彼女は、サムフの年に、スナイニーラートでバフ・アッダーに咬まれて死にました」
  ――第八十一章 サラーヒーン より

 T.E.ロレンス「完全版 知恵の七柱 1~5」東洋文庫 J.ウィルソン編 田隅恒生訳 3 から続く。

【感想は?】

 この記事は、第3巻を読み終えた時点での感想。

 第1巻は、大まかな背景状況と、ヒジャーズ地方(アラビア半島の紅海沿いの北方)のベドウィンを、メッカの名家の三男ファイサルを核に終結させる準備段階。第2巻は、頼りになる戦友アウダ・アブー・タイイと共に、アカバ要塞を落とすまでの前半のクライマックス。

 それに続く第3巻は、舞台をシリアへと移す。シリアと言っても、現在のシリアに加え、レバノン・イスラエル・パレスチナ・ヨルダンを含めた地域全般を示している。遊牧民(と山賊)が中心だったヒジャーズから、定着した農民が増えるシリアへ。補給地としてアカバが使えるようになった事もあり、ロレンスもファイサルも、ポジションや戦略が変わってくる。

 今でも内戦で騒がしいシリアやレバノンの内情が窺えるのが、「第r六十二章 シリアの入り口で」「第六十三章 シリアの町」「第六十四章 シリアの政治」。ここを読むと、シリアやレバノンが、一つの国として成立してる事自体が奇跡のように思えてくる。

 シリアの定住部には土地固有の政治組織として村落より大きなものはなく、またシリアの族長制下の部分には各指導者のもとに置かれた氏族より複雑なものはない。こういった単位は非公式、任意的なもので、はっきりと現れた世論をゆっくり固めてゆくことによってのみ、資格のある家系から選ばれたものがその長につく。
  ――第六十四章 シリアの政治

 ここで紹介される各民族・部族・宗派は実に様々で、かつそれぞれに対立しているからしょうもない。大雑把に分ければキリスト教徒・イスラーム教徒・ユダヤ教徒なんだが、例えば…

 イスラームに属するヤズィード派(→Wikipedia)は「キリスト教徒、イスラーム教徒、そしてユダヤ教徒の啓示宗教の民は、ヤズィード派に唾棄するときのみ、団結する」。やはりイスラームのドルーズ派(→Wikipedia)も「イスラーム信者のアラブには嫌われ、代わりに彼らを軽蔑する」。

 これはキリスト教徒も同じで。現レバノンあたりのキリスト教徒マロン派とギリシア正教徒は「両教会の軋轢のもつれを解きほぐすのは至難のわざだ」「イスラーム教徒とその信仰を無際限に誹謗する点で一致する」。

 町案内のエルサレムの項は、なかなか奇妙だ。

町の住民はごくまれな例外を別にするとホテルの従業員として個性を持たず、一過性の訪問者のおかげで生活している。アラブ人とその民族意識の問題は、彼らにとってはきわめて迂遠な話である。

 つまり当事の住民の生業は旅行客相手の商売が中心で、そこそこ仲良く暮してた様子。

 続く「第六十五章 ゲリラ戦」は、タイトルどおりゲリラ戦、特に砂漠での戦いの教科書。「地勢や戦略地図や一定の方向性や固定点を願慮しないことなどにおいて、海戦のようなものだ」と、ロンメルみたいな事を言ってる。基本的な戦術は「攻撃してすぐ逃げる」、つまりヒット・エンド・ラン。

 ただ、元が訓練された兵じゃないわけで、統率はなかなか大変。第2巻でも重要な目標を前に、美味しそうな獲物を目の前にしたベドウィンをアウダが抑えるのに苦労してた場面があったけど、ここでは列車の襲撃が成功した時の興奮の描写がなかなか。

アラブたちは狂乱状態で、喚き立て、空中に銃を発射し、互いに相手を必死で掴み、頭に何もつけず半裸になって全速力で駆けずり回る。

 名声上がるロレンスの元には様々な訴えが殺到し、裁判官の役割まで押し付けられる。「武器を用いた襲撃が十二件、駱駝の盗み四件、結婚一件、窃盗二件、離婚一件、恨みによる不和十二件、凶眼の難二件、妖術一件にのぼった」。いや凶眼だの妖術だのをどう裁けとw

 列車襲撃の実入りの良さはアラブ人に大好評で、手が回らないロレンスは弟子を育て始める。これまた噂を呼んで、しまいにゃ盟友ファイサルにケッタイな手紙が届く始末。曰く「列車を爆破しますので、ルランス(ロレンスのアラビア語訛り)を一本お送り願いたく存じます」。ロレンスも調子に乗り、ダマスカスの市庁舎に予告状を貼り付け脅しに使う。

 とまれ、所詮はゲリラ戦。敵に打撃を与えることはできても、拠点は維持できない。この巻のロレンスは、カイロの英軍との兼ね合いで、そのあたりに苦悶している。

町を急襲して攻め落とし、そして撤収したのでは、地域のちっぱな百姓すべてをおそるべき大虐殺に巻き込んでしまう。

 ゲリラが撤退した後、やってきたトルコ軍が、定住している住民を腹いせに虐殺するだろう、そういう予測だ。今までは遊牧民だけを考えればよかったロレンスが、次第に定住民の事も配慮せにゃならん立場になってくる。この移り変わりが象徴的に出てるのが、「第八十一章 サラーヒーン」。

…アサドの墓参りがあった。これは氏族の始祖といわれている人物で、アンナードの埋葬地の近くで飾りのある墓に眠っている。バニ・サフル族は、聖跡とか聖樹とか先祖の祠堂といった村落的迷信の産物でみずからを装うことができるほど、すでに定住セム族となっているのだ。

 決まった所に墓があるってのは、定住民の証拠なんだなあ。などと思いつつ、何度かの列車襲撃の失敗と成功の後、一部の女性が注目する事件を経て、物語はシリア作戦へと続いてゆく

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