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2014年8月 7日 (木)

T.E.ロレンス「完全版 知恵の七柱 1~5」東洋文庫 J.ウィルソン編 田隅恒生訳 2

一対一のアラブ人は立派なもので、単位が小さいほど成果はあがる。一千名の兵力は暴徒にすぎず、よく訓練された軍隊の一個中隊にも敵うまい。しかし勝手知った山の中にいる彼らの三、四人は、トルコ兵一ダースを倒せるだろう。

 T.E.ロレンス「完全版 知恵の七柱 1~5」東洋文庫 J.ウィルソン編 田隅恒生訳 1 から続く。

【感想は?】

 今の所、第2巻の途中までしか読んでいないのだが、そこまでの感想だと。

 まるで「スターウォーズ エピソード6 ジェダイの帰還」じゃないか!

 「知恵の七柱」なんて意味深な書名、出版は教養の薫り高い東洋文庫、しかも最初の出版が1926年と90年近く前。いかにも堅苦しく重厚な雰囲気があるが。

 読み始めると、全然違う。荒々しいアラビアのヒジャーズ地方(アラビア半島の紅海沿岸の北部)の地形と気候、そこに生きるベドウィンをはじめとするアラブ人たちの逞しい生活と複雑な社会、そして君臨するオスマン帝国とチョッカイを出そうとするイギリス・フランスの思惑。

 などを背景に、英国陸軍ロレンス大尉と、彼と共に行動するアラブの戦士たちが、砂塵を撒きたてて疾走する、異郷での起伏に富む痛快な冒険旅行の物語だ。

 確かに多少、とっつきにくい部分はある。特に第1巻は、長ったらしい「訳者前書き」「編者序文」がつく。その内容は、本書の出版経緯を研究者やマニア向けに詳しく解説したものだ。この本を資料として読むなら重要な事柄なんだろうが、読み物として楽しむには、正直言ってじれったい。

 著者ロレンスも、同時代の知識人を読者に想定しているらしく、当事の世界情勢や有名人の名は了解しているという前提で話を進めてゆく。だから、何も知らない人は、予め第一次世界大戦当事の中東情勢を調べておくといい(→Wikipediaのアラブ反乱)。

 どうも T.E,ロレンス には熱狂的なファンや研究者が多く、皆さん相当の知識を持っている。そのため、ロレンスの話になると、当事の第一次大戦の各国の思惑などの背景事情は常識の範疇であり、改めて語る必要はない、そういう雰囲気らしい。だから聖典に該当する本書でも、大きな背景事情は省略して、いきなり細かい話が出てきてしまう。

 お陰で私のような無教養な者にとっては、いささか近寄りがたい雰囲気が出来上がっている。とまれ、この完全版で追加されたロレンス自身の筆による「序説」はありがたい。当事のアラブ・トルコ・イギリスの事情を、わかりやすく解説してくれてる。

 が、しかし。読みはじめると、ナニやら高尚な見かけと裏腹に、異郷での冒険旅行の物語だったりするのだ。旅に出て、仲間と出会い、強大な敵に戦いを挑む。まるきしワンピースだ。

 スターウォーズと対比させると。トルコは帝国、イギリスは同盟軍。アカバ要塞はデススター、ヒジャーズ地方は惑星エンドア、イウォークはアラブ人、そしてハン・ソロがロレンス。おお、ピッタリじゃないか。などと悦にいってたら、なんのことはない。スターウォーズは映画「アラビアのロレンス」に影響を受けてるとか。

 「ジェダイの帰還」との違いは、ヒジャーズ地方とそこに住む人について、とても詳しく細かいこと。ロレンスは経験豊かな旅人で、しかも充分な教養も持っていて、かつアラビア語にも通じている。だから、地形を見ただけで、その成り立ちがわかるし、それぞれの部族についても系譜や生活様式を詳しく聞きだす。文化人類学的にも優れた資料だろう。

 砂漠は不毛の地、ほしい人が勝手に占有できるものと思われがちだが、実際にはどの丘や谷にも持ち主と認められた者がいて、侵害されればたちまち自分の家族や氏族の権利を主張する。井戸や立ち木にも所有権があり、人が必要とするかぎり、前者から水を飲み後者から薪をとることは自由にさせるが、それを使って利益を得るとか、他人同士で私的な利得のためにこうした資産やその産物を利用しようとすれば、即座に阻止する。

 当事の英国の「教養」で驚いたのが、ロレンスの読書歴。第十九章で軽く挙げているんだが、クラウゼヴィッツ(→Wikipedia),マハン(→Wikipedia),ジョミニ(→Wikipedia),フォシュ(→Wikipedia)と続き…

ナポレオンの作戦をもてあそび、ハンニバルの戦術を勉強し、ベリサリウスの戦ったあとも辿ってもみた。それはオクスフォードでは誰もがやっていたこと

 …と来る。ホンマかいな。現代の東大や京大で、どれだけの人が、こんな勉強をしているんだろう。今の日本じゃ防衛大学ぐらいじゃなかろか。まあいい。そ んな物騒な教養を身につけたロレンスは、この巻で運命の出会いを果たす。メッカのシャリーフのフサイン・ブン・アリーの三男、ファイサルだ。

 互いにいがみ合う諸部族をまとめあげるに相応しい血筋と統率力、軍を率い作戦を決行するに足る頭脳と行動力、加えて「アラブの反乱」という壮大な幻想に向かってゆくだけの熱気。彼が優れた調停者であり、ぬかりなく将来に備ええいる様子が、「第二十一章 野営地の日常」で描かれる。

地元のシャイフを呼び出しては、地域の話や部族、家系の歴史を語らせるのを好んだ。あるいは、部族の詩人に彼らのいくさ噺――一族の過去の頌詩、一族の心情、多くの世代の努力であらたに加えられた一族のできごとなどを長い、伝統的な洋式で綴ったもの――を歌わせた。(略)私は、ヒジャーズ地方の人脈や派閥についてはその多くを彼自身の口から学んだのである。

 おらが村の成り立ちや我が家の家系について、聖地メッカの名家の坊ちゃんがご興味をお持ちと聞けば、そりゃ得々と語りたくなるだろう。地元の有力部族の名誉欲を満足させて自分に好感を抱かせつつ、将来の自分の支持者となる者の情報も仕入れる用意周到さ。

 当時は30代前半と若いながらも、抜け目なく着実に将来を見据えて地盤を固めてゆく政治家の姿が見える。ファイサルの熱気はヒジャーズの民へと伝染し、壮大な蜃気楼を生み出してゆく。

「私たちはもう遊牧民(アラブ)ではなくて、ひとつの国民なんですねえ」

 何気ない言葉だが、現代の中東問題の原点がここにある。

 そんなファイサルと出会い、彼の元で各部族の情報を仕入れ、彼らアラブの民と行動を共にするロレンスの中で、先の物騒な教養を素地に、(当時は)斬新な軍事戦略が次第に浮かび上がり…。これもまた、やがて毛沢東やチェ・ゲバラを介してタリバンまで続く、現代の重要な軍事戦略の基礎となるものだ。

 じっくりと書き込まれた風景とアラブ人が、活発に動き出すのは次の巻から。冒険の旅は始まったばかりだ。

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