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2014年8月28日 (木)

SFマガジン2014年10月号

「音楽ってのは、聴き手の想像力に女神の手が触れることであってさ、それが人の心を揺り動かしてくれるわけだ。で、心が動いちゃうから、人だって動いちゃうし、変えられちゃう」
  ――オオキシタケヒコ「サイレンの呪文」

 280頁の標準サイズ。ディック「ユービック」文庫本を持つ美女の写真という、大胆な表紙。どうでもいいけど女性誌っぽく色調整してるのかな←知らんがな

 今月は「いまこそ、PKD」としてフィリップ・K・ディックの特集。小説は特集のディック「地図にない町」ほか、吉上亮の PSUCHO-PASS LEGEND「レストラン・ド・カンパーニュ」、谷甲州の新・航空宇宙軍史「ジュピター・サーカス」、円上塔「エピローグ<6>」、オキシタケヒコ「サイレンの呪文」。

 特集「いまこそ、PKD」はPKD総選挙選抜メンバー全紹介から。私が一番好きな「スキャナー・ダークリー」(暗闇のスキャナー)がいい位置につけてて意外なかんじ。ディックの作品の中では自伝的要素が強くて、特異な作品なんだけど、人気あるんだなあ。短編では「くずれてしまえ」に投票してる人がいて、ちょっと嬉しい。さすがに「おお、ブローベルになろう」は入ってないか。

 コラムは添野知生「追憶売ります リコールからリコールまでハリウッドのディック熱」が興味深かった。ディックはやたら映画化されるんだけど、その謎が解けたような気がする。表紙モデルの西田藍も寄稿してて、これが自らの過去に正面から向き合い、血を吐きながら書いたようなSF者の魂を揺さぶる迫力ある文章。

 「地図にない町」大森望訳。駅の切符売り場に、疲れた小柄な男がやってきた。「通勤定期をください、メイコン・ハイツまで」だが、そんな駅はない。出札係のエド・ジェイコブソンは断るが、男は「おれはメイコン・ハイツに住んで毎晩帰っている」と譲らない。仕方なく路線図を男に見せると…

 1952年発表だから、初期の作品だろう。ディックらしく、現実が次第に崩れてゆく感覚が味わえる。クルマ社会のアメリカで「通勤定期」ってのを、ちょっと意外に感じたけど、当事のディックはサンフランシスコに住んでたらしいと Wikipedia で調べて少し納得。あの辺は西海岸には珍しく公共交通機関がソコソコ発達してるから。

 つか、これ書いてて気付いたんだけど、作家の特集するなら、年表もつけましょうよ、編集さん。

 吉上亮「レストラン・ド・カンパーニュ」。新入り執行官の縢秀星は、ベテラン執行官の征陸智己・二課の監視官の青柳璃彩と共に捜査の途中、洋食店カンパーニュに立ち寄る。遺伝子組み換えの万能大麦を調理する機械オートサーバに、異物を混入する事件があり、その関係で、天然素材を扱う店に寄ったのだ。

 うっかり空きっ腹で読むと、無性にハンバーグが食べたくなる危険な作品。達人の技を記録する技術は、前世紀あたりから次第に発達してきて、例えば音楽だと1920年代の演奏も録音が残ってたりする。けど料理は腹の中に消えていくもの。レシピは書けるけど、包丁さばきや素材の目利きなどを残すのは難しい。それでも素材ごとに基本的な扱いを覚えれば、そこそこ応用が利いたりするんだけど、この物語の背景じゃ肝心の素材が手に入りにくいって状況があって。自分で買い物して調理する人なら、頷く場面が多い作品。

 谷甲州「ジュピター・サーカス」。篠崎中尉が操縦する特設監視挺JC-5は、木星の大気圏の上層部を飛んでいた。未登録で正体不明の飛行体を追っているのだ。目標は木星大気を減速に使うつもりらしく、軌道を辿っても、発信地や目的地を予測できない。

 映画「2010年宇宙の旅」で描かれた、木星大気による減速の模様をじっくり書き込んだ作品。今までの航空宇宙軍史でも、何回か宇宙船どうしの戦いが描かれてきたけど、多くは大気がなく広大な宇宙空間を舞台にした戦いだった。ここでは、木星のぶ厚い大気と強い重力により、距離や相対速度などの条件が大きく変わっているのが特徴。

 円上塔「エピローグ<6>」。今回の主人公は、連続?殺人事件を追う刑事クラビト。舞台はペリスフィア。ここではブロックごとに各企業が無数の現実を提供する。今のクラビトは百の目と七本の首がある。だが別のブロックに行けば別の姿になるだろう。

 移動する度に姿が変わるってのは、面白いような怖いような。体に合わせて意識も変わるなら、それなりに面白いかもしれない。相変わらずお話はこんがらがるばかりで、「被害者が殺されなかったことによりこの殺人事件は迷宮入りを果たす」とか、因果は混乱するばかり。つかクラビト、奥さんがいたのか。

 オキシタケヒコ「サイレンの呪文」。「エコーの中でもう一度」「亡霊と天使のビート」に続く武佐音研シリーズ。所長の佐敷裕一郎は、両手両足を縛られ応接間に転がされていた。その前にいる覆面をした二人の男が、佐敷に尋ねる。「<青い海>はどこにある」

 ネット上に一瞬だけ存在した、不思議な力を持つ曲<青い海>をめぐる、所長の佐敷裕一郎とエンジニアの武藤富士伸の若き日の秘話。不思議な力を持つ音楽として有名なのは、これ(→Youtube)でしょう。聞くとカレーを食べたくなるとか。つか所長、若い頃はスマートだったのか。

 長山靖生「SFのある文学誌」は第34回、「予告された未来――それぞれの明治23年」。明治14年に政府は十年後の国会開設を約束する。このため、当時は10年後の変化を予測して、多くの空想小説が出た、という話。同じテーマの未来予測小説が一気に出るってのは、現代じゃ滅多にない話。過去の戦争をネたにした仮想戦記が流行るより、未来に思いを馳せる方が健全だって気もする。

 飯田一史「エンタメSF・ファンタジイの構造」。売れる作品を研究するこの連載、今回は山田悠介がテーマ。若い読者にはウケるが、他の層には叩かれまくる彼の戦略を分析してゆく。市場を絞り、それ以外の層から何を言われても気にしない割り切りが、秘訣の一つ。確かに99%から嫌われても1%にウケればベストセラーになるんだよなあ。

 とはいうものの、彼が狙う市場で、ちゃんと売れる作品を書くのは、凄く難しい。ニーズを充分に把握し、読みやすく親しみやすい文章にして、 冒頭から強烈に読者を惹きつける構成を取り、かつ市場に広く宣伝して、買いやすく商品を届ける。これを戦略的にやったんだとしたら、とても優れたプロデュース能力だ。

 鹿野司「サはサイエンスのサ」、最近の噂のビッグデータに絡めた、販売戦略と詐欺の話。「いつもと違う場所から Facebook にログインしましたか?」と書いてある詐欺メールの話が怖い。そういえば、Google が出してる広告で「PCのパフォーマンスが低下しています」なんてのが出たこともあった(→Yahoo!知恵袋、→教えて!goo)。

 関係ないけど詐欺メールで有名な「主人がオオアリクイに殺されて1年が過ぎました」。あれ、ちゃんと意味があるというのを「あんちべ!」の『なぜ「主人がオオアリクイに殺されて1年が過ぎました」なのか?』で考察してる。そうだったのかあ。

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