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2014年8月17日 (日)

藤井大洋「オービタル・クラウド」早川書房

 ΔV=ωln(M0/MT)

【どんな本?】

 Gene Mapper で鮮烈なデビューを飾った日本SF界の新鋭、藤井大洋による待望の新作。近未来を舞台に、低軌道上に遺棄された、三段ロケットの二段目<サフィール3>の、常識を覆す軌道変化をきっかけに起こる、全地球規模のテロを主軸に、ロケットやコンピュータなど先端技術の技術屋が置かれている状況や、それぞれのお国柄を浮き彫りにする、国際的なテクノ・スリラー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2014年2月25日発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約467頁。9ポイント45字×21行×467頁=約441,315字、400字詰め原稿用紙で約1104枚。文庫本なら二冊分ぐらいの容量。

 文章は比較的にこなれている。内要は、コテコテの技術・工学SF。近未来を舞台にしているだけあって、エイリアンや超光速航行は出てこないが、現在実用化されている、または実用化されはじめている技術やアイデアを、ふんだんにブチ込んである。

【どんな話?】

 木村和海は、渋谷の共用オフィス<フールズ・ランチャー>で、有料WEBサービス<メテオ・ニュース>を運営している。アメリカ戦略軍が提供する、軌道上の物体の運動を示すTLE(二行軌道要素)を元に、落下するスペース・デブリの軌道を予測し、流れ星を予測するサービスだ。今の目玉商品は地上250kmを漂うサフィール3、三段ロケットの遺棄された2段目だ。

 そのサフィール3の軌道が微妙にいおかしい。高度が上がり、軌道傾斜角も変わった。お陰で熱心な利用者から苦情も入ってくる。しかし、一体なぜ、遺棄されたロケットの残骸が軌道を変えたのか。

【感想は?】

 濃いわー。惜しげもなく、美味しいガジェットやアイデアを次々とブチ込んでる。英語に翻訳したらローカス賞を取れるんじゃないだろうか。

 実は冒頭で一瞬、不安になったのだ。既に推進剤を使い切ったロケットの残骸が、どうやって高度を上げる? その運動エネルギーを、どこからどうやって得る? 実は、それこそが、この小説のキモ。読み終えると、次々と妄想が膨らむ面白いアイデアが核になっている。このアイデアの利用方法のコンテストとか、やらないかなあ。

 こういった科学・工学のアイデアが次から次へと出て来るんだが、お話の構成がテクノ・スリラーで、トリックがお話を引っぱる大きな牽引力になっているため、重要なネタバレになってしまう。ここじゃほとんど紹介できないのが悔しい。

 その多くは意外であると同時に、微妙に今の風潮を反映してるのが、詳しい人には更に美味しいところ。オーディオ・マニアの妙なクセとか。その昔は「CDの色で音が変わる」なんて伝説もあって、オーディオ雑誌が真面目に検証記事を出したり。翻訳のネタは、知ってる人なら悶絶するトリック。そうくるかー。

 などのガジェットを語れないのは悔しいが、この作品の魅力はそれだけじゃない。技術屋の心にビシビシ響く場面が、アチコチにあるのだ。

 例えば、会議の場面。よほど恵まれた環境でない限り、ダラダラと続く定例会議んい、ウンザリしている人は多いだろう。「なんで俺がこんな会議に出なきゃいけないんだ?後でメールで議事録寄越せばいいじゃん」と思う事もしばしば。そもそも、議題すらハッキリしなかったりする。

 そういう環境にいる人にとっては、ヨダレが出て止まらない場面がアチコチにある。クリスがホワイトボードを使う場面とかは、著者の経験の賜物なんだろうなあ。

 技術屋と決定権を持つ者の関係も、泣かされる場面が色々とあって。この本では、冒頭でイランの研究者が出てくる。次に日本、そしてアメリカへと繋がってゆく。それぞれの国が、研究・開発に携わる者をどう遇するか。たった今、日本でもちょっとした社会問題になっているけど、その根本には、こういう風土があったり。

 と同時に、その原因を風土や文化だけに押し付けないのも、著者の厳しい所。いやねえ、私にもわかるのよ、思い切って飛び立てない犯人や和海の気持ちが。そういった彼らのとまどいを、一気に吹き飛ばそうとするクリスの考え方も、「やっぱりアメリカだなあ」と思ってしまう。

 クリスとは別のアメリカを代表しているのが、IT長者ロニー・スマークとオジー・カニンガムの関係。つまりは起業のしくみなんだけど、アメリカは起業に関してやたらと積極的な側面があって。Apple のデベロッパー(開発者)・カンファレンスでも、「いかに投資家に売り込むか」なんてセミナーがあったりする。

 「会社を創る」のが当たり前だし、資産家がそれに出資するのも当たり前な社会なんだな、アメリカは。これが日本だと、まず銀行に行ったり地元の商工会議所に相談したり、なんか面倒くさそうな部分がある。巧く行政の支援を得られれば、逆に楽なんだろうけど。こういう、金融業だけに頼らない資金調達が発達してるのが、アメリカの強い所なのかも。

 と同時に、アメリカのしょうもない所も、オジー・カニンガムが代表してたり。魚ぐらい食えよw

 ってなお堅い話とは別に、新旧世代の戦闘機が活躍する場面も、この小説の読みどころ。ええ、F-15イーグル vs F-22 ラプター。F-15 も旧式と言われちゃいるが、日本語版 Wikipedia に「2014年現在までに空中戦における被撃墜記録は無い」なんて書かれているツワモノ。おまけに1975年の…。もちろん、ラプターにも見せ場があって。

 現代のホットな工学・技術のアイデアをこれでもかと盛り込むと同時に、その現場の空気や、そこにいる者の想いまで掬い取った上で、お国柄までも盛り込んだ、今最も贅沢なSF小説かもしれない。

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