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2014年8月の17件の記事

2014年8月31日 (日)

園池公毅「トコトンやさしい光合成の本」日刊工業新聞社B&Tブックス

植物の葉に、カメラのフラッシュのようなごく短い光を1回あてても光合成による酸素発生は起こらないのです。実験の条件を工夫してフラッシュを何回か続けてあてると、フラッシュ4回ごとに酸素が出てくることを観察できます。
  ――第5章 光合成の仕組み 34.酸素発生の仕組み

【どんな本?】

 光合成という言葉は、みんな知っている。葉緑素が、水と二酸化炭素と光を元に、酸素とデンプンを作る作用だ。「植物にはそういう働きがある」のは分かるが、なぜそんな事ができるんだろう? 植物の中では、何が起きているんだろう? 水と二酸化炭素と日光から酸素と炭水化物を作れるのなら、人工的に酸素工場や炭水化物工場ができてもよさそうなのに、今でもジャガイモは畑で作っている。何が難しくて産業化・工業化できないんだろうか?

 科学・工学・産業系のトピックを、その道の第一人者が、一般向けに親しみやすく解説する、日刊工業新聞社の「今日からモノ知りシリーズ」のひとつ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2012年12月25日初版1刷発行。単行本ソフトカバー縦2段組で本文約144頁。8.5ポイント24字×17行×2段×144頁=約117,504字、400字詰め原稿用紙で約294枚。小説なら中編の容量だが、イラストや図表を豊富に使っているので、実際の文字数は半分ぐらい。

 文章は比較的に読みやすい。全般的に素人向けに書かれた内容だが、本書のハイライトである「第5章 光合成の仕組み」は、かなり手こずる。必要なのは、生物学より化学の素養で、特に酸化(→Wikipedia)と還元(→Wikipedia)がポイントになる。

 このシリーズの特徴は、知識と経験が豊富な、その道の一人者が著す点だ。反面、ド素人向けの著述は不慣れな人が多い。著者の長所を引き出し短所を補うため、編集・レイアウト面で徹底的な配慮をしている。以下は、シリーズ全体を通した特徴。

  • 各記事は見開きの2頁で独立・完結しており、読者は気になった記事だけを拾い読みできる。
  • 各記事のレイアウトは固定し、見開きの左頁はイラストや図表、右頁に文章をおく。
  • 文字はゴチック体で、ポップな印象にする。
  • 二段組みにして一行の文字数を減らし、とっつきやすい雰囲気を出す。
  • 文章は「です・ます」調で、親しみやすい文体にする。
  • 右頁の下に「要点BOX」として3行の「まとめ」を入れる。
  • カラフルな2色刷り。
  • 当然、文章は縦組み。横組みだと専門書っぽくて近寄りがたい。
  • 章の合間に1頁の雑学的なコラムを入れ、読者の息抜きを促す。

【構成は?】

第1章 光合成をする生き物
第2章 光合成を見つけた人々
第3章 光を集める色素
第4章 光合成を理解するために
第5章 光合成の仕組み
第6章 光合成が作った地球
第7章 農業と光合成
第8章 人工光合成を目指して
第9章 光合成と私たちの未来
 参考文献/人物紹介/索引

 ヤマ場は「第5章 光合成の仕組み」。仮にこの章がわからなくても、以後の章は充分に楽しめるので、イザとなったら読み飛ばしてもいい。

【感想は?】

 光合成。水と二酸化炭素と光で、葉緑素が酸素と炭水化物を作る。その働きは誰でも知っている。

 けど、その仕組みはどうなのか。酸素と炭水化物を、水と二酸化炭素にするのは簡単そうだけど、その逆は難しいんじゃなかろか。なんでそんな苦労の多そうな真似をするのか。仕組みも、やたらと難しそうだ。

 と思って読んだら、やっぱり難しかった。最終的には量子力学が絡んでるっぽいし。そもそも光合成ったって、幾つか種類がある由が第1章で明かされる。ここに出ているのは四つで、紅色光合成細菌・緑色硫黄細菌・シアノバクテリア(→Wikipedia)・陸上植物。うち酸素を出すのはシアノバクテリアと陸上植物。

 鍵はシアノバクテリアで、これが葉緑体(クロロフィル)の祖先らしい。かつてミトコンドリアを取り込んだように、単細胞生物がシアノバクテリアを取り込んだ。やがてシアノバクテリアは葉緑体に変化し、藻類になった、そういう説が主流だとか。

 シアノバクテリアの取り込みは、生物の歴史で一回こっきり。でも、「共生の結果生まれた葉緑体を持つ藻類をさらに共生させるという二次的な共生は何度も起こりました」。というわけで、葉緑体にも多くの種類があるそうな。

 肝心の光合成に深く関わっているのが、ATP(→Wikipedia)。アデノシンにリン酸が三つくっついたモノ。リン酸が1個外れるとADPに変わり、エネルギーを放出する。このエネルギーが「ちょうど細胞内のさまざまな反応を進めるのに必要なエネルギー程度の大きさ」なんで、便利に使われてる。

 ただしATPはデカい。「人間が一日に使うエネルギーをATPの形で持とうとすると、体重とおなじぐらいのATPが必要」なんで、「糖や脂質の形で体に貯めます」。で、「植物は光合成によってATPを合成する」。だから植物の成長にはリン酸が必要なのかあ。

 できたATPは葉緑体内で更にデンプンに変わるけど、デンプンは水に溶けない。それじゃ他の所、例えば根に持っていけないんで、いったん糖に分解して運ぶ。糖をらせん状に繋げたのがデンプン、一直線に繋げたのがセルロース。

だから甘いもの=糖は分子が小さくて分解しやすく、虫歯になりやすいのかあ。で、輸送中の糖を横取りすればメイプル・シロップが採れるし、根に貯めれば太ったサツマイモになる。または一直線につなげればセルロースになって硬い幹になる。なんかわかったような気になるなあ。

 などと第5章は歯ごたえがあるが、これを越えるとSFっぽい話も出てくる。

 例えば光合成の読み方。植物の話だと「こうごうせい」と読むけど、「ひかりごうせい」と読む場合もある。光をエネルギーに変える産業のライバルは、今の所は太陽電池。単純にエネルギー変換効率で言うと、1mあたり太陽電池は150W、光合成は24W。効率で考えると、勝負にならない。

 けど「ひかりごうせい」つまり光触媒だと、話は別。つまり、人工的に改造した、または創った葉緑体で、物質を作り出す、または分解するシロモノなら、有望だとか。臭い消しとか。

 ちょっと違うけど、油脂つまり石油に代わる藻を作る研究もある。「中には乾燥重量の7割もの油を細胞に貯めこむものがみつかりました」が、「よく油を貯めるものは生育が遅い傾向」があるのが悩み。でもやっぱり、今の所のネックはコスト。

 第9章では砂漠の緑化から火星の緑化まで扱ってて、なかなか心躍る部分。実は砂漠の緑化ったって、木を植えるだけじゃダメで。まずシアノバクテリアで表面に薄い皮を作り、砂を動かなくすると同時に、空中の窒素を土中に取り込む。次にコケが侵入し、最後に草や木が生える。辛抱強くやる必要があるとか。

 で、これで温暖化ガスが減るかというと、実は話はそう単純じゃない。確かに植物がない所に植物が生えると、空中の二酸化炭素はセルロースに変わる。でも、既に森や林になってる所だと、枯れた木や草のセルロースは、空中に戻ってゆく。緑化の進行中は大気中の二酸化炭素が減るけど、緑化しちゃったら終始はトントンになっちゃう。うーん。

 などと、分子中の電子の動きなどミクロな話から、生物の進化の話、果ては地球の環境から火星のテラフォームまで、内容もスケールもバラエティ豊かな話題が詰まった本だった。ただ第5章をあまり理解できなかったのが悔しい。もう少し化学の基礎を身につけてから再挑戦しよう。

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2014年8月28日 (木)

SFマガジン2014年10月号

「音楽ってのは、聴き手の想像力に女神の手が触れることであってさ、それが人の心を揺り動かしてくれるわけだ。で、心が動いちゃうから、人だって動いちゃうし、変えられちゃう」
  ――オオキシタケヒコ「サイレンの呪文」

 280頁の標準サイズ。ディック「ユービック」文庫本を持つ美女の写真という、大胆な表紙。どうでもいいけど女性誌っぽく色調整してるのかな←知らんがな

 今月は「いまこそ、PKD」としてフィリップ・K・ディックの特集。小説は特集のディック「地図にない町」ほか、吉上亮の PSUCHO-PASS LEGEND「レストラン・ド・カンパーニュ」、谷甲州の新・航空宇宙軍史「ジュピター・サーカス」、円上塔「エピローグ<6>」、オキシタケヒコ「サイレンの呪文」。

 特集「いまこそ、PKD」はPKD総選挙選抜メンバー全紹介から。私が一番好きな「スキャナー・ダークリー」(暗闇のスキャナー)がいい位置につけてて意外なかんじ。ディックの作品の中では自伝的要素が強くて、特異な作品なんだけど、人気あるんだなあ。短編では「くずれてしまえ」に投票してる人がいて、ちょっと嬉しい。さすがに「おお、ブローベルになろう」は入ってないか。

 コラムは添野知生「追憶売ります リコールからリコールまでハリウッドのディック熱」が興味深かった。ディックはやたら映画化されるんだけど、その謎が解けたような気がする。表紙モデルの西田藍も寄稿してて、これが自らの過去に正面から向き合い、血を吐きながら書いたようなSF者の魂を揺さぶる迫力ある文章。

 「地図にない町」大森望訳。駅の切符売り場に、疲れた小柄な男がやってきた。「通勤定期をください、メイコン・ハイツまで」だが、そんな駅はない。出札係のエド・ジェイコブソンは断るが、男は「おれはメイコン・ハイツに住んで毎晩帰っている」と譲らない。仕方なく路線図を男に見せると…

 1952年発表だから、初期の作品だろう。ディックらしく、現実が次第に崩れてゆく感覚が味わえる。クルマ社会のアメリカで「通勤定期」ってのを、ちょっと意外に感じたけど、当事のディックはサンフランシスコに住んでたらしいと Wikipedia で調べて少し納得。あの辺は西海岸には珍しく公共交通機関がソコソコ発達してるから。

 つか、これ書いてて気付いたんだけど、作家の特集するなら、年表もつけましょうよ、編集さん。

 吉上亮「レストラン・ド・カンパーニュ」。新入り執行官の縢秀星は、ベテラン執行官の征陸智己・二課の監視官の青柳璃彩と共に捜査の途中、洋食店カンパーニュに立ち寄る。遺伝子組み換えの万能大麦を調理する機械オートサーバに、異物を混入する事件があり、その関係で、天然素材を扱う店に寄ったのだ。

 うっかり空きっ腹で読むと、無性にハンバーグが食べたくなる危険な作品。達人の技を記録する技術は、前世紀あたりから次第に発達してきて、例えば音楽だと1920年代の演奏も録音が残ってたりする。けど料理は腹の中に消えていくもの。レシピは書けるけど、包丁さばきや素材の目利きなどを残すのは難しい。それでも素材ごとに基本的な扱いを覚えれば、そこそこ応用が利いたりするんだけど、この物語の背景じゃ肝心の素材が手に入りにくいって状況があって。自分で買い物して調理する人なら、頷く場面が多い作品。

 谷甲州「ジュピター・サーカス」。篠崎中尉が操縦する特設監視挺JC-5は、木星の大気圏の上層部を飛んでいた。未登録で正体不明の飛行体を追っているのだ。目標は木星大気を減速に使うつもりらしく、軌道を辿っても、発信地や目的地を予測できない。

 映画「2010年宇宙の旅」で描かれた、木星大気による減速の模様をじっくり書き込んだ作品。今までの航空宇宙軍史でも、何回か宇宙船どうしの戦いが描かれてきたけど、多くは大気がなく広大な宇宙空間を舞台にした戦いだった。ここでは、木星のぶ厚い大気と強い重力により、距離や相対速度などの条件が大きく変わっているのが特徴。

 円上塔「エピローグ<6>」。今回の主人公は、連続?殺人事件を追う刑事クラビト。舞台はペリスフィア。ここではブロックごとに各企業が無数の現実を提供する。今のクラビトは百の目と七本の首がある。だが別のブロックに行けば別の姿になるだろう。

 移動する度に姿が変わるってのは、面白いような怖いような。体に合わせて意識も変わるなら、それなりに面白いかもしれない。相変わらずお話はこんがらがるばかりで、「被害者が殺されなかったことによりこの殺人事件は迷宮入りを果たす」とか、因果は混乱するばかり。つかクラビト、奥さんがいたのか。

 オキシタケヒコ「サイレンの呪文」。「エコーの中でもう一度」「亡霊と天使のビート」に続く武佐音研シリーズ。所長の佐敷裕一郎は、両手両足を縛られ応接間に転がされていた。その前にいる覆面をした二人の男が、佐敷に尋ねる。「<青い海>はどこにある」

 ネット上に一瞬だけ存在した、不思議な力を持つ曲<青い海>をめぐる、所長の佐敷裕一郎とエンジニアの武藤富士伸の若き日の秘話。不思議な力を持つ音楽として有名なのは、これ(→Youtube)でしょう。聞くとカレーを食べたくなるとか。つか所長、若い頃はスマートだったのか。

 長山靖生「SFのある文学誌」は第34回、「予告された未来――それぞれの明治23年」。明治14年に政府は十年後の国会開設を約束する。このため、当時は10年後の変化を予測して、多くの空想小説が出た、という話。同じテーマの未来予測小説が一気に出るってのは、現代じゃ滅多にない話。過去の戦争をネたにした仮想戦記が流行るより、未来に思いを馳せる方が健全だって気もする。

 飯田一史「エンタメSF・ファンタジイの構造」。売れる作品を研究するこの連載、今回は山田悠介がテーマ。若い読者にはウケるが、他の層には叩かれまくる彼の戦略を分析してゆく。市場を絞り、それ以外の層から何を言われても気にしない割り切りが、秘訣の一つ。確かに99%から嫌われても1%にウケればベストセラーになるんだよなあ。

 とはいうものの、彼が狙う市場で、ちゃんと売れる作品を書くのは、凄く難しい。ニーズを充分に把握し、読みやすく親しみやすい文章にして、 冒頭から強烈に読者を惹きつける構成を取り、かつ市場に広く宣伝して、買いやすく商品を届ける。これを戦略的にやったんだとしたら、とても優れたプロデュース能力だ。

 鹿野司「サはサイエンスのサ」、最近の噂のビッグデータに絡めた、販売戦略と詐欺の話。「いつもと違う場所から Facebook にログインしましたか?」と書いてある詐欺メールの話が怖い。そういえば、Google が出してる広告で「PCのパフォーマンスが低下しています」なんてのが出たこともあった(→Yahoo!知恵袋、→教えて!goo)。

 関係ないけど詐欺メールで有名な「主人がオオアリクイに殺されて1年が過ぎました」。あれ、ちゃんと意味があるというのを「あんちべ!」の『なぜ「主人がオオアリクイに殺されて1年が過ぎました」なのか?』で考察してる。そうだったのかあ。

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2014年8月26日 (火)

マシュー・グッドマン「ヴェルヌの『八十日間世界一周』に挑む 4万5千キロを競ったふたりの女性記者」柏書房 金原瑞人・井上里訳

今夜ニューヨークを発ってサンフランシスコへ向かい、そのまま世界を一周してくれないか――それも、できるかぎりの手をつくして史上最速で。
 エリザベスが返事をするまでに少し時間がかかった。一瞬冗談をいっているのかと思ったが、ウォーカーはにこりともしなければ、それ以上なにかいうこともない。

「世界一周をしたいんです」ネリーはいった。「八十日かもっと短い期間で。わたし、フィリアス・フォッグの記録を破れると思います。挑戦させていただけますか?」

【どんな本?】

 ジュール・ヴェルヌが1872年に著した「八十日間世界一周」は、世界的なベストセラーとなる。イギリスの紳士フィリアス・フォッグ氏が八十日間で世界を一周できるか賭けをして、地球を駆け回る爽快な冒険物語だ。

 その17年後の1889年11月14日、フォッグ氏に挑戦する者が現れる。しかも二人同時に。ネリー・ブライ(→Wiikipedia)とエリザベス・ビズランド(→Wiikipedia)、いずれもアメリカ人の若い女性ジャーナリストである。

 常識の枠を超えた発想を大胆な行動力で実現し、ニューヨーク・ワールド紙のヒット記事をモノにしてきた突撃型の新聞記者、ネリー・ブライ。豊かな読書量に支えられた教養と繊細な表現力で、月刊のコスモポリタン誌のコラム「書斎から」を担当してきたエリザベス・ビズランド。

 一見、対照的な両者ではあるが、共通点もある。出身は決して豊かではないこと。男社会のアメリカ、それも競争の激しいニューヨークで、己と家族の食い扶持をペンで稼いできたこと。そして社会における女性の立場を女性の視点で暴く論調であること。

 二人の旅は無事に進むのか。当事の交通機関や旅行事情はどのようなものなのか。二人が見たアメリカ西海岸・フランス・インド・香港そして日本の印象は、どんなものか。当事のアメリカの新聞・出版界はどんな様子だったのか。ネリーとエリザベスのいずれが勝者となるのか。

 若い女性が単独で世界を一周するという、無謀とすらいえる旅行を成し遂げた両者を軸に、当事の世界情勢やアメリカの報道界の事情を織り込んだ、歴史と冒険のドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Eighty Days : Nellie Bly and Elizabeth Bisland's history - making race around the world, by Matthew Goodman, 2013。日本語版は2013年11月10日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約533頁に加え、訳者あとがき4頁+石橋正孝の解説「19世紀という時代の立体写真」6頁。9.5ポイント43字×19行×533頁=約435,461字、400字詰め原稿用紙で約1089枚。長編小説なら2冊分の大容量。

 文章はこなれていて読みやすい。読みこなすのにも、特に前提知識は要らない。背景となる当事の世界情勢やアメリカ社会の様子も、本書中でわかりやすく説明してあるので、心配はいらない。この旅行を可能とした要素は二つ、スエズ運河と大陸横断鉄道なのだが、それについても自然に書き込んでいる。

【構成は?】

  • プロローグ
  • 1 自由なアメリカン・ガール
  • 2 ゴッサムに住む新聞の神たち
  • 3 ひみつの食器棚
  • 4 「女性が世界一周するのにかかる時間は?」
  • 5 「フィリアス・フォッグの記録をやぶってみせる」
  • 6 鉄道標準時を生きる
  • 7 世界地図
  • 8 我アルカディアに在りき
  • 9 バクシーシェ
  • 10 中国のイギリス人街
  • 11 ネリー・ブライ・レースのはじまり
  • 12 ライバルのリード
  • 13 死の寺院
  • 14 不思議な旅行代理人
  • 15 臨時列車
  • 16 ジャージーからふたたびジャージーへ
  • 17 時の神を打ち負かす
  • エピローグ
  • 謝辞/訳者あとがき
  • 解説:19世紀という時代の立体写真 石橋正孝
  • 原註/参考文献

 お話は時系列順に進んでいくので、素直に頭から読もう。

【感想は?】

 主人公の二人、ネリー・ブライとエリザベス・ヒズバンドの対照と共通点が、この本のキモだろう。

 ネリー・ブライは行動の人。患者虐待の噂を聞いては精神病院に潜入し、紙工場で低賃金で働き、貧民街の診療所で怪しげな治療を受け、暗黒街の取引に踏み込み、メキシコに渡って数ヶ月生活する。発想力も凄い。そもそも、80日間世界一周の企画を作り売り込んだのは、ネリー自身だ。頭もいい。

 アテもなくニューヨークに出てきたネリーだが、半端仕事で食いつなぐ毎日。当事の報道界は男社会で、女性記者はファッションやゴシップしか書かせて貰えない。そこにファンから手紙が来る。「ニューヨークで女性記者は成功できますか?」 いや無理でしょ、と書こうとしたネリーだが、ここで発想を転換する。

 他社の新聞記者を装い、ニューヨークの大新聞社のデスクにインタビューを申し込むのだ。そして、こう尋ねる。「女性がニューヨークで記者になるにはどうすればいいでしょう?」

 対するエリザベス・ヒズバンドは、没落した南部の名家のお嬢様。かつては豊かでも、今は厳しい暮らし。幼い頃から本に親しみ、20歳の時に文芸誌に詩を投稿し始める…B.L.R.ディーンという男性のペンネームで。これが気に入った編集長のペイジ・M・ベイカーが、問い合わせを寄越す。「そのあたりにディーンという名の詩人がいないか?」

 ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアみたいなエピソードだ。ちなみに、この時ディーンをプッシュしたのは、文芸局編集者のラフガディオ・ハーン。そう、小泉八雲(→Wikipedia)だ。どうやら、小泉八雲に日本趣味を吹き込んだのはエリザベスらしい。日本に寄港したときの描写は、かなり好意的だし。

 知的で穏やかな印象のエリザベスだが、女性の地位にも深い関心を抱いていたり。ニューオーリンズでは、婦人協会を組織して初代会長に選ばれている。

 エリザベスの出発は慌しい。冒頭にあるように、エリザベスが出発を命じられたのは、なんと当日の朝。無茶苦茶だ。穏やかな印象の奥に潜む逞しさに、社主のジョン・ブリスベン・ウォーカーは気付いていたんだろうか。

 冒頭に両者の旅程の地図が載っている。ネリーはニュージャージーから大西洋に乗り出す東回り、エリザベスはニューヨークから大陸を横断する西回り。出発して早速、船酔いに苦しむネリーが可愛い。エリザベスは食事を摂るヒマもなく、シカゴ駅の軽食堂でひとりで食べている。この行為も「当時は非常識だと見なされた」。

 今の日本でも、吉野家で若い女性が一人で牛丼を食べるのは滅多に見かけないけど、そんな感じかな?

 なんにせよ、旅に出たら、生活は普段どおりにはいかない。寝る所も食べるものも違う。ネリーはメキシコ取材などで慣れているが、エリザベスは…というと、意外と素直に順応しちゃってたりする。初めての外国、日本の感想は…

「アメリカは蒸気トラクターと大きな新聞社のある平凡な国。でもここは、磁器と詩歌の国、どんなにありふれた場所にも美しい物がある国だわ」

 などの二人の旅行に交え、当事の苛烈な火夫や車夫の仕事、アメリカに移民した中国人の厳しい暮らし、船室の等級による露骨な差別、ブルーリボン賞に象徴される蒸気船の進歩など、当事の人々の暮らしや変わってゆく世界の様子も生き生きと描いてゆく。

 と同時に、その奥にあるのは、世界を制覇している大英帝国の影だ。香港、シンガポール、コロンボ、アデン、スエズ運河。太平洋・インド洋・地中海の要所は、全てイギリスが押さえている。これに対するネリーとエリザベスの感想も対照的で、それは当事のアメリカの対英感情も象徴していたり。

 ゴールが近づくにつれ、盛り上がるアメリカの世論と、それを煽り利用するニューヨーク・ワールド紙の手並みのあざとさは、AKB商法すらしのぐ。ネリーの世界一周にかかる時間を賭けにするのだ。正解者には世界一周旅行をプレゼント。ただし、応募にはニューヨーク・ワールド紙に付属のクーポン券を忘れずに。

 そして便乗して氾濫するキャラクター商品の数々。ドレス、手袋、スクールバッグ、人形、万年筆、お菓子、ノート、コーヒー、タバコ、ベーキングパウダー。現代のマスコミの手口は、この時に既に出尽くしていたのかも。

 勝者・敗者ともに、この旅行はその後の人生に大きな影響を与えてゆく。これを踏み台にして羽ばたこうとするネリー、心の奥に仕舞いこみながらも、晩年に再び極東を訪れるエリザベス。

 対照的に見えながら、実は二人とも厳しい男社会の中で、自らの力で人生を切り開いてきた女性だ。その二人を中心に、当事のアメリカ社会や世界の様子も生き生きと描いてゆく。科学と工学が世界を切り開き、人々が闇雲な活気に満ちていた時代を、社会の頂点から底辺まで描いた、ノスタルジックだけどダイナミックな本だ。

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2014年8月24日 (日)

トマス・ホーヴィング「にせもの美術史 鑑定家はいかにして贋作を見破ったか」朝日新聞社 雨宮泰訳

千の芸術を知る者は、千の偽物を知っている。
  ――ホラティウス

「わたしたちは出来の悪い贋作についてしか話ができません。見破られたものだけです。言いかえれば、すぐれた贋作はいまも壁にかけられているのです」
  ――メトロポリタン美術館(当時)主任キュレーター、セオドア・ルソー

【どんな本?】

 美術品の贋作は、いつごろから出回ったのか。誰が、どのように作っているのか。カモをひっかけるコツは何か。現在、どれぐらい贋作が出回っているのか。鑑定家に必要な能力は何か。贋作を見破るコツは何か。最新の科学鑑定を、贋作かはどうやって出し抜くのか。

 ニューヨークのメトロポリタン美術館で館長を務めた著者による、主に西欧の中世美術を中心とした、贋作に関するエッセイ集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は FALSE IMPRESSIONS : The Hunt for Big-Time Art Fakes, by Thomas Hoving, 1996。日本語版は1999年4月5日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約373頁。9ポイント45字×19行×373頁=約318,915字、400字詰め原稿用紙で約798枚。長編小説ならちょい長め。なお、原書中の3章ほどは「他の著作と重複する」などの理由で割愛している。なお、今は朝日文庫から文庫版が出ている。

 日本語の文章は比較的にこなれている。素人でも充分に楽しめる内容だが、多少は美術と西洋史の知識があると、更に楽しめるだろう。私は美術に関してサッパリなんだが、それでも楽しめた。贋作を作って売るエピソードは、いわば詐欺の話なので、登場人物が入り組んで少々ややこしい。じっくり腰を落ち着けて読もう。

 サンプルの写真を19枚ほど収録している。美術の本なので、途中で有名な絵画や彫刻や様式の名前が頻繁に出てくる。じっくり読もうとすると、その度に Google などで検索したくなるので、パソコンやスマートフォンが使える状況だと便利。

【構成は?】

  • はじめに
  • 1 鑑定家、贋作者、そして贋作をどう語るか
  • 2 かるはずみな古代
  • 3 偽造された中世
  • 4 ルネサンスとバロックのごまかし
  • 5 ヴィクトリア朝のペテン
  • 6 贋作の黄金時代――いま!
  • 7 ある画家との出会い
  • 8 わが修行時代
  • 9 本物のプロ
  • 10 ヴォルフガングを叩きつぶす
  • 11 有名になった贋作者たち
  • 12 危険なデッサン集
  • 13 鑑定ミスの功罪――ギリシャの馬とラ・トゥール
  • 14 名探偵ソンネンバーグ
  • 15 ボストン玉座の失敗
  • 16 ダヴィデのモデル
  • さいごに
  •  訳者あとがき

 基本的に各章は独立しているので、気になった所だけ拾い読みしてもいい。

【感想は?】

 いやホント、Google は便利だ。

 「はじめに」で「19世紀のスウェーデン人画家アーンダス・ソーンは」「サフティグと呼ばれる農民の娘たちの光り輝くようなヌードが有名」とかあるんで、思わず検索しちゃったじゃないか、下心満々で。日本語の表記は「アンデシュ・ソーン」が一般的みたいだ(→Wikipedia)。

 具体的な話は「2 かるはずみな古代」から始まる。ここでいきなり「もっとも古い贋作者は、フェニキア人だったようである」とあるから歴史が古い。

 Wikipedia のフェニキア人によれば「紀元前12世紀から何世紀もの間、フェニキア人は地中海世界の海上の主役だった」とある。また「優れた商人であり、その繁栄は海上交易に支えられていた」。つまりはエジプトやギリシャのブランドを偽造し、パチモンを作って高く売りつけてたわけだ。

 ローマもパチモンじゃ年季が入ってる。紀元前一世紀の贋作者パシテレスは著作がベストセラーになってる。曰く「型をとって正確に偽造品をつくりだすべきだ」として、見よう見まねでギリシャの複製を作る者を「だらしない」と「罵倒した」。ローマは現代のエピソードでも、何度も登場する舞台で、歴史がある都市は贋作も多いらしい。

 痛快なのが、ルカ・ジョルダーノ(→Wikipedia)。1965年にアルブレヒト・デューラー(→Wikipedia)の「不具者を治すキリスト」を模造するが、ちょいと細工をしておく。「わざとその絵に自分のサインを入れ、上から絵の具をひと塗りしたのである」。おまけに研究家に調べさせ本物のお墨付きを貰い売り出す。

 これだけならケチなペテンだが、その後がヒドい。ルカは買い手に偽物だと教えるのだ。訴訟になったが、「ルカのサインがあるのだから無罪」。判事のお墨付きまで貰ったルカ、「続々と大量の偽造品をつくりはじめた」。スペイン王のカルロス二世(→Wikipedia)まで騙してタネを明かしたところ、「王からたぐいまれな才能と賞賛された」。肝の据わったやっちゃ。

 贋作作りは似せる技術も重要だけど、それ以上に詐欺の腕がモンを言う世界だなあ、と思うのが「15 ボストン玉座の失敗」。1887年、富豪ルドヴィージ宅の基礎工事中、次々と貴重な美術品が発掘される。ここは古代ローマの政治家カリウス・サルステゥスの庭園跡だったのだ。

 中でも幅1.5mほどの大理石の浮き彫りは紀元前460ごろ作られた厳格様式の名作で、アフロディテ玉座と呼ばれる。これは大騒ぎとなり世界中の美術館が獲得競争に乗り出すが、イタリア政府が国外持ち出しを許す気配はない。

 ってな時に、近所でもう一つの玉座が見つかる。仕掛けたのはヴォルフガング・ヘルビッヒとフランチェスコ・マリネッティ、ひっかかったのはボストン美術館。一部で有名なボストン玉座だ。これが偽造である根拠は幾つかあるんだが、例えば竪琴の糸巻きが現代楽器のものみたいだったり。

 言われてみりゃ、なんで専門家が気付かないのか不思議なくらいだが、興奮してる時の人間なんて、そんなモンなんだろうなあ。この本には何回か詐欺の手口が出てくるんだけど、その大半はペテン師がカモを急がせてる。今週中でないと手に入りません、などと理由をつけて。贋作に限らず0なんであれ、、契約をセカされたら、危ないと思った方がいい。

 贋作でも豪快なのが、ブリジッド・ララ。一時期、メキシコの600年~900年ごろのヴェラクルス古典文化様式の土偶が話題になった。見つかったのは三千点ほど。1974年、メキシコで警察は密輸犯を逮捕する。国宝級の美術品を売買した疑いだ。その際、密輸犯は無茶苦茶な弁明を始める。自分で作ったんだ、と。

 その証拠に、実際に作って見せると豪語した犯人、粘土と道具を手に入れ刑務所の中で一昼夜。逮捕時に持っていた物より出来のいいシロモノを作って見せる。

 なんと、三千点を越える「ヴェラクルス古典文化様式」は、全て密輸犯ブリジッド・ララがデッチあげたものだった。一つの文明をまるごと偽造したのである。

 その後、彼はメキシコの文化庁に雇われ修復とレプリカの創作に携わりつつ、流通している自分の贋作を特定する役割を果たしている。

 美術の話だと思うと敷居が高そうだが、この本はむしろコン・ゲームの面白さが溢れている。特にペテン師が気を配るのが、来歴をデッチ上げる部分で、微妙に事実を混ぜてたりする。「ヒトって、よくできた物語には騙されちゃうんだなあ」などと感心した本だった。

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2014年8月22日 (金)

HTMLで2行目以降を字下げする、または1行目だけ字上げする

B

 つまりは、このブログの落穂拾いの体裁ですね。これをどうやったか、という話。サンプルは右のスクリーン・ショットをご覧ください。

 <br/>で改行した所も、行の文字数が多くて1行に入りきらなかった所も、改行した時は同じように1字下がります。試しにブラウザの画面の幅を狭くして、ご確認下さい。

 「んなモン HTML のソース見りゃ一発じゃん」と言われたらそれまでだし、実際にソースを見ればスグわかります。ちなみに Firefox または Internet Explorer をお使いなら、 CTRL+U でソースが見えます。

 仕掛けは簡単で、以下のタグで囲ってるだけです。

<div style="margin-left: 1em; text-indent: -1em;">
 …
</div>

 具体的には、こんな感じの HTML になります。

<div style="margin-left: 1em; text-indent: -1em;">
<p>●(狩猟採集民の)ヤノマミの間では、<br />
成人の15%が部族間または部族内の暴力で死んでいる。</p>
<p>○暴力の多くは男性によって起きる。<br />
現代ばかりでなく、狩猟採集民や13~14世紀のイギリスの犯罪統計は、根本的に同じパターンを示す。<br />
同性間の殺人が男性によって行なわれた確率は、92%~100%になる。</p>
<p>●考古学や現代の文化人類学によると、自然状態での成人は、約15%が暴力で死ぬ。<br />
男性に限ると、約25%となる。<br />
なお、第二次世界大戦で失った人口は、ソ連が全人口の15%、ドイツが5%だ。</p>
</div>

 結果、次のような体裁になります。

●(狩猟採集民の)ヤノマミの間では、
成人の15%が部族間または部族内の暴力で死んでいる。

○暴力の多くは男性によって起きる。
現代ばかりでなく、狩猟採集民や13~14世紀のイギリスの犯罪統計は、根本的に同じパターンを示す。
同性間の殺人が男性によって行なわれた確率は、92%~100%になる。

●考古学や現代の文化人類学によると、自然状態での成人は、約15%が暴力で死ぬ。
男性に限ると、約25%となる。
なお、第二次世界大戦で失った人口は、ソ連が全人口の15%、ドイツが5%だ。

<div>~</div> は、その間の段落に対し、一定の体裁を指定する際に使います。指定する体裁は、<div>の中の style= で指定します。ミソは、ここで "margin-left: 1em; text-indent: -1em;" と指定している点です。

 "margin-left: 1em;" は、「1字分、字下げする」という指定です。ちなみに "margin-left: 2em;" とすると、2字分、字下げします。単純に "margin-left: 1em;" だけだと、こんな体裁になります。

●(狩猟採集民の)ヤノマミの間では、
成人の15%が部族間または部族内の暴力で死んでいる。

 1行目も、1文字分、下がっちゃうんですね。これを直すために、"text-indent: -1em;" を指定します。マイナスの値を指定するのがミソです。text-indent は、1行目の字下げ量を指定するものです。これにマイナスの値を与えると、字下げではなく字上げ量を指定した事になりいます。

 つまり、予め全体を1字分だけ字下げしておいて、1行目だけ1字分を上げる、そういう手口を使っています。姑息ですね。

 なお、ココログの記事作成画面の「HTMLの編集」で HTML をいじる際は、画面を切り替えたり保存したりする前に、テキスト・エディタに全テキストをコピー&ペーストしておく事を薦めます。HTML のタグの対応が取れていなかったりすると、編集したテキストの一部または全部が消える場合がありますので。

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2014年8月21日 (木)

ジョン・スコルジー「戦いの虚空 老人と宇宙5」ハヤカワ文庫SF 内田昌之訳

「ヴェスプッチ号に何名の新兵が乗っていたかおぼえていますか?」
「CDFの担当官から、新兵は千十五名だと言われたのをおぼえている」
「いまでも生きているのは何名ですか?」
「八十九名だ。なぜ知っているかというと、先週またひとり死んで通知を受け取ったからだ。ダレン・リース少佐」

【どんな本?】

 75歳を過ぎた老人だけが志願できる軍隊、CDF(コロニー防衛軍)を中心に、数多のエイリアンが群雄割拠する宇宙で生き延びようとする人類を描く痛快なスペース・オペラのシリーズ最新刊。今までの主人公ジョン・ペリーに代わり、本来は地味な任務のはずの技術顧問ハリー・ウィルスンにスポットをあてた連作短編集に、おまけの短編二本を収録。

 かつて宇宙で争いあっていた数百の種族は、コンクラーベに終結しつつある。争いのスキに乗じて地位を保っていた人類のコロニー連合は不利な立場となり、コンクラーベ非加盟の種族と友好関係を築こうと外交努力を続けている。

 だがジョン・ペリーの大暴れにより、コロニー連合と地球の仲は険悪となった。コロニー連合は兵士と植民者の供給を絶たれ、地球は圧倒的に進んだ科学技術を持つコンクラーベと向き合う格好になった。このままでは人類の将来はおぼつかない。

 コンクラーべ非加盟のウチェ族との同盟締結の秘密交渉に向かっていた外交船、ポーク号が消息を絶った。今ポーク号の代役ができるのはクラーク号のみ。いわば二軍ではあるが、大使オデ・アブムウェが率いるチームは、最近、難しい交渉を成功させた実績がある。そこで活躍したのは副大使のハート・シュミットとCDF技術顧問のハリー・ウィルスン中尉だ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Human Division, by John Scalzi, 2013。日本語版は2013年10月25日発行。文庫本で縦一段組み、本文約670頁+訳者あとがき4頁。9ポイント41字×18行×670頁=約494,460字、400字詰め原稿用紙で約1237枚。長編小説としては2冊分+αぐらいの大容量。

 にもかかわらず、文章はスラスラ読める。シリーズ物の途中だが、基本的な設定は最初のエピソードで説明されるので、この巻から読み始めても全く問題ない。とまれ、宇宙を飛び回るスペース・オペラなので、それなりにSFに耐性のある人向け。

【収録作は?】

エピソード1 Bチーム
エピソード2 処刑板を歩く
エピソード3 必要なのは頭だけ
エピソード4 荒野の声
エピソード5 クラーク号の物語
エピソード6 裏ルート
エピソード7 犬の王
エピソード8 反乱の音
エピソード9 視察団
エピソード10 ここがその場所
エピソード11 比較の問題
エピソード12 やさしく頭をかち割って
エピソード13 眼下に地球、頂上に空
付録
 ハリーの災難
 ハット・ソルヴォーラがチョロスを食べて現代の若者と話をする
  感謝のことば/訳者あとがき

【感想は?】

 ある意味、表紙詐欺。

 おそらく手前で銃を構えているのがCDF技術顧問のハリー・ウィルスン、その後ろが副大使ハート・シュミット、奥の黒人女性が大使オデ・アブムウェだろう。皆さん厳しい顔をしているから、厳しい軍隊物かと思ったら。

 いや確かに彼らの置かれた状況は厳しいし、任務も重大で危険いっぱい、一歩間違えば人類が破滅しかねない大変な局面が、次から次へと襲い掛かる緊張感溢れる物語ではあるんだけど。

 その語り口は、アメリカンなユーモアがあふれる軽やかなもの。特に会話がいい。外交大使という職にも関わらず微塵の愛想もなく、歯に衣着せぬ言葉で部下の首筋に刃を当てるオデ・アムブウェ。彼女に睨まれたら脂汗を垂らすしか能のないへっぽこ副大使のハート・シュミット、そして何故かツケを払う立場に追い込まれるハリー・ウィルスン。

 どう見ても他国と友好的な関係を築く役割のはずの外交団には向かない、厄介者の集団に見えるんだが、こういった規格外のチームが、難しい問題を知恵と勇気とアドリブと運で切り抜けてゆく、そういう物語だ。

 軽やかな語り口とは裏腹に、状況はとても厳しい。宇宙に進出はしたものの、人類の周囲は敵だらけ。今までは各種族同士がぐんずほぐれずのバトルロイヤルだったため、人類もスキに乗じて獲物を掠め取り、または実力行使で奪い奪われしてきたが。

 エイリアンたちはコンクラーベという形で終結しつつあり、ハブられた人類は少数派に転落。なんとかコンクラーベ非加盟の種族とツルんで立場を強化したいところだが。

 肝心の母星・地球と外交的に険悪な雰囲気になったんで、さあ大変。その地球にしても、未だ世界政府ができているわけでもなし、今のままではコンクラーベにも加盟できそうにない。互いに協力すればなんとか生き延びる道もあろうが、今までのコロニー連合(宇宙に住む人類たち)の政策が仇となり、それも難しい。放置すれば人類そのものが長くない。

 実際、冒頭で起きる事件も、かなり剣呑なシロモノで、多くの命が何者かの陰謀によって失われる。コンクラーベ非加盟のアチェ族と、同盟締結の交渉に向かったコロニー連合の外交船ポーク号が、正体不明の攻撃を受け、全滅してしまう。そこで急遽ピンチヒッターに指名されたのが、アムブウェのチーム。

 話は連作短編の形で、冒頭の陰謀を追いかけつつ、正体不明の敵が仕掛ける罠に、彼らが次々と陥っては脱出する形で進む。

 となれば、規格外の変人をかき集めた戦力外通知のチームが、次第にまとまってチームワークを発揮し…とはいかないのが、この人の作風。最後までハート・シュミットはへっぽこだし、アムブウェは歯に衣着せぬ冷酷な上司だし、クラーク号の船長ソフア・コロマは石頭の軍人そのもの。

 そういったキャラクターは全く変わらないものの、途中の各人のエピソードによって、少しだけ印象が変わってくる仕掛けも、連作短編ならでは。

 語り口はユーモラスだけど、最後まで状況は厳しいまま。大掛かりなシリーズの第一巻といった感じで、奇想天外なエイリアンがウジャウジャ出てくる楽しいスペース・オペラ。

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2014年8月19日 (火)

ロバート・L・シュック「新薬誕生 100万分の1に挑む科学者たち」ダイヤモンド社 小林力訳

『わかるかい、先生。私は老後に備えて一ペニーすら貯金したことはなかった。なぜなら、両親と同じように早く死ぬとわかっていたからだ。そんなときリピトールを飲み始めた。今は老後のために貯金をしている。そしてこの美しい女性に出会った。今は私の妻だ。この薬がどんなに私の人生を変えたか言い尽くせないよ』
  ――第7章 世界一の薬はこうして生まれた――リピトール

【どんな本?】

 かつて薬は行商人が売っていて、怪しげなものも多かった。現在は FDA(Food and Drug Administration)などにより、薬効や副作用について厳格な検査がなされており、医師が処方する薬は高い信頼性を持つ。その反面、新薬の開発には多額の費用が必要になっており、新薬開発の試みで市場で成功するのは極めてわずかである。

 そのような厳しい状況の中で、製薬会社や研究者は、どうやって新薬を開発しているのか。開発する薬や対象とする病気を、どうやって決めるのか。なぜ薬はあんなに高価なのか。なぜ新薬の認可に時間がかかるのか。

 エイズ,統合失調症,糖尿病,喘息などの成功した特効薬を例に取りながら、新薬開発のプロセスを人間ドラマと科学の双方の視点から描くと共に、現在の製薬ビジネスの内情を生々しく描くルポルタージュ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Miracle Medicines : Seven Lifesaving Drugs and the People who Created them, by Robert L. Shook, 2007。日本語版は2008年7月3日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約448頁+訳者あとがき5頁。9.5ポイント43字×18行×448頁=約346,752字、400字詰め原稿用紙で約867枚。小説なら長めの長編の分量。

 翻訳物だが、文章は比較的にこなれている。内容でわかりにくそうなのは、二点。ひとつは予想通り化学・医学的な部分で、説明はけっこう駆け足。とはいえ、わかんなかったら読み飛ばしても、充分に面白さが味わえる。もう一つは出版がダイヤモンド社でわかるように、資金調達などアメリカでのビジネスの方法。これも翻訳物のビジネス小説を楽しめる程度にわかっていれば、特に問題ないだろう。

【構成は?】

  • はじめに
  • 第1章 エイズと闘う――ノービアとカレトラ
    悪魔を検出する/敵を知る/初めてのエイズ薬/標的はプロテアーゼ/それを見つける/信じるための根拠/ゴールに向けてのスパート/勝ち目のないイヌ/数字のゲーム/ひらめきと成功/HIV/エイズと共に生きる/希望を広げる ||アボットの歴史
  • 第2章 心の病からの再出発――セロクエル
    初期の医学的治療/クロルプロマジン:初の抗精神病薬/スキゾフレニア(統合失調症):最も心を破壊してしまう病気/リングに帽子を投げ入れる:アストラゼネカの参戦/初期のブレークスルー/初期の社内抵抗/発見から開発へ/莫大な前金の支出/特別販売チームを最初から作る/アストラとゼネカの合併/論より証拠:プリンは食べて見なけりゃわからない/二つの心温まる話/統合失調症だけに限定/他の適応症への道をつくる/双極性障害(躁病とうつ病)に対するFDAの承認/公衆に知らせる ||アストラゼネカの歴史
  • 第3章 本物に勝った人工インスリン――ヒューマログ
    インスリンの発見/世界最初のインスリン製造者/インスリンをめぐる初期の発見/大きなブレークスルー:組み換えDNA技術/探索チーム/ヒューマログ:改造されたインスリン/リリー審査委員会でのプレゼンテーション/研究から開発への移行/臨床試験/大量生産の難しさ/保証/世界での承認を求めて/知識を持った患者であることの重要性 ||イーライリリーの歴史
  • 第4章 喘息のつらさを救った薬――アドエア
    大きな進展/息することの困難さ/喘息における進歩/配合剤への挑戦/勝利の配合剤/よいステロイド/吸入器ディスカス/三つで一つ:FDAの承認/それを作る/別の適応症でも承認取得 ||グラクソ・スミスクラインの歴史
  • 第5章 奇跡のバイオ医薬品――レミケード
    セントコアの初期/お金はどこにあるか/セントキシンの惨事/セントキシンを乗り越えて/ほかに選択肢がない/そしてレミケード登場/レミケードの進展/ロンドンへの重要な旅/アムステルダムからも吉報/二つの適応症――どちらを優先するか/それを作る/点滴/市場に出す/天が決めた/レミケード:フランチャイズ医薬品 ||ジョンソン&ジョンソンの歴史
  • 第6章 癌治療の扉を開く――グリベック
    染色体欠損/触媒となった人間/ターゲットを決定/ダナ・ファーバー病院とのコネクション/医薬品化学者/細菌生物学者/ジンマーマンの粘り強さ/宝物を掘り当てる/古い友人がチームに加わる/合併と新しいCEO/動物実験でのつまずき/最初のヒトでの実験/バセラの強引な決断/フェーズⅡ臨床試験/グリベックの初期の結果/正しいことをする/総力戦/発売に向けて準備完了/記録的なFDAの承認/命を救う薬の価値は/未来を見つめて ||ノバルティスの歴史
  • 第7章 世界一の薬はこうして生まれた――リピトール
    基本的なこと/初期のパイオニアたち/三人のキーパーソン/プログラムの開発/生合成経路を通して/プランBを採用/今までになかった奇跡の薬/真実の瞬間/製造の問題/予想を超える/合併/次は何だ?/仕事に満足する喜び ||ファイザーの歴史
  • 訳者あとがき/索引

 原則的に各章は独立しているので、気になった所から拾い読みしてもいい。

【感想は?】

 「なぜマルクス主義が失敗したのか」などと変な事を考えてしまった。

 この本が取り上げているのは、市場で成功した薬だけだ。副題に「100万分の1に挑む科学者たち」とある。1/100万は厳密に計算した数字ではないが、現在の新薬開発の状況を巧く表していると思う。

 つまり、研究・開発に着手した薬のうち、市場で成功する薬は極めて少ない、そういう現状があるのだ。しかも、新薬開発にかかる費用は数億ドルに及ぶ。数人が研究室で作っているうちに失敗とわかれば傷は小さいが、FDAの最終認定で失格となれば大損だ。まして市場に投入してコケたとなれば…

 つまり、製薬会社は、大量の失敗作に多額の投資をして、そのごく一部の成功作から利益を回収する、そんな企業形態になっている。こういう場合は、より資本が大きい方が有利だし、この本の中でも、製薬企業が盛んに合併している。その究極は社会主義・共産主義国家だろう。

 だが、冷戦時代に、どれだけ「奇跡の薬」が、共産主義国家から誕生した?

 先走りすぎた。そう考えたくなるぐらい、この本では、新薬開発の難しさを、これでもかと繰り返し描いているのだ。まず効きそうな化合物を、理屈で考える。最近は、この部分で、コンピュータの助けを借りられるようになった。次に試験管で実際に作り、試してみる。

 巧くいったら動物で実験する。ここでも腸で消化されたり、肝臓で分解されちゃったりする。次にヒトで試す。面白い事に、最初の被験者は、病気でない人だったりする。「血液中の薬物農奴を測り、それに基づいて投与量を決定する」のと、副作用の有無を確認する事だ。

 これが FDA のフェーズⅠで、フェーズⅢまである。次第に規模が大きくなり、必要な費用も増える。特にフェーズⅢは怖くて、「予想される商業生産量の少なくとも10%を生産する能力」を示さなきゃいいけない。研究室の試験管で作るだけじゃなく、工場で大量生産できる必要がある。

 これは厳しい。発売できるかどうかわからん製品のために、工場を建てにゃならん。製薬会社からすりゃ無茶な要求に思えるが、FDAにも言い分がある。「患者が必要なときに十分薬を届けられる」と保障せい、というわけだ。単に薬効だけでなく、患者の立場で、現実に手に入る事を保障しなさい、と。

 製薬会社だって、患者の立場を考えている。その代表が第4章の喘息の薬アドエアだ。この「薬」の特徴は、三つで一つの製品になっていること。うち二つは薬で、気道周囲の筋肉を弛緩させるサルメテロールと、炎症を抑えるフルチカゾン。そしてもう一つが、吸入器ディスカス。直接、気道に吹き付けるために、様々な工夫をしている。

 二つの薬を混ぜた理由は、それで優れた薬効を示すからだ。が、意外な利点もあった。フルチカゾンはステロイドで、炎症を抑える。ステロイド剤に対し、患者は…

よくなったと感じると患者はやめる傾向があったが、配合剤では片方だけやめて片方だけ飲むというわけにはいかない。それから、もちろん便利という特徴もある。二つ飲むより一つ飲むほうが簡単だ。

 吸入器ディスカスの工夫も見事。一つの容器にピッタリ60回分の薬が入り、残りの回数を示すカウンターが付いている。ある親御さん曰く…

『娘を学校に送り出したあと、彼女がちゃんと薬を飲んだかどうか、これまではわかりませんでした。でも今はカウンターの数字が小さくなっているのを見て、少なくとも装置が使われたことは確認できます』

 ユーザ・インタフェースとは、利用者だけのためにあるんじゃないのだ。

 物語として読んで面白いのは、患者の話も出ていること。糖尿病患者のニコール・ジョンソン・ベーカーが、その一つ。1993年の大学二年の時、彼女はミス・フロリダ・コンテストに出場するが、そこで倒れ、Ⅰ型糖尿病が見つかる。ジャーナリストになる夢を諦め田舎に引き篭もった彼女は、ヒューマログを見つける。

 従来の糖尿病の薬インスリンは、効き目が遅く食前に注射する必要がある。食事も管理しなきゃいけない。だがヒューマログは効き目が速く、食後に食べた物に応じて必要量を打てばいい。

 再びミスコンに挑戦した彼女は、糖尿病を公表、「審査員とのインタビューでも堂々と病気のことを語った」。結果…

1999年度ミス・アメリカの栄冠に輝いた。ミスの座にいる12ヶ月の間、ベーカーは糖尿病を人々に啓蒙するため全国を飛び回った。それ以来、彼女はアメリカ議会へのロビー活動を始める。そしてまた多くの州議会で演説した。

 今でも糖尿病患者を支援するため活動している模様。カッコいいぜ、ニコール。

 出てくる病気は、エイズ・統合失調症・糖尿病・喘息・リウマチ・慢性骨髄性白血病・高コレステロール血病などだ。私も喘息で苦しんでいる知人がいるので、アドエアは興味深く読めた。実は博打な製薬ビジネスの内幕として、英雄的な科学者の物語として、苦しみが人に与える影響を描いたドキュメンタリーとして、様々な読み方ができる本だった。

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2014年8月17日 (日)

藤井大洋「オービタル・クラウド」早川書房

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【どんな本?】

 Gene Mapper で鮮烈なデビューを飾った日本SF界の新鋭、藤井大洋による待望の新作。近未来を舞台に、低軌道上に遺棄された、三段ロケットの二段目<サフィール3>の、常識を覆す軌道変化をきっかけに起こる、全地球規模のテロを主軸に、ロケットやコンピュータなど先端技術の技術屋が置かれている状況や、それぞれのお国柄を浮き彫りにする、国際的なテクノ・スリラー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2014年2月25日発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約467頁。9ポイント45字×21行×467頁=約441,315字、400字詰め原稿用紙で約1104枚。文庫本なら二冊分ぐらいの容量。

 文章は比較的にこなれている。内要は、コテコテの技術・工学SF。近未来を舞台にしているだけあって、エイリアンや超光速航行は出てこないが、現在実用化されている、または実用化されはじめている技術やアイデアを、ふんだんにブチ込んである。

【どんな話?】

 木村和海は、渋谷の共用オフィス<フールズ・ランチャー>で、有料WEBサービス<メテオ・ニュース>を運営している。アメリカ戦略軍が提供する、軌道上の物体の運動を示すTLE(二行軌道要素)を元に、落下するスペース・デブリの軌道を予測し、流れ星を予測するサービスだ。今の目玉商品は地上250kmを漂うサフィール3、三段ロケットの遺棄された2段目だ。

 そのサフィール3の軌道が微妙にいおかしい。高度が上がり、軌道傾斜角も変わった。お陰で熱心な利用者から苦情も入ってくる。しかし、一体なぜ、遺棄されたロケットの残骸が軌道を変えたのか。

【感想は?】

 濃いわー。惜しげもなく、美味しいガジェットやアイデアを次々とブチ込んでる。英語に翻訳したらローカス賞を取れるんじゃないだろうか。

 実は冒頭で一瞬、不安になったのだ。既に推進剤を使い切ったロケットの残骸が、どうやって高度を上げる? その運動エネルギーを、どこからどうやって得る? 実は、それこそが、この小説のキモ。読み終えると、次々と妄想が膨らむ面白いアイデアが核になっている。このアイデアの利用方法のコンテストとか、やらないかなあ。

 こういった科学・工学のアイデアが次から次へと出て来るんだが、お話の構成がテクノ・スリラーで、トリックがお話を引っぱる大きな牽引力になっているため、重要なネタバレになってしまう。ここじゃほとんど紹介できないのが悔しい。

 その多くは意外であると同時に、微妙に今の風潮を反映してるのが、詳しい人には更に美味しいところ。オーディオ・マニアの妙なクセとか。その昔は「CDの色で音が変わる」なんて伝説もあって、オーディオ雑誌が真面目に検証記事を出したり。翻訳のネタは、知ってる人なら悶絶するトリック。そうくるかー。

 などのガジェットを語れないのは悔しいが、この作品の魅力はそれだけじゃない。技術屋の心にビシビシ響く場面が、アチコチにあるのだ。

 例えば、会議の場面。よほど恵まれた環境でない限り、ダラダラと続く定例会議んい、ウンザリしている人は多いだろう。「なんで俺がこんな会議に出なきゃいけないんだ?後でメールで議事録寄越せばいいじゃん」と思う事もしばしば。そもそも、議題すらハッキリしなかったりする。

 そういう環境にいる人にとっては、ヨダレが出て止まらない場面がアチコチにある。クリスがホワイトボードを使う場面とかは、著者の経験の賜物なんだろうなあ。

 技術屋と決定権を持つ者の関係も、泣かされる場面が色々とあって。この本では、冒頭でイランの研究者が出てくる。次に日本、そしてアメリカへと繋がってゆく。それぞれの国が、研究・開発に携わる者をどう遇するか。たった今、日本でもちょっとした社会問題になっているけど、その根本には、こういう風土があったり。

 と同時に、その原因を風土や文化だけに押し付けないのも、著者の厳しい所。いやねえ、私にもわかるのよ、思い切って飛び立てない犯人や和海の気持ちが。そういった彼らのとまどいを、一気に吹き飛ばそうとするクリスの考え方も、「やっぱりアメリカだなあ」と思ってしまう。

 クリスとは別のアメリカを代表しているのが、IT長者ロニー・スマークとオジー・カニンガムの関係。つまりは起業のしくみなんだけど、アメリカは起業に関してやたらと積極的な側面があって。Apple のデベロッパー(開発者)・カンファレンスでも、「いかに投資家に売り込むか」なんてセミナーがあったりする。

 「会社を創る」のが当たり前だし、資産家がそれに出資するのも当たり前な社会なんだな、アメリカは。これが日本だと、まず銀行に行ったり地元の商工会議所に相談したり、なんか面倒くさそうな部分がある。巧く行政の支援を得られれば、逆に楽なんだろうけど。こういう、金融業だけに頼らない資金調達が発達してるのが、アメリカの強い所なのかも。

 と同時に、アメリカのしょうもない所も、オジー・カニンガムが代表してたり。魚ぐらい食えよw

 ってなお堅い話とは別に、新旧世代の戦闘機が活躍する場面も、この小説の読みどころ。ええ、F-15イーグル vs F-22 ラプター。F-15 も旧式と言われちゃいるが、日本語版 Wikipedia に「2014年現在までに空中戦における被撃墜記録は無い」なんて書かれているツワモノ。おまけに1975年の…。もちろん、ラプターにも見せ場があって。

 現代のホットな工学・技術のアイデアをこれでもかと盛り込むと同時に、その現場の空気や、そこにいる者の想いまで掬い取った上で、お国柄までも盛り込んだ、今最も贅沢なSF小説かもしれない。

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2014年8月15日 (金)

夏休みの課題の読書感想文に向く面白く短く読みやすく教師にウケる本

 などと親切めかした記事名をつけちゃいるが、ホンネは自分が好きな本を紹介したいってだけなんだけどね。

【誰向けか?】

 以下二つの条件の両方に該当する人向け。

  1. 日頃はあまり本を読まない人。そもそも日頃から本を読む人なら、こんな記事は無視して自分が読みたい本を読むだろうし。
  2. 中学生または高校生で、あまり成績の良くない人。公立中学の40人学級なら、成績順に数えて25番~40番ぐらいの人。そういう人が、人なみの評価を受けられるあたりを目標としてます。それより成績がいい人は、自分で選んだ方がいいでしょう。

【本を選んだ条件】

面白い
そもそも、なんでこんな記事を書いてるのか、というと。何であれ、何かが好きな人は、同類を増やしたがるもの。私は本が好きなんで、本好きを増やしたい。ヤクのバイニンは、新しいカモに最初の一発をタダでサービスします。そうやって客を増やすのですね。この記事も、そういう目的で書いてます。
短い
日頃から本を読まない人は、分厚い本を見るとたじろぎます。「俺に読み通せるだろうか」と。薄い本の方が、手に取りやすいんですね。実際には「ゴッドファーザー」とか、読み始めると止まらない面白さなんだけど、それは読んだから言える事で。こればっかりは、読む前じゃ判らないんで、とりあえず親しみやすい方がいいでしょう。
読みやすい
ロシア文学とかは、やたらと文が長くて、読みこなすのに体力が要ります。「ないわけではない」みたいな二重否定も、意味を掴むのに苦労します。数式や化学式が沢山出てくるのも、大半の人は嫌います。長いシリーズを途中から読むのも、登場人物や背景がわからないんで、面白くないでしょう。
教師にウケる
例えば「信濃!」。太平洋戦争で追いつめられた帝国海軍が、戦艦を泥縄式に改造した新造空母の信濃と、それを追うアメリカ海軍の潜水艦アーチャー・フィッシュの息詰まる追撃の話。両者を交互に描く構成が見事で、まんまハリウッドが映画化してもウケそうな話なんだけど。戦記物って時点でサヨク教師には嫌われるし、帝国海軍の暗部を書いてるんで、ウヨクにもウケが悪い。「紫色のクオリア」も本格的なSFなんだけど、ライトノベルってレッテルだけで却下されかねない。まあ、その辺を、一応は配慮してます。
ノンフィクションでもいいよね
なんか本というと、多くの人はまず小説を思い浮かべるけど、ドキュメンタリーや科学解説書だって面白い本は沢山あるんです。

【本の紹介】

吉村昭「羆嵐」新潮文庫
1915年、北海道の小さな集落を、体重350kg体長2.7mの巨大な羆が襲う。三毛別羆事件だ。この事件を元に、ベテラン作家の吉村昭が徹底した取材で事件を再構成した、緊迫感あふれる人と巨獣の命を賭けた戦いの物語。
1977年と初出はちと古いが、短い上に文章は読みやすく、お話は迫力満点。冒頭、北海道の開拓者の生活を描くあたりから、現代に生きる私たちには想像を絶する凄まじさで、一気に引き込まれる。中身は凶暴な羆が暴れまわる話で、怪獣映画の面白さそのもの。
ポール・ルセサバギナ「ホテル・ルワンダの男」ヴィレッジブックス 堀川志野舞訳
1993年3月。アフリカ中央部の小国、ルワンダで大虐殺が起きる。多数派のフツ族が、少数派のツチ族をナタで襲い始めたのだ。当時ホテルの支配人だった著者は、狂気の渦の中で決意する。「このホテルに逃げ込んだ人は全て守り通そう」と。だが、彼は何ひとつ武器を持っていなかった。頼りになるのはホテル務めで鍛えた交渉術のみ。
殺戮の嵐が吹き荒れるルワンダ。その渦中、丸腰で千人を越える避難者を最後まで守り通した男。という美談は、確実に教師にウケるだろう。が、実際に読むと、決して聖人の話じゃない。酒を飲ませ賄賂を握らせ上から圧力をかけるなど、どこぞの営業さんみたいな真似をしてる。ここに書かれているのは、誰にでも役立つ技術、つまり「人と仲良くする方法」だったりする。
児玉聡「功利主義入門 はじめての倫理学」ちくま新書967
哲学ってのは、なんか賢そうに見える。その一分野である倫理学は、堅苦しくて真面目そうだ。そういう近寄りがたい雰囲気の倫理学を、親しみやすく説明しているのが、この本。数学や科学は基礎ができてないと議論に参加すらできない。でも、この本では、誰でも何か言いたくなるような例題を出し、それに対し様々な答えを示してゆく。感想文を書くときは、著者に賛成する必要はない。設問に対して自分なりの答えを出し、その理由ダラダラ書いていこう。文字数が稼げます。
スティーヴ・ブルームフィールド「サッカーと独裁者 アフリカ13カ国の[紛争地帯]を行く」白水社 実川元子訳
サッカーが好きな人向け。スーダン取材中、検問にひっかかった著者。だが彼がイギリス人だとわかると、途端に兵隊は機嫌が良くなり叫び始める。「デヴィッド・ベッカム!」「マイケル・オーウェン!」。アフリカで、サッカーは大人気なのだ。そこで著者は考える。「スポーツ記者を装えば政府の重要人物にも会えるのでは?」。独特の視点でアフリカを描く、イギリス人の著者ならではのルポルタージュの傑作。
サッカーが好きなら、まず「第七章 コートジヴォワール サッカー代表チームがもたらした平和と統一」を読もう。先のワールドカップで日本の出足を挫いたコートジヴォワール・チームの話だ。かのチームのエースであるドログバが、どれだけ偉大なことを成しとげたのか。それを知ったら、敗戦の悔しさも少しは紛れるだろう。
中村明一「倍音 音・ことば・身体の文化誌」春秋社
音楽、特に歌が好きな人向け。人の声や楽器の音を科学的に分析して…というと堅苦しそうだが、出てくる例が日本の有名な流行歌手なので、理屈はわからなくても雰囲気でついていける。ただ、美空ひばりや森進一など、出てくる歌手が昭和に活躍した人が多いのが、若い人には難点かも。
下野康史「運転 アシモからジャンボジェットまで」小学館
乗り物が好きな人向け。ジャンボジェット・潜水艦・巨大タンカーから馬や和船、果てはホンダのASIMOまで、様々な乗り物?の運転手に取材し、時には自分で運転したルポルタージュ。出てくる人が皆プロフェッショナルな誇りを持つと同時に、運転する楽しさを味わっているのが伝わってくる。感想文を書く際は、個々の乗り物について、軽く紹介した上で一言の感想を添えると文字数が稼げます。

【おわりに】

 読む前に、予め付箋(ポストイット)と用意しましょう。読みながら、気に入った所に付箋をベタベタ貼っていきます。感想文を書く時に、付箋を貼ったところをテキトーに抜き出して引用すると、文字数が稼げます←こればっかだなオレ

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2014年8月14日 (木)

T.E.ロレンス「完全版 知恵の七柱 1~5」東洋文庫 J.ウィルソン編 田隅恒生訳 6

「アッラーの慈悲があの男にあらんことを。俺たちで仇を取ってやる」
  ―ーアウダ・アブー・タイイ

男は、単独でいるといかにも大人物であるかのように自分を思うものだ。

さわやかに乗りつけた私を見た彼(バロウ少将、英軍騎兵司令官)は仰天して、いつダルアーを出たのかと尋ねる。「今朝です」と答えると、彼の顔は曇った。「今夜はどこで過ごすつもりかね」が彼のつぎの質問だった。「ダマスカスです」とこともなげに言って、私は駱駝を進めた…

 T.E.ロレンス「完全版 知恵の七柱 1~5」東洋文庫 J.ウィルソン編 田隅恒生訳 5 から続く。

【感想は?】

 最後の第5巻は、疾風怒涛のフィナーレ。

 舞台も今までの砂漠から移り、耕作地の多いシリアが中心となる。シリアといっても、現在のイスラエル・ヨルダン国境近辺にあたる地方で、栄光と裏切りのダマスカス入城で終わる。

 今までの地元での工作と、ヒジャーズ鉄道破壊の実績などから、英軍内・アラブ双方でのロレンスの発言力は増したらしく、カイロからはアラブ正規軍+駱駝二千頭などが支給され、また地元の非正規軍も膨れ上がってゆく。新しい村に着く度にロレンスたちは歓迎され、新規の隊員が増える…と同時に、村の少年たちは「運べるものなら何でも記念に持ち去ろうとする」。やっぱしアラブだw

 軍ヲタとしては、鉄道破壊の「チューリップ方式」も興味深いが、航空機の使い方もなかなか。複葉の戦闘機BE12が飛行中、燃料切れの通信文を投下する。そこで地上の部隊が急いで地面を整地して30ヤード×150ヤード(約27m×137m)を滑走路を作り、なんとか着地…するが突風が吹いて機は破損。

 土壇場で滑走路を作るって無茶も凄いが、そういう環境で離着陸してた同時の航空機と飛行機乗りのタフさも凄い。滑走路の長さが150m足らずって小回りの良さも印象的。などと活躍する偵察機・戦闘機だが、この巻では更に強力な機が登場する。双発の重爆撃機ハンドリー・ペイジO/400(→Wikipedia)だ。口さがないアラブ兵曰く。

「ほんとうに、そしてとうとうイギリスは飛行機と呼べるものを送ってきた。これに比べるとこのちっぽけなやつは驢馬だ」

 前半のハイライトは、現ヨルダンの村タファスの戦闘。英軍に破れたトルコ軍六千名が、逃げてゆく途中にあったのがタファス村の悲劇。敗走で気が立っていたトルコ軍の前に現れた無防備な村は、一夜で虐殺の舞台となる。ロレンスに同行していた村のシャイフ、タラール・アズ-ハライズィン、故郷に錦を飾って凱旋するはずが…

 彼を迎えるのは死体の山。そして彼方に見える、逃げて行くトルコ軍の槍騎兵連帯。怒り狂うタラールの突撃と、彼を見送った後に暴れまわるアウダ・アブー・タイイの姿は、全巻通じて最もドラマチックな戦闘シーン。

 この後、肝心のダマスカス入城は意外とあっけない。ここまでなんとか内輪もめを回避していたが、やっぱり騒ぎを起こすアウダが実に彼らしい。

 反逆者、とくに成功した反逆者とは必然的に臣下として悪質であり、統治者としてはより悪質だ。

 いやアウダのことじゃないけどね。

 入城を果たしたロレンスは、さっそく占領軍の代表として市政の復活に取り組む。これもまた、この本がゲリラの教科書と呼ばれる所以なのか、占領地の統治の手順が短く簡潔に、かつわかりやすく書かれている。

 まず警察の掌握と指揮、次に給水。日が暮れたら街灯をつけ、市民に平和を実感させる。衛生状態を改善するため清掃夫を組織して市街に転がった死体や瓦礫を掃除させ、軍医を病院に派遣して薬剤と食糧を調達する。消防隊を再建して火事を消し、大赦を発して監獄から政治犯などを釈放する。貧しい市民は飢え一触即発の気分が漂うが…

「アッラーは偉大なり。われはアッラーのほかに神なきことを証言す。われはムハンマドのアッラーの使徒なることを証言す。礼拝に来たれ。成功を求めて来たれ。アッラーは偉大なり。アッラーのほかに神はなし」

 と、アザーン(礼拝の呼びかけ、→Wikipedia)が流れると、興奮した群集が一気に静かになるのが、これまたアラブ風。

 そして、静かにロレンスは去ってゆく姿で、長い物語は終わる。素直に読めば「シェーン、カムバーック」な雰囲気の終わり方だが、うがった解釈もできるんだよなあ。

 というのも、この時のロレンスは、かなり危ない立場だからだ。アラブは独立を求めて戦ったのだが、イギリスとフランスは三枚舌外交(→Wikipedia)で裏切っている。血の気の多いアラブ人にとって、有名人のロレンスは格好の標的だ。暗殺事件が起きたら英国にとっても事態は厄介になる。さっさと姿を消すのが、英国にもロレンスにも都合がいい。

 1~5巻の全体を通してみると、長いだけあって様々な要素が入っている。ヒジャーズからヨルダンにかけての旅行記としても、地形・気候・人々の生活と気質など具体的な記述が多く、とても充実している。前半で展開する、オアシスからオアシスへと渡る駱駝の旅は、体臭まで匂ってきそうな迫力がある。シラミの襲来まで克明に書いてるし。

 乾いた季節ばかりでなく、四巻に描かれる冬の旅も、我々のアラブの印象を覆す描写が多かった。凍死する人もいるのだ、冬には。あのタブダブのアラブ服、風通しはいいらしいのだが、暴漢にはほとんど役に立たない様子。

 また、ニワカ軍ヲタには、ゲリラ戦の教科書としての側面が嬉しい。いや別に実施する気は毛頭ないけど。

 とりあえず現地の言葉を学び、現地の人の話を聞き、現地の風習を尊重する所から始めて…ってのもあるが、ゲリラ部隊の長所と弱点をわかりやすく書いてあるのが嬉しい。キモは地元を懐柔することと、神出鬼没に見せること、そして出きれば(他国の)正規軍から潤沢な補給を受けること、そして適切な人に資金と物資を渡すこと。

 それと同時に、現在のパレスチナ問題やシリア内戦の根本にある社会情勢がわかるのも、この本の重要な価値。古くから地中海の要所として栄えた場所だけあって、部族構成・宗教構成も複雑に入り組んでいて、シリアみたいな国家が成立している事が不思議なくらいに物騒な土地柄だ。なんとか平穏を保っているヨルダンが奇跡に思えてくる。ここにユダヤ人が割り込めば、そりゃ大騒ぎになるよなあ。

 「おおエルサレム!」や「中東軍事紛争史」と並ぶ中東問題の原点を探る資料として、「セブン・イヤーズ・イン・チベット」や「デルス・ウザラ」のような壮大な紀行文として、「ゲリラ戦争」のような軍事教科書として、または「ガリア戦記」のような戦記物として、多様な魅力が詰まった本だった。

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2014年8月12日 (火)

T.E.ロレンス「完全版 知恵の七柱 1~5」東洋文庫 J.ウィルソン編 田隅恒生訳 5

一度に大量のものをたべ、二日、三日、ときには四日も食べものなしで過ごし、あとで多量に食べることを学んだ。食物に関するルールを設けないこと、自分の 生活を時刻や呼び鈴で規制しないこと、定時の食事や回数を定めた食事はしないことをルールとした。このような異例づくめの行動は、私を無習慣というものに 習慣づけたのである。
  ――第九十一章 わが親衛隊 より

「犬ども(イスラームでは犬は不浄とされ、罵倒語に使われる)、アウダを知らぬのか?」
  ――第r九十三章 タフィーラ より

 T.E.ロレンス「完全版 知恵の七柱 1~5」東洋文庫 J.ウィルソン編 田隅恒生訳 4 から続く。

【感想は?】

 この記事は、第4巻の感想。

 第四巻はシリア作戦の準備段階で、主な舞台がアカバ~アンマン~ダマスカスあたりに移る。現在のイスラエルとヨルダンの国境線近辺を中心として、時おりシリア南部が顔を出す感じ。

 文章は今までとだいぶ印象が変わり、内省的・哲学的・抽象的な内容が多くなる。主な理由は二つ。まずサイクス・ピコ協定(→Wikipedia)のように、イギリスのアラブに対する裏切りがロレンスの気持ちを蝕んでいること。もうひとつは、この巻の執筆時のロレンスが、精神的に不安定な状況にあったこと。

 相変わらず精力的に動きまわるロレンスなのだが、上の理由と、次巻のクライマックスに向けた準備が内容の多くを占めるため、印象はだいぶ大人しい巻となった。

 アラビア半島の紅海沿岸の西北部、ヒジャーズ地方のトルコ軍は、ロレンスの思惑通りにほぼ動きが取れなくなった。地中海沿岸を北上する英軍に合わせ、ロレンスも更に北上し、アカバ以北で暴れまわる。それまでの駱駝に加え、機動力として自動車(装甲車)を得たのが力強い…ガソリンと修理部品があれば。

 それまでの活躍は噂を呼び、トルコ軍はロレンスに賞金までかけてくる。仕方なしにロレンスは護衛として親衛隊を組織するんだが、メンツがヒドい。頭目は二人いて、片方のザアギは「典型的な士官クラスの堅い男」とあり、実際に中盤~後半ではロレンスの片腕に相応しい働きを見せる。問題は、もう一人のアブドゥッラー、またの名をアン-ナハビー、盗人。

 成人前に女出入りで問題を何回か引き起こし、アチコチで働いてはボスと喧嘩しちゃブチ込まれてはズラかる。駱駝騎乗警官の職にありつき伍長になったはいいが…

短刀を振り回して喧嘩する癖と、人間のあらゆる悪行を知り尽くし、アラビアのあらゆる都でスラム街の汚濁を食べてきて物言いのけがらわしいその口のために、彼の分隊は人の注意を惹きすぎた。(略)

世界で最も経験豊富なウカイルで、アラビア中のあらゆるプリンスに仕え、雇われるごとに鞭打ちと投獄のあと、あまりにも過激な個人的行動の咎で例外なく放逐されている。

 と、まあ、しょうもないチンピラなんだが、「駱駝の目利きとしては断然一位の達人」。彼をロレンスは巧く使いこなしたらしく、「彼を懲らしめることは一度もなかった」。こんなのが頭目なんだから、他も似たようなもんで「大抵が無法者、凶悪罪を犯した者」「その多くは宿怨の仇敵同志」「彼ら内部で連日人殺しをやりかねない連中」とか、もう無茶苦茶。

 この巻の前半のヤマ場は、タフィーラの戦い。訳者前書きに曰く「ロレンスの『唯一の非ゲリラ作戦』」で、トルコ軍との正面対決だ。ここではムハンマド・ブン・ガースィブがヒーローで、「ウカイルの緋色の旗を高く掲げ、駱駝の上で日にきらめく長衣を風にはためかせて」先陣を切って突っ走る。

 兵力はアラブ600:トルコ1000で戦闘は完全勝利に近いにも関わらず、アラブ側に20~30人の死者が出た事を「私が敵襲を避けて兵を移動させていたなら、全部でもおそらく五、六人の損失で敵を破滅に追いやることもできた」ってのは、やたらと自分に厳しいとも思えるけど、その底には計り知れない自信も窺わせる。

 この巻では自動車も登場し、優れた機動力を発揮するんだが、これに乗ったアラブ人ムトルグの態度が、実に遊牧民らしい。山ほど荷物を積んだ荷台に乗ったムトルグ、車がスピンした拍子に振り落とされてしまう。運転ミスを謝ろうとするドライバーに対し、ムトルグは…

「怒らないでください、まだこういったものの乗り方を知らないもので」

 馬や駱駝から振り落とされたら、それは乗り手が下手なわけで、同じ理屈を自動車にも適用してるらしい。その名残なのか、サウジアラビアの暴走族は凄まじく、少し前にはサウジドリフトなんて言葉も一部で流布したり(→Youtube)。そりゃ事故も増えるわ。

 中盤では、珍しい砂漠の冬の行軍となる。なんと雪も降り、道を覆い隠してしまう。んな所でも駱駝で通るんだから、駱駝も大変だ。おまけに欧州戦線の不利がこっちにも影響して、兵力を吸い取られてしまう。ばかりか、フィアサルと彼の父フサイン王の亀裂が大きくなり、事態は暗雲を漂わせる。その為かロレンスもウジウジと悩み…

 いまや私は、このような演技に対する賞賛という報いを受け取らねばならなくなった。真実に基づいて異を唱えると、すべて謙遜、卑下といわれ、むしろゆかしいものとされる。人は、いつもロマンチックな物語を信ずるものなのだ。
  ――第百十八章 誕生日

 などと考え込んでいる。

 旅程ではローマ時代の道路の名残や、さまざまな遺跡が出てきたり、この地方の歴史の古さを思わせる記述の多い第四巻だった。記事は最終の第五巻へと続く。

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2014年8月10日 (日)

T.E.ロレンス「完全版 知恵の七柱 1~5」東洋文庫 J.ウィルソン編 田隅恒生訳 4

 ヒジャーズとシリアの違いは、荒野と耕地の違いである。われわれの直面するのは性格の問題なのだ。遊牧民から町の住民への移行にはとどまらない。文明化するための知識ということだ。ワーディー・ムーサー村は、最初の農民新兵補充地だったが、こちらも農民にならないかぎり、われっわれの運動もそれ以上に進むのは無理と分かった。
  ――第r六十二章 シリアの入り口で より

「ここは私のテントのあったところで、あそこにはハムダーン・アッ・サイフがいました。私が寝るのに使ったあの乾いた石と、隣のタルファのをご覧ください。アッラーの慈悲があの女に恵まれんことを――彼女は、サムフの年に、スナイニーラートでバフ・アッダーに咬まれて死にました」
  ――第八十一章 サラーヒーン より

 T.E.ロレンス「完全版 知恵の七柱 1~5」東洋文庫 J.ウィルソン編 田隅恒生訳 3 から続く。

【感想は?】

 この記事は、第3巻を読み終えた時点での感想。

 第1巻は、大まかな背景状況と、ヒジャーズ地方(アラビア半島の紅海沿いの北方)のベドウィンを、メッカの名家の三男ファイサルを核に終結させる準備段階。第2巻は、頼りになる戦友アウダ・アブー・タイイと共に、アカバ要塞を落とすまでの前半のクライマックス。

 それに続く第3巻は、舞台をシリアへと移す。シリアと言っても、現在のシリアに加え、レバノン・イスラエル・パレスチナ・ヨルダンを含めた地域全般を示している。遊牧民(と山賊)が中心だったヒジャーズから、定着した農民が増えるシリアへ。補給地としてアカバが使えるようになった事もあり、ロレンスもファイサルも、ポジションや戦略が変わってくる。

 今でも内戦で騒がしいシリアやレバノンの内情が窺えるのが、「第r六十二章 シリアの入り口で」「第六十三章 シリアの町」「第六十四章 シリアの政治」。ここを読むと、シリアやレバノンが、一つの国として成立してる事自体が奇跡のように思えてくる。

 シリアの定住部には土地固有の政治組織として村落より大きなものはなく、またシリアの族長制下の部分には各指導者のもとに置かれた氏族より複雑なものはない。こういった単位は非公式、任意的なもので、はっきりと現れた世論をゆっくり固めてゆくことによってのみ、資格のある家系から選ばれたものがその長につく。
  ――第六十四章 シリアの政治

 ここで紹介される各民族・部族・宗派は実に様々で、かつそれぞれに対立しているからしょうもない。大雑把に分ければキリスト教徒・イスラーム教徒・ユダヤ教徒なんだが、例えば…

 イスラームに属するヤズィード派(→Wikipedia)は「キリスト教徒、イスラーム教徒、そしてユダヤ教徒の啓示宗教の民は、ヤズィード派に唾棄するときのみ、団結する」。やはりイスラームのドルーズ派(→Wikipedia)も「イスラーム信者のアラブには嫌われ、代わりに彼らを軽蔑する」。

 これはキリスト教徒も同じで。現レバノンあたりのキリスト教徒マロン派とギリシア正教徒は「両教会の軋轢のもつれを解きほぐすのは至難のわざだ」「イスラーム教徒とその信仰を無際限に誹謗する点で一致する」。

 町案内のエルサレムの項は、なかなか奇妙だ。

町の住民はごくまれな例外を別にするとホテルの従業員として個性を持たず、一過性の訪問者のおかげで生活している。アラブ人とその民族意識の問題は、彼らにとってはきわめて迂遠な話である。

 つまり当事の住民の生業は旅行客相手の商売が中心で、そこそこ仲良く暮してた様子。

 続く「第六十五章 ゲリラ戦」は、タイトルどおりゲリラ戦、特に砂漠での戦いの教科書。「地勢や戦略地図や一定の方向性や固定点を願慮しないことなどにおいて、海戦のようなものだ」と、ロンメルみたいな事を言ってる。基本的な戦術は「攻撃してすぐ逃げる」、つまりヒット・エンド・ラン。

 ただ、元が訓練された兵じゃないわけで、統率はなかなか大変。第2巻でも重要な目標を前に、美味しそうな獲物を目の前にしたベドウィンをアウダが抑えるのに苦労してた場面があったけど、ここでは列車の襲撃が成功した時の興奮の描写がなかなか。

アラブたちは狂乱状態で、喚き立て、空中に銃を発射し、互いに相手を必死で掴み、頭に何もつけず半裸になって全速力で駆けずり回る。

 名声上がるロレンスの元には様々な訴えが殺到し、裁判官の役割まで押し付けられる。「武器を用いた襲撃が十二件、駱駝の盗み四件、結婚一件、窃盗二件、離婚一件、恨みによる不和十二件、凶眼の難二件、妖術一件にのぼった」。いや凶眼だの妖術だのをどう裁けとw

 列車襲撃の実入りの良さはアラブ人に大好評で、手が回らないロレンスは弟子を育て始める。これまた噂を呼んで、しまいにゃ盟友ファイサルにケッタイな手紙が届く始末。曰く「列車を爆破しますので、ルランス(ロレンスのアラビア語訛り)を一本お送り願いたく存じます」。ロレンスも調子に乗り、ダマスカスの市庁舎に予告状を貼り付け脅しに使う。

 とまれ、所詮はゲリラ戦。敵に打撃を与えることはできても、拠点は維持できない。この巻のロレンスは、カイロの英軍との兼ね合いで、そのあたりに苦悶している。

町を急襲して攻め落とし、そして撤収したのでは、地域のちっぱな百姓すべてをおそるべき大虐殺に巻き込んでしまう。

 ゲリラが撤退した後、やってきたトルコ軍が、定住している住民を腹いせに虐殺するだろう、そういう予測だ。今までは遊牧民だけを考えればよかったロレンスが、次第に定住民の事も配慮せにゃならん立場になってくる。この移り変わりが象徴的に出てるのが、「第八十一章 サラーヒーン」。

…アサドの墓参りがあった。これは氏族の始祖といわれている人物で、アンナードの埋葬地の近くで飾りのある墓に眠っている。バニ・サフル族は、聖跡とか聖樹とか先祖の祠堂といった村落的迷信の産物でみずからを装うことができるほど、すでに定住セム族となっているのだ。

 決まった所に墓があるってのは、定住民の証拠なんだなあ。などと思いつつ、何度かの列車襲撃の失敗と成功の後、一部の女性が注目する事件を経て、物語はシリア作戦へと続いてゆく

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2014年8月 8日 (金)

T.E.ロレンス「完全版 知恵の七柱 1~5」東洋文庫 J.ウィルソン編 田隅恒生訳 3

 したがって、われわれはメディーナを占領してはならない。(略)われわれとしては。トルコ軍をメディーナに、そしてあらゆる遠隔地に、できるかぎりの大人数で張り付けておきたい。理想をいえば、最大限の損失と苦痛をかかえたままで彼らの鉄道を、ただ運行できるだけ、だがそれだけにしておくことだ。

 T.E.ロレンス「完全版 知恵の七柱 1~5」東洋文庫 J.ウィルソン編 田隅恒生訳 2 から続く。

【感想は?】

 とりあえず2巻を読み終えた段階だけど。

 2巻は、漫画「ONE PIECE」で言うなら、アラバスタ編。ロレンスの計画で集結しつつあるベドウィンが、雪崩をうって一丸となり、難攻不落と思われたアカバ要塞を落とすまでをアクション全開で描く、前半のクライマックス。

 2巻のロレンスは、ずっと走りまくり。まずはアラビア半島の西北部、紅海のほとりワシュフに盟友ファイサルの基地を置き、英国海軍の補給を受けられる状況を整える。そしてロレンス自身は、まず内陸に「いるアブドゥッラー(ファイサルの兄)を訪ね鉄道破壊に手を貸す。

 ここで病に倒れ苦しむロレンスは、20世紀後半の混沌を引き起こす軍事上の偉大は発明に辿りつく。つまりは地元民を味方につけてのゲリラ戦だ。

ある一地方の住民に自由というわれわれの理想のために死ぬことを教えることができれば、その地方をものにすることができよう。

 具体的には、冒頭の引用が語るように、神出鬼没の山賊となり、トルコ軍が支配する鉄道を襲い略奪すること。

 トルコ軍は鉄道や停留所の維持に戦力を分散せにゃならん。その分、パレスチナやシリアの兵力は薄くなる。確かにゲリラは装備に劣る。だが、敵の兵力は分散している。個々の兵力なら集中攻撃で圧倒できるし、ヤバいようならズラかればいい。いつ、どこを攻撃するかは、こっちが決められる。そうやって敵に出血を強い体力を奪うが、撤退はさせない。

 トルコの立場から見ると、実に嫌らしい戦略である。悪魔かロレンスは。お陰で今でも米軍はアフガニスタンで…

 つまりは山賊なんだが、この巻ではピッタリの人物が登場して大暴れする。ONE PIECE でいえばビビ姫の役どころなんだが、演じるのは50歳近いオッサン、アウダ・アブー・タイイ。砂漠の戦士トゥワイハー族を率いるベドウィン最強の男。

 アウダは機会のあるかぎり頻繁に、また自分にできるかぎりは広範に、襲撃略奪をつづけてきた。遠征に出かけて、アレッポ、バすら、ワシュフ、ワーディー・ダワースィルまで知っている。そして略奪に適当な余地を残しておくために、砂漠のほとんどすべての部族とつとめて犬猿の仲になるようにしていた。

 ちょいワルおやじなんて甘っちょろいもんじゃない。マジモン、正真正銘の山賊の頭だ。物騒極まりない奴だが、この物語じゃ最も頼りになる男。ほとんど何の目印もない砂漠の中で、全く迷いもなく正確に道を定め、オアシスからオアシスへと渡り歩いてゆく。彼の案内でゆく600マイル(約960km)の行程が、この巻の多くを占める。

 600マイルの行軍は、ワジェフに戻ってから始まる。敵トルコ軍の目をかいくぐりつつ、内陸の迂回路を取り、英軍とアラブの軍勢を分断しているアカバ要塞を落とす大遠征だ。

 その遠征中で彼らが出会う、オアシスに住む様々なアラブの人々も、この巻に彩を与えている。

 オアシスの農園で家族と共に充足した生活を営む老人、ダイフ・アッラー。手入れの行き届いた段々畑でパーム樹・煙草・豆・メロン・胡瓜・茄子を育てている。政治には興味を持たず、胸を張って叫ぶ。「私は、私はクッルだ」。恐らく孤独ではあるだろうが、先祖から受け継いだ今の生活を誇りとして生きている。

 やはり孤独に生きているのが、羊や山羊の面倒を見る牧夫。

荒野の中で、自然の干からびた骸骨のようなところで、彼らは人間のこともその事象も何ひとつ知らずに自然児として育ち、通常の話をさせれば正気とも思えないほどだが、植物、野生の動物、そのミルクを主食にしている山羊や羊の習性などになると知らないことはない。

 砂漠の旅は厳しい。ひとつオアシスを見過ごすだけでも、干からびて死んでしまう。途中、何度か駱駝が死ぬ場面があるんだが、「食肉として分配されてしまった」って、やっぱアラブ人も駱駝を食べるんだなあ。

 その駱駝にも、当地には色々な種類があるらしく、海岸や中南部の駱駝は内陸に向かないとか。硬く熱い地面で蹄の裏を火傷して火ぶくれになり歩けなくなる。他にも競争用や荷駄用が違ったり。ちなみに高貴な方は牝に乗るそうです。

 ロレンスの観察眼は実に鋭くて、地形や地面の様子を見ただけで、その地形の由来を物語に仕立ててしまう。この辺は火山帯らしく、溶岩の地盤に砂がかぶさっているらしい。

 オアシスの多くはワーディー(涸れ川、→Wikipedia)にある。大きなワーディーは強力な部族も多く、ワーディー・スィルハーンでフワイタート族に受けたごちそう攻めの様子も、ロレンスの筆が冴え渡るところ。

 巨大なお盆の周辺に、羊の肉をたっぷり混ぜた米の飯で土手を築く。お盆の中央には羊肉のピラミッドと共に、丸ごと煮込んだ羊の頭が鎮座している。そこにバターと一緒に煮込んだ羊の臓物や脂肪や筋を、沸騰しそうな汁と一緒にブッカケて…ってな様子を、こと細かに数頁にわたり描写するんだから腹が減ってしょうがない。

 水場から水場へと渡る砂漠の旅。人の体温を求め這いよってくる蛇に悩みつつ、アカバへ近づくに従い軍勢は近隣の部族を吸収して膨れ上がってゆく。最後の突撃の迫力と爽快感は抜群で、ここでも最高にカッコいいのは先頭切って突撃かますオッサンのアウダ。

「駱駝に乗れ、この老いぼれのすることを見たければ」

 このまんま物語が終われば、爽快な冒険旅行の物語なのだが、お話はまだまだ続く

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2014年8月 7日 (木)

T.E.ロレンス「完全版 知恵の七柱 1~5」東洋文庫 J.ウィルソン編 田隅恒生訳 2

一対一のアラブ人は立派なもので、単位が小さいほど成果はあがる。一千名の兵力は暴徒にすぎず、よく訓練された軍隊の一個中隊にも敵うまい。しかし勝手知った山の中にいる彼らの三、四人は、トルコ兵一ダースを倒せるだろう。

 T.E.ロレンス「完全版 知恵の七柱 1~5」東洋文庫 J.ウィルソン編 田隅恒生訳 1 から続く。

【感想は?】

 今の所、第2巻の途中までしか読んでいないのだが、そこまでの感想だと。

 まるで「スターウォーズ エピソード6 ジェダイの帰還」じゃないか!

 「知恵の七柱」なんて意味深な書名、出版は教養の薫り高い東洋文庫、しかも最初の出版が1926年と90年近く前。いかにも堅苦しく重厚な雰囲気があるが。

 読み始めると、全然違う。荒々しいアラビアのヒジャーズ地方(アラビア半島の紅海沿岸の北部)の地形と気候、そこに生きるベドウィンをはじめとするアラブ人たちの逞しい生活と複雑な社会、そして君臨するオスマン帝国とチョッカイを出そうとするイギリス・フランスの思惑。

 などを背景に、英国陸軍ロレンス大尉と、彼と共に行動するアラブの戦士たちが、砂塵を撒きたてて疾走する、異郷での起伏に富む痛快な冒険旅行の物語だ。

 確かに多少、とっつきにくい部分はある。特に第1巻は、長ったらしい「訳者前書き」「編者序文」がつく。その内容は、本書の出版経緯を研究者やマニア向けに詳しく解説したものだ。この本を資料として読むなら重要な事柄なんだろうが、読み物として楽しむには、正直言ってじれったい。

 著者ロレンスも、同時代の知識人を読者に想定しているらしく、当事の世界情勢や有名人の名は了解しているという前提で話を進めてゆく。だから、何も知らない人は、予め第一次世界大戦当事の中東情勢を調べておくといい(→Wikipediaのアラブ反乱)。

 どうも T.E,ロレンス には熱狂的なファンや研究者が多く、皆さん相当の知識を持っている。そのため、ロレンスの話になると、当事の第一次大戦の各国の思惑などの背景事情は常識の範疇であり、改めて語る必要はない、そういう雰囲気らしい。だから聖典に該当する本書でも、大きな背景事情は省略して、いきなり細かい話が出てきてしまう。

 お陰で私のような無教養な者にとっては、いささか近寄りがたい雰囲気が出来上がっている。とまれ、この完全版で追加されたロレンス自身の筆による「序説」はありがたい。当事のアラブ・トルコ・イギリスの事情を、わかりやすく解説してくれてる。

 が、しかし。読みはじめると、ナニやら高尚な見かけと裏腹に、異郷での冒険旅行の物語だったりするのだ。旅に出て、仲間と出会い、強大な敵に戦いを挑む。まるきしワンピースだ。

 スターウォーズと対比させると。トルコは帝国、イギリスは同盟軍。アカバ要塞はデススター、ヒジャーズ地方は惑星エンドア、イウォークはアラブ人、そしてハン・ソロがロレンス。おお、ピッタリじゃないか。などと悦にいってたら、なんのことはない。スターウォーズは映画「アラビアのロレンス」に影響を受けてるとか。

 「ジェダイの帰還」との違いは、ヒジャーズ地方とそこに住む人について、とても詳しく細かいこと。ロレンスは経験豊かな旅人で、しかも充分な教養も持っていて、かつアラビア語にも通じている。だから、地形を見ただけで、その成り立ちがわかるし、それぞれの部族についても系譜や生活様式を詳しく聞きだす。文化人類学的にも優れた資料だろう。

 砂漠は不毛の地、ほしい人が勝手に占有できるものと思われがちだが、実際にはどの丘や谷にも持ち主と認められた者がいて、侵害されればたちまち自分の家族や氏族の権利を主張する。井戸や立ち木にも所有権があり、人が必要とするかぎり、前者から水を飲み後者から薪をとることは自由にさせるが、それを使って利益を得るとか、他人同士で私的な利得のためにこうした資産やその産物を利用しようとすれば、即座に阻止する。

 当事の英国の「教養」で驚いたのが、ロレンスの読書歴。第十九章で軽く挙げているんだが、クラウゼヴィッツ(→Wikipedia),マハン(→Wikipedia),ジョミニ(→Wikipedia),フォシュ(→Wikipedia)と続き…

ナポレオンの作戦をもてあそび、ハンニバルの戦術を勉強し、ベリサリウスの戦ったあとも辿ってもみた。それはオクスフォードでは誰もがやっていたこと

 …と来る。ホンマかいな。現代の東大や京大で、どれだけの人が、こんな勉強をしているんだろう。今の日本じゃ防衛大学ぐらいじゃなかろか。まあいい。そ んな物騒な教養を身につけたロレンスは、この巻で運命の出会いを果たす。メッカのシャリーフのフサイン・ブン・アリーの三男、ファイサルだ。

 互いにいがみ合う諸部族をまとめあげるに相応しい血筋と統率力、軍を率い作戦を決行するに足る頭脳と行動力、加えて「アラブの反乱」という壮大な幻想に向かってゆくだけの熱気。彼が優れた調停者であり、ぬかりなく将来に備ええいる様子が、「第二十一章 野営地の日常」で描かれる。

地元のシャイフを呼び出しては、地域の話や部族、家系の歴史を語らせるのを好んだ。あるいは、部族の詩人に彼らのいくさ噺――一族の過去の頌詩、一族の心情、多くの世代の努力であらたに加えられた一族のできごとなどを長い、伝統的な洋式で綴ったもの――を歌わせた。(略)私は、ヒジャーズ地方の人脈や派閥についてはその多くを彼自身の口から学んだのである。

 おらが村の成り立ちや我が家の家系について、聖地メッカの名家の坊ちゃんがご興味をお持ちと聞けば、そりゃ得々と語りたくなるだろう。地元の有力部族の名誉欲を満足させて自分に好感を抱かせつつ、将来の自分の支持者となる者の情報も仕入れる用意周到さ。

 当時は30代前半と若いながらも、抜け目なく着実に将来を見据えて地盤を固めてゆく政治家の姿が見える。ファイサルの熱気はヒジャーズの民へと伝染し、壮大な蜃気楼を生み出してゆく。

「私たちはもう遊牧民(アラブ)ではなくて、ひとつの国民なんですねえ」

 何気ない言葉だが、現代の中東問題の原点がここにある。

 そんなファイサルと出会い、彼の元で各部族の情報を仕入れ、彼らアラブの民と行動を共にするロレンスの中で、先の物騒な教養を素地に、(当時は)斬新な軍事戦略が次第に浮かび上がり…。これもまた、やがて毛沢東やチェ・ゲバラを介してタリバンまで続く、現代の重要な軍事戦略の基礎となるものだ。

 じっくりと書き込まれた風景とアラブ人が、活発に動き出すのは次の巻から。冒険の旅は始まったばかりだ。

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2014年8月 6日 (水)

T.E.ロレンス「完全版 知恵の七柱 1~5」東洋文庫 J.ウィルソン編 田隅恒生訳 1

 そこで私はアラビアへ行き、大物たちに会い、その人物のほどをよく考えてみることにした。第一人者のメッカのシャリーフが老齢であることは知っていた。アブドゥッラーは利口すぎ、アリーは純粋すぎ、ザイドは熱がなさすぎる、と私は見た。
 ついで私は奥地に入り、ファイサルに会ったところ、彼こそは必要な情熱を備え、しかもわれわれの策を実行するのに充分な思慮分別も持っている指導者とわかった。配下の部族民はりっぱな働き手だし、山々は天然の利点になると思われた。

【どんな本?】

 1914年6月28日、サラエボの銃声は第一次世界大戦を引き起こす。オーストリア=ハンガリー帝国とドイツ帝国の中欧同盟国は、ロシアを敵視するオスマン帝国(トルコ)を抱き込む。中東の支配を握るトルコの参戦は、イギリス・フランス両国の頭痛の種となる。

 だが既に斜陽の時を迎えたオスマン帝国は、その土台が崩れつつあった。メッカのシャリーフであるフサイン・ブン・アリーを代表としたアラブの各部族は、トルコの支配からの脱却を求め蠢動を始めていた。

 トルコの牽制を望む英仏両国は、この動きに注目し、トルコの足元をすくう計画を立てる。アラブの各部族が蜂起すれば、トルコは足を取られ身動きできなくなるだろう。

 歴史も文化も異なり、独自の思惑も持つアラブが、英仏と共闘するのは難しい。幸いにして英国陸軍は、一人の陸軍大尉に注目する。カイロの情報部に勤務するトマス・エドワード・ロレンス大尉である。歴史と考古学を学びアラブ旅行の経験もあり、現地の風俗・民俗に通じたロレンスを、フサインの元に派遣し、彼らの闘争を支援しよう。

 フサインを訪れたロレンスは、格好の人材を見出す。フサインの三男、ファイサルである。優れた統率力と行動力、冷徹な知性と熱い情熱を併せ持つファイサルと、アラブの世情に通じ奇想に富むロレンスの出会いは、やがてアラブの反乱(→Wikipedia)となって中東に嵐を巻き起こし、21世紀の今日でも中東の地図に大きな影響を残している。

 映画「アラビアのロレンス」で有名な T.E.ロレンス自らの筆によるアラブの反乱の従軍記であり、歴史的にも大きな意義を持つ資料であると同時に、日本人には馴染みの薄いアラビアの地と、そこに住む民の民俗・風俗を克明に記した旅行記でもある。長らく簡約版で普及していた名著の、ロレンス研究の第一人者がロレンスの自筆原稿から再構成した完全版。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Complete 1922 Seven Pillars of Wisdom, The Oxford Text., by T. E. Lawrence, J. and N. Wilson, 2004。出版の経緯が、ちとややこしいので、大雑把かつ不正確にまとめてみた。

  • 1926年 予約者版「知恵の七柱」刊行。
  • 1935年 簡約版「知恵の七柱」刊行。
  • 1997年 ジェレミー・ウィルソン編「知恵の七柱」第1版刊行。
  • 2003年 ジェレミー・ウィルソン編「知恵の七柱」第2版刊行。

 1926年の予約者版は極端に部数が少なく、入手が難しい。やたらと組版と体裁に拘ったロレンスが、文章をいじりまくって短くしたのが1935年の簡約版。今回の完全版は、いじるまえのロレンスの自筆原稿を元に編集したもの。

 日本では既に1935年の簡約版を元に、柏倉俊三訳の三巻本が出ている。完全版では、オリジナルの英語版より詳しい地図をつけるなどの工夫がなされている。日本語の完全版の出版年と分量は以下。

  • 第一巻 2008年8月10日初版第1刷発行 本文約347頁
  • 第二巻 2008年10月10日初版第1刷発行 本文約337頁
  • 第三巻 2008年12月10日初版第1刷発行 本文約336頁
  • 第四巻 2009年2月18日初版第1刷発行 本文約384頁
  • 第五巻 2009年7月10日初版第1刷発行 本文約221頁

 それぞれ縦一段組みで9ポイント41字×16行×(347頁+337頁+336頁+384頁+221頁)=約1,066,000字、400字詰め原稿用紙で約2,665枚。長編小説なら文庫本で約5冊分。

 平凡社の東洋文庫という威圧感のあるシリーズだが、意外と日本語の文章はこなれていてわかりやすい。ただ、原文のクセなのか、全般的に文が長いので、読み下すには多少の体力と集中力が要る。中に入ってしまうと、鮮やかにアラビアの風景が広がってくるんだけど。

 内容を理解するには、第一次世界大戦当事の背景事情などの歴史知識と、地形や気候に関する理科の知識があった方がいい。いずれも中学生レベルで充分に楽しめるけど。旅行記でもあるので、巻末の地図を見ながら読むと、なかなか進まない。慣れないアラブ人の人名・地名も多数出てくるので、分量のわりに手こずる部類だろう。

【構成は?】

  •  第一巻
  • 凡例/訳者前書き/謝辞/S・Aに/編者序文『七柱』の二つのテキスト
  • 序説
    • 第一章 執筆の方法と理由
    • 第二章 反乱の気分
    • 第三章 アラビア
    • 第四章 遊牧の相
    • 第五章 一神教
    • 第六章 自治独立の動き
    • 第七章 シャリーフの序曲
    • 第八章 主役を演じた英国人
    • 第九章 成功の足を引っ張る
  • 第一部 ファイサルを見出す
    • 第十章 ストァズとアブドゥッラー
    • 第十一章 ジッダ
    • 第十二章 アリー、ザイドとラービグ
    • 第十三章 ティハーマとシーラ
    • 第十四章 ファイサル
    • 第十五章 最初の作戦
    • 第十六章 士気
    • 第十七章 部隊
    • 第十八章 エジプトに帰る
  • 第二部 アラブ軍、攻勢に出る
    • 第十九章 ヤンブー
    • 第二十章 ヤフル・ムバーラク――わるい知らせ
    • 第二十一章 野営地の日常
    • 第二十二章 ワーディー・ヤンブー戦の敗北
    • 第二十三章 回復
    • 第二十四章 再調整――新しい計画
    • 第二十五章 ヤンブーを立ち退く
    • 第二十六章 行軍命令
    • 第二十七章 行軍
    • 第二十八章 ビッリ族の国で
    • 第二十九章 ワジェフ
  • 訳註
  •  第二巻
  • 凡例/第二巻への訳者前書き
  • 第三部 鉄道を牽制する
    • 第三十章 褒賞と口論
    • 第三十一章 改革
    • 第三十二章 相次ぐ転向
    • 第三十三章 鉄道襲撃の計画
    • 第三十四章 アブドゥッラー訪問
    • 第三十五章 戦略と戦術
    • 第三十六章 アバー・アン-ナアーム襲撃
    • 第三十七章 列車に地雷を施設する
    • 第三十八章 アブドゥッラーと友人たち
    • 第三十九章 ワジェフに戻る
    • 第四十章 アウダとアカバ
  • 第四部 アカバまで
    • 第四十一章 アカバの地勢
    • 第四十二章 ワジェフからアル-クッルまで
    • 第四十三章 アブー・ラーカにて
    • 第四十四章 ハッラ・アル-ウワイリド
    • 第四十五章 鉄道とアル-ウワイリド
    • 第四十六章 ワーディー・ファジュル
    • 第四十七章 ビサートゥ砂漠
    • 第四十八章 ワーディー・スィルハーン
    • 第四十九章 フワイタート族の饗宴
    • 第五十章 部族とともに
    • 第五十一章 道草を食う
    • 第五十二章 バーイル
    • 第五十三章 略奪団
    • 第五十四章 空白の一日
    • 第五十五章 流血
    • 第五十六章 アカバ奪取へ
    • 第五十七章 戦闘
    • 第五十八章 アカバ占領
  • 訳註
  • 訳者小論「アカバへの道――『七柱』の地図を修正する」 田隅恒生
  •  第三巻
  • 凡例/第三巻への訳者前書き
  • 第五部 足踏み
    • 第五十九章 シナイ半島横断
    • 第六十章 アレンビー
    • 第六十一章 再配置
    • 第六十二章 シリアの入り口で
    • 第六十三章 シリアの町
    • 第六十四章 シリアの政治
    • 第六十五章 ゲリラ戦
    • 第六十六章 さまざまな配慮
    • 第六十七章 見方のちがい
    • 第六十八章 ラム
    • 第六十九章 修復
    • 第七十章 あらたな出発
    • 第七十一章 待ち伏せ
    • 第七十二章 略奪
    • 第七十三章 脱出
    • 第七十四章 襲撃
    • 第七十五章 収穫
  • 第六部 橋梁襲撃
    • 第七十六章 いくつかの可能性
    • 第七十七章 進出
    • 第七十八章 前進
    • 第七十九章 夜行軍
    • 第八十章 バニ・サフル族
    • 第八十一章 サラーヒーン
    • 第八十二章 アズラクとアブヤド
    • 第八十三章 橋梁襲撃
    • 第八十四章 列車を待つ
    • 第八十五章 逃げ帰る
    • 第八十六章 悟らせる
    • 第八十七章 悟らされる
    • 第八十八章 エルサレム
  • 訳註
  •  第四巻
  • 凡例/第四巻への訳者前書き
  • 第七部 死海作戦
    • 第八十九章 地域攻勢
    • 第九十章 装甲車稼動
    • 第九十一章 わが親衛隊
    • 第九十二章 直接行動
    • 第九十三章 タフィーラ
    • 第九十四章 トルコ軍の反撃
    • 第九十五章 アラブの応戦
    • 第九十六章 募る悪天候
    • 第九十七章 遅々たる前進
    • 第九十八章 ウィンタースポーツ
    • 第九十九章 辞任を申し出る
    • 第百章 新規の取り組み
  • 第八部 挫折した高望み
    • 第百一章 大計画
    • 第百二章 アンマーンは失敗
    • 第百三章 撤退
    • 第百四章 マアーンも失敗
    • 第百五章 ドーニーは成功した
    • 第百六章 駱駝の贈りもの
    • 第百七章 襲撃掩護
    • 第百八章 ナースィル善戦
    • 第百九章 計画変更
    • 第百十章 フサイン王の拒絶
  • 第九部 最後の努力を考える
    • 第百十一章 アレンビー立ち直る
    • 第百十二章 アカバでの激論
    • 第百十三章 バクストン行動開始
    • 第百十四章 ルワッラ族
    • 第百十五章 和平交渉
    • 第百十六章 自動車でアズラクまで
    • 第百十七章 バーイルの会合
    • 第百十八章 誕生日
    • 第百十九章 帝国駱駝兵団
    • 第百二十章 自制する
    • 第百二十一章 フサイン王ふたたび
  • 訳註
  •  第五巻
  • 凡例/第五巻への訳者前書き
  • 第十部 御堂の完成
    • 第百二十二章 無人のアズラクを楽しむ
    • 第百二十三章 緩慢に終結を終える
    • 第百二十四章 第一の線路
    • 第百二十五章 第二の線路
    • 第百二十六章 第三の線路
    • 第百二十七章 阻止される
    • 第百二十八章 ナスィーブ橋梁
    • 第百二十九章 敵機を破壊する
    • 第百三十章 アレンビー訪問
    • 第百三十一章 砂漠へ戻る
    • 第百三十二章 奇手
    • 第百三十三章 潜伏する
    • 第百三十四章 騒乱の一夜
    • 第百三十五章 英軍とともに
    • 第百三十六章 ダマスカス
    • 第百三十七章 国づくり
    • 第百三十八章 衛生班
    • 第百三十九章 アレンビーの凱歌
  • エピローグ
  • 訳註
  • 付録Ⅰ 人名簿
  • 付録Ⅱ 行動表
  • 付録Ⅲ 出版者のノート
  • 編者解題 『七柱』――勝利と悲劇 ジレミー・ウィルソン
  • 訳者後記 田隅恒生
  • 文献ガイド T.E.ロレンスをめぐる七十年 八木谷涼子
  • T.E.ロレンス年譜 八木谷涼子
  • 索引
 

 基本的に時系列で進むので、素直に頭から読もう。

【感想は?】

 すんません。記事がやたら長くなったんで、感想は次の記事からにします。

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2014年8月 3日 (日)

ロラン・ジュヌフォール「オマル 導きの惑星」新☆ハヤカワSFシリーズ 平岡敦訳

「知識欲は不死と同じく、呪いのようなものだ」

「無私の知識なんて存在しません。見てごらんなさい。第五福音教徒や汎回教徒たちがどんなに必死になっているか。(略)ヒト族のことしか、彼らは語ろうとしない。そうやって宇宙の歴史を、自分たちの世界観に合わせようとしているのです」

【どんな本?】

 フランスの人気SF作家ロラン・ジュヌフォールの、代表的なシリーズの第一作。遠い未来、異様に広い異星オマルが舞台。かつて星間航行も出来た技術は失われ、今は、ヒト族・シレ族・ホドキン族の三種の知的種族が、小競り合いを挟みながらも和平へと向かいつつある世界。

 種族も年齢も違う六人の旅を縦糸に、センス・オブ・ワンダーあふれるオマルや異星人の生態や、三種族が織りなす奇天烈な社会と歴史を織り交ぜ、壮大な物語の開始を告げる叙事詩。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は OMALE, by Laurent Genefort, 2001。日本語版は2014年4月15日発行。新書版で縦二段組、本文約473頁+訳者あとがき5頁。9ポイント24字×17行×2段×473頁=約385,968字、400字詰め原稿用紙で約965枚。文庫本なら2冊分ぐらいの容量。

 文章は比較的にこなれている。ただ、フランス人作家による遠い未来の異星を舞台とした物語なので、固有名詞に独特の雰囲気がある。とまれ、SFとしてはコレがむしろ新鮮な味になっているんだけど。SFとしては、オマルの科学技術が退行してる設定もあり、やや懐かしい雰囲気が漂うが、異星人の技術が随所に出てくるためもあり、かなりSF味は濃い。

 また、最近の作品によくあるように、説明無しに物語内の独特の用語が出てくる部分が、随所にある。なので、最近のSFにある程度は馴染んだ人向けだろう。

【どんな話?】

 ここはオマル。太陽は天頂から動かず、昼と夜は一瞬で移り変わる。ここには三つの知的種族が住んでいる。ヒト族は地球表面積の約200倍、シレ族は約300倍、ホドキン族は約50倍の面積を支配しているが、それ以外にも果てしなく未開の土地が広がる広大な世界だ。かつて争っていた三種族だが、今の所は表面上は平和に共存を目指している。

 種族も年齢も異なる6人の者が、22年前に発行されたチケットと卵の殻に導かれ、巨大な飛行船イャルテル号に集う。目的地はスタッドヴィル、数ヶ月かかる長い旅だ。謎のチケットと卵の殻は誰の手によるものか。何の目的で六人を集めたのか。謎に導かれた六人の、冒険の旅が始まる。

【感想は?】

 フランス作家の作品と言うから色眼鏡で見ていたが、実は王道の冒険SF物語。

 まず圧倒されるのが、飛行船イャルテル号。全長1200mを超える巨体で、大空を悠々と飛び回る。現代の原子力空母が約330m、巨大タンカーが約460mだから、その3倍ぐらいの大きさ。ちなみに硬式飛行船グラフ・ツェッペリンは全長約237m(→Wikipedia)。

 飛行機ではなく飛行船なあたりが、この作品の味のひとつ。未来の異星が舞台なのに、科学技術が変な方向に向かっちゃっているのだ。遅れている、とは言いがたいのがミソ。なんたって全長1200m超えの飛行船を建造・運行する能力はあるんだから、現代より進んだ部分もあるのだ。

 じゃ、なぜ航空機じゃないのか。これが単なる味付けじゃないのが、著者のクセ者な所。奇妙な舞台オマルの設定が大きく関わってくるんだが、ちゃんと理屈が通っているのだ。

 そのオマル、異様に広い。ヒト・シレ・ホドキン三種の支配地域を足すと、地球の表面積の500倍を超え、しかも未踏の土地が果てしなく広がっている。「十二国記みたいなファンタジーか?」と思いそうだが、ちゃんとSFなのだ。「えっと、表面積を500倍にするには惑星の半径が22倍以上必要で、組成が地球と同じなら重力は…」

 ってな計算する人は、あましいないと思う。そういう計算する人なら、当然、例のアレに思い当たるだろうから。そんな風に、過去の作品への思い入れが詰まっているのも、この作品の味。

 謎めいた招待状で集められた、共通点が見当たらない6人の旅。となりゃ、SF者ならダン・シモンズのハイペリオンを連想する。これは明らかにワザとやってるんで、中盤以降でメンバーが自分の人生を語るくだりは、モロにそのもの。特に好色老人カジュルは、マーティン・サイリーナスの投影だろう。

 そこで語られる六人それぞれの人生は、なかなかにドラマチックで過酷。それだけで長編が一作書けちゃうそうなのを、挿話の一つとして圧縮しちゃってるのは、なかなかの贅沢だよなあ。

 その中ではカジュルの人生も相当なものだが、インパクトが最も強いのはアレサンデル。これは時期的なものもあって、やっぱり今はパレスチナ問題を連想すると実にやるせない気分になってくる。これも多分、私の勝手な思い込みではないと思う。

 アレサンデルの人生は、この物語の重要な側面を象徴している。一言で言っちゃえば差別意識だ。約千五百年前、三つの種族がほぼ同時にオマルに入植した。三種族は互いに争ってきたが、今は表面上、平和に共存している。辺境での小競り合いはあるにせよ。

 そういう不安定な状況なので、互いの中に敵意が密かに燻っている。これを減らそうと努力する者もいれば、むき出しにする者もいる。「世界はそういうものだ」と割り切って、己の価値観に従って生きる者もいる。この辺の微妙な感覚は、かつて広大な植民地を持ち、今も植民地からの移民を受け入れながらも、軋轢が表面化しつつあるフランス人ならでは。

 やっぱり他の作品を思わせる部分は、彷徨える飛行船を描いた部分なんだけど、あれラピュタとナウシカじゃないかなあ。とすっとシカンダイルルはクシャナ殿下? いや役割はドーラだけど。

 著者も本が好きらしく、本に関わる話が多いのも楽しい所。まずイャルテル号の図書室のしきたりが楽しい。「乗客たちは持っている本を申告し、航行中は皆がそれを読めるように、図書室に集めねばならない」。ああ、なんて素晴らしい規則なんだ。もしかして昔の船もそうだったのかな?

 それに加えて、シレ族やホドキン族の奇天烈な生態も重要な読みどころ。この作品ではシレ族の描写が多く、ホドキン族の生態はまだ多くの謎に包まれている。

 フランスSFという、一見キワモノなラベルの中に入っていたのは、王道のSF魂が炸裂する重量級の異郷冒険物語だった。奇矯なエイリアンと、起伏の激しい冒険物語が好きな人にお勧めの本格的なSF大作。

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2014年8月 1日 (金)

加藤尚武「現代倫理学入門」講談社学術文庫

 すべての人間が聖人となるなら、よい社会秩序ができるだろうが、実現の見込みはほとんどない。これは最高級の倫理である。実際には人間は聖人でないという前提で、社会の運営方法を設計しなければならない。その時すべての人間に要求される倫理水準は、低ければ低いほど、実現の見込みが高い。

【どんな本?】

 放送大学の教材「倫理学の基礎」をベースに、書籍というメディアにあわせ編集・加筆・削除したもの。

 現代の倫理学で議論となっている様々な事柄を、わかりやすい例に基づいて一般向けに解説すると共に、倫理学の様々な立場での解とその長所・短所を説明する、倫理学の入門書。著者は功利主義の立場を取っているが、共同体主義など他の立場での主張も挙げている。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 1997年2月10日第1刷発行。文庫本の縦一段組みで本文約244頁+あとがき3頁。9ポイント38字×16行×244頁=約148,352字、400字詰め原稿用紙で約371頁。短めの長編小説の分量。

 入門書とはいえ元が教科書なので、相応の覚悟は必要。二重否定などのややこしい表現が多少残っているし、解説付きではあるが専門用語も少し出てくる。ただし内容的には特に前提知識は要らないので、中学二年生程度の読解力があれば読みこなせるだろう。

【構成は?】

  • まえがき
  • 1 人を助けるために嘘をつくことは許されるか :  「嘘も方便」の正しい適用/カントは「嘘も方便」に反対する/間との倫理主義/われわれは「よりよいもの」を選ばなくてはならない
  • 2 10人の命を救うために一人の人を殺すことは許されるか :  選考の順位/奇妙なユートピア「サバイバル・ロッタリー」/生存の功利主義と人格の尊厳/単一の最高原理は存在するか
  • 3 10人のエイズ患者に対して特効薬が一人分しかない時、誰に渡すか :  六つの配分方法/最大多数の最大幸福/平等原理とリューマチの王様/ミルの平等論/最大幸福原理と平等原理/最大幸福と多数決
  • 4 エゴイズムに基づく行為はすべて道徳に反するか :  功利主義の原理は誰もが認めている/ベンサム対カント/倫理学は何を決めなければならないか/最小限の規制/豚とソクラテス
  • 5 どうすれば幸福の計算ができるか :  功利主義批判の要点/行為功利主義と規則功利主義/90%の事実上の賛同/欲望量から選考の結果へ/推移律の成立条件
  • 6 判断能力の判断は誰がするか :  決定権の範囲の決定/人格の範囲/対応能力/人格概念の要約と問題点
  • 7 <……である>から<……べきである>を導き出すことはできないか :  価値判断と事実判断/自然主義的誤謬/主意主義と自然主義/論理とレトリック/サールの批判
  • 8 正義の原理は純粋な形式で決まるのか、共同の利益で決まるのか :  精神世界のニュートン力学/カントの定言命法/定言命法の功利主義的な解釈/ヒュームの世議論/形式主義の可能性
  • 9 思いやりだけで道徳の原則ができるか :  黄金率と互酬性/黄金率への批判/マッキーによる普遍化の第一段階/普遍化の第二、第三段階/ロールズの「無知のヴェール」/ヘアの二段階の普遍化理論/ヘアの思い違い
  • 10 正直者が損をすることはどうしたら防げるか :  囚人のジレンマ/結果の予測/実験の結果/アローの定理/公平な第三者
  • 11 他人に迷惑をかけなければ何をしてもよいか :  判断力のある大人/自分のもの/他者への危害/愚行の権利/愚考権の根拠/狂信的干渉の害
  • 12 貧しい人を助けるのは豊かな人の義務であるか :  施しは義務であるか/二重の結果/完全義務と不完全義務/カントによる四つの義務/人工妊娠中絶論
  • 13 現在の人間には未来の人間に対する義務があるか :  現在の人の未来の人への犯罪/近代化の意味/世代間の関係/「恩」の再発見/ロールズの正義論/先人木を植えて、後人その下に憩う
  • 14 正義は時代によって変わるか :  ヘロドトスからマーク・トゥウェインまで/相対主義/ウィリアムズの批判/マルクス主義/変化は事実判断で起こる
  • 15 科学の発達に限界を定めることはできるか :  沈黙の春/科学批判の思想/科学は中立的か/人民の同一性
  • あとがき/索引

 教科書とはいえ、比較的に各章は独立している。まえがきで「本書の中心となっているのは、第11章」とあるので、気になった人は「第11章 他人に迷惑をかけなければ何をしてもいいか」を味見してみよう。

【感想は?】

 倫理学についてズブの素人なら、この本の前に児玉聡の「功利主義入門 はじめての倫理学」を読んでおいた方がいい。倫理学とは何か、倫理学にはどんな流派があって、それぞれどんな特徴があるのか、全体を俯瞰できる。

 その「功利主義入門」で「倫理学の入門書としては今日でも最初に読むべき本」と絶賛しているのが、この本だ。著者は功利主義の立場だが、他の立場での主張も取り混ぜ、現代の倫理学の全体を見渡し、状況報告をしている。

 各章のタイトルは、人をひきつけるよう巧く工夫されている。「人を助けるために嘘をつくことは許されるか」「10人の命を救うために一人の人を殺すことは許されるか」「10人のエイズ患者に対して特効薬が一人分しかない時、誰に渡すか」。誰だって、反射的に自分なりの解は出せるだろう。

 しかし、多くの人は「…んじゃないかな」程度の確信で、何かモヤモヤしたものが心の中に残ると思う。血気盛んな中学生なら、こういった問題を友人と熱く語れるだろうが、いい歳こいたオッサンになると、さすがに気恥ずかしくて語れない。だからって忘れたわけじゃなく、ただ日々の生活の悩みの方が切羽詰ってるってだけの話だ。

 そういった事柄を、根本の原理に遡って考えているのが、この本である。

 ただし、困った事に、この本に明確な回答は出てこない。というのも、倫理学の各流派によって解が違うからだ。この本はあくまでも入門書・教科書であるので、それぞれの流派の解と問題点を並べ、「…ってな点が現代の議題となっています」的な形で〆ている。

 どうも倫理楽というと、何か高尚で現実離れした学問のように思えるが、読んでみると、意外とそうでもない。個人の行動を規定するのが倫理だと思い込んでいたが、この本には、多数決を基盤とした民主主義や、自由な売買を認める経済学なども絡んでくる。つまりは「どんな社会がより優れているか」を考える学問でもあるのだ。

 例えばこの記事の最初の引用である。エンジニアなら、こう置き換えるかもしれない。

高品質の部品を使えるなら、優れた製品を作れるだろう。でも高品質の部品を揃えるのは難しい。より品質の低い部品でも優れた性能を発揮できる方が優れた設計だし、市場でも成功しやすい。AK-47がいい例だ。作りやすく使いやすくメンテも楽なので、子供でも使える←をい

 社会を工業製品の設計、ましてや人殺しの道具に置き換えるのはどうかと思うが、あまし禁欲を押し付けられる社会は窮屈だし、どっかに無理がありそうだ。多少は緩いが治安はいい、そんな社会こそ住みやすい。なるたけ規制は緩くして、各人の自由を最大限に保障したら、巧くいくんじゃないかな。

 ってなのが「最大多数の最大幸福」で、「じゃ多数決で決めましょう」と思ったら、大変な事になっちゃったのがルワンダの虐殺。多数派のフツ族が少数派のツチ族を虐殺しはじめて(→Wikipedia)。「ここでは民主主義という前提が、軍事的対決を生み出す大きな要因となっている」。

 これを防ぐには公平な第三者の介入が必要、という結論になっている。

 しかし果たして現代の国際社会で「公平な第三者」なんているんだろうか。70年代ぐらいまではスウェーデンあたりが、この介入者の役割を果たしてきた印象がある。日本がPKOに積極的になった原因の一つも、この辺なのかな…などと考え始めると、倫理学も相当に生臭くキナ臭い学問に思えてきたり。

 「近代哲学の夢は、倫理学の内容を数字や幾何学のように展開することだった」なんて話は、グレッグ・イーガンが好きな人なら思わず引き込まれてしまう部分。いやコンピュータが行動の是非を計算できたら…なんて考えると、色々と面白い話が出来そうだし。残念ながら「その夢は消えてしまった」と続くんだけど。

 それぞれの章で取り上げる話題は、一見素朴に見えるが、実は長い歴史があって深い思索が必要だったりする。物理的には薄い本だし、その気になれば一日で読めるが、課題を考え込むとキリがない。変わった読み方としては、物語、特にSFやファンタジイ創作のネタとして使うと美味しそう。ちょいと歯ごたえはあるが、それに相応しい内容を含んだ本だった。

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