« SFマガジン2014年10月号 | トップページ | 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日 上・中・下」新潮文庫 »

2014年8月31日 (日)

園池公毅「トコトンやさしい光合成の本」日刊工業新聞社B&Tブックス

植物の葉に、カメラのフラッシュのようなごく短い光を1回あてても光合成による酸素発生は起こらないのです。実験の条件を工夫してフラッシュを何回か続けてあてると、フラッシュ4回ごとに酸素が出てくることを観察できます。
  ――第5章 光合成の仕組み 34.酸素発生の仕組み

【どんな本?】

 光合成という言葉は、みんな知っている。葉緑素が、水と二酸化炭素と光を元に、酸素とデンプンを作る作用だ。「植物にはそういう働きがある」のは分かるが、なぜそんな事ができるんだろう? 植物の中では、何が起きているんだろう? 水と二酸化炭素と日光から酸素と炭水化物を作れるのなら、人工的に酸素工場や炭水化物工場ができてもよさそうなのに、今でもジャガイモは畑で作っている。何が難しくて産業化・工業化できないんだろうか?

 科学・工学・産業系のトピックを、その道の第一人者が、一般向けに親しみやすく解説する、日刊工業新聞社の「今日からモノ知りシリーズ」のひとつ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2012年12月25日初版1刷発行。単行本ソフトカバー縦2段組で本文約144頁。8.5ポイント24字×17行×2段×144頁=約117,504字、400字詰め原稿用紙で約294枚。小説なら中編の容量だが、イラストや図表を豊富に使っているので、実際の文字数は半分ぐらい。

 文章は比較的に読みやすい。全般的に素人向けに書かれた内容だが、本書のハイライトである「第5章 光合成の仕組み」は、かなり手こずる。必要なのは、生物学より化学の素養で、特に酸化(→Wikipedia)と還元(→Wikipedia)がポイントになる。

 このシリーズの特徴は、知識と経験が豊富な、その道の一人者が著す点だ。反面、ド素人向けの著述は不慣れな人が多い。著者の長所を引き出し短所を補うため、編集・レイアウト面で徹底的な配慮をしている。以下は、シリーズ全体を通した特徴。

  • 各記事は見開きの2頁で独立・完結しており、読者は気になった記事だけを拾い読みできる。
  • 各記事のレイアウトは固定し、見開きの左頁はイラストや図表、右頁に文章をおく。
  • 文字はゴチック体で、ポップな印象にする。
  • 二段組みにして一行の文字数を減らし、とっつきやすい雰囲気を出す。
  • 文章は「です・ます」調で、親しみやすい文体にする。
  • 右頁の下に「要点BOX」として3行の「まとめ」を入れる。
  • カラフルな2色刷り。
  • 当然、文章は縦組み。横組みだと専門書っぽくて近寄りがたい。
  • 章の合間に1頁の雑学的なコラムを入れ、読者の息抜きを促す。

【構成は?】

第1章 光合成をする生き物
第2章 光合成を見つけた人々
第3章 光を集める色素
第4章 光合成を理解するために
第5章 光合成の仕組み
第6章 光合成が作った地球
第7章 農業と光合成
第8章 人工光合成を目指して
第9章 光合成と私たちの未来
 参考文献/人物紹介/索引

 ヤマ場は「第5章 光合成の仕組み」。仮にこの章がわからなくても、以後の章は充分に楽しめるので、イザとなったら読み飛ばしてもいい。

【感想は?】

 光合成。水と二酸化炭素と光で、葉緑素が酸素と炭水化物を作る。その働きは誰でも知っている。

 けど、その仕組みはどうなのか。酸素と炭水化物を、水と二酸化炭素にするのは簡単そうだけど、その逆は難しいんじゃなかろか。なんでそんな苦労の多そうな真似をするのか。仕組みも、やたらと難しそうだ。

 と思って読んだら、やっぱり難しかった。最終的には量子力学が絡んでるっぽいし。そもそも光合成ったって、幾つか種類がある由が第1章で明かされる。ここに出ているのは四つで、紅色光合成細菌・緑色硫黄細菌・シアノバクテリア(→Wikipedia)・陸上植物。うち酸素を出すのはシアノバクテリアと陸上植物。

 鍵はシアノバクテリアで、これが葉緑体(クロロフィル)の祖先らしい。かつてミトコンドリアを取り込んだように、単細胞生物がシアノバクテリアを取り込んだ。やがてシアノバクテリアは葉緑体に変化し、藻類になった、そういう説が主流だとか。

 シアノバクテリアの取り込みは、生物の歴史で一回こっきり。でも、「共生の結果生まれた葉緑体を持つ藻類をさらに共生させるという二次的な共生は何度も起こりました」。というわけで、葉緑体にも多くの種類があるそうな。

 肝心の光合成に深く関わっているのが、ATP(→Wikipedia)。アデノシンにリン酸が三つくっついたモノ。リン酸が1個外れるとADPに変わり、エネルギーを放出する。このエネルギーが「ちょうど細胞内のさまざまな反応を進めるのに必要なエネルギー程度の大きさ」なんで、便利に使われてる。

 ただしATPはデカい。「人間が一日に使うエネルギーをATPの形で持とうとすると、体重とおなじぐらいのATPが必要」なんで、「糖や脂質の形で体に貯めます」。で、「植物は光合成によってATPを合成する」。だから植物の成長にはリン酸が必要なのかあ。

 できたATPは葉緑体内で更にデンプンに変わるけど、デンプンは水に溶けない。それじゃ他の所、例えば根に持っていけないんで、いったん糖に分解して運ぶ。糖をらせん状に繋げたのがデンプン、一直線に繋げたのがセルロース。

だから甘いもの=糖は分子が小さくて分解しやすく、虫歯になりやすいのかあ。で、輸送中の糖を横取りすればメイプル・シロップが採れるし、根に貯めれば太ったサツマイモになる。または一直線につなげればセルロースになって硬い幹になる。なんかわかったような気になるなあ。

 などと第5章は歯ごたえがあるが、これを越えるとSFっぽい話も出てくる。

 例えば光合成の読み方。植物の話だと「こうごうせい」と読むけど、「ひかりごうせい」と読む場合もある。光をエネルギーに変える産業のライバルは、今の所は太陽電池。単純にエネルギー変換効率で言うと、1mあたり太陽電池は150W、光合成は24W。効率で考えると、勝負にならない。

 けど「ひかりごうせい」つまり光触媒だと、話は別。つまり、人工的に改造した、または創った葉緑体で、物質を作り出す、または分解するシロモノなら、有望だとか。臭い消しとか。

 ちょっと違うけど、油脂つまり石油に代わる藻を作る研究もある。「中には乾燥重量の7割もの油を細胞に貯めこむものがみつかりました」が、「よく油を貯めるものは生育が遅い傾向」があるのが悩み。でもやっぱり、今の所のネックはコスト。

 第9章では砂漠の緑化から火星の緑化まで扱ってて、なかなか心躍る部分。実は砂漠の緑化ったって、木を植えるだけじゃダメで。まずシアノバクテリアで表面に薄い皮を作り、砂を動かなくすると同時に、空中の窒素を土中に取り込む。次にコケが侵入し、最後に草や木が生える。辛抱強くやる必要があるとか。

 で、これで温暖化ガスが減るかというと、実は話はそう単純じゃない。確かに植物がない所に植物が生えると、空中の二酸化炭素はセルロースに変わる。でも、既に森や林になってる所だと、枯れた木や草のセルロースは、空中に戻ってゆく。緑化の進行中は大気中の二酸化炭素が減るけど、緑化しちゃったら終始はトントンになっちゃう。うーん。

 などと、分子中の電子の動きなどミクロな話から、生物の進化の話、果ては地球の環境から火星のテラフォームまで、内容もスケールもバラエティ豊かな話題が詰まった本だった。ただ第5章をあまり理解できなかったのが悔しい。もう少し化学の基礎を身につけてから再挑戦しよう。

【関連記事】

|

« SFマガジン2014年10月号 | トップページ | 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日 上・中・下」新潮文庫 »

書評:科学/技術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 園池公毅「トコトンやさしい光合成の本」日刊工業新聞社B&Tブックス:

« SFマガジン2014年10月号 | トップページ | 舞城王太郎「ディスコ探偵水曜日 上・中・下」新潮文庫 »