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2014年7月30日 (水)

SFマガジン2014年9月号

「権力と大艦巨砲主義と薄着の美女の相性が良いのは、人間の思考の傾きとしての開、未開、洗練、野蛮の問題ではなく、単に思考の領野の配置の問題、設計上の妥協の問題です」
  ――円城塔「エピローグ」

 280頁の標準サイズ。特集は2本。ひとつは「夏の必読SFガイド」として、日本・海外の古今の傑作とともに、最近のSFアンソロジーを紹介する。もうひとつは「ダニエル・キイス追悼」。小説は吉上亮による PSYCHO-PASS の前日譚「無窮花 後編」、円城塔「エピローグ<5>」、夢枕獏「小角の城」、神林長平「絞首台の黙示録」、籘真千歳「θ11番ホームの妖精 本と機雷とコンピューターの流儀」。

 特集「夏の必読SFガイド」は、夏休みで気がゆるんだ未来ある若者をSFの泥沼に引きずり込もうとする企みがあらわな企画。つまりは古今の名作・傑作を紹介するのだが、ホットな話題の新しいものから並べていくあたり、若者をたぶらかそうとする年寄りの狡猾さがよく出ている。そういう事なら梶尾真治の「クロノス・ジョウンターの伝説」も入れていいんじゃないかな。

 クリストファー・プリーストの「逆転世界」は、読了後、本当に世界が歪んで見えた。キース・ロバーツの「パヴァーヌ」やマイクル・コーニイの「ハローサマー、グッドバイ」などサンリオSF文庫収録作が復刊して手に入れやすくなっているのも嬉しい。フィリップ・K・ディックは「暗闇のスキャナー」が一番好きだなあ。ほとんど自伝みたいな内容だけど、彼が抱えていた悲しみが最もストレートに出ている作品だと思う。

 吉上亮「無窮花 後編」。崩壊する故国を後に、全てを失い再び日本に舞い戻ったチェ・グソン。今は廃棄された浦安に住みながら、かつての潜入工作員としての腕を生かし、逃がし屋として生計を立てている。シビュラ・システムからの脱出を目論む者を、その目が届かない所に逃がす仕事だ。

 いよいよ PSYCHO-PASS シリーズの陰のヒーロー、填島が登場する後編。浦安ってロケーションが微妙にツボ。実は水路を使えば都心に近く、下町の空気も残っているが、東京じゃない。全編で炸裂した救いようのない絶望感を漂わせつつ、飄々としているように見える填島の心中が、少しだけ覗ける作品。

 円城塔「エピローグ<5>」。朝戸の奥歯に鋭い痛みが走る。だが奥歯に異常はないようだ。アラクネは繭玉のよな胴体に、小さな羽根が20枚ほど生やして浮かんでいる。今や人類は何度も退転を続け、しかもその間隔は短くなるばかり。アラクネの力で都合のよい宇宙を渡り歩いてさえ、この有様で…

 今回は朝戸&アラクネのコンビのお話。刻々と変化してゆく現実に、なんとか適応しながら、自分が存在しえる宇宙を飛び回りながら生き延びている朝戸。この物語の中で描かれる情景は、果たして本物なのか、神経に与えられた信号を登場人物の脳が再構成した幻想なのか、登場人物が理解しやすいように構成したレトリックに過ぎないのか、全く見当がつかない。

 神林長平「絞首台の黙示録」。今回も死刑囚タクミの視点で物語が進む。死刑が確定しているのは邨江清司。彼は拳銃で進化分子生物学研究所の同僚4人を殺している。その動機を、死刑囚タクミは思い出しながら語り始める。「倫理上の問題のある研究が多すぎた」

 今までの二人のオッサンの陰険な腹の探りあいから、真相に向けて一歩踏み出した感のある回。相変わらず作家タクミと死刑囚タクミは挙げ足のとりあいを続けてはいるが、少しずつディスカッション・ノベルっぽくなってきた…と思ったら、大変な仕掛けが飛び出してきて、「膚の下」にも通じる方向に向かうのか?

 籘真千歳「θ 11番ホームの妖精 本と機雷とコンピューターの流儀」。東J.R.C.D. 東京駅11番ホーム。東京上空2200メートル、地図には存在しないホーム。そこに駅員として勤務するT.B.は、一日の勤務を終え…るはずが、残業する羽目になった。なんと大量のディスクによるアップデート作業である。

 本編「θ 11番ホームの妖精」の第四話にあたる短編。と言っても私は本編を読んでないんだけど。今回は義経の活躍はなく、ほとんど T.B. と第七世代人工知能アリスだけで話が進む。ヒトと人工知能の違いがテーマのひとつなんだろうけど、T.B. も我々が考えるヒトとは少し違うような…

 横田順彌「近代日本奇想小説史」第14回「さまざまな翻訳・翻案その1」。冒頭は野副重正著(翻訳)「快飛行家スミス」大正五年三月・日本飛行研究会の紹介。航空機黎明期の飛行家アート・スミス(→Wikipedia)の半生記。「何と呼べばいいのか判らない」そうだけど、飛行機小説でいいんじゃないでしょうか。サン・テクジュベリやチャールズ・リンドバーグやリチャード・バックの先輩ってことで。

 大野典宏「サイバーカルチャートレンド」、今回はUSBのお話。昔はマウス・キーボード・プリンタなどがそれぞれコネクタもケーブルも別で、秋葉原のジャンク屋じゃ色んなケーブルやコネクタを売ってたもんです。今のPCは電源とモニタとネットワーク以外はUSBでイケちゃうから、楽だよなあ。で、そのUSBの電力供給機能を強化したら…ってなお話。既に iPod を充電できるぐらいの電力はきてるわけで、どこまでいくんだろう。

 もうひとつの特集「ダニエル・キイス追悼」は、小尾芙佐の「キイスさんに伝えたかったこと」が心に染みる名文。「アルジャーノンに花束を」、あれだけの傑作の結末にケチをつける編集ってのも凄いが、徹底してキイスのオリジナルを擁護したウイリアム・テンの作品眼にも感謝。長編版の名訳の裏話も嬉しい。誰か小尾芙佐翻訳傑作選とか出さないかなあ。

 やはり追悼文では、風野春樹の「ダニエル・キイスと多重人格ブーム」が世相を語っていて面白い。アルジャーノンの流行が、氷室京介・小泉今日子・松任谷由美・つみきみほ・後藤久美子などのプッシュの影響、というのがなんとも。今は池澤春菜が頑張ってるけど、彼女はちと深みにハマり過ぎてる上に守備範囲も広いから、ピントが絞りきれないんだよなあ。いっそ「この秋はマイクル・コーニイにフォーカス」みたく焦点を絞っちゃう、とか。

表紙の鮮やかな空色が、夏を思わせる9月号でありました。

 
 

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