ジェイムズ・ロジャー・フレミング「気象を操作したいと願った人間の歴史」紀伊國屋書店 鬼澤忍訳
「私は雨の注文を受けるたびに、風をおまけすることにしています。焼き肉料理をベイクドポテトが付いてくるようなものです。霧、霜、曇った日、オーロラは追加料金をいただきます。地震については、必要なときの二日前に予約をお願いします」
――ジャーマンホーン・モンゴメリー(創作上の人物)いずれの時代であれ、天気や気候を支配しよおうとする人びとは最新の技術を活用する――爆発物、専売特許を持つ薬剤、電気や磁気を利用した装置など。20世紀の初めには航空機が、半ばにはレーダーやロケット工学が加わった。
「病的科学は決して過去の遺物ではない。実際、現在の文献にも多くの実例が見つかる。この種の『科学』の出現は、科学活動が増えるにしたがって、少なくとも直線的に増えると考えるのが妥当である」
――アーヴィング・ラングミュア、ノーベル化学賞受賞者
【どんな本?】
大昔から日照りや洪水の度に、ヒトは天気を操作しようと雨乞い等の呪術に頼ってきた。産業革命以降は、雨乞いの踊りが鐘や大砲に変わった。航空機が登場してからは、薬剤をまいて雲を作る試みが加わる。他にも北極の氷を溶かす試みや、温暖化を防ぐため太陽光を遮る発想もある。
天候を操作する。そう請け負う者には、真剣に取り組んだ者もいれば、ペテン師もいる。科学者や工学者が考えた案の幾つかは実際に試され、成功した試みもある。軍が兵器として開発・実施した案もあった。
気候・気象には、どんなものがあったのか。彼らは、それをどのように売り込んだのか。売り込みは成功したのか。雨は降ったのか。効果はあったのか。どのように確かめたのか。実際に気候を操作した場合、どんな問題があるのか。人類は、今後どのように取り組むべきなのか。
気候操作の歴史を辿りながら、オゾンホールや温暖化などの現代的な問題に対し、どう対応すべきかを提言する、一般向けの教養・啓蒙書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は Fixing the Sky - The Checkered History of Weather and Climate Control, by James Rodger Fleming, 2010。日本語版は2012年7月2日第一刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約443頁+訳者あとがき4頁。9.5ポイント43字×18行×443頁=約342,882字、400字詰め原稿用紙で約858枚。長編小説なら長めの分量。
文章は比較的に素直で読みやすい方だろう。科学と歴史(主に現代史)の本だが、特に前提知識は要らない。敢えて言えば、世界各地の地形が出てくるので、大縮尺の世界地図があると便利かも。
【構成は?】
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【感想は?】
私はSFが好きだ。「北極海の氷を溶かすなんて」稀有壮大は話はワクワクする。
が、しかし。落ち着いて考えると、本当にやっちまったら、大変な事になる。海水面が上昇し、まさしく「華竜の宮」の世界になり、日本列島は日本群島になってしまう…ロシアはシベリアが穀倉地帯になってウハウハだけど。
気象・気候操作に対する著者の姿勢は慎重だ。「後先考えず無茶すんな、どんな害があるかわからん」だ。つまり、私のような向こう見ずを諌める立場である。
出てくるのは、北米インディアンの雨乞いから、19世紀のペテン師、そして20世紀のGEの科学者や米軍など、アメリカ合衆国の話が中心だ。その大半がペテンか、効果が疑わしい例が大半を占める。それも仕方がないのだ。仮に雨が降ったとして、それは自然現象なのか、レインメーカーが成功したからなのか、わからないからだ。
そういう点では、この本はペテン列伝としても読める。
例えば。19世紀には、大砲が雨を呼び寄せる、という発想があった。「空気の振動が水蒸気の凝集を招き、雲ができる」と。実際、大規模な戦闘の後では、雨が降る事が多いではないか。
これに対し、物理学者のウイリアム・ジャクソン・ッハンフリーズが、こう反論している。「軍は天気のいい時に大規模な戦闘をすべく計画する。そして北米や欧州では、3~5日ごとの周期で雨が降ったり晴れたりする」。つまり戦闘の時に晴れていれば、数日後には雨が降る周期になるわけだ。
こう冷静に説明されれば納得するが、ヒトは「最新技術」に弱い。当時は大砲だったが、やがて航空機やドライアイスになり、しまいには水爆まで持ち出す。この本は天候操作だけだが、今の日本だってタキオンだマイナスイオンだトルマリンだと奇妙なネタは幾らでもある。そういうコトガラの、大掛かりなシロモノが沢山出てくるのが楽しい。いや結構税金を無駄遣いしてる話もあって、笑ってばかりはいられないのだけれど。
実際に成功した例もある。うち一つは1940年代にGEが成しとげた、「雲の種まき」だ。最初はドライアイスで、次にヨウ化銀を使い、航空機でバラ撒いて雲を作っている。ちなみにヨウ化銀で登場するのは、バーナード・ヴォガネット。作家カート・ヴォネガットのお兄さん。そのバーナード兄さんは、広範囲にヨウ化銀をバラ撒く事の害を懸念している。
残念ながらこの作戦、費用対効果を考えるとモトが取れないらしく、あまり大掛かりには行われていない…ことになっている。ベトナム戦争で秘密にやってたらしいけど。
現実に役に立ったのは、イギリスのファイドー。第二次世界大戦中、霧の多いイギリスでは空軍の活動が制限された。そこで、空港近辺の霧を晴らすために、空港周辺にバーナーを並べ石油を燃やし、炎で霧を晴らす。戦争の役には立ったが、費用がバカ高い(一時間あたり44,500ポンド)ので、民間空港では計器着陸が定着しましたとさ。
私の好きな、大法螺話は終盤になってゴロゴロと出てくる。水爆で北極海の氷を溶かしたり、コンゴ川を堰き止めてコンゴの国土を水面下に沈めたり、オゾン層を破壊して成層圏を冷やしたり、海の鉄分を増やして植物プランクトンを増殖させ、二酸化炭素を吸収させたり。実に楽しい…SFとしては。
ただ、現実にやると、いささか困った事になる…かも、しれない。そもそも、天気予報が外れるように、どんな結果になろうとも、それが自然現象かヒトの手によるものかわからない。どんな副作用があるかもわからない。そして、利益を得る者もいれば損をする者もいる。いったい誰が損得を決める権限を持つのか。
この本では大規模な気候操作の話ばかりだけど、実は既にダムや運河で、ヒトは気候に干渉しているのだ。アフリカじゃ過放牧で砂漠が広がってたり、気流・海流に加えて生物活動・経済活動も勘定に入れると、気象の予測は更に難しくなる。
ペテンの手口の紹介、政府や軍の愚行、そしてSF的な大法螺など、興味深いネタが詰まった本だった。
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