エリック・ハズペス「異形再生 付『絶滅動物図鑑』」原書房 松尾恭子訳
博士の主張の中でとりわけ物議を醸したのは、伝説の動物の多くは実在した、というものだった。さらに博士は、奇形を持つ人の中には、伝説の動物の遺伝子を持つ人がいる、という考えも示した。研究チームの仲間であるホレース博士は、博士の主張を真っ向から否定した。
翼の移植に取り組み始めて数か月になるが、なかなかうまくいかない。筋肉、神経、皮膚、繊維性組織を、慎重に、最新の注意を払いながら縫合している……それなのに、翼は動かない。ペガサスは実在したのだ。そのことを照明するために、僕はペガサスを作っている
――スペンサー・ブラック博士
【どんな本?】
スペンサー・ブラック、1851年生まれ。マサチューセッツ州ボストン出身。父親のグレゴリー・ブラッは、ボストン医療技術大学で尊敬を集める解剖学教授だった。父を亡くしたスペンサーは医学の道に進み、優れた才能を示し、将来を嘱望される。フィラデルフィア医学院の研究室Cでは、奇形の治療で画期的な実績を挙げてゆく。
だが、彼の研究は、あらぬ方向へと突き進み、やがて医学会から忌諱される存在へとなってゆく。
医学の進歩の陰に葬り去られた異端の医師、スペンサー・ブラック博士の謎めいた生涯を掘り起こすと共に、彼の残した最後の出版物「絶滅動物図鑑」を収録した、医学史上の貴重な資料である。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は The Resurrectionist - The Lost Work of Dr. Spencer Black, by Eric Hudspeth, 2013。日本語版は2014年5月30日第1刷。単行本ハードカバー縦一段組みで約215頁。9.5ポイント48字×18行×215頁=約185,760字、400字詰め原稿用紙で約465枚だが、後半はブラック博士による図鑑なので、実質的な文字数は半分程度。小説なら中編の分量。
はっきり言って、読む本じゃない。この本のハイライトは、後半の「絶滅動物図鑑」。スペンサー・ブラック博士の詳細なスケッチを、じっくりとご覧あれ。
【構成は?】
スペンサー・ブラック博士の生涯 |
『絶滅動物図鑑』 |
【感想は?】
そう、この本のハイライトは付録の『絶滅動物図鑑』にある。
どんな内容かというと、実は表紙を見れば一発でわかる。こんな事なら Amazon のアソシエイトIDを取っておけばよかった。今更、遅いが。
『絶滅動物図鑑』。先の【構成は?】をご覧いただけば判るように、明らかにヘンだ。スフィンクス/セイレン/サテュロス/ミノタウロス…。みんな、伝説の化け物ばかりだ。これらを、「今は絶滅してしまった生物」として扱い、繊細なスケッチを吸えて図鑑にしたのが、この本である。
目次で判るように、「東洋ガネーシャ(→Wikipedia)」や「冥界イヌ(ケルベロス、→Wikipedia)」も、一つの種として扱っているのが、シャレの利いてる所。いや普通、思わないでしょ、ガネーシャが群れなして繁殖してる所とか。でもサテュロスやミノタウロスは群れていても違和感がないんだよなあ。なんでだろ?
これらの動物を、解剖学の教科書っぽく、まずは生真面目に生物学の界/門/網/目/科/属/種と分類してゆく。スフィンクスってネコ科かい。
まあ、ここまでは序章。本当の驚きは、次の頁をめくった時にやってくる。図鑑らしく、なんとスフィンクスの骨格のイラストが描かれているのだ。しかも、尺骨だの肩甲骨だの仙骨だのと、本当の解剖学の研究書みたく、キッチリ骨の名前までつけて。
このイラストがまた、いかにも解剖学の教科書に出てくるような、鮮やかでリアルなイラストなのが嬉しいところ。
骨格ばかりでなく、次の頁には全身の筋肉の図解が出てくる。これもまた、小翼内転筋だの大指内転筋だのと、いかにもソレっぽくデッチ挙げているのがいい。だけでなく、筋肉のつき方も、じっくり見ると、なんか理屈にあってるような気がしてくる。
スフィンクスはヒト+ライオンで哺乳類同志だから、なんとかなるかも知れないけど、次のセイレンはヒトと魚を一体化させようとする無茶っぷり。ところが、イラストを見てると、なんか本当にいそうな気がしてくるからたまんない。
とまれ、こうやって骨格で見せられると、「これ根本的にデザインが間違ってるだろ」とか思っちゃったりもする。ケンタウロスだ。いやあなた、全身の骨格のイラストを見ると、肋骨群が二つあるんですね。ヒトの胸と馬の胸。とすっと心臓や肺も二つあるわけで…
などと屁理屈をいくら並べても、この本の面白さは伝わらないのが悔しい。絵の持つ衝撃こそが、この本の面白さ。伝説の化け物の骨格標本を、徹底して生真面目な学術書のフリして出したのが、この本のシャレが利いてるところ。表紙を見てピンと来たら、後半をパラパラとめくってみよう。
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