米陸軍航空隊編著「B-29操縦マニュアル」光人社 仲村明子+小野洋訳 野田昌宏監修
機の通常スタンバイ電流は725アンペアである。通常の戦闘爆撃に必要とされるのは1080アンペア。全エンジン発電機から得られる総アンペア数は1200アンペアである。
【どんな本?】
太平洋戦争で合衆国陸軍航空隊の大型爆撃機として活躍したボーイングB-29大型爆撃機。それは、四発のライト社R-3350-21型エンジンを持ち10人のクルーで運用する、複雑なシステムだった。
これは、合衆国陸軍航空隊が搭乗員に配った操縦マニュアルを、SFマニアであり航空機マニアでもあった故・野田昌宏氏をはじめ日米のB-29マニアが協力して再現・日本語訳した書籍である。
各クルーは、何を持っていたのか。具体的にどんな役割を似担い、どんな操作をしたのか。機体には何が備えられ、どんな役割を果たしたのか。そんなB-29運用の詳細な情報が得られると共に、当事の合衆国陸軍航空隊の技術・戦略思想や、搭乗員教育の姿勢などを通して、米軍の体質が伝わってくる、貴重な資料。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は Flight and Operational Manual B-29 BOMBER。日本語版は1997年7月30日発行。版型は独特で、ハードカバーの単行本を横に2冊つなげた感じ。原書の2頁分を1頁に収めたらしい。そのためか、日本語版では各頁に2つのノンブル(ページ番号)がついている。ページ番号で言うと、横一段組みで387頁+監修者あとがき6頁+仲村明子の訳者あとがき2頁。頁数は多いが、中身の6割以上をイラストが占めているので、文章量は少ない。
文章は原書の雰囲気を伝えるマニュアルっぽいおカタい文体。本物のマニュアルだから、専門用語も容赦なく出てくる。単位もヤード・フィート・やガロンなど、当事の合衆国市民にあわせたもので、決して今の普通の日本人にとって読みやすい本ではない…まあ、「読む」本じゃないけど。
【構成は?】
- セクション1 概要
全体の寸法と輪郭図/重心図/重量データ/燃料系統/潤滑油系統/搭乗員配置/エンジン/ライト社R-3350-21型の許容温度/ターボ過給器/交流直流電源供給/油圧系統/酸素系統/防水・バキューム系統/プロペラ氷結防止/舵面/着陸脚/通信装置/武装/装甲/キャビン内空気調整/飛行の制限/パイロットの計器盤と制御装置/副操縦士の計器盤と制御装置/機関士の計器盤と制御装置/機関士スイッチ・パネル/補助動力装置チェック・リスト/諸データ - セクション2 搭乗員チェック手順と操作手順
- パイロットと副操縦士のチェックリスト
搭乗前/エンジン始動前/エンジン始動、暖機運転中/離陸前/離陸と飛行/着陸前/着陸中/着陸後 - 機関士チェックリスト
搭乗前/エンジン始動前/エンジン始動、暖機運転中/離陸前/飛行中/着陸前/着陸中/着陸後 - 通信士チェックリスト
搭乗前/エンジン始動前/暖機運転中/飛行中/着陸前/着陸後 - 航法士チェックリスト
搭乗前/エンジン始動前、暖機運転中/離陸前/飛行中/着陸前/着陸後 - 爆撃手チェックリスト
搭乗前/エンジン始動前/離陸前/飛行中/着陸前/着陸後 - 銃手チェックリスト
搭乗前/エンジン始動前/エンジン始動、暖機運転中/離陸前/飛行中/着陸前/着陸後
- パイロットと副操縦士のチェックリスト
- セクション3 非常時手順
緊急(非常用)装備/医療装備/非常時手順/警告手順/エンジン始動前のナセル火災/飛行中のナセル火災/離陸中のエンジン不調/脱出手順/非常脱出口/非常脱出時の指導/不時着水手順/搭乗員不時着水時ポジション/プロペラフェザリング手順/緊急着陸装置操作/非常用携帯引き込みモーター/前下方銃座の緊急操作
【感想は?】
まず、豊富なイラストに驚く。
例えば「セクション2 搭乗員チェック手順と操作手順」。ここでは、各頁が3コマのイラスト+対応する説明でなっている。クルーがすべき動作一つごとに、イラストが一枚ついているのだ。なんという親切さ。イマドキの電化製品のマニュアルでも、ここまで親切なモノは滅多にない。
「アメリカのマニュアル文化」と言ってしまえばそれまでだが、実際に読んでみると、さすがにパイロットは無理でも銃手ぐらいなら自分でも勤められそうな気になってくる。それぐらい、「いつ、何をするか」が分かりやすく書いてあるのだ。
当事の合衆国陸海軍は、平時から戦時への急速な転換に伴い、大量の徴集した将兵で膨れ上がっていた。その大半は予備役ですらない、軍と縁もゆかりも無い普通の若者である。彼らを急いで教育し、軍の任務をこなせるよう育てなければならなかった。その効率的な教育システムの一端が、このマニュアルから透けて見える。
「現代日本の家電マニュアルと違うな」と思う第二点は、それぞれの手順で「正常に動作しなかった時」の対応策が、その手順の所に書いてある点。家電マニュアルだと、マニュアルの末尾に「故障かな?と思ったら」みたいにまとめて書いてある。もっと酷いのはコンピュータのマニュアルで、エラー・メッセージ番号と現象の対応表があったり。
大型の機体だけあって、クルーも忙しい。なんたって、運用には10人も必要なのだ。今の代表的な大型旅客機のジャンボことボーイング747が、キャビン・アテンダントを除けば2~3人の操縦士で運行できる事を考えると、大変な違いだ。これを読むと、現代の航空機の自動化が凄まじい技術の結晶であることが実感できる。
例えば航法士は、なんと六分魏を抱えて搭乗する。航法士は持ち物も独特で、コンパスやらディバイダやら計算尺やら。今ならビーコンとGPSとコンピュータで終わるところを、推測航法と手計算でやってるわけだ。敵地を飛ぶんだから、誘導用の電波は期待できないし。
ってなのを読むと、単座の戦闘機や偵察機のパイロットの軍務の大変さが、否応なしに伝わってくる。なんたって操縦士・航法士・通信士・銃手(または爆撃手)の仕事を、全部一人で担うんだから。
やはり大型機だからか、予備の部品も豊富に搭載している。通信士は予備の同調ユニットがあるし、爆撃手は予備のヒューズがある。ヒューズってのが、いかにも当時だ。通信関係はみんな真空管だし。整備は大変だったろうなあ。真空管はすぐ切れるし。
いかにも米軍だなあ、と思うのは、緊急時の記述も充実している点。パラシュートについてる応急キットに、ソーイングセットもあるのは…服を縫うのか、体を縫うのか。
当事の米軍が、機体の何を重視していたかがわかるのも、この緊急時の部分。「自分のリボルバーで爆撃照準機を撃ち壊す」とかあって、やはり照準機は秘密兵器だったんだなあ、などと思ったり。
「兵の気持ちをよく考えているなあ」と感じるのが、「救命筏に乗船して」。これは海上を漂流する際の注意事項を、短い文章で端的に書いてある。特に興味を惹かれたのは「船酔い」の項。「救命筏では大抵の者が船酔いを起こす。その状態は大抵24~48時間の内に改善される」と、気分が悪くなる由およびじきに治る由が明記してある。
体に不調があれば、人は不安になる。まして不時着水の洋上ともなれば尚更だ。そこを、「普通は調子が悪くなるんですよ、1~2日で治ります」と言われれば、少しは気持ちがラクになる。文体こそ素っ気無いけど、こういう細かい気配りはさすがだなあ、と感じてしまう。
そしてSF者として嬉しいのが、監修者あとがき。大元帥こと野田昌宏の、講談調でノリのいいノダ節に久しぶりに触れ、切なさと懐かしさが漂う内容と共に、思わずシンミリしちゃったり。
本と言うより資料なので、より積極的に頭を使った読み方が要求される。豊富にイラストを使ったわかりやすい説明があるだけに、ついつい読み飛ばしがちだけど、その「わかりやすさ」に気付いたとき、当事の米軍の体質も見えてくる。もちろん、B-29の機能が知りたい人にも、一級品の資料だろう。
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