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2014年6月 8日 (日)

阪上孝・後藤武編著「<はかる>科学 計・測・量・謀…はかるをめぐる12話」中公新書1918

はかることは、つねに何かと何かの関係をつかむことである。はかるものとはかられるものとが具体的な関係を結んだとき、そこに生きた空間が生まれる。
  ――第8章 身体から都市へ――空間をはかるル・コルビュジエ 後藤武

【どんな本?】

 世の中には様々な単位がある。それらは、どうやって決まったのか。決まる前は、どうだったのか。ヒトはどうやって世界を測っているのか。なぜ人工衛星で地下の様子がわかるのか。過去の様子を、どうやって知るのか。

 中部大学高等学術研究所が、細分化した学問分野を横断する研究会として、文系理系を問わず広い範囲で専門家を集め、三年間にわたり「はかる」というテーマで行なった研究会を元に、そのエッセンスを集め一般向けに著した解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2007年10月25日発行。新書版で縦一段組み、約287頁。9ポイント42字×17行×287頁=約204,918字、400字詰め原稿用紙で約513枚。長編小説なら標準的な分量。

 新書のわりに比較的に文章は硬い。また内容も思ったより濃い。これは本書の構成のためだろう。

 次の【構成】を見ればわかるが、章ごとに著者が違う。この本は、それぞれの分野の研究者が、自分の得意分野で「はかる」に関係する事柄を記事にして、それをまとめた本だ。

 書いているのは研究者であって、素人向けの著述の専門家ではない。正確さは重要視するが、「売れる文章」を書く人ではない。そのため初歩的な専門用語が出てくるし、論文的な言い回しも多くなる。

 また各著者は気合を入れて書いたようで、素人向けと意識はしつつも、短い頁数にできるだけ内容を盛り込もうとする気概が伝わってくる。そのためか、各章の中味は、相当に濃くなった。バラエティ豊かな味わいがある反面、次々と全く異なるテーマが展開するため、章ごとに頭を切り替えるのに苦労した。

【構成は?】

  • はじめに 阪上孝
  • 第1部 はかる尺度・単位
    • 第1章 はかることの革命 メートル法の成立 阪上孝
      • 一 旧体制と度量衝
      • 二 啓蒙の時代
      • 三 はかることの革命
    • 第2章 キログラムの再定義 単位の普遍性をめざして 藤井健一
      • 一 キログラムの歴史
      • 二 新しい定義を求めて
      • 三 アボガドロ定数をはかる
      • 四 再定義の影響
    • 第3章 環境をはかる 一技術者の立場から 瀬田重敏
      • 一 継続してはかる
      • 二 はかった結果をどう読むか
      • 三 はかった結果を理解できる力を養成する
    • 第4章 アフォーダンスという単位 肌理と情報 佐々木正人
      • 一 アフォーダンスの歴史的背景
      • 二 地面からサーフェスへ
      • 三 生態学から遮蔽へ
  • 第2部 国土・都市をはかる
    • 第5章 古代シュメールでどのように土地が測られ、穀物が量られたのか 前川和也
      • 一 種子の播き方
      • 二 播種条数の意味するもの
      • 種を播く間隔と容量システム
    • 第6章 風水で国土をはかる 気と脈であらわす朝鮮の古地図「大東興地図」の表現と思想 渋谷鎮明
      • 一 「大東興地図」とは
      • 二 気と脈であらわされる山の連なり
      • 三 再評価される大東興地図
    • 第7章 空からはかる 考古学とリモートセンシング 渡辺展也
      • 一 リモートセンシングの歴史
      • 二 考古学と人工衛星画像
      • 三 デジタル化が支援する考古学
    • 第8章 身体から都市へ 空間をはかるル・コルビュジエ 後藤武
      • 空間尺度の歴史
      • ル・コルビュジエの空間尺度
      • 身体のメタファーとしての都市
  • 第3部 感性・意味をはかる
    • 第9章 音をはかる 音響学の歴史的変遷 橋本毅彦
      • 一 音の高さをはかる
      • 二 音色をはかる
      • 三 音の大きさをはかる
    • 第10章 “美”をはかる 音の文化の諸相をめぐって 藤井知昭
      • 一 音の文化
      • 二 音の認知の諸相
      • 三 音の機能的な認知
      • 四 音の文化を比較する
    • 第11章 罪の重さをはかる ダンテの『神曲』地獄篇にみる罪と罰 山田慶兒
      • 一 ダンテの生涯と『神曲』
      • 二 『神曲』に底流する主題 数と時のシンボリズム
      • 三 世界史の舞台としての『神曲』とその舞台装置
      • 四 三つの世界と地獄の構造
      • 五 罪
      • 六 罰
      • むすび
    • 第12章 メタファーで世界を推しはかる 認知意味論の立場から 柳谷啓子
      • 一 メタファー論の流れ 世界を把握するメタファーの役割
      • 二 認知意味論におけるメタファー 具体的なもので抽象的なものを推し「はかる」
      • 三 「はかる」ためのさまざまなモノサシ 喩えからモノサシへ
    • おわりに “はかれないこと”に注がれる人間の情熱 長島昭
    • 著者紹介

 各章は独立しているので、興味をひかれた部分だけを拾い読みしてもいい。

【感想は?】

 科学や工学の本かと思ったが、意外と文系の話も多い。全般的に第1部は理系の話、第2部は理系と文系の中間の話、第3部は文系の話、という感じ。

 第1章は、バラバラだったフランスの度量衝を統一する話。ここではなぜバラバラになったのか、という理由が面白い。つまりは利権の問題で、「領主や教会は、収入を増やす手っ取り早い手段として、枡の大きさを恣意的に変えた」。小権力が乱立した状態だと、度量衝も乱立してしまうわけ。

 第2章は単位の定義と再定義の話。テーマとなるキログラム、昔は「水1リットルの重さ」だった。ところがこれ、温度によって変わるし、「リットル」って単位に依存している。これは美しくないんで、独立した単位にしましょうや、という事になった。どうやら今はプランク定数を基本にする方針みたい(→Wikipedia)。

 コンピュータ・グラフィックや人工知能に興味があるなら、第4部は楽しめるかも。ヒトが目でモノや世界をどう認識しているか、という話で、「肌理(テクスチャ)が重要な役割を果たしてるんだよ」と指摘する。ここではフライト・シミューレータの風景の流れ方が意外と複雑なのに驚いた。ヒトの視覚処理って、実は凄まじく高度なんだなあ。

 第5部では、古文書からシュメール文明の農業と統治状態を再現する話。元になるのは、大麦耕地の播種の教科書、「農夫の教え」。どういう間隔で畝を作り、どんな間隔で種を播くかを記した文書から、当事の農業を再構成してゆく。紀元前2千年に農業を規格化してたってのも凄いが、それを再現してゆく作業も、なかなか楽しい。

 第7部は、人工衛星と考古学の関わりがテーマ。なぜ人工衛星で地下の様子がわかるのか。実は可視光線で見るんじゃないのだ。「比較的長い波長の電波を用いる。波長の長い電波は対象を透過しやすく、雲はもちろん条件を満たせばある程度地表を透過し、地下の状況を映し出すこおとができる」。つまりレーダーですね。偵察衛星が活躍してたり、GPSが革命を起こしつつあったり、現代の考古学は激動の状況にあるみたい。

 第9章・第10章は、いずれも音の話。第9章は音そのものを分析してゆく科学系の視点で、第10章は世界の音楽を調べる文化人類学的な視点。

 第9章で面白かったのは、ヒトの声、それも母音を人工的に作り出そうとする話。医学者・物理学者のヘルマン・フォン・ヘルムホルツ(→Wikipedia)、ヒトの耳の構造から「母音の違いは倍音構成によるものではないか」と考え、倍音の合成機をつ作ったとか。残念ながらヒトの声には聞こえなかったようだけど。今でもヒトの声の完全合成は難しくて、ボーカロイドも録音したヒトの声をベースにしてるんだよなあ。

第10章は、世界の様々な文化における音楽の扱いの違いについて。特異なのがスリランカのヴェッダ族。「成人の男として認められるために不可欠な条件は、他とは異なった自分の歌をつくり、それを成人の男たちに披露すること」。で、どうやら、その歌だけを生涯歌い続けるらしい。歌=自分、なのだ。

 同じ章では、トルコのイスタンブールの学生の合唱団の話も凄い。五線譜に、特殊な1/4音の記号がある。これは半音の更に半分の高さの変化を表すもので、彼らは見事に歌いこなすとか。

 第12章は、メタファーを通じてヒトの感覚を探る話。例えば「海より深い悲しみ」なんて表現がある。が、「山より高い悲しみ」は不自然に感じるだろう。つまり、悲しい感覚は「下」であり、喜びは「上」なのだ。普段から意識せず、我々はモノゴトを身体化して表現してて、ソコにはヒトの感覚が現れている、そんな話。

 各部門の専門家が集まって作った研究会による本のため、内要はバラエティ豊か。人工衛星が考古学に革命を起こしてたり、心理学がフライト・シミュレータに影響を与えてたり、複数の学問の交錯が生み出す興奮が見つかる本だった。

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