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2014年5月 5日 (月)

ジェイムズ・ホワイト「生存の図式」早川書房 海外SFノヴェルズ 伊藤典夫訳

 さいわい司令船のクルーはよりぬきの精鋭、それぞれの専門分野の第一人者ばかりなので、純粋に技術的な問題にはさほど長い時間はとられなかった。しかし、その腫の問題を解きやすくする技術関係の知識の大系化、およびテープや紙面への記録といったっことには、彼らはいつまでも心をいためた。

【どんな本?】

 アイルランド生まれのSF小説家ジェイムズ・ホワイトによる、娯楽SF長編小説。第二次世界大戦中にドイツ軍の魚雷で海中に沈んだタンカーの中でサバイバルを続ける5人の男女と、気候の変動で棲めなくなった母星から脱出し亜光速で宇宙を航行しながら移住の地を探す世代宇宙船の水棲宇宙人のドラマを、イギリス流のユーモアを混ぜて描く冒険SF。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は THE WATCH BELOW, by James White, 1966。日本語版は1983年2月28日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約244頁+訳者あとがき7頁。9ポイント45字×18行×244頁=約197,640字、400字詰め原稿用紙で約495枚。標準的な長編小説の長さ。

 訳文は充分にこなれている。内容も特に難しくない。ただ、さすがに半世紀も前の作品なので、ガジェットが少々古臭かったり、科学的にアレな部分がある。冒頭の引用を見ても、記録媒体がテープや紙だし。その辺を許容できるか否かが、評価の分かれ目。なお舞台となるタンカーの描写は相当に凝っている上に、ホーンブロワー(→Wikipedia)への言及があったり、海洋物が好きな人には楽しめるかも。

【どんな話?】

 第二次世界大戦さなかの1942年2月3日、アメリカから欧州への輸送船団の一隻で改造タンカーのガルフ・トレイダーは、ドイツ軍の潜水艦の魚雷を二発食らい、大西洋に沈む。多くの乗員は避難できたが、船内に5人の男女が残されてしまった。幸か不幸か気密は良好で、生存者を乗せたままトレイダーは海中を漂い始める。

 過去三百年間、惑星アンサの太陽は活発化する一方だった。危機に瀕した水棲のアンサ人は、移住に適した惑星を見つけ、多数の宇宙船を建造し、15世代ほどかかる移住の旅に出る。冷凍睡眠技術により大半の乗客を収納できるが、航路の修正・誘導や宇宙船の維持のため、小数のクルーは必要だ。そのため船団のクルーは、輪番制の交代で冷凍睡眠に入る計画だった。

 しかし、冷凍睡眠から起き、最初の任務を引きついだ首席船長のデスランを待っていたのは、船団の運命を左右する重大な問題点だった。

【感想は?】

 いろいろと大らかな時代の、おおらかな娯楽SF長編。

 多少の古臭さはあるものの、当時ならではの良さもある。その最大の魅力は、長さ。文庫本でも300頁ぐらいに収まる分量で、ちゃんと二つの物語を合流させ、綺麗に完結させている。やっぱり、娯楽物は一気に読める長さがいいよなあ。

 物語は、二つの流れで進む。

 一つは海中を漂うタンカーに取り残された5人の男女のサバイバル物語。タンカーを改造した貨物船のため、艦内の空間は多い。潜水艦対策も施されていて、簡単には沈まない。これが生半可に功を奏して、沈むでなく浮かぶでなく、中途半端な浮力のため、海中を漂う羽目になる。

 幸か不幸か食料は豊富にあり、液体酸素のボンベも積んでいたため、しばらくは窒息する心配がない。そんなわけで、海中を漂うタンカーに取り残された5人の男女が、生き延びるために智恵を振り絞る姿を描くのが、第一の物語。

 第二の物語は、宇宙を航行する水棲のエイリアンの船団。恒星の変動のため、母星には住めなくなる。そこで大挙して惑星から脱出し、大船団を組んで移住先の地球を目指す。さすがに距離がある上に、超光速航法は持っていないので、十数世代もかかる長旅だ。とすっと、必要な生活物資も半端ない量になる。

 幸いに冷凍睡眠技術が開発されたので、乗客の多くは眠ったまま航路の大半を過ごせる。これで必要な生活物資は節約できた。とはいえ、船団を誘導し航路を修正するなどの作業は必要なので、少人数のクルーはおきてる必要がある。これは二つのチームが数年ごとに冷凍睡眠をとる事で解決したつもりだったが、その冷凍睡眠に問題が見つかって…

 おおらかだと思った一つは、エイリアンの宇宙船の動力が原子力な点。「原子炉」としか書いてないんで、当事の感覚だと核分裂と受け取られそうだ。実際、1960年代にはオリオン計画(→Wikipedia)なんてお馬鹿なシロモノもあった。船尾で原爆を爆発させ、その反動で進もうってんだから、無茶にも程があるw

 著者は船が好きな人らしく、タンカーの描写もなかなか細かい。「航空会社の広報部に勤めながら、余暇にSFを書いている」とあるので、乗り物には詳しい模様。

 SF者の楽屋オチ好きは昔からの傾向らしく、この作品では先にあげたホーンブロワー・シリーズのほか、E・E・ドック・スミス(→Wikipedia)のネタが潜んでいるとか。いや私はホーンブロワーしか読んでないけど。しかも覚えてるのは海水を浴びてケッタイな踊りを踊る場面だけだし。つかアイルランド生まれもホーンブロワーを読むのかあ。

 このお話の巧妙な仕掛けは、タンカーと宇宙船団の双方が、似たような問題を抱えながら、次第に近づいてゆく点。互いに限りある資源を智恵と工夫で活用しながら、必死に生き残りを計るのだが、実は両者ともに同じ原因による問題だけは解決できず、ジリジリと破滅へと近づいてゆく。

 最近の基準では短いSF小説のため、人物はカキワリに近い描き方だったりする。これまた当事のSFの味で、思い切っこういうシンプルな作品も好きだなあ。

 それでもイギリス人らしい風味はあって、ヒネたユーモアのセンスはいかにもイギリス風味。でも、主にギャグを飛ばすのはアメリカ人だったりする。ネタはシモなのに妙に言い回しが変に上品だったりするのも、シェイクスピア以来のイギリスの伝統かしらん。

 今なら数巻の大長編になる壮大な設定の物語を、一冊に凝縮した娯楽作品。ニューウェーヴ以前のおおらかさで、閉鎖環境でのサバイバルの緊張感と、ファースト・コンタクトのセンス・オブ・ワンダーを組み合わせた、心地よいSF長編だった。

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