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2014年5月 2日 (金)

ジェフリー・ロバーツ「スターリンの将軍 ジューコフ」白水社 松島芳彦訳

(1945年)五月九日、ジューコフはスターリンの代理として、ドイツ軍の無条件降伏を受けれる栄誉に浴した。勝利の代償は大きかった。ベルリン攻略戦で赤軍は30万人の人的損害を出した。うち死者は八万人に上った。

【どんな本?】

 ゲオルギー・コンスタンチーノヴィッチ・ジューコフ。ノモンハンで野戦指揮官としての実力を示して頭角を現す。第二次世界大戦の独ソ戦では、ドイツ軍の怒涛の進撃を前に壊走する赤軍を立て直し、レニングラード・モスクワ・スターリングラードと危機に瀕した戦線を救い、反攻に出てからはコーネフとベルリン一番乗りを競った、ソ連では英雄と目される人物。

 卓越した業績を残しながら、戦後は共産党の政争に巻き込まれ、毀誉褒貶の激しかった人物でもある。今までは本人の筆による回顧録しか資料がなかったが、ソビエト崩壊による文書公開によって明らかになった資料や私信を丹念に漁り、従来の通説とは異なる視点を示すと共に、人間臭いジューコフの実像を明らかにしてゆく。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Stalin's General : the life of Georgy Zhukov, by Geoffrey Roberts, 2012。日本語版は2013年12月10日発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約345頁+訳者あとがき5頁。9.5ポイント45字×20行×345頁=約310,500字、400字詰め原稿用紙で約777枚。長編小説なら長めの分量。

 文章は比較的にこなれている。内要も特に難しくないが、独ソ戦について詳しければ更によし。ただ、固有名詞に少々のクセがある。例えばコルネリウス・ライアンは、恐らくコーネリアス・ライアンだろうし、ベロルシアはベラルーシ(白ロシア)だろう。

【構成は?】

 まえがきと謝辞
第1章 栄枯盛衰
元帥ゲオルギー・ジューコフの栄光と転落
第2章 伝説の青年時代
農村の子から赤軍兵士に 1896-1921年
第3章 兵営の日々
赤軍指導官としての鍛錬 1922-38年
第4章 ノモンハン、1939年
初陣の将軍
第5章 キエフにて
図上演習と準備 1940年
第6章 破局の元凶か?
ジューコフと1941年6月22日
第7章 スターリンの将軍
レニングラード、モスクワの救世主 1941年
第8章 勝利の立役者か?
スターリングラード 1942年
第9章 西へ!
クルクスからワルシャワへ 1943-44年
第10章 赤い嵐
ドイツ進攻 1945年
第11章 地方左遷
恥辱と復権 1946-54年
第12章 国防相
勝利と茶番 1955-57年
第13章 最後の戦い
歴史の真実を求めて 1958-74年
第14章 ロシアの英雄
 訳者あとがき
 地図一覧/ゲオルギー ・ ジューコフの生涯
 主要文献/出典/人名索引

【感想は?】

 スターリンの粛清を逃れて頭角を現した人物だから、きっと腹芸の巧い人だと思ったけど、全然違った。

 かなり直情的で、自己顕示欲も旺盛。骨の髄まで軍人で、愛国者。強く固い意志を持ち、いかなる逆境でもくじけない。自分に厳しいが、同時に人にも厳しい。突撃命令を拒む部下は、容赦なく撃ち殺す。

 彼が実力を見せ付けたのは、ノモンハン(→Wikipedia)。日本じゃ「事件」なんて矮小化してるけど、充分に戦争の名に値する衝突。ここに駆けつけたジューコフは、訓練と規律を強化し、精力的に軍を立て直す。いやジューコフさん、命じられたのは調査なんですが。

 ここで「最初に手をつけたのが、諜報員の派遣、航空偵察、捕虜尋問による組織的な情報収集」と、情報を重視してるのが、パットンと共通している。攻撃再開は1939年8月20日早朝。「この日を選んだのは、日本軍の士官の多くが攻撃を予期せず休暇を取ったから」。

 この戦いはハンニバルのカンナエの戦い(→Wikipedia)に例えられ、各種兵器を統合運用しての優れた両翼包囲と絶賛される。後に記者からドイツ兵と日本兵の違いを聞かれたジューコフは、「1939年に戦った日本兵より(ドイツ兵の方が)技量は優れていた」と答えている。悔しい。

 独ソ戦じゃ、当初、赤軍は壊滅状態になる。この原因を「当事の赤軍は攻撃態勢だったから」とする説を、筆者は疑問視している。とまれ、実はこの時、ジューコフは参謀総長の職にあって、無関係とは言えない。ちなみに師団指揮官の養成学校で学んだ時は、優れた成績を残し、「明らかに前線指揮官に向く、後方業務には向かない」と評価されてる。

 以後、レニングラード・モスクワそしてスターリングラードと苦しい戦いが続く。

 ヒトラー曰く「ロシアとの戦争に騎士道精神はいらない。異なるイデオロギー、異なる人種との闘争なのだ。無類の冷酷さをもって、非情に徹し遂行するべきである」。この辺の地獄っぷりはアントニー・ビーヴァーの「スターリングラード 運命の攻囲戦」やキャサリン・メリデールの「イワンの戦争」が詳しい。いやマジ、エグい描写が多いので要注意。

 要は互いに殲滅戦を考えていたわけで、赤軍内の規律保持も厳しい。

ソ連軍は戦争中に15万8千人もの自国兵士を処刑した。数万人がいわゆる懲罰大隊に送り込まれた。入隊は犯罪や過ちの汚名をそそぐ機会とされたが、生存率50%の使い捨て部隊だった。ジューコフが自ら裁可した過酷な措置を、後から悔やんだ形跡はない。ためらいさえしなかった。

 これがジューコフの評価の分かれる所で、非難する人は「兵の命を粗末にしすぎ」とし、擁護する人は「当事のソ連じゃそうするしかなかった」とする。

 ベルリン一番乗りでコーネフと競争を演じた時も、「10万人単位の犠牲を伴った」。ここでジューコフは「異例の命令を出した。突入が成功したらスターリンだけでなく、報道機関にも知らせろ」。苛烈な人だけあって、名誉欲も強いんです。有名な帝国議事堂のソ連国旗掲揚も、半分はヤラセ。

戦闘は4月30日、帝国議事堂の占拠で最終章を迎えた。その晩、ジューコフ配下の第三強襲軍に所属する二人の兵士が、議事堂の上にソ連国旗を掲げた。ソ連の写真記者、エヴゲーニー・ハルデイがその後、別の二人の兵士に同じ光景を再現させて撮影した。

 この後、「多くの戦利品で私腹を肥やした」と、著者は厳しく批判してる。

 大祖国戦争の英雄として凱旋したジューコフ、当然ながら大人気となる。が、それが戦後の彼の運命を大きく揺さぶる。まずはスターリンから妬まれて左遷、フルシチョフが台頭すると引き上げられるけど、やがて妬まれて叩かれる。この繰り返し。つまりは基盤の固まってない権力者には広告塔として利用され、基盤が固まると邪魔者扱いされるわけ。

 フルシチョフにけしかけられた元戦友たちに噛みつかれる場面は、当事のソ連の体制の怖さがヒシヒシと伝わってくる。それでも国民の人気は衰えず、厳しい検閲を潜り抜けて1969年4月に出た回顧録は、初版10万部が即売、再版20万部もすぐに売り切れ、三版100万部も完売。すげえベストセラーだ。

 女性にもモテたようで、少なくとも四人の女性の名が挙がっている。彼女たちに宛てた手紙も収録されてるけど、なかなか情熱的。でも娘さんには甘かったようで、最初の奥さんの娘さん曰く「他に女がいるのは母さんも知ってたよ、しょうがないよね、父ちゃんモテるもん」。ああ悔しい。

 忠実な共産主義者としているが、軍の指揮系統では政治将校より現場の指揮官の判断を優先させるなど、根っこの部分は現実を直視する軍人らしい行動も目立つ。つまりは愛国者なんだろう。ドイツに生まれていたらファシストになってただろうし、アメリカに生まれてたら自由主義者になっていただろう。

 エリツィンは彼の記念碑を立て、彼の名を冠したメダルと勲章を設ける。亡くなった将軍は、もう誰の権威も脅かさない。生涯の最も重要な仕事を聞かれ「ベリヤ(→Wikipedia)逮捕だった」と語るように、KGBとは相性が悪いが、今後もロシアの英雄としてたたえられ続けるんだろうなあ、きっと。

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