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2014年5月 6日 (火)

アントニー・ワイルド「コーヒーの真実 世界中を虜にした嗜好品の歴史と現在」白楊社 三角和代訳

どんな恋人もわたしには求婚できません。
結婚の取り決めで彼の誓いを
書面にしてもらわなければ。
いつでもわたしが好きなときに
コーヒーを飲ませるという誓いです。
  ――J・S・バッハ「コーヒー・カンタータ」

【どんな本?】

 ふくよかな香りで気持ちを落ち着かせ、神妙な味わいで舌を楽しませ、頭をシャッキリさせて眠気覚ましにもなる、至福の飲みものコーヒー。

 それはいつ、どこで、誰が見つけ、どのように調理されて飲まれたのか。かぐわしい香りは何によるものなのか。世界にはどんなコーヒーがあり、どんな淹れ方があるのか。どのようにコーヒーは世界中に広がったのか。どこで誰がどんな種をどのように作り、どのように流通しているのか。そしてコーヒーは世界をどう変えたのか。

 エチオピアから始まるコーヒーのルーツから普及と取引の歴史、含有物と人体への影響、奴隷制と植民地経営の名残を残す現在のコーヒー産業の実情から、コーヒー王国ブラジルを急追するロブスタ種中心のベトナムの影響まで、コーヒーの歴史から現状を追うと共に、美味しいコーヒーの淹れ方まで紹介する、コーヒーの昔と今を網羅した本。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は COFFEE - A Dark History, by Antony Wild, 2004。日本語版は2007年5月20日第一版第一刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約316頁+訳者あとがき3頁。9ポイント50字×20行×316頁=約316,000字、400字詰め原稿用紙で約790枚。長めの長編小説の分量。

 訳文は比較的にこなれてい方だが、二重否定っぽく少々まだるっこしい表現が多い。読みこなすのに特に前提知識は要らない。当然ながらコーヒー好きな人の方が楽しめる。特にレギュラーをブラックで飲む人。また、17世紀以降のアラブ・アフリカ・ヨーロッパ・南北アメリカの歴史を追う本なので、世界史と地理に詳しいと更にいい。

【構成は?】

  •  はじめに/プロローグ
  • 1章 わたしたちとコーヒー
  • 2章 コーヒー文化の起源
  • 3章 中国の茶、トルコのコーヒー、そしてウィーンのカフェ
  • 4章 種子をめぐる攻防戦
  • 5章 近代社会はコーヒー・ハウスから
  • 6章 モカの凋落
  • 7章 奴隷制とコーヒー植民地
  • 8章 ナポレオンの大陸封鎖と代用コーヒー
  • 9章 コーヒーの要衝セントヘレナ
  • 10章 ブラジルはいかにしてコーヒー王国となったか
  • 11章 大博覧会の水晶宮で
  • 12章 コーヒー商人アルチュール・ランボー
  • 13章 コーヒーの現在
  • 14章 コーヒー、科学、マーケティング
  • 15章 陰謀と策略――アメリカ合衆国の黒い影
  • 16章 フェアトレード
  • 17章 エスプレッソ――コーヒー界のエスペラント
  • 18章 ベトナム、そして闇の奥
  •  結び/補遺――クシでの発見
  •  訳者あとがき/著訳者紹介

 一応は時代に沿って話が進むものの、各章は比較的に独立しているので、気になった章だけ拾い読みしてもいい。

【感想は?】

 レギュラーのブラック、それも淹れたての味。豆はお好きなものを。私はグアテマラが好き。ただしアラビカ種に限る。ロブスタは不許可。インスタントは問題外。

 つまりはとても複雑で、少々苦い物語なのだ。

 意外な事に、コーヒーの歴史はあまりハッキリしない。冒頭では1502年あたりにイエメンで歴史に登場した事になっているが、補遺でひっくり返る。歴史に登場するのはイエメンだが、原産はエチオピアらしい。様々な説のうち、著者はスーフィー(→Wikipedia)のゲマレディン説を有力と見なし、鄭和(→Wikipedia)の宝船艦隊と絡ませている。詳細は次回

 眠気を覚ますコーヒーは、「昼間は働け、夜に集まって礼拝せよ」とするスーフィーと相性がいい。発展するオスマン帝国と共にコーヒーは広がるが、同時に「アレってドラッグっぽくね?」という疑惑も引き起こし、時おりは役人に取り締まられるが、美味しい物には勝てず、帝国全土に広がってゆく。

 モカのブランドも、この頃に作られたとか。やがてヨーロッパへも広がってゆくが、「コーヒー飲用がブームだった150年の間、世界にコーヒーを供給するただひとつの港として、モカが強大な力を持っていたからだ」。今は遠浅になっちゃって、港としては没落してるけど。

 やがてコーヒーはイギリスにも伝わり、センセーションを書き起こした。問題はコーヒーそのものより、コーヒー・ハウス。そこには人々が集う。今までだって酒場があったけど、ヨッパライは朝になれば何も覚えちゃいない。でも「コーヒー・ハウスでは人々は素面であり、地位も名声もある男たちがあらゆる分野の者たちと出会えた」。

 こういった出会いが保険のロイズや証券取引所や東インド会社を産んでゆく。コーヒーも凄いが、人々が交流することで新しいビジネスや社会運動が生まれたってのも意味深だ。アラブの春は迷走しているが、Google や Amazon は着実に世界を変えている。

 残念ながら紅茶は、同じカフェインを含む飲み物なのに、こういった運動を起こさなかった。これにはコーヒーと紅茶の淹れ方の違いが大きい。

 紅茶を淹れるのに大袈裟な器機は要らないし、短い時間で用意できる。でもコーヒーは、炒りたて・挽きたて・淹れたてじゃないと、美味しくない。つまり淹れるのに手間ヒマかかってメンドクサイし、必要な器機をそろえるのも高くつく。だったら手軽にコーヒー・ハウスで飲んだ方がいいじゃん。そういう事です。

 はいいが、問題は、コーヒーの栽培が、植民地の奴隷制と極めて相性がいいこと。「1770年代には、プランテーションは1エーカーあたり25ポンドの収益をあげており、利益率は400%から500%にものぼっていた」。奴隷貿易も相まって、中南米にプランテーションが広がってゆく。

 この傾向を更に煽ったのが、アメリカ合衆国。有名なボストン茶事件(→Wikipedia)で紅茶の印象が悪くなり、新大陸じゃコーヒーが好まれるようになる。中米・南米にコーヒーの輸出国が連なっていることもあり、プランテーションで奴隷が作ったコーヒーは北アメリカに流れてゆく。

 こういった産地の話は、エリザベス・アボットの「砂糖の歴史」同様に、かなり苦い。しかも、現代まで問題を引きずっているからタチが悪い。というのも、「とても低い年齢の子どもたちもコーヒーを摘むことができる」から。「児童の労働は今日でもコーヒー産業の問題である」。私が好きなグアテマラも、酷い状況らしく、この辺は読んでてツラかった。

 「でもコーヒーが値上がりするのは嫌だなあ」と思うのは私も同じ。しかし、「ロンドンではカフェの顧客は、栽培農家が受け取る額の150倍以上を払っている」。仮に栽培農家が今の10倍を受け取ったとしても、5%の値上げで済む。だからと言って、カフェがボロ儲けしているってワケじゃないんだけど。で、これについては…

たしかな方法があるとしたら、それはベトナム・コーヒーを市場からすべて取り除くことだ。

 と、かなりハッキリと問題を指摘してる。そういえば藤井太洋の「Gene Mapper - full Build -」には「ベトナムのコーヒーはやたら甘ったるい」とあったが、この本を読んで理由がわかった気がする。安いくて丈夫で味に難のあるロブスタなんで、ブラックは厳しいのだ。

とはいうものの、ベトナムのコーヒーを追放しても、根本的な解決にはならない気がする。というのも、企業は「ベトナムが駄目ならラオスかカンボジアかビルマに行けばいい」と、他の国に乗り換えるだけだろうから。

 まあ、そんなお堅い話ばかりでなく、ウィーンにコーヒーが広まった経緯や、世界各国のコーヒーの起源にまつわる愉快な伝説、良いコーヒー豆の選び方からエチオピア流のアメルタッサ(茶のように葉から作る!)のような独特のコーヒーまで、コーヒー好きには美味しい話題がいっぱい。

 ただし、インスタント派にはかなりキビシイ事を言っているので、かなり苦いかも。

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