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2014年5月 8日 (木)

ポール・デイヴィス「ファイアボール」地人書館 中原涼訳

「オクラホマから来た女の話、知ってる?」と彼女は続けた。その女は、彼女の家の裏庭に空飛ぶ円盤が着陸するのを目撃したんだってさ。それで、保安官が、どうして空飛ぶ円盤だってわかったのかって聞いたわけよ。すると彼女は、『だって横のところにUFOって書いてあったのよ。ばかでもわかるわ』だって」

【どんな本?】

 イギリスの理論物理学者で科学ノンフィクションの著作も多い P.C.W.デイヴィスが、ポール・デイヴィス名義で発表したパニック・サスペンス・サイエンス・フィクション。突然に頻発しはじめた球電らしき火の球が引き起こす様々な事故や、それに伴う国際的な社会不安と、その謎を解くために奮闘する天才物理学者を描くSF長編。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は FIREBALL, by Paul Davies, 1987。日本語版は1990年6月1日初版第一刷。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約291頁+著者あとがき7頁+訳者あとがき4頁。9ポイント44字×20行×291頁=約256,080字、400字詰め原稿用紙で約641枚。長編小説としては少し長め。

 訳文は比較的にこなれている。かなり突っ込んだ科学の話をネタに使っているが、意外と難しく感じない。ガンダム・シリーズなどのSFアニメを楽しめる人なら、充分についていける。

 著者あとがきの前に、「ネタバレあり」と注意書きがあるのは助かった。ここでは本職らしく、ネタに関して真面目で突っ込んだ話を書いている。

【どんな話?】

 長老たちがまじない師を囲んでいる。儀式が佳境に入った頃、小屋の中に赤い球体が浮かんでいる。不規則に動くそれは、裏切り者バイアムの胸を焼き焦がした。まじない師は確信した。終末は近い、と。

 溶接工のチャーリー・パイクは、石油工場のパイプの中を這っていた。予定の場所に辿りついたパイクが作業を終え戻り始めた時、叫び声が聞こえた。振り返ったパイクは、パイプの入り口が不吉なオレンジ色に輝くのを見る。赤い光はパイクに迫ってきて…

 ラジオを聴きながら入浴中のサマンサは、昨夜の素敵なデートを思い出していた。ラジオに雑音が入った時、彼女はそばに浮かぶオレンジ色の球に気づく。中では何かが激しく動いている。火の玉は浴槽に触れ…

 天才物理学者のアンドリュー・ベンソンは、ケネディ空港からロンドンへと向かう。ミルチェスター大学の物理学教授に就任するためだ。カリフォルニア工科大学には、もういられない。ボスのスタンリー・ヘンドリックスの機嫌を損ねてしまった。しばらく休養するには、いい所かもしれない。

 イギリス国防相のジョン・モルトビーは、ウィリアム・ピーブルズ卿から呼び出しを受けた。幾つかの軍施設で、発生した火の玉が被害を出している。アメリカ合衆国でも似た問題が起こっているらしい。ロシアが関与している疑いもあり…

【感想は?】

 ネタは真面目で科学的だが、お話は手に汗握るパニック・サスペンス。

 やはり謎の中心は、ファイアボール、火の玉。またの名をサンダーボルト(Thunderboolts)、ボールライトニング(Ball Lightning)。球電(→Wikipedia)とも呼ばれる。大槻教授が「プラズマです」と断じる、アレだ。名前も目撃例も色々あるが、どうも21世紀の今になっても実態はよくわかっていないらしい。

 大きさは1cmの小さいものから、2~3mに及ぶものもある。建物内に侵入する事もあり、移動中のや乗り物に入り込み、一緒に動く時もある。フワフワと浮かんで不規則に動き、人を追いかけるように見える事もある。事故の報告もあるとか。物理学者が研究するに値する、真面目な現象らしい。

 とはいえ、稀な出来事であり、そうそうお目にかかれるシロモノではない。それが、突然に目撃例・被害例が増えて…というのが、主なネタ。

 書かれたのが1987年なので、さすがにコンピュータや通信関係の強者はやや古い。携帯電話は出てこないし、科学者同士のやりとりもメールじゃなくて国際電話。だが、それを除けば、SFとして充分に今でも通用する。どころか、球電の被害は、むしろ現代の方が大きくなるだろう。

 というのも、このファイアボール、電磁場に強い影響を与えるのだ。お話の紹介で触れたように、ラジオが受信できなくなるなど、電波状況を悪化させるばかりか、回路までオカれてしまう。当事の集積度でこれだから、集積度が上がりデリケートになった現代のコンピュータは、どうなるい事やら。しかも携帯電話やタブレットなど、通信への依存も増えてるし。

 登場人物はわかりやすく、かなりデフォルメしているのはご愛嬌。何より主人公の天才物理学者アンドリュー・ベンソンがわかりやすい。

 科学者が書いた作品だが、露悪的なまでにガキっぽく描かれている。問題に取り組むと、我を忘れて没頭し、部屋はジャングルと化す。口は悪く感情的で、自分の歓迎会すら「めんどくせえ」と考える空気が読めない人。身近でも国家レベルでも政治には興味を示さないが、軍事は徹底して毛嫌いする。

 嫌われる政治・軍事関係の人もなかなかアレで、何か問題があれば「ロシアのせいに違いない」と考える単細胞。そんなわけで、肝心のファイアボールの原因も、軍人が主張するロシア人の人為説か、ベンソンの主張が正しいのか、最後までハラハラさせられる。どっちもアレな人だしw

 文化的にも両者は対照的で、基本的に公開が原則の科学者の世界と、機密保持を重んじる政治・軍事の世界を並列して描いてゆく。とまれ、どっちも同じ業界内じゃ身内同士で重要な情報をやり取りしてるのが面白い。

 登場時は落ち込んで拗ねてたベンソン教授が、情熱を取り戻すキッカケが、これまた彼らしくていい。「おそらく世界中でも、ほんの二ダース程度の人たちが(略)これを理解できるできるのだろう」なんて世界に生きてる人だ。そんな奴のエンジンに火を入れるには…。

 学問も技術も細分化した現在、彼に共感する専門職・研究職の人は多いんじゃないだろうか。世に働く男女で、娘や息子ににわかりやすく自分の仕事内容を説明できる人って、次第に減ってると思うんだけど、あなたどうです?

 肝心の球電の原因は、かなり唖然とするシロモノ。ミステリとして見ると反則だけど、SFとしてはアリ。これは読者がサイエンスに重きを置くか、フィクションに重きを置くかで判定は違ってくると思う。小説としては無理矢理だけど、科学的には納得できる。

 理工学書が得意な出版社から出ただけあって、サイエンスに重きを置く、由緒正しいSF長編だった。「サイエンス・フィクションは読みたいけど、グレッグ・イーガンは歯ごたえありすぎだし、コンピュータ物も食傷気味」な人にお薦め。

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