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2014年5月 9日 (金)

ニコラス・マネー「チョコレートを滅ぼしたカビ・キノコの話 植物病理学入門」築地書館 小川真訳

「角のあるコムギがでないように」
「悪魔に勝てるように」
  ――ロビガリア神殿のロビグスに捧げた神官の祈り、オヴィディウスによる

【どんな本?】

 アメリカグリを滅ぼしたクリ胴枯病菌、世界のコーヒー生産トップだったセイロンを壊滅させたコーヒー葉さび病、アイルランドにジャガイモ飢饉をもたらしたジャガイモ疫病菌。昔から植物の病気は不作を、そして時には飢饉をもたらし、歴史に大きな影響を与えてきた。

 その多くは、菌類によるものだ。どんな菌が、どう活動して、どんな被害をもたらすのか。人はどのように原因を突き止め、どんな策を講じてきたのか。なぜ絶滅しかねないほど病気が蔓延するのか。そして、現在は、どんな植物がどんな危険に直面しているのか。どうすれば植物の病気を防げるのか。

 歴史上の植物・作物に降りかかった凶作を題にとり、植物の病気とそれをもたらす菌類の生態、そしてそれを明らかにして対策を講じた植物学者・菌類学者・植物病理学者たちのエピソードを交えながら、読者に植物病理学を紹介する一般向けの科学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Triumph of the Fungi : Rotten History, by Nicholas Money, 2007。日本語版は2008年8月25日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約246頁に加え訳者あとがき5頁。9ポイント44字×18行×246頁=約194,832字、400字詰め原稿用紙で約488枚。長編小説なら標準的な分量。

 訳者は農学者だが、意外なほど文章はこなれている。内容も特に前提知識は要らない。一応は科学(生物学)の本だが、漢字さえ読めれば、小学六年生でも読みこなせるかもしれない。クリ・カカオ・コムギなど出てくる植物は馴染み深いものが多いので、親しみを持って読める。また、欧州・南北アメリカ・東南アジアなどの国が登場するので、地図帳があると楽しんで読めるだろう。

【構成は?】

はじめに
第一章 風景を変えたカビ
ブロンクス動物園から始まったアメリカグリの枯れ/クリ胴枯病菌のこと/役に立っていたアメリカグリ/大騒動になったクリ胴枯病対策/失敗に終わった防除対策/枯死に至るメカニズム/形成層を食べるクリ胴枯病菌/鳥が胞子を運ぶ/風に乗る胞子/病原菌の故郷/日本にもいたクリ胴枯病菌/萌芽で生き残るアメリカグリ/原爆を作ったロスアラモスの研究所も敗北/バイテクも敗退か/アメリカグリへのこだわり
第二章 ニレとの別れ
猛威を振るうニレ立枯病/活躍したオランダ女性研究者たち/不幸な女性たち/たちの悪いニレ立枯病/菌の運び屋、ニレキクイムシ/病気の伝染経路/消えた合衆国憲法のニレ/ニレが枯れて裸になった町/ニレが枯れるわけ/ヨーロッパを襲った二度目の大流行/病原菌はどこから来たのか/効果の上がらない治療法/抵抗性品種を植える/ローマ人が持ってきたオウシュウニレ
第三章 コーヒーを奪う奴
人類の祖先ルーシーとコーヒー豆/セイロンのコーヒー栽培と森林破壊/やりたい放題のコーヒー王たち/コーヒー葉さび病菌の発見と同定/高級品のルワクコーヒー/マーシャル・ウォードとコーヒーの葉さび病菌/厄介な胞子、見つからない中間宿主/間違っていた新説/コーヒーから紅茶へ/大西洋を渡ったコーヒー葉さび病菌/コーヒーノキの出自/コーヒーノキと菌のいたちごっこ
第四章 チョコレート好きのキノコ
病気とともに始まったカカオ栽培/チョコレートができるまで/カカオノキの品種と栽培/英名は魔女の箒、和名は天狗巣病/カカオノキを襲うキノコ/おとなしいキノコが変身するとき/カカオ王、キノコに負ける/クリニペリスの伝播経路/国家経済を揺るがしたキノコ/植民地主義とカカオ栽培/ポッドを食べるネズミと菌/ブラックポッド病の除去/モリニア フロスティー ボッド病
第五章 消しゴムを消す菌
タイヤを作ったグッドイヤー/ゴムのとり方を工夫したマッド・リドリー/ブラジルから種を持ち出した英雄、ウィッカム/海を越えて植物を運んだウォードの箱/キュー王立植物園からアジアへ/ブラジルのゴム長者、その栄光と挫折/スリナムから始まったゴムノキの葉枯れ病/病原菌、ミクロシクルスの伝播/単一栽培の弊害/フォードが乗り出したゴム栽培/またいつ襲われるのか/ゴムノキを枯らすスルメタケ属のキノコ
第六章 穀物の敵
古代から続く、穀類の病気/フランスから始まった、なまぐさ黒穂病の研究/初めて病気の原因を特定したプレヴォー/フランス革命となまぐさ黒穂病/粉塵爆発の原因になった胞子/トウモロコシの黒穂は珍味か/さび病菌の謎/高名なド・バリーの功績/さび病菌に見る異種寄生性の進化/ヘビノボラズ退治/終わりなき戦い
第七章 カビが作るジャガイモスープ
バークレイ師、ジャガイモ疫病菌をとらえる/ジャガイモ疫病菌の侵入/殺して餌をとる/バークレイ師の苦労/アイルランドの悲劇/ボルドー液を作ったのは誰か/薬剤による防除/ジャガイモ疫病菌の卵(卵胞子)/交配して強くなったジャガイモ疫病菌/ジャガイモ疫病菌の起源
第八章 止まらない木の枯れ――未来に向けての菌とヒトとのかかわり
菌類と植物の長い歴史/森林への驚異、人が運んだストローブマツとさび病菌/アメリカへ里帰りしたさび病菌/植物病理学と菌学の仲たがい/ほかのマツにも広がるさび病/カシ・ナラの突然死/分子生物学的手法による同定/広がる宿主範囲と防除/気がかりな病気の蔓延/フィトフトラ ラモラムの交配型/オーストラリアのユーカリ、ジャラの枝枯れ/あばれるフィトフトラ シンナモミ/病原菌と農薬/生物兵器にされる植物病原菌/イラクの生物化学兵器開発/アメリカの菌を使った対麻薬戦略/動植物の大絶滅で繁栄した菌類/病害の増加は人類絶滅の予兆か
原註/訳者あとがき/索引(事項索引、人名索引、病名索引)

 科学の本なので、一応は前の章を前提として話が進むが、比較的に各章は独立しているので、興味がある所だけを拾い読みしても、第八章を除けばそこそこついていける。

【感想は?】

 樹齢千年を超える屋久杉の凄さと貴重さを、しみじみと感じる。

 冒頭のアメリカグリを滅ぼすクリ胴枯病菌、ニレの巨木を枯らすニレ立枯病から南米のゴムを席巻した葉枯れ病、フランス革命につながったなまぐさ黒穂病からアイルランドにジャガイモ飢饉をもたらしたジャガイモ疫病まで、菌類の恐ろしさを次から次へと紹介するのが、この本だ。

 やはり世界全体で最も影響が大きいのは、ムギを襲うなまぐさ黒穂病だろう。「穀粒をチョコレート色や黒色に変え、魚が腐ったときのような臭いをだす」。冒頭の引用が示すように、古くからコムギの不作の原因だったらしい。これはコムギの不作をもたらすだけでなく…

ウマが引く20~40頭立ての収穫機が病気にかかったコムギ畑を引っ掻き回すと、胞子混じりの大きな埃の雲が巻き起こり、きまって爆発した。というのは、不幸なことにトリメチルアミンは悪臭だけでなく、可燃性物質で引火しやすかったため、粉塵爆発の原因にもなったのである。

 困った事に病気は今も残っており、「アメリカのコムギ生産に毎年数%の損失をもたらして」いる。おかげで今でも穀物倉庫じゃ黒穂病を厳しくチェックしてるとか。真っ白な小麦粉は厳しい品質検査のたまものなんだなあ。遺伝子改変作物の目的の一つは、こういう病気に耐性を持たせようとしてるわけ。

 この病気をもたらすウスチラゴ メイディス、トウモロコシにも感染するんだけど、「今日、この膨れた代物は、ウィットラコチェというメキシコ料理の珍味になっている」。ひええ…と思ったが、こっちには冬虫夏草ってモンもあった。まあいい。怖いのは、コイツの胞子は風に乗って飛んでくるtって点。いつ他の所に飛び火するか、わからんのだ。

 アイルランドのジャガイモ飢饉も凄まじくて、「1845年には国全体の生産量の40%がこの病気にやられ、翌年にはジャガイモの90%が消滅した」。今どきのどんな企業でも、年間売り上げが9割落ちたら確実に倒産する。当事のアイルランドは、国中がそういう状態だったわけ。しかも栽培種がランバーという抵抗力のない一種に偏ってたのがマズかった。

 この疫病がどこから来たのかって話が、更に怖い。どうもメキシコ・南米原産の菌らしい。つまりジャガイモの原産と近い。もともと一緒にいたのだ。で…

南米から北アメリカやヨーロッパへ、鳥の糞や燐酸肥料、グアノが輸出されるようになったのは、1840年からのことである。

 作物の収穫を増やすリンの肥料グアノ(→Wikipedia)と共に、病気が来た可能性があるのだ。ってことは、有機栽培のために下手に外来の動植物を輸入すると、予期せぬ災厄が起きる可能性もあるって事だ。しかも、敵は菌だ。向うだって生き延びたい。仮に農薬や遺伝子改変で最初は抑え切れても、やがて進化する。結局はいたちごっこなのだ。

 しかも、これ、菌の立場になって考えるとわかるんだが、単一作物の畑ってのは、基本的に菌に弱いんですね。だってあなた、目の前にご馳走が延々と連なってるんだから。野生状態じゃポツポツと散らばってるのが、ご丁寧にご馳走を一箇所にまとめてくれてる。そりゃたまらん、大暴れしたくなるって。つまり農業って、基本的に不作と縁が切れないわけ。

 これだけ怖いシロモノだから、兵器にしようと考える奴もいるから、人間ってのは業が深い。イネいもち病の菌を、アメリカは1940年代に生物兵器にしようとしたとか。60年代まで研究を続けた。水素をつめた風船にボールをぶらさげる。そのボールの中には、胞子をまぶしたダチョウの羽が入ってるって仕組み。なお元ネタは大日本帝国の風船爆弾。

 ちなみにソ連にも、コムギの黒さび病を大陸間弾道弾で飛ばす発想があったとか。ひええ。

 こういった菌類の攻撃に、一年生のコムギなら品種交配とかで耐性がある種が生き延びる。けど、寿命の長い樹木だと、途中で遺伝子を変えられない。千年も生きてる屋久杉がいかに貴重か、これでわかろうというもの。

 どうでもいいが、ジェスロ・タル(→Wikipedia)って、イギリスの農学者の名前だったのね。ここでは学者さんの苦闘と活躍は省いちゃったけど、顕微鏡すらない時代から、農学者が思索と実験によって病気と戦ってきた歴史も沢山載っている。

 我々がよく知っている作物を例に、農作物に被害をもたらす菌類と、その生態を紹介する、親しみやすくてわかりやすく、楽しく読める科学解説書だ。

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