リサ・ランドール「ワープする宇宙 5次元時空の謎を解く」NHK出版 向山信治監訳 塩原通緒訳
物理学の目的は、異なる物理量を関連づけて、観測にもとづいた予言ができるようにすることだ。
【どんな本?】
ハーバード大学の物理学教授でもある理論物理学者リサ・ランドールによる、最新物理学の一般向け解説書。
最先端の物理学が描く奇妙な時空の性質と、それを説明する超ひも理論・M理論などの最新理論、および最新物理のニュースでよく見かけるクォーク・ヒッグス粒子・対称性・強い力・弱い力などの用語を、数式を使わず素人向けに説明すると共に、LHC(→Wikipedia)などの大型の加速器に何が出来るかを伝える。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は Warped Passage - Unraveling the Mysteries of the Universe's Hidden Dimensions, by Lisa Randall, 2005。日本語版は2007年6月30日第1刷発行。私が読んだのは2011年6月5日の第11刷。この手の本にしては破格の売れ行き。ド派手なピンク色のカバーという、デザインの勝利だろうなあ。
ハードカバー縦一段組みで本文約596頁+監訳者あとがき7頁+訳者あとがき5頁。9.5ポイント45字×20行×596頁=約536,400字、400字詰め原稿用紙で約1341枚。長編小説なら2~3冊分の大容量。
文章は比較的にこなれてる。が、内容はかなり難しい。数式を使わず、例え話を駆使して解説を進めているものの、語る中身は量子力学や四次元以上の空間など、直感に反する事柄ばかりの上に、ボソンだフェルミオンだと見慣れぬ言葉が次々と出てくる。それなりの覚悟をして挑もう。眠気覚ましのコーヒーまたは紅茶が必須。
【構成は?】
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物理学の基礎から最新理論までを順に説いてゆく本なので、素直に頭から読もう。できれば図表の目次が欲しかった。
【感想は?】
とりあえず、物理学者が大型の加速器を欲しがる気持ちはわかった。
一般読者向けに、最近の物理学を解説した本だ。私が最近読んだ中では、サイモン・シンの「宇宙創成」とブライアン・グリーンの「隠れていた宇宙」が思い浮かぶ。この本は、その両者に比べ、かなり硬派と言っていい。
「宇宙創成」は現代物理学の進歩と、それに関わった人の物語が多く、ドラマとしての面白さがある。「隠れていた宇宙」は、様々な多元宇宙の奇想天外っぷりが楽しかった。ところが本書は、今現在の我々が暮している時空そのものをネタとして、相対性理論・量子力学から順々に解き始める。
ここで最初から、ある意味ブッ飛んだ話が飛び出す。私たちは、世界が三次元だと思っている。時間を入れたって四次元だ。ところが、ひも理論だと、「六つか七つの余剰空間次元があることを前提にしている」。なんじゃそりゃ。じゃ、他の次元はどこに行ったのかというと、ものすごく小さく、もしかしたら丸まってる。うーん、よくわからん。
といった、時空の構造を探っていくのだが、その探求の道筋が、微小の世界なのが不思議だ。全体を通して鍵となっているのが、四つの力。といっても火と風と水と土とかのファンタジーじゃなく、電磁気力・強い力・弱い力、そして重力。ここで余剰次元が必要になる理由は、重力にあるらしい。
何度も繰り返されるが、重力は他の力に比べ異様に弱いとか。いや私は坂道を上り下りする度に重力の強大さを思い知っているんだが(←贅肉おとせよ)、そういう事ではない。電磁気力は磁石の力だ。強い力は、陽子や中性子の中でクォークを結びつける力。弱い力は、原子力発電などで利用される力らしい。
で、これらに対し、重力は極端に弱い。これをどう説明するかが、様々な時空論のネタになっている。ここでケッタイな理論が出てくる。「もしかして重力って、とっても短い距離だと違った振る舞いをするんじゃね?」
私たちは、こう教わった。「重力はモノの質量に比例して強くなり、距離の二乗に比例して弱くなる」。万有引力の法則だね。で、これは、地球と月・地球と太陽の軌道などで、「だいたいあってる」と確認されている。完全じゃないのは、相対性理論による補正が必要だから。ところが…
とりあえず確実なのは、0.1mmより短い距離にある二つの物体のあいだで重力がどう働くかはわからないということだ。
なんて、逆の発想が出てくる。なんとか0.1mmまでは、逆二乗則に従っていると、実験して確かめたとか。ところが、それより短い距離だと、今の所は調べようがない。そりゃそうだよなあ。だから、短い距離だと、重力は別の法則に従ってる可能性は、今の所、否定できない。
これが余剰次元と何の関係があるのか、というと。「もしかして、重力は他の次元に漏れてるんじゃね?」って仮説があるから。他の次元の数により、計れる大きさは極端に違ってくるんだけど。一つだと1億km以上、二つだと1mmぐらい。これ以降、二つのブレーンに挟まれた宇宙とか、ブレーンから離れるに従って重力が小さくなる宇宙とか、ケッタイな宇宙論が終盤になって飛び出してくる。
で、この辺にケリをつけるのが、1TeVぐらいのエネルギー/質量を持つ粒子で、欧州原子核研究機構CERNが擁するLHCで実現できるエネルギーが、丁度それぐらいなんですね。巧い。
なんていう時空の性質も面白いが、反粒子を予言できた理由や、ヒッグス場・パリティ対称性などの言葉を解説しているのも、本書の魅力だろう。本当に理解するには、ちゃんと数式で学ばなきゃいけないけど、2ちゃんで見栄はれる程度には、言葉を使いこなせるようになる…ちゃんと読み込めば。
SF者としても、カラビ-ヤウ多様体とかカルツァ-クライン粒子とか、どっかで見たような言葉が出てくるのが嬉しかった。いや「説明しろ」と言われたら逃げちゃうけど。まあ、あれです、理解はできないけど、理解したつもりにはなれます。そこまでたどり着くには、読書ではなく「お勉強」のつもりで挑まなきゃいけないけど。私は挫折しました、はい。
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